SPECIALな冒険記   作:冴龍

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見せ付ける力

 遊び慣れたビリヤードでの玉を突く構えを取りながら、ゴールドは目の前にいるアキラとサナギラスを見据える。

 容赦はしないと言いつつも、こちらの出方を試したり力を引き出そうとする彼のやり方は、教える意図があるとしても本気で倒そうと考えている今のゴールドには少し癪ではあった。

 だけど、彼とはそれだけの力の差があるのは否定出来ない事実ではあったのと、結果的にこうして色々と役に立つ助言や気付かせて貰うのは有り難くもあった。

 

 お礼に一泡吹かせてやると意気込み、彼は構えたキューでモンスターボールを打ち出した。

 ボールはアキラが思っていたよりも速い速度で転がり、サナギラスの真横を通り過ぎたと思いきや後ろに回ったタイミングでボールから樹木の様な姿をしたポケモンであるウソッキーが飛び出した。

 

「いけぇウーたろう! そのまま”けたぐり”だ!!」

 

 ウソッキーは出て来てすぐに、背後からサナギラス目掛けて払う様に蹴りを仕掛ける。

 しかし、蹴り付ける寸前にだんがんポケモンの体は青白い光のバリアに包まれて、ウソッキーの”けたぐり”を弾く。

 

「面白いテクニックだ。俺には真似出来ないやり方だけど、やると決めたらすぐに動かないと相手に対策されるよ」

 

 自分が得意とするやり方をすぐにバトルに応用するところは良かったが、真正面過ぎたのや仕掛けるのに時間を掛け過ぎた。

 こちらが気付く間もなく仕掛けるなりしていれば、ゴールドの不意打ちは上手くいっていたかもしれなかったが、相手の出方がわかっていれば”まもる”が使えるサナギラスなら容易に対処出来る。

 一度攻撃が弾かれたウソッキーではあったが、もう一度”けたぐり”を放つことで今度は”まもる”の壁を打ち破れたが、既にサナギラスは退いた後だった。

 ウソッキーの攻撃を上手く逃れたサナギラスはその後、リズム良くウソッキーの周りを軽快に飛び跳ね回りながら翻弄する。

 

 一見すると蛹状の体なのや背中の孔から噴き出す砂の存在もあって、サナギラスは直線的な動きしか出来ない様に思われがちだが、その体に慣れれば意外と動き回れる。

 手足が使えないのはネックだが、体がより頑丈になったことや素早く動けると言う点では、サナギラスはヨーギラスの頃よりも優れていた。

 ゴールドとウソッキーは、周りを飛び跳ねるサナギラスの動きには付いていけたが、相手が先に仕掛けるのを待つべきか、こちらからもう一度仕掛けるべきなのか迷っていた。

 そして、そんな彼らの隙を今のアキラは見逃さなかった。

 

「”いやなおと”」

 

 一際大きくジャンプして、ウソッキーの頭上を跳び越えながらサナギラスは不快音を響かせる。

 真上から悶絶したくなる音を聞かされて、思わずウソッキーは両手で耳を塞いで無防備な姿を晒す。その隙に、サナギラスは着地と同時にニョロトノを突き飛ばした時の様に背中の孔から砂を大量に噴射する。

 一直線飛んだサナギラスは、鋭い牙が並んだ口を大きく開けて”かみくだく”つもりでウソッキーの胴に噛み付き、そのままウソッキーの体を木に叩き付ける。

 ”かみくだく”だけでも重いダメージだったのに、”いやなおと”の影響で無防備な状態のまま木に強く叩き付けられたのが致命的だったのか、ウソッキーは岩の様に固い体の一部を欠けさせて力尽きる。

 

「前よりは手持ちは充実しているのと技の選択も悪くは無い。でも、このままで終わるつもりは無いだろ?」

「ッ…当然ッスよ!」

 

 精一杯の虚勢を張って、ゴールドは倒れているウソッキーを戻しながら次の手を考えていく。

 アキラをロケット団、それか仮面の男を想定して戦う。戦いのルールは絶対に一対一で戦うこと。それさえ守っていれば何でもあり。

 そこまで考えた彼は、アキラとサナギラスの動向を窺う様に見つめながら再びボールを地面に置いてキューを構える。

 

