SPECIALな冒険記   作:冴龍

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過去を焼き払い

「はい…はい、わかりました。こちらの方はまだ怪しい様子は見られませんが、引き続き警戒します」

 

 人気が少ない通路を歩きながら、クリスはポケギアを通じてポケモン協会関係者と連絡を取っていた。

 すぐ近くの出入り口からは、現在進行形で繰り広げられているカントー・ジョウトの両地方のジムリーダーが戦うエキシビジョンマッチによる歓声の声が絶え間なく上がっていた。

 ポケモンリーグが行われている会場では、彼女とゴールドはエキシビジョンマッチの試合を観戦しながら不審な人物はいないか会場内を見て回り、次の試合の準備時間にはコントロール・ルームに問題は無いかを見に行くを繰り返しており、丁度今はその時間だった。

 

 そうして連絡を終えたタイミングで、クリスはゴールドと共に観客達が多く座っているポケモンリーグの観客席へと戻っていく。

 

「横で聞いていたから会話の内容はわかると思うけど、レッド先輩とアキラさんが戦い始めたみたいよ」

「そうか。あの二人ならすぐに終わるだろ」

 

 クリスは不安が拭えない様子ではあったが、ゴールドは二人がやられるとは少しも思っていないからなのか、反応は軽いものだった。

 二人とも彼が知る限りでは、仮面の男を除けば最強と言っても良いトレーナーだ。

 幹部格がいたら少し時間は掛かるかもしれないが、伝説のポケモンであるルギアを相手に優勢で戦っていたことを考えると余程のことでも無い限り負けることは無いと信じていた。

 

「――さっきのグリーン先輩の試合は凄かったわね」

「わかるわかる。でもあのツンツン頭の兄ちゃんもレッド先輩やアキラと関係があるんだからビックリだよ」

「こら、グリーン先輩もレッド先輩と同じ私達の先輩なんだからそんな風に言わないの」

「へいへい」

 

 クリスは注意するがゴールドは大して気にせず、電光掲示板に表示されたエキシビジョンマッチの対戦成績に彼は目を向ける。

 最初は仮面の男と見ているヤナギにばかり意識を向けていたが、それでも多くの観客達の前で繰り広げられるジムリーダー達の戦いぶりは興味深く魅力的なものばかりだった。

 アキラやレッドとは異なる強者達の戦いは、それだけで見る価値があるものだった。

 

 中でも二人が注目したのは、さっきクリスとの会話に上がったグリーンとシジマの師弟対決だ。

 結果は弟子であるグリーンに軍配が上がったが、試合内容よりもレッドと関係のある人物にしてもう一人のポケモン図鑑所有者の先輩である方に興味を抱いていた。

 

 レッドの好敵手であるだけでなく、立場的にはアキラの兄弟子でもあると聞いていたのでどんな人物なのか気になっていたが、見た感じではある意味では二人とは真逆(対極)な印象を受けた。

 特に兄弟弟子関係であるとされるアキラとは、真面目そうな雰囲気や戦っているポケモンと変わらない距離に立つなどの幾つかの点は似ているのだが、一目でわかるくらい手持ちポケモンとの関係性や方針が異なっているのが窺えた。

 

 例を挙げれば、アキラの場合だと最低限の一線さえ守れば、ある程度は手持ちの自由な行動や命令無視を許容しているのに対して、グリーンの場合は手持ちを適切に統率する為に厳格な秩序と規則を重んじている印象を受けた。

 同じ師匠に師事している筈なのに、ここまでトレーナーとしての手持ちとの関わり方が異なっているのは珍しく思えた。

 一体どこでこんなにも違いが生じたのか気にはなったが、次に行われる試合予定にゴールドは意識を切り替える。

 

 ジムリーダー同士の試合は激戦に次ぐ激戦続きで、会場にやって来た観客達の興奮がゴールドには良くわかった。

 それこそ真の目的を忘れて、このエキシビジョンマッチを心の底から楽しく観戦したいと思いたいくらいにだ。

 だからこそ、ゴールドはポケモンを使って悪事を働く強大な悪にして親玉である仮面の男が許せない気持ちが強まっていた。

 

