SPECIALな冒険記   作:冴龍

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前話にネタとして出したジープ特訓を知っている人が多くてちょっと嬉しかったです。


嵐の前触れ

「ウソッキー戦闘不能。残念だけど、今回も俺達の勝ちだな」

 

 海岸の砂浜の上で仰向けに倒れたウソッキーに目を向けながら、アキラは戦っていたゴールドに告げる。

 彼に言われるまでも無く結果が明白なのはわかっていたからなのか、ゴールドはウソッキーをボールに戻すと悔しそうに歯を噛み締める。

 

 育て屋老夫婦でポケモンバトルの基本を学び、図鑑所有者としての先輩であるレッドの元で実戦的且つ具体的な指導を受けながら、ゴールドは鍛錬を積み重ねてきた。

 そのお陰で旅立つ前と比べれば、遥かに強くなっていることは実感出来ていた。しかし、それでも目の前にいるアキラとポケモン達の強さ――彼らがいる領域は遠かった。

 

 まだ片手で足りる程しかアキラと戦っていないが、まるで歯が立たない。

 理由はわかっている。

 単純に彼らの方が自分ら以上に鍛錬を積んでいるからだ。

 

 手持ち同士で行う模擬戦。”ものまね”を利用した技の練習。走り込みなどの各ポケモンに応じた基礎トレーニングの数々。

 その内容も、異なる技でも正確且つ素早く的に当てるサンドパンを始め、サナギラスを背中に乗せて腕立て伏せをするエレブー。

 「打倒!伝説!」と書かれた奇妙な鉢巻きを額に巻いて片手で逆立ち状態を保ち続けるカポエラーなどが記憶に新しい。

 

 他にも座った状態でリズムを取る様に歌いながら、体を空中で翻す度にニャースの招き猫、ギャラドスの像などへの変身を繰り返すドーブル、ヤドキング、ゲンガー。

 カポエラーと同じことが書かれた鉢巻きを額に巻き、同じく片手で逆立ちした状態で近くに転がっている岩を念の力で積み上げていくブーバー。

 用意された氷山みたいな巨大な氷の塊を一撃で粉砕するカイリューの様に、傍から見たら何の意味があるのかわからないのや真似出来ないくらい派手で規模が大きい特訓などもアキラ達はやっていた。

 

 変わっているのだけでなく出来そうなのも幾つかあるが、わかるのはどれも今のゴールドとポケモン達では継続して続けるのが困難な鍛錬を重ねていることだ。

 

 そして彼らを率いるアキラ本人も、ゴールドの体重の倍以上はあるプレスを持ち上げたりと体を鍛え、道具有りとはいえカイリュー相手に以前見たブーバー以上の激戦を繰り広げるなど真似しようにも真似出来ないことをやっている。

 脳筋一辺倒かと思いきや一部の手持ちと一緒にポケモン関係の専門書を読んだり、本に書かれている内容を試したりするなど、単純に体や技を鍛えるだけでなく知識面も相応に磨いている。

 才能の有無や手持ちの能力以前に、鍛錬の質と量のどちらでも大きく負けていた。

 

 流石に毎日やっている訳ではない(本人曰く「体が壊れる」とのこと)が、それでも今の彼を超えるだけの鍛錬を出来るかと聞かれればゴールドは首を横に振る。

 彼の修業先であるタンバジムにはレッドと共に訪れたばかりだが、アキラの常軌を逸した強さの秘訣がわかるにつれて、そんな彼と互角に渡り合えるレッドへの尊敬の念が強まるのとこれだけやっても最終的に撤退するしかなかった仮面の男の恐ろしさが良くわかった。

 

 そんな悔しがっているゴールドとは対照的に、勝ったアキラの方は何とも言えない顔をレッドに向けていた。

 

「レッド、嬉しいことだけどゴールドが強くなるの早過ぎるだろ。どんなことを教えたんだよ」

「へへ、俺って意外と教える才能あるのかもな」

「いや…あんな擬音だらけの感覚的なのを理解出来るゴールドの方が凄いんじゃ…」

 

