SPECIALな冒険記   作:冴龍

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避けられないもの

 月明かりに照らされた夜の森。

 その森の中で、アキラは茂みに体を屈めた体勢で息を潜めて隠れていた。

 五感を研ぎ澄まして周囲を警戒しながら彼が視線を向ける先には、夜の暗闇故に見えにくいが無数の蠢く人影――胸にRの文字を付けた黒服を身に付けたロケット団がいた。

 

 何時もなら見つけ次第、カイリューを筆頭とした手持ちが行動を起こしている場面ではあったが、今回は全くその様子は無いどころか逆にアキラはモンスターボールの中で主張する彼らを抑えていた。

 ロケット団達に戦いを挑むのを躊躇う程の手強い存在、或いは人質がいるから慎重になっている訳では無い。息を潜めて隠れていた彼は、まるで何かを待っているかの様にそわそわしていた。

 しばらくすると手にしていたポケギアを口元に近付けて小声で囁く。

 

「先生、連絡してからもう三十分くらい経ちそうですけど、まだなのですか?」

『もう少し待て、奴らが何かしらの行動や見過ごせないことをやるまでは手を出すな』

 

 連絡相手であるシジマは止めるが、アキラとしては手持ち達の我慢は限界が近かった。

 確かに今のところは団員達がただ集まっているだけだが、様子から見て何時連中が行動を起こしてもおかしくなかったからだ。

 

 このままでは逃げられるか、戦うにしても面倒なことになる。

 

 そんな懸念が内心で更に強くなった時、ポケモンが放ったであろう強い”フラッシュ”の光が、夜の森を昼間の様に明るく照らした。

 

「警察だ! 大人しくしろ!!」

 

 拡声器越しで聞こえる力強い声と無数の人影に、隠れていたアキラは待っていたと言わんばかりの反応を浮かべる。

 ポケギアを通じて通報していたがようやくだ。彼はこの場に警察が来るのを待っていた。

 

 この前のエンジュシティでの出来事もあって、シジマはアキラにロケット団を見付けたら戦う前に、なるべく警察や自身を含めた近くのジムリーダーに真っ先に連絡することを言い付けていた。

 幾ら強いとはいえ、それはカイリューを筆頭とした強力なポケモン達を連れているからだ。アキラ自身、まだ子どもであるのと何の権限も無い一般人なので、本来ならこういう悪党退治は警察の仕事だ。

 言い付けの意図は彼も理解出来たので、緊急性や迅速な対応が要される時や場面でも無い限りは、今回みたいに警察への通報や遠目で様子を窺うだけに留める様にしていた。

 

 しかし、警察が駆け付けたにも関わらずロケット団の団員で焦っているのは少なかった。

 そして、その理由もすぐにわかった。

 

 耳を塞ぎたくなるような”ちょうおんぱ”や”いやなおと”が周囲に響き渡り、駆け付けた警察と彼らが連れているポケモン達は怯む。

 その隙を突いて手持ちポケモンを繰り出したロケット団は、トレーナーにポケモンの技が当たるのも気にせずに様々な攻撃を仕掛け始めた。

 警察も応戦をするが、先手を取られたのや敵が容赦しないこともあって、一目でわかるくらい混乱した状況に陥り苦戦を強いられていた。

 

「先生……駆け付けた警察が返り討ちに遭っています…」

 

 アキラはあまり良くない状況であることを報告すると、悩ましいと言わんばかりにシジマの溜息がポケギアから聞こえた。

 

『……やれるか?』

「すぐにでも」

 

 これ以上、様子見をするのは無理だ。

 中で「早く出せ」と更に騒ぎ始めたカイリュー達が入ったモンスターボールを手に、アキラは隠れていた茂みから飛び出した。

 

 

 

 

 

「何て言えば良いんだろうか……凄いね」

 

 目の前の焦げた草と穴だらけの地面、連行されていく団員達のボロボロな姿を見届けながら、青い和服を着た青年は思ったことを呟く。

 急な通報で掻き集められたとはいえ、ロケット団逮捕の先陣を切った十数名の警察官達は悪い腕では無かったのだが、今回も苦戦を強いられてしまった。

 そんな危うくロケット団を取り逃してしまうところだった状況を、すぐ後ろで申し訳ないと言わんばかりの雰囲気を漂わせながら立っている少年は、自分が増援として駆け付けるまでの間にたった一人で片付けた。

