せんすいポケモン、ルギア。
ジョウト地方ではホウオウと対を成す伝説のポケモンにして、仮面の男ことヤナギの目的を達成するのに必要不可欠な存在。
そして羽ばたけば嵐を引き起こしたり、逆に鎮めるなどの言い伝えが数多くある伝説の名に恥じない桁違いの力を秘めているポケモンだ。
「あんなに大きな船を浮かべるなんて……」
「下手すると巨体なのも相俟ってミュウツーよりもヤバイかもな」
ルギアが発揮している力にレッドは唖然としていたが、アキラは知っていたこともあったので、過去の経験も踏まえて冷静に頭を働かせる。
あんな怪獣映画に出る様な巨体を相手にするのは、数年前にアキラが追い掛けている謎の現象の影響を受けた巨大サイドン以来だ。
それに目測だが、あの時のサイドンよりもずっと大きかった。
このまま何も変わらず事態が進めば、洗脳なのかトレーナーの力量によるものなのか定かでは無いが、ルギアは自らの意思に反する形で仮面の男に従わされてしまう。
今日までアキラは明確な行動を起こさなかったが、小さな島みたいなサイズの船を軽々と浮き上がらせる程の力を見て、下手に過信して戦いを挑まなくて良かったと心底感じていた。
もし今よりも前にヤナギの手に落ちるのを防ぐべく先に捕獲する為に戦いを挑んでいたら、勝っても負けても周辺の島や海岸沿いにある町は被害甚大と言う事態は免れられなかったかもしれない。
だけど今この場にいるのは、アキラだけでは無い。
一人で挑むよりも、大勢で挑んだ方が戦力的にも心理的にも負担が大きく軽減される。
この後起こるであろう戦いの為に、アキラはロケットランチャーを背負い直して持ち合わせた装備を確認しようとした直後、ルギアが自分達に向けて口を開いたのが見えた。
「皆避けろ!!」
アキラが焦った声を上げた直後、ルギアは大きく開いたその口から辛うじて目に見えるが、
ルギアの攻撃が迫る中、僅かな時間で四人は各々のやり方で回避しようとするが、直撃こそしなかったものの先程まで彼らが居た岩場を粉砕する威力の余波は諸に受けてしまう。
「何だ今の!? 単なる”はかいこうせん”じゃないぞ!」
「ルギアがメインに使っている”エアロブラスト”って名前の技だ。”はかいこうせん”とかとは違って吸った空気を塊にして放つ技だ」
粉砕された岩場を目の当たりにしたマチスに、アキラは自分の記憶と調べて来た情報を教える。
ルギアに関する現存していて尚且つ一般人である身で確認出来る資料は少ないが、それでもルギアが戦った、或いは技を使った記録は残っている。
使っている場面では技名について明記されていないのが大半だが、状況についての記述を見て行けば、相応の知識を持つ者やアキラみたいに答えがわかっている人間なら何を使えるかは見当が付く。
「空気を放つ攻撃がメインなら、海に叩き落して――」
「発想は悪くないけど、ルギアのタイプはエスパー・ひこうの複合タイプ。それに普段は深い海の底に潜んでいるから、どちらにせよ厳しいぞ」
シルバーの提案にアキラは少し否定的に告げる。
ルギア最大の武器である”エアロブラスト”を封じる対策はいるが、何も水中に追い込まなくても良い。
寧ろ、こちらが戦いにくい水中で別の戦い方に切り替えられる方が厄介なので、シルバーの提案は正直言って微妙だ。
アキラ達にとって不慣れな空を飛ばれているのも厄介だが、地上に叩き落して飛行不能に追い込んでこちらの土俵に持ち込めば、”エアロブラスト”を使われてもあまり苦にはならない。
ルギアは狙った相手が健在なのを知ると怒りの雄叫びを上げながら、自身が放つ念の力で浮かべていたアクア号と
巨大な船が海面に落ちた衝撃で海面が盛り上がり、波としてアキラ達の眼下で島の岩場に押し寄せる。