 アキラの目の前では、手持ちのカポエラーが片膝を付いて息を荒くしており、勝ったには勝ったが気を抜けば今にも倒れそうであった。

 公式ルール形式でのバトルではあるが、アキラのジョウトメンバー三匹に対してゴールドの総戦力の六匹は知恵と工夫を駆使したことで互角に渡り合った。

 数では倍の差はあるが、アキラが連れる三匹はジムリーダーの主力を倒せるくらい強いのだ。そしてゴールドは、本格的に鍛え始める前までは素人より機転が利くのとポケモンとの関係が良好なだけのトレーナーだった。

 それが旅を始めた数ヶ月で、サナギラスやドーブルを倒し、カポエラーも後一歩まで追い詰めた。急成長にも程がある。

 

「けど、過程は如何あれゴールドは強くなったぞアキラ。流石に一対一はまだまだだけど、連戦ならやられても何かしらの形で仲間に後を託していくから俺の手持ちもやられるくらいだ」

 

 一対一(タイマン)なら、まだ自分達の方がずっと強い。アキラの様に力強い訳でも無いし、レッドが得意としている逆境をチャンスに変えたり乗り越えていく力も、ゴールドはまだ未熟だ。

 それでも頻繁に交代を多用して仲間達と協力し合ったり、力及ばず倒れたとしても次へと託して繋いで行くことで強敵を倒していく術はかなり身に付いてきていた。

 アキラとしては、基礎的なところをもっと鍛えれば更に地力が上がると見ているが、今の段階でも十分だろう。

 最後は地力がものを言うので、今後戦う相手を考えるともう少しやりたかったが、そういうのは地道な反復練習を日々繰り返すことで成せるので短期間に要求するのは酷だ。

 尤も、ゴールド自身は現状に満足していない様子なので言わなくてもやるだろうという確信はあった。

 

「まあ、もう少しやりたいけど、タンバジムに戻ってポケモン達を回復させよう」

 

 ある程度話した段階で、アキラはレッドとの会話を切り上げる。

 こうしてゴールドと戦ったのは、今の彼の実力がどれくらい上がったのかを確かめるのが目的だ。

 それは今後のロケット団と仮面の男こともそうだが、直近ではこれからのことを考えてだ。

 

「ゴールド、図鑑に表示されている情報はどうなっている?」

「――変わらないッスよ」

 

 手持ちをモンスターボールに戻しながら尋ねると、ポケモン図鑑を手に持ったゴールドは何時もの様に答える。

 今までカントー地方にいた二人が、アキラが修行しているタンバジムに急に来たのには理由がある。

 簡潔に言えば、”時が来た”のだ。

 

「――準備が整い次第、行くとするか…」

 

 アキラが呟いた内容を理解するやレッドは真剣な顔で頷く。

 レッドとゴールドがこのタンバシティにやってきた理由。

 それはレッドが持っている”運命のスプーン”が、彼らから見てアキラがいる方角に唐突に曲がったからだ。

 そして、それが意味することは何なのか、ある程度察することが出来るだけの要素をアキラは知っていた。

 

 

 

 

 

 ジョウト地方の最西端に位置するタンバシティがある島の近くには、”うずまき島”と呼ばれる四つの小島が存在している。

 それらの島々は、まるで外部からの接触を妨げるかの様に常に大小様々な渦潮が起きており、生半可な手段では上陸することが出来ないことから近付く一般人は殆どいない。

 そんな危険地帯と言える四つある島の一つにある岩場をアキラ達三人は歩いていた。

 

「何とか上陸出来たッスけど、本当にこの島にシルバーがいるのか?」

「来る前に言っただろ。ちゃんと()()()()()()している」

 

 半信半疑のゴールドに先頭に立っているアキラは断言する。

 ゴールドが追い掛けているシルバーは、”いかりのみずうみ”での戦いで意識を失ったまま伝説のポケモンの一匹であるエンテイに連れて行かれて、ちょっと前まで行方知れずだった。

 だが幸いにもゴールドが所持するポケモン図鑑に搭載されている未捕獲のポケモンを追い掛ける追尾機能から得られた情報を元に、一足早くアキラはシルバーが”うずまき島”の一つにいることを確認していた。

 

「アキラはその…エンテイに会ったのか?」

「会ったよ。スイクンが美しさなら、エンテイは威厳のある力強さを感じさせるものだった」

 

 当時を思い出しながら、アキラはレッドにその時の出来事を話す。

 本当にシルバーは大丈夫なのか心配でもあったが、様子を見に行って早々にエンテイの方から探しに来たアキラを出迎えてくれた。

 別にこちらの考えや意図をゲンガー達に訳させなくても、自分達についてはスイクンを通じて伝わっていたらしく、意識は回復してはいないが炎に暖められるように包まれているシルバーの姿を見る事までは許された。