 

「力を貸してくれたのにこんなことを聞くのはあれだけど、人を狙う指示は出していないよね?」

「出していないです。手持ちの戦い方が…荒っぽくてそうなっているだけです。――ハヤトさん」

 

 アキラは申し訳なさそうに何回も頭を下げながらも、警察官でもありキキョウジムのジムリーダーでもあるハヤトが尋ねる内容を否定する。

 流石に直接自分に襲い掛かって来た団員は自身の手で返り討ちにしたが、手持ちポケモンにはそんな指示は一切出していない。出せば自分以外にも迷惑が掛かるのでする訳が無い。

 ロケット団には容赦しないカイリューでも、昔ならともかく今は一応そのことは理解している。だけど”意図的”なのはダメだと理解しているので、相手ポケモンを攻撃した際に”偶然巻き込む”と言う無駄に高度なことをやっている点は否定出来なかったが。

 

「……また君に助けられたよ」

「いえ、先生の許しがあったとはいえ、警察とかの立場でも権限も無いのに警察みたいなことをして――」

「いや、謝るなら僕達の方だ。本当なら僕達警察がしっかりしないといけないのに、守るべき市民に助けられたら立場が無いよ」

 

 ジムリーダーの立場にもなったハヤトから見ても、ポケモンバトルが強いと思える警察官は何人かいる。

 しかし、全体を見渡すと警察組織そのもののポケモンバトルに対する習熟度は未熟だ。

 既に一部の市民の間では、カントー地方での出来事を例に自警団を結成してロケット団に備えるところも出ている。

 本来なら警察が対応しなければならないことなのに、それだけ治安を守る存在が頼りないと見られているのだろう。

 

「君が隠れている間に聞いてくれたロケット団の話は、さっき聞き取りをした際に教えてくれたので全部かな?」

「は、はい」

 

 警察が駆け付けるまでの間、アキラはロケット団の後を隠れて追いながら、その会話に聞き耳を立てていた。

 次の作戦場所について、組織内での動向、適当な雑談など様々な内容の話全てを彼はハヤトに伝えていた。

 

「そうか。すまないけど、シジマさんへの連絡と説明はこっちでしておくから、もう少し協力してくれないかな?」

「大丈夫です」

 

 アキラとしては警察の力になるのなら、その辺りの協力は惜しまないし、今から帰るとしても遅いから宿泊先の手配はありがたかった。

 ハヤトに付いて行きながら、アキラはリュックの中からシロガネ山でナツメに渡された”運命のスプーン”を取り出す。

 

 今回のロケット団の発見は、実はこのスプーンが示した先へ向かった結果だ。

 と言っても、タンバジムへ戻っている途中に曲がったことに気付いたので、偶然なのには変わりないが。

 エンジュシティでの戦いが終わってから、しばらくの間は元の状態に戻っていたが、最近は頻繁に”運命のスプーン”は次の戦いを教えるかの様に曲がる様になった。

 そして今、ロケット団を片付けたにも関わらず、スプーンの先端は向かうべき場所を示しているのかまた曲がっていた。

 

「……えぇ」

 

 ”運命のスプーン”が示しているであろう方角にアキラは顔を向けるが、示された方向に何があるのかに気付いたのか、心底嫌そうな表情を浮かべる。

 ナツメの話を信じれば、”運命のスプーン”は自分が望んでいることや行かなければならない先を示してくれる。

 つまり、今自分が抱いている気持ちから考えると、今回の場合は後者の”行かなければならない”に分けられるものだろう。気持ち的に気は進まないが。

 

「アキラ君どうした? スプーンなんて持って、お腹でも空いたのか?」

「いえ! 持っていた野宿用のスプーンが曲がってしまっただけです」

 

 ハヤトの疑問を誤魔化しながら、アキラは”運命のスプーン”が示した先やもし行かなかったらどうなるかの可能性を考える。

 ナツメの”運命のスプーン”の的中率は、正直に言えばほぼ100%だ。

 そして今までのことを考えると、もしスプーンが示した先に自分が向かわなかったら、自分にとって良くない方に事が進んでしまう可能性が高い。

 自分の懸念が杞憂で、たまたまその方角を示しているだけの可能性も考えられなくも無い。だが、このタイミングにあの方角が示されているのなら、本当に何かあるのだろうという確信があった。

 