一連の光景を目にしたアキラは、すぐにルギアを実力行使で止める必要があると判断したのか、背負い直していたロケットランチャーを再び抜く。
「アンタ、あんなデカイのと戦う気なのかよ」
「ポケモントレーナーなら、ああいう怪獣みたいのと戦うことがあるのは避けて通れないよ。それに、デカイ敵と戦うのは俺達の得意分野だ」
ゴールドは知らないだろうが、アキラにとって因縁のある紫色の濃霧から現れた巨大サイドン、似た現象絡みで戦いの最中にカイリューと同等以上の体格になったピジョット、この前の巨大イノムーなど、巨大な敵と戦うのに何かと縁がある。
再びルギアの動向を窺うと、また技を放とうと口を大きく開いているのが見えた。
今度はアキラが声を上げるまでもなく、追撃が来ることを察した面々は再びルギアが放った不可視に近い攻撃を上空へ退避することで避け切る。
「ふう、間一髪だった」
「んじゃマチス、ゴールドを頼む」
上空へ逃げる際に抱えていたゴールドをカイリューは、無事に逃れて一安心しているマチスが乗るレアコイルが作り出すテトラポッド状の足場へ雑に放り投げる。
彼だけトレーナーを連れて空を飛べるポケモンを今は連れていなかったので、躱す際に咄嗟にカイリューに抱えさせたが、流石に抱えたまま戦うのは無理だ。
「おいこら!! 俺にこの小僧の面倒を押し付ける気か!」
「待てアキラ! 俺を置いて行くな!」
マチスとゴールドからのクレームを無視して、カイリューに乗っていたアキラは、グリーンから借りたリザードンの背に乗っているレッドと共にルギアへと飛ぶ。
少し遅れてヤミカラスに掴まったシルバーも来るが、アキラ達は気にしなかった。
彼らの接近に気付いたルギアは”エアロブラスト”を連発して来るが、距離を詰めたことで息を吸って溜める時間が無いのか威力は先程までのよりも弱かった。
「リザードン”かえんほうしゃ”!」
「リュット”りゅうのいかり”!」
難なく攻撃を回避した二人を乗せたドラゴン達は、各々口から赤い灼熱の炎と光線の様な青緑色の龍の炎を放つ。
タイプ相性は普通だが、それでも威力は強豪ポケモンであっても食らえば相応のダメージを受ける重い一撃を頭部に同時に受けて、飛んでいたルギアは首が反った勢いでバランスを崩す。
が、すぐに持ち直して再び”エアロブラスト”を連発していく。
「あぶね!」
二人を乗せたポケモン達は左右に分かれて避けるが、避けた空気弾の何発かは海面を叩き付けて幾つもの大きな水柱を上げる。
「――そう簡単にはいかないか」
ルギアの様子から先程の仕掛けた技によるダメージの程度をアキラは分析する。
伝説のポケモンでも、その戦い方は様々だ。
空中戦はアキラ達にとっては苦手な土俵ではあるが、戦う相手の体は大きいのだから幾分かやりやすくはあった。
それに今日まで手を出さなかったからと言って、何もしていなかった訳では無い。
何かの金具を外す様な音を立て、カイリューの背で新しく生まれ変わったロケットランチャーを抱えたアキラは不敵に笑う。
「れれれ、レッドさん!?」
アキラとレッドが空中でルギアと戦っていた時、海面に叩き付けられた小舟に乗っていたイエローは自分の目が信じられなくて驚きを露わにしていた。
自分なりに親戚の伯父と共にワタルが操ろうとした西へと飛んで行った伝説のポケモンを探してここまで来たが、まさかこんなところに彼がいると思っていなかったからだ。
「どうしたイエロー!」
「イエローさん?」
イエローのあまりの驚き振りに、船を操縦している彼女の伯父とオーキド博士に頼まれたこともあって一緒に行動することになった三人目のジョウト地方のポケモン図鑑所有者のクリスも困惑する。