「クリス、次だぞ」

「えぇ…」

 

 ゴールドの言葉にクリスも真剣に返す。

 さっき繰り広げられた試合ではカントー地方が勝利したが、対戦成績では三勝三敗一引き分け、ジョウト側の勝ち越しを阻止しただけだ。

 最後の試合である両地方の主将対決でジョウト側が勝ち越すのか、カントー側が勝利する形でエキシビジョンマッチが終わるかが決まる。

 

 だが、本題はそこでは無い。

 作戦会議では、この主将同士の戦いで仮面の男の可能性が極めて高いヤナギの戦力を可能な限り消耗させることになっている。

 カツラが勝つにせよ負けるにせよ、少しでもヤナギが連れているポケモンや戦い方に関する情報が欲しかった。

 カントー側の主将に選ばれているカツラには事情は伝えられていないが、タイプ相性がとても有利なだけでなく状況的に自チームが勝つか負けるかは自らの手に懸かっている。

 事情を伝えていなくても互いが全力を出しても良い条件は整っていた。

 

 用意された席に座っていたカツラと車椅子に乗っているヤナギの両者が、会場内にあるフィールドへと歩を進める。

 対峙した両者は軽く一礼をすると、手持ちポケモンであるウリムーとギャロップを同時にフィールドに召喚してバトルに備える。

 

『それでは、エキシビジョンマッチ最終戦! チョウジジム・ジムリーダーのヤナギさんVSグレンジム・ジムリーダーのカツラさんの試合開始です!!!』

「始まったわ」

「じっくり見せて貰うぜ」

 

 司会進行を担当している人気アイドルのクルミの開始宣言に、ゴールドとクリスも見ているだけでも自然と体に力が入る。

 二人は仮面の男の手持ちやどう戦うのかはある程度知っているが、それでも本気の仮面の男を相手にしたのは殆どがアキラだった。

 なので単に消耗させるだけでなく、もしこの後戦う可能性を考えれば、この試合で何かしらの対策に繋がる情報を得られるのにも期待していた。

 

 しかし、試合に注目するあまり、二人は自分達の様子をずっと窺っていた存在が離れたことに気付くことは無かった。

 

 

 

 

 

 セキエイ高原のポケモンリーグ会場で行われていたエキシビジョンマッチがクライマックスを迎えていた頃、一足先に拠点へ殴り込みを仕掛けていたカイリューとリザードンの状況も変わりつつあった。

 バリアに覆われていて突入出来ない建物の方は後回しにして、二匹はバリアの外に陣取っているロケット団を相手に暴れまくり、その大半を戦闘不能状態に追い込んでいた。

 ロケット団もあらゆる戦力と手段を駆使していたが、破壊の限りを尽くすカイリューとそこまで積極的ではないが隙の無い立ち回りをするリザードンに手も足も出なかった。

 

 最後に残った土嚢が積み上げられた陣地を立ち塞がっていたポケモンごと”はかいこうせん”で吹き飛ばし、カイリューは吠える。

 それから周囲を見渡し、今破壊したのが最後の陣地だったのを確認したカイリューはバリアに守られた内側にいるロケット団を睨む。

 

 バリア越しから外でのカイリューの暴れっぷりとその力を目の当たりしていたこともあって、中にいた団員達の多くは表情を強張らせながら身構えた。

 バリアの外は破壊された陣地や機械から黒煙が立ち上り、至るところで団員や彼らのポケモン達が倒れているという、一目でわかる程に悲惨な光景が広がっていた。

 中にはバリアに守られているので突破出来ないだろうと高を括っている者もいたが、そういう考えをしている団員すらカイリューの睨みに冷や汗を掻いていた。

 

