アキラとゴールドを見下ろしていたそのポケモンは、全身が透き通っている訳でも無いのに水晶を彷彿させ、水色に近い体躯は月明かりを受けて青い輝きを発していた。
芸術にあまり興味が無く、その手の感性なども乏しいゴールドでも、風に揺れる紫色の鬣や堂々と四足で立つ姿も相俟って”美しさ”というものが何なのか無意識の内に理解してしまう程だった。
「アキラ…あのポケモンって…」
「スイクン、今話題の各地のジムリーダーや腕の立つトレーナーの前に姿を現している伝説のポケモンだ。そして、シルバーを連れて行ったエンテイの仲間」
唖然とするゴールドに対して、アキラはあまり驚いていないのか現れたポケモンの名と情報をスラスラと語る。
伝説のポケモンと聞けば、エンテイの件もあってとんでもなく強いポケモンのイメージがゴールドの中ではあったが、目の前のスイクンはエンテイの時に感じられた威厳と強さに加えて美しさも兼ね備えている印象を受けた。
やがて見下ろしていたスイクンは絶壁から跳び下りると、音を立てることなく穏やかに二人から少し離れた場所に着地する。
「何でスイクンがこんなところに、まさか俺かアキラに――」
「スイクンに腕利きトレーナー判定して貰えたなら嬉しいけど、挑んでいる目的を考えると適任者が他にいるんだけどな」
「…適任者って?」
「スイクンはパートナーを探しているって言っただろ。既に強い伝説のポケモンが自分から進んでトレーナーの手を借りようとするってことは何かしらの理由…自分達だけの力では如何にも出来ない何かがあるって事だ」
これに関してはアキラは良く憶えている。
かつてスイクンは仮面の男であるヤナギに仲間と共に戦いを挑み、主にして大恩あるホウオウを彼の支配下から解放することに成功はしたが、代償として”焼けた塔”のどこかに封印された。
その為、ヤナギとの再戦に備えて、自分達の力をより引き出してくれる存在を求めている。だから今日まで、ジムリーダーを始めとした腕利きのトレーナーに戦いを挑んで共に戦うのに相応しいトレーナーがいないか探している。
そしてアキラは、後にスイクンが自ら選ぶとはいえ、最大限に力を引き出してくれる人物を知っている。
「じゃあどうする気なんだ? 戦わずにその適任者ってのを教えるのか?」
「そうなるね。こういう時は推薦状――いや紹介状かな? どちらにせよどういう内容を書くべきかな?」
大真面目に考え始めたアキラに、ゴールドは「お前は何を言っているんだ?」と言わんばかりの表情と眼差しを向けるが、彼は一切気にしなかった。
アキラとしては、スイクンが自分を腕の立つトレーナーと見てくれたのは嬉しいが、本音から自分は相応しく無いと思っている。
四足歩行のポケモンを上手く導くノウハウが無いのもそうだが、仮に短期間限定で手持ちに加えても表面上の知識しか持ち得ない自分では、スイクンの実力を最大限に引き出せるとは思えなかったからだ。
「スイクン、お前が何の目的で各地のトレーナー達の前に姿を見せているのかはおおよそ見当は付いている。その上で言うが、俺はお前が求めているトレーナーでは無い。だけど、お前や他の仲間が求めている相応しいであろうトレーナーを知っているから、必要ならば教えたいと考えている」
前に進み出ながらアキラがスイクンに告げた内容に、ゴールドは彼が戦う気が無いどころか本気で伝説のポケモンにその相応しいトレーナーへの紹介状を書いてあげるつもりなのを悟り、奇妙なものを見る様な視線を向ける。
一方のスイクンは、目線を外すことは無かったが、アキラが伝えた内容に反応らしい反応を見せずにただ静かに佇んだままだった。
「……信用出来ないってことかな?」
改めてアキラはスイクンに問い掛けるが、スイクンは首を横に振る形で否定すると同時に初めてこちらの問い掛けに対して反応を見せる。
「違うみたいッスね」
「だな。――戦う訳じゃないけど、手持ちを出しても良いかな?」