「いい今、戦って、戦って」
「と、とにかく落ち着いて下さい!」
クリスはイエローを落ち着かせようとするが、中々上手くいかない。
二人がどういう関係なのかを知る者なら、彼女の動揺には納得出来ただろうが、この場に知る者は彼女以外誰もいない。
イエロー自身、クリスと合流する様にオーキド博士から頼まれた際、レッドが無事に療養を終えたという話は聞いていたが、こんなところで彼と会うことになるのは流石に予想外だ。
しかもアキラと一緒になって一年前のワタルとの戦いの時に姿を見せ、戦いの後に西へ飛び去った大きな鳥ポケモンと似た存在と戦っているのだから、もう理解が追い付かなかった。
慌てふためくイエローと混迷を極める状況も重なって、クリスの方もパニックに陥りそうではあった。
だが、そこはオーキド博士にポケモン図鑑収集を依頼された捕獲のプロとして、冷静であろうと努める。
とにかく今はあの巨大なポケモンが暴れているこの場から離れるのが先決と考えていた時、荒れる波の音に混ざってどこからか警告音の様な音が聞こえて来た。
「え? これは一体何なの?」
音の原因が自身が持つカバンの中なのに気付いたクリスだったが、音を発していたのがポケモン図鑑なのに困惑する。
今の仕事をこなす中で正常に電源が付かないなどの故障してしまった時はあったが、今回の様に警告音みたいな音を発したことは一度も無かった。
また何か故障してしまったのかと思った時、答えは意外なところから齎された。
「もしかして”図鑑の共鳴音”じゃ!?」
「共鳴音?」
聞き慣れない名称ではあったが、すぐにイエローは”共鳴音”が何なのかクリスに教える。
基本的にポケモン図鑑は、オーキド博士の手によって三機一組で作られる。
それら同タイプのポケモン図鑑は、三機とも正しい持ち主の手元にある状態で近くに集まった時という条件を満たすと”共鳴音”を鳴らす機能が備わっている。
元々はカントー四天王騒動でレッドが行方不明になった際に彼の行方を探す目的で追加された機能だが、彼女が持つ新型ポケモン図鑑にもその設定は受け継がれていたらしい。
「どうするイエロー! このままじゃ船が持たないぞ!」
「おじさんやクリスさんはここから離れて下さい! 僕はレッドさん達の加勢に向かいます!」
戦うのは好きではないし、出来る事ならなるべく避けたい。でも、今レッド達は戦っているのだ。
自分の正体と過去をレッドに知られてから、彼とは気まずい関係のままであるが今はそんなことは言っていられない。
彼から預かっているピカチュウも、レッドが戦っていると知ってからは早く出て加勢したいとボールの中から主張していた。
「!?」
決意を固めたイエローは、手持ちのバタフリーの力を借りて空へ飛ぼうとしたその時だった。
ルギアが放った”エアロブラスト”が、三人が乗る小舟に直撃し、その威力で船はバラバラに引き裂かれてしまった。
「うおっと!」
飛んできた”エアロブラスト”を、振り落とされてもおかしくない勢いで急旋回して避けるカイリューにアキラはしっかりしがみ付く。
空気の塊故に、攻撃は不可視に近いがそれでもある程度は視覚的に見えるので、顔の向きから狙いを予測するなどで何とか回避することは出来ていた。
「アキラ! こいつお前のエレブーやカイリューみたいに打たれ強いぞ!」
「そりゃ伝説だからね!!」
ルギアは超常的な能力だけでなく、数値で計れる基礎能力も高いので当然強い。だからこそ伝説のポケモンと称されているのだが、レッドの比較対象として自身の手持ちが例に挙げられたのにアキラはちょっとだけ嬉しかった。