 

 結果論ではあるが、シルバーがエンテイに連れて行かれたのは良かったかもしれない。

 レッドがカントー四天王の一人であるカンナの手持ちポケモンの攻撃で体に後遺症を残した様に、ヤナギのポケモンが使う技をまともに受けたシルバーの体にどんな悪影響が及んでいるのかわからない。

 何かしらの後遺症があったら普通の病院で対応出来るかわからなかったが、エンテイが放つ炎はかなり特別だとアキラは記憶している。

 詳細は不明だが、わかりやすく言えば悪しき存在を焼き払うと言う概念的な何かだ。

 それを証明するかの様に、エンテイは度々シルバーがいる島から離れる時はあるが、その間にシルバーの周囲を囲んでいる炎が消えることは無かった。

 

 そんなこんなで、シルバーの安否の確認という最低限の目的はその時することは達成出来た。

 が、引き揚げようとしたタイミングで、何の前触れも無くいきなりブーバーがボールから飛び出して”ふといホネ”をエンテイに突き付けて挑戦状を叩き付けた。

 流石にアキラは焦ったが、すぐにそんな暴挙に走った理由もわかった。

 

 カイリューがエンテイと同格の伝説のポケモンであるスイクンを打ち負かしたことや同じほのおタイプなのもあって、対抗心に火が付いたらしいのだ。

 それだけでも頭が痛かったが、エンテイも自分には何の得も無い一方的な要求なのに、全て終わった後ではあるがひふきポケモンの挑戦を受け入れるのを了承したのにもアキラはビックリした。

 

 最近ブーバーが、額に「打倒!伝説!」と書かれた鉢巻きをしているのも、それが理由だ。

 別に身に付ける必要は無いのと先に打倒すべきなのは仮面の男の方じゃないかとアキラは思ったが、それで気合が入るのならと作るのに何回か失敗を重ねたもののカポエラーの分も含めて一応作ってあげた。

 

 だが今回上陸したのは、何もシルバーの安否をゴールドとレッドも確認するだけでは無い。

 改めてアキラは、以前ナツメに渡された”運命のスプーン”を取り出す。

 このスプーンが曲がるということは、何かが起こる前触れなのはもうわかっているが、今回それが何なのかアキラは察しは付いていた。

 

 今彼らがいる”うずまき島”は、ジョウト地方では伝説のポケモンとして知られるルギアが住処にしていると言い伝えられている場所だ。

 ハッキリと立ち入り禁止扱いされていないのに島に人が近付かないのは、不安定な気象や海が何時も荒れ狂っていること以外にも、万が一にもルギアを刺激したら大変危険な事態を招くからだ。

 だけどルギアは、アキラの記憶では仮面の男ことヤナギが自らの目的を達成するのに必要不可欠な存在であるが故に捕獲される。

 そして目的を果たす為の駒の一つとしても、利用されるだけ利用される。

 その日が今日なのかの確信は無いが、もし当たっていれば捕獲阻止、或いは先にルギアを捕獲することが今回の目的だ。

 

 この日を迎える前に先にルギアを捕獲することもアキラは選択肢に考えていたが、結局は今日まで動くことは無かった。

 この島のどこかにいるワタル同様に今日まで放置してきたのは、ルギアの正確な所在が不明なのと想定される力が強過ぎるからだ。

 

 元の世界の記憶では、捕獲したのが最強のトレーナーと謳われてもおかしくないヤナギとはいえ、洗脳同然の状態で従わされるなど他の伝説のポケモンと比べると残念な場面は多かった。

 しかし、強大な力を持った存在であることには変わりない。

 

 過去の文献では大嵐を起こして歴史に残る被害を出したことはわかっているので、もしアキラがルギアに挑んで捕獲に失敗、或いは戦っている過程で冗談抜きで海に面したタンバシティなどの町や生活地域がルギアの力で引き起こされた災害の被害を受ける恐れがある。

 幾ら昔とは比較にならないくらい力が付いたからと言って、この前打ち負かしたスイクンよりも格上で辛うじて痛み分けに持ち込んだミュウツーと同格かそれ以上の存在を相手に過信することは出来ない。