少しだけ考えて、こういう時にこそ役立つ解決策を頭に浮かべながらアキラはスイクンに改めて尋ねると、スイクンは了承したのか首を縦に振る仕草を見せる。
それを見たアキラは、敵意が無いアピールも兼ねてスイクンに背を向けながらモンスターボールからゲンガーとヤドキングの二匹を出した。
「ごめん。スイクンが何を考えているのか聞いてくれないかな?」
ボールから出した二匹に顔を突き合わせるくらい近付けて、アキラは彼らにスイクンの意思の確認を頼む。
折角共に戦うパートナーになるトレーナーを紹介すると言っているのに、反応が乏しくてこちらの話を聞いているのか聞いていないのか良くわからない。
しかし、こちらの方からスイクンが考えていることを推測して正しいかどうかを何回も聞いて、その度に反応を窺っては効率が悪い。ここは一気に話を進めるべきだ。
アキラの頼みに二匹は快く引き受けると、ゲンガーは胡散臭い笑顔を浮かべながら両手を上げて敵意が無いアピールを始め、その姿にヤドキングは呆れながらもメモ帳と筆記用具を片手に一緒になってスイクンに声を掛ける。
しばらく三匹は人間にはわからないやり取りを交わすと、ゲンガーとヤドキングは持っていたメモ帳に話し合いながら何かを書き込み始めた。
「あの二匹はなにやってんスか?」
「スイクンの考えを俺達にもわかるように人の言葉に訳しているの」
「人の言葉に訳しているって…え?」
言っていることがゴールドにはすぐに理解することは出来なかったみたいだが、今は彼に説明する思考と労力を割くのも惜しかった。
切っ掛けは何であれ、今では二匹は人の文字をある程度書けるだけでなく簡単な単語の意味も理解して、それらを駆使して端的でも伝えたい内容を人の文字に翻訳出来る。
正にこういう意思疎通の正確さと速さが求められる場面では、破格の特殊技能をヤドキングとゲンガーは有している。
しばらく待っていると、纏め終えた二匹がメモ帳に書いた内容をアキラに見せた。
たたかう
しりたい
ゲンガーとヤドキングの理解度と学習の習熟度の関係で内容は端的ではあったが、内容から見てアキラはスイクンの意図をある程度推測出来た。
だが、それでも理解出来ないことが幾つかあった。
「”戦う”っていうのは、俺と戦うってことなのか?」
半信半疑で聞くと、その疑問を肯定する様に聞いた二匹は頷くのでアキラは思わず困った様に頭を抱えた。
こっちは戦う気はないと言っているのに、それでもスイクンは自分と戦いたいらしい。
それに”知りたい”も、一体どういう意味なのかも彼にはわからなかった。
その辺りももう少し詳しく聞いて欲しいと頼もうとした時、ゲンガーとヤドキングはアキラが困っているのを見て、内容を書き直し始めた。
ゲンガーは愛読している絵本を取り出してページを開きながら、文字を書いているヤドキングにあれこれと指摘をしていく。
様子から見て長引きそうではあったが、スイクンは時間が掛かるのを気にしていない雰囲気であったのは幸いだった。
途中で彼らが解釈違いなどで喧嘩を始めないことを願いながら待っていたら、ようやく二匹はスイクンが伝えたいことを改めて丁寧に纏め直した内容をアキラに見せた。
ほんとう しんじる ひつよう たたかう じつりょく しりたい
「……つまり、俺が言っていることが本当なのかどうか、信用に足りるかどうか確かめる為に戦いたいってことなのかな?」
先程の端的な内容も含めて、改めて彼はスイクンの意図を解釈する。
スイクンはアキラの言う事を信用していない訳では無いが、本当に実力がある者と知り合いであることが信じられる、或いは知り合いでもおかしく無い力を持った者であるかを戦って確かめたいということなのだろう。
アキラの解釈が正しいのか、スイクンは彼が尋ねた内容を肯定するかの様に頷いたのだから確定と見て良い。
「――責任重大…だな」
アキラがスイクン達に紹介しようと考えているトレーナーは、将来的に彼らがパートナーとして見出すであろうカスミ達だ。
