SPECIALな冒険記   作:冴龍

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連続する急展開

 ポケモンが進化する瞬間は、前にマンキーがオコリザルに進化する時に見たが、自分が連れている手持ちが進化を迎える場面を見ることはアキラにとって初めてだった。

 

 丸かったゴースの顔は全体的に刺々しくなり、オーラの一部が分離する様に分かれて、二つの手のようなものに変化する。やがて包んでいたオーラを弾き飛ばすかの様に目に見えない衝撃波を放ちながら、ゴースは新たに変化したその姿を現した。

 

「進化した。スットがゴーストに…」

 

 レッドの図鑑でレベルを確認した時、ゴーストに進化しても良いレベルであったので何時かは進化すると思っていた。だけどまさか、この状況で進化を遂げるとはアキラは予想していなかった。

 進化したゴーストは、変化した自分の体や新たにできた二つの手を不思議そうに見つめていたが、そしてそれらが自分の思い通りに動くことを確かめると喜びを露わにする。

 しかし、喜びを噛み締めていられる程、今の状況は良くは無かった。

 

 ブーバーは見てるだけでも苛立つ表情を見せているゴーストを黙らせるべく、再び”かえんほうしゃ”を放つ。

 一直線に炎が飛んでくるが、ゴーストは軽く浮かび上がって避けるとすかさず拳を作った右手を勢いよく飛ばしてブーバーの顔面に一撃を与える。

 右手はそのまま真っ直ぐ飛んで行くが、攻撃が決まって気分が良いのか、調子に乗ったゴーストは残った左手も飛ばすがブーバーはギリギリで躱す。

 

「おおぉ、おもしろいなゴーストの戦い方」

「確かに面白いと言えば面白いけど」

 

 手を飛ばす攻撃の仕方は、完全にロケットパンチそのものだ。

 レッドは目を輝かせるが、アキラはこんな状況でも遊ぶゴーストに思わず額を抑える。

 けど、男ならやりたい気持ちもわからなくはなかった。

 

 ゴーストの連続ロケットパンチを受けたブーバーだが、両手が無くなったことを確認すると右手に炎を滾らせてゴーストに逆襲する。ところが近距離で”ナイトヘッド”を無防備な腹部に受けて吹き飛ぶと、ダメ押しで飛んで行ったきりのゴーストの両手が戻ってきた。

 ご丁寧に捻りを入れたダブルパンチが、曲がっていた背中に叩き込まれてブーバーはゴーストの真下に打ち伏せられる。

 

「やった!」

「いいぞアキラのゴースト! そのままやっちゃえ!」

 

 さっきまでとは真逆に、ゴーストはブーバーを圧倒する。

 今度こそ勝てるかもしれない。

 

「あらあら、何があったと思ったらこんなことになっていたのね」

 

 戦いの行く末を見届けようとした矢先、聞き覚えのある声を二人は耳にする。

 声がした方に彼らは顔を向けると、スターミーを引き連れたカスミが立っていた。

 彼女の後ろでは、アキラのエレブーがおろおろした様子で縮こまっていた。

 どうやら逃げたのではなくて、助けを呼びに行っていた様だ。

 

「それで何があったの? 見た感じだとトラブルになっているのは間違いないけど」

「実はどうもスットが飛ばした石が当たったらしくて、怒ったブーバーと戦っていました」

「石って、あの後頭部の膨らみはタンコブだったのかよ」

「ごめん」

 

 まさか何の目的も無く飛ばした石が、こんな大事になるとは夢にも思わなかったのだ。

 道理で図鑑の画像と微妙に違っていた訳だ、とレッドはアキラがカスミに話すブーバーが襲ってきた経緯を聞いて納得したが、彼女は首を傾げた。

 

「ブーバー? 本当なら厄介だけどその肝心のブーバーはどこにいるの?」

「どこって、スットの攻撃で地面に倒れ……あれ?」

「どうしたアキラ?」

 

 疑問の声を上げるアキラにレッドも振り返るが、さっきまで地面に倒れていたブーバーの姿は綺麗に無くなっていた。一体何が起きたのかは見ていなかったからわからないが、ゴーストが慌てているのを見ると余程のことが起きたのだろう。