だけど彼の言う通り、さっきから避けながらレッドと共に度々攻撃してはいるが、ルギアは痛そうにはしているものの今のところ大ダメージらしいダメージを受けている様子は無かった。
最後にアキラが元の世界でルギアに関する詳細な情報を見たのはもう数年前なので記憶も朧げだが、見た目に反して防御寄りの能力だったことを考えると相応に打たれ強いのだろう。
ある意味ではルギアの手強さが想定通りだと考えていた時、突然戦っている二人から少し離れたところから様子見で飛行していたシルバーがヤミカラスと共に戦いの場から離れ始めた。
「どうしたシルバー!?」
「人が乗っている小型船が漂っているから助けに向かう!」
レッドからの問い掛けにシルバーは大声で答えながら返事を待たずに向かう。
シルバーとしては、この余裕の無い状況を考えれば別に無視しても良かったが、どうも放っておく気にはなれなかった。
何より、姉と慕っているブルーがこの場にいたら、彼女なら助けに向かうだろうと言う予感もあった。
「なんだ。あのシルバーって結構良い奴みたいじゃん。俺達よりも周囲を良く見ている」
「まあ、何だかんだ言って、彼はそこまで冷酷な奴じゃない」
必要に迫られたとはいえ盗みなどの悪事を働いたりロケット団と言った敵対者には容赦しないが、それでも無関係な人は助けたり極力巻き込まれない様に配慮する気配りは出来る。
シルバーの救出が上手くいく様に、こちらも更に力を入れて挑むべくアキラは鋭い眼差しでルギアを見据える。
「準備はいいか?」
誰かに問い掛ける様にアキラは小声で尋ねると、彼が腰に付けたモンスターボールが返す様に揺れる。
「レッド、ルギアの気を引いてくれ。一気に攻める!」
「任せとけ!」
アキラの目付きの変化と彼が本格的にロケットランチャーを用意したのを見て、レッドは彼が十分に動ける様に気合を入れる。
レッドが乗ったリザードンが口から火を吐きながらルギアとの距離を詰めていく。かえんポケモンの動きにルギアが気を取られている間に、カイリューに乗ったアキラはスコープ越しにランチャーの狙いを定める。
来るであろう反動に備えて、しっかりと支えている肩に力を入れて身構え、引き金を引くと轟音と共に彼は撃ち出す。
砲身から勢い良く飛び出したのはモンスターボールでは無くてドーブルだったが、瞬く間にその姿をミルタンクへと変えて、こちらを全く警戒していないルギアの横顔目掛けて再現した姿とはいえ体重を乗せた重い一発を叩き込む。
思い掛けない威力に顔が意図せぬ方へ向いたことでルギアはバランスを崩すが、撃ち出された時の勢いを失ったミルタンクは緩やかに落ちて行く。
「アキラ! お前のポケモンが落ちて行くぞ!」
「大丈夫!」
レッドは焦るが、アキラは問題無いと断言する。
その直後、落ちながら体勢を整えたミルタンクの姿が再び変化する。
体はドーブルよりは大きいがミルタンクより小さくスリム、両手は大きな翼へと変わり、顔は丸くも賢い眼差しをした鳥ポケモン――ふくろうポケモンのヨルノズクへと姿を変えた。
これがドーブルが身に付けた新しい力だ。
アキラが連れているドーブルは、”スケッチ”のお陰で通常はメタモンしか覚えない”へんしん”を使う事が出来る。
しかし、本家にはどうしても劣ってしまう為、高い精度で安定して姿や能力を再現出来るのは同じノーマルタイプで慣れた姿であるミルタンクのみだった。
だけど自身と同じノーマルタイプなら、完全再現まではいかなくても他のタイプよりも安定して姿を変えることが出来る。
そこに注目したアキラは”いかりのみずうみ”での戦いの後、新しい戦い方を求めていたことや元々ドーブルが”へんしん”に関する試行錯誤をしていたこともあって、ミルタンク以外に実戦レベルで使える”へんしん”のバリエーションを増やすことを本格的に提案した。
