SPECIALな冒険記   作:冴龍

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君にとってのポケモン

 突然ゴールドから挑戦状を突き付けられ、アキラはどうするべきか困った。

 確かに憶えている限りの記憶では、彼は無鉄砲で調子に乗りやすい。でも実力差がロクに判断出来ないほど馬鹿では無い筈だ。

 自分が図鑑を持つのに相応しい実力があるのを証明することに固執するあまり、頭に血が上っているのだろう。

 そして隣にいるカイリューは、ヤケ気味かもしれないが正面から堂々と挑んで来た姿勢を気に入ったのか彼の挑戦を受けるつもりであった。

 

「そういう意味での実力じゃ……いや、言っておくが運良くアキラ君に勝ったとしても渡すとは限らんぞ」

「うるせぇ、俺達の実力を証明してやるよ」

 

 本気なのか強がりなのかは知らないが、ゴールドはオーキド博士に目に物を見せてやると言わんばかりの意気込みだ。

 念の為、アキラは彼が連れているポケモン達を確認することも兼ねて改めて目をやる。

 手持ち最年少であるヨーギラスが相手ならそこそこやれるかもしれないが、それ以外の手持ちだと能力とレベル差が大き過ぎる。

 それに素人目で見ても今彼が連れているポケモン達では、ポケモンの中でもトップクラスに強いカイリューを相手に勝つには余程の何かが無い限り見込みは殆ど無いと言っても良い。

 ひょっとしたら、その余程の何かを起こす自信が彼にはあるのかもしれないが。

 

「――わかった。戦うルールを伝えるから良いよ。ルールは……シンプルに戦いに出すポケモンは二匹、先に二匹が戦闘不能になった方が負けだ」

「おう、良いぞ!」

 

 そう返すとゴールドは気合を入れ、彼の手持ちもバトルの準備に掛かる。

 そんな彼らの姿にオーキド博士は溜息をつくが、アキラは小声で囁く様に博士に話し掛ける。

 

「オーキド博士、本当は腕っぷしとかの意味での実力じゃない別の要素を重視しているのに何であんな煽る様なことを言ったのですか?」

「儂の言葉を真に受けるのなら、それまでの奴と言うことじゃ」

「いや、自分でも真に受けると思いますよ」

 

 多少は裏に秘められている意図を考えるかもしれないが、何も知らなければ言葉の裏にある意味を正確に察する程の洞察力は自分には無い。

 オーキド博士がデータ収集目的以外で図鑑を託すのに重視しているのは、ポケモンのことをどう想い、どういう関係を築いていきたいかを言葉に出来る人物だ。

 本当にその通りに選んでいるのか怪しいところは多少あるが、特に重きを置いているのは確かだ。

 

 カイリューの方も威圧する意図もあるのか、露骨に両手を鳴らすなど戦う気満々であった。

 ただ勝つだけでなく、思い上がっているであろうゴールドの鼻を折ってやるつもりなのだろう。

 やり過ぎる可能性を考慮して他の手持ちにするべきかと思ったが、カイリューだけでなくゴールドも納得しない気がしたので彼はドラゴンポケモンに耳打ちをする。

 

「リュット、彼らの今の力とかを正確に知りたいから、戦いが始まっても少しは様子見を頼む」

 

 遠回しな手加減要望にカイリューは嫌そうな反応を見せるが、ゴールドが連れているポケモン達の様子に少し考える素振りを見せると雑な対応だがアキラの頼みを受け入れる。

 ドラゴンポケモンの振る舞いに彼は安心すると、バトルを行う為に後ろへ数歩下がる。

 

「こっちの準備はOKだ。何時でも掛かって来て良いよ」

「よっしゃ! 行くぜエーたろう!」

 

 ゴールドが気合を入れた声で呼び掛けると、エーたろうと呼ばれたおながポケモンのエイパムは勢い良く駆け出した。

 龍と猿、素人が見てもとても戦いが成立するとは思えない組み合わせだが、アキラとカイリューは彼らが何を仕掛けてくるのかをしっかりと警戒する。

 そしてエイパムはカイリューの顔の高さにまで目の前で跳び上がり、()()染みた仕草を見せた。

 それを目にした瞬間、アキラはゴールド達の狙いを悟ったが、果たしてその効果は――

 