 

「スット、ここに倒れていたブーバー知らないか?」

 

 浮かんでいるゴーストに駆け寄ってブーバーが倒れていたところを示して尋ねるが、ゴーストは首を横に振る。この様子では、恐らくゴースト自身も何故ブーバーがいなくなったのかわからないようだ。

 

「おかしいな。逃げるにしても音もなく逃げるものか?」

「それは俺もおかしいと思う。逃げるならスットが何か反応してもいいはずだけど……」

 

 ゴーストの性格なら、逃げようとしたら追撃を仕掛けるはずだ。それもダメージを受けて弱っているのなら尚更だ。にも関わらずブーバーは、ゴーストに何もされず煙の様にこの場から消えた。

 隠れられる草むらや森までは距離があるが、幾らゴーストが調子に乗って油断していたとしても、誰か気付いてもおかしくは無い筈だ。

 

「どこに消えたんだろ?」

「幻……の訳ないか」

「まぁあなた達が言うなら間違いないと思うけど、ゴースが進化したようね」

「そうそう、ゴースの時もそうだったけどゴーストに進化したら手ができて、それを使ってブーバーといい勝負してたんだ」

「スットのトレーナーだから進化したことは喜ぶべきなんだけど、さっきの戦いを見ていたら手を使って何かやらかし――」

 

 その瞬間、アキラの頬に飛んできた拳がめり込み、彼は勢いよく体を回転させながら倒れた。

 下手人は言うまでもなく彼のゴーストだ。

 危惧していた通り、早速進化したことで獲得した己の手を自在に飛ばしてアキラを始めとした面々にちょっかいを出し始めたのだ。

 

 最初は笑って見ていたレッドだったが、帽子を取られて取り返そうと追い掛けたら、独立した両手に股を掴まれたりカンチョーを仕掛けられる。エレブーも頭の尖っている部分を掴まれて、宙に上げられて近くの木に逆さまに吊るされるなど散々な目に遭う。

 

 カスミはと言うとスターミーにしっかりと守られていたので、その力を良く知るゴーストは手を出さなかった。あんまりな光景に見かねた彼女は、痛そうに腫れ上がった頬をさすりながら起き上がったアキラに尋ねる。

 

「ゴーストのあの自在飛ばせる腕を何とかしたい?」

「何とかしたいです。嬉しいのはわかりますけど、ずっとあの調子はさすがに…」

「なら早く進化させることが出来るけど、させたい?」

「えっ? 早くって……ぁ」

 

 カスミの提案の意図が理解出来なかったが、ゴーストの進化方法を思い出した彼は納得した。

 ゴーストは、他人と交換をすることですぐに最終形態であるゲンガーに進化することができる。今アキラの周りには、レッドやカスミなどのゴーストにとっては他人である人達がいるのだから、進化に必要な条件は揃っている。

 

「考えはわかりましたけど、どうやって通信交換するのですか?」

「通信交換? 別にそんな大掛かりなことはしなくても他人に預けて少し育てるだけで進化する筈よ」

「そうなんですか?」

「そうよ。それで――どうするの?」

 

 彼女に再度尋ねられてアキラは考え込む。今すぐにでも最終形態に進化できるチャンスなのだから、普通ならすぐに飛び付く話だが彼にはいくつか気掛かりがあった。

 一つはゴーストの手。

 ゴーストの手は常に体から離れているので目の前の様に自在に操れるが、ゲンガーに進化すると、手は使えても自由度は大きく下がってしまうのでガッカリしてしまう可能性があること。

 

 もう一つは更に進化したことで、力が増して言うことを聞かなくなる可能性があること、これが一番の懸念要素だ。

 最近言うことを聞くようにはなってはいるが、進化してまた自分の力を過信してこちらの言うことを聞かなくなるかもしれないのだ。それも能力値の高いゲンガーなら尚更だ。

 

「……進化したらまた言うことを聞かなくなる可能性はありますか?」

「それは場合によるけど、この数日でのあなたとゴースの関係を見たら今と大して変わらないと思うけど」

 

