SPECIALな冒険記   作:冴龍

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三人目

 ポケモン図鑑。

 ポケモン研究の権威であるオーキド博士が開発したハイテク装置にして、その名の通り、出会ったポケモンについてのあらゆる情報を記録していくものだ。

 対象ポケモンが伝説であろうとその生態などの情報を瞬時に記録、レベルや能力などのポケモンバトルにも役立つ情報の数値化、表にならないが所持してからの冒険の足跡なども集積していくという優れ物。

 そして、どういう訳かポケモン図鑑を手にした者は、必ずと言っても良いくらいその地方で起こる巨大な悪事に巻き込まれて、それを阻止する為の戦いに身を投じるという謎のジンクスも付き纏う代物でもある。

 

 しかし本来の目的はポケモンに関する生態を始めとした研究に必要なデータ収集であり、決してポケモンバトルを有利に進める為の道具でも、一度手にしたら巨悪と戦うことを定められる呪いの装備でも無い。

 そのポケモン図鑑の開発者であるオーキド博士は、現在ジョウト地方にある森の中で疲れた様に座り込んでいた。

 

 彼は先程まで道中で遭遇した野生のポケモンを捕まえようとしていたが、思う様に上手くいかず、そのまま逃げられていた。

 グリーンやブルー、途中まではレッドも熱心に主力にする以外にもポケモンを捕獲してくれたお陰で、当時カントー地方に生息するポケモン達のデータは収集出来た。

 ところが今滞在しているジョウト地方では、一向にデータ収集が進んでいなかった。

 

 何故なら新しく開発したポケモン図鑑の一つは盗まれ、もう一つは認めたとはいえ本来の目的通りに使われている可能性が低いからだ。

 その為、開発者であるオーキド博士は自らの手で残った新型ポケモン図鑑をデータ一杯にしようとしていたのだが――

 

「はぁ、年には勝てんのぅ…」

 

 昔はポケモンリーグで優勝する程の凄腕トレーナーとして名を轟かせ、三年前は予選を楽々と通過したブルーも負かしたことがある博士だが、最近は急激に体が衰えてしまったのかイマイチ冴えていなかった。

 このままでは何年経っても、ジョウト地方で確認された新種ポケモンを始めとしたポケモン達のデータが集められない。

 どうしたら良いのかと思った時、見上げた空の彼方から、こちらに向かって飛んで来るある姿が見えた。

 

 それは瞬きをしている間に距離を詰めると、土を巻き上げながら地響きを轟かせてオーキド博士のすぐ近くに着地する。

 衝撃で博士の体は軽く吹き飛びながら引っくり返るが、着地をしたドラゴンポケモンのカイリューは翼で土埃を払いながらその姿を現す。

 

「ゲホッ、ゴホ……随分と荒っぽい着地じゃの」

 

 舞い上がった土埃で咳き込みながらオーキド博士は立ち上がるが、カイリューの背中から飛行用のゴーグルとヘルメットを身に付けたアキラが顔を出す。

 

「こらリュット、もう少し落ち着いて着地してよ。勢いで飛ばされない様にしがみ付いて耐えるこっちも大変なんだから」

 

 カイリューに安全飛行を含めて注意をするが、当のドラゴンポケモンは「知るか」と言わんばかりの反応だった。

 前にゴールドやシルバーを”泳がせる”ことを伝えてからずっとこの調子だが、アキラはそれ以上は言わずに溜息を吐きながらもその背から飛び降りるのだった。

 

 

 

 

 

「ヒラタ博士からオーキド博士が俺を呼んでいると聞いてやって来ましたが、そういうことなのですね」

「そうじゃ」

 

 森の中にあった倒木に向かい合う様に座りながら、アキラはこの世界でお世話になっている居候先の博士を経由してオーキド博士が自分を呼んだ事情を把握する。

 

 理由は単純だ。

 誰かオーキド博士の代わりにジョウト図鑑にポケモンのデータを集めてくれる人材に心当たりは無いか?である。

 

