SPECIALな冒険記   作:冴龍

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混迷の島

「あいつ! こんなところにまで現れやがった!」

 

 アキラとレッドが揃ってやられていた時、壊れた小舟の上でゴールドは新たにルギアと対峙している存在を睨み付ける。

 助けに向かった小舟に漂っていた少女が、自分と同じポケモン図鑑を持つ典型的な真面目な学級委員タイプの同期だとわかっただけでも驚きだったが、そんなことを気にしている場合では無くなった。

 ”いかりのみずうみ”で自分とシルバーを追い詰め、桁違いの力を持つアキラさえも最終的には逃走を選ぶしか無かった仮面の男がこの場に現れたのだ。

 

「な、何者なのあの人…」

 

 初めて目にする仮面の男にさっきまで意識を失っていたクリスは戸惑うが、その雰囲気と外見から只者では無い事を感じ取っていた。

 自分と同じポケモン図鑑を所持している二人が、不良みたいな柄の悪い少年だったことでも衝撃的だったのに、それを軽く忘れさせてしまう程だった。

 片やリベンジに燃え、片や得体の知れない不気味なものを感じていた二人とは対照的に、シルバーは体に力が入るのを感じながらも冷静だった。

 

「伝説のポケモンの前に奴が現れたということは、何か目的があるのだろう」

「だったら碌なもんじゃねえのは確かだな。あん時の借りを返してやる!」

「冷静になれ。お前では逆立ちしても敵う相手じゃない」

「お前は呑気に島の中で炎に暖められながら寝ていたから知らねえだろうけど、アキラは何とか引き分けたんだ。今回はレッド先輩もいるんだから絶対に勝てる!」

 

 ゴールドの発言にシルバーは少し目を瞠るが、彼が言っている内容を理解するとすぐに落ち着きを取り戻す。

 

「だが、お前の言う二人はさっきやられていたぞ」

「すぐに戻って来るに決まってるだろ!」

「ふ、二人とも落ち着いて」

 

 会ったばかりではあるが言い争ってばかりの同期に、流石のクリスも困惑をしていた。

 何とかして彼らと協力することでこの事態を打開したかったが、状況は彼らを待ってはくれなかった。

 ルギアが放った”エアロブラスト”の空気弾が無数に飛んで来たからだ。

 

「うおヤバ!」

 

 何とかしようと三人は各々動くが、それが逆に仇となり、彼らが乗る小舟は攻撃が水面に当たった時に起きた波と水飛沫に呑まれてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 少し離れた海面を漂っていた小舟が”エアロブラスト”に巻き込まれたのを見て、仮面の男は思惑通りに事が進んだと判断する。

 本当はルギアが住処に戻って来たところを捕獲するつもりだったが、そこは伝説のポケモン。予想以上に手間取ってしまったことで島の外に逃れられてしまった。

 しかも島の付近には、またしても()()()()()()()()()かの様にアキラが仲間と一緒にいたので、今の今まで仮面の男は隙を窺っていた。

 

「今度は逃がさん。外に出れば有利と思ったら大間違いだ」

 

 怒り狂ったルギアが放つ”エアロブラスト”をデリバードと共に悠々と躱しながら仮面の男は呟く。

 アキラ達が健在な時に飛び出せば三つ巴の戦いになる。なので先程までのルギアとの攻防を利用することで、邪魔になる存在を排除したが相手が相手だ。所詮は時間稼ぎ程度に過ぎない。

 遠目で彼らとルギアの戦いを窺っていたが、あのまま様子見に徹していたら二人でルギアを打倒、或いは捕獲してもおかしくなかった。

 彼らの力を仮面の男はまだ把握し切れていないことも重なり、下手に時間を掛け過ぎると何が起こるのかわからなかった。

 故に今がルギアを捕獲する好機であった。

 