 まだ無傷であるロケット団の存在に怒りを漲らせたカイリューは、今度こそバリアを破るべく行動を起こそうとした時、リザードンは待ったを掛ける。

 急に止められたことでドラゴンポケモンは怪訝な目を向けるが、かえんポケモンは自らの頭を指差す。

 

 頭を使え

 

 気に食わない相手ではあるが、意見そのものは真っ当だったのでカイリューも不満気ながらも納得する。

 まだ試みていない手段はあるが、力技でバリアを破るのは骨が折れる。かと言ってアキラ達と合流するまで待っているつもりも無かった。

 そうして考えていく内に、カイリューはあることを思い付いた。

 

 試す価値があると判断するやドラゴンポケモンはすぐさま行動を起こす。

 口内にエネルギーを最大限に溜め、”はかいこうせん”をバリアの内側にいるロケット団目掛けて放つ。

 明らかにさっきまでよりも規模の大きな光線に団員達は身構えるが、当然両者を隔てているバリアによって防がれる。

 エネルギーが衝突したことで大きな爆発が起こるが、衝撃や巻き上がった雪や土埃はバリアによって完全に遮られていたので、内側にいたロケット団には何も影響は無かった。

 

 けれども、油断する者や気を抜く者は少なかった。

 幾らバリアで守られているとはいえ、万が一突破されれば、外の凄惨な光景を作り出した圧倒的な力が自分達に向けられるのだ。

 

 この攻撃を切っ掛けに更なる攻撃がバリアを破らんとばかりに何度も叩くのかと思われたが、意外なことに衝撃は今の一度だけだった。

 土埃や黒煙が立ち込めている影響でカイリューらの姿は見えなかったが、あまりの静けさに何人かは訝しげにバリアの外に目を凝らす。

 

 そんな時、誰かが違和感に気付く。

 

 どこからか聞き覚えの無い音が聞こえてくるのだ。

 最初は小さな音であったが、徐々にそれは地面が揺れる様な感覚と共に地鳴りと言うべきものへと変わる。

 

「まさか…」

 

 バリアが張られている境界に近い位置に立っていた団員が手持ちと共に一歩ずつ下がり始めたのを機に、他の団員達も少しずつバリアから離れる。

 それは一言で言えば、危機感だった。

 地鳴りと揺れが最早無視することが出来ないまでに大きくなった時、それは唐突に止まる。

 

 先程までの喧騒とは一転して、不気味な静寂と緊張感が周囲を包み込む。

 

 そして、彼らの悪い予感は的中した。

 

 バリアの内側の地面から、破壊的な光の束が地面を突き抜ける勢いで飛び出す。

 それはロケット団が拠点にしている建物の外壁に当たり、激しく炸裂すると同時に破壊するが、彼らはそんなことを気にしていられなかった。

 爆音と共に土と雪を舞い上げて、黄緑色の光を放ちながら高速で螺旋回転するエネルギーのドリルを頭部に纏わせたカイリューが、自らの存在を誇示するかの様に荒々しく吠えながら地面から現れたからだ。

 

 カイリューが考えたのは、地中ならバリアの影響は及ばないというものだ。

 最初の”はかいこうせん”はバリアを壊すよりも、”つのドリル”で掘削する前段階の窪みを作る為のものだ。

 そこから”つのドリル”を活かして疑似的な”あなをほる”をすることで、バリアの影響が及ばない地面の下を通ったのだった。

 

 カイリューがバリアが及ばない地中から現れる。

 今までの常識から考えて考えられない事だが、相手は規格外の存在。何をやってもおかしくない相手であることをロケット団は思い知らされた。

 建物が被害を受けたことで警報がバリア内に響き渡り始めたが、それすら掻き消す程の怒りの咆哮を上げながら、カイリューは前へ足を踏み出す。

 

 

 

 

 