 また同じ手を使うのかと思いきや、ゴールドは体を屈めたまま地面に置いたボールとは別のモンスターボールを投げてきた。

 そう来たかとアキラは楽し気な表情を一瞬浮かべた後、サナギラスと共に目を凝らすが、次の瞬間目が眩む強烈な光が開かれたボールから放たれた。

 

「ッ!?」

 

 すぐに目を逸らしたが、強烈な”フラッシュ”をまともに受けてしまったことで、アキラの視界は不安定なものになる。

 それはサナギラスも同じで、強い光を直視してしまったことでフラついてしまう。

 

「チャンス!!!」

 

 アキラ達の様子を見て、ゴールドは”フラッシュ”を放った芽が出たばかりの種みたいな姿をしたポケモン――ヒマナッツを手際良くボールに戻すと、地面に置いたボールをキューで斜めに強く打ち出した。

 またキューでボールを打ち出す様に見せ付けて、別の手持ちが入ったボールを投げ、その繰り出したポケモンで相手の視界を潰して本命を繰り出す。

 公式戦だったら絶対に使えないであろう策ではあったが、奇しくも”目”を重視する今のアキラが最も嫌がることを彼は実行していた。

 

「ギラット! 背後じゃなくて右だ!」

 

 視界が少し回復したアキラはゴールドが次の手を仕掛けてきたことに気付くと、まだ視界が不安定ながらもボールの動きを捉えてサナギラスに伝える。

 まだ視界が回復していないサナギラスは、アキラが伝えた内容と視覚以外の感覚を頼りに右に意識を集中させる。

 そして右斜めに飛んだボールが、木に当たった衝撃で跳ね返ったタイミングで開閉スイッチが起動する音が彼らの耳に入る。

 

「音の方へ”はかいこうせん”!」

 

 アキラの迎撃を伝える声に、サナギラスは開閉スイッチが聞こえた方向に体を向けながら口にエネルギーを集める。

 視界が安定しなくても、ボールから飛び出したであろう存在の影がぼんやりと見える。

 勢いのままに真っ直ぐ突っ込んでくるそれに対して、サナギラスは最大パワーでの”はかいこうせん”で迎え撃った。

 

 だんがんポケモンが放った破壊的な一撃は、ゴールドが新たに繰り出したポケモンを瞬く間に光の中へ呑み込む。

 ところが、サナギラスはすぐに違和感に気付く。

 

 渾身の力を込めて放った”はかいこうせん”が、ゴールドのポケモンを吹き飛ばすどころか、逆にこちらの意に反して掻き消される様に押されていたのだ。

 カイリューに教わって習得した自身が放つ最大級の技を逆に返り討ちにする程の力を発揮しているのは一体何者なのか。

 そしてサナギラスは、徐々に回復してきた目でその姿を見る。

 

 ”はかいこうせん”に負けないどころか逆に押し返している存在は、卵の殻を身に纏った小さな体をしたポケモンだったのだ。

 予想外の相手にサナギラスは驚愕のあまり目を見開くだけでなく気が緩んだ瞬間、”はかいこうせん”を真正面から受けていたそのポケモンは一気に光線を突き破って、サナギラスの体に一際大きな鈍い衝突音を響かせて激しく激突する。

 

 その威力は凄まじく、サナギラスの鎧の様に固い体にヒビが入る程で、吹き飛ばされただんがんポケモンは無造作に転がり、やがて止まった。

 起き上がろうと踏ん張ったものの、激突した箇所を中心に鎧の様に固い体にヒビが入る程のダメージは大きかったのか、サナギラスは起き上がること無くそのまま力尽きた。

 

 視界を潰された上に不意を突かれたとはいえ、目が見えているどころか正面から挑まれたのと大差無い状況であったのに、サナギラスの”はかいこうせん”が押し負けただけでなく逆に返り討ちに遭った。

 アキラも最初は目を見開く程に驚きを露わにしていたが、打ち負かした相手が何者なのか知ってからは心のどこかで納得していた。

 

「よくやったトゲたろう!! お前! 最高!」

 

  一方のゴールドは、遂にアキラの手持ちに一矢報いることが出来た立役者をこれ以上無く褒めていた。

 そしてトゲたろうと呼ばれていたポケモンは、ゴールドに褒められて気分が良いのか、ボロボロなだけでなく汚れた顔ではあったが彼に似た得意気な表情を浮かべていた。

 

