SPECIALな冒険記   作:冴龍

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再戦の機会

 沈んだ日に代わり、空に浮かんでいた月が空を照らしていた時間帯。

 コガネシティに建てられていた大きな建物からゴールドと治療の痕が色濃く残っているアキラの二人が揃って出てきたが、何時になくゴールドは不機嫌な顔を浮かべており、彼はたった今出て来た建物を睨み付ける。

 

「けっ、お偉いさんか何か知らねえけど、何日もこの建物に俺達を閉じ込めやがった上にあれこれ煩く言いやがって」

「そう苛立つな。ポケモン協会や警察だって、事態を収拾するのに必死なんだ」

 

 文句を口にするだけでなく、今にも建物に唾を吐き掛けそうなゴールドをアキラは宥める。

 彼らはさっきまで、何かと今ジョウト地方各地で起こっているロケット団が引き起こす事件に関わっていたので、ポケモン協会から参考人として呼ばれていたのだ。

 だが単に事情や遭遇した出来事について聞かれるだけでも、入れ代わり立ち代わりでやって来る関係者に同じことを何回も話す日々。怪我の治療などもあったが、万が一があったら困るのか外出は禁止の実質軟禁状態で、今日やっと開放された。

 

 話を聞くなら一気に関係者を集めて欲しかったが、居候先としてお世話になっているヒラタ博士やエリカなどのジムリーダー達が苦労している姿をアキラは知っていたので、大人や立場がある人間は大変なのだろう。特に今は、各地でロケット団が事件を起こしまくっているのだから、警察の人は尚更だ。

 ポケモン協会関係者も、仮面の男の正体がジムリーダーの誰かということが発覚したからなのかかなり神経質になっており、それも今日まで長引いた原因にもなっていた。

 だが、ゴールドは機嫌悪そうに細めた目付きでアキラを睨む。

 

「相変わらず良い子ぶっていますけど、イラッとすることや文句の一つや二つくらいあったんじゃないッスか?」

「……その気持ちはわからなくもないけど、あれだけ俺達が得た情報や話を聞いたんだ。多少は後手気味なのを改善してくれるとは思うよ」

「それ、本気で信じているんッスか?」

 

 アキラが言っていることが信じられないのかゴールドは疑いの目を彼に向けるが、暗に彼が言っていることを認めつつも、アキラは明言を避ける。

 彼自身も表には出していないが、本音で言えばゴールドの言い分もわからなくもなかった。

 

 何故なら自分達がこの建物に滞在していた一週間近くの間に、刑務所や留置所をロケット団が襲撃する事件が何件も起きたからだ。

 一件だけでも世間に与える衝撃は大きいのに、それが何件も連続してだ。しかも今まで捕まえた団員の多くが脱走してしまい、大半が行方を眩ませていると言う。

 全員逃がした訳ではないが、それでもその話を報道番組で知ったり、ポケモン協会側の人間から聞いた時は流石にアキラは警察の頼りなさに文句を言いたくはなった。

 

 だけど、幾ら自分が打ち負かしたり捕まえる切っ掛けを作ったとはいえ、立場的に一般人に近いアキラが積極的にロケット団と戦うことは良くて自警、悪く見れば英雄気取りや警察の真似事だ。

 にも関わらず強く追及されなかったり、軽く注意をされるだけで済んでいるのだから、あまり強くは言えない。

 特に大激戦を繰り広げた”いかりのみずうみ”は、あの戦いの影響で冗談抜きで湖の一角にある森が更地状態になった上に一部の地形がかなり変わってしまったらしいのに、アキラはポケモン協会側の人間からはあまり言われなかった。

 

 と言ってもこれは、同時期にギャラドスが大量発生していたので、地形が変わってしまったのはそれらが暴れたことによる局地的な災害と認識されたからだ。

 その理由も、”いかりのみずうみ”が大昔にギャラドスが暴れたことで出来たという成り立ちや、そんな地図の書き換えが必要になる程の戦いをトレーナーが繰り広げたとは協会に属する人間が信じなかったなども関係していた。