 いざ再びルギアに戦いを挑もうとした直後、仮面の男の背後から炎が襲い掛かり、彼は飛行していたデリバードと共にギリギリで回避する。

 炎が飛んで来た元を警戒すると、そこにはさっきルギアの”ハイドロポンプ”を避け切れなくて吹き飛んだ筈のレッドがリザードンに乗って飛んでいた。

 

「お前がアキラが言っていた仮面の男か!」

「そういう貴様は三年前のポケモンリーグ優勝者のレッドか。大人しく海に落ちていれば良かったものを」

 

 明らかに敵意を向けているレッドに、仮面の男の声は忌々しさが滲み出ていた。

 リザードンの体が濡れているのや少し息を荒くしているのを見る限りでは、海に落ちたとみられるがこうして戻って来たからには厄介なのには変わりない。

 早速邪魔な存在が戻って来てしまったと考えていた時、気を取られていた隙を突く様に両者目掛けて無数の”エアロブラスト”の空気弾が迫る。

 それらを仮面の男とレッドは各々避けて行くが、唐突に海面の一部が強く光る。それが何なのか推測する間も無く、激しく水飛沫を上げながら破壊的な光線が仮面の男目掛けて一直線に飛ぶ。

 

「むおっ!」

 

 不意を突かれた攻撃ではあったが、体勢を崩しながらも仮面の男が掴まっているデリバードは何とか直撃を免れる。

 海から飛び出した破壊的な光線は、そのままその先にいるルギアに命中する。爆音を轟かせながら激しく火花を散らせ、その威力にルギアは悲鳴にも似た声を上げながらよろめく。

 そして水飛沫を上げて、光線が放たれた海面からカイリューと背にしがみ付いたアキラが飛び出した。

 

「この野郎、よくもやってくれたな」

 

 今回はカイリューがいたので如何にかなったが、アキラは重度のカナヅチなので海に落とされたことに心底腹を立てていた。

 慣れない空中戦でやられてしまえば自力では助からない海の上で仮面の男と戦うのは、以前よりも不利でプレッシャーは掛かる状況だが、こうして対峙したからには全力を尽くすだけだ。

 

 一方の仮面の男もアキラが戻って来たのを見て、表情は窺えなかったが苦虫を噛み潰した様な空気を漂わせる。

 強大な力を持つ伝説のポケモンであるルギア。

 まともに戦えば勝つことは出来ても無事では済まないアキラ。

 そして彼と実力的には同等と見て良いポケモンリーグ優勝者のレッド。

 危惧していた三つ巴とも言える状況だった。

 

 しかし、他にも警戒すべき対象が他にいることを彼は見落としていた。

 

 強く降り注ぐ雨の中、突如として落雷が仮面の男に落ちたのだ。

 

「ぐあああああ!!!」

 

 全く予期していなかったからなのか、飛んでいたデリバードはまともに直撃を受け、掴まっていた仮面の男も巻き添えを受ける。

 ルギアが起こした天候による自然発生では無かったが、目の前で対峙していたアキラとレッドは落雷の正体にすぐに気付いた。

 

「また会ったな仮面の男。レッド達の力を借りるのは癪だが、ここでてめえを叩き潰してやる」

 

 複数のレアコイル達が生成する足場に立つマチスが、手持ちのエレブーを伴って飛んでいるアキラ達の元にやって来る。

 ゴールドが勝手に離れてからも事態を静観するつもりではあったが、仮面の男が姿を見せたとなれば話は別だった。

 どんな手を使ってでも、それこそあまり関わりたくないレッド達の力を借りてでも、自分達が結成した組織や部下を我が物顔で利用する仮面の男を倒すつもりであった。

 

「っ! 次から次へと…貴様らに構っている暇は無い!」

 

 トレーナーの巻き添えも辞さない”かみなり”の直撃によって、デリバードだけでなく仮面の男も全身から焦げた様な煙を上げていたが、落ちることなく逆に怒りを露わにする。

 次から次へと邪魔する者が増えていく。

 そんな状況に仮面の男は心底苛立っていた。

 

