SPECIALな冒険記   作:冴龍

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極限下の判断

 アキラが仮面の男と戦い始めた時、レッドはゴールドを始めとした自身の後輩に当たる三人と共にルギアと戦っていた。

 ルギアはダメージが蓄積しているのか、頻繁に”じこさいせい”で回復しては有利に戦える上空へ飛び上がろうとしていたが、彼らはそれを阻止するべく様々な手を尽くしていた。

 

 重量級であるカビゴンやカメックスなどの大型ポケモンが足や尾にしがみ付き、動きを鈍らせたところを他の手持ち達が攻撃していく。

 当然、ルギアも”エアロブラスト”や”ハイドロポンプ”を口から放って抵抗するが、黙ってやられる程彼らは甘くは無かったので戦いは長期化していた。

 

「こいつしぶといな!」

「伝説のポケモンだからな!」

 

 中々状況が好転しないことにゴールドは苛立っていたが、レッドは当然とばかりの対応だった。

 十分に力を発揮出来る状況では無かったとはいえ、最も力に秀でたアキラの手持ち達の猛攻でも仕留め切れなかったのだ。

 高い実力を誇るレッドを含めて数で勝っているとしても、自分達だけですぐに倒せると思わない方が良いだろう。

 だけど、それでもすぐにでもルギアとの戦いを終わらせる方法はあるにはあった。

 

 何回目かのゴールド達が連れているポケモン達の一斉攻撃を受けて、ルギアの巨体がよろめく。

 その姿を隙と見たレッドは、空のモンスターボールを勢い良く投げ付ける。

 

 手持ちにするつもりは無いが、今この戦いを終わらせる最短ルートはルギアを倒すより捕獲することだ。

 それに仮面の男はルギアを狙っている。そのことにレッドは気付いていたので、一時的に自分達が保護すれば強大な力を持つ伝説のポケモンが敵の手に渡るのを防ぐことが出来るなど一石二鳥と考えていた。

 だが、ルギアが特に抵抗した訳でも無いのに彼が投げたモンスターボールは普通に弾かれてしまう。

 

「ダメです! まだルギアは弱り切っていないので普通ではモンスターボールは正常に機能しません!」

 

 捕獲の専門家であるクリスから見ると、消耗してはいるが今の状態でもルギアを捕獲することは困難であった。

 パラセクトの”キノコのほうし”でも使えれば良かったが、相手は分類するなら鳥系のポケモンだ。巨大な翼で起こした強風で胞子を吹き飛ばされたら逆に自分達が被害を受けてしまうので判断が難しかった。

 シルバーもマチス経由で手元に戻って来たギャラドス以外の手持ちを総動員していたが、こちらもルギアの巨体や打たれ強さに押されていた。

 

 手持ちでもギャラドスに次ぐパワーを持つリングマすら、足止めどころかゴールドの手持ち達と一緒になって掃かれる様に翼や尾で薙ぎ払われるのだから、完全な力不足だった。

 それを補うべく数で押そうとしても、これだけ多くの手持ちを連携させて戦う経験がゴールド達三人には無かった。

 レッドの手持ちはそれなりに上手くやれてはいたが、どうしてもゴールド達の手持ちに気遣ったりするなどでスムーズでは無かった。

 

 少し離れたところに目を向ければ、アキラが文字通り先頭に立つ形で手持ちを率いて、絶え間なく爆音と揺れ、砂が舞い上げる程の激戦を仮面の男を相手に繰り広げていた。

 心なしか仮面の男が彼らの勢いに押されているのを見ると、この場にアキラがいればと思ってしまうが、無いものを強請っても仕方ない。

 

「おいシルバーかクソ真面目学級委員のどっちでも良い! あのデカブツにモンスターボールを当てたら良い”当てどころ”はどこだ!?」

 

