SPECIALな冒険記   作:冴龍

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猿竜合戦

 オツキミ山で起きた出来事から三日。

 大爆発に巻き込まれたアキラは、それなりにだが順調に回復して、何とかミイラ状態から解放されていた。

 

 彼を助けてくれたのはオツキミ山で助けてくれた人物ではなく、メッセージに書かれていた通り、今いる屋敷の主にしてハナダジムのジムリーダーであるカスミと一週間以上前にニビシティで別れたレッドであった。

 

 まさか二人に助けられるとは思っていなかったが、話を聞けばレッド達もオツキミ山でロケット団と一悶着があったそうだ。それで今後のことを考えて一緒に特訓を始めるまでの流れは、アキラが知っている通りだった。

 

 本来の流れと違うのは、特訓を始めた初日の夜にオツキミ山の一角が爆発したのを見た彼らが現場に駆け付けようとしたが、途中の川で丸太の上に体を預けた状態で漂っている自分やヒラタ博士を見つけて救助したという点だ。

 

 ヒラタ博士もアキラ同様に助けられたが、彼と比べると目立った外傷は無かったので一足早く回復していた。しかし仕事などの予定が詰まっているなどの理由も重なり、ついさっき止む無く先にカスミの屋敷を発った。

 

 本当は彼も付いて行きたかったが、痛みがひどくて未だに歩くこともままならない状態なので、付いて行こうにも無理だった。博士も事情があるとはいえ、置き去りにしてしまう形になるのを申し訳なく思っていた。その為、ハナダジムを発つ時に連絡を入れて可能なら迎えに行くことやもしも迎えに行けない場合の行き先も教わったので、彼は体の回復に専念することにしていた。

 

「わざマシン11が”バブルこうせん”にわざマシン7は”つのドリル”なのか…」

 

 ベッドで横になりながら、アキラはカスミの屋敷に置いてある”既知のわざマシン一覧”という題の本を読んでいた。ルビー・サファイアより以前のわざマシン事情を知らない彼にとって、この本は中々興味深い内容が詰まっていた。

 

 例えばわざマシン1は、ブラック・ホワイトになるまでは”きあいパンチ”のイメージが強かったが、初代わざマシン1は”メガトンパンチ”と異なっている。後の”きあいパンチ”のことを考えると、わざマシン1はパンチ技の系譜を継いでいるのだろう。ひでんマシン3の”なみのり”はこの時から存在していて、ブラック・ホワイトに至っても不動なのが窺えるなど初めて知ることが満載であった。

 他にも色々と知らないことが纏められた本もあるので、ロクに体を動かせないアキラは暇潰しも兼ねていたが、夢中になって屋敷にある本を読んでいた。

 

「――何だ?」

 

 次のページを捲ろうとした時、彼は外が妙に騒がしいことに気付く。

 窓際に体を寄せて閉めていたカーテンを少し開くと、数え切れない数のサルの様なポケモン――マンキーが屋敷の周りを埋め尽くしているのが目に映った。

 

「な…ななな…なんだこりゃ!?」

 

 異様な光景にアキラは目を見張るが、突然慌ただしく扉が開かれた。

 振り返ると一瞬だけ黄色姿が見えたが、ボールが閉じる音と同時に消えた。

 それだけで何があったのか理解して呆れたように息を吐くと、今度はなぜか体の至る黒っぽい泥の様なものを垂らしているレッドが飛び込んできた。

 

「まただアキラ! 今度はマンキーの群れだ!」

「そうらしいね。やっぱりエレットは不運の神に愛されているらしい」

 

 中でエレブーが縮こまっているボールをサンドから受け取り、最近付けたニックネームをアキラは呟く。

 ロケット団に負わされた体の傷はいずれ癒えるが、危うくやられ掛けた経験は連れている手持ちのポケモン達に精神面で少なからず影響を与えていた。

 

 イタズラ好きのゴースも急に大人しくなって、もう問題ないくらい回復しているにも関わらず、ボールから出ようとしない。

 ミニリュウは手酷くやられたことに腹が立っているのか、未だにボールを固定しないと勝手に飛び出しかねない程気が荒くなっていた。

 サンドは二匹ほど目に見えて影響は見られなかった。まだ動きが不自由なアキラを手助けしたりとしているが、団員服のメインカラーであった黒っぽいものを見る度に怯える素振りを見せていた。

 

 例外は、奇妙な過程で手持ちに加わったエレブーだけだ。

 ポジティブ思考なのか加入当初と変わらない調子で屋敷の生活を満喫していたが、目を離すとどこかに消える悪い癖があった。これだけでも十分厄介な悪癖だが、もっと厄介な癖があった。

 