 それにシルバーを追い掛けているゴールドのこともある。

 実はアキラは、ポケモン塾での出来事の後にオーキド博士にゴールド達に会ったことなどについて伝えたが、その際博士に意外なことを頼まれていた。

 

 出来る事なら彼らを連れ戻して欲しい。と

 

 シルバーに関しても、本当にポケモン図鑑や研究していたポケモンを盗んだ犯人かはわからないが、今はそのことに関しての疑いや罪は一切問わないから出来れば一緒に連れて来て欲しいとも言っていた。

 理由はジョウト地方各地でロケット団の被害が広がっていることやシルバーが何かしらの情報を掴んでいる可能性が高いことから、オーキド博士やポケモン協会側がこの事態を何とかしたい事情があった。

 他にもポケモン転送システムもずっと不調というトラブルも相俟って、ロケット団関係の問題を早期に片付けたいらしい。

 シルバーを連れ戻す大義名分を得られたことは、アキラにとっては有り難かったが、ゴールドに関してはどうしようか迷っていた。

 好きにやって来い、と言ったのに連れ戻すのは何だか気が引けるのだ。

 

「……行くか」

 

 悩みに悩んで、アキラは決意をした。

 正直に言えば行くどころか近付きたくもなかったが、ゴールドの性格やレッドを含めた過去の図鑑所有者の事例を考えれば、向かっている可能性は高い。

 もし関わっているとしたら、連れ戻すには今この機会に行くしかないだろう。

 ”運命のスプーン”が示している先、その方角にある次に何かが起こりそうな場所にして敵の本拠地と言える町、チョウジタウンへだ。

 

 

 

 

 

 その日、アキラは普段外に出る際に被っている帽子を外すだけでなく、度が入っていない伊達眼鏡などの変装をして地図を見ながら歩く観光客を装ってチョウジタウン内を歩いていた。

 町の至る所には土産屋があったものの、田舎町らしく静かで人はそこまで多く無かった。

 

 ロケット団に占拠されたヤマブキシティと同じ訳では無いが、それでもチョウジタウンは様々な理由から敵のお膝元と言っても良い場所だ。

 なので途中からはカイリューの飛行では無くて久し振りに自転車に切り替えて警戒しながらやって来たが、町全体は人気が少ないだけであまり怪しい空気は感じられなかった。

 ただ、流石に町外れにある土産屋を見掛けた際は、あまりにも怪しい雰囲気がするのを直感的に察知してさり気なく回れ右をして離れたが。

 

 多分、あの怪しい雰囲気がする土産屋が、()()()()で記憶に残っているロケット団が関わっている拠点の一つなのだろう。

 しかし、怪しいと言ってもアキラの感覚的なものが感じ取っただけで明確な証拠は手元にない。なので警察に頼るのは今のところ難しい。

 仮に警察が動いてくれたとしても、前みたいに返り討ちにされる可能性も否定出来ないのが頭が痛くもあったが。

 

 何より、この町でロケット団絡みでの戦いを起こすのは、幾ら何でも目立ち過ぎる。

 救いがあるとすれば、怪しい土産屋は町から離れた場所に構えていること。

 そして、ヤナギがジムリーダーを務めているチョウジジムは、町中では無くて離れた山奥に存在していることだが、”運命のスプーン”が示したとはいえなるべく戦いは避けたい。

 

「ゴールドは、いない…かな?」

 

 危険を冒してまでわざわざやって来た目的の一つを彼は思い出す。

 少し余裕も出て来たので、途中で買った”いかりまんじゅう”を食べながら、気分転換ついでに憶えている限りでこの先に起こる出来事やゴールド達の動向を思い出していく。

 

 数日前にアキラはクリスに会ったが、今頃オーキド博士から託されたポケモン図鑑のデータ収集に勤しんでいるだろう。

 彼女はポケモン図鑑のデータ収集の為に各地を回るのは憶えているが、その間のゴールドとシルバーの動向に関しては曖昧だった。

 三人はアキラが修行しているタンバシティのすぐ近くのうずまき島で一堂に会するが、そこに至るまでの経緯も彼は良く憶えていなかった。

 

 クリス、現在ポケモン図鑑のデータ収集中。ゴールドとシルバーとはうずまき島周辺で初対面。

 ゴールド、現在はシルバーを追い掛け中、クリスとはうずまき島周辺で初対面。

 シルバー、現在の行方は不明、ゴールド同様にクリスとはうずまき島周辺で初対面。

 