「もう藁にも縋りたいくらいじゃ。それこそアキラ君が良ければ君に頼みたいくらいに」

「困っているのはわかりますが、俺に任せたら一生終わらないですよ。それに手持ちに加える気が無いポケモンを探し続けるよりも別の事に時間を割きたいです」

「はは…そうじゃの」

 

 アキラが持つ気が無いことはオーキド博士もわかっている。

 本人の興味が薄いことに加えて、荒っぽい出来事ばかり経験してきた影響で彼の手持ちは、レッド以上に相手を倒すことに特化している。

 それだからなのか、手持ちも相手が何であろうと手加減をあまりしてくれないこともあって、アキラはまともな形でポケモンを捕獲した回数は非常に少ない。

 他にも手持ちポケモンとの関係も普通のトレーナーとは変わっているなど、そもそもあらゆる面でポケモン図鑑のデータ集めをするのに向いていない人材だ。

 

 一方のアキラは、シジマの言い付けでクチバシティで休養を取っていたが、急な連絡に何事かと思って急いで飛んで来たが、思っていたよりもオーキド博士の悩みは大きそうであった。

 カントー地方のポケモンのデータはレッド達のお陰で収集出来たが、ジョウト地方では図鑑を持っている二名は全く興味が無いのだから、深刻と言えば深刻だ。

 

 確かに向いていないとしても、実力を把握しているトレーナーに藁に縋りたくなる気持ちで任せたくなる。

 それでもアキラは貰う気は微塵も無いが、オーキド博士の様子を見ると何かしらの形で力にはなりたくなった。博士がどういう形で会うのかは微妙に憶えていないが、少しくらい早めても問題無いだろう。

 

「――ハッキリと確認はしていませんけど、ポケモン捕獲の専門家と言えるオーキド博士が求めているのにピッタリと思える人を俺は知っています」

「何!? 本当か!?」

 

 これ以上無く相応しいであろう人材に関する情報提供にオーキド博士は驚きの声を上げる。

 

「ただ、そういう人がいるという話を聞いた程度しか知らないですよ」

「それでも構わん! その人はどういう人物なのじゃ!? どこにおる!?」

 

 あまりの食い付きと迫りっぷりにアキラは思わず腰が引ける。

 それだけデータ収集が進まなかったのは、深刻だったと言うことだろう。

 

「クリスタルって、名前の人です」

「ほう、その人が捕獲の専門家なのじゃな。どこにおる?」

「キキョウシテイにいると聞いていますけど、どういう人物かは具体的には知らないです」

「むむ、ならすぐにでもキキョウシティに向かってそのクリスタルという人物を探すか」

「あの…何回も言っていますが、本当にいるのかわからないですよ」

「構わん! このポケモン図鑑にデータを集めるのに適している人がいるのなら、例え火の中水の中森の中でも向かうわ!! そうと決まれば一旦研究所に戻って支度じゃ!!!」

 

 気力を取り戻したオーキド博士は、それから勢いのままに立ち上がると老体であるにも関わらず砂埃を巻き上げる程の勢いで走り去って行く。

 アキラとしては知っているには知っているが、実際に”クリスタル”がキキョウシティにいることは確認していない。

 

「――念の為、今キキョウシティに彼女が本当にいるのか見て来るか」

 

 自分が関わったことで、意図せず何かしらの影響で知らず知らずの内に変化している可能性も無くは無い。下手をしたら、キキョウシティにはいるが運悪くすれ違ってしまう可能性もある。

 自分が教えたのだから、それだけは予め阻止しなくてはならないと思いながら、アキラは立ち上がった。

 

 

 

 

 

「ボロい…ていうか大丈夫なのかあの建物」

 

 上空からカイリューの背に乗ったアキラは、双眼鏡から見える先にある建物に対して正直な感想を漏らす。

 それはパッと見は時計塔も備えた小さな学校の様な建物だが、全体的に斜めに傾いており、今にも崩れそうだった。

 安全面で色々気になることだらけだが、今回アキラの目的は別にある。

 