 何とかしてこの状況を打開したいゴールドが二人に問い掛ける。

 このまま戦って弱らせるのでは時間が掛かるし、そもそもこちらの方が先に力尽きてしまう可能性がある。ならば以前聞いたことのあるテクニックを駆使するしかない。

 会って間もないクリスは、彼が言う意味がすぐに理解出来なかったが、シルバーの方は教えた張本人であったこともあり、彼が何を知りたがっているのかわかった。

 

「額だ! そこが奴の”当てどころ”だ!」

「よっしゃやってやる!」

 

 シルバーの言葉にゴールドは気合を入れると、彼の意図を察したレッドも動く。

 

「カメちゃん”ロケットずつき”! ゴンは”ころがる”だ!」

 

 自身に纏わり付いて来る敵を一掃したルギアが飛び立とうとするが、レッドが連れていたカメックスとカビゴンが正面からルギアの腹部に激しくぶつかる。

 大きな鈍い音を周囲に響かせる程の威力をまともに受けたことで、浮き上がったルギアの両足は再び砂浜に着地する。

 

「足を集中に狙え!」

 

 シルバーの指示に彼の手持ち達は一斉に片足――それもさっきアキラのブーバーが”メガトンキック”を決めた足に攻撃を仕掛ける。

 ”じこさいせい”で表面的なダメージは回復出来ても、疲労や体の奥深くにまで響く様な攻撃のダメージまで回復し切ることは無い。

 そしてシルバーの狙い通り、集中攻撃を受けたことで力が抜けた片足からルギアはバランスを崩して前のめりに倒れる。

 

「皆取り抑えるんだ!」

 

 レッドの声を合図に、出ていた彼らのポケモン達は倒れたルギアに群がる。

 フシギバナは操れる蔓全てでルギアの頭部を縛り上げ、カビゴンやカメックスなどの体が大きいのは翼などの体の一部に乗っかる形で自体重を掛ける。

 そしてゴールド達三人のポケモン達も、各々に出来るやり方でルギアの抵抗を抑える。

 

「チャンスよ!」

「任せろ!」

 

 これ以上無い好機に、ゴールドはモンスターボールを砂浜の上に置くと、手に持ったキューでそのボールを弾く。

 普通のトレーナーなら手で投擲するところだが、ゴールドはキューでボールを弾いた方が素早く正確に狙えるからだ。

 

 しかし、そのまま大人しく捕獲されることをルギアは許さなかった。

 ゴールドが狙った額とルギアの目が青白く光った瞬間、全身から強烈な念の衝撃波――”サイコキネシス”を解放して、体を抑え付けている彼らの手持ちを含めた周囲のあらゆる存在を吹き飛ばすのだった。

 

「クソ! 何て足掻きの悪い奴だ」

 

 念の衝撃波で倒れ込みながら、ゴールドは尚も暴れるルギアに悪態をつく。

 そんな彼の声が耳に入ったからなのか、ルギアは立ち上がろうとしているゴールドを踏み潰そうと足を持ち上げる。

 彼の危機に気付いたマグマラシが即座に駆け付けて受け止めたことで事なきを得たものの、徐々にルギアの圧力に押されてしまう。

 

 そこにアリゲイツは”みずでっぽう”、ベイリーフは”はっぱカッター”で、マグマラシを助けるべく足を退かそうと攻撃する。

 さっきから執拗に攻撃を受けていた足では無かったが、特定の部位狙いの攻撃が続いていたので、ルギアはそれらに対する攻撃への反応は過敏になっていた。

 更なる攻撃を警戒してか、ルギアは思わずマグマラシを踏み潰そうとしていた足を離れさせる。

 

「サンキュー! シルバー! クソ真面目学級委員!」

「私の名前はクリスよ!」

「そんなことは如何でも良い! 次が来るぞ!」

 

