SPECIALな冒険記   作:冴龍

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続きを待っている読者の方がいましたら、大変長らくお待たせしてすみません。
今日から更新を再開しようと思いますが、諸事情もあって更新頻度は不安定になってしまう可能性があります。
その時は、活動報告か後書きなどで改めて状況についてお伝えします。

色々状況が大きく変わってしまった影響でまた一年以上も更新が止まっていましたが、その間でも感想や評価を送ってくれる読者の方がいて嬉しかったです。
気持ち的にとても励みになりました。
しばらくは更新し続けていきますので、読んでくれる読者の方が楽しんで頂けたらなによりです。


悪夢はそれぞれ

 過去に戻れたら戻りたい。

 

 人間誰もが、一度は考えてしまうことだ。

 その理由は失敗したあの出来事を挽回したいなど様々だが、ロケット団の中隊長の地位に就いているハリーは現在進行形でそのことに関して考えながら現実逃避をしていた。

 

「全く! 折角助けて出してやったというのに、任務の一つすら満足にこなせないのか!」

 

 自分達に向けられた叱責に、両手を鎖の付いた枷に吊られたハリー、リョウ、ケンは申し訳なさそうに項垂れる。

 任務に失敗して警察のお世話になっているところを、今目の前で怒りを露わにしている上司であるカーツとシャムのお陰で、彼らは他にも捕まっていた団員と共に脱走出来た。

 元々中隊長であったことや脱走時に他の団員達を先導したことを評価されて、三人は脱走してすぐに任務を割り振られた。

 

 任務内容はジョウト地方各地に現れるスイクンを捕獲するというものであったが、ミナキと言う名の自称スイクンハンターの青年に阻止されただけでなく、任務達成の為に持たされた貴重な道具まで失うという失態を重ねての失敗なのだから目も当てられなかった。

 それだけでも過去に戻ってやり直したいと思うには十分な動機であったが、彼には更に追い打ちを掛ける要素があった。

 

「気付かれない様に少数精鋭で送り出したと言うのに! ただでさえ我々は…あのアキラとか言う小僧がジョウト地方に居座っている所為で行動が著しく制限されているんだぞ!」

 

 忌々しいと言わんばかりに今のロケット団――残党達を束ねた新生ロケット団の最高幹部の地位に就いているカーツは吐き捨てる。

 

 アキラ

 

 その名前を聞く度に、ハリーは遠い目で過去にあった出来事を思い出してしまう。

 近年耳にすることが増えた名前だが、その姿と率いているポケモン達を見れば、何年も前にオツキミ山で偶然遭遇したあの少年だとハリーはわかる。

 あの頃のひ弱な少年と力はあるが乱暴なだけのポケモン達が、ここまで自分達にとって大きな脅威に成長するなど、誰が予想出来る。

 

 例えるならコイキングがギャラドスに進化する様なものなのだろうが、当時を知る者から見るとギャラドスどころのレベルじゃない。

 謎の乱入者の存在もあって仕留め損ねたが、あの時も結果的に彼らの所為で任務は失敗に終わったのだから、アキラ達の存在はロケット団にとっては最早疫病神と言っても過言では無かった。

 

「あの頃に…昔に戻りたい…」

「ほう、”昔に戻りたい”か」

 

 誰にも聞こえない程度の小声での呟きだった筈なのに、正確に内容を耳に拾った存在にハリーは震え上がる様な寒気を感じた。

 恐る恐る顔を上げると、視線の先には全身にマントを羽織る様に纏った不気味な仮面で顔を隠した人物が立っていた。

 

「首領!」

 

 自然体であるにも関わらず、全身から発せられる無言の圧にシャムとカーツは姿勢を正す。

 そして仮面の男は、真っ直ぐハリーの目の前にまで足を運ぶ。

 

「さっき口にしたことは、任務失敗前に戻りたいという意味か?」

「いっ、いえ! それよりも前です! あ、あの…」

 