 と思った瞬間、エイパムは鈍い音を伴って、目にも止まらない速さで突き出されたカイリューの拳を受けて弾丸の様に吹き飛ぶ。

 しかも吹き飛んだ先には運悪くゴールドが立っており、彼は殴り飛ばされたエイパムに巻き込まれる形で倒れ込んでしまう。

 

「あっ! ごめん大丈夫!?」

 

 まさかさっき戦ったロケット団の様に巻き込んでしまうとは思っていなかった為、倒れたゴールドが大丈夫なのか心配になったアキラは呼び掛けながら駆け寄ろうとする。

 だが駆け寄る前に、痛がりながらではあったがゴールドはすぐに起き上がったのでそこまで深刻そうなダメージは負っていない様子だった。

 それよりも彼は、自分よりも強烈な一撃を受けてしまったエイパムの方を心配していた。

 

「エーたろう! 大丈夫か!?」

 

 ゴールドは胸に抱えているエイパムに呼び掛けるが、カイリューの本気に近いパンチを受けたおながポケモンはすっかり伸びていた。

 勝負が始まって十秒にも満たない瞬殺劇ではあったが、思っていたよりも大丈夫そうな彼らの様子に、アキラは複雑ながらも安堵する。

 

「狙いは悪くは無かったけど、効果を過信し過ぎかな」

 

 興奮しているのかカイリューの息は少し荒くなっていたが、すぐに落ち着きを取り戻す。

 ”いばる”は確かに格上を倒すのに有効な技だが、戦い慣れている相手には”こんらん”が碌に通じない場合もあるなど安定しない面もある。

 これでハッキリしたが、やはり今のゴールドと自分とでは連れているポケモンの力の差は歴然としている。普通のトレーナーなら大人しく引き下がるところではあるが、ゴールドの目はまだまだ戦う気であった。

 アキラの記憶でも、彼は良くも悪くも足掻くタイプだ。力の差を見せ付けられて簡単に諦めるくらいなら、そもそも彼は自分とカイリューを相手に戦いを挑んでいない。

 

「ゆっくり休んでいてくれエーたろう。――頼んだぞ、バクたろう」

 

 労いながらエイパムをモンスターボールに戻し、次にゴールドが出したのは、背中から炎を噴き出したポケモン――ヒノアラシだ。

 アキラの記憶では、ウツギ博士が特別に研究していた三匹のポケモンの内の一匹だ。時期的にも彼の手持ちになってまだ間もない筈なのだが、随分とやる気を感じるだけでなくトレーナーを信頼しているのが他人であるアキラの目から見えてもよくわかった。

 戦う才が乏しくても、こういうイエローみたいにすぐにポケモンに好かれたり信頼を寄せられる点は、彼のポケモンとの関係を築く非凡な才が窺える。

 

 しかし、付き合いが長くてゴールドの影響を色濃く受けたエイパムとは違うのか、やる気はあっても目の前で仁王立ちしているカイリューの威圧感にヒノアラシは押されていた。

 体格差があるだけでなく、単純な能力値や経験が最早話にならないまでに差があるのだから、その点は仕方ないと言える。

 

 実際、少しでもカイリューに動きがあると威嚇のつもりなのか背中から火を激しく吹き上げる。

 だが、その程度の威嚇でカイリューが止まる事は無い。ヒノアラシとのレベル差を察したドラゴンポケモンは、足を持ち上げると力強く地面を踏み締めた。

 その衝撃で周囲に軽い揺れが起こり、ヒノアラシは揺れと驚きで体を跳ね上がらせる。

 それからまるで力の差を見せ付けるかの様に、カイリューは何回も地面を踏み締めることで起こす地震擬きを繰り返す。その度にヒノアラシは体を跳ね上がらせるが、それでもひねずみポケモンは臆する様子は無かった。

 

「バクたろう! ”えんまく”を張るんだ!」

 

 ゴールドから伝えられたアドバイスを聞き、ヒノアラシはその背中から火ではなく大量の白煙を吹き上げる。

 煙幕を広げることで視界を封じる作戦かもしれなかったが、カイリューは気にせず涼し気な顔で背中にある小さな翼を羽ばたかせる。

 起こした強風は広がりつつあった煙幕をあっさり吹き飛ばすだけに留まらず、ヒノアラシもその強風には抗えないままその小さな体は後ろに転がっていく。

 

「…ゴールド、だったっけ? 悪いけどこれ以上戦っても連れているポケモン達の負担になるだけだぞ」

 