 カスミの考えは今と大して変わらないらしいが、本当に予想通りになるのか疑問だ。

 不安なら進化させるべきではないが、この先で他人とポケモンを一時的に交換して進化させる機会があるかは不透明だ。そこで彼は、とりあえずゴーストを呼んで意思確認をすることにした。

 

 「スット、お前すぐにでも進化できるようだけど進化したいか? 手は今みたいに自由には操れないと思うけど」

 

 アキラの問いにゴーストは表情を引き締めると、敬礼をして応える。

 どうやらアキラの気掛かりの一つは杞憂だったらしいが、今の敬礼といいさっきのロケットパンチといい、手が使えるようになったゴーストの今後が彼は気になるのだった。

 

 

 結論から言うと、アキラの懸念は結局現実のものとなった。

 ゴーストをカスミに預けて何回か彼女の元でバトルを行ったことで、ゴーストは無事にゲンガーに進化を遂げた。短期間で一気に最終形態に進化できたことに、お互い喜びを分かち合ったところまでは良かったが、いざ手元に戻して勝負したスターミーを追い詰めたのがちょっと不味かった。

 

 勝つことは出来なかったが、手持ちの中で一番の強さを持つミニリュウが手も足も出なかったスターミーと互角以上に渡り合ったことで、危惧していた通りゲンガーは自分の力を過信し始めて調子に乗り始めたのだ。

 しかも進化したことで能力が高まったこともあるのか、完全に”サイコキネシス”を習得して事あるごとにイタズラに活かしてくるので、イタズラのレベルは以前よりも悪化した。

 

 また新たな課題が浮上してしまったが、手持ち関係のトラブルに慣れたこともあって、頭を抱えはしてもアキラはそこまで深くは悩まなかった。

 それが良いことなのか悪いことなのかわからなかったが、すぐにそんなことを考えていられない事態に彼は直面することになるのだった。

 

 

 

 

「あっちぃ…」

 

 まるで溶鉱炉の近くに立っている様な熱気に晒され、アキラとレッドは顔の至るところから汗を流していた。空は雲一つ無く、日差しが地表に降り注いでいたが、暑さの原因は全く別にあった。

 熱気の元、それは今二人の目の前に立っている昨日の戦いの後、音も無くあの場から逃げたブーバーだ。

 カスミは野生のブーバーは執念深いから仕留め損ねると面倒と言っていたが、まさにその通りであった。

 

 性懲りも無く今日も攻めてきたオコリザル達を退け、今度こそ捕まえようとレッドと一緒に逃げる群れを追い掛けていた時にブーバーは襲ってきたのだ。辛うじて不意打ちを防ぐことは出来たが、二人はオコリザル達の追跡を止めてブーバーが発する熱を受けながら対峙していた。

 昨日は良い様に一方的にやられたのは、記憶に新しい。

 レッドはニョロゾと一緒に構えるが、アキラが連れている目の前のポケモンは緊迫した空気にも関わらず呑気に鼻をほじっていた。

 

「スット、油断すると火傷するぞ」

 

 舐めた態度をアキラは咎めるが、スットと呼ばれたゲンガーは手を軽く振って返事をするだけの軽いものだった。相変わらずの反応には困るが、今は目の前の敵の動向に注意するべきだ。相手が動けば自ずとゲンガーも動くのだ。

 何時でも適切な指示やサポートが出来る様に備えておかなければならない。

 

「レッド、あいつどうする?」

「どうするって言われてもな」

 

 既にオコリザル達を相手に一戦交えて消耗している今の状況に襲撃タイミングを考えると、完全に昨日の仕返しをしようと目論んでいると見て良い。

 何も考えずに我武者羅に突っ込んでくるオコリザル達とは違って、何が自分には有利で不利なのかを判断できるだけの知恵がブーバーにはあるのだ。頭が良いことはわかっていたが、ここまで働くとなると面倒だ。

 

 そろそろ特訓を終えて目的を果たすべくレッドとアキラは屋敷を出たいが、オコリザルと目の前のブーバーの二匹を放置したままにすると一人になった途端、各個撃破されそうだ。