もし戦った結果、自分がスイクンの目に適わなくても、スイクン達とカスミ達の合流が彼が知る通りになるだけだが、アキラとしては早めに合流することで連携を高めるなどをして欲しいと考えていた。その為にもスイクンに実力を認められなければならないと気を引き締める。
相手は伝説のポケモン。
その力は本気で挑むジムリーダーを容易に退けることが出来る程のもの。
アキラ自身も本気のジムリーダーが相手でも勝てるが、戦うからには自分達が持てる力の全てを出し切るつもりだった。
「ゴールド、巻き込まれない程度に下がっていて」
「…戦うのか?」
「あぁ…スイクンが強く望んでいるみたいだしね」
ゲンガーとヤドキングを戻し、腰に付けたモンスターボールの一つを手に取ったアキラはスイクンの前に立つ。
「出て来てくれ、リュット」
投げたモンスターボールから、アキラが最も信頼する相棒であるカイリューが小さな地響きを響かせながら姿を見せる。
ボール越しに聞こえた会話から状況を理解していたのか、ドラゴンポケモンは吠えることはせず、静かに目を細めた鋭い眼差しでスイクンを見据える。
出て来たカイリューとアキラの様子から本気で戦う事をゴールドは察すると、彼に言われた通り巻き込まれない様に離れ始めた。
「これから始める戦いは、内容や勝敗がどうなろうとしっかりと見逃さず見ておいた方が良いよ。今後の戦いで何か役に立つ筈だ」
「…前みたいに地図を書き換えるレベルでやり合ったら参考にするどころかこっちも危ないから、程々でお願いするッスよ」
「あれは例外。そう何回もやれる訳無いだろ」
離れていくゴールドに伝えると、アキラは出ているカイリューの横に並ぶ様に立つ。
伝説のポケモンと戦うことになるのは、今から三年近く前のタマムシシティでのミュウツーとの総力戦以来だ。
当時は手持ちが全ての力を駆使しても、ミニリュウがミュウの力添えによって一時的にカイリューとして挑んでようやく相打ちに持ち込むことが出来た。
今回は一対一だ。当時より遥かに強くなった今の自分達は、伝説のポケモンを相手にどこまでやれるのだろうか。
否、やるからには勝つ。
「勝負だ。スイクン」
その言葉を合図にカイリューは、自身の戦い方に適したファイティングポーズを取る。
それを見たスイクンもまた、何時でも動ける様に体に力を入れて、これから繰り広げるであろう戦いに備える。
月明かりに照らされた拓けた森の中で、両者は睨み合うが、先に動いたのはカイリューだった。
足腰に力を入れて、使い慣れた”こうそくいどう”の瞬発力で瞬く間に距離を詰め、スイクン目掛けて”かみなりパンチ”を振るうが、スイクンは俊敏な動きで後ろに飛び退いて避ける。
空を切ったカイリューの拳は、そのまま標的では無い地面を殴り付けるが、その力は土を舞い上げるだけでなく地面も砕いた。
地面が叩き割れる程のパワーに、少し離れたところから見ていたゴールドは目を瞠るが、アキラの目は退いたスイクンが口から何かを放とうとしているのを捉えていた。
「”しんぴのまもり”!」
アキラが声を上げて伝えると同時に、スイクンの口から”オーロラビーム”が放たれる。
迫る虹色の光線をカイリューは光り輝く正多面体の壁で防ぐと、再び”こうそくいどう”でスイクンに回り込む形で接近、さっきみたいに腕を振る様に見せて勢い任せのヤクザキックをかました。
予想外の攻撃を受けたスイクンの体は地面を転がるが、ドラゴンポケモンは手を緩めず、今度は触覚から”10まんボルト”の電撃を放つ。
が、すぐに体勢を立て直したオーロラポケモンの目の前に不思議な色をした鏡の様なものが現れて、迫る”10まんボルト”を跳ね返した。
「”ミラーコート”か!」
跳ね返った電撃は、心なしかカイリューが放った時よりも威力が高まっており、避ける間もなくカイリューは受けてしまう。
