SPECIALな冒険記   作:冴龍

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動き出す者達

「”エンジュシティで目撃”…か、忌々しい」

 

 少し暗いとある部屋の一室で、机の上に広げられた資料の中から手に取った報告書の内容に目を通したカーツは、苦虫を噛み潰した様な表情で呟く。

 首領である仮面の男(マスク・オブ・アイス)から、アキラと言う名のトレーナーに関する情報が纏められた資料を渡された後、彼はその中身を詳しく見た。

 仮面の男がわざわざ調べたのだ。自分達にとって邪魔な存在なのは確実ではあるが、どれくらい厄介な相手なのか。

 読み始める前は軽くそう思っていたが、詳細を知った今ではそんな考えは消えていた。

 

 最大限の警戒をするだけではとても足りない。

 可能ならば接触――戦うのを避けるべき”脅威”であった。

 

 ポケモンリーグ予選敗退

 この資料や一般でも確認出来る記録ではそう書かれているので、一見すると彼は予選の段階で消えた有象無象の一人に見える。

 しかし、敗退時の対戦相手や詳細な試合内容を見ると、そんなことは全く無かった。

 

 対戦相手は当時の大会の優勝者であるレッド。

 その彼を準優勝者であるグリーン以外で、公式ルールで決められている使用可能な手持ち六匹全てを互いに動員して、ギリギリまで追い詰めたが一歩及ばず敗北。

 予選敗退ではあるが、優勝者を追い詰めての負けなのだ。この時点で印象は大きく違う。

 

 所持しているジムバッジがたった三つだけなのは、カントー地方では一部のジムが長期間閉鎖されていたことによる影響だと考えられる。

 更に詳しい事情や経緯は不明ではあるが、最近この地方で最強と謳われるイブキとの本気の勝負を制したことを考えると、今の実力は相当な物になっていることが推測出来る。

 

 そして一年前に起こった四天王を名乗る過激な凄腕トレーナー集団が起こしたクチバシティでの戦いも、メディアなどでは戦いに参加した有志のトレーナーの一人扱いだが、実際はジムリーダーや大勢のトレーナーが駆け付けるまで彼とそのポケモン達だけで大軍勢を相手取って時間稼ぎをしていたことが資料には書かれていた。

 これらの情報だけでも彼は単にポケモンバトルの実力が優れているだけでなく、公式戦以外の戦い方も心得ていることが十分に読み取れる。

 

 彼らのバトルスタイルなどの詳しい戦い方は不明だが、それでも資料に書かれている記録から伝わる彼らの埋もれていた戦歴にカーツは”脅威”を感じていた。

 三年前のポケモンリーグで初めて彼は記録上に姿を現したが、その時点でレッドと互角の実力を有しながらも他の同世代やジムリーダーなどの有名トレーナーとは異なり、彼は表立ってその存在は一般にはあまり知られていなく注目も集めていなかった。

 カーツもイツキとカリンが奴に負けたことや仮面の男から直々に忠告を受けた上で今回渡された資料を見ていなかったら、彼の存在すら知らなかっただろう。

 

「悩んでいる様ね」

「あぁ、何故ここまで厄介な奴が今までマークされていなかったのか」

 

 何時の間にか部屋に入って来たシャムが声を掛けるが、カーツの悩みは増々大きくなる一方であった。

 これ程のトレーナーが何故今までノーマークだったのか。意図的にそう動いているのでは無いかと思わず勘ぐってしまう程だ。

 だけど、資料に纏められている範囲内での情報を見る限りでは、マークが甘くなっても仕方ない要素は幾つもあった。

 

 彼自身はポケモンリーグ以外の大会にも出ているらしいが、”らしい”止まりでそれ以上の詳しいことはわからない辺り、そこまで規模の大きな大会では無いと思われる。

 そんなマイナーな小さな大会で仮に優勝をしたとしても、カーツ達は気にも留めないどころか普通は知らない。

 

 警戒を抱く切っ掛けになるであろう何かしらの大事件が起きた時の彼の活躍は、その多くはレッド達リーグ上位陣やジムリーダー達などの世間一般に良く知られる実力者と一緒に戦っていることが多い。

 加えて事件解決後は負傷などの関係ですぐに姿を消してしまっているので、世間の注目は有名人であるレッドやジムリーダー達の活躍にばかり目が向き、結果的にアキラの扱いはジムリーダーのエリカが組織した自警団と同じジムリーダー達に協力しているトレーナーの一人扱い止まりだ。