 カイリューが常識外れの方法でバリアを強行突破していた時、雪が積もる山の中でロケット団の軍勢を相手にしていたアキラとレッドの方はようやく終わりが見えていた。

 最初はあまりの規模の大きさと団員の数に何時戦いが終わるのかわからなかったが、彼らの猛攻で流石にロケット団も戦えるポケモンの数を減らしていた。

 先手を打たれてパニック状態に陥っていた警察の方も、少し遅れたもののようやく組織的に行動出来る様になったのか二人を追う形で歩みを進め、途中で倒れている団員の拘束や彼らが打ち漏らした残り少ない団員と戦い始めていた。

 

「アキラ! やっと終わりが見えて来たな!」

「あぁ! 暴れに暴れまくった甲斐があったよ!」

 

 戦い始めた頃と比べるとアキラ達に向かって来る団員は殆どいなくなり、二人はレッドが連れている手持ちを中心とした面々に守られながら、ハイペースで拠点らしき建物へ突撃しながら立ち塞がるロケット団を片っ端から倒していくブーバーを筆頭としたアキラの手持ちの主力達を追い掛ける。

 ロケット団が拠点としていた建物からは、近付くにつれて火事やら爆発が起きているのが見えたが、不思議なことに音はまるで遮断されているかの様に何も聞こえなかった。

 

「グリーンのリザードンが向かったってレッドは言っていたけど、リュットは大丈夫かな」

 

 反りが合わないグリーンの手持ちと上手く協力し合えるのかもそうだが、アキラのカイリューはミニリュウの頃にロケット団の実験体として扱われていた過去がある。

 その為、ロケット団に対して強い怒りと憎悪を抱えており、その攻撃性はロケット団に従うポケモンどころか団員さえも容赦なく攻撃してもおかしくない程だ。

 直接攻撃はしない様に注意しているが、それでも間接的に巻き込んだり吹き飛ばすくらいは躊躇しない。何ならこちらの目が届かないことを良いことに殴り飛ばすくらいのことはやってもおかしくはない。

 

 そしてようやく建物が目と鼻の先のところに着いた時、二人は先に進んでいたブーバー達が足を止めていることに気付く。

 周囲の様子や建物そのものに被害が出ているのを見る限りでは、カイリューはバリアの突破に成功している様に見えるが、それならブーバーらが嬉々として加勢している筈だ。

 どういうことなのかと思いきや、まだバリアが張られているらしく、彼らはそれを破るのに躍起になっていた。

 

「まだバリアはあるみたいだな」

「リュットの奴、どうやって突破したんだ?」

 

 建物やその敷地が炎上していたり、度々爆発が起きているのに全くその騒ぎが聞こえなかったのは、それが原因らしかった。

 カイリューはゲンガーやヤドキング、そしてブーバーが覚えている”テレポート”を”ものまね”無しでは使うことは出来ない。

 なので力任せの強行突破くらいしか手段は無かった筈だ。

 

 一体どうやったのかと頭の片隅で気にしつつ、どうやってバリアを突破しようかと彼らが考え始めた時だった。

 唐突に建物と敷地全体を包み込んでいた透明に近いガラス状の壁が変色し、空気に溶ける様に消えていった。

 

「どうやらバリアを張っていた奴をお前のカイリューが倒したみたいだな」

「そうっぽいけど…やっぱり心配だ」

 

 バリアが消えたことで、これまで遮られていた爆発音や暴れているカイリューの怒声が聞こえるが、ちょっと様子が尋常では無かった。

 カイリューがやられることは考えにくいが、幾ら相手がロケット団でも自分の目から離れるとやり過ぎてしまうことは昔から変わらない懸念要素であった。

 

「レッド、警察の人達と協力して後詰めをお願い出来ないかな? 俺はリュットを探したい」

「おういいぞ!」

 

 後ろを見ると丁度追い付いた警察らしき人達の姿が見えたので、申し訳なさそうにアキラは任せることを伝えるとレッドは元気に返事を返す。

 状況的に「俺も付いて行く」と言うかと思っていたので、すんなりと引き受けるレッドにアキラは少しだけキョトンとしてしまうも、すぐにカイリューの元へ急いでいく。

 騒ぎの元へ走っていく彼の姿を見届け、レッドは目の前にあるロケット団が拠点としている建物に目をやる。

 