 それは疫病神でも取り付いているのかと思えるほど、頻繁に厄介ごとを抱えて屋敷に逃げてくることが多いことだ。これには最近手持ちポケモンの自由行動に寛容になっているアキラでさえ、無理矢理にでもボールに入れて大人しくさせようかと考える程だ。

 

 昨日だけでもクサイハナにアーボの群れを屋敷に引き寄せて、しばらく屋敷の中は嫌な臭いが充満したり、毒針が色んなところに刺さるなどの被害が出た。一昨日もトラブルを持ち込んでいるのだから、単独で行動させると何らかのトラブルを持ち込んでくると判断するには充分だ。

 

 最初は逃がそうとしていたこともあり、マイナス面が目立ち過ぎて手放したくなるが、アキラはエレブーのトラブル吸引体質の改善の仕方を考えていた。

 ちょっと予定とは異なってはいるが、求めているでんきタイプなのや特定の条件を満たせばマイナスの面を帳消しにする程の高い実力を秘めているからだ。

 

 いわタイプに匹敵するかもしれない打たれ強さに、どこで覚えたのか知らないが受けた攻撃を倍にして返す技である”がまん”が使えるのだ。

 単純ではあるが、オツキミ山での逆襲劇を見ればとても魅力的だ。

 性格上積極的に攻撃を仕掛けようとしないが、チキンハートとトラブルを引き寄せやすい体質を改善すれば、エレブーは必ずや大きな戦力になってくれる筈である。そう信じているのだが、突然部屋の窓に何かが叩き付けられて目の前の出来事に意識を戻す。

 

「やべぇ! この部屋にも泥団子投げ込み始めたんだ!」

「いや、泥団子じゃないんじゃ……」

 

 既にマンキーから投げ付けられた泥団子(?)を何発も受けているレッドから漂う臭いと色からアキラは違うことを察する。だが彼が顔を顰めていることに気付いていないのか、レッドはサンドが押してきた車椅子に乗るように進めて来た。

 まだ足に力が入らないため基本的にアキラはベッドの上で大人しくしているが、トイレなどのどうしても移動が必要な時は車椅子を利用していた。

 

 アキラはレッドとサンドの手助けを受けながら車椅子に乗り込み、彼が押す形でポケモン達と一緒に部屋から出る。屋敷の中はパニックになっているらしく、屋敷に居る使用人の悲鳴や叫び声、猿のような奇声が聞こえてくる。

 一体どれだけの数のマンキーが押し寄せてきたのか気になるが、考える前に二人は数匹のマンキーと鉢合わせしてしまった。

 

「「ゲッ!!」」

 

 思わず揃って声を漏らす二人にマンキーは声を上げると、どこから取り出したのか無数の泥団子(?)を投げ付けてきた。

 当たる直前にレッドが素早く方向転換をしてくれたおかげでアキラは泥団子(?)の直撃を受けずに済むが、マンキー達は泥団子(?)だけでなく屋敷内の色んな物を投げ付けながら追い掛けてきた。

 

「何なんだよ! エレットの奴マンキー達に何をしたんだ!? どうなっているの!?」

「知らねえよ!」

 

 レッドがわかっているのは、とんでもない数のマンキーがこの屋敷にエレブーを追い掛けてやって来たことぐらいだ。必死に二人は屋敷の中を逃げ回っていたが、目の前からも何匹かのマンキーが飛び跳ねながら迫って来た。足を止めてレッドは方向を変えようとしたが、その方向からもマンキーがこちらに向かって来ていて二人は逃げ道を失う。

 

「レッド、ポケモンは?」

「カスミとの特訓でみんな疲れてる」

「カスミさんとの特訓でか……なら仕方ない」

 

 こうなったらミニリュウを出すしかない。

 今の状態で出したらどうなるかは大体予想できるが、アキラは荒ぶるドラゴンが入っているボールを手にする。

 

 

 

 

 

 

 二人が屋敷の中を逃げ回っている間、カスミは単身で押し寄せてきたマンキーの群れを相手に戦っていた。対処が遅れて何十匹かのマンキーは屋敷の中へ侵入させてしまったが、彼女のポケモン達はついさっきまでやっていたはずのレッドとの特訓の疲れを感じさせず、屋敷に入り込もうとするマンキー達を優々と倒していく。

 

「”バブルこうせん”!」

 

 何発目かの技の指示を出すと、スターミーは中心にある宝石の様なコアから無数の泡を光線の如き勢いで放ち、マンキー達を薙ぎ払うように蹴散らす。

 ここまでやられると野生のポケモンでも流石に下手に仕掛けると返り討ちに遭うと学習したのか、安易には攻めて来なくなる。

 

「さぁ、まだやる?」

 