 改めて双眼鏡から建物周辺を観察すると、穴だらけでボロボロの塀に囲まれた校庭の様な遊具がある敷地内で、幼い子供や多種多様なポケモン達が遊んだりして各々過ごしているのが見える。

 その中でエプロンを身に付けた他の子達よりも一回り年上と思われる少女を見付ける。

 

 彼女こそ、三人目のジョウト地方のポケモン図鑑を手にする捕獲の専門家である少女――クリスタルだ。

 その過去と経歴故に後ろめたい事や非合法な手段でも躊躇しないシルバー、軽い性格と振る舞い故にトラブルメーカー気質であるゴールドなどの問題だらけの二人に対して、彼女は真逆の品行方正で超が付く程に真面目な少女だ。

 当然、ただ真面目なだけでなく二人と同じくらい芯の強さを持っており、その点も後に出会う彼らにも認められている。

 

 前に会ったゴールド達同様に、アキラは彼女がどういう人間かはある程度知っているが、本当に十代前半の少女かと思いたくなるレベルで彼女は人として出来ているのが彼の中での印象だ。

 あの建物含めて何もかもボロボロであるポケモン塾を、今みたいにボランティアとして手伝うだけでなく、後にオーキド博士からデータ収集の依頼を引き受けた際の報酬として立派な建物に立て直すのだから、彼女がどれだけあの塾とそこで暮らしている子ども達を大切に想っているのかが伺える。

 

「リュット、少し離れた場所に静かに着地をお願い。――静かにだよ」

 

 彼女がいることを確認して、アキラはカイリューに念を押して伝える。

 普段からやっている大きな揺れと土埃を起こしながらの着地は勿論、上空を高速で通り過ぎた際に起こる強風や衝撃波を受けただけでも建物は崩れそうなのだ。

 ある意味では、”焼けた塔”以上に慎重にしなければならない。

 

 流石のカイリューも小さな子ども達がいる建物を崩す恐れがあることは避けたいのか、変に反抗はせずに彼の言う通りポケモン塾から少し離れた場所に可能な限りゆっくり静かに着地する。

 続けてアキラは背中から降りると、カイリューをモンスターボールに戻してポケモン塾を目指して歩き始める。

 

 目的は当然。クリスタル――通称”クリス”との接触とオーキド博士が彼女の力を必要としていることを伝える事だ。

 オーキド博士はキキョウシティ中を探し回る気満々であったが、今の内にクリスにオーキド博士がその力を必要としていることを話せば、後はこっちが博士と連絡を取って引き合わせるだけだ。

 そう考えながらボロ過ぎて門の形を成していないポケモン塾の門をくぐろうとした時、唐突にアキラは足を止めた。

 

「…何をやっているんだあいつ?」

 

 彼が視線を向けた先に、隙間だらけのボロボロの塀から塾の敷地内を覗いている小さな人影があった。

 一瞬だけ不審者の可能性が浮かんだが、見えている人影はかなり背が小さくてどうやら子どもっぽかった。

 ポケモン塾の子なら別に放って置いても良かったのだが、遠目でもわかる長い金色の髪と極端に小さな姿がアキラの中で引っ掛かっていた。

 

 自分はあの子を知っている。

 だけど、一体誰なのか思い出せなかった。

 

「顔を見れば思い出せるかな?」

 

 このまま考えても埒が明かないと判断して、アキラは塀の隙間から中を覗き見している子どもに近付く。

 一方、子どもの方は彼が静かに近付いていることもあったが、意識を塾の敷地内へと向けているからなのか、すぐ背後まで近付いたのにアキラには気付いていなかった。

 そんな様子を見て、彼は思い切った行動に出た。

 

「君何してるの?」

「!?」

 

 全く意識していなかった背後から急に声を掛けられたことに驚いたのか、覗いていた金髪の子どもは慌てて振り返ろうとする。

 が、その時塀に体重を掛けてしまい、ただでさえボロボロだった塀は、そのまま金髪の子どもと一緒に倒れる様に崩れてしまった。

 