 

 それにどのタイミングでもルギアを相手に戦えば、必ずそのことを仮面の男は知る。何とかルギアの鎮圧に成功したとしても、消耗した状態で次に来るであろう相手と戦うことも考えると、どの道一人で挑むのはリスクが大き過ぎる。

 そもそもルギアを無事に捕獲したとしても、単なる一トレーナーである自分が制御出来るとはアキラには思えなかった。

 

 今回アキラが動くことにしたのは、仮面の男が動く時期が近付いたと思える要素もあったが、何よりレッドがいるからだ。

 戦力的にこれ以上無く心強いだけでなく、窮地に追い込まれたとしても彼がいれば伝説のポケモンが相手でも逆転出来る可能性は飛躍的に高まる。

 それどころかルギアを捕獲した場合の管理も任せられるので、レッドがいるだけで懸念要素の大半は解消出来ると言っても過言では無かった。

 

 そんな様々なことをあれこれと考えながら歩いていたら、アキラ達の視線の先に大きな横穴らしきものが見えてきた。

 あの横穴の先にある広々とした空間で、シルバーは意識を失った状態でエンテイの炎に囲まれる様に横になっている。

 まずはエンテイがいるいないか関係無く、シルバーの安否を確認。

 その後は彼の容体を確認して、出来れば安全な場所に――

 

「?」

 

 そこまで考えていた時、唐突にアキラは足を止めた。

 

「どうしたアキラ?」

 

 彼の変化にレッドはすぐに気付くが、既にアキラは自身の五感に意識を集中させ始めていた。

 何かが焦り、そして騒めいている様な。

 感じた感覚を具体的に言葉にすればそんな感じだ。

 

 最初は警戒し過ぎた錯覚かと思ったが、徐々にそれがハッキリと小さいながらも耳に聞こえる様になってからアキラは確信を抱く。

 ところが先に動いたのは彼では無くてゴールドの方だった。

 アキラが足を止めた時点で、何かあると直感が囁いたので彼よりもすぐに動けたのだ。

 真っ直ぐ目指していた横穴へと足早く向かうと、その奥から出て来た見覚えのある姿と彼は鉢合わせた。

 

「シルバー…」

「――ゴールド…か?」

 

 久し振りの再会ではあったが、あまりにも唐突過ぎるからなのか、二人は互いに相手の名を口にするだけだった。

 しかし、すぐに頭が理解し切れなくて呆然としていられる状況では無いことになった。

 シルバーが出て来た横穴の奥から、先の鋭い無数の突起が生えた球状の何かが幾つも転がって来たからだ。

 

「なんだこりゃ!?」

 

 突然現れたものにゴールドは驚くが、少し遅れて駆け付けたアキラも一瞬目を瞠ったものの()()()()()()姿()だったので冷静に動く。

 

「エレット、サンット!」

 

 即座に手持ちの二匹を繰り出すと、エレブーはゴールドとシルバーを守る様に割り込んで、”リフレクター”の壁を張ることで突起の生えた無数の球状が二人に転がって来るのを阻止する。

 そしてサンドパンの方は攻撃をするのでは無く、まるで静止を求める様な声を上げていた。

 それでも止まらなかったが、アキラだけでなくレッドもシルバーの後を追う様に現れたのが何なのかわかった。

 

「あれって、アキラが連れているのと同じサンドパンだよな?」

「そうみたいなんだけど、どうしたんだ?」

 

 確かにサンドパンはこの島に生息しているが、それでもシルバーが横になっていた場所にはいなかった筈だ。

 シルバーが何か刺激することをしてしまったのかもしれないが、かと言って同族なのもあってサンドパンは手荒な真似はしたくないのかエレブーと共に止めようとする。

 ところが、丸まったサンドパン達は急に動きを止めると引き返す様に奥へと転がって行った。

 

「何だったんだ今の?」

「さぁ?」

 

 突然引き返したサンドパン達にアキラとレッドは首を傾げる。

 動きを止める前にシルバーが手持ちを繰り出して攻撃をしようとする素振りは見せていたが、だからと言って戦う前から戦意喪失する程の力の差があったとは思えない。

 

 ただでさえ懸念要素が多いのに、余計に考えることが増えてアキラは頭を悩ませる。

 そんな状況であったからなのか、アキラは気配や直感に敏感になっていたことで、この場にいる四人と手持ち以外の存在に気付く。

 認識するやカツラの手で新造同然に改修されたロケットランチャーを背負っていた背中から素早く引き抜いて、その存在がいる背後へその砲身を向ける。

 