「……何でゴールドとシルバーは揃ってうずまき島でクリスと会うんだっけ?」

 

 意外と重大そうなことを見落としていたことにアキラは気付き、すぐに思い出そうとするが中々思い出せなかった。

 元々原作全てを把握している訳では無いが、一年前の四天王との戦いでは、敵に関する情報やどういう流れで四天王と戦うのか全く知らなかったのでかなり困った憶えがある。

 幸い最悪の事態に発展することは無かったが、この世界で悪事を働く連中は一歩間違えれば冗談抜きで死んでもおかしくないことを平気で仕掛けて来る。

 特にロケット団など、さも当然の様にトレーナーを狙う様にポケモンに指示を出しているのだから、ちょっとした見落としや油断は命取りだ。

 

 エンジュシティからゴールドが走っていた方角は、うずまき島がある方向とは真逆。どちらかと言うと今アキラがいるチョウジタウン寄りの方角だった。

 ポケモン図鑑を持つ者は、その地方で何かしらの事件や出来事が起きていたら、向かう先々で何かしらの戦いに身を投じる。

 そしてチョウジタウンは敵の本拠地があると言える町にして”運命のスプーン”が向かうことを示した方角にある場所。

 ゴールドかシルバーの姿はどこにも見られないが、やはり何かあるだろう。

 

「ん?」

 

 これは本腰を入れてゴールド達を探した方が良さそうだと思い始めた時、人気が少ない町が妙に騒がしくなったことに気付く。

 騒ぎの元に意識を向けると何かから逃げるかの様に走る人達がいたのだ。

 事件の予感を感じ取り、すぐにアキラは慌てている人達の一人へ駆け寄った。

 

「何かあったのですか?」

「え? 君ってもしかして観光客?」

「はい。町を一通り見て回ったので、次は”いかりのみずうみ”にでも――」

「今はそこに行かない方が良い! 突然ギャラドスが大量発生したんだ! 危険過ぎる!」

 

 遮る様に次の行き先で起こっている異常事態を告げられ、アキラはチョウジタウンから外れた場所にある湖である”いかりのみずうみ”で何か起きていることを悟った。

 ”いかりのみずうみ”で一体何が起こるのかは、彼はある程度知っている。確かロケット団がポケモンを強制的に進化させる電波を流して、戦力を増やす実験を行っているという出来事。

 その時期は一体何時なのかさっぱりではあったが、どうやらロケット団は今その実験を行っているらしい。

 

「……クソ、やっぱりダメか」

 

 師であるシジマの言い付け通り、警察へ連絡するべくポケギアを取り出したが、怪電波が今も流されている影響なのか電波障害が起きていてどこにも繋がらず不調だった。

 ギャラドスは一度暴れ出せば、一匹でも町に壊滅的な被害を齎した記録もあるポケモンだ。それが大量に出現したのだ。原因がわかっているのなら、すぐに事態を収拾する必要がある。

 

「――あの土産屋に乗り込んで”はかいこうせん”をしなきゃいけないのか」

 

 町外れにある土産屋が露骨に怪しいと見ているが、アキラとしては人に向けて「カイリュー、”はかいこうせん”」をやるつもりは無い。

 だけど別に”はかいこうせん”でなかろうとその気が無いとしても、乗り込んだ時点で何の技を選ぼうとやることは傍から見たら変わらないだろう。

 カイリューを始めとした手持ち達も時間が惜しいのか、モンスターボールを揺らして戦う事をアピールしている。

 

 本当なら警察に通報したり頼りにするべきなのだが、連絡は一切通じない状況だ。それに以前の出来事を考えると、集まるのに時間が掛かる上に返り討ちに遭う可能性がどうしても拭えない。

 だけど、怪しいと感じた土産屋がロケット団の施設の隠れ蓑である保証は無い。なので一人で乗り込んで電波を発している施設を破壊しに行くよりも、大量発生したギャラドス達を鎮圧してからの方が、戦っている間に事態に気付いた警察は集まるだろう。その時に接触すれば、その後の捜査は上手くやれるかもしれない。

 どちらを優先するべきか悩み始めた時、唐突に彼は足を止めた。

 

「……ゴールドが危ないかもしれない」

 