 こんなことを言ったらゴールドは怒るかもしれないが、まるで歯が立たないヒノアラシの様子を見て、この戦いを止めるべきではないかとアキラは思い始めていた。

 別にこの戦いは負けたら命が無いとかそういうものでは無い。

 そもそも自分に勝てばポケモン図鑑が貰える保証は無いのだ。

 だがアキラの予想とは異なり、ゴールドは怒りで頭に血が上ることも無く顔を俯かせることもしなかった。

 

「……んだよ」

「?」

「んなことはわかってんだよ。今の俺達じゃどう足掻いてもアンタらに勝つ見込みは低いってことは」

「なら…」

「だけどだからと言って、やる前から諦めてたらそれでおしまいなんだ。何もしないで簡単には諦めたくねえんだよ。俺だけじゃなくて、バクたろうも」

 

 少し苛立った口調ではあったが、それでも堪える様に真っ直ぐアキラとカイリューを見据えて、ゴールドは諦めない訳を語る。

 挑む前から諦めていたら何も結果を得られないのは確かだ。だからこそ、敵わないとわかっていても戦う。それが良いか悪いかの認識や考えは人それぞれだが、彼は良しとはしないみたいだ。

 

「――そうか」

 

 その理由が彼のプライドが許さないからなのか、今後を見据えたものなのか、或いは奇跡の大逆転を信じているものなのかは知らないが、彼の答えを聞いたアキラは納得する。

 それに彼だけ諦めが悪いかと思いきや、実際に戦っているヒノアラシも力の差を肌で感じ取っている筈にも関わらず、諦めるつもりは無いみたいであった。

 ポケモントレーナーは基本的に連れているポケモンよりも立場が上なので、ポケモンは自然とトレーナーの意向で戦うことが多いが、ここまで不利な状況でも互いの目的や考えていることが一致しているのは珍しい。

 それも彼の手持ちになったばかりなのだから尚更だ。

 

 対峙させているカイリューにアキラは視線を向けると、ドラゴンポケモンは鋭く目を細めてはいたが、ただ睨んでいる訳では無かった。

 それはさっきまでとは打って変わって、彼らを見定める様な目であった。

 

「”ひのこ”だ!!!」

 

 ゴールドから伝えられた技名に、ヒノアラシは彼の力の籠った声に応えたかの様な火の玉を背中から放った。

 込められた熱量と火の玉の大きさを考えれば、まともに受けたら相性の悪いみずタイプでも手痛いダメージを負うだろう。

 

 だけどそれは、相手が同格や少しだけ格上である場合の話。

 ”ひのこ”はそのままドラゴンポケモンの無防備な胸に命中するが、目立った焦げ跡すら残せずに弾けた。

 カイリューの様に天と地程のレベル差があるのに加えて、元々の相性も悪いだけでなく体皮が頑丈なポケモンにとっては大したものではない。

 

「……”かえんほうしゃ”」

 

 カイリューと視線を交わしたタイミングで、淡々とアキラは伝える。

 ドラゴンポケモンは息を大きく吸い、扱い慣れた青緑色の龍の炎ではなく真っ赤な灼熱の炎を口から勢い良く放った。

 教えるのを渋るブーバーを何とか説き伏せたことで初めて覚えたほのおタイプの技は、力の差を見せ付けるかの様にヒノアラシをアッサリと呑み込む。

 炎が止まると、焼けた地面と変わらないまでに全身が煤だらけになったヒノアラシはそのまま力無く倒れた。

 

「勝負ありじゃな」

 

 ヒノアラシが倒れたのを見て、オーキド博士が静かに勝敗を宣言する。

 時間は掛かったが、それはカイリューが積極的に挑まなかっただけ、力の差は誰が見ても明らかだった。

 

「君の真っ直ぐで諦めようとしない心は確かに大切じゃ。連れているポケモン達が、お主をとても信頼していることも今のバトルで良くわかる。じゃが、だからと言って無鉄砲に無意味な戦いに挑むだけでなく、実力を証明する方法が単に戦う力があると思い込んでいる者に図鑑を渡すつもりは無い」

 