 トゲピーのトゲたろう

 

 ウツギ博士から託された卵をゴールドが初めて孵したポケモンだ。

 この時点で彼はまだ気付いていないが、彼の手で卵から孵したポケモンは潜在能力を最大限に発揮した状態で生まれるという特徴がある。

 性格は良くも悪くも孵させた本人に似てしまうと言う問題はあるが、それでも生まれたばかりとは思えないくらいの強さを有している。

 どれくらいの強いのかは、たった今トゲピーがサナギラスの攻撃を正面から返り討ちにしたのを見てもわかるが、アキラの記憶が正しければワタルのバンギラスを一撃で倒すというヤナギのウリムーやデリバードに負けず劣らずとんでもないことをやってのけている。

 

「…やっぱり短期間でここまで成長出来るものなんだな」

 

 トゲピーの能力が突出していることもあるが、それでもゴールドは本当に以前とは見違えるレベルで成長している。

 自分が彼と同じ頃はここまで短期間に強くなれただろうか、他の図鑑所有者の方が戦いに関して適した才を有しているが、何だかんだ言ってゴールドにも強くなれる下地や素質がある。

 さっきの場面は、”まもる”で攻撃を防いで様子見をするべきだった、と反省しながらも、かつてのイエローみたいに最終的にヤナギを追い詰める程に彼が成長することを考えると、何だかワクワクする高揚感をアキラは覚えた。

 

「さっきのギラットを倒すまでの流れの組み立て方は凄く良かった。完全にやられた。でも、もうさっきと同じ手は通じないと思った方が良いよ」

 

 そう告げると、ゴールドとトゲピーはすぐに次に備えて身構える。

 ようやく彼の手持ちを倒すことが出来たとはいえ、相手は彼が倒したいカイリューでは無い。

 アキラのまだまだ余裕そうな様子から見て、次に出て来るのもカイリューでは無いことは容易に予想出来た。

 だけど次に何が出ようと倒して、最後にはカイリューを引き摺り出し、今日こそリベンジをしてやるとゴールドは意気込んでいた。

 そして、サナギラスを戻した次にアキラが出したのは、軸の部分が捻じ曲がっているスプーン――”まがったスプーン”を手にしたえかきポケモンのドーブルだった。

 

「彼女はドーブル、タイプはノーマル。能力は低いけど、色んな技を頭を働かせることで巧みに使って戦うポケモンだ。今のゴールド達は腕っぷし――相手が格上であってもまともにダメージを与えれば倒せる力がある程度身に付いたことは見てわかったけど、悪知恵はどうかな?」

 

 本当なら見る必要は無いかもしれないが、見たところゴールドの機転や悪知恵は野良バトルであっても先程のキューを使った作戦みたいな場外戦の側面が強い。

 ならば直接対決で力押しだけでなく知恵も駆使して戦う相手に対して、彼らはどう戦うのかアキラは気になった。

 

 鋭い眼差しで出方を窺うドーブルに、わかっていたとはいえゴールドは望んだ相手では無い事も相俟って軽く舌打ちをする。

 アキラが出したポケモンがカイリューで無かったことは残念だが、あのドーブルを退けなければカイリューと戦うことは出来ないと自身を鼓舞する。

 

「”すてみタックル”だ! トゲたろう!」

 

 先手必勝とばかりにトゲピーは先程サナギラスを倒した技を決めるべく、ドーブルに真っ直ぐ突進する。

 が、ドーブルは手に持ったスプーンを振ると、トゲピーの体は突如として浮き上がり始めた。

 

「さっき言ったでしょ。”同じ手は通じない”って」

 

 ゴールドのトゲピーに関しては、アキラもそれなりに知っている。

 相性面で耐性があるだけでなく打たれ強くなる特訓も重ねているサナギラスさえも、まともに攻撃を食らえば一撃で戦闘不能なのだから、大人しく攻撃を受ける訳が無い。

 攻撃が決まった時の威力は凄まじいが、それでもトゲピーであることには変わりない。なのでその小さな体は、大して力を使わなくても浮かせることで封じられる。

 浮かせたとしても、トゲピーには”ゆびをふる”というどんな技が出るのかわからない厄介な技も覚えているので、当然これも念の力で小さな手を抑え付けることで無力化する。

 