 走って行った先の方角がチョウジタウン方面である筈なのに、どこにも見掛けないゴールド。ポケモン図鑑を持つ者は何かしらの事件に巻き込まれると言う謎のジンクス。そして”いかりのみずうみ”でのギャラドス大量発生。

 これらの要因から導き出される可能性、そして懸念が頭を過ぎり、アキラは”いかりのみずうみ”がある方角を睨むのだった。

 

 

 

 

 

「クソ! こいつらに構ってる暇はねぇのに!!」

 

 アキラが危惧していたその頃、森の中でゴールドは背後から追い掛けて来る二匹のポケモン――デルビルとアリアドスから逃げていた。

 一見すると野生のポケモンに追い掛け回されている様に見えるが、どちらもゴールドにとっては憶えのあるポケモンだ。

 

 二匹とも、以前ゴールドが迷い込んだウバメの森に現れた仮面の男が連れていたポケモンだ。

 シルバーを追い掛けて”いかりのみずうみ”にやって来たが、突然のギャラドスの大量発生に巻き込まれ、何とか事態を収拾したと思ったら今度はウバメの森以来の仮面の男が現れて、彼はシルバーと共に戦うことになった。

 ウバメの森で戦った経験から、ロケット団よりもヤバイ奴というのが彼の認識だったが、その認識は間違いでは無かったどころの話では無かったこともさっき発覚した。

 

 仮面の男の正体はジムリーダー

 

 いざ戦おうとした時、突然連絡してきたウツギ博士から伝えられた内容はそれだった。

 ジムリーダーと聞けば、ゴールドでも顔は知らなくても実力者の代名詞であること、その実力がとんでもないことや軽い気持ちで戦ってはいけないことはわかる。

 しかも正体を隠して悪事を働いているジムリーダーは、どうやらシルバーとは過去に何らかの因縁があることも判明した。

 珍しくシルバーは何時もの冷静さを失うだけでなく、自力で如何にかしようと挑発した仮面の男を引き付けてどこかに飛び去ってしまった。

 お陰でゴールドは残った仮面の男の手持ちポケモンを纏めて相手にする面倒事を全部押し付けられて、今みたいに逃げる様に森の中を走っていた。

 

「そろそろ仕掛けるか、エーたろう」

 

 ゴールドの問い掛けにエイパムは頷く。

 一応はこちらの攻撃が通じるが、今の手持ちの力では正面から倒すのは骨が折れる。

 だけど、ゴールドにはこの状況を乗り越える策があった。

 

「いけエーたろう!」

 

 ゴールドが合図を出すと、エイパムは反転して追い掛けて来るデルビルとアリアドスへ突撃する。

 他の手持ちの加勢も無い無謀な突撃に見えるが、彼らにはちゃんと考えがあった。

 噛み付こうとするデルビルを躱し、アリアドスの周囲を素早く駆け回りながら挑発する仕草を見せる。エイパムの行動にアリアドスは怒り、動きが緩んだ瞬間を狙って鋭い牙を剥いて跳び掛かる。

 

 だが、それこそエイパムとゴールドの狙いだった。

 

「”かげぶんしん”!!」

 

 ギリギリのタイミングで、エイパムは”かげぶんしん”による分身を生み出すと同時にアリアドスの目の前から消える。

 その直後、アリアドスはデルビルと正面から激しく激突する。

 これが彼らの狙い。自分達の力で倒すのが難しいなら、自分達よりも強い敵の力を利用することだ。

 

「止めだ!!」

 

 狙い通りに無防備な姿を晒したのを見計らって、ゴールドはマグマラシとニョロトノを出す。

 炎と水、それぞれが苦手とするタイプの技で追い打ちを仕掛けることで、無防備を晒していた二匹はまともに攻撃を受けてそのまま力尽きた。

 

「よっしゃやったぜ!」

 

 正体がジムリーダーとされるあの仮面の男に一泡吹かせられたであろう結果にゴールド達は満足する。

 だが、手持ちを倒すことは出来たが、まだ肝心の仮面の男自身は倒していない。

 今奴はシルバーが引き寄せている。どこにいるかは知らないが、シルバーの実力を知っているゴールドはそう簡単にやられないとは考えていたが胸騒ぎを感じていた。

 