その結果、”ウバメの森”で戦ったヤミカラスに苦戦した経緯も関係しているのか、ドーブルは飛行能力を有するポケモンにしてジョウト地方では在り来たりで良く観察出来るノーマルタイプであるヨルノズクへの”へんしん”を可能にした。
「よし、行ける!」
無事にドーブルがヨルノズクに”へんしん”して空を飛べていることを見届け、アキラは流れる様に腰に付けた小道具と繋げる様に金具を固定すると、再びロケットランチャーを構える。
一方のルギアは、先程の意識外の攻撃を仕掛けたのが彼らだということに気付き、アキラと彼を乗せているカイリューを睨む。
”エアロブラスト”を放つべく大口を開いて息を吸い始めた時、カイリューの背に乗っていたアキラは飛び降りた。
「え!?」
思いもよらない行動に戦っていたレッドは目を瞠るが、アキラがいなくなったと同時にカイリューは一気に急加速してルギアとの距離を詰める。
「リュット!」
真っ逆さまに海へ落ちながら、ドラゴンポケモンの名を呼んだアキラはロケットランチャーの引き金を引く。
すると轟音と共に、砲身からケーブルに繋がれたアンカーの様なものが撃ち出される。
それをカイリューは巧みに回り込んで掴み、確認したアキラは撃ち出されたケーブルが際限無く伸びて行くのを止める。
アンカー付きケーブル発射機能。
アキラがロケットランチャーに追加して貰った新機能の一つだ。
モンスターボールとは異なる外付けの形で装填することで、ケーブルが付いたアンカーを撃ち出すことが出来る。
これを用いれば高所へ登る際に、撃ち出したアンカーを何かに引っ掛けることでその場所へと登ることも可能になる代物だ。
それを今回アキラは、あまり得意とは言えない空中戦で活用した。
伸びていたケーブルがカイリューが掴んだ時点での長さに固定されたことで、落ちていたアキラの体はケーブルを留めている金具がある腰から吊るされる形で止まる。
直後にカイリューは、掴んだケーブルをアンカーごと腕に巻き取ると力任せに振るとドラゴンポケモンの動きに合わせて、空中で吊るされていた彼の体も遠心力で動く。
「もう一回!」
遠心力によって弧を描きながら、アキラは再び狙いを定めると引き金を引く。
次に飛び出したのは、ひふきポケモンのブーバーだ。
先に撃ち出されたドーブル同様に、体を前転させてロケットランチャーから放たれた勢いを殺さずに攻撃へ転換。必殺の”メガトンキック”をルギアの横顔に叩き込み、強烈な衝撃に骨が折れたのでは無いかと思う程にルギアはその長い首を曲げる。
当然蹴り付けてから撃ち出された勢いが弱まってきたことでブーバーは落ち始めるが、さっきヨルノズクに”へんしん”したドーブルが背中に乗せることで海に落ちずに済む。
先程からやられてばかりでルギアは怒り心頭ではあったが、意識がブーバーに向けられた隙を突く形で、再び接近したカイリューが拳骨を落とす様に再び”かみなりパンチ”で殴り付ける。
さっきまでカイリューはアキラを吊るしたケーブルを掴んで振り回していたが、遠心力を利用して彼を高々と宙へ放り投げた為、両手が空いていたのだ。
一方アキラは、上へ投げ飛ばされたことで滞空時間が伸びたのを利用して、撃ち出したアンカー付きケーブルをロケットランチャーに備え付けている巻き取り機能を使って再使用に備えていた。
本来ならこんな形での空中戦など、小回りが利く相手なら上手くいかないが、通常のポケモンよりも巨大なルギアが相手だからこそ成立していた。
そしてそんな彼らの姿を見て、奮起する者がいた。