 その光景に、アキラは声を掛けた当初の目的を忘れて唖然とする。

 塀がボロボロなのは知っていたが、まさかこうもアッサリ壊れるとは思わなかったのだ。

 しかも塀が壊れた音に気付いたクリスを始めとした塾の子供達が、こちらに視線を向けたこともあって状況的にかなり気まずかった。

 

 これでは自分の方が不審者では無いか。

 

 話せばわかって貰えると思うが、どうやって弁解しようかと慌てて頭をフル回転させ始めたその時だった。

 アキラがいるのと別の方角にあった塀が突如として音を立てて崩れ、悲鳴が上がった。

 

 すぐにそちらに目を向けると、無数の赤い流体の様な姿をしたポケモン――ようがんポケモンのマグマッグがポケモン塾の敷地内に我が物顔で入り込んでいた。

 当然、敷地内にいた子ども達は突然の野生ポケモンの侵入にパニックになって各々逃げ出し始める。

 そんな中、アキラは逃げ遅れてマグマッグ達に取り囲まれそうになっている子どもがいることに気付くと、すぐに意識を切り替えてモンスターボールを両手に動いた。

 

「ギラット! バルット! 奴らを蹴散らせ!」

 

 投げたボールから飛び出したサナギラスとカポエラーの二体は、飛び出した勢いのままに三匹のマグマッグをまとめて”たいあたり”で吹き飛ばす。

 その間にクリスは逃げ遅れた子どもの元へ駆け寄り、急いでその場から離れる。

 ”たいあたり”を受けたマグマッグ達は、すぐに起き上がるとそれぞれ口から”ひのこ”を飛ばし、対峙していた二匹は飛んで来た無数の火の玉を軽々と避ける。

 しかし、何時もならその判断で良かったのだが、今回ばかりは良くなかった。

 避けた”ひのこ”が飛んだ先には、塾の子ども達と彼らの避難誘導をしているクリスがいたからだ。

 

「しま――」

「危ない!!」

 

 彼女達へ飛来する無数の”ひのこ”を何とかするべくアキラが動こうとした時、塾を覗いていた子どもの方が彼よりも先に動いた。

 予想外過ぎる事態にアキラは一瞬混乱するが、鋭敏化した目で良く観察しなくてもクリス達の元へ駆け出したその子の行動は、考えるよりも先に体が動いた衝動的なものにしか見えなかった。

 

「無策で飛び込むな!!」

 

 声を荒げながらアキラは、自身の手持ちの守りの要と切り札を繰り出す。

 カイリューとエレブーは、ボールから飛び出すと電光石火の速さと瞬発力でクリスの元へ走る子どもを追い越してクリス達の前に立つと、カイリューは巨体を壁の様に活かし、エレブーは両腕を振るって次々と飛んでくる火球を片っ端から防いでいく。

 クリス自身戦えない訳ではないが、今彼女は塾の子ども達の避難に手一杯だ。避難が終わるまでは、彼らには流れ弾も含めた攻撃を防いで彼女や子ども達の安全を確保して貰う。

 その間にアキラは、飛び出した金髪の子どもへ駆け寄ると自分の背に隠す様に立ち回る。

 

「下手に動かずに俺の後ろにいろ。ギラット”いやなおと”! バルットは”こうそくスピン”!!」

 

 釘を刺すと、矢継ぎ早に手持ちに次の動きを伝える。

 サナギラスが耳を塞ぎたくなる不快音を放ってマグマッグ達の動きを鈍らせ、その隙を突く形で頭部の突起を軸にカポエラーが高速回転してマグマッグ達を蹴散らしていく。

 本当なら大技で一気に仕留めたいところだが、そんなのを使ったら衝撃でただでさえ傾いている建物が崩れてしまう恐れがある。

 なので威力は低いが、アキラは時間を掛けて規模の小さな技で倒していくつもりだった。

 

「おーい! アキラ君!!」

「え? オーキド博士?」

 

 如何に周りに影響を出さずに手早くマグマッグ達を倒すか考えていた時、遠くからオーキド博士が息を切らせて駆け付けたのにアキラは気付く。

 