 隙を突いて離れていくゴールドとマグマラシを逃がすつもりは無いのか、シルバーが警告した直後にルギアは容赦なく”エアロブラスト”で彼らを狙い始めた。

 当然彼らは受けるつもりは無かったが、一発目は余裕をもって避けられても二発目は直撃では無かったが命中時に圧縮された空気が解放される際の衝撃で吹き飛ばされてしまう。

 

「ゴールドを助けるんだ!!!」

 

 レッドが上げた声を合図に、一度吹き飛ばされたポケモン達はルギアに各々攻撃を仕掛けるが、遂にルギアは回避も兼ねて空へと舞い上がってしまう。

 すぐにフシギバナが蔓を伸ばし、カメックスやリザードンが後を追うが、ルギアはその巨体を振り回して滅茶苦茶に暴れ回ることで彼らを寄せ付けなかった。

 他のポケモン達も飛んでいるルギアに技を放つも、”エアロブラスト”の連射で打ち消されるだけでなく蹴散らされてしまう。

 

「もうデタラメだな!」

 

 あまりにも無秩序に空気の塊をルギアは吐き散らしてくるので、ゴールド達どころかレッドのポケモン達さえも逃げ惑う。

 仮にこちらの攻撃が当たったとしても、タフなルギアは耐え切って攻撃を続けるので厄介極まりない。

 

 ルギアの攻撃を躱しながら、この状況を打開する方法をゴールドが考えていた時、避け切れなかったクリスが舞い上がる砂と共に宙に投げ出されてしまう。

 すぐに彼は思考を切り替えて足を止めると、マグマラシと共に”エアロブラスト”が次々と炸裂する砂浜へと突っ込んでいく。

 空気が破裂する衝撃と砂が頬に当たるのも気にせず、ゴールドはクリスの体が砂浜に叩き付けられる前に彼女を受け止めようとするが、その前に横から飛び込んだシルバーが空中でクリスを受け止め、見事な身のこなしで着地するのだった。

 

「だぁあ~~!! シルバーてめえ! さっきの小舟の時と言いまた良いカッコしやがって!」

「下らないことを言ってる場合か!」

 

 明らかに場違いなことで怒るゴールドにシルバーは構っている時間すら無駄と言わんばかりの態度を取る。

 火に油を注ぐ行為だったが、助けられたクリスは二人の喧嘩腰な姿に困惑を隠せなかった。

 同じオーキド博士からポケモン図鑑を託された者同士なのだから仲良くして欲しいのもそうだが、どう考えても今は喧嘩をしている状況では無いからだ。

 

 そして彼女の懸念通り、三人が固まっていることにルギアは気付くと、彼らを纏めて吹き飛ばそうと再び”エアロブラスト”を放ってきた。

 すぐに一緒にいたマグマラシとアリゲイツ、ベイリーフが各々技を仕掛けて対抗するが、三匹が同時に攻撃しても飛んで来る”エアロブラスト”の軌道を逸らすので精一杯だった。

 しかも逸らした”エアロブラスト”が近くに着弾したことで、圧縮された空気が破裂する衝撃をまともに受けた彼らの体は倒れ込んでしまう。

 

「ゴールド! 皆ルギアの気をこっちに引き付けるんだ!!」

 

 三人の危機に気付いたレッドがルギアの気を引かせようと手持ちポケモンに攻撃させるが、あまり意に介さずルギアは殆ど間もなく圧縮した空気弾を三人に向けて放つのだった。

 

 ゴールド達よりも先に立ち上がったマグマラシ達は、もう一度軌道を逸らすべく三匹同時に技を放つが、”エアロブラスト”は彼らの攻撃を弾いて迫る。

 三匹が全力で攻撃したとしても技の軌道を逸らすので精一杯だが、ルギアにとってはそれこそ息を吸う様に当たり前に使える技だ。

 歴然とした力の差がそこにあった。

 

 だが、それでも三匹は最後まで諦めずに技を放ち続けて、何とかさっきよりも大きく逸らすことに成功する。 しかし、直後にルギアはまた”エアロブラスト”を撃ち出して来た。