知ってはいたが、初めて見る特殊技を防ぐと同時に威力を倍化させて相手に跳ね返すカウンター技である”ミラーコート”をアキラは冷静に分析する。
反射系の技は相手の技の威力を増幅させて返すのが多いが、今回カイリューが受けたのはそこまで大きなダメージでは無かったのか、すぐに持ち直すと自らを奮い立たせると同時にスイクンを威嚇する意図で大きく吠えた。
「特殊攻撃を仕掛けても、今みたいに跳ね返される可能性があるってことか」
カイリューの状態を気にしながら、アキラは記憶にあるスイクンの能力や戦い方を思い出す。
みずタイプの中でも防御などの耐久面が優れているだけでなく、伝説のポケモンらしく相応の攻撃力も備えている。
覚える技も先程の”オーロラビーム”や”ミラーコート”などの強力なのが揃っているが、何より際立つのはそれらの強力な技や高い能力を存分に活かす優れた知性だ。
先に戦った師の情報とアキラが覚えている限りでは、”しろいきり”を使った攪乱や”かぜおこし”に氷の粒を纏わせて飛ばす応用、”みきり”らしき技を使えることは把握している。
「――ならば」
知っている限りの情報とさっきまでの攻防を基に、スイクンの傾向を把握したアキラは、改めてカイリューの横に並ぶと共に構える。
離れた場所から窺っていたゴールドから見たら、一歩間違えれば巻き込まれる危険がある意図が読めない行動であったが、アキラは大真面目だった。
最近わかってきたが、今みたいな一対一形式で許されるのなら、こっちの方が自分達は一番本気を出しやすいスタイルだからだ。
「いくぞリュット」
その一言を合図に、アキラはカイリューと一緒にスイクン目掛けて駆け出した。
それに対してスイクンは、少しも動揺も躊躇らう様子も見せずに激しく渦巻く強い突風を彼らに向けて放った。
「”つのドリル”!!」
頭を下げたカイリューは、黄緑色の螺旋回転をするエネルギーのドリルを形成し、突風を掻き消しながら正面から突っ込んでいく。
スイクンが放つ”かぜおこし”には、空気中の水分を凍らせた礫の様なのも含まれていたが、それらも”つのドリル”が砕いていった。
相手を問答無用で倒す螺旋回転するエネルギーが目前にまで迫り、堪らずスイクンは横に跳んで回避すると、カイリューの真横から近距離で”れいとうビーム”を放つ。
「読めてる!」
だけどそれは、アキラの予想の範疇内だった。
鋭敏化した目で考えられるスイクンの次の動きを予測出来ていた彼は、常人離れした動体視力と反応速度を活かして、スイクンの動きに合わせて自身の体が真正面に向く様に動かす。
すると、僅かに遅れてカイリューも”つのドリル”を維持したまま彼と同じ向きに体を向け、螺旋回転するエネルギーで”れいとうビーム”を掻き消して防ぐ。
それからドラゴンポケモンは再び”かみなりパンチ”を振るうが、スイクンはカイリューの攻撃から逃れながら彼らから大きく距離を取る。
離れることで体勢を立て直したスイクンは、今度は口から大量の”しろいきり”を展開し始め、周囲は瞬く間に煙幕の様な白い霧に包み込まれる。
「油断するなよリュット。姿が見えても、それが本物だとは限らないからな」
視界を遮られてしまったが、アキラとカイリューは互いに背中を預ける形で周囲を警戒する。
霧に紛れて動くスイクンの影や構えている姿が時折見えたが、彼らは仕掛ける事なくその動きを見極めるのに集中していた。
今のアキラの目なら正確に相手の動きを見抜いて先読み同然の対応が出来るが、実体が伴わないものは読みにくい。
裏を返せば、容易に本物と偽物の区別が付くと言えるので、影はともかくハッキリ見える姿は鏡的な何かで反射した姿であってスイクンの実体では無いことは把握していた。
しかし、アキラにはわかっていても、カイリューはそこまで正確に本物と偽物の判別をすることは出来ない。
正確に本物がどこにいるのか伝えたいが、スイクンは動きだけでなく反射速度や反応してからの対応も速い。こちらが口頭で伝えてからカイリューが反応して動く僅かな時間でも、対応出来るであろうことが予想出来るくらいにだ。