「こっちも負けていられないな!」
一つでもミスをすれば海へ真っ逆さまに落ちて行くかもしれないのに、アキラとポケモン達は危険な空中曲芸を巧みにこなして、伝説のポケモンの一角であるルギアを押しているのだ。
これを見て奮起しないレッドでは無かった。
アキラ達に注意が向いている隙に、レッドはルギアに接近してモンスターボールを投げ付けると、中からブルーから借りたカメックスが飛び出す。
本来ならカメックスには飛行能力は無いが、彼女が育てたカメックスは水を噴射することで疑似的な飛行を行う技術を有している。宙に出たカメックスは即座に全身を殻に籠らせると、各部の孔から水を放出、回転飛行しながら巨大な甲羅でルギアに体当たりをする。
執拗に顔を攻撃されて、ルギアは更に怒る。だがそんな怒りの咆哮を気にすることなく、カイリューが死角から”れいとうビーム”を顔に浴びせて一部を凍らせる。
「リュット!!」
落ちながら両手で抱えたロケットランチャーを力強く構えたアキラは、カイリューのニックネームを呼びながら今度はサナギラスをルギア目掛けて撃ち出す。
だんがんポケモンの別名を持つサナギラスは、発射された自らの体を弾丸どころか砲弾同然の勢いで顔の半分が凍り付いたルギアの頭部に激突する。
”ずつき”を意識した強烈な弾丸突進に、ルギアの顔に凍り付いた氷は砕けるだけでなく、空中なのも相俟ってその巨体は引っ繰り返る様に一回転する。
あまりの衝撃で一時的に意識が飛んだルギアは浮遊力を失い、その巨体は海面へ落ちそうになるがギリギリで持ち堪える。
ルギアが戦闘不能状態から立ち直っている間に、カイリューはサナギラスを海に落ちる前に先回りで回収すると、放り投げてから落ちていたアキラも上手く背中に乗せる。
空中曲芸を一旦終えたアキラは、ヨルノズクに”へんしん”したドーブルとその背中に乗っているブーバーと合流すると、彼らとサナギラスを一旦ボールに戻し、海面スレスレで持ち直したルギアの姿を見ながら次の行動を考える。
今のところは、こちらが優勢なのを保ったまま伝説のポケモンであるルギアにほぼ何もさせていない。
もう少し苦戦することも考えていたので、現状は当初の想定以上だ。ならばこのまま一気に――
「ん?」
そんな押せ押せムードな時、唐突にアキラの頬に水滴が付く。
それも一つでは無い。空を見上げて見れば、戦う前からただでさえ雲行きが怪しかった空から雨が降って来るのだった。
「ホントに無茶苦茶な人だなアキラは」
タンバの荒波をものともせず、スケボーの要領で木の板一枚で海の上を移動しながらゴールドは上空で繰り広げられている戦いにぼやく。
レッドと二人掛かりで挑んでいるとはいえ、普通の人なら成す術も無い伝説のポケモンを相手に、臆するどころか優勢なのだ。
中でもゴールドが目を疑ったのは、アキラの空中で自身を吊るしたり振り回して貰う空中曲芸みたいな動きだった。
今思うと、タンバシティにやって来てから目にした彼がやっていた奇妙な行動や鍛錬の一部は、この戦いを想定していたものだということがわかる。
伝説のポケモンであるルギアを相手に戦うことを考えていたこと自体驚きだが、傍から見るとやり過ぎなことでも本当に先を見据えてやっていたことがわかる。
彼はどこまで
やろうと思い至ればゴールドもやってやる気持ちはある。しかし、それで成功などの結果が出るかは別だし、時間を掛けて備えることも出来るかはわからない。
だからこそ、無茶なことでもぶっつけ本番では無く前もって必要な鍛錬に時間を費やし実際に行動して実現させることも含めて、アキラの凄さと異質さを改めて実感させられる。
「おっと、雨が降って来たな」