 やっとの思いで防いでも息をつく間も無く強力な技が飛んで来るが、彼らは諦めなかった。

 このままでは自分達が無事では済まないこともそうだが、すぐ傍にいる彼ら(トレーナー)がどうなるかわからないからだ。

 彼らは自分達に外の世界がどういうものか教えてくれたり、強くなる切っ掛けを作ってくれた大切な存在だ。

 例え自分達が危うい目に遭っても、それだけは何としてでも避けたかった。

 

「バクたろう!」

「アリゲイツ!」

「メガぴょん!」

 

 まるで太刀打ち出来ていないにも関わらず、最後まで技を放ち続けて抗う三匹にゴールド達は各々呼び掛ける。

 レッドの様に危機を乗り越える的確な指示を伝えること、或いはアキラの様に自身も直接加勢することも、三人には出来ない。

 今の彼らに出来ることと言えば、ルギアの攻撃が迫る僅かな時間の間に踏ん張り続ける手持ち達に声援を送ることだけだった。

 

 

 だが、共に歩んできた仲間を想った声援は三匹に思い掛けない結果を齎した。

 

 

 聞こえた彼らの声援と想いに応えようと既に全力である筈の力を更に引き出そうとした時、突如として三匹の体が光に包まれたのだ。

 眩い光を纏った彼らは、瞬く間にその体を大きく変化させていく。それに伴って三匹が放つ技の力が高まり、”エアロブラスト”の空気弾は軌道が逸れるのでは無くて空中で弾け飛んだ。

 

 圧縮された空気が解放された衝撃が周囲に広がり、砂浜の砂が舞い上がる。

 それらが収まった時、体を包んでいた光が収まった三匹の姿がゴールド達の前で露わになった。

 

 かざんポケモン バクフーン

 おおあごポケモン オーダイル

 ハーブポケモン メガニウム

 

 心から信頼するトレーナーを守るべくウツギ博士が特別に研究していた三匹は、進化したことで得た新たな姿で目の前を飛んでいるルギアを見据えるのだった。

 

 

 

 

 

 レッド達とルギアの戦いが大詰めを迎えていた頃、アキラと仮面の男との戦いも流れが変わりつつあった。

 

 アキラ達が優位という形でだ。

 

 それはある意味当然であった。

 普段仮面の男が出しているデリバードは、さっきアキラがロケットランチャーから撃ち出したサナギラスの弾丸頭突きによって大きなダメージを受けてしまって出ていない。

 代わりに以前の戦いではいなかったゴースとデルビル、アリアドスの三匹が戦ってはいたが、目的の為に相応の育成は施されているものの、それでもデリバードと比べると実力は格段に劣る。

 

 一方のアキラの方は、カイリューなどの何匹かはルギアとの戦いやデリバードの”ふぶき”で受けたダメージで弱っているが、多くは前に戦った時と変わらない万全状態だ。

 手持ちの能力と数、パワーなどのあらゆる面で彼らの方が今は上であった。

 

「デルビル!」

 

 絶え間なく仕掛けられるアキラの手持ち達の猛攻を避け続けたデルビルが口を開き、恐ろしい唸り声を上げ始める。

 仮面の男の手持ちが放つ”ほえる”は、一般的な相手を強制的にモンスターボールに戻す以外にも、戦意を無意識に削ることでその動きを封じる効果を発揮出来る。

 数で劣っている仮面の男からすれば、一時的でもアキラのポケモン達の動きを止めることが出来れば、その僅かな時間で重い反撃を食らわせることも可能だ。

 ところが――

 

「おおおおおおぉぉッ!!!」

 

 吠えるデルビルの声を掻き消す程の大きな雄叫びが周囲に広がる。

 それは今戦っているポケモン達からでは無く、ポケモン達と同じ位置に立っている彼らのトレーナーであるアキラ自身から発せられたものだった。

 確かに”ほえる”は、声そのものが相手に聞こえなければその効力は発揮されない。

 なのでより大きな別の音で掻き消すことで無力化出来るが、まさかトレーナーがそれをやるなど思いもよらないことだった。

 