 流石に手持ちの力を理解していた師であるシジマからは、手持ちポケモン全員と一緒に正座させられて強過ぎる力の扱いについての説教や厳重注意を受けたが、見方を変えればそれだけで済んでいるのだから正直言って御の字である。

 それに警察組織のポケモン犯罪への貧弱さは、カントー地方でも今も尚解決の見通しが立っていない問題なのだから、改善は容易では無い。

 

「……この騒動が終わるまではチョウジタウンとその付近には絶対に近付くなよ」

「まだ仮面の男の正体は、ヤナギって爺さん説を考えているんッスか?」

「あぁ…色々条件が整っているだろ」

「でも話を聞けば車椅子に座っている爺さんじゃねえか、仮面の男はしっかり立っていた上に滅茶苦茶動き回っていたぞ」

 

 話を変えるのと警告の意図も含めて、アキラは自分達が今回呼ばれた一番の理由についての話を振るが、ゴールドはあまり真面目に受け止める様子では無かった。

 実際、彼だけでなくポケモン協会関係者にもこの先自分が知っている通りに進まないなど知った事では無いと言わんばかりに犯人にアキラはヤナギを挙げたが、今のゴールド以上に反論が飛んで来た。

 

 だけど彼らが自分の意見が信じられない、反論したくなる気持ちもわからなくもなかった。

 ヤナギは単に長期間ジムリーダーを務めた重鎮であるだけでなく、長年にも渡ってポケモン協会に様々な貢献をしてきた功労者でもあるからだ。

 勿論、ただの感情的なの以外にも今ゴールドが言った様に、仮面の男とヤナギとでは姿や動きが違い過ぎることも反論の一番の根拠に挙げられた。

 

 実際は頭の周りに車椅子を嵌め込んだ氷人形で動き回っているのだが、氷人形で自由自在に動き回っているという時点で普通なら信じられない上に色々おかしい。

 アキラだって、元の世界で知った記憶が無ければ、ヤナギ本人では無くて氷技に関しての知識と技術を身に付けた関係者と考えていたかもしれないのだから、直接種明かしでもされない限り信じられないのもわからなくもない。

 そんな技術と呼ぶのもとんでもない芸当を可能にしたのは、憶えている限りの記憶も含めた今も昔も未来ですらヤナギだけだ。

 オーキド博士も関係者と一緒に話は聞いてくれたが、かつての旧友が悪事に手を染めているのをあまり信じたくなかったのか聞いている間はずっと難しい表情で黙っていたのが、彼の中で強く印象に残っていた。

 

 結局のところ、直接戦闘以外の方法でヤナギを如何にかすると言うアキラの作戦は成功しそうに無かった。

 何かしらの証拠を探して来た方がより説得力が上がるかもしれないが、そんなことは不可能だ。そもそもどこにそんなのがあるのか。

 やはり、直接戦闘で力任せに止めるしかないのか。だけどそれを選ぶと、ヤナギが理不尽なまでに強いと言う大き過ぎる壁が立ち塞がるのでアキラは頭が痛かった。

 

「――なあ、この後アキラはどうするんだ?」

「先生のところに戻って、今後についての話し合いと修行の継続かな」

「修行…あれだけのことをやってまだ強くなるつもりなんスか」

「派手な力を身に付けるだけが修行じゃない。俺達はまだ強くなれる可能性はある。それに、奴の方が格上なんだ。今回の戦いで得られた経験から更に対策を講じないと、次に仮面の男と戦った時にやられる」

 

 結果はどうあれ、あれだけ激しく戦ったのだから、こちらのことは相手側には相当印象付いている筈だ。なので次戦う時は、最初から本気で来る可能性は高いと考えた方が良い。

 そうなったら、それこそ時間稼ぎすら精一杯なのも十分に考えられる。

 

 だけど考え方を変えれば、時間稼ぎに徹することで相手の計画を台無しにしたり、無視出来ない加勢が来るまでの邪魔をすると言う方向性も悪くは無い。

 それに短期間で大幅に強くなることは無理だとしても、何か新しい作戦を考えたり、技を身に付けることで少しでも強くなることは出来る。

 手持ちの力を総動員して放った大技みたいに、新しく覚えた技や力が、組み合わせや考え方次第で大きな力を発揮することだって有り得る。

 