強くなれば強くなる程、数秒――下手をすれば一秒未満のタイムロスも惜しい。その僅かな時間が勝敗――果てには生死を分けてしまうのだから。
だけど、今のアキラはその問題に対する解答を持ち合わせていた。
スイクンの動向を気にしてしまう逸る気持ちを落ち着けながら、アキラは座禅などの精神統一を行う時の様に気持ちを静めていく。
そして今この瞬間カイリューが考えているであろうことや感じていること、それら全てに考えや意識を集中させる。
ただ気持ちを静めたり、カイリューが考えていることを突き詰めていくだけでなく、体の力の入れ具合や呼吸するタイミングなどのあらゆる要素も自然と合わせていく。
トレーナーもその身を鍛えて感覚を研ぎ澄まし、ポケモンと心を通わせる。
それがタンバジム・ジムリーダーにして師であるシジマの教えの基本だ
タンバジムで鍛錬を重ねていく過程でシジマからコツと心構えを教わり、フスベジムでのイブキとの戦いで、不完全ながらも自らの意思で至ることが出来た一心同体の感覚。
今はあの頃よりも更に鍛錬を積むだけでなく、本格的にその感覚を掴んでいく段階まで進めたが、まだ望んでいる境地に完全な形で至ることは容易では無い。
だけど、今はそれでも十分だった。
何故ならアキラが今この状況を打開するのに求めているのは、不完全だとしてもこれで大半が解決出来るからだ。
徐々に頭の中から余計な考えが消えて行き、代わりに彼にとっては憶えのある声や考えが以前よりも早く脳内に浮かび上がるかの様に伝わって来るのを感じた。
「……
白い霧に周囲を包まれた中で、アキラはある場所に鋭い視線を向ける。
その瞬間、カイリューは目にも留まらない速さでアキラが視線を向けた先へ飛び込み、地面を殴り付けていた。
空振りに見えたが、カイリューの目は既に反射的に飛び退いて”しろいきり”に紛れるスイクンを捉えていた。
周囲を覆っていた”しろいきり”をカイリューは翼の一振りによって吹き飛ばし、再びスイクン目掛けて強く握り締めた拳を突き出した。
普通なら回避しようがない速さではあったが、スイクンは”みきり”を使う事で紙一重の差で躱すと間髪入れずに”バブルこうせん”を放つ。泡の光線が広い範囲に拡散して迫ったが、カイリューは隣に立っていた
そして触覚に電流が走ったのを見て、スイクンはすぐさま”ミラーコート”を正面に展開して来るであろう電撃に備えた。
「そうくると思った」
ところがスイクンの”ミラーコート”は、電流を溜め込む様に維持したまま突進してきたカイリューによって鏡の様に砕かれる。
巻き込まれる形でドラゴンポケモンのタックルをまともに受けたスイクンの体に強い衝撃が走るが、間を置かずにほぼゼロ距離から放たれた”10まんボルト”をその身に受ける。
放っているカイリュー自身もダメージを受けかねない距離だったが、体当たりした衝撃による反発で距離を取っていたので巻き添えは受けなかった。
「このまま行くぞリュット!!」
アキラの掛け声を合図に、カイリューの体から黄緑色のエネルギーが爆発的に溢れる。
”げきりん”を身に纏い、ドラゴンポケモンは一気にスイクンへ攻め込んでいく。
相性の悪いでんきタイプの技を受けて大きなダメージを受けたスイクンは、”みきり”を駆使して繰り出される猛攻を避けながら体勢を立て直すべく何とか距離を取ろうとするが、カイリューはそれを許さなかった。
攻撃が当たらなくても、離れ過ぎない様にピッタリとスイクンの動きに付いて行くのだ。
それどころか、反撃などの何かしらの大きな動きは確実に先手を取られて対応されてしまうなど一方的だった。
カイリューの激しい攻撃を回避しながら、スイクンはカイリューと少し斜め後ろにいるアキラを見る。
さっきまで積極的に状況や指示を伝えていたのに、今では戦い方はカイリューに任せっきりだ。
否、任せっきりでは無いのをスイクンは悟っていた。