 だけど、アキラの行動はある意味で理に適っている。

 彼の手持ちでも同じことは出来ただろうが、”ほえる”を無力化する為の労力をトレーナーが代わりに引き受ければ、その分余計な消耗や戦力が減らないからだ。

 声を上げている間はトレーナーが手持ちを指揮出来ない問題はあるが、元々アキラの手持ちは自発的に考えて動けるのが多いのであまり支障は無い。

 

 ”ほえる”を無力化されたので、今度はアリアドスがアキラの動きを封じようと口から糸を放つが、彼は右腕に付けた盾で防ぎながら上手く絡め取ると、側面の鋭利な箇所に力を入れて糸を断ち切る。

 間を置かずに猛攻を掻い潜ったゴースが”シャドーボール”で彼を狙い撃つが、今度は素早く盾を半回転させることで先端が鋭い縦長で剣みたいな盾から守る範囲が広い円形の盾の部分を手の甲へ移動させたアキラは真正面から防ぐ。

 トレーナーを直接狙う妨害すらものともしない彼の姿に、一連の流れを目にした仮面の男は仮面の下で悔しそうに歯を噛み締める。

 

 アキラとその手持ちは確実に力を増している。

 

 若いが故の急成長以上に、こちらが仕掛けて来ることに対して可能な限り対抗手段を用意しているのが何より厄介だった。

 これではデリバードが健在でも、何かしらの策を用意して前回以上に抗ってくることも十分に考えられた。

 加えてそれらの策の全てを把握して手持ちを指揮してるトレーナーを優先的に狙ったとしても、簡単にはアキラ自身を仕留めることは出来ないことも拍車を掛けていた。

 

 

 仕留め損ねてはいけない存在だった。

 

 

「押せ! デリバードが出てくる前に終わらせるんだっ!!!」

 

 アキラの鼓舞に彼の手持ち達は雄叫びや大きな声を上げて応える。

 そんな彼らの雄叫びと勢いに、仮面の男の手持ち達は状況が打開出来ないことも相俟ってすっかり及び腰だった。

 これ以上無く劣勢な状況に仮面の男は頭を働かせる。

 

 既にこの場にやって来た最大の目的を達成する為の()()()()()()()()()

 問題は、目の前の脅威をどうやって取り除くかだ。

 戦いの流れは、完全にアキラ達に向いてしまっている。全てを懸けて全力で挑めば彼らを倒すことは出来るという考えは変わらないが、その結果の代償はとてつもなく大きい。

 初めて戦った時から、アキラはどこで手に入れたかは不明だがこちら側の情報を手に入れて用意周到に備えていたのだ。万が一のことを考えると、これ以上こちらの情報を相手に与えたくなかった。

 

 目まぐるしく考えを張り巡らせていた時、ブーバーの”ホネこんぼう”でゴースが倒されたのを皮切りに、デルビルとアリアドスも次々と数の差で袋叩き同然の一方的な猛攻を受けて倒される。

 

「油断するな! デリバードは勿論、隠し玉にも警戒するんだ!!」

 

 だが仮面の男の手持ちを倒しても、アキラは手持ち達に尚警戒を促す。

 仮面の男ことヤナギの手持ちには、デリバード以外にも氷の体を支えるウリムーもいる筈だ。実際に繰り出すかはわからなくても、万が一出て来たらルギア以上の脅威だ。

 それに手持ちに関して詳しく把握していなくても、相手が今までアキラに見せた手持ちは四匹だ。常識的に考えても、まだ未知数の二匹がいる可能性を警戒するのは当然だ。

 勿論、アキラの手持ち達も彼に言われるまでも無く用心はしていたが、その士気は最高潮に達しており、手持ちが倒されて無防備な状態になった仮面の男を包囲しようと動く。

 