「何で博士がここに? もう探しにキキョウシティに来たのですか?」

「いや確かにキキョウシティに来る予定じゃったが……それよりも、あのマグマッグ達はさっき儂が捕獲し損ねたポケモンじゃ!」

「そうですか。ならさっさと片付けるに限りますね」

「いや待つんじゃアキラ君」

 

 マグマッグ達を圧倒して今にも倒しそうなサナギラスとカポエラーに止めを刺すことを伝えようとした時、オーキド博士はストップを掛ける。

 

「今この場で奴らを倒したとしても、また暴れる可能性がある。ならば出来ることなら捕獲した方が良い」

「それは…確かに一理ありますね」

 

 手持ちのブーバーが野生だった頃と比べると、目の前のマグマッグ達は単に気性が荒いだけで賢く無さそうなので、ここで倒したり追い返してもどこかで何の考えも無く同じことを繰り返す可能性は高い。

 オーキド博士の提案にアキラは納得するが、だからと言ってすぐに捕獲を行えるかと言うとそうではない。

 彼が捕獲時に使用するモンスターボールを撃ち出せるロケットランチャーは、現在大破して今はカツラに預けて改良も兼ねた修理中なのだから。

 

「”捕獲”…ですか?」

 

 やりにくくても素手でモンスターボールを投げるかと考えていた時、子ども達の避難を終えたらしいクリスがアキラとオーキド博士の会話を聞いていたのか小さな声で尋ねる。

 

「ん? あぁ、出来れば()()した方が後々の被害も抑えられるからの。それよりお嬢ちゃん、危ないから下がって――」

 

 オーキド博士がクリスに下がるのを伝えた直後、彼女は身に付けていたエプロンを脱ぎ捨てた。

 突然の彼女の行動に博士はビックリするが、アキラはその鋭い目付きと動きからクリスが取るであろう次の行動を察し、声を張り上げた。

 

「ギラット、バルット、下がれ!!!」

 

 それからはあっという間だった。

 アキラの声が届いたサナギラスとカポエラーが距離を取った瞬間、クリスが出したルージュラの進化前であるムチュールの”くろいまなざし”がマグマッグ達を捉えた。

 既にマグマッグ達に逃走するだけの体力は無い状態ではあったが、続けて出て来たパラセクトが背中に背負ったキノコから放った”キノコのほうし”によって、ようがんポケモン達は呆気なく眠りに落ちる。

 そしてクリスは、どこからか取り出した変わった形状のモンスターボール数個を宙に浮かせると、それらを正確且つ素早い足捌きで蹴り飛ばして瞬く間にマグマッグ達をボールの中に収めたのだった。

 

「”捕獲”完了しました~」

 

 一仕事終えたと言わんばかりにクリスは一転して笑顔で告げるが、オーキド博士は驚きのあまり口をあんぐりと開けていた。

 一見してごく普通の少女が手際良く捕獲に最適な行動を取り、あっという間に野生のマグマッグ達を捕獲したのだから、理解が追い付いていなかった。

 アキラの方はオーキド博士とは真逆に口を固く閉じていたが、信じ難いと言わんばかりの表情で瞬きを繰り返していた。

 だけど彼の場合、驚きの種類は博士と異なっていた。

 

 正確に素早くモンスターボールを目標目掛けて投げるだけでも難しいものだ。

 だからアキラは、大掛かりな装備ではあるが狙い通りの場所へ速く飛ばせるロケットランチャーを使用していた。

 

 だがクリスは、手よりも正確に目標目掛けて飛ばすのが難しい足で、複数のモンスターボールを一つも外すことなく正確に蹴り飛ばしたのだ。

 元の世界ではサッカーをやっていたアキラにとって、足でボールを扱う難しさはそれなりに知っている。

 幾ら彼女がモンスターボールを足で蹴り飛ばすことを知っていたとしても、実際に目の当たりにすると彼女が実現している一連の動きと技術は人間技とは思えないくらい衝撃的だった。

 