 山奥にあるにしては不釣り合いなくらい整った建物ではあるが、一体こんなものをどうやって知られずに建てたのか。

 だけど、もうすぐでロケット団がこの建物を拠点として利用するのも終わりだ。

 バリアの前で足踏みをしていたブーバーを筆頭としたアキラの手持ち達が、建物の内部に突入したり敷地内にいるロケット団を相手に戦い始めている。

 

 ちゃんと間を取ったり連携するだけでなく各々が離れ過ぎないのを意識している辺り、本当に彼らはこの手の戦いには手慣れている。

 ここまでくれば、もう戦いは終盤だと言っても良かった。

 だからなのかレッドは自身が連れている手持ち達と一緒に周囲に気を付けながら、アキラに頼まれた通り警察の人達が来るのを待つことにするのだった。

 

 

 

 

 

 全身から発する黄緑色の竜のエネルギーが、衝撃波として周囲に開放される。

 ドーム状に広がるエネルギーの波によって、カイリューは自身を囲む様に包囲していた敵を纏めて一掃する。

 制御出来る出力に制限していなかったので”こんらん”状態に陥るも、ドラゴンポケモンは湧き上がる憎悪を力に転換して、思考が定まらなくなっても視界に入った敵は容赦無く倒していく。

 

 ”つのドリル”を応用した疑似的な”あなをほる”で、バリアが及ばない地面の下を通ることで突破したカイリューは、持てる力の限りを尽くしてロケット団を相手に大暴れしていた。

 近付く敵はその剛腕と強靭な尾で叩きのめし、離れたところにいる敵は口から放つ光線やエネルギーで吹き飛ばす。

 

 未進化ポケモンに多い小柄なポケモンは歯牙にもかけず、大型のポケモンが相手でやっと多少の攻防は成立していたが、それでも一撃で倒す時もあるなど力の差をこれでもかと見せ付けていた。

 両腕に纏った”れいとうパンチ”で相手にしていたサイドンをタコ殴りにしたカイリューは、止めと言わんばかりによろめくドリルポケモンを背負い投げで力任せに投げ飛ばす。

 投げ飛ばされたサイドンが地面に叩き付けられた衝撃や揺れで団員の何名かが巻き込まれるが、巻き込まれたとしても避けなかった相手が悪いの理屈でカイリューは気にも留めなかった。

 

 ここが本命で無いのはカイリューはわかっている。

 無駄な消耗も控えるべきなのも頭ではわかっている。

 

 だが、目の前に現れるロケット団と従うポケモンは減らず、それに比例して心の奥に燻る憎悪も際限無く湧き上がる。

 視界内に入った敵と認識した存在は距離を問わずに”りゅうのいかり”で薙ぎ払い、直接挑んでくるのは自らの巨体と豪腕、太い尾の一撃で打ちのめしていく。

 

 あまりに苛烈な攻撃に、カイリューが通った跡は気絶しているとわからなければ死屍累々と言っても良い光景が広がっていた。

 当然抗う者もいれば逃げ出す者もいる。しかし、カイリューはそれらに優先度を付けることはしても区別することは無かった。

 

 そんな徐々に過激化しつつあるカイリューの行動に、少し離れたところで戦っていたリザードンは少しだけ顔を顰める。

 あれだけ暴れているにも関わらず一線を超えていないのは、昔の姿を思えば見事な加減具合だが、その加減も危うくなってきていた。

 

 そうしている内に敷地内の目に付く範囲内にいるロケット団を倒したカイリューは、休む間もなく攻撃の余波で被害が出ている建物そのものに狙いを変える。

 光線状になるまでに鍛え上げられた”りゅうのいかり”でコンクリートで固められた壁を破壊して大穴を空け、空けた穴からカイリューは建物の中へ押し入ろうとするが、足元に逃げ遅れた団員が這い蹲っている事に気付く。