 その行動が、仮面の男が決意を固める引き金になるとは知らずにだ。

 

「邪魔を――するなあぁあああ!!!」

 

 怒りの声を仮面の男が張り上げた直後、突如としてその体から”ふぶき”の様な冷たい暴風が吹き荒れる。

 不意を突かれたアキラの手持ち達は、咄嗟に各々の手段で防御するが、多くはまともに受けて吹き飛ばされてしまう。

 アキラも即座に盾を守る範囲が広い円形部分に向きを変えて、盾の内側に体を縮め込ませて襲って来る冷気の暴風を堪える。

 

「――遂にそう来たか」

 

 姿は一切見せていないが、たった今吹き荒れた”ふぶき”はマントの下に隠れているウリムーによるものだろう。

 だがこの程度では、身に纏っているマントの下に小さなポケモンがいるか何かしらの手段で他のポケモンが隠れているところまでしか普通ならわからない為、明確にヤナギだと繋げることも難しい。

 上手い具合に正体が露見、或いは繋がるかもしれない情報が得られないギリギリを仮面の男は突いて来た。

 ならば後一歩とばかりに、アキラは強硬手段を選んだ。

 

「皆! その仮面を剥ぎ取るんだ!」

 

 アキラの言葉に、立ち直った彼の手持ち達も実行するべく各々動く。

 ここで仮面の男の正体がヤナギであることが露見すれば、少なくともポケモンリーグを襲うという選択肢はほぼ無くなる筈だ。

 

 ヤナギの目的を考えれば、必要不可欠なのはルギアとホウオウ、そして二匹を利用したとある知識の存在だ。

 そもそもポケモンリーグ襲撃は、本来の目的への目暗ましや率いているロケット団を統率する為の目標みたいなものだとアキラは考えている。

 幾らヤナギでも、ジムリーダーとしての地位を失った状態で警戒状態のジムリーダー達やその他の強者がいる場所に真正面から挑むことはしない。

 だからこそ、ここで仮面の男の正体がヤナギであることを暴き、その上でルギアと戦っているレッド達と共に生きたままこの場から退くのが理想的とアキラは考える。

 

 ところがアキラの考えとは裏腹に、思惑通りに事は進まなかった。

 ヤドキングとゲンガーが念の力を活かして剥がそうとするが、意外にも仮面の男が顔に被っている不気味な仮面はビクともしなかった。

 何か特殊な対策を施していると考えたのか、力づくで剥がすべくカイリューとブーバーの二匹が”ほのおのパンチ”の応用で小規模に手を熱しながら突っ込む。

 対する仮面の男はマントの下からもう一度”ふぶき”と思わしきものを放つが、”でんこうせっか”とその”ものまね”で先回りしたエレブーとサナギラスが”まもる”で遮る形で防ぎ、カイリュー達は彼らを跳び越えて仮面の男に迫った。

 今度こそと意気込んで手を伸ばす二匹に、仮面の男は見据えた上で冷たく吐き捨てる。

 

「仮面の下を見て良いと何時言った」

 

 その直後、鈍い音と共に目に入った光景にカイリューとブーバーは目を瞠る。

 

 力も大きさも異なる両者が伸ばした手を、仮面の男は伸ばした両手で苦も無く正面から受け止めたからだ。しかも”技で高温に熱された手”をだ。

 押そうと力を入れても仮面の男が力負けする様子は無かった。こんなことは人間離れと言える程に力が強くなったアキラどころか、普通の人間には不可能な芸当だ。

 予想外の事態に焦る二匹を余所に、仮面の男から発せられる圧が更に増すと同時に周囲の空気も冷えていく。

 

 無理に彼らを相手にしたり、倒す必要は無い。

 最優先すべきなのは目的の達成。

 

 久しく追い詰められ、様々な考えや()()が脳裏を過ぎったことで逆に仮面の男は冷静になった。

 