 こうなれば纏めて”ふぶき”で片付けようとするが、すかさずマチスのレアコイル達が放電を始めた為、咄嗟に”プレゼント”をばら撒いて強引に防ぐのに手間取らされる。

 天候はルギアの力によって嵐に近い状況だ。ならばみずタイプの技の威力だけでなく、”かみなり”を始めとした電気技の通りや命中率も良くなるメリットがある。

 その影響で先程の”かみなり”をアッサリと受けてしまったが、その天候が齎す恩恵を活かせる存在は他にもいた。

 

「”たつまき”!」

 

 小さな翼を羽ばたかせて、カイリューがドラゴンの力も交えた激しく渦巻く風を起こす。

 空中で姿勢を保つのが難しい強さの風が吹いているお陰で、その威力は平時よりも増していた。

 マチスの攻撃を防ぐのに気を取られていたデリバードは、自身と仮面の男を巻き込もうとする”たつまき”に抗うが、身動きがしにくいそのタイミングにルギアが”エアロブラスト”を何発も放つ。

 連携攻撃の様に見えるが、勿論ルギアにはそんなつもりは無い。単純に好機だと判断しただけだ。

 

 迫る無数の空気弾をアキラ達三人はそれぞれ避けるが、彼らの攻撃を受けていた仮面の男にはそんな余裕は無かった――かと思いきや自らデリバードから離れて分かれる形で回避した。

 

「やれデリバード!!!」

 

 落ちながら仮面の男が命じると、”エアロブラスト”を躱したデリバードは今度こそ”ふぶき”を開放する。

 ルギアが変えた天候を三人同様に利用しているのか、凄まじい冷気の暴風が激しく周囲に吹き荒れる。

 

「なっ!? こんなにヤバイのかよ!!」

 

 ゴールドを乗せていた時にマチスは仮面の男が強力な氷技を使うと言う情報を彼から得ていたが、その威力は想像を遥かに超えていた。

 すぐに距離を取ろうとしたが、デリバードが放った”ふぶき”の威力と影響力は尋常では無かった。

 あっという間に浮遊しているレアコイル達は全身を凍らされて機能不全に陥り、彼らが生み出している足場の維持が出来なくなったことでマチス共々海に落ちていく。

 

 アキラとレッドはカイリューの”しんぴのまもり”に守られることで攻撃と状態異常を防いでいたが、それも多少の時間稼ぎにしかならなかった。

 体が凍り付くことは無かったが、二人が乗るカイリューとリザードンは”ふぶき”の猛威によって、砂浜であること以外はさっきの繰り返しの様に落とされる。

 そしてルギアの方も全身の至る箇所が凍り付いていくが、それでも落ちることは無く宙を浮遊するのは保っていた。

 

「顔が凍り付いても尚意識を保つか、流石伝説のポケモン。規格外だな」

 

 すぐさま戻って来たデリバードに掴まりながら、顔が氷漬け同然の状態でも未だに敵意を漲らせた目で睨んでくるルギアに仮面の男は再び対峙する。

 顔が凍ってしまったことで口の開閉も上手く出来ない為、今のルギアは大量の空気を吸う必要がある”エアロブラスト”を満足に出すことは出来ない。

 一言で言えば相性が悪かった。普通の相手なら、ルギアの力は相性の悪さを物ともしない程だが、仮面の男のデリバードは一般的なタイプ相性が通用するまでの力――ルギアが相手でも同じ土俵で戦えるだけの力があった。

 

「さぁ、我が野望の為の手足となるのだ!」

 

 次の攻撃で決めるべく、デリバードに命じようとしたその時だった。

 荒れる海から水飛沫を上げて、何かが飛び出した。

 目の前のルギアだけでなく周囲を警戒していた仮面の男は、海に落ちたマチスが邪魔するべく戻って来た程度に考えていたが、その考えは違っていた。

 それどころか海から飛び出したのは全く予想していないのだった。

 