 急いで彼を探すべく、ゴールドは森の中から飛び出したが、自身の目の前に広がっている光景に驚愕を露わにする。

 目の前にある湖――”いかりのみずうみ”が、見渡す限り全て凍り付いていたのだ。

 しかもただ湖の一面が凍っているだけでは無い。先程まで大量発生していたギャラドス達が、分厚い氷に包まれてまるで氷柱の様にその動きを止めていた。

 

「な、なんだ!? シルバーは!? 仮面の男はどうなったんだ!?」

 

 ゴールドは食い入るように見るが、凍っている湖とギャラドスの集団の中で力無く倒れているシルバーとその手持ち達を見付けてしまう。

 どうやら彼らだけは氷漬けにはされなかったようではあったが、彼らが倒れている事実はゴールドには衝撃的だった。

 

 早く助けに向かわなければ

 

 凍り付いた湖の氷が安定しているのかや仮面の男がまだ健在などの考えは無く、ただシルバーの安否が気になったゴールドは手持ち達と共に駆け寄ろうと動く。

 だが、凍った湖の上を駆け出した直後、上空から大きな氷の塊が倒れているシルバー達目掛けて真っ直ぐ落ちて行くのが見えた。

 追い打ちどころか止めを刺す気なのだという懸念が彼の脳裏に過ぎり、ゴールドは少しでも間に合わせようと走りながら懸命に倒れているシルバーへ手を伸ばす。

 

 その時だった。

 黄色い残像としか認識出来ない何かが、目にも留まらない速さでゴールドの横を駆け抜けた。

 彼がそれに気付いた直後、倒れているシルバーとその手持ち達目掛けて落下していた氷塊が爆発した様な轟音と共に砕け散った。

 

「!?」

 

 誰かがシルバーを守ってくれたことはすぐに理解出来たが、その姿にゴールドは驚く。

 黄色い体に雷の様な黒い模様を浮かべたポケモン――エレブーが煙を上げる拳を振り上げて立っていたからだ。

 だが状況を理解する間もなく、今度は無数の先の尖った氷の粒が上空から降り注いできた。

 それらに気付いたエレブーは、倒れているシルバーと彼の手持ち達を守るかの様に光り輝く球状の壁と分厚い板の様な半透明な壁を瞬く間に築き上げて防ぐ。

 ゴールドの方にも氷の粒は降り注いだが、素早く飛び込んできた蛹の様なポケモン――サナギラスがエレブーと同じ光り輝く球状の壁を展開して彼らを守った。

 

「これは…」

 

 一連の流れを、湖の上空でデリバードと共に浮遊していた仮面の男は見ていたが、まるで彼らを守る様に現れた二匹のポケモンを見て、ある可能性が脳裏を過ぎった。

 その時、遥か彼方から無数の星型の光弾が仮面の男とデリバード目掛けて飛来した。

 突如として襲って来た攻撃をデリバードは仮面の男と共に躱していくが、影のエネルギーが込められた球体や泥の塊、飛ばされて来た小石などの他の攻撃も続けて時間差で襲って来る。

 

「しつこい!」

 

 苛立ちを露わにするが、それでも目で追うのが困難な速さで飛んでくるそれらの攻撃を僅かな隙間を掻い潜る様に避けていく。

 一つの攻撃も掠りもせずに全てを避け切るが、息をつく間も無く仮面の男とデリバードの背後に何者かが何時の間にか回り込んでいた。

 反射的に彼らは距離を取るが、背後に回り込んだ存在は手にした得物をブーメランの様に投擲する。

 辛うじてデリバードは弾くが、衝撃と反動でバランスを崩し、彼らは凍った”いかりのみずうみ”に危なげなく着地する。

 

「ふん。”テレポート”を敵の背後を取るのに応用したか」

 

 少し離れた地点に着地したひふきポケモンのブーバーの姿に目を向けながら、仮面の男は突然現れたポケモン達の動きを分析する。

 本来なら”テレポート”は、戦闘状態から脱したり逃走することでしか上手く効力を発揮することは出来ない。

 そんな性質の技を、本来の用途とは真逆の戦いが起きている場所へ向かう為に利用する術を身に付けているということは、それなりの力を持ったポケモンであることを示唆している。

 そして、”テレポート”が使えるのと”ふといホネ”を所持しているブーバーなど、思い当たるのは一つしかいない。

 

 一方、ゴールドは突然現れたポケモン達と仮面の男との攻防に言葉を失っていた。

 一連の流れは時間にして十数秒程ではあったが、ゴールド達にとってはあまりにも濃密なだけでなく速過ぎて、気付いたら終わっていたとしか思えなかったのだ。

 