 何が何でもこの状況を切り抜けて、長年の目的を叶える。

 躊躇う事は無い。立ち塞がる障害は全て、あらゆる手段をもって排除するだけだ。

 

 動揺する二匹を仮面の男は力任せに押し返すと、全身から”ふぶき”を放つことで無防備な彼らをアキラの足元まで吹き飛ばす。

 ブーバーはよろめきながらもすぐに立ち上がるが、カイリューの方は辛うじて意識はあったもののルギアとの連戦や相性の悪い攻撃を何度も受けたことで立ち上がるのも難しい状態にまで追い詰められていた。

 

「…そのマントの下は、人の体じゃないな」

 

 立ち上がれないカイリューをモンスターボールに戻して、残った手持ち達と共にアキラは構える。

 知ってはいたが、こうして実際に目にすると良くわかる。

 特に今のアキラの鋭敏化した目から見ても、本来生物ならある手足の動作――筋肉などの動きが全く見えない。

 服やマントで隠されているということもあるが、それにしては余りにも読めなさ過ぎる。

 だからこそ、これまでの攻防や先程の行動もあって、アキラは仮面の男の手足が生身では無いという確信を得た。

 

「パワードスーツ? 義手? 何にせよ…容赦なくやれる」

「容赦なくやれる? やれるものならやってみろ!!」

 

 本当は知っているが、読み違えていると思わせることを口にすると、仮面の男が拳を振り上げながらアキラとの距離を詰める。

 対するアキラも右腕に付けた盾の持ち方を少し変えると、対抗する様に突き出された拳に向けて殴り付ける様に盾を激しくぶつける。

 その瞬間、人の拳をぶつけたとは思えない重々しい音が周囲に響き渡る。

 

「!」

「っぐ!」

 

 両者は少しの間だけ拮抗するが、すぐにアキラはその力に押し返されて、咄嗟に後ろに下がる。

 今のアキラは並みの人間以上の力を発揮することが出来るが、それでも限界はある。ある種のパワードスーツを纏っている状態と言える仮面の男には、どうしても力負けしてしまう。

 

 仮面の男が下がる彼に腕を伸ばそうとした時、その腕を横から飛び込んだカポエラーに蹴り上げられる。

 手持ちの二強を正面から退け、更にはアキラに自ら挑んできたのや彼の”人の体じゃない”発言を耳にしたことで、取り押さえる為に気を遣う必要が無くなったからだ。

 アキラのポケモン達のある種の容赦の無さと切り替えの早さに仮面の男は苛立つも、直後に目に見えない力で砂浜に這い蹲る様に押し付けられる。

 

 ゲンガーとヤドキングによる”サイコキネシス”での拘束、そこに更にドーブルが無数の”やどりぎのタネ”を”まがったスプーン”から振り撒き、種から芽吹いた蔓で仮面の男の動きを封じていく。

 本来なら人に対して直接攻撃することは基本的に厳禁とアキラに言い聞かされているが、さっきのカポエラー同様に相手が相手なので彼らは乱暴手段を駆使してでも抑え込もうとする。

 

「こざかしい!!!」

 

 しかし、それらの拘束と仕掛けたポケモン達を仮面の男は”ふぶき”で纏めて吹き飛ばして突破する。

 その光景にアキラは睨みながら舌打ちをする。これが仮面の男の厄介なところだ。

 様々な策を講じたとしても、最終的には力押しで突破してしまう。

 

 警戒しながら目の前の状況に目を凝らしていたら、トレーナーである自分を潰すことを狙っているのか、起き上がった仮面の男が再び迫るのでアキラも迎え撃つべく構えた時、両者の間にエレブーが割って入る。

 

「退け!!」

 