「ア、アキラ君…ひょっとして彼女が……」

「え…えぇ……彼女が俺が話した…ポケモン捕獲の専門家…です」

 

 オーキド博士の問い掛けにアキラは肯定するが、二人ともまだ驚き過ぎて状況の理解が進んでいなかった。

 

「初めましてオーキド博士と()()()()、わざわざ来て頂いただけでなく子ども達を守る為に戦ってくれてありがとうございます」

 

 そんな二人を前にマグマッグ達が入った変わった形状のモンスターボールを回収したクリスは、感謝の言葉を述べながら礼儀正しく頭を下げる。

 

「あ…えっと、ごめん。俺はオーキド博士とは知り合いだけど、助手じゃないんだ…ていうか何で博士が来るのを知っていたの?」

「あら? 私は前にマサキさんという方を経由してメールをお送りした筈ですが」

「実はアキラ君、君の話を聞いた後にマサキ君からポケモン図鑑のデータ集めを手伝ってくれるのを名乗り出た人物がいるという連絡があって」

「…それでオーキド博士はここに来たと言う事ですか」

 

 つまりオーキド博士の元へ訪れた段階で、アキラが博士に彼女の存在を教えても大して何にも変わんなかったということだ。

 無事にオーキド博士が残った最後のジョウト地方のポケモン図鑑を託せる彼女に会えたのは良かったが、何だか無駄足をした気分だった。

 

「えっと、君がポケモン図鑑のデータ収集をやってくれると言う」

「はい。クリスタルと言います。クリスと呼んでください」

 

 改めてクリスはオーキド博士とアキラに自らの名を告げる。

 アキラは彼女が何者かは既に知っているが、初対面であるオーキド博士は目の前の彼女が捕獲の専門家であることに驚いているのか、また唖然としていた。

 

「クリスタル…さん」

 

 これで用事は済んだとアキラが考えていた時、彼女の名を口にする小さな声が耳に入る。

 そのタイミングで、彼はさっき咄嗟に自分の後ろに隠した子どもの存在を思い出す。

 クリスが捕獲に動いてからの流れが衝撃的過ぎて、この子は何者なのかという疑問も含めてすっかり忘れていた。

 

「あっ、君。ダメじゃないあんな危ないことをするなんて」

 

 クリスもアキラのすぐ後ろの足元にいる金髪の子どもに気付くと、彼女は彼の先程の衝動的な行動を叱る。

 しょうもないイタズラをした子を叱る様な軽いものだったが、彼女に怒られたのがショックだったのか金髪の子どもは弱々しく「ごめんなさい」と素直に謝りながら顔を俯かせる。

 

「君、塾の子じゃないみたいだけどお名前は?」

 

 見掛けない顔だと気付いたのか、クリスはなるべく目線の高さを同じにするべく体を屈めて名前を尋ねる。

 アキラも見下ろす形で足元にいるその子の様子を窺うが、彼はまるで恥ずかしそうにもじもじしていた。耳を澄ませればか細い声で何か言っているのは聞こえたが、上手く聞き取れないくらい小さい声だった。

 

「……ルド…」

「? ごめんなさいもう一度教えてくれないかしら?」

 

 聞こえなかったことを軽く謝りながら、クリスはもう怒っていないことを告げるかの様な優しい笑顔で改めて尋ねる。

 すると金髪の子どもは頬を赤めたが、意を決して声を振り絞った。

 

「え、エメラルドです。クリスタル…さん」

 

 足元にいる子どもの名前を耳にした瞬間、アキラは彼が何者なのか、何故ポケモン塾の塀にいたのかを思い出した。

 長い金色の髪、二頭身とも言える小柄な体格、そして何より特徴的なのが額に付けている翠色の宝石みたいな装飾品。

 

 エメラルド

 将来、今話しているクリスの後輩になる少年だ。

 

「そうか…そうだったのか」

 

 この時、彼が故郷を離れてこのポケモン塾にやって来たこと。

 そして後に図鑑所有者になることを目指す切っ掛けになるクリスに会ったこと。

 全てをアキラは思い出した。

 