 困難に直面しても、ゴールドの様に諦めずに足掻いたり突破口を見出すなどの出来る限りのことをするのは確かに大事だ。

 しかし今回のゴールドの挑戦は、普通のポケモンバトルだったから良かったが、これがルールが無い野生の状況下やロケット団の様な無法者が相手だったらどうなるか。

 それに彼は、何も知らない第三者視点から見ると、図鑑やポケモンを盗むと言ったルールを守る気が無い相手を追い掛けるつもりなのだ。

 どうしても退く訳にはいかない切羽詰まった状況ならともかく、そうで無いのなら大人しく退くなどの選択肢を取らないと諦めない気持ちはただの無謀で終わってしまう。

 

 一方、当事者であるゴールドは、何も反論も負け惜しみも言う事無くオーキド博士が話す内容を大人しく聞いていた。

 それから彼は俯いたまま、焼け焦げた地面の上に倒れているヒノアラシに抱え上げると静かにその場から立ち去った。

 

「ゴールド!」

 

 短パンを履いた少年は彼を呼び留めようとするが、ゴールドは足を止めることなくそのまま暗い森の中へ姿を消した。

 

「ゴールドが…あそこまで落ち込むやなんて」

「君は彼の友達?」

「…まだ知り合ったばかりですけど、彼の人となりはわかっているつもりやんす」

「そうか。俺も彼は結構足掻くタイプと見ていたから、あそこまで落ち込むのは予想外だった」

 

 アキラとしても、記憶にある原作の中の彼と今会った印象も含めてゴールドは良くも悪くも諦めの悪い男の典型的なイメージだ。その彼が何も言わずに無言で立ち去るのは余程のこと、加減はしたつもりだがやり過ぎてしまったかもしれない。

 だけど、彼の無謀さは役に立つ時もあればオーキド博士の言う通りその逆も有り得る諸刃の剣。難しいものだ。

 

「随分と気に掛けておるの」

「…さっきのバトルを通じてですが、彼らに少し興味が湧いてきました。博士も評価していましたが、手持ちに加わったばかりの筈のヒノアラシとの目的意識の共有は、即興コンビとはとても思えませんでした」

「確かに普通のトレーナーに比べれば見込みはあるじゃろうが、今のままでは図鑑を渡す気にはならん」

「無謀なのは俺も思いますが、レッドも同じところがありますよ。それに彼のあの性格と行動力なら、レッドの時と同様に引き寄せられる様にロケット団が彼の周りで事件を起こそうとするかもしれませんよ」

「…レッドと同じで首を突っ込んでいるの間違いではないか?」

「そうとも言いますね」

 

 態度が不真面目だったりとレッド以上に問題はあるが、ポケモントレーナーとしての視点で見れば本当に興味深い。

 アキラとしては欲しがる理由が悪かったが、ゴールドはオーキド博士が求めている図鑑を託しても良い条件を満たしていると言えば満たしている。

 実力はまだまだだが、同じ年の頃の自分どころか一般的なトレーナーよりも遥かにポケモンとの信頼も含めた関係をしっかりと築き上げている。

 それは何も彼がポケモン図鑑を手にすることや活躍することを知っているからでは無く、さっきの戦いの中で素直に感じたことだ。

 

「…リュットとしてはゴールドはどうだ?」

 

 アキラの質問にカイリューは、珍しく真面目な顔で考え始める。

 ポケモントレーナーとしての能力も含めたゴールドの良い面と悪い面を評価してはいるが、どうしても自分だと先を知っている関係で彼を贔屓目に見てしまう。故にこういう時は、カイリューなどの今自分が連れているポケモン達は客観的に見れるだけでなくトレーナーの判断基準が厳しい分頼りになる。

 ゴールドの能力と経験、そして彼が旅の過程で築いていくものや経験は今回だけでなく今後に欠かせないものだとアキラは考えている。だけど、それらはポケモン図鑑を手にしてからこそ意義がある。

 

 最初は期待するどころか鼻を折ってやると言わんばかりの様子だったのに、戦いを終えてからカイリューはゴールドに興味を抱いていた。

 つまり判断基準が厳しいドラゴンポケモンが気に入るであろう何かしらの要素、或いは可能性が有るということだ。

 しばらくすると、カイリューは荒っぽく鼻息を噴き出したが、面白いものを見たと言わんばかりの表情でアキラに頷くのだった。

 

 

 

 

 

 月明かりが僅かに差し込む森の中にある木の下で、ヒノアラシを優しく抱き抱えたゴールドは浮かない表情で静かに寄り掛かる様に座っていた。

 こんな情けない姿を他人に見られたくなくてここまで一人で来たが、静かな姿とは反対に彼の心は荒れる一方だった。

 