 仮にオコリザル達を何とかできたとしても、目の前のひふきポケモンは放置すれば必ずオコリザル以上の脅威になる。突如姿を消した理由はまだわかっていないのだ。また追い詰めたのに逃げられでもしたら堪ったものではない。出来ることなら、今ここで捕獲してしまいたい。

 

 ゲンガーは呑気に鼻をほじっているが、遠距離戦は完全にこちらの方が上だ。

 突っ込んできたとしても、接近戦を挑まれる前に”サイコキネシス”や”みずでっぽう”で返り討ちにすればいい。手強いが冷静に対処して戦えば問題は無い――筈なのだが、どうも違和感が拭えなかった。

 

 ”かえんほうしゃ”や”あやしいひかり”などの厄介な技を持っているのは確かだが、タイミングを見計らって不意打ちを仕掛けてきたブーバーが、このまま攻めてくるとは思えない。

 その証拠にこれだけ離れているにも関わらずハッキリと見える程、ブーバーは如何にも意味ありげな怪しげな笑みを浮かべて、こちらの出方を窺っている。まだまだ睨み合いが続くことになっても、もう少し様子を見るべきだと考えるが痺れを切らしたゲンガーは、”サイコキネシス”で小石を弾丸を彷彿させるスピードでブーバーへ飛ばした。

 

「おいスット!」

「しょうがないよ。俺だってそろそろ我慢の限界だったし」

「……なんで忍耐力が無いんだろリュットといい」

 

 ゲンガーの忍耐力の無さをアキラは嘆くが、そんな彼を余所に小石を飛ばしたゲンガーは、すぐにブーバー目掛けて駆け出した。

 近付いてくると見せかけて適当な距離から”ナイトヘッド”を放とうという魂胆であったが、飛んできた小石を避けたブーバーは口から黒い煙の様なものを吐き出した。見たこと無い技にゲンガーは動揺して足を止めるが、あっという間に煙は周囲に広がりゲンガーの姿は見えなくなった。

 

「なんだあの煙は?」

「”スモッグ”? それとも”えんまく”?」

 

 一体何なのかわからないまま、吐き出された煙はアキラとレッドの元までに到達する。

 二人とも互いに離れた距離では無かったが、周囲を黒い煙に覆われたことで自分の姿以外何も見えなくなった。

 

「レッド、”えんまく”だと思うけど、”スモッグ”かもしれないから煙を吸わないように」

「うぉ、やべえ」

 

 アキラはブーバーが噴き出した煙が、どくタイプの技である”スモッグ”なのを考慮して、服で口と鼻を抑える。目に何の刺激もこないことを考慮すると、ブーバーが放った煙には有毒な成分が含まれている訳ではなさそうなので少し安心する。

 だけど油断は禁物。

 知恵の働くブーバーが、この程度の小細工で終わらせるはずがない。

 

 色んな出来事を経験したおかげで奇襲に慣れたアキラは、周囲に神経を張り詰めらせて警戒しながらミニリュウが入ったボールを手にする。

 風が吹いていないからか、相変わらず自分の周りを覆っている黒い煙が視界を遮っている。よく耳を澄ましてみると、ゲンガーとニョロゾの戸惑いの声が聞こえる。

 どうやらこの煙に紛れて攻撃を受けている訳では無さそうだ。

 

「アキラ~大丈夫か?」

「一応大丈夫、スットに”サイコキネシス”で吹き飛ばしてもらうように頼んでみる」

 

 ブーバーの声どころか足音が聞こえてこないのは気になるが、視界確保が優先だ。

 姿は見えなくても声くらいは聞こえるだろうと思いながら、ゲンガーに”サイコキネシス”を命じようとした時、アキラは自分の後ろが熱くなるのを感じた。

 最近嫌でも磨かれてきた危機察知能力を活かして、反射的に振り返ると同時にボールを投げようとしたが、彼は腹部に固いものを打ち付けられる重い衝撃を受けた。

 

「っ!!」

 