天気が本格的に荒れて来たことを察し、ゴールドは巧みに波を利用して少し離れた海面を漂う壊れた小舟へと向かう。
最初アキラによってマチスに預けられてからは、彼が求める仮面の男に関する情報を伝えながら歯痒い気持ちを抱きつつも彼らの戦いを見守ってはいた。
そんな時、偶然にも壊れた小舟の上で横たわる少女を見掛けたゴールドは、目の色を変えて人命救助名目でマチスのレアコイルが作り出すテトラポッドから降りたのだ。
「へい嬢ちゃん! 助けに来たぜ!」
颯爽と助けに来た自身の姿とこの後のことを想像しながら、ゴールドは身を乗り出して手を伸ばすが、倒れている小舟に横たわっている少女とは別の手が伸ばされる。
その伸ばされた別の手の持ち主が同じく助けに駆け付けたシルバーだと知ると、彼は物凄く嫌そうな顔を浮かべるのだった。
降り始めた雨と天候の状態に、アキラは眉を顰める。
記憶で憶えている限りでは、ルギアの戦闘方法は巨体を活かしたり”エアロブラスト”を滅茶苦茶に放つだけだった。
その傾向は仮面の男――ヤナギに捕獲された後も変わらなかった。しかし、秘めている力は天変地異を起こせる程に強大なものだ。
それは”うずまき島”付近に絶え間なく発生している大渦だけでなく、アキラがこの世界で可能な限り調べた文献にも載っていた様に大嵐を起こしたり逆に静めたりすることからも明らかだ。
元の世界で見た記憶以外でのルギアの攻撃手段や能力は調べているが、それでも攻撃方法が明らかな”エアロブラスト”などよりは対応しにくい。
雨足が強くなって本格的に嵐みたいな状況で戦うことになる前にルギアを追い詰めようと考えるが、突如としてせんすいポケモンの体が薄らとした光に包まれる。
すると顔を中心に負っていた傷が、目に見えて癒えていく。
「しまった。”じこさいせい”だ」
「さっきまで俺達が与えたダメージを回復するつもりか!」
ルギアの身に起きた変化に、アキラとレッドは焦る。
”エアロブラスト”などの攻撃技ばかりしか調べてもわからなかったのや憶えていなかったので、回復技が使えることはアキラの頭には無かった。
ただでさえルギアは伝説のポケモンの中でも耐久力に優れている方なのだ。このまま回復を許してしまってはジリ貧だ。
戦いを通じてルギアが手強い存在なのを実感していたレッドは、これ以上の回復はさせまいとすぐにリザードンと共に突っ込む。
そんなレッドの動きに気付いたルギアが口を開く。既に主力技である”エアロブラスト”を放つ前に見せる動作を、レッドはある程度把握している。仮に放ってきたとしても、寸前に避けられる自信はあった。
だがレッドよりも次の動作を正確に予測出来るだけの観察眼を持つアキラは、ルギアの口と首の動きが今までとは違う事に気付く。
「レッド!! ”エアロブラスト”じゃない!」
アキラを声を上げると同時に、レッドと彼が乗るリザードンは危険を察知したのか反射的に体を傾ける。
その直後、ルギアの口から見たことも無い程の勢いと量の水の奔流が放たれた。
予め避ける動きをしていたレッド達ではあったが、直撃を免れただけに過ぎず、避け切れなくてレッドを乗せたリザードンは体を大きく後方に飛ばされる。
「レッド!」
遠くへ吹き飛ばされながら落ちて行く彼らを助けに向かうことも、行方を見届けることもアキラには出来なかった。
ルギアが水流を放ちながらそのまま薙ぎ払う様に首を動かして来たので、彼は回避に専念するカイリューにしがみ付かなければならなかったからだ。
もしあのままレッドが突っ込んで押し寄せる水を正面からまともに受けていたら、遥か彼方にまで飛ばされたのが容易に想像出来る程に威力は凄まじかった。