「リュット、ブルット、ゴールド達を湖の畔、陸地にまで連れて行ってくれ」

 

 唖然としている間に覚えのある声が耳に入ったが、その直後にゴールドと一緒にいた手持ちポケモンは背後に現れたカイリューとミルタンクに持ち上げられ、意思に反して倒れているシルバーから離れて行く。

 その代わり、彼と入れ替わる様に見覚えのある一人の少年が倒れているシルバーの元へ駆け寄った。

 彼はシルバーの傍に倒れていたニューラを素早くモンスターボールに戻すと、彼を持ち上げたエレブーと共にすぐに引き返して、ゴールドが運ばれた湖の畔まで戻った。

 

「アキ…ラ…」

「ゴールド、シルバーを連れてすぐにここから離れろ」

 

 力が抜けてずっしりと重いシルバーを押し付けながら、アキラはゴールドに告げる。

 しかし、彼が伝えた言葉が意味することを理解したゴールドは、呆然とした顔から一転して感情的になる。

 

「俺に…背を向けて逃げろってことッスか」

「如何にもならないことから逃げることは恥じゃない。とにかく下がれ」

「俺はあいつの手持ちを倒せた! だから――」

「俺達が来てから棒立ちだったお前に出来ることは、シルバーを連れて出来る限りここから離れること。それだけだ」

 

 鋭い目でそれ以上の口答えは許さないとばかりに告げるアキラにゴールドは思わず怯むが、堪える様に口を噛み締めると意識が無いシルバーを背負って、凍った湖に背を向けて走り始めた。

 旅立ってからは道中で遭遇したロケット団を負かしたり、以前は手も足も出なかった仮面の男の手持ちを倒すなどの結果を出せてきた。

 

 強くなったつもりだった。

 

 実際、”つもり”では無く、育て屋老夫婦の元でトレーナーとして特訓を重ねたことで本当の意味で強くなれた。

 だけど、あの僅かな時間の間に繰り広げられた攻防に、ゴールドと手持ちは全く付いていくことは出来なかった。

 悔しいが彼の言う通り、まだ自分は仮面の男を相手に正面から戦えるだけの実力では無い。

 あのまま逆らえば、問答無用で手荒な方法でここから引き離されることが容易に想像出来たこともあるが、何より自分が居たとしても何の力になれないことをゴールドは嫌でも察してしまった。

 

 無意識に後ろを振り返るが、既にアキラはこちらには目もくれず、他の手持ちポケモン達と共に目の前に降り立った仮面の男を見据えていた。

 そして仮面の男の方も、さっきまであれだけ自分達を始末しようとしていたのに今眼中にあるのはアキラだけなのか、逃げて行く自分達は全く気にも留めていなかった。

 

「クソッ……」

 

 自分はまだ彼らが立つ土俵にすら立てない悔しさを胸に抱きながら、ゴールドは背負っているシルバーと共に”いかりのみずうみ”から去って行った。

 

「……追わないのか?」

 

 少しずつゴールドが離れて行くのを感覚的に感じ取りながら、アキラは凍り付いた”いかりのみずうみ”に立っている仮面の男に問い掛ける。

 

「出来損ないとあの程度の小僧の始末など何時でも出来る。そもそも奴らの邪魔など唐突にやって来る災害みたいな貴様と比べれば些細なものだ」

「…そう」

 

 仮面の男直々に災害級の脅威扱いにされたが、アキラは動じることなく気持ちを静めるかの様に息を整える。

 吐息が白くなる程に空気が徐々に冷えていくのを感じていたが、それに耐えながら彼は両目に映る動きの一つ一つを見逃さない様に集中していく。

 

「今までよくも我が計画を散々邪魔してくれたな。今ここで貴様を始末してくれる」

「――やれるものならな」

 

 静かではあったが良く通るアキラの一言を合図に、彼が連れている九匹の手持ち達は仮面の男との戦いに備えて各々構える。

 そして薄らと黄緑色の”げきりん”を引き出す前のオーラを体から放ちながら、カイリューは冷えた空気を物ともせず、目の前に立つ仮面の男とデリバードに対して、白い吐息と共に空気を震わせる程の大きな声で吠えて威圧するのだった。




アキラ、遂に仮面の男と対峙する。

次回、最強の存在に挑みます。

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