「うお、待て! いきなり銃を向けて来んな!」

 

 突然 銃口どころか砲口を向けられたことに焦る声が周囲に響く。

 改修前と変わらず撃ち出せるのはモンスターボールのみなので、殺傷力はほぼ無いのやサイズと形状も砲身以外は大型ライフルに近いなど少々小さくなっているが、それでも見た目の威圧感はかなりのものだ。

 制止の声が聞こえても尚、アキラは腕を伸ばしたまま片手に持つロケットランチャーを下げることなく狙いを保ち続けたが、向けた先にいるのが何者なのかに気付くとようやく下げた。

 複数のレアコイルが作った三角錐状の半透明な足場に立つ迷彩柄の軍服を着た大男。アキラだけでなくレッドも見覚えのある人物だった。

 

「マチス!」

「あん? 良く見たらレッドとアキラじゃねえか。何でお前らがこんなところにいるんだよ」

 

 大男の正体が誰なのか、知っていたレッドは驚く。

 マチスの方も冷静に見渡すと知らない少年二人以外は知っている顔なのに気付くが、同時に面倒臭そうな顔を浮かべる。

 

「チッ、お前らがここにいるってことは何か面倒な厄介事が起こりそうだな」

「俺達は疫病神扱いかよ」

 

 図鑑所有者がいる場所では何かが起こる。

 流石にマチスも、そのことを経験的に学習してきたらしく、レッドは渋い顔をする。

 アキラも少しイラッとしたものを感じたが、以前仮面の男に”歩く災害”扱いされていたことや遠出をするのは何かの異変を察知した時だったりするので否定し切れなかった。

 それに後々オーキド博士を始めとしたポケモン図鑑開発に関わった研究者は、”図鑑所有者は戦いに巻き込まれる宿命”などと言い始めるのだから、マチスの言っていることはあながち間違っていない。

 

「知り合いッスか?」

「知り合いと言うよりは微妙なところ」

「俺はお前らには用はねえ。用があるのは()()()()()()()()

 

 ゴールドの質問にアキラとマチスは揃って嫌そうな顔を浮かべるが、マチスの方はさっさと流すと手に持っていたものを地上にいる面々の足元に放り投げた。

 それは靴の片方やモンスターボール、そして何とゴールドが持っているのと同型のポケモン図鑑だった。

 

「――あっ」

 

 それらを見たアキラは、自分がとんでもない見落としをしていたことに気付く。

 

 マチスが投げて来たのは全部シルバーの物だ。

 

 ”いかりのみずうみ”に駆け付けたあの時、倒れているシルバーと近くにいる彼の手持ち全員を回収した気になっていたが、本当に全て回収していたかまでは確認し切れていない。

 そこまで考えが巡り、危うくシルバーの手元からポケモン図鑑と手持ちのギャラドスを失わせるところだったことにアキラは冷や汗を掻く。

 

「どこで拾ったんだ?」

「お前らには関係無いだろ」

「関係無いってことは無いだろ。これ”いかりのみずうみ”で回収したんだろ? てことは今ロケット団を率いている奴に遭遇したか探っているってところだろ?」

 

 レッドが尋ねてもマチスは突っぱねたが、アキラの指摘には芋虫を噛み潰したかの様な目を向ける。

 

「やっぱり知ってんのか…」

「まあ色々やっているからね」

 

 詳細な事情は省いたが、マチスのことだからアキラがジョウト地方の各地でロケット団を叩きのめしているのは把握しているだろう。

 そんなマチスの様子を見て、レッドはあることを思い付いた。

 

「マチス、お前がこんなところに来るってことは仮面の男って奴が関係しているんだろ? なら、前みたいに力を貸してくれないか?」

「「また手を組むのかよ」」

 

 レッドの提案にマチスとアキラは揃って、今日で何回目かの嫌そうな顔で同じことを口にする。

 マチスは自力では如何にもならない自身の不甲斐無さ。アキラは彼個人としても手持ちの心情的な理由。

 しかし、”手を組んだ方が有益”なのを理解出来るのも、また嫌であった。

 