 仮面の男は大声で脅しながら拳を突き出すが、エレブーは怯まず力を入れた腕を盾にして防ぐ。

 すぐに空いた方の手が伸びるのが見えたので、今度はそれを受け止めるとでんげきポケモンは仮面の男と取っ組み合いを始める。

 柔術を身に付ける為にアキラと練習で軽い取っ組み合いをすることはあったが、その彼どころか人間とは思えないまでの力と冷たい氷を掴んでいる様な感触にエレブーの表情は強張る。

 けど自分は仲間達の守りの要、立ち塞がったからには突破される訳にはいかないとエレブーは自らを鼓舞して、腕に力を入れて逆に押し返そうとする。

 だが押し返すことにばかり意識し過ぎて、隙だらけで無防備な鳩尾に仮面の男の膝蹴りを叩き込まれてしまい、力が抜けた瞬間にでんげきポケモンは力任せに後ろへ投げ飛ばされてしまう。

 

 エレブーを退けるや即座に殴り掛かって来る仮面の男に、アキラや残ったサンドパン達が迎え撃とうとしたその時だった。

 

 硬い何かが削られる様な音と共に仮面の男の動きが止まる。

 音が聞こえた方に目を向けると、サナギラスが仮面の男が振り上げた右腕を背後から噛み付いていたのだ

 

 しかし、仮面の男は噛み付かれたというのに痛みで怯む様子すら無かった。

 寧ろ仕掛けたサナギラスの方が困惑していた。

 師であるエレブーが返り討ちに遭ったのを見て、彼らが立ち直るまでの時間を自分が稼がなければならないと奮起したところまでは良かったが、動きを封じる為とはいえ、人の腕に噛み付いて本当に良かったのか。

 確かに噛み付いた腕は、単に冷たい以上にまるで鉄みたいに異様に硬くて人の体とは思えなかったが、本当に自分の判断が正しかったのかわからなくなって徐々に焦ってきていた。

 

「迷わなくて良いギラット! そのまま()()()()()()!!」

 

 そう戸惑っていた時、サナギラスの迷いを断ち切らんとばかりにアキラは力強く伝える。

 まだ幼く性格的にも温厚である彼は、他の手持ちと比べるとそこまで割り切った判断は出来ない。

 だからこそ、アキラは彼を連れるトレーナーとして責任をもってハッキリと彼の判断が正しいことを肯定すると同時に今やれることを伝える。

 

「俺を信じろ! ギラット!!!」

 

 アキラの懸命な声に、迷っていたサナギラスは改めて自分がするべきことを認識する。

 他の手持ちが立ち直るまでの時間を稼ぐだけなら、何も腕に噛み付かなくても良かった。にも関わらず噛み付いたのは、そうする必要があると判断したからだ。

 相手がただの人間では無い事、そして今噛み付いている腕が生身の腕では無いことはもうわかり切っている。

 

 アキラの後押しにサナギラスは決断する。

 今ここで、この腕を噛み砕く。

 

 そう腹を括った瞬間、だんがんポケモンの体は眩い光に包まれる。

 

「なっ!?」

 

 予想外の事態に仮面の男は驚くが、彼の反応を余所に光に包まれたサナギラスは見る見る大きく変化していく。

 蛹の様な体から大きな四肢を生やし、その体も仮面の男を上回る程にまで伸びていく。

 気が付けばだんがんポケモンは、仮面の男の腕に噛み付いたまま鎧みたいに強固な体をした怪獣の様なポケモン、よろいポケモンのバンギラスへと進化を遂げたのだった。

 

「やれ! ギラット!!!」

 

 そしてサナギラスだったバンギラスは、自分が進化したことには気付いていなかったが、体の底から無尽蔵に溢れる力を感じながらアキラの声を機に顎に力を入れる。

 

 軋む様な嫌な音をさせた瞬間、大きな音と共に仮面の男の氷の様に冷たくて硬い右腕は噛み砕かれるのだった。




アキラ、仮面の男を追い詰めていき、レッドの方も逆転の兆しが見え始める。

次回、追い詰められた仮面の男とルギアは

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