「この野郎ぉおぉぉーーー!!!」

 

 海から飛び出したのは、ゴールドだったのだ。

 以前”いかりのみずうみ”でアキラの邪魔で仕留め損ね、さっきルギアの”エアロブラスト”を誘導して片付けたと思ったあの時の少年が、平らな姿をしたポケモン――マンタインに多くのテッポウオを伴ってハンググライダーの様な飛び方で再び現れたのだ。

 

 仮面の男は知らないが、”エアロブラスト”の巻き添えを誘導した後、彼らは終わったものと考えていたが実際はそうでは無かった。

 確かに巻き込まれたことでゴールドは海に投げ出されたが、その時たまたま水中でルギアの攻撃に逃げ惑っていたマンタインに遭遇し、互いに助け合う過程で自然とこの戦いを終わらせるという共通の目的を抱き、彼らは共に戦うことを選んだ。

 偶然にもジョウト各地を回っていた頃の旅の道中で知り合った釣り人の男性――イエローの伯父から多くのテッポウオの力も借りて、マンタインとゴールドは共に仮面の男に突っ込む。

 

「まわれ、右!!」

 

 ゴールドが合図を出すと、マンタインの体に付いていたテッポウオ達が一斉に体の向きを変える。

 そんな彼らの姿を見た仮面の男は、次に彼らが取る行動を察したのか嘲笑う。

 相手はアキラやレッドと比べれば警戒する程では無い。目立って突出した実力の無いただの子どもだ。

 今この場で直接自らの手で容易に始末することが出来る取るに足らない存在。

 だが、そう思って気を抜いたのが命取りだった。

 

 迫るゴールドを蹴散らそうとした直後、何かを撃ち出す轟音が辺りに響く。

 咄嗟に音が聞こえた方へ顔を向けると、飛び蹴りの体勢をしたブーバーと少し遅れてミルタンクが一直線に突っ込んできたからだ。

 

「何っ!?」

 

 完全に想定していなかった攻撃に仮面の男は驚愕する。

 返り討ちにしようにも二匹が速過ぎて、デリバードは反射的に真っ直ぐ飛んでくる二匹を回避することを優先する。

 ところが彼らの想像の範疇外の攻撃はまだ終わりでは無かった。避ける際に余所に意識を向けたことで、続けて飛んで来たサナギラスの存在まで察知することが出来なかった。それどころか狙った先に誘導されたことにすら気付いていなかった。

 ”だんがんポケモン”の名の通り、砲弾の様に撃ち出されたサナギラスは直線上にいるデリバードに強烈な体当たりを決める。

 激突の瞬間の場面は、最早”ぶつかる”では無く”撥ねられる”と表現した方が正しかった。

 サナギラスの全身は岩の塊同然、そんな存在が跳ね飛ばす勢いでぶつかったのだ。まともに受けたデリバードは無事では済まず、意識を失ったかの様に落ち始める。

 

「うおおおおお!!!」

 

 予期せぬ形で飛行手段を失ったことで、仮面の男はデリバードと共に落ちて行き、水飛沫を上げて海へ落ちた。

 まさかの展開に驚きながらも三匹が飛んで来た方にゴールドが顔を向けると、さっき砂浜に落ちたアキラが狙撃するかの様にロケットランチャーを構えているのが見えた。

 

「目標変更! 目の前を飛んでいるデカブツだ!!!」

 

 全てを理解したゴールドは作戦変更とばかりに、相手をルギアに変えることを大声で伝える。

 そして彼の号令を合図に、マンタインに付いていたテッポウオ達は一斉に”みずでっぽう”を発射する。

 一匹一匹の威力は弱くても、何重にも重ねられればその威力は上がる。テッポウオ達の一斉放水は度重なるダメージで弱っているルギアの巨体を押していくが、苦し紛れの抵抗とばかりにルギアが長い首を振り回し、避け切れなくてゴールド達はぶつかってしまう。