 まるで歯が立たず、完膚なきまでに打ち負かされた。

 あまりにも大き過ぎる力の差を思い知らされて、オーキド博士の話に食い下がることも、ハッタリでも奴よりも絶対に強くなると啖呵を切る気力も出なかった。

 その事実だけでもゴールドは悔しかったが、今抱いているヒノアラシを始めとしたポケモン達が勝てる様に少しも力になれなかった自分自身の弱さにも腹が立っていた。

 

「クソ…」

 

 戦う前から、アキラと呼ばれる青い帽子を被った彼と連れているポケモンが強いことはわかっていた。

 だけど勝てないからと言って挑む前から大人しく引き下がっていたら、シルバーを見付けることは出来ても勝つことなんて到底出来ない。

 そう考えたからこそ勝機は僅かかもしれないが一泡吹かせてやると戦ったが、結果は勝機を見出すことが一切出来なかったどころか今まで経験したことが無いまでの完敗。

 オーキド博士から評価されながらも、自分が欲したポケモン図鑑を持っていない人物でこれなのだ。正規の手段――博士に認められて図鑑を託された者達は皆、持っていない彼以上に強いのか。

 

 そんなことを考えていたら、静寂に包まれた暗い森の中から物音がした。

 近付いているのか音が徐々に大きくなるので俯かせていた顔を持ち上げてみると、先程自分達を圧倒的な力の差を見せ付けて負かしたアキラがカイリューを連れて目の前にやって来た。

 

「………何しに来たんッスか」

「単に様子を見に来ただけだ。オーキド博士はあれこれ言っていたけど、俺達としては…レッドみたいで面白そうだし、見込みはあるかなって」

「…レッドが誰のことなのか知らねえけど、俺のどの辺に見込みがあるって」

 

 「見込みがある」発言にゴールドは食い付きはしたが、あまり信じてはいない様子だった。

 確かにさっきの戦いは良い所無しの完敗。カイリューも腕っぷしが足りないことを気にしていたが、言い方を変えればその点しか問題視していなかった。

 言葉遣いや態度などは直すべきだとアキラは思っているが、カイリューとしては仮に自分が彼の手持ちポケモンとしての立場なら、求めている能力や要素は備わっているから気にしていないと言ったところだろう。

 

「そうだな。それをハッキリさせる為にも、ちょっと聞きたいことがある」

「なんスか?」

「君から見て――俺とカイリューは、どういう感じの関係に見える?」

 

 ポケモンとトレーナーとの関係。

 それは人によって千差万別だが、その関係を”仲間”や”友達”などハッキリと言葉に出来るトレーナーをオーキド博士は好んでいる。

 トレーナーを見る目が厳しいだけでなく、好む好まないが激しいカイリューが珍しく興味を抱いたのだ。アキラとしても、会ったばかりとはいえゴールドが自分達の関係をどう読み取って解釈するのか気になったのだ。

 意図が読み取れなかったゴールドだったが、交互にカイリューとアキラに目線を向ける。

 

「…会ったばかりッスけど、あんたと隣にいるポケモンを見ると、普通のポケモンとトレーナーの関係とはどこか違っていることは一目でわかる」

「………」

「一言で纏めるのは無理ッスけど、なんつうか”お互いを良く知っているからこそ遠慮が無い関係”って感じに見えるな」

「遠慮が無い…ね。――何でそう思ったの?」

「さっきバトルする前は如何にも”仲間”って感じに見えたけど、トレーナーのアンタが少し適当と言うか雑に扱われたりすることもあった。でも、それは仲が悪いからじゃなくて、信頼し合っているからこそって感じた。だから気心の知れた友人同士みたいに互いをよく知っているからこそ遠慮が無い関係、俺にはそう見えた」

「――成程ね」

 

 ゴールドから見た自分達の印象を聞いて、アキラの表情は嬉しそうなのに変わる。

 今までアキラが会ったトレーナーの多くは、自分達の関係を把握することは勿論、すぐに理解することは殆ど無かった。寧ろ否定的に見る方が多く、彼もまたその理由を理解はしていた。