 手持ちにしているポケモンも、強豪トレーナーらしく希少で強力なカイリューを筆頭に手練れを連れているが、癖の強い性分が多いからなのか扱いに手を焼いているが故に傍から見ると放任気味というちょっと耳を疑う情報も資料には書かれている。

 

 だが、本当に手持ちを持て余したり行動を制御出来ないトレーナーなら、これだけの戦績を出せる筈が無い。そういう実力者らしからぬ理由で苦労をしているのも、彼が注目されなかったり存在があまり知られていない要因の一つだろう。

 だからこうして詳しく調べればすぐに彼の異常さがわかるにも関わらず、今までノーマークになっていた原因なのでは無いかとカーツは考えていた。

 

「どうすれば良い…」

 

 エンジュシティのジムリーダーがいなくなれば後は楽と考えていたが、まさかイレギュラーな存在と遭遇する可能性も考慮したら困難な任務に変わるとは夢にも思わなかった。

 カーツは今まで以上に頭を働かせて、今回の任務の目的について考えていく。

 

 今回の目的を考えれば、多くの配下である団員を動員しなくてはならない。

 この際、仮にアキラと交戦することになっても、勝とうが負けようが構わない。とにかく任務達成を最優先とする。しかし、だからと言って何も手を打たなければ奴と遭遇した時点で任務失敗の可能性は大きく高まる。

 

 遭遇を避ける方法を考えることもそうだが、やはり万が一戦闘になった際の対処法も考えなくてはならない。

 改めて彼は、資料に纏められている範囲内ではあるがアキラの手持ちポケモンに関する情報に目を通して、頭の中でシミュレーションを行う。

 

 最初に浮かんだのは、動員出来るだけのロケット団の残党を総動員して挑むことだが、正直に言って微妙な作戦だ。

 確かに確実に時間稼ぎや壁くらいにはなってくれそうだが、ただでさえ減っている残党の数を大きく減らしてしまうのは、現状では無視するにはマイナス面が大きい。

 彼らの実力を低く見積もって団員達が上手く立ち回れたと考え、囲い込む様にして彼らを包囲することまでは出来ても、結局は連れているポケモンの実力差で圧倒されるのが容易に想像出来る。

 だけど目的を達成するのに必要な時間は稼げるので、いざ戦いになったら上手く団員達が包囲して時間を稼げる様に指揮をする必要があるかもしれない。

 

 そこまで考えたカーツは、どうせ指揮を執る必要があるのなら下っ端の団員達ばかりに任せるのではなく、自分とシャムも戦いに加わったらどうなるのかも考え始めた。

 イツキとカリンと同様に、カーツ達も仮面の男に直々で鍛え上げられるだけでなくポケモンバトルの知識や技術も教わっている。下っ端達やシャムと協力して質と数を両立して戦えば奴らを退けられる――イメージは浮かばなかった。

 

 どんなに手を尽くしても、勝てるイメージが湧かない訳では無い。

 だがイツキやカリンが簡単に蹴散らされたことや資料に纏められている情報から考えても、どんなに上手く行っても今の自分達の実力と用意出来るであろう戦力では、真正面からアキラ率いるポケモン達と戦ったらどう足掻いても甚大な被害が出る。

 奴らを相手に正面から戦って勝てるとしたら、それこそ首領である仮面の男くらいだろう。

 しかし、首領は他にやることがある。何よりこの任務は自分達を信頼して任せたもの、手を借りる訳にはいかない。

 

 出来ることなら交戦は避けたいが、ついさっきエンジュシティに向かわせていた部下から、最近彼がエンジュシティをうろついているという報告があった。

 報告によると観光を楽しんでいる様に見えるが、時折周囲を警戒するかの様に見渡したりするなど明らかに何かを探っている様子があるらしい。

 どこかで計画が漏れた可能性も考えられるが、計画の重要性を考えると今の時期を逃す訳にはいかない。

 

 今回の作戦の目的を知っているのは、仮面の男と任せられた自分とシャムだけ、何かしらの動きをアキラが察知したとしても流石に目的までは知られていない筈だ。

 しかし、どうすればアキラと遭遇して交戦することになったら、彼が連れている強力な()()()()()を止めることが出来るのか。

 その方法が彼には全く浮かばなかった。

 

「………ポケモン?」

 

 悩みに悩んでいたが、唐突に彼はあることに気付く。

 手持ちの実力や厄介さ、そして戦歴にばかり注目していたが、肝心の彼らを率いるトレーナーはどうなのだろうか。

 改めてカーツは、仮面の男から渡された資料に添えられていたアキラが写っている写真を見る。

 

 よく知らない者でも写真を見るだけでポケモン達は”強そう”な印象を抱くが、彼らを率いるトレーナーであるアキラは連れているポケモン達の強烈な個性に反して、目立った個性は感じられないだけでなくあまり()()()()()()()()()