 その瞬間、カイリューの目は更に冷酷な眼差しに変わり、自身の足を持ち上げ始めた。

 

 それにリザードンは気付くと、相手にしていたロケット団のポケモンをすぐに片付けた。

 一応カイリューがロケット団に対して敵意が強い事情はある程度知っているが、だからと言って一線を超えるかもしれない蛮行を見過ごすつもりは無かった。

 カイリューとは互いにトレーナー含めて反りが合わない関係だが、後で面倒なことになるのを防ぐべく動こうとした。

 

 だが動こうとした時、カイリューは足を持ち上げたまま動きを止めていた。

 リザードンは中途半端なタイミングで踏み止まったことに首を傾げるが、当のカイリューも今の自身の行動を理解出来ていなかった。

 

 他にも向かわなければならない場所があるのに戦いは長引くだけでなく、長年憎悪を向けてきた存在が倒しても倒しても懲りることなく立ち塞がる。

 中々終わりが見えないことに苛立ち、踏み潰してやろうと思ったが、()()()()()()()()()()()がそれはやってはダメだと叫んでいた。

 自分の頭に浮かんだ自分とは異なるが考え、奇妙なものではあったがそれは覚えのある感覚であった為、苛立ちながらもカイリューは困惑する。

 なので代わりに移動の邪魔だから退かすという名目で軽く蹴り飛ばすことに切り替えたが、蹴る直前にドラゴンポケモンの横顔を殴り付けられた様な衝撃と激しい火花が飛び散る。

 

 すぐにリザードンはまだ敷地内にいたロケット団の攻撃だと悟り、”でんじほう”を仕掛けたレアコイルに”かえんほうしゃ”を浴びせる。

 一方のカイリューは大きくは無いもののダメージを受けたことで憎悪を再び燃やし、荒々しく吠えながら足元にいる団員には目もくれずに仕掛けて来た下手人を探し始める。

 

 怒り狂うカイリューの姿に怖気たのか、攻撃を仕掛けたレアコイルのトレーナーである団員はやられた手持ちを置いてその場から逃げようとする。

 わかりやす過ぎる行動にリザードンはカイリューが逃げる団員の存在に気付く前に如何にかしようとするが、その前に逃げる団員の前に何時の間にか追い付いたらしいアキラが現れた。

 団員は強行突破を図るが、鋭敏化した目を通じて動きが読めていた彼は流れる様に団員に対して綺麗な一本背負いを決めた。

 突然のアキラの登場とその後の流れにリザードンは唖然とし、怒り狂っていたカイリューさえも彼が姿を見せたことで湧き上がった怒りを少しだけ引っ込ませる。

 

「……随分と派手に暴れたな」

 

 強く地面に叩き付けたことで伸びている団員を余所に、アキラはカイリューと向き合いながら、ドラゴンポケモンが暴れた結果によって齎された光景を見渡す。

 至る所で倒れているポケモンとロケット団。燃え上がる炎や黒煙が立ち込める破壊された建物と敷地。相手にしているのがロケット団――悪の組織でなければ、こっちの方が悪党だと思われても仕方ない程の有様だ。

 だけどカイリューは知らんとばかりに不機嫌な顔を浮かべると、この後軽い小言があると思ったのか聞く気は無いと言わんばかりに彼とは目を逸らす。

 

「――まあ…ロケット団とかの存在に対しての憎悪は、もう一生の付き合いだろうしね」

 

 だがアキラが口にした言葉は、カイリューが思っていたのとは異なっていた。

 これだけ暴れれば流石に一言二言注意されると思っていたが、予想に反して彼は理解を示したからだ。

 

 意外そうな反応を見せるカイリューを余所に、アキラはカイリューに歩み寄ると彼が空けた壁の中を覗く。

 中には誰もいなかったのと、他の手持ちが戦っているからなのか現在進行形で喧騒が建物の中を反響して聞こえていたが、彼が覗いた部屋はまるで何かの実験や研究を行う様な機材が揃っている部屋だった。