 アキラとしては、素手で触れたり攻撃したら凍らされる所為でまともに接近戦が出来ない問題を一番に解決したかった。

 今の手持ちは接近戦でこそ、力を発揮すること出来る面々が多いので何とかしたい。実際、カイリューの”げきりん”を受けたデリバードは確実にダメージを受けていたのだから、こちらの攻撃さえ当てれば多少は希望を見出せる。

 特殊技での袋叩きも勿論対策の一つだが、何かと”ふぶき”で掻き消されたりとしていたので、やはり拳でぶん殴ったり足で蹴り飛ばすのが一番だ。

 

「そういうゴールドはどうするつもりなんだ?」

「決まってんじゃねえか! シルバーを探しに行く!」

 

 アキラの問い掛けに、ゴールドはポケモン図鑑の画面を突き付けながら答える。

 画面にはジョウト地方の全体図が簡易的に表示されており、その中の一点だけ虫みたいな顔のマークが浮かんでいた。

 

 それが示しているものが、この数日間ゴールドにとって一番気になっていることだった。

 アキラと仮面の男が戦いの最中に起こしたこの世のものとは思えない光景に目を奪われていた時、背後から彼曰く”強そうで何か威厳のあるポケモン”が現れたと言う。

 新手かと考えたゴールドは応戦を試みたが、現れたポケモンの一喝を受けて彼の手持ちは戦うことなくモンスターボールに戻されてしまい、彼は抵抗する術を奪われてそのままシルバーを連れて行かれた。

 

 予想外の出来事だったこともあって急いで駆け付けたアキラはかなり焦ったが、幸いと言うべきか、ゴールドからシルバーを連れ去ったポケモンの特徴を聞いて思い当たるものがあった。

 エンジュシティを訪れた際に手に入れたパンフレットに描かれた絵をゴールドに見せて、彼の反応から確信した。

 

 シルバーを連れて行ったのは、伝説のポケモンのエンテイだ。

 

 ゴールドの目撃証言以外にも彼が持っていたポケモン図鑑にも、エンテイの姿と共に出会ったという記録もあったので間違いないだろう。

 

 後でテレビやら新聞などで情報を集めたら、どうやらアキラがチョウジタウンを目指して出発した頃に以前幾ら調べても何もわからなかった”焼けた塔”から三匹のポケモンが飛び出したという。

 その三匹とはつまり、エンテイ、ライコウ、スイクンだ。

 普通なら追い掛ける手段は無いが、ゴールドの手元には最新型のポケモン図鑑がある。一度出会ったポケモンを簡易的に記録すると同時に所在がわかる”追尾機能”によって、現在エンテイはうずまき島付近を拠点にしているのか、頻繁に訪れたり留まっていることが判明している。

 そして居場所がわかるのなら、ゴールドがすることは一つしかない。

 

「エンテイに会いに行くつもりなのか?」

「当然だろ。突然現れてシルバーを連れ去ったんだぞ。取り返しに行くんだよ」

 

 突然現れて誘拐同然で連れて行かれたのだ。

 ゴールドの主張は、事情を知らない者から見れば尤もだ。

 しかし、エンテイがどういうポケモンなのかや目的をある程度知っているアキラとしては、仮面の男との戦いで弱っていたシルバーを連れ去ったのには何か理由があった筈だ。

 その理由が何なのかは思い出せないが、今は”触らぬ神に祟りなし”だ。

 

「もし戦いを挑むつもりなら止めた方が良い。今のゴールドが伝説のポケモンを負かせるとは思えないし、エンテイなら悪い様にはしないだろう」

「やってみなきゃわかんないだろ。つうか、何でシルバーが無事でエンテイは何もしていない前提なんッスか」

「エンテイに関する伝承は色々あるけど、悪意や気紛れで人やポケモンを傷付けた言い伝えは皆無だ。寧ろそういう存在から人やポケモンを助けたり守っている。それに伝説のポケモンは総じて人間並みかそれ以上の知能がある。何の目的も無しで面識の無いシルバーを連れ去るとは考えにくい」

「その目的がロクでも無いものじゃないって保証は?」

 