 まさかのトゲピーの封じ方に不利と見たゴールドはトゲピーをモンスターボールに戻そうとするが、その前にドーブルは空いている片手を地面に触れる。

 すると、地面から木の根の様な蔓が飛び出してトゲピーの体に巻き付いて締め上げ始める。それを無視して、ゴールドはトゲピーを戻すべくボールを投げたが、何故か戻らなかった。

 

「何でトゲたろうがモンスターボールに戻せないんだ」

「悪いけど、”しめつける”を使っているからしばらくはボールに戻せないよ」

 

 ”くろいまなざし”を筆頭に、ポケモンの技の中には逃走や交代を阻止する効果を持つ技がある。

 ドーブル自身、”スケッチ”と呼ばれる特殊な技を駆使することで、大抵の技の殆どを覚えて使用することが出来る。その為、アキラの手持ちポケモンが使える技は勿論、”へんしん”やバトンタッチ”などの技も野生のポケモン経由で覚えている。

 普通ならそこまで大量に技を覚えるのは難しいのだが、ドーブルの頭の良さは師事しているヤドキングやお節介指導をしているゲンガーのお墨付きだ。

 加えて今回の”つるのムチ”からの”しめつける”への応用みたいに、一つの技を他の技に派生させたりするのだから、トレーナーであるアキラも使える技を把握するのには一苦労だ。

 

 一方のトゲピーは、トゲピーとは思えない強気の顔で胴に巻き付いた蔓と自身の体を浮かせている念の力に抵抗するが、ドーブルは意に介さずしっかり拘束を保つ。

 しかし、膠着状態であるのには変わりないので、目の前のことに集中しながら”みがわり”を使ってドーブルは自身の分身を生み出す。

 

 生み出されたドーブルの分身は、すぐさま動き始めると周囲から大小様々な小石を念の力で支配下に置くと、それらをトゲピーの周りに浮かせる。

 ”みがわり”で生み出した分身は、本体と比較するとその体は透けて見えるが、使える能力は本体とは大差無いという特徴がある。

 そしてドーブルは元々の能力が極端に低いので、直接自身を介して仕掛ける攻撃で、レベル差が大きくなければまともなダメージは期待出来ない弱点がある。

 だけど、間接的な攻撃なら相応のダメージは期待出来る。

 

「やれブルット」

 

 アキラが合図を出すと、ドーブルの分身は浮かせた小石を一斉にトゲピーに殺到させる。

 瞬く間にトゲピーの姿は石に埋め尽くされて押し固められ、宙に浮いている一つの岩の塊のような状態になる。

 本体のドーブルは”まがったスプーン”を宙に放ると同時に跳び上がり、その姿をミルタンクへと”へんしん”させると、トゲピーが閉じ込められている石の塊目掛けて”ばくれつパンチ”を打ち込んだ。

 拳に込められたエネルギーによって小規模ながら爆発すると、小石に包まれて閉じ込められていたトゲピーは、飛び出した勢いのまま地面に強く叩き付けられた。

 

「敵は力でゴリ押して来る時もあるけど、相手に応じて対策を講じて仕掛けて来る時もある。特に俺達は相手には色々知られているだろうから、単に用心するだけでなく、対策された時にどうしたら良いのかも頭に入れておいた方が良いよ」

 

 ゴールドのトゲピーが覚えている技の殆どは物理技、そして”ゆびをふる”での不確定要素。

 それらを封じればトゲピーは何も出来なくなる。そうなったらボールに戻すしかないのだが、それも予め無効化しておけば、もう打つ手は無い。

 ”スズの塔”で戦った時の様に、ロケット団がこちらの戦う手段を奪ってきたことを考えると、敵がこちらの対策をしてくる可能性を考慮するなど警戒すべき要素は多い。

 特にゴールドは実力的にも、まだ幹部格を退けるのは難しいので、狙われたら危機に陥りやすい。全く考えていないことをされたり、こちらの考えていたこと全てを台無しにされるのはかなり焦るものだ。

 

 さっきまでの勢いを止められるだけでなく、呆気なく流れを引き戻されてしまったことにゴールドは悔しそうに顔を強張らせる。

 だが彼はそのまま悔しがって時間を無駄に浪費することはせず、トゲピーを戻すと素早くモンスターボールを二つ並べてそれらをキューを使って左右に打ち出した。

 