 本来なら、彼が彼女とこうして顔を合わせて出会うのは、まだ大分先の筈ではあった。

 だけどエメラルドの反応を見たら、さっきオーキド博士にクリスのことを教えた時と同様に、少しくらい早くても良いかとアキラは思うのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

「買うものは、これでよしっと」

 

 両手に持った紙袋の中身を確認したアキラは、買ったものを詰めた袋をぶら下げながら今いるコガネデパートの出口へと向かい始めた。

 途中で出入り口付近でガイドらしい人に連れられた団体らしき集団が見えたので、アキラは邪魔にならない様に道を譲る。

 さり気なく団体にチラリと目をやると、服装などから見るに別地方から来たのを窺わせる格好の人達だった。

 最近は移動技術が格段に進歩して他地方との行き来が随分と楽になったので、あの団体もその恩恵を受けた一団なのだろう。

 

 そんなことを考えていた時、持ち歩いていたポケギアが鳴り始める。

 

「もしもしアキラです。――はい……えぇ、これからそちらに戻ります」

 

 歩きながらアキラは、コガネシティの外れに構えている育て屋老夫婦の一人と話す。

 帰りが予定よりも遅かったので連絡を入れたみたいではあったが、機械越しに伝えられる内容に返事を返して、アキラはポケギアの電源を切る。

 

 予定よりも少し時間を費やしてしまったが、訪れた目的を達成することが出来たこともあって、彼は満足気に歩きながらデパートの中を何気無く見渡す。

 少し前までロケット団が引き起こした色々と面倒な騒動や事件がジョウト地方各地で起こったものだが、デパートに訪れている人達の表情は明るかった。

 

 今までアキラは、様々な理由はあれど、ロケット団との敵対を始めとした普通の人なら経験しない荒っぽい戦いに数多く首を突っ込んできた。

 力を付ければ自由に動ける様になるだけでなく、目的の障害や自分や親しい人達にとって脅威になる存在も排除することが出来る。そう考えて今まで鍛錬を重ねてきた。

 だけど、激しい戦いを経験すれば経験する程、今みたいに穏やかに過ごせる平和が如何に大切なのかも身に染みて実感していた。

 

 アキラ自身、ポケモンリーグでレッドと戦った時に抱いた、戦いの中で自分達が持てる力の全てを思う存分発揮して勝利したい気持ちは凄く好きだ。

 だけど、”勝ちたい”という気持ちを抱いて戦うのと、”勝たなければならない”という気持ちを抱いて戦うのは、似ている様で全然異なっている。

 

 この先、アキラが知る限りでは他地方とはいえ、まだまだ戦いが起こる。

 わざわざ移動が大変な他地方にまで出向いてまで自分達がそれらに関わるべきかはまだハッキリ考えていないが、これまで通りならこの平穏な時間に休息は勿論、目指している目的を果たすことも視野に入れた鍛錬に費やしていただろう。

 けど、今のアキラは今回依頼されたコガネ警察へのポケモンバトル指導みたいに、自分のこと以外にも()()()()()()()()()()()()が色々あった。

 

「よ~し…帰るか」

 

 体を伸ばしてリラックスをしたアキラは、外に出るとカイリューをモンスターボールから出す。

 出てきたカイリューはアキラが自身の背によじ登って乗ったことを確認すると、日が落ち始めたことで赤く染まったコガネシティの空を舞うのだった。




アキラ、三人目の図鑑所有者になるクリスと将来図鑑所有者になるであろうエメラルドに出会う。

ポケスペ世界は独自の方法と技術でボールを投げるのが度々見られますけど、中でもクリスと彼女の真似と言う形で身に付けたエメラルドの足技は凄いと思います。
原作では色々と明かされていない謎や気になる要素が多いエメラルド。
本作ではこういう形になりましたが、個人的には原作で初めてクリスと対面したのは何時なのか知りたいので、何時の日か明かされるのを願っています。

次回、シジマに弟子入りした最大の目的に挑みます。

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