 どこまでも疑うゴールドにアキラは頭を悩ませるが、彼の言い分もわからなくもない。

 アキラが挙げている言い伝えでは確かにエンテイは誇り高くて高潔なポケモンだが、今もその善性を保っているなど普通はわからないものだ。

 けど、アキラが元の世界での原作で知った以外にも、客観的な可能性でエンテイがシルバーを連れ去った理由として考えられるものはある。

 

「少し話は変わるが、最近スイクンって名前の伝説のポケモンが各地にいる腕の立つトレーナーに戦いを挑んでいるって話、ゴールドも聞いているだろ」

「そりゃ、あんだけテレビで扱われているのを見れば嫌でも覚えるわ」

「俺の師匠のシジマ先生が、コガネシティに来る前にスイクンと戦ったみたいでね。説教の後にその時どう戦ったのか教えてくれたんだけど、興味深い話もしてくれたんだ」

「それって何なんッスか?」

「――”スイクンは自分のパートナーを求めている”」

「パートナー? どういうことッスか?」

「詳しくはわからないけど、パートナーってことはトレーナーのことだろう。自力でも十分過ぎるくらい強い伝説のポケモンがトレーナーを求めているのには、何かしらの理由がある筈だ。そして、スイクンはエンテイの仲間だ」

 

 そこまで話せば、ゴールドもアキラが何を言いたいのかやエンテイがシルバーを連れ去った理由を察する。

 ひょっとしたらエンテイは、シルバーを自らのパートナーに選んだのかもしれない。

 と言ってもアキラが憶えている限りでは、シルバーがエンテイと共に戦うのは最後の戦いだけだったので、今回連れ去ったのは別件だろう。

 

「でもよ。仮にシルバーをパートナーに選んだとしたら、あいつの何を見て判断したんだ?」

「流石にそこまでは知らないよ。でも、伝説のポケモンは不思議で信じ難い力を持っている。何かシルバーにパートナーに相応しい光るものを見出したのかもしれない。俺から見ても彼のトレーナーとしての能力は結構高いし」

 

 シルバーが秘めている才能は、歴代図鑑所有者の中でもトップクラスだ。

 まだ伸び切っていない今の時点でも、同い年くらいの昔のレッドなら苦戦しただろうし、当時のアキラに至ってはやられてしまうのが目に見える。

 

「…アンタから見たら、俺はシルバーには及ばねえのか」

「――トレーナーとしての技術や知識、格で言えば、ゴールドはまだあらゆる面でシルバーには負けている。でもちょっと前まで戦いとは縁が無かったのに、ここまでやれているんだから方向性を間違えずに鍛え続ければ、追い付く可能性は十分にあるとは思う」

 

 苦々しそうに尋ねるゴールドに、アキラは正直に答える。

 奇策を使えば多少は有利に戦えるが、それでも現時点でのゴールドの純粋な実力はシルバーどころかクリスにも劣っている。

 しかし、それは仕方ないことだ。

 

 シルバーとクリスは、形や方向性は違えど長年に渡って英才教育を受けるなどトレーナーとしての鍛錬を積み重ねて来た。

 逆にゴールドは数カ月前まで、ポケモンとの意思疎通や扱いに長けた以外は一般人だったのだ。

 正直に言えば、下地はあったとはいえ、最終的に伝説のポケモンを相手に時間を稼いだりヤナギと渡り合える様になるまで急成長する方が凄い。

 

「どうすれば、俺はもっと強くなれるんだ」

「自分よりも強かったり経験豊富なトレーナーに指導を仰ぐことが最短ルートかな。ゴールドだって、育て屋老夫婦のところで鍛錬してから強くなった実感があるんだろ」

 

 独学でも強くなることは十分出来るが、短期間で強くなる一番の近道は自分よりも優れた人間の協力を得ることだ。

 これはアキラ自身、シジマの元での修行の日々だけでなく、レッドとのバトルや教え合い、エリカが自警団向けに行った講習会への参加などの経験で実感している。

 すると、ゴールドはさっきまでの不機嫌な表情から一転して、腕を組んで真剣に考え始める。

 

「――よし決めた」

 