目の前で戦っているカイリューによく似た鋭い眼差しで、こちらの動きを一挙一動逃さんと言わんばかりの目で視界に収めている。カイリューの動きが突然良くなったのに彼が関わっていることをスイクンは確信していた。
尤も気付いたからと言って、この状況を如何にかすることは今のスイクンには出来なかった。
一方アキラの方は、自分の視界からスイクンを見逃さない様に常に収めること、その動きの予測と対応する為にはどう動けば良いかを考えることに全力で頭を働かせていた。
まだ互いの視覚や五感までは共有出来ていないので一心同体とは言い切れないが、カイリューと互いの意思や考えが通じ合う様な感覚だけでも彼らには大きな力だった。
鋭敏化した目が持つ先読み同然の細かな動きも見逃さない観察眼を最大限に活用して、スイクンの動きを徹底的に読んでいけば、カイリューはそれを元に追い詰めていく。
ただ自分がカイリューの第二の脳だったり第三の目みたいなものに留まらず、瞬時に動きに付いて行くのや最適な動きも助言するかの様に頭に浮かべることも忘れない。
そうしていく内に次第に直接戦っているカイリューの思考に触発されてきたのか、アキラはまるで自分が直接戦っている様な錯覚にも似た感覚を覚え始め、無意識の内にドラゴンポケモンと同じ動きをする様になっていた。
そしてスイクンの”みきり”の効力が殆ど失った瞬間、”げきりん”を纏ったカイリューの拳がスイクンの体を捉えた。
「貰ったぁぁぁッ!!!」
そこからは彼らの独壇場だった。
オーロラポケモンに対してドラゴンポケモンは容赦無く、それも無数の残像が見える程の息もつかせぬ激しさで次々と拳を叩き込んでいく。
顔、腹、スイクンの体のあらゆる部位にカイリューの”げきりん”を纏った黄緑色の拳が絶え間なく突き刺さる。それはまるでサンドバックを殴り続ける様な一方的なもので、そんな攻撃が数秒どころか何十秒も続いて行く。
「おおぉぉぉぉぉッ!!!」
やがて纏っていた”げきりん”のオーラは弾ける様に唐突に消えてしまうが、カイリューは怯むどころかアキラと共に雄叫びを上げながら、よろめくスイクンの下顎と額にあるツノをそれぞれ鷲掴みにする。
本来なら”げきりん”の効果が切れた直後は、強大な力で暴れていたのと引き換えに”こんらん”状態に陥りやすくなる。
ところがカイリューは、無理に意識を保つのではなくその状態さえも利用しているのか狂った様に掴んだスイクンを振り回し、その体を何度も地面に激しく叩き付けていく。
正気と狂気が半々と言える荒々しい攻撃ではあったが、”げきりん”の猛攻で消耗した今のスイクンではまともな抵抗も敵わなかった。
最後に高々と持ち上げたスイクンの体を土が舞い上がる程の勢いで地面に叩き付けると、カイリューは片足でスイクンの胴を踏み付け、更には片手で頭を抑え付ける。
スイクンは逃れようと足掻いたが、何時意識を失ってもおかしくないまでに弱り切った体では念入りに抑え付けられた今の状況から脱することは難しかった。
そしてカイリューは、空いている片手を握り締めて、電流が走る”かみなりパンチ”の拳を振り上げる。それが止めの一撃のつもりなのは、離れたところから見ていたゴールドでもわかった。
だが、何時まで経ってもカイリューは振り下ろさず、スイクンを抑え付けて構えたままの状態を保ち続けていた。
もう既に、勝敗は決したからだ。
「俺達の勝ちだ……スイクン」
まるで戦っていたのはカイリューではなくて彼自身と思える程に汗を流しながら息を荒くしたアキラは、呼吸を整えながらスイクンに自分達の勝ちを告げる。
カイリューも頭と体を抑えていた手と足を退かすと、遅れてスイクンも立ち上がることは出来なかったが、震えながらも踏ん張る様に体を起こした。
戦う前は美しかった体は泥と怪我で見る影も無かったが、勝敗に関しては彼に告げられるまでも無く理解していた。