 そのままゴールド達は落ちていくが、そんな彼らを突如現れたカビゴンが弾力のある大きなお腹をクッション代わりに受け止めた。

 

「大丈夫かゴールド!?」

「レッド先輩! ありがとうございます!」

 

 砂浜に叩き付けられるのを覚悟していただけに、レッドのお陰で殆どダメージを受け無かったのは嬉しい誤算だった。

 そこに海にいたシルバーとクリスも壊れた小舟を上手く操縦して砂浜に上陸するや彼の元に駆け寄る。

 

「大丈夫!?」

「無茶をする。アキラの横槍が無かったらどうするつもりだったんだ」

「へへ、そこんとこも俺は計算済みだぜ」

 

 胸を張るゴールドに、シルバーとクリスは揃って嘘なのを察する。

 緩んだやり取りをしていたが、彼らが意外にも無事なのや敵対している存在が集まっていることに気付いたルギアが砂浜にいる面々を標的にするが、そこにブーバーとサナギラスを乗せたドーブルが”へんしん”したヨルノズクが強襲した。

 顔が未だに凍り付いている影響で”エアロブラスト”は出せなかったが、それでもルギアは巨大な翼を横薙ぎに振るう。

 二匹も背負って飛行していたこともあって、直前にジャンプしたブーバーを除いたヨルノズクと乗っていたサナギラスはさっきのゴールドの様に叩き落とされてしまう。

 

「リュット頼む!」

 

 海に落ちて行く二匹を見て、アキラはすぐさまカイリューに落ちる前に救出を頼む。

 相性の悪い”ふぶき”を何回も受けたことでかなり弱ってはいたものの、それでもロケットスタートで飛び立ったカイリューはすぐに海に落ちる寸前だった二匹を抱え込む。

 一方、攻撃を受ける前にジャンプしたブーバーは、そのままルギアに飛び移って体の至る所を”ふといホネ”や”かみなりパンチ”で殴り付けていた。

 当然ルギアは振り落とそうと体を激しく揺らしたり捻らせたりするが、執念深いひふきポケモンはそう易々と落とされはしなかった。

 

 体を這い回る虫の様な嫌がらせと攻撃を続けていたブーバーは、ルギアの姿勢が安定した瞬間を突いて瞬く間に長い首を駆け抜ける。

 そして頭部へと辿り着いたブーバーは、即座に”ふといホネ”を片手持ちから両手持ちに変えるや思いっ切り振り上げ、その脳天に渾身の力で”ホネこんぼう”を振り下ろした。

 目から星が飛び散る様な錯覚が見える程の強烈な一撃に、ルギアは大きなダメージを受けたのか浮遊していた体から力が抜けたかの様に落ちていく。

 

「下に俺達がいることも考えてよバーット!!!」

 

 落下速度そのものは緩やかではあったが、真っ直ぐ自分達に落ちて来たルギアの巨体に潰されない様にアキラ達は大急ぎで走って逃げる。

 ギリギリで逃げ切ったタイミングで、ルギアは巨体相応の地響きと共に衝撃で砂を大量に舞い上げながら砂浜に落ちる。

 

「やった…のか?」

「いや、まだと思った方が良い」

 

 相手は伝説のポケモンなのだ。仮面の男が仕掛けた攻撃のダメージもあるだろうが、まだ倒れるとはアキラには思えなかった。

 そして懸念通り、意識が飛んだのは確かではあったが、すぐに覚醒したのかルギアは空気が震える程の大きな声で吠えながら起き上がった。

 典型的な威嚇ではあったが、伝説のポケモンだからこそ発せられる威圧感と巨体にゴールド達三人の体は強張るが、アキラとレッドは冷静だった。

 