 まるで何かを覚悟した様な顔で決意の言葉を漏らすと、ゴールドはアキラに向き直って、その頭を下げた。

 

「アキラ、俺を鍛えてくれ!」

「余裕が無いから無理」

「なんでだよ!!!」

 

 即答で断られて、ゴールドは思わず文句を口にする。

 ゴールドの中で自分よりも強い相手と言ったら何人か浮かぶが、その中で一番強くて頻繁に関わるであろう存在はアキラしか浮かばなかった。

 恐らく言い出しっぺである彼自身もそのことをわかっている筈なのに、何故断られるのかがわからなかった。

 

「何で断るんッスか! 今の話の流れ的に受け入れるところだろ!!」

「いやそう言われても…」

「…俺がアンタより強くなるのが嫌なんッスか?」

「いいや寧ろ逆。ゴールド達が強くなるのは望ましいことだ。出来ることなら色々教えたり力にもなってあげたいとは思う。だけど、俺達も俺達で仮面の男やロケット団に対抗する為に短期間で出来る限り力を付けたり対策を考えたいから、付きっ切りで教えている暇も余裕も無い」

 

 色々理由はあるが、一番の理由は”他のことに自分の時間を割く余裕が無い”、それに尽きる。

 これがレッドなら、一年前のカントー四天王との戦いのことを考えると実力も拮抗し合っていることもあって、知っている戦い方や技術を教え合ったりすることで互いに高め合う事が出来た。

 ゴールドの場合だと、現時点での自分との力の差はかなり大きいので、まずはゴールド達のレベルを上げる段階から始めなければならないのが一番のネックだ。

 これが次の戦いが起こるまでの一年くらいの空白期間なら引き受けたかもしれないが、今は現在進行形で戦いの真っ最中、しかも敵は完全な格上なので余裕が無い。

 

「それに…俺自身まだ弟子で修行中の身だし」

 

 指導する立場というのは、単に独学で鍛錬していくのとはまた別の形で強くなれるものだとアキラは聞いている。

 実際、指導する立場になったブーバーやヤドキングにエレブーの三匹は、自分達の戦い方を見直したり、一方的に教えるだけでなく弟子の戦い方を取り入れたりしている。

 だけど、教えている余裕も暇も無いのに短期間で滅茶苦茶に強くする特訓方法なんて、アキラには思い付かない。仮にやるとしたら、鍛錬の意義や効果も考えた上での結構なスパルタになりそうな気がしてしまう。

 

「俺と一緒にシジマ先生のところで修業する? タンバシティに来るならエンテイが留まっているうずまき島も近いし、俺も何かと手助けしやすい」

「いや…それは……う~ん…ちょっとな……」

 

 アキラとしては結構魅力的な提案のつもりだったが、ゴールドは少し歯切れが悪そうに躊躇う。

 ポケモン協会の建物で過ごしている間に彼はアキラ経由でシジマに会っていたが、中年の格闘家トレーナーの元で特訓するのは何だか抵抗があった。

 しかも話を聞けば、時代錯誤に思えるスポ根みたいな修行をポケモンだけでなくトレーナーにもやらせると言うのだから、性に合わない気もするのだ。

 そんなゴールドの様子から、アキラは何となく彼が失礼なことを考えていることを察していたが、よくよく考えたら彼が自分がシジマの元でやっている鍛錬をやっている姿があまりイメージ出来なかった。

 

「――都合良くレッドが下山していてくれないかな」

 

 ゴールドの先輩にして、後の師匠になるであろう友人をアキラは思い起こす。

 教え方や説明は彼個人の主観や感覚的なものばかりなので、相手が上手く理解出来なかったりしたら悲惨ではあるが、噛み合えばとんとん拍子に上手くいく。

 しかし、彼は現在シロガネ山で療養中、そう都合良く下山していないだろう。

 

「……まあ、強くなる方法は人それぞれだ。答えも一つしかないって訳じゃないから無理強いはしないけど」

 

 アキラがやっているトレーナーもポケモンと共にその身を鍛えると言うのは、自分にとって最適で強くなる一番の近道と言う認識だが、何もそれが全てのトレーナーに当て嵌まる訳では無いことはわかっている。