 そして現在のアキラの年齢は十三歳――つまり十代前半の子どもだ。

 

 そのことに考えが至った途端、カーツの頭は光明を見出すと同時に瞬く間に働き始めた。

 

 

 

 

 

「うおっ!」

 

 かなりの勢いで飛んで来た赤い姿に驚きながらも、巻き込まれない様にアキラは一緒にいた他の手持ちと一緒に急いで避ける。

 飛んで来たひふきポケモンのブーバーは、さっきまでアキラ達がいた場所に落ちると勢いが止まるまで全身を強く打ち付けながら転げていく。

 

 現在アキラはタンバジムの鍛錬場を利用して、定期的に実施している手持ち同士の模擬戦を行っていた。

 今行っている模擬戦の組み合わせは、今吹き飛んで来たブーバーとカイリューだ。

 両者とも手持ちに加わった頃から好戦的な性格に比例した高い戦闘力を有しており、今ではアキラが連れている手持ちの中では二強とも言える。

 そしてゲンガーとヤドキングに負けず劣らず互いにライバル意識を抱いている為、模擬戦ではかなり激しくなるどころか時には手持ち同士でありながら死闘と言っても過言では無い戦いを繰り広げる組み合わせでもあった。

 

 そんな二匹だが、ハクリューの頃は両者の戦績は五分五分ではあったものの、カイリューに進化してからブーバーは大きく負け越す様になっていた。

 能力的に大きく負けてしまっていることもあるが、一番の原因はブーバーがドラゴンタイプに対して有効打になり得る技を覚えていなかったからだ。

 だけど最近はかつての様に勝ったり負けたりまではいかないが、それでもカイリューを後一歩の段階まで追い詰める機会が増えて来ていた。

 

 一番の理由は”めざめるパワー”のこおりタイプが使える様になったことだが、ブーバーはそれだけでは満足しなかった。

 今も諦めずに試行錯誤を重ねている特定能力の強化法の模索を続けるだけでなく、”めざめるパワー”のエネルギーを上手く手に纏わせることで、疑似的な”れいとうパンチ”と呼べるものさえ身に付けたのだ。

 元々は、アキラが教えていた”めざめるパワー”の威力不足を補う意図で殴ると同時に”めざめるパワー”を放つやり方が原形になっているが、彼が考える以上にもっと高度な応用にブーバーは仕上げていた。

 それがどれだけ有効だったのかは、戦っていたカイリューが息をする度に肩を激しく上下させる程に消耗しているのだから一目瞭然だ。

 

 もしドラゴンポケモンがひふきポケモンの動きを読んで賭けに出なかったら、今回の模擬戦は久し振りのブーバーの勝利だったかもしれない。

 実際さっきまでブーバーは、結構なダメージを受けていた筈にも関わらず、最後の足掻きと言わんばかりの怒涛の勢いでの殴る蹴るの連続攻撃でカイリューを滅多打ちにしていた。

 近距離での肉弾戦に関しては、シジマの元で修業したことや体格が人型なのも相俟って、今ではブーバーはかくとうタイプのポケモンと同レベルの格闘術と体捌きだ。しかも”ふといホネ”などの武器を使う為、動きを鈍らせたり隙を見せればカイリューと言えどボコボコにされる。

 

 何とか逆転に成功したカイリューではあったが、息を整えながらまだ倒れ込んでいるブーバーに対して油断なく構えていた。

 そしてブーバー自身も”ふといホネ”を支えにして立ち上がろうとするが、度重なるダメージと最後に受けた反撃が重かったのか、そのまま力無く伏せてしまう。

 

「バーット戦闘不能。よってこの勝負はリュットの勝ち」

 

 ブーバーが力尽きたのを確認して、アキラはカイリューの勝利を宣言する。

 すぐに見守っていた他のアキラの手持ちやジムの手伝いをしているバルキー達がブーバーを担架で運び、アキラも力が抜けて座り込んだカイリューに”すごいキズぐすり”などの回復アイテムを傷や疲労箇所に噴き掛けていく。

 

 タンバジムでの修業でブーバーは更なる力を身に付けているが、カイリューも進化してからもその力に胡坐を掻くことなく絶えず鍛錬や新技の習得を重ねてきている。

 ”めざめるパワー”という大きな武器をブーバーが得た様に、扱いには難儀しているので今回は使わなかったが、カイリューもこの数日の間にようやく”げきりん”を我が物とした。