 何気無い問い掛けではあったが、気に障る返答をしたら危うい声色なのを本能的に察したハリーは慌てる。

 どう答えれば良いのか考えたものの焦っていた彼は、咄嗟に目の上のたんこぶである彼の名を口に出す。

 

「あ、アキラです。今俺達ロケット団を悩ませている…あいつが…あいつが弱かった頃に仕留めれば良かったと」

「――ほう」

 

 ハリーが話した内容に仮面の男は興味を示すと、雰囲気が幾分か和らぐ。

 

「”仕留めれば良かった”…話を聞く限りでは、お前は奴が弱かった頃を知っているのか」

「は、はい!」

 

 それからハリーは自分が初めて会った当時のアキラがどんな少年でどれだけ弱かったのか必死になって教える。

 手持ちを全く従えていなかったこと、乱入者が来るまで彼らを後一歩まで追い詰めたこと、ある出来事が切っ掛けでヤマブキシティでの決戦でロケット団が壊滅するまで三幹部に目を付けられて逃げ回っていたこともだ。

 一通り話を終えた頃には、息をつく間も無く慌てて話したこともあってハリーは息を切らせていたが、聞いていた仮面の男は少し考える素振りを見せる。

 

「奴が…貴様らよりも弱かった頃か…興味深いな。だが――」

 

 少しだけ間を置くと、仮面の男は空気は一変する。

 

「貴様が! その時! 奴を始末していれば! ここまで面倒なことにはならなかったぞ!!」

「も、申し訳ございません!!」

 

 理不尽とも言える叱責だが、ハリーは泣き叫びながらも謝るしか出来ることは無かった。

 あの時、相手が子どもだからだとか憂さ晴らしとか軽く考えず、手持ちポケモンを奪うかトレーナーとして再起不能にすれば、こんなことにはならなかった。

 レッドを始めとした図鑑所有者もそうだ。最初は子どもだと侮っていたら、あっという間に幹部でも倒すのに苦労する存在にまで成長してしまった。

 そんな先の未来などわかる筈も無いが、そう考えてしまう程に今のアキラはロケット団にとって悩みの種どころか脅威の存在なのだ。

 

「ふん。中隊長と言えど、所詮は残党か」

 

 これ以上聞けることは無いと見たのか、興味を無くした仮面の男は鎖で吊るされた三人に背を向けてその場から去る。

 しばらくは付いて来るカーツとシャムを伴って無言で通路を歩いていたが、唐突に彼は足を止めた。

 

「――さっきの話を聞いてお前達はどう感じる?」

「…信じ難い話には思えますが、こちらが把握している奴の経歴や手持ちポケモンを考えますと、ふざけた話ですが事実でしょう」

「当時から今に至るまでレッドを相手にある程度渡り合えていたことを考慮すれば、短期間での急成長は有り得ないことでは無いです」

 

 仮面の男からの問い掛けにカーツとシャムは、それぞれの意見を述べる。

 先程のハリーの話だけを聞けば、まるで三年の間に素人同然の初心者から超一流にまで上り詰めた様に思える程だ。

 だけどポケモンバトルやポケモントレーナーは、ポケモンを導いていくという性質上、若いトレーナーが台頭することは良くある。

 実際、二人も仮面の男に見出される前から大人顔負けのポケモントレーナーとして優れた実力、そして才能を秘めていた。

 今では直々に何年も鍛えられたことで更に磨きが掛かっているが、何故かその表情は忌々しさと悔しさを強く滲ませていた。

 

「今は下手に戦うべきで無いことは承知しています。ですが、また戦う時が来ましたら――次は負けません」

「……そうか」

 

 妙に語気に力が入っている様子ではあったが、仮面の男は何も言わなかった。

 今二人の内心は、”あんな奴に負けたくない”という気持ちが渦巻いているだろう。

 