 ゴールドの試みに、アキラは面白そうに別々に跳ね回る様に転がる二つのボールを目で追う。

 一見すると事前に伝えた戦うポケモンは一対一に反している様に見えるが、直接戦うのがタイマンでなければならないだけで、例えモンスターボールが二つ転がっていても片方からしか出なければ問題無い。ゴールドはそう解釈したのだろう。

 屁理屈染みているが、そういう発想や単純なルールではあるが抜け穴と言うべきものを即座に見出すのは中々出来るものでは無い。

 しかも、相手を惑わしたりする技術もあるのだから本当に凄い。

 

 そしてミルタンクの姿を保ったドーブルとその分身の周りを転がっていた二つのボールの内、一つが開いた。

 中から先程目眩ましに”フラッシュ”を放ったヒマナッツが飛び出し、再びアキラ達に強烈な”フラッシュ”を浴びせる。

 しかし、備えていたアキラは勿論、ドーブルらもまともに直視をしていなかったので効果は動きが鈍る程度だった。

 通じないと告げたのに同じ手を使うゴールドの狙いがアキラにはわからなかったが、彼がヒマナッツをボールに戻そうとする動きが見えたのですぐに動く。

 

「”サイコキネシス”で動きを止めるんだ」

 

 ドーブルの分身が”サイコキネシス”でヒマナッツの空中で静止させる様に抑えると、間髪入れずに本体のドーブルはミルタンクの姿で殴り飛ばす。

 ヒマナッツはドーブル同様に能力はかなり低いポケモンだ。ミルタンクと同等の能力から繰り出される攻撃では、レベル差も相俟って耐えられるものでは無い。

 ミルタンク姿のドーブルの攻撃で地面に打ち付けられたヒマナッツはそのまま伸びてしまうが、その直後に夜の筈なのに周囲が昼間の様に明るくなると同時に気温が上がった。

 

「”にほんばれ”?」

 

 突如として起きたフィールドの変化に意識を取られたが、その最中にゴールドは動いた。

 倒れているヒマナッツを素早く戻すと、さっきヒマナッツが入っているモンスターボールと一緒に打ち出してから転がったままのボールからでは無くて腰に付けているボールから次のポケモンを繰り出した。

 

「バクたろう! ”ひのこ”!!!」

 

 出て来たのは、以前戦ったヒノアラシの進化形であるマグマラシだった。

 飛び出したマグマラシは、ドーブルが”へんしん”しているミルタンクと対峙するや否や口から”ひのこ”を放つ。

 ”にほんばれ”の影響で”ひのこ”と言うよりは火球の様な大きさであったが、咄嗟に分身のドーブルが自身の消滅と引き換えに身を挺して本体を攻撃から守る。

 

「”えんまく”だ!」

 

 まともに攻撃は当てられないと見たのか、ゴールドの指示ですぐにマグマラシは背中から大量の白い煙を放出して、自らの姿だけでなく周囲を覆い隠す。

 またしても”フラッシュ”とは別の手段で視界を封じられたが、アキラは鬱陶しく感じるどころか寧ろ楽しそうだった。

 

 大人しくやられる気は無いが、次はどんな手を使ってゴールドは自分達を負かそうとするのか。

 湧き上がる好奇心と高揚感を感じながら、アキラはミルタンクの姿で警戒しているドーブルに耳打ちできるくらい近付き、小声で伝えながら周囲に気を配る。

 耳を澄ませれば、大量の”えんまく”の中でモンスターボールが開閉する音が二回聞こえた。

 一回目は恐らく先程のマグマラシを戻す音、そして二回目はさっき攪乱する意図でヒマナッツと一緒に打ち出してから放置されていたボールの方だろう。

 これまでの戦いを振り返れば、残った彼の手持ちでこの状況に適したのは――

 

「エーたろう! 動き回って掻き回してやれ!!」

 

 尾の先に手が付いた様なポケモンであるエイパムが、まだ残る煙幕の中でミルタンクの姿を維持するドーブルの周囲を素早い動きで駆け回る。

 一見すると攪乱とは言いつつもただグルグル回っているだけにしか見えなかったが、アキラの目はエイパムの動きが()()()()()()()()()()()()()()()を捉えていた。

 そしてエイパムは何も仕掛けることなくゴールドの手元に戻ると、即座にマグマラシと入れ替わった。

 

「叩き込め! ”かえんぐるま”!!!」

 