「ここから東に真っ直ぐ行けば、ハナダシティって水がたくさんある町に辿り着く筈。その町で、さっき教えたカスミさんがジムリーダーを務めているから」
横に立つスイクンに、アキラはカントー地方の方角を示しながら、彼と共に戦うのに相応しいと考えているカスミについて教えていた。
勿論、彼女だけでなくエンテイやライコウのタイプに合った専門のジムリーダーの存在も彼は伝えている。
本当なら未だにロケット団に拘っている様子であるマチスのことを教えるのは癪ではあったが、教えなくてもどの道見出されるだろうからカスミやカツラは推薦、マチスは存在について教えるくらいに扱いは分けていた。
「それじゃ、カスミさんに会ったらこの手紙を渡してね」
最後に紹介状ならぬカスミに宛てた手紙をスイクンに渡す。
これでスイクンが突然現れても、その事情に関して彼女はすぐに理解してくれるだろう。
手紙を咥える形で受け取ったオーロラポケモンは、アキラに頭を下げると風と共に静かにその場から駆けて行った。
「なるべく早めにカスミさん達に会ってねぇーーー!」
本音で言えばこのまま真っ直ぐカスミ達の元へ向かって欲しいが、スイクンはまだジョウト地方でやるべきことがあるみたいなので、実際の合流はもう少し先になるだろう。
でもこれでアキラが知っているよりも早くスイクン達がカスミ達と接触して協力し合う事で、より多くの時間を掛けて連携や彼らが磨いて来た技術をスイクン達が身に付ける時間が取れる筈だ。
敵の力は強大なのだ。知っている通りに進むとは限らないのだから、やれることは全てやるべきだ。
去っていくスイクンに大声で伝えながらアキラは満足気に見送るが、そんな彼らのやり取りを後ろから見ていたゴールドは何とも言えない顔を浮かべていた。
テレビでも頻繁に報道される程、各地のジムリーダーや実力者を負かしている伝説のポケモンとの戦いを制するだけでも凄い事をやっているのに、当の本人は戦いの傷を治してあげて、本当にカスミという人物の存在をスイクンに教えるだけでなく、紹介状を書いた上で送り出すとは思っていなかったからだ。
自分とは真逆の真面目で頭の固い人間だが、常識的な様に見えてどこか周りとはズレたことを何の疑いも無く実行する彼の意外な一面に、どう反応すれば良いのか困惑するゴールドを余所にアキラはやり切ったと言わんばかりの表情であった。
やがてスイクンの姿が殆ど見えなくなると、アキラは痛そうに頭を抱えながら座り込んだ。
「大丈夫ッスか?」
「大丈夫、ある意味…反動みたいなものだから」
心配するゴールドに、アキラはそう深刻な物では無いのを伝える。
まだまだ不完全だとしても、一心同体と言える感覚に至ると何かしらの不調が体を襲う。頭痛はその典型だ。
まだ自由には扱えないのや時間も掛かるので一対一での戦いでしか意識するのは難しいが、それでも確実に以前よりはカイリューと一心同体の境地に至りやすくなっていた。
呼吸も含めた体の動きも可能な限り、カイリューと同じにしていく。それも単に動きをトレースするのではなく、考えていることや気持ちも同じになる様に意識もだ。
いずれも簡単な条件に見えて、実際は全然簡単では無い。
同じ動きをするにしても、ポケモンの動きに付いて行けなければ話にならないし、考えていることや気持ちも同じにするのも難しい。
それこそ互いの考えや性格を知り尽くすまではいかなくても、相応の信頼関係が築けていることが前提だ。
しかし、それだけの条件を満たしたとしても、この感覚を極めるのは容易では無い。
自分よりも長く鍛錬を積んでいる師のシジマでさえ、至りやすい傾向や条件に目星は付けて鍛錬方法を考案しているが、それでも近い感覚を経験することすらそう多く無いと聞いている。
だが、今の戦いみたいにアキラは最近は至ろうと思えば今回みたいに不完全でもそれなりに至ることが出来る。この違いは一体何なのか。
自分には意外な才能があるのか、単に体が限界以上の力が発揮出来る様になった影響なのか、それともまだわかっていない条件もあるのだろうか。