 単にルギアを倒すよりも捕獲することを考えると、まだ意識があるのはある意味では良い事だ。

 しかし、まだ捕獲をするには十分では無い。

 ポケモンには捕獲時にモンスターボールの力を最大限に引き出す狙い処が存在しているが、激しく暴れ回られたら狙うどころでは無い。

 

 次はどう動くべきか考えていた時、立ち上がったルギアが突如として前のめりに崩れる。

 ルギアの体から降りて様子を窺っていたブーバーが、後ろからルギアの膝に”メガトンキック”を叩き込んだのだ。

 意図せず膝を曲げられたことで体重を支え切れないルギアは倒れるが、間を置かずにさっきゴールドを受け止めたカビゴンがルギアの頭に”のしかかり”を仕掛ける。

 

「いいぞゴン! そのまま抑え付けるんだ!」

 

 カビゴンが動きを封じている間に、レッドは他の手持ちを繰り出して援護に向かわせる。

 確かにルギアは強い。ポケモンの姿をした災害と言っても言い過ぎでは無いし警戒し過ぎということも無い。

 だが、それでも自分達の土俵――地上戦に持ち込めば、捕獲も視野に入れた勝算の見込みは飛躍的に高まる。

 一対一(タイマン)では、ルギアに敵う存在はそれこそ同格の存在くらいしかいないが、アキラ達には手持ち達による数を活かした連携がある。

 

 このままアキラも戻って来たカイリュー達や他の手持ちを出して加勢しようと考えるが、その前に別の気配を察知する。

 ルギアと自分達がいる場所から少し離れた砂浜――さっき仮面の男が落ちた付近の海面に近い砂浜に見覚えのある存在が幽鬼の様に現れたのだ。

 

「レッド、ルギアの相手――出来れば捕獲を頼めるか?」

「任せとけ。こっちが終わったら俺も駆け付ける」

「…ありがとう」

 

 一言だけ礼を告げ、アキラは手持ちを引き連れてルギアとレッド達に背を向けて駆け出す。

 戦力の分散は下策だが、仮面の男がどれだけ手強くて恐ろしい存在なのかは、さっきまでの空中での攻防でレッドは理解していた。

 自分が戦っても返り討ちに遭う可能性の方が高い。ならば一度戦った経験を持ち、多くの情報と対策を用意しているであろうアキラの方が有利に戦える。

 それでも彼なら大丈夫や絶対に勝つとは口が裂けても言えない相手だ。すぐにでもルギアを捕獲して、加勢するのが望ましい。

 そう考えていた時、ルギアの体にレッドの手持ちポケモンとは異なる技や攻撃が次々と命中する。

 

「レッド先輩! 加勢するッス!」

 

 ゴールドを筆頭に、クリスやシルバーも自らの手持ちを繰り出して、レッドに加勢すべく各々動いていた。

 戦っている敵の力は強大だ。だけど、一人では無理でも何人も力を合わせれば成し遂げることが出来ることをレッドは知っていた。

 今までだって、そうやって乗り越えて来たのだから。

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…おのれ…どこまで邪魔をする…」

 

 体の至る所から水を滴らせて、仮面の男は海から這い出る。

 デリバードの意識が僅かでも健在だったら、海を凍らせて即興で足場を作っていたところだったが、道具の加速によって威力が増したサナギラスの”ずつき”の破壊力は予想以上のものだった。

 

 何とか陸に上がれたが、余計なことに時間を使っている間に少し離れた場所ではルギアを相手にレッドを始めとした少年少女達が戦っている。

 このままではルギアを戦闘不能に追い込まれる、或いは彼らによって捕獲される可能性が高い。そうなってしまえば仮面の男が進めている計画は致命的なまでに破綻してしまう。

 それだけは何としてでも阻止したいが、立ち塞がる様に手持ちを引き連れたアキラが目の前に現れたことで、仮面の男から発せられる空気は殺気立つ。

 