 カーツとシャムは、以前の”スズの塔”での戦いで何とか任務の達成こそ出来たが、それ以来仮面の男が何かを言うまでも無く更に鍛錬を重ねている。

 その姿勢はイツキとカリンも見習って欲しいくらいだが、その原動力がアキラとその手持ち達に負けたことが心底屈辱的だと感じているからなのを仮面の男は察していた。

 

 アキラと手持ちポケモンが築いている関係は、ハッキリ言えば常識外れだ。

 ポケモンは強ければ強い程、自己主張が強くプライドも高いなど我が強い。だが、多くのトレーナーはそんな手持ちポケモンでもしっかりと纏め、統率している。

 ところがアキラの場合は、パッと見や資料に書かれている様に一部の手持ちからはぞんざいに扱われる時があるなど、その姿は手持ちを手懐け切れていない初心者トレーナーや強いポケモンを持て余しているトレーナーと殆ど変わらない。

 が、相応の戦いが始まれば、普段のダラしない姿と関係が嘘みたいに一転して、手持ち達は彼の指揮の元でその高い能力を存分に発揮して敵を倒す。

 

 普段から手持ちの自由を許しているだけで、単なる手持ちの能力任せに戦っているトレーナーでは無いのは確かだが、彼らの関係は平時と有事での落差が激し過ぎるのだ。

 

 アキラが手持ち達とそういう関係に至ったのには、様々な事情や過程を経た結果ではあるのだが、そんなことは二人は知らない。

 彼らの在り方は、相手によっては――それこそカーツやシャムみたいなトレーナーとしてのプライドが高い者や在り方に確固たる考えがある者から見れば情けなく、そして癪に障った。

 だが、どれだけ腹立たしくともアキラ達は強い。理不尽ではあるが、それが事実なのには変わりない。

 だからこそ尚更、二人はアキラを倒す力を強く求めていた。

 

「ふん、まさか本当に戦力的な意味で欲しくなるとはな」

 

 そして力が欲しいのは仮面の男も同じだった。

 尤も、彼の場合は力を持った駒が欲しいという意味であって二人とは違うのだが、それ程までにアキラの存在は無視出来るものでは無かった。

 

 何とかして奴とは面倒な交戦はせずに計画を完遂したいが、恐らく無理だろう。

 どこから情報を得ているのかは不明だが、アキラはこちらの動きをある程度把握している節があるので戦闘力の高さも相俟って危険度は桁違いだ。

 初めて戦った筈なのに、こちら側の対策や傾向をある程度把握して準備していたのだから、次に戦う時は”いかりのみずうみ”での経験を踏まえた対策を用意している可能性は高い。

 その為、今後考えている計画については、そういう横槍や邪魔を最大限に警戒と準備をした上で進める必要があるだろう。

 

 だからこそ、無いよりはマシ程度の認識ではあるが、わざわざ今まで捕まった団員達を解放したのだ。

 中隊長は中枢に近い位置故に前頭領や直属の上官の影響を受けているので組織には忠実だが、末端の団員は好き勝手に暴れたり生きたいだけのチンピラやら他人の威を借りるのばかりだ。

 なので仮面の男は、単に行き場を失った彼らを纏め上げるだけでなく、”ポケモンリーグの会場を襲撃することで復活と同時に自分達の力を世間に知らしめる”というわかりやすい目的と言う名の餌を吊るすことで統率していた。

 そうでもしなければ有象無象の連中のやる気を出したり上手く統率することは出来ないのが悩みの種でもあったが、数が多いだけでも使い道は幾らでもある。

 

「私はこれからある場所へ向かう。お前達は事前に告げた準備に取り掛かれ」

「は!」

「お気を付けて」

 