 人とポケモンの付き合い方や関係は十人十色あるのと同じように、最適な戦い方や鍛え方は人それぞれ、向き不向きがある。だけど、仮面の男に狙われているであろうゴールドを放置するのも今の時点では危険だ。

 やっぱりちょっと強引でも良いから自分と一緒に、タンバシティに連れて行くべきかとアキラは悩み始める。

 

「……アンタから教わることが出来ないなら仕方ないけど、一つだけお願いすることは出来ねえか?」

「一つだけ?」

「――今の俺と戦ってくれませんか」

 

 先程頭下げた時と同じか、それ以上に神妙な態度でゴールドはお願いする。

 そんな彼の頼みに、アキラが了承するのに、そう時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

「よし。この辺りなら幾ら暴れても迷惑にはならないだろう」

 

 コガネシティから離れた場所に二人はやって来ると、アキラは周囲の拓け具合や土が剥き出しの絶壁と木々が生い茂る森までの距離を見渡す様に確認する。

 ゴールドからのバトルの申し入れをアキラが受け入れたのは、付きっ切りで教えたり面倒を見るのは出来ないが、一戦くらいは戦った方が良いだろうと考えたからだ。

 それでゴールドの今の実力を確かめれば、今の彼に必要なことや出来るであろう助言をするのに役立てる筈だ。

 

 そしてお願いしたゴールドの方は、この戦いには並々ならぬ気持ちで挑むつもりであった。

 育て屋老夫婦の元で特訓したお陰で、自分は前よりもずっと強くなれた自信が付いた。

 それこそ、次戦えば初めて戦った時は手も足も出なかったアキラに一泡を吹かせられるんじゃないかと思えるくらいにだ。

 しかし、その自信は数日前の仮面の男との戦いで追い詰められたこと、アキラとの戦いに全く付いて行くことが出来なかったことで打ち砕かれた。

 

 加えて常軌を逸した力を持ったアキラでも、仮面の男と渡り合うことは出来ても最終的には”逃げる”と言う形で退くしかなかった事実もゴールドの中では重くのしかかった。

 実力差もそうだが、今まで身近で感じることが無かった本当の死が、間近に思えたのだから大口を叩いたり楽観視することは出来なかった。

 だけど、怖気づいて退いてしまうのは、彼のプライドや意地としても許せなかった。

 流石に地図を書き換えるレベルの力は無理でも、もっと鍛えれば、そんな戦いの場に立つだけでなく、付いて行くことが出来る可能性があるのか、今の自分の立ち位置はどこなのかを確かめたかった。

 

「バトルに関してのルールは俺が決めて良いかな?」

「良いッス」

「……それじゃ、ルールは前とは違って手持ちは六匹まで使用可能なのと、()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

「…それってどういうことなんスか?」

「簡単に言えば、ルール無用の野良バトルだ。詳しく説明すると、一対一で戦うのを絶対に守るなら、小道具の使用や公式戦だったらルール違反なことをしても良い。ゴールドは俺を仮面の男やロケット団だと思って戦えってことだ」

 

 アキラが知っている限りでは、ゴールドの強みは力押しよりもレッドの様に機転を利かせてブルーみたいなトリッキーな戦い方をすることだ。

 これから先に起こるであろう戦いを考えれば、公式ルール下で戦うことは無い。ならばその強みを活かす方向性で戦った方が、今後の事を考えると良いだろう。

 いっそのことゴールドの手持ちを総動員させてカイリューと戦わせた方が良いかもしれないが、まずは基本の一対一(タイマン)形式でどういう戦い方をするのかを見た方が良い。

 

「本当なら小道具に頼るバトルのやり方に慣れるべきじゃないけど、この先も戦っていくのなら、今自分に出来ること全てを使う術を身に付けるべきだ。その分、前とは違って容赦しないからね」

「…おう」

 

 前準備として互いに距離を取りながらアキラが告げると、ゴールドは少し緊張している様な声で返事をする。

 そんな彼の様子を見たアキラは少し考える素振りを見せると、腰に付けたモンスターボールの一つを見せ付けた。

 