 衝撃は腹部にめり込むほどの勢いで、これだけでもアキラは意識が一瞬だけ飛び掛けたが、続いて腹に焼石を押し付けられた様な熱によって強引に意識は現実に戻される。

 今まで感じたことの無い激しい激痛に、彼はよろめきながら歯を食い縛ってすぐに離れようとしたが、黒い煙から飛び出したブーバーは許さなかった。

 腹部に叩き込んだ拳を引くと、今度は回し蹴りを仕掛けてきたのだ。

 

 ――死

 

 迫る熱と勢いが籠った足を目にした瞬間、アキラの頭の中と意識は直観的に「死」の一文字に埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

「アキラ? なんか音がしたけど大丈夫か?」

 

 黒い煙の所為でレッドは彼の姿を見失っていたが、嫌な鈍い音がアキラの声が響いた方から聞こえたのに気付き、呼び掛けてみたが返事は無かった。

 もう一度呼び掛けようとするが、また耳にするのも嫌な音が聞こえた。

 

「アキラ!? ブーバーがそこにいるのか!?」

 

 そう呼び掛けた時、予想通り彼の元にいるのかブーバーの怒号が聞こえたが、すぐにそれは呻き声に変わった。

 早く駆け付けたいが、視界が悪い状況にレッドは躊躇う。

 しかし、あることを思い付いた彼はすぐにボールからフシギダネを出した。

 

「フシギダネ、周りの煙を吸ってくれ!」

 

 フシギダネの背中にある植物は呼吸をしている。そしてその気になれば、意外にも尋常ではない肺活量を発揮する。レッドはそれを利用して、周りの煙を一気に吸い込むことを思い付いたのだ。

 意図を察したフシギダネは、すぐに彼の指示を実行する。

 

 まるでブラックホールがガスを吸い込む様な勢いでフシギダネは、背中のタネから周囲の煙を吸い込んでいき、最終的には空に向けて一気に吐き出す。

 おかげでようやく視界は晴れるが、それ程離れていないところでアキラは苦しそうに呻き声を漏らしながら蹲っていた。

 

「大丈夫かアキラ!」

 

 レッドは急いで駆け寄るが、彼の体は所々にブーバーが放つ炎の所為なのか、服が焦げていたり火傷を負っていた。特に彼が抑えている腹部と左肩、さらには両手も真っ赤になっていて酷い状態なのは一目瞭然。早急に火傷の治療が必要だった。

 レッドは彼が腰に付けているボールを一つを手にすると、そのボールからエレブーを出す。

 

「エレブー、アキラをすぐにカスミの屋敷に運んでくれ。急いでいるんだ」

 

 有無を言わさないレッドの言葉に、何時もビクビクしているエレブーは素直に従う。蹲っているアキラを傷が痛まない様に持ち上げると急いで駆け出し、ゲンガーさえも慌てて後を追う。

 彼もニョロゾとフシギダネを戻して追おうとしたが、アキラが蹲っていたことで視界から隠れていたボールが一つ落ちていることに気付いた。

 忘れ物の感覚で彼は拾うが、中身を見た瞬間、驚きのあまり取り落し掛けた。

 

「よ、よく捕まえたなあいつ」

 

 中にはなんと、先程まで対峙していたブーバーが入っていたのだ。

 自分が見ていない間に何があったのかはわからないが、ボールの中にいるブーバーは妙な程大人しくしていた。事実、ブーバーは何故こうなってしまったのか理解できていなかった。

 

 ”えんまく”に紛れて、復讐をしたい連中の中で一番ひ弱そうなアキラを狙う目論見は成功した。

 しかし、その後が予想外だった。

 止めのつもりで放った蹴りを躱されただけに留まらず、顔を拳がめり込む程の力で殴られた上に自身が火傷を負うのにも構わず抑え付けられた。

 ならば焼き尽くしてやろうとしたが、そうはいかなかった。

 

 正確には出来なかったのだ。

 

 ボールの中で揺られながら、ブーバーは漠然とだがさっきまでの出来事を振り返る。

 抑え付けられた時に一瞬だけ見えた鋭い眼光と威圧感に怯んでしまい、頭を殴り付けられたかと思ったら全てが終わっていた。

 奇しくもアキラが見せた己を戦慄させた姿には覚えがあった。

 