他にも師は、自分みたいに不調には陥らないと言うのだから、疑問は尽きない。
「……なぁ~、アキラ」
「…何だ?」
「さっきスイクンと戦っていた時、たまに――てか最後の方は殆どカイリューと同じ動きをしていたけど、あれって何の意味があったんだ?」
「…バトルに熱が入り過ぎると腕を振ったりする経験は無い? あるならそれと同じ様なものだ」
「いやそれでもあれは奇妙ッスよ」
ジト目でゴールドにそう言われて、アキラは苦笑する。
確かに最初は思考だけを共有している様な感覚だったが、戦っている時の荒ぶる感情や高揚感の影響で、終盤のカイリューがスイクンをボコボコにしていた時、ゴールドの言う通りアキラはすぐ隣でドラゴンポケモンと同じ動きをしていた。
何にも事情を知らない者から見ると、すぐ隣でポケモンと同じ動きをしている変なトレーナーと見られてしまうのは仕方ない。
ゴールドが抱いているであろう印象を想像しながら、頭痛が治まってきたアキラは立ち上がる。
「やっと落ち着いて来たから、俺達はそろそろタンバシティに戻ろうと思う」
「タンバシティ…」
「どうするゴールド。俺に付いて来てシルバーを探すのも兼ねて一緒に修行するか? それとも自分なりに旅を続けてからうずまき島へ向かうか?」
表向きゴールドにそう問い掛けてはいたが、アキラとしては後者は正直言って望ましく無い。
彼は仮面の男と二度も戦い、そして逃れたのだ。しかも正体に最も迫っている人物にして道中で度々ロケット団を負かしてもいる。目障りな邪魔者としてロケット団に狙われるのは、容易に想像出来る。
今の彼の実力では、次々と襲って来るであろう敵全てを返り討ちにしたり、逃れるのは難しい。
ゴールドもそのことはわかっているのか答えに詰まる。
正直に言うと、アキラが直々に教えてくれるならともかく、
けどゴールド自身、今はそうは言っていられない状況なのもよくわかっている。
あの仮面の男と互角に渡り合うだけでなく、今みたいに伝説のポケモンを追い詰めた実力を身に付けた彼の修業先に同行する。現状を考えれば、アキラに付いて行った方があらゆる面でメリットがある。
どの道を選ぶかは、自分の気持ち次第。
「………俺は――」
そして、ゴールドがアキラの問い掛けに答えようとした時だった。
「何だ? 久し振りに会えたと思ったら随分と疲れた様子だな」
「!?」
疲れ過ぎて周囲に気を配っていなかったが、
彼が見上げた視線の先には、月明かりと炎で自らの姿を照らしながら夜の空を舞うリザードンとその背に乗ったアキラにとって身近な
「え? 誰?」
「嘘だろ……もう…」
「おいおい、嘘とか酷いじゃないか」
突然現れた第三者にゴールドは困惑するが、アキラはそれ以上に信じられないと言わんばかりの反応だった。何故ならこんなにも早く、都合が良過ぎると思ってしまう程の早さで彼が復帰するとは考えていなかったからだ。
「――レッド…もう下山したのか? 手足の調子は?」
半信半疑でアキラは震える様な声で尋ねると、リザードンに乗った赤い帽子の少年――レッドは見せ付ける様に元気良く腕を掲げた。
「おう!! もう手足の痺れは無いぜ!!」
そんな彼の姿に、アキラはようやく彼が今目の前にいることを理解した。
一年近く彼を悩ませていた後遺症が完治したことを我がことの様に喜びを露わにするのと同時に彼の帰還をアキラは心強く感じるのだった。
アキラ、スイクンにカスミ達のことを教え、レッドの復帰を喜ぶ。
レッド早期復帰、ここから彼も色々と関わってきます。
今回アキラはスイクンとの戦いに勝つことは出来ましたが、今後はもっと強い伝説と戦っていくことになります。
その伝説よりも強いのがいますけど。
次回の更新で今回の更新予定分は終わりですが、まだ清書し切れていない未完成のままなので、更新は少し遅れると思います。
次回、アキラが新しい装備を手に入れます。