”ハイドロポンプ”
それが今ルギアが放っている技の名前だ。
みずタイプ最強クラスの威力を誇る大技にして、ゲームでは一応ルギアが覚える技でもある。しかし、アキラの記憶では”じこさいせい”同様に使わなかった技だ。
ルギアが”エアロブラスト”以外の攻撃手段を使って来ることは想定はしていたが、実際にやられると警戒すべき攻撃が増えて対応しにくかった。
しかも天候さえも支配下に置きつつあるのだ。風も強くなって来た影響で、カイリューがアキラを乗せて飛行するのが難しくなっただけでなく、先程までの曲芸飛行が封じられてきていた。
何故これ程までの力をルギアはアキラの記憶の中では使って来なかったのか疑問ではあるが、幾つかの可能性は考えられる。
今回の場合だと、怒りで我を忘れて攻撃が単調化してしまっているか、相手を無意識の内に格下と見て本気を出さなかっただ。
そして仮面の男――ヤナギの捕獲後は、強引に支配下に置くことは出来たものの、支配するのに精一杯で持ち得る能力全てを発揮させられなかったのかもしれない。
単にポケモンリーグ襲撃が真の目的から離れているのや敵対者の注意を引くだけの手駒の認識だったので、全ての力を発揮させなかっただけかもしれないが。
だけど、理由はどうあれ強大な力を持つ伝説のポケモンを侮ってはならない。
今ブーバーを出して”にほんばれ”で天候を上書きしようにも、すぐに無力化されると見た方が良い。
それ程までにルギアは天候の主導権を握れる程の力を発揮していると見ても良い。
「リュット、奴を何としてでも地上に落とすぞ」
今日までアキラがルギアと戦おうとしなかったのは、このルギアが持つ天変地異を引き起こすと謳われる力だ。
その力を少しずつ発揮し始めたのだ。単純に天候が雨だからルギアがさっき使ったみずタイプの技である”ハイドロポンプ”の威力が増すとかの話では無い。
事態が予想を超えて悪化する前に、手を打たなければならない。
そこまで考えて、アキラがロケットランチャーを背中に収めて盾を腕に付けようとした時だった。
一年前のカントー四天王との戦いの最中で爆発的に高まった身体能力による鋭敏化した五感が雨風に紛れて冷たい風――危険なものを感じ取った。
「”しんぴのまもり”!!!」
切羽詰まった声で叫び、カイリューが即座に展開した正多面形の壁が彼らを包み込んだ直後、彼らが飛んでいた空中を猛烈な吹雪が吹き荒れた。
最初は吹雪の影響を防いでいたが”まもる”とは異なり、状態異常を防ぐ効果は残るものの直接的な攻撃を持続的に防ぐ効果は”しんぴのまもり”には無い。
壁が消えた瞬間、彼らは吹き荒れる雪交じりの暴風によって吹き飛ばされ、激しく錐揉みしながら大きな水柱を上げて海に落ちる。
アキラ達と対峙していたルギアも、吹雪の影響で浮遊していた巨体の体勢を大きく崩していた。
抗い切れなくて海へ落ちたアキラ達とは違い、暴風が収まるまでルギアは持ち堪えていたが、その体の至る箇所は凍り付いていた。
だが、ルギアの闘志と怒りは冷えるどころか更に苛烈なまでに熱を増していた。
何故なら見据える先には、自身の住処を荒らすだけでなく攻撃までしてきた憎き敵――仮面を被った人間がデリバードと共に降り注ぐ雨の中を悠々と飛んでいたからだ。
アキラ、レッドと共闘してルギアを相手に優位に進めるも乱入者現れる。
だんがんポケモンであるサナギラスにキック体勢のブーバーを撃ち出すのは新装備をさせた時からやりたかったことです。
今のアキラ達はレッド含めて、周りの被害や後先を考えなければ相手する伝説のポケモン次第ですが、総力戦なら渡り合えるくらい力を付けています。
次回、戦いは更に混迷を極めていきます。