 身構えるマンキー達にカスミは問い掛けると、マンキー達は怖気づいて一歩下がる。

 この調子で一気に追い払おうと次の指示を出そうとした時、屋敷の窓ガラスの一部が割れて何匹かのマンキーが外に弾き飛ばされた。

 突然のことに彼女は目を丸くするが、割れた窓からミニリュウが飛び出す。

 屋敷から飛び出したミニリュウは、スターミーと対峙していたマンキーの集団目掛けて空中から”はかいこうせん”を容赦無く放ち、爆発の衝撃でマンキー達は四方に吹き飛んだ。

 

「あらら随分派手なこと」

「派手と言うよりやり過ぎですよ」

 

 ミニリュウの力に感心するカスミに、レッドが押す車椅子に乗ったアキラが遅れて付け加える。今のミニリュウは、三日前のロケット団と戦っていた時並みに怒りを露わにしており、周囲への被害はお構いなしだ。

 

 新手の乱入にスターミーに怖気ていたマンキー達は掌を返して襲い掛かるが、彼らはすぐに自分達がとんでもないのに戦いを挑んだことを思い知ることとなった。

 

 ”たたきつける”で先鋒を務めた数匹のマンキーが、一塊に纏められて呆気なく吹き飛ばされたのを機に、ある者は地面にねじ伏せられ、ある者は凍り付かされ、ある者はまた吹き飛ばされたりとミニリュウに一方的に蹂躙される。徹底的に痛め付けられてようやくマンキー達は、今戦っている相手はスターミーよりもタチが悪いことを悟って我先にと逃げ始める。

 

 しかし勝負が決したにも関わらず、ミニリュウの攻撃は止まるどころか増々苛烈になる。目に見える範囲内で動けるマンキーよりも、倒れているマンキーの数の方が多くなってきてレッドは恐る恐る尋ねた。

 

「なぁ、アキラ……」

「わかってる。リュットやり過ぎだ! そこまでやらなくてもいい!」

 

 あまりの暴れっぷりに、アキラは止めるように呼び掛けるがミニリュウは止まらない。

 聞こえていないのか何時もの様に無視しているのかとなると、今のミニリュウは苛立ちが最高潮に達しているっぽいので、恐らく何時もとは違い前者だろう。

 こんな時は体を張ってでもボールに戻すところだが、今の体ではまともに動くことはできない。

 

 その時、追い詰められたマンキーの群れの中の一匹が果敢にミニリュウに取り付いてその動きを抑えようと試みてきた。不意を突かれたミニリュウは、体を地面に叩き付けたりして引き離そうとするがマンキーは必死に耐える。

 

「根性あるなあのマンキー」

「だけどただ無謀な気が……」

 

 見た感じでは力の差は大き過ぎる。

 あまり期待していないことを口にしているアキラだが、隙を見てミニリュウをボールに戻そうと考えていたのでマンキーの奮闘に少し期待する。けれどやっぱりミニリュウは強く、結局マンキーは耐え切れず引き離されて、”たたきつける”を頭から受けて顔面から地面に叩き付けられる。

 この時点でマンキーは気絶するが、それでもミニリュウは体が地面にめり込み始めても執拗に尾で叩きつけ続ける。

 

「一体どういう育て方しているの?」

「俺が手にした時からあんな感じです。最近は落ち着いていたんですけど…」

 

 カスミに尋ねられてアキラは疲れた様に肩を落とす。追い払う為に出したとはいえ、いい加減に止めるべきだ。最近は落ち着いてきたと思っていたのに、ロケット団と戦ってから振り出しまで行かなくてもそれに近い状態になってしまった。

 

「いくらなんでもやり過ぎだから止めるわ」

「お願いします。今の俺じゃリュットを止めることができないので」

「わかったわ。スターミー! ミニリュウを止めるのよ!」

 

 アキラの了承を得たカスミはすぐさまスターミーにミニリュウを止めるように命じる。

 主の命を受けたスターミーは、体を高速回転させながら仕掛けた”たいあたり”でミニリュウを弾き飛ばす。弾き飛ばされたミニリュウは、宙で体勢を立て直してスターミーに逆襲しようとするが、間髪入れずに放たれた追撃の”バブルこうせん”を受けて地面に叩き付けられる。

 大きなダメージを受けたが、すぐに体を起き上がらせるとスターミーを睨み付けながら攻撃の機会を窺い始めた。

 

「随分とタフなミニリュウね」

 

 あれだけの攻撃を受ければ普通なら何らかの疲労を見せてもいいが、相性の悪さもあるのかミニリュウは耐えた。戦闘不能にできなくても力の差を見せ付けて戦意を削ぎたかったが、目付きを見る限りだと削ぐどころか余計悪化している。