 改めて出て来たマグマラシは、飛び出すと同時に全身に炎を纏うと、先程とは比べ物にならないスピードでドーブルとの距離を詰める。

 ボールから飛び出してからの攻撃と接近までの時間が異様に短く、目を凝らしていたアキラだけでなく警戒していたドーブルも目を瞠る。

 咄嗟に対処しようとするが、既に炎を纏ったマグマラシは目の前だ。一瞬で接近した勢いを保ったまま、”にほんばれ”で火力が増した”かえんぐるま”の炎を纏ったマグマラシは、正面からミルタンクに”へんしん”しているドーブルにぶつかり、衝撃で両者は反発する様に跳ね返った。

 

 すぐ傍にいたアキラは巻き込まれない様に避けるが、マグマラシは難なく着地したのに対してドーブルの体はミルタンクの姿のまま、まだ宙を舞っていた。

 その光景を目にしたゴールドは、自分達の勝利を確信した。

 大局的に見れば負けているのには変わりないが、それでもちょっと前は何も出来なかったアキラの手持ち達をこうして倒していくのに、彼は達成感と言えるものを感じていた。

 

 しかし、やられた筈なのにも関わらずアキラの顔は楽しそうなままであった。

 

「良く準備をした攻撃だけど、まだ詰めが甘いね」

 

 そう告げた直後、宙を舞っていたミルタンクの姿をしたドーブルの体は、さっき身を挺した本体を守った分身と同様に風に吹かれたかの様に消える。

 

「なっ!? 消えちまった!?」

 

 ゴールドとマグマラシは戦っていた相手の姿が消えたことに動揺するが、状況を理解する間も無くマグマラシから少し離れた地面が盛り上がり、先程姿を消したドーブルが飛び出して来た。

 

「後ろだバクたろう!!」

 

 咄嗟にゴールドはマグマラシに指示を出すが、飛び出したドーブルが手にした”まがったスプーン”を振ると、トゲピーの時の様に根っこの様な蔓がマグマラシの体に巻き付いて動こうにも動けなかった。

 

「”まるくなる”からの”ころがる”!!!」

 

 マグマラシの動きが鈍っている間に、ドーブルは再びミルタンクへ”へんしん”。体を丸めるとギアを一気に上げたタイヤみたいに土埃を巻き上げながら加速し、動けないマグマラシを大きく跳ね飛ばした。

 

「ブルットに一撃を叩き込む為に時間を掛けて準備したのは良かった。決まったら無事では済まなかったのは間違いなかった。だけど、相手が見抜いていたら無駄に終わるどころか時には逆手に取られることもあるよ」

 

 最初にヒマナッツの”にほんぼれ”で火力を上げた速攻が失敗した時点で、ゴールドは改めて力の差を悟ったのだろう。

 だからこそ、”えんまく”でのこちらの視界妨害をしながら、次の作戦に取り掛かった。

 

 ”えんまく”を張ったマグマラシを一旦戻し、エイパムの”こうそくいどう”で攪乱しながら”いばる”でこちらの行動に制限を掛ける。

 最後は”バトンタッチ”で向上させた素早さをマグマラシに引き継がせて、”こんらん”状態で動きが鈍っているであろうドーブルに、”にほんばれ”で威力が増した”かえんぐるま”を決める。

 

 時間は掛かるが、相手に手痛い一撃を与えることを目的としているなら、ゴールドがやったのはアキラが仮面の男に対して大火力の”かえんほうしゃ”を決めるのと同じ様なものだ。

 よく考えられた作戦ではあったが、残念ながらエイパムに交代した時点でドーブルがまた”みがわり”を使って生み出した分身と入れ替わり、本体は”あなをほる”で地中に身を隠した時点でその作戦は破綻している。

 ゴールドがドーブルのミルタンク姿が”みがわり”で生み出された分身特有の半透明な姿であることに気付けなかったのも、彼がこちらの視界を封じる意図で使った”えんまく”が要因にあるだろう。

 

 跳ね飛ばされたマグマラシが沈黙してしまったことで、ゴールドの手持ちで戦闘可能なのはエイパムだけとなった。もう勝敗は流れを見れば明らかであった。

 しかし、それでも彼は諦めずに、再びキューでモンスターボールを飛ばす。

 