 モンスターボールには戻さず、”げきりん”を使える状態を維持し続ける”ものまね”を活用したアキラ流の新技習得法である”体に覚えさせる”作戦が今回も上手く行ったのだ。

 ”げきりん”を維持する都合上モンスターボールには戻せないので、他の手持ちがポケモンセンターなどの施設で回復しているのにカイリューだけは”すごいキズぐすり”や”ピーピーマックス”などのアイテムを使って傷を癒したり自然回復を待つなどの苦労した部分もあったが、それだけの苦労を重ねる価値は大いにあった。

 

 一通りカイリューの表面上の回復を終えると、アキラは今回の模擬戦の戦績を記録する前に荒れた鍛錬場を整備するポケモン達の姿を見つめながら、これまでの出来事を振り返る。

 

 数日前に彼はエンジュシティを訪れて色んなところを見て回ったが、特にこれと言った異変は確認出来なかった。

 あったとしたら街中や観光名所などで、警察らしき人達が制服私服問わずに多く見掛けたことくらいだ。

 シジマを始めとしたジムリーダーを経由して、各地でロケット団に対する警戒が広まっているのだ。これだけ警戒している状態で何かをやらかすのは流石に無いと思いたい。

 仮にやるとすれば、かなり大規模になると思われるが、全盛期ならともかく残党ではそこまでの戦力を出すのは難しいだろう。

 だけど、そんなロケット団以外にどうしてもアキラとしては気になって仕方ないことがあった。

 

 それはエンジュシティの観光名所として有名な”スズの塔”と”焼けた塔”だ。

 中でも”スズの塔”は、ジョウト地方の伝説のポケモンであるホウオウと縁が深い建物なのが知られているが、彼としてはそっちよりも気になるものがあった。

 彼が気にしているのは、そのホウオウと関係が深いスイクン、エンテイ、ライコウの三匹の伝説のポケモンの行方だ。

 ホウオウやルギアがヤナギに捕獲されて戦力になってしまうことを考えると、少し格は劣るが同じ伝説のポケモンである三匹の力はどうしても借りたい。

 この世界ではヤナギによって封印されている記憶があるので、早い段階でその封印を解いてあげたかったのだが、三匹は一体どこに封印されているかの記憶が完全に曖昧なのだ。

 なので現地での伝承などの資料を基にある程度は記憶と辻褄合わせはしたものの、”焼けた塔”のどこかで止まっていた。

 

 ゲームでは”焼けた塔”の地下に三匹は眠っている扱いだった様な気はするが、残念なことにこの世界の”焼けた塔”にはそんな地下空間は存在していない。

 イエローと四天王との戦いの時の様に肝心な出来事を見ていないが故に知らなかったり、忘れてしまっているのがここでも大きく響いていた。

 封印を解いたのはイエローだったのはぼんやり憶えているので、いざとなったら彼女に事情を話して封印を解いたのに関係しているかは全然知らないが、持ち前のトキワの森の力を使うなどして如何にかして貰うしかない。

 

 そんなことを考えていたら、整地が終わったのか模擬戦の準備が出来たのでアキラは次の対戦の組み合わせを確認する。

 次の対戦カードは、ゲンガーとヤドキングだ。

 この二匹も互いに強いライバル意識を抱いており、先程のカイリューとブーバー同様に今回も激しい戦いを繰り広げることが想定される。

 

 次の戦いも整地で済む範囲で留めて欲しいな、と力が付いたが故の悩みを頭に浮かべていた時、突然ドーブルが悲鳴にも似た驚きの声を上げたのが彼の耳に聞こえた。

 一体何があったのかと振り返ってみると、彼女が手にしていた()()()()がおかしな動きをし始めていたのだ。

 それはドーブルが持つ”まがったスプーン”では無く、アキラがシロガネ山でナツメから貰った”運命のスプーン”だった。

 

 ”運命のスプーン”は何もしないまま放置すると効力を失うので、長期間使いたいのなら定期的にエスパータイプのエネルギーを注ぐ必要があるとアキラはナツメから説明を受けている。

 なのでエスパータイプの技やエネルギーを使えるヤドキングなどの三匹に交代で定期的に念の力を込めさせていたが、シロガネ山から下山してからはスプーンはジョウト地方の方角しか示さず、そのジョウト地方に足を踏み入れてからは何も反応を示さなくなった。

 その”運命のスプーン”が曲がったのだ。

 

「模擬戦は一旦中止だ。全員外に出る準備と戦いに備えてくれ」

 