 二人は跪くと今度は去っていく仮面の男を見送る。

 計画の中には()()()()()()()()も含めて仮面の男が自ら進めないといけないものもある。

 邪魔者は自らの手で全て始末したくても、そこまで動くことは出来ないのはそれが理由だ。

 本来ならアキラを含めたそういう邪魔者の対処はシャムとカーツに任せたいが、敵側の戦力が想定以上なので余計な負傷どころか捕まってしまって戦力が下がる事態は避けたい。

 その為、結果的に撃退はしたもののチョウジタウンの付近を探っていたかつてのロケット団幹部のマチスを秘密施設に侵入して来るまで放置しなければならなかったなど、本当に手が足りなかった。

 

 立ち塞がる存在が強大なだけでなく数も多い。しかも残された時間はもう少ない。

 投げ出したくなる程の悪条件だらけではあったが、仮面の男は何が何でも長年の目的を叶えるという強い決意と覚悟を胸にその場から去るのだった。

 

 

 

 

 

 唸るような音を立てながら風が吹き、乾いた砂埃が軽く舞い上がる。

 剥き出しの岩や岩盤が目立つ採石場の様な場所を、ジョウト地方の図鑑所有者の一人であるゴールドは汗だくになって走っていた。

 何故自分がこんな場所にいるのか、そして今も必死になって走っているのか彼自身も良くわかっていなかった。

 だが、一つだけわかっていることがあった。

 

「ゴールド! 逃げるな! 立ち向かえ!!!」

 

 後ろから聞き覚えのある怒声が響く。

 あの声は――そうだ。最近弟子入りしたレッドのライバルで、何時の日か勝つことを目指しているアキラだ。

 確かに逃げることはゴールドの性分として好きじゃないし、寧ろ反骨心も相俟って逆に挑んでいただろう。

 

 

 彼が、()()()()()()して自分を追い掛け回していなければの話だが。

 

 

 何故、アキラがジープを運転しているのか。

 何故、自分は彼に追い回されているのか。

 そもそも彼は運転免許を持っているのか。

 疑問は山ほどあったが、一つだけゴールドはわかっていることがある。

 

 本気で逃げないとアキラが運転しているジープに跳ねられる。

 

「うおおおぉぉぉぉ!?」

 

 ぶつかる直前にまで後ろから迫って来たジープを、ゴールドは体を横に跳ばして転がりながらも辛うじて避ける。もし避けられなかったら、あのまま跳ねられていたか轢かれていただろう。

 しかし、休んでいる暇は無い。アキラが運転しているジープが大きく弧を描いて戻って来たからだ。

 体を起こしたゴールドは服に付いた砂を落とす時間も惜しみながら、再びこの訳の分からない状況から逃げようとする。

 

 その直後だった。

 

 アキラが運転するジープが、ゴールド目掛けて走っている途中で何故か爆発して横転したのだ。

 

「………は?」

「ヒャッハァー!」

 

 一体何が起こったのかゴールドはわからなかったが、状況を理解する間もなくどこからか奇声にも似たテンションの高い声と轟く様な排気音が周囲に響き渡った。

 

 振り返ると肩当てにモヒカン頭をしたロケット団の集団が、近くの崖の様な急斜面をバイクで駆け下りていた。

 何故ロケット団がそんな奇抜な姿をして現れたのか。色々謎だらけだったが、燃えていたジープが突如として高々と宙に打ち上げられ、燃える炎の中から一つの影――アキラらしき姿が立ち上がった。

 

「……おおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

 

 立ち上がった直後、アキラは燃え盛る炎の中で雄叫びを上げる。

 すると、呼応するかの様に彼の上半身を中心とした全身の筋肉が急激に膨張していく。その影響で焼け焦げてボロボロだった上半身の服は引き裂かれ、細身だった体はあっという間に筋肉隆々の姿へと変貌する。

 しかもその風貌は、十代前半にはあるまじき凄まじい劇画風であった。

 彼の唐突な変貌に唖然とするゴールドを置き去りに、十代前半とは思えない姿になったアキラは、風の如き速さでバイクに乗ったモヒカン姿のロケット団へと真正面から突貫する。

 

「あたたたたたーーーっ!!!」

 