 実際、レッドが言う様にマチスがこの場にわざわざ湖の底に沈んでいた荷物を回収して届けに来たのには、仮面の男が関係しているのは当たっている。

 解散状態である筈のロケット団を勝手にボス気取りで率いている者がいることを知ったマチスは、その存在をブチのめすべく独自に調査を進めてその過程で仮面の男と遭遇。

 一戦交えるが、結果は危ういところを辛くも逃げ切るという散々なもの。その逃走中に偶然”いかりのみずうみ”の底で氷漬けになった赤いギャラドスとそのトレーナーの所持物を回収。

 回収した持ち物の中から見覚えのある”ポケモン図鑑”があったことから、これまでレッド達の力を見て来た経験もあって何か手掛かりが得られる筈だとマチスは踏んだ。

 少しでも仮面の男に対抗する為の情報が欲しくて、療養中で力を借りられないナツメに似た様な力の持ち主――千里眼の使い手と名高いエンジュジム・ジムリーダーのマツバの力を頼ってここまでやって来た。

 

 だけど、”いかりのみずうみ”で回収したポケモン図鑑の持ち主だけでなく、レッドやアキラがこの場にいるのは流石に予想外ではあった。

 

「まあ良い。てめえらとまた手を組むかどうかは後回しにして、てめえらが知っているあの仮面の男についての情報全てを教えろ。”いかりのみずうみ”の一部の地形が変わったのは大量発生したギャラドスじゃなくて奴の力なんだろ」

 

 マチスの話にレッドとゴールドは、揃ってさり気なく視線を気まずそうに微妙に目線を余所に逸らしているアキラに向ける。

 確かに”いかりのみずうみ”で起こった出来事に仮面の男は関わっているが、一部の地形が変わった原因の半分はここにいるアキラだ。

 流石のマチスも、仮面の男と戦ったことは察しがついても、それ程までの激戦をアキラが繰り広げたことまでには考えが及ばなかった様であった。

 

「?」

 

 どう話を切り出そうか考えようとした時、先程マチスがやって来た時以上に空気が変わったのをアキラは感じた。

 この世界に来てから様々な経験をする過程で、アキラはこの独特の感覚を感じ取れる様になった。そしてそれは、一年前のカントー四天王との死闘を切っ掛けに体の身体能力が爆発的に高まったのを機に、五感含めて比例する様に高まった。

 その影響か、以前よりもハッキリと周囲の異変や不穏な感覚を敏感に察知出来るようになった。具体的に言語化するのは難しいが、言うなれば”匂い”と言えるものが変わったのだ。

 空を見上げて見れば、空は不吉なまでに暗くて濃い雲に覆われている。

 

 そして、アキラ同様にその事に気付き、言葉にした者が出た。

 

「お前達がどういう関係なのかは知らないが、どうやら嫌がっている場合では無さそうだ」

「あん? どういう……」

 

 シルバーの指摘にマチスは意図を掴みかねるが、彼が指差した先である後ろに顔を動かすと目に入った光景に驚愕を露わにする。

 

「んな!? バカな! アクア号が浮かんでいる!?」

 

 船員であると同時にマチスが”うずまき島”にまで来るのに乗っていた高速船アクア号の巨大な船体が、海面から離れて浮き上がっていたのだ。

 しかも少しだけ浮いているのでは無く、まるで風船の様に大きく浮き上がってだ。

 数百人は乗る事が出来る巨大船が浮かび上がるという信じ難い光景にマチスを含めた何名かは驚愕する。

 

「来たか――ルギア」

 

 アキラも表情を強張らせてはいたが、その目は少しだけ好戦的な色を帯びさせていた。

 大きく浮かび上がるアクア号と海面の間を舞う巨大な銀色の翼を持つ存在。

 アキラにとっては、前に戦ったスイクンよりも格上にしてミュウツー以来となるポケモン界の頂点に君臨する伝説のポケモン。

 せんすいポケモン、ルギアが怒りを滲ませた眼で海の上を舞っていた。




アキラ、シルバーとマチスと合流し、伝説のポケモンであるルギアとの戦いに備える。

図鑑所有者が各地方の巨悪と戦うのはそういう宿命的な扱いですが、アキラの方は知っているのや自分達が戦うのを望んでいること、そして力があるが故に進んで飛び込んでいるので、そこが微妙に違っています。

次回、ルギアと激突するのとアキラの新装備の初陣になります。


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