「……疫病神め」

 

 思えば目の前にいる少年がこのジョウト地方に現れてから、あらゆる謀が失敗するか予定通りに終わったことが無い。

 引き連れている手持ちの強大な力を背景に敵対する存在を片っ端から蹴散らす姿は、正に”歩く災害”と言っても過言では無い。

 尤も、こちらの思惑を邪魔してきたり都合が悪いことを次々と齎してくるので、彼らの存在は”疫病神”の方が正しいのかもしれない。

 

「疫病神…ね。そう言われるだけ俺達はお前らの邪魔を出来ているってことなんだな」

 

 普通なら喜べるものではないが、それだけ仮面の男にとって腹が立つくらい様々な思惑を阻止してきたのだろう。

 アキラとしては、自分が知っている流れからはそこまで大きく変わってはいない印象だが、今度こそここで大きく変えるつもりだった。

 彼が今ジョウト地方各地で起こっている事件や戦いに積極的関わっているのは、ポケモンリーグを無事に開催させる為だ。

 極端なことを言えば、ここでルギアの捕獲を阻止すれば仮面の男がポケモンリーグ襲撃を仕掛ける可能性は低くなる筈だ。

 

 左肩にぶら下げていた盾を手に取ると、アキラはそれを左腕では無くて右腕に取り付ける。

 更に腕に固定した盾を半回転させて、先端が尖っている縦長の部分に向きを変え、まるで大きな剣の様に仮面の男へ突き付けるみたいに腕を伸ばす。

 

「今度は前みたいにはならないぞ」

 

 強気の言葉で告げつつ、アキラは目の前の状況を把握しようと努める。

 デリバードの姿が無いのを見ると、今は戦闘不能かそれに近い状態だろう。

 戦いに備えてか、仮面の男はデルビルやアリアドス、ゴースを繰り出すが、こおりタイプのポケモンは一匹もいなかった。

 油断は出来ない相手ではあるが、それでも専門タイプでは無いのとデリバードと比べれば遥かに戦いやすい相手ではあった。

 そうなれば警戒すべき相手は、マントの下に隠れているウリムーくらいだ。そしてウリムーを繰り出してくるのは、窮地になるまで追い詰めて正体露見も辞さない場合とアキラは予測している。

 ”いかりのみずうみ”の時の戦いと比較すると、状況はこちらの方がかなり有利と見ても良かった。

 

 出ていたアキラの手持ち達も戦いに備えて各々構え始め、いざ両陣営が激突しようとした時、アキラ達の横を赤い影が駆け抜ける。

 

 さっきまでルギアと戦っていたブーバーだ。

 

 エンテイに挑戦状を突き付けてから打倒伝説を掲げていたが、アキラと仲間達が仮面の男と対峙していることを知るやすぐにそちらを優先して駆け付けたのだ。

 

 ロケット団の様な悪事を働く存在の打倒。

 

 彼らなりの考えや思惑も多少絡むが、それがブーバーを始めとしたアキラの手持ち達が今までの経験から自らの意思で望み、敢えて渦中へと飛び込んでいく理由でもあるからだ。

 振り被った”ふといホネ”を出ていた仮面の男のポケモン達目掛けて振り下ろし、その衝撃で砂が大きく舞い上がる。

 

「行くぞ! 今度こそあいつを倒すぞ!」

 

 先陣を切ったブーバーの後を追う様にアキラが駆け出すと、彼に続けとばかりに他の手持ち達も続いていく。

 前は出来なかったリベンジを果たす為に。




アキラ、ルギアをレッド達に任せて仮面の男と二度目の戦いへ

次から次へと予想外のトラブルに邪魔が入って来て、仮面の男のストレスはマッハです。
全てを出せば楽になるけど、それをやったら全部終わりというジレンマに陥っています。

次回、どちらの戦いも激化必死です。

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