 それにミニリュウの目付きに、カスミはどことなく見覚えがあるのも感じた。

 それもつい最近経験したような――

 

 何か引っ掛かるが、カスミは目の前の相手に集中するべく考えるのは後回しにする。

 常識的に考えれば能力値が圧倒的に高いスターミー有利だが、アキラのミニリュウはかなりタフで覚えている技も強力だ。

 アキラの方もカスミに任せっきりではなく、隙あらばボールに戻す準備をしているが、距離があるからか今のところ様子見だ。睨み合いを続けながら出方を窺っていた両者だったが、突然辺りが光に照らされた。

 

「!?」

「この光は?」

「二人ともあれを見ろ!」

 

 レッドが指差した先で、ミニリュウに滅多打ちにされて顔が地面にめり込んでいたマンキーが体から強い光を発していた。

 アキラとレッドは目を疑うが、カスミはその光景に見覚えがあった。

 それはポケモンの神秘とも言える現象だ。

 

「進化が始まったんだわ」

「進化? あれだけボコボコにされたのに進化ですか?」

 

 カスミの答えにアキラは信じられないような口振りではあったが、彼女の言葉が事実であるのは、光を放ちながら徐々に姿を変えて立ち上がるマンキーを見れば一目瞭然であった。

 光が収まると先程までの細くて小さい体から、ムキムキの筋肉質に額に青筋を浮かべたポケモン――オコリザルにマンキーは進化を果たしたのだった。

 

「ホントに進化しちゃったよ。しかもよりにもよってオコリザル」

「あららら」

 

 予想外の展開に三人は唖然としていたが、ミニリュウを相手に威嚇するかのようにオコリザルは両腕を高々と挙げて怒りの雄叫びを上げた。ボロクソに叩きのめされたことで、マンキーが怒りの力で一気に進化したのだろう。

 

「うわっ、なんかヤバそうなポケモンだな」

 

 図鑑でオコリザルのデータを確認したレッドは、表示されたオコリザルに関するデータに顔を顰める。説明文には「いつも猛烈に怒っており、逃げても逃げてもどこまでも追い掛けてくる」と物騒なことが書かれているのだから、色々とヤバイポケモンであることは明らかだ。

 

 進化したオコリザルは、威嚇に対して反応を示さないミニリュウの態度に額の青筋が更に増えて、今度はマンキーの時よりも凶悪になった目で睨みながら喚き始めた。

 対するミニリュウは、痛め付けたマンキーがオコリザルに進化したことには気付いていたものの、スターミーの方を優先していたため一瞥した後、無視に徹した。その舐めた態度に遂に血管がキレたオコリザルは声にもならない声を上げ、両腕をがむしゃらに振り回しながらミニリュウに襲い掛かった。

 

 襲われたミニリュウは、体を屈めて飛び掛かるオコリザルを避ける。

 オコリザルはそのまま地面にダイブせず、宙で前転をしてバランスを立て直すと、着地と同時に強烈なアッパーを見舞う――

 

 

 ことはできなかった。

 

 着地寸前にミニリュウはオコリザルに頭突きを食らわせると、無防備になったところをすかさず”れいとうビーム”を放って、オコリザルを何も言えぬ氷の塊に閉じ込めたのだ。氷漬けにされたオコリザルに追い打ちを掛けようとミニリュウが近付こうとした時、飛んできたボールにドラゴンポケモンは吸い込まれた。

 

 モンスターボールに戻す機会を窺っていたアキラは、ようやく巡って来たチャンスを物に出来たことに安心すると、オコリザルの方は見守っていたマンキー達に凍った状態で抱えられて脱兎の如くその場から逃げ去った。

 

「……逃げちまったけどいいのか?」

「図鑑の説明は気になるけど大丈夫でしょ」

「確かに逃げてもどこまでも追い掛けるなんていくらなんでも…」

 

 図鑑でのオコリザルの説明に心配するレッドだが、カスミとアキラは大してその説明を信じる気は無かった。あれだけ痛い目にあったのだから、流石にもう来ないだろう。

 彼はサンドが拾ってきたミニリュウが入っているボールを受け取ると、疲れた様に息を吐く。

 

 屋敷に滞在している間に、もう一度ミニリュウの荒さを鎮める必要があることに加えて、これ以上トラブルを持ち込ませない様にエレブーの指導もしなくてはならない。

 動きが不自由とはいえ、ベッドの上で横になっている場合では無いのとポケモントレーナーをやっていくことは大変であることをアキラは改めて実感するのだった。




アキラ、エレブーを正式に加え、順調に回復するも増えた手持ちの課題に頭を悩ます。

この頃に存在しているわざマシンは、個人が作って広まったのや企業とかが生み出したものなどが乱雑している設定にしています。

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