 突っ込んで行った彼は目にも止まらない速さで拳や突きを繰り出し、次々とバイクに乗ったモヒカンロケット団達を宙に舞い上げながら倒していく。

 一体何が起きているのか訳がわからず、ゴールドの思考は宇宙へと飛んでいったが、目の前で繰り広げられている光景にちょっと違和感を感じていた。

 具体的には、アキラは真面目だとか融通が利きにくいとかのイメージがあったので、何故こうも世紀末みたいな状況に何の疑問も抱かずに順応していることにだ。

 だけど同時に彼ならやりかねないというイメージも、あのカイリューを筆頭とした一癖も二癖もある面々を率いていることもあって実はあったりする。

 そうあれこれゴールドが考えている間に、唐突に始まった戦いならぬ一方的な無双は終わり、アキラはスクラップ同然の大量のバイクと団員達が積み重なった山を背に無駄に濃い険しい顔付きで後にする。

 如何にも世紀末の世界を生き抜いている様な彼の姿に、ゴールドはどう反応をすれば良いのか戸惑っていた時だった。

 

「フッフッフッフッフ」

 

 不気味な笑い声と共に、何時の間にか暗い雲に覆われた空で見覚えのある姿――仮面の男が宙に浮く形で何時の間にかそこにいた。

 今ジョウト地方各地で起きている事件全ての元凶の唐突過ぎる出現にゴールドは目を疑うが、男の存在に気付いたアキラはどこからか片目眼鏡の様な装置を取り出して装着する。

 レンズ越しに彼は睨む様な目付きで仮面の男を見据えるが、取り付けた装置は警告音を発し始め、最終的に軽い爆発を起こして壊れた。

 

「測定不能か。ならば教えてやろう。――私の戦闘力は53万だ」

 

 仮面の男は余裕そうな振る舞いで悠々とアキラに教える。

 恐らくとんでもなく高いのはゴールドはわかったが、戦闘力53万がどれだけヤバイのかや何を基準にしているかなど疑問やツッコミどころが多過ぎてもう付いていけなかった。

 さっきから滅茶苦茶な展開の連続に、ゴールドは思考放棄寸前であったが、アキラの方は気持ちを静める様に目を閉じた。

 

 すると、彼を中心に風が吹き荒れ始めた。

 風が強まるにつれて、アキラの体からは黄緑色のオーラに似たエネルギーが溢れていく。

 その強大なエネルギーによって周囲の地面や岩が浮き上がっていき、やがてそのオーラが彼の手持ちであるカイリューらしき姿を模った瞬間、アキラは上空に浮いている仮面の男目掛けて一直線に跳び上がった。

 それに対して仮面の男は握り締めた拳を繰り出し、対抗する様にアキラも拳を突き出すと、両者の拳が激しくぶつかり合ったことで稲妻みたいなエネルギーが空気が弾ける様な激しい衝突音と衝撃波と共に周囲に広がる。

 正面からしばらくぶつかり合った両者は空中で一旦距離を取ると、仮面の男はマントの下に隠れていた今のアキラ以上に鍛え抜かれた肉体を晒す。

 それから彼に対抗するかの様に、カイリューとは異なる青白い竜らしき姿が視えるオーラを瞬く間に纏うと、二人は想像を絶する激しい戦いを始めた。

 

 傍から見ると全く付いて行くことが出来ないどころか訳が分からない速さで、両者は空中で次々とパンチやキックの応酬を繰り広げ、時折瞬間移動で戦いの場を地上や別の空中に変えては同じ攻防を繰り返す。

 二人が繰り広げる無駄にスケールが大きい常軌を逸した戦いを、ゴールドは間抜けにも口を少し開けて唖然とした顔で見ていた。

 