 打ち出されたボールは、今までよりも長く木や石にぶつかっては跳ね回り、出て来るタイミングがアキラとドーブルにはわからないようにされていた。

 そしてドーブルの背後にボールが回り込んだ瞬間、飛び出したエイパムが奇襲を仕掛けるが、ドーブルはミルタンクの姿を保ったままおながポケモンを振り返ると同時に殴り飛ばす。

 強烈な一撃を受けたエイパムは、地面を跳ねながら転がる。ようやく止まって歯を食い縛って立ち上がろうとするが、既にドーブルは次の動きに入っていた。

 

「”かいりき”」

 

 これで終わりだと言わんばかりにドーブルはミルタンクの姿で大きく腕を振り被り、手にした石を無防備なエイパム目掛けて投げ付けた。

 放たれた石は真っ直ぐ弾丸の様に飛んでいき、正面から受けたエイパムはそのまま仰向けに倒れた。

 

「これでゴールドの戦えるポケモンはゼロ、俺達の勝ちだ」

 

 淡々とアキラは結果を告げるが、その表情は楽しさと期待感などを抱いたものだった。

 

 結果はアキラの圧勝で終わったが、全体的に以前戦った時よりも段違いなくらいゴールドは成長していた。

 今回は出さなかったが、現時点で彼が総力を挙げたとしても古参世代を倒すことはまだ難しいだろうが、それでも追い詰めることは出来る。

 既にゴールドの手持ちは攻撃力面では全力を出せば、こちらの手持ちも無事では済まないと言っても良い。

 さっきのドーブルを倒そうとした様に、多少の手間や準備を必要ではあるが手持ち複数の力を駆使するのも、ヤナギに限らず今後戦うであろう強敵が相手でも応用出来る。

 そんな期待感をアキラが抱いていた時、当の本人はエイパムを戻すと彼自身も仰向けに倒れ込んだ。

 

「…チクショーー!!!」

 

 夜空を見上げながら、ゴールドは悔しそうな声を上げる。

 以前なら絶対に敵わなかった相手に前よりは善戦することは出来たが、それでも結果は負けなのには変わりなかった。

 どうせならカイリューを引き摺り出して戦いたかった。

 

「悔しいか? ゴールド」

「当然だろ!」

「だったらもっと手持ちを鍛えるのもそうだけど、ゴールド自身もポケモンバトルに関しての見聞を広めないとね」

「見聞って?」

「色んな事を見たり聞いたりして知識と経験を身に付けろってこと」

「すぐに強くなれる方法って無いんスか?」

「そんなものは無いよ。さっき自分より強い誰かに指導を願うのが最短ルートって言ったけど、どれだけ効率を追求しても結局は地道に時間を掛けて行くことには変わりない」

「――やっぱアンタに鍛えて貰うってのダメッスか?」

「ダメ、ジョウト地方の騒動が終わった後にまだその気があるなら少しは考えるけど」

 

 相変わらずの即答にゴールドは長い溜息をつく。

 事情はわかるがもう少し手助けしても良いのでは無いかと思うが、これは好き嫌い言わずに彼の修業先であるタンバシティにまで付いて行くべきなのかもしれない。

 何だかんだ言って、アキラの強さの秘訣はそこにある気がするからだ。

 この後についてゴールドは考えを巡らせるが、そんな彼を余所にアキラは意識を何故か別に向けていた。

 

「まあ、一旦この話は終わりにしよう」

「終わりって、俺は真剣に考えているんッスよ」

「それはわかっている。だけど、これ以上()()()()()()を待たせるのも酷かなって」

「待っている奴?」

 

 言っている意味がわからなかったが、アキラが促す様に視線を向けた先にゴールドも顔を向けると、彼は信じられないものを見たかの様に目を見開く。

 彼が向けた視線の先――絶壁の上に月光に照らされた青い神秘的な輝きを放っている見たことも無い美しいポケモンが二人を見下ろしていたからだ。




アキラ、力を付けたゴールドを負かして次に備える。

ゴールドのトゲピーは、ワタルのバンギラスだけでなく、九章では弱っていたとはいえワタルのカイリューも一撃で倒しているんですよね。
ちなみにこの時点でのゴールドの実力はアキラの見立て通り、何でもありの総力で挑まれたら古参組でも相応のダメージは免れない可能性大です。

次回、アキラは対話を試みたり戦ったりと奮闘します。

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