 すぐにアキラは模擬戦の中止と次にするべき行動を手持ちに伝える。

 一転して有無を言わせない雰囲気に変わったアキラに、ゲンガーとヤドキングは不満の色を見せる事なく彼の言う通りにする。

 ドーブルが差し出した”運命のスプーン”を受け取ると、アキラはその曲がっている方角を確認する為に動く。方角は何となく覚えはあったが、念の為地図と照らし合わせて確認したいのだ。そして地図は自分の荷物の中にある。

 鍛錬場から出たアキラは縁側を音をなるべく立てずに早歩きで進んでいくが、そんな彼の目の前に歩きながら汗をタオルで拭くシジマが姿を現した。

 

「せ、先生」

「どうしたアキラ。そんなに慌てているということは何かあったのか?」

 

 アキラの様子を見て、シジマはすぐに何かあったことを察する。

 彼はどうするべきか迷ったが、自身の記憶以外にも何か起こると言い切れる要素があったので、師に何があったのかを正直に話すことにした。

 

「以前お話ししたヤマブキジムのジムリーダーのナツメについての話を憶えていますでしょうか?」

「勿論だ。エスパータイムのジムリーダーで、お前やエリカ曰く”精度の高い未来予知”も使える超能力者だろ」

「その人から貰った”運命のスプーン”と呼ばれるものが、ある方角を示して曲がったのです」

「………どういうことだ?」

「失礼しました。”運命のスプーン”がどういうものなのか説明していませんでした。正確な効果は自分も把握し切れていないのですが、ナツメが言うにはスプーンが曲がった先には自分が()()()()()()()()()()何かしらの出来事があると言っていました」

 

 正確には主に自分が望んでいることや進むべき方角を示すのだが、その辺りは流石に少し誤魔化してアキラはシジマに”運命のスプーン”がどういうものなのかを説明する。

 しかし、アキラの説明を聞いてからシジマは難色を示す。

 

「そんなスプーンが示した方角に振り回されてどうする」

「え? いやしかし、ナツメの”運命のスプーン”の効果は本当に正確と言うか…」

 

 シジマの言い分は尤もではあるが、実際に経験した者からするとその精度や効力は本物なのだ。

 どうやって師を納得させようかとアキラは慌てるが、そんな彼の姿にシジマは呆れた様に息を吐く。

 

「改めて聞くが、そのスプーンは何を示すんだって?」

「えっと確か、自分が行かなければならない出来事とかそういう…」

「それはつまり戦いとか何かしらの事件ということか?」

「過去の経験的に…多分そうかと思われます」

「お前が行かなければならない戦いや事件か……仮にお前が行かなかったらどうなるんだ?」

「自分と同じ様に経験のある友人含めて一回もスプーンに逆らったことは無いのでわかりませんが、もし行かなかったら余計に――”酷いこと”になる可能性が考えられます」

 

 かつて四天王との戦いに備えて、レッドやグリーン、イエローと一緒にハナダジムで隠れて鍛錬していた時のことだ。

 クチバシティでロケット団の残党がサントアンヌ号を乗っ取った報道が流れた時、レッドは周りの制止を振り切って”運命のスプーン”が示す先であるクチバシティへ向かった。

 結果はロケット団どころかワタルを始めとした四天王達との総力戦へと発展したが、もしレッドがあの場にいなかったらどうなっていた考えるとゾッとする。

 

 アキラの推測に、シジマは呆れから悩ましいと言った表情に変わる。

 彼としては”運命のスプーン”と大それた名前ではあるが、そんな変わったスプーンの動きで自身の行動を決めてどうするんだというのが正直な気持ちだ。

 しかし、アキラが下山してからそのスプーンを渡したナツメとやらの警告を周りに教えてから、本当にジョウト地方各地で異変が起き始めている。

 

 そしてジムリーダーである自分の名の元にアキラに自由に動いたり戦う事を許可してから、彼は被害を未然に防いだり何かしらの有益な情報を持ち帰って来ていることを考えると無視するリスクも高い。

 少し時間は掛かったが、悩みに悩んだ末にシジマはある結論を下した。

 

「アキラ、すぐにそのスプーンが曲がった方角へ向かう準備をしろ」

「え!? 良いのですか?」

「良いも何もお前が行かないと余計に被害が大きくなる可能性があるんだろ? だが――」

 

 間を置いてから、シジマはアキラに短く告げた。

 

「俺も一緒に行く」




アキラ、シジマと共に運命のスプーンが示す先へ向かう。

アキラの経歴はその気になれば簡単に調べられますが、知名度も相俟ってそこまで手間を掛けて調べる人は少ないです。
後に出て来る悪の組織の幹部やロケット団三獣士の存在を考えると、意外と実力者でも一部以外は知名度も含めて目立っていないのかもしれません。

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