 あまりにも常識外れな光景故に、何かが致命的に足りないだけでなく間違っている様な気がしたのだが、それが何なのか中々思い出せない。

 やがて両者は、正面から取っ組み合いをしながら真っ直ぐ地面へと落ちる。

 砂埃が舞う中、アキラと仮面の男は互いに距離を取る様に飛び出す。落下時に出来たクレーターを挟み、アキラは体中に力を入れながら両手首を合わせる。

 その手に黄緑色のエネルギーが凝縮されていき、限界近くまで溜めた彼は重ね合わせた両手から鮮やかな黄緑色の光線を放ち、仮面の男も真っ直ぐ伸ばした掌から雪の様な青白い光線を放つ。

 両者の一撃は激しくぶつかり合い、やがては中心で天高く絡み合いながら昇っていったが、周囲に広がっていた衝撃がゴールドを巻き込み、彼の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 次に目を開けた時、ゴールドは自身が布団の上にいたことに気付く。

 急いで起き上がるが、体には何も異常は無い。ただ体中から嫌な感触に思えるくらいに汗を流しているだけだ。

 隣の布団に目をやると、自分とは対照的にレッドが心地良さそうに寝ていた。

 

「――なんだったんだ今の夢は…」

 

 徐々に理解が進むにつれて、思わず零す。

 我ながら何とも言えないくらいカオスにも程がある悪夢みたいな夢を見てしまった。

 だが、夢は潜在的に抱えている意識の表れと言うどこかで見聞きした知識を思い出した彼は、先程の夢を見てしまった原因を思い浮かべる。

 

 夢の中でジープに乗ってゴールドを追い回したり、世紀末世界を生きる劇画みたいな姿に変貌した挙句、まるでバトル漫画みたいな超人的な戦いを繰り広げたアキラ。

 実際の彼はゴールドから見ればちょっと良い子ぶっている上に真面目なのか融通が利かないのか頭が固くて冗談が通じにくいなど、一見すると無茶苦茶やアウトローには無縁に思える人物だ。

 しかし、夢で見た様にどこかで頭のネジが一本外れてしまったとしか思えない吹っ飛んだ考えや行動を起こすことがあるのも事実でもあった。

 

「いいよ!! その調子その調子!」

 

 外から聞き覚えのある声が聞こえる。

 持ち込んだ目覚まし時計で時刻を確認するが、針は七時近くを示していた。

 気が付けば部屋の中は少し明るくなりつつあった為、ゴールドは寝ていた和室の障子を少しだけ開けて外に目を向ける。

 視線を向けた先では、昇り始めた朝日に照らされた海の上を紐の様なものにぶら下がったアキラが、その紐を握りながら飛んでいるカイリューが振り回すのに合わせてサーカスの空中曲芸みたいなことをやっていた。

 

 以前タマムシ大学で、彼が手持ちポケモンのブーバーを相手に訓練名目で激戦を繰り広げていたのは記憶に新しい。

 オマケに重火器も必要とあらば持ち歩くどころか片手で平然と扱うなど、一目見たらポケモントレーナーというよりはその道の物騒な人間に見えてしまう。

 しかもそれらの行動や装備が常識外れなのを自覚をしていない訳でなく、自覚した上で真面目に考えて必要だと判断した結果なのが大半なのだから尚更タチが悪い。

 

 そして、彼の常識外れな行動や考えは、レッドと一緒に訪れている当の本人の修業先であるタンバジムでも存分に発揮されてもいた。

 さっき見た夢程では無いが、また奇妙なことをやっているアキラの姿に、早くも自分は付いて行くことが出来るのかゴールドは考えるのだった。




アキラ、タンバジムを訪れたゴールドが遠い目で見ているのを余所に平常運転で修業を続ける。

ロケット団がまともに相手をしたくないくらいに強くなったアキラ達ですが、彼らがここまで強くなった一番の要因は当のアキラ自身も力を付けてトレーニングを重ねたことで普通なら出来ないことややらないことにも手を伸ばせる様になったからだと思っています。
流石にゴールドが見た夢みたいなことはやりませんけど。

次回、彼らは再び大きな出来事に挑みます。

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