 あれは極限まで追い詰められた生き物が、相手に逆襲する時の姿だ。

 まさか人間相手で見るとは思っていなかったが、言い訳など幾らでも考えられる。

 それでも侮っていた人間に圧倒されたことや己が”負けた”という事実には変わりないのだから。

 

 

 

 

 

 屋敷に運ばれたアキラは、すぐに火傷の治療が施されたので大事には至らなかった。

 しかし、火傷と薬が沁みる二重の痛みで数時間経った今でもベッドの上で呻き声を上げていた。

 治療を終えたばかりと比べれば痛みは和らいでいる方だが、彼の年からすれば耐え難い激痛だ。あまりの痛さに、彼は意識を失ってはその痛みで覚醒、痛みで失われてはまた痛みで覚醒を繰り返していた。

 

 遅れてレッドも屋敷に戻ってきたが、彼が横になっている部屋に入ることは出来なかった。

 だが部屋の外にいても聞こえるアキラの苦しそうな声に、病院に連れて行かなくても大丈夫なのかどうか気になってカスミに尋ねたが、彼女は至って冷静にその必要は無いのを断言する。

 

「確かに彼の声を聞くとそうは思えないけど、火傷してそんなに時間が経っていなかったから大丈夫よ」

「だけどカスミ、”やけどなおし”とか”なんでもなおし”、後は何かの薬だけであの火傷を如何にか出来るものなのか?」

「あのね。”やけどなおし”とかのアイテムが、ポケモン専用の回復道具と思ったら大間違いよ。ポケモンに比べればすぐには効かないけど、ちゃんと人にも効果があるわ」

 

 納得できないのか半信半疑のレッドに、カスミはポケモンの回復道具が人間にもたらす有効性を語り始める。

 

 確かに人に”キズぐすり”や”げんきのかけら”を与えても、ポケモンの様に回復したり瀕死から復活したりはしない。だけど”やけどなおし”等の状態異常を回復させる道具は、ポケモンほどの速効性は無いがちゃんと人にも効く様に作られている。

 それでも彼は納得はしなかったが、彼女がジムリーダーなのを考えてとりあえず信じることにはした。しかし――

 

「アキラのあの呻き声どうにかならない? 聞いてるこっちも苦しくなるんだけど」

「痛みが治まるまで待つしかないわ。使用人が付きっ切りで様子を見てくれているから、容体が急変しても対応できる様にはしているけど」

 

 ポケモントレーナーなら怪我は付き物だ。確かにアキラが負った火傷は、見た目は酷いがちゃんと適切に処置を施せば大丈夫だ。苦しそうな呻き声は気になるが、声を出せるだけの元気があるのだからと前向きに捉えることも出来る。

 気になるのはアキラの苦しみ方が過剰に思えることだが、自分から見た感覚なので個人差があるのだとカスミは考えた。

 

「そういえば、レッドは明日ここを出る予定だけどどうするの?」

 

 カスミにこの屋敷を出る日を尋ねられて、レッドは唸った。

 本当は明日アキラと一緒にここの屋敷を出る予定だったのだが、あの様子では彼はしばらく動けそうに無い。特に急いでいる用事などは無いので、このまま残ってカスミとの特訓を継続して、彼の体調が旅ができるまで回復するのを待つことも有りではある。

 

 だけど本心を言えば、早く次の冒険に行きたい。

 こうしている間、グリーンに差を付けられるかもしれないからだ。

 

「う~ん……どうしようかな」

 

 以前アキラと逸れてしまった時があるが、あの時と今回は違う。

 彼の様に苦しみはしないものの、レッドもまたどうしようか悩み始めるのだった。




アキラ、ブーバーの捕獲に成功するも再びベッド送り。

序盤にブーバーが消える様に逃げられたのには、ちゃんと理由はあります。
何気に今回初めて生身で返り討ちにしたけど、後何回ベッド送りにされるんだろうか。
やけどなおしが人間にも効く扱いなのは、六巻でグリーンがまひなおしで麻痺状態を治すことが出来た事から一応人間にも効くと判断しました。


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