 

 そんな部屋の中を見た瞬間、強い不快感と込み上がる怒りをアキラは感じた。

 それは自分の事の様で、自分では無い感情だったが、その感情がどこから齎されているのかをアキラは理解していた。

 覚えが無い自分でもこれなのだから今抱いている感情、そして記憶を()()()()()()()()カイリューの怒りは凄まじいものだろう。

 

 さっきカイリューに伝えたが、この感情とは一生の付き合いだ。

 何時の日かロケット団は消えるかもしれないが、仮に消えたとしてもこの先も似た様な存在は湧き上がる様に出て来る。

 そしてカイリューは、その存在を知る度に怒りを燃やして、今みたいに根絶やしにする勢いで暴れるだろう。

 

 幸いと言うべきか、昔は誰であろうと暴れてたことを考えると、身に付けた力の矛先を向けるのをロケット団などに定めただけでも大きな成長だ。

 加えてあまり褒められた考えでは無い上に色々とグレーどころかでは無い部分も多々あるが、ロケット団みたいな存在に対して牙を向けるだけでなく徹底的に叩きのめす行為は、警察の力がポケモンを使った犯罪に対応し切れない現状では問題視されることは少ない。

 

 だけど、だからと言って何をやっても良い訳でも無い。

 

 相手が許されない犯罪集団であろうと、力があるからと言って感情のままに暴れたり行動すれば、相手が誰であっても相応の敵を生む可能性がある。

 そんなのを無視出来るくらい強くなれば良いかもしれないが、敵味方問わずにそんな危険な存在を放置する訳が無い。

 だからこそ、大き過ぎる力と荒れやすい感情は上手く制御すると同時に向ける矛先や使い道もちゃんと考えた方が良い。

 

 でも、今は目の前にある物を壊すことに配慮する必要は無いだろう。

 

「リュット、”はかいこうせん”」

 

 静かに告げる。

 それは許可では無かった。

 これからやるであろうことをありのままに口にしただけだ。

 

 アキラがその言葉を口にしたと同時に、カイリューは待っていた訳ではないがその口内にエネルギーを込める。

 

 人気が無い部屋の中に置かれた設備を目にしたカイリューの脳裏に過ぎったのは、絶対に忘れることの無い過去。

 

 ある意味では今の自分の原点だ。

 

 今は幾らでもロケット団を倒せるが、あの頃はどれだけ暴れてもすぐに取り押さえられた。

 どれだけ奴らを捻じ伏せ、そして自分を閉じ込めた部屋を壊したかったか。

 

 あらゆる記憶を思い出しながら、カイリューは口から触れたものを破壊し尽くす光線――”はかいこうせん”を解放する。

 

 薙ぎ払う様に放たれた光線によって、あらゆる設備を爆発と共に破壊していく。

 爆炎に照らされながら、炎の中でカイリューは記憶にあるかつて見た光景を幻視するが、それらも炎に呑まれて消える。

 部屋は瞬く間に業火に包まれるが、カイリューは破壊の手を緩めなかった。

 そしてアキラは、燃え盛る炎に照らされながら部屋の中にまだ残っている機材などを歩きながら”りゅうのいかり”で焼き払い、炎の中であらゆる感情を込めて雄叫びを上げるドラゴンポケモンの姿を見届けるのだった。




アキラ、過去に成せなかったことを思う存分やるカイリューを見守る。

アキラのカイリューは過去の出来事故にロケット団が相手だと特に暴れますが、団員を倒す以上に昔自分を閉じ込めていた研究部屋をぶっ壊すことを何よりも望んでいました。
なので今回、かつて自分を閉じ込めていた研究施設を彷彿させる部屋を自らの手で気が済むまで破壊し尽くしたので、少しはスッキリします。

次回、ゴールド達が大変なことになります。

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