「――俺が最初に出すポケモンはサナギラスだ。タイプはじめんといわ、体格はトランセルやコクーンの様な蛹みたいな姿をしている」

「…なんでそんなことを俺に教えるんスか?」

「挑発の意図があるのと、ゴールドが仮面の男と再戦することを想定しているからだ。容赦しないとは言ったが、相手の情報を事前に知っていた上でゴールドがどう戦うかも見たい」

 

 事前にこちらの手の内を明かすのは、ゴールドの性格から考えると舐めていると思われても仕方ないが、これも先を考えてのことだ。

 彼の手持ちの気持ちを尊重して戦わせるやり方は、”スポーツ”としてのポケモンバトルでは素晴らしいが、野良バトルでは下手をすれば足枷になる。

 生死が懸かったバトルで何の策も無く感情的に動いたら、ただの犬死に繋がりかねない。

 

 それに仮面の男との再戦を想定しているのも嘘では無い。ウリムーとかの手持ちは明らかになっていないが、それでもデリバードなど他にはどういう手持ちがいるのかわかっているのだ。

 情報は重要だ。アキラがこうして今もここに立っていられるのも、ヤナギの強さや手持ちには何が控えているかを知っていたことで対策を立てれたことが大きい。

 得られた情報をどう活かすのかは、公式戦、野良バトル問わず、とても重要なことだ。

 

 それからゴールドはアキラに伝えられたことについて考え込むが、少し間を置いて彼もモンスターボールを手に取る。

 互いに準備は万端、ならばやることはもう一つだ。

 

「バトル!!」

 

 アキラがバトル開始の掛け声を上げると、それを合図にお互いモンスターボールを投げる。

 両者が投げたモンスターボールから、中に入っていたポケモンが飛び出す。

 アキラは宣言通り、だんがんポケモンのサナギラス、そしてゴールドが出したのはかえるポケモンのニョロトノだった。

 パッと見はゴールドでもわかるくらい相性面では彼が有利と言える組み合わせだが、相手が相手なのでゴールドはすぐに動く。

 

「よしニョたろう、”みずでっぽ――」

 

 だが指示を伝えている僅かな時間で、サナギラスは背中の孔から噴射した砂を推進力に目にも留まらない速さで距離を詰め、勢いのままにニョロトノに激しくぶつかった。

 その威力に、ニョロトノの意識は体と共に一瞬で飛び、ゴールドの足元まで吹き飛ばされる。

 

「最初に戦う相手が何なのかわかった上で相性の良いポケモンを出したのは良かったけど、出てからの動きが遅い。予めボールから出たら何をするのかを、出す前に伝えておくのも手だよ」

 

 ニョロトノを突き飛ばしたサナギラスを示しながら、アキラは呆然とするゴールドに教える様に語る。

 モンスターボールから出たばかりで状況が良くわかっていないということはわかるが、実力と経験があるトレーナーとポケモンなら、事前にやる行動を決めて動くことは多い。

 特に今回みたいに相手が何を出して来るのかがある程度想定出来ている時などは、先手を打たないと不利になることはわかっているのだから、さっさと先手を打つに決まっている。

 

「ゴールド、俺をロケット団や仮面の男だと思って戦えって言ったよな。力の差が大きい相手でも真面目に正面から挑むのか?」

 

 そう問い掛けると、ゴールドは何かに気付いたのか表情を変える。

 彼は倒れているニョロトノをボールに戻すと、別のモンスターボールと一緒にビリヤードのキューを取り出して構えた。

 それを見たアキラは表情を少しだけ緩ませながら満足気に頷き、サナギラスも緊張した顔で次に意識を集中させる。

 

 どんな分野であろうと自分よりも強い存在を倒すには、知恵と工夫は欠かせない。

 ここからが彼の本領発揮だ。




アキラ、何日も缶詰状態から解放後、ゴールドのリベンジを受け入れる。

今回断られましたけどゴールドがバトルを教わる人って、レッド以外では育て屋婆さんやキワメ婆さんなどの婆さんばかりなんですよね。
29巻でも「何で何時もババアが先生なんだ」って言っていますし。

次回、ゴールドの知恵と工夫が炸裂します。

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