 だが、ゴールドはすぐにわかる表面上でのやり取りだけでは判断せず、バトル前やその途中での振る舞いなどの僅かな情報にも注視した上で今の解釈に至った。

 大分前にレッドにも同じ様な質問をした時はもっとハッキリとした答え――と言うよりアキラが至った考えと同じだったが、今日会ったばかりの彼がここまで考えられたのは上出来過ぎる。

 

 アキラ自身も、以前までこの”仲間”と言えるには言えるけど、どこか違う自分達の関係を一言で表現する言葉を持たなかった。

 かつてクチバシティでの戦いの時、イエローがワタルに問い掛けた”自分にとってポケモンは何なのか”を自分にも聞かれたら、当時はすぐには答えられなかっただろう。

 けど、今ならハッキリと胸を張って口にすることが出来る。

 

「そうだな。俺にとってリュットや手持ちポケモンとして連れているメンバーとの関係は……一言で言えば”戦友”だな」

「”戦友”…」

「そうだ。俺達は目指しているものや目標が同じなのもあれば個々に異なる場合はあるけど、力を身に付けて戦いに勝っていくことでしか、得たり達成することが出来ないものが多いからね」

 

 それからアキラは、何故その考えに至ったのかをゴールドに語り始める。

 ”仲間”や”友達”などの関係は、ポケモンと普通に仲良く穏やかに過ごしたりするのなら、そういう関係の方が良いかもしれない。

 だけど、身を守る為の自衛やライバルとの競争、果ては自分達に害成す存在に打ち勝っていくなどの戦い絡みの目的の為に手持ちに迎えると同時に必要な力を借りてきたことを考えると、どうも適切では無い気がしたのだ。

 

 自らの強さを他者に示す、或いは証明する戦いと言う名の”競争”、時には絶対に退くことも負けてはならない”争い”などの心身共に大きな負担が掛かる困難を勝ち抜いていくことで、トレーナーとポケモンの双方がそれぞれ目指している目的や目標、そして望みを叶えていく。

 その為にもトレーナーとポケモン、互いに持てる力を出して協力し合い、ドライではあるが時には利用出来るものは遠慮なく利用し合う。

 そういった経験を重ねていくことで連帯感を高めつつ、協力し合ったことで得られた”勝利”を始めとした有益な結果を出したり共有していくことで信頼関係などを築いていく。

 故に、共に戦いを始めとした様々な苦楽を経験してきた者達を指す”戦友”が、アキラにとってはピッタリまではいかなくても当て嵌まる気がするのだ。

 

「ゴールド、ここまで話せばもうわかるだろう。他人がどう思ったり感じようと今話した様に俺にとってのポケモンは”戦友”だ。なら、お前にとってのポケモンは何なんだ?」

「……俺は――」

 

 アキラからの問い掛けに、ゴールドは答えるのに少しだけ間を置く。

 ポケモンバトルの実力や経験では、間違いなく自分は彼に大きく負けている。

 だけどポケモン達との関係という点なら、勝ち負けで比較するのはおかしいが、ゴールドはアキラよりはシンプルで堂々と言葉にして答えることが出来る自信があった。

 

「俺にとってポケモンは……”相棒”ッス」

「……”相棒”か。どういう意図でその言葉を選んだ?」

「同じ目的の為に力を合わせて一緒に頑張る。これだけ言えばあんたの”戦友”と似ているかもしれない。だけど俺は、これから先もし新しいポケモンと出会っていくんだとしても、目的が同じなら会ったばかりだろうと何か理由があろうと、そいつらとも力を合わせて一緒に頑張っていく関係を築き上げていきたい。だから”相棒”ッス!」

 

 言葉だけ聞けば確かに彼の言う通り、アキラとゴールドのトレーナーとしての方針は似ている様に見えるが、ゴールドの方がもっとシンプル且つ単純明快だ。

 同じ目的の為に頑張るのなら、一緒にいることや力を合わせるのに複雑な理由など要らない。共に力を合わせる相棒、それ以上でもそれ以下でも無い。

 ゴールド以外にも言葉で表現すれば同じ様な関係のトレーナーは多いだろうが、こうもハッキリと言葉で表すことが出来るトレーナーは少ない。

 だからこそ、ゴールドの様な存在は貴重であり、そういう人間にオーキド博士は出来る限りポケモン図鑑を託したいのだ。

 さっきは色々とアピールの仕方が悪かったが、必要な条件は十分に満たせている。

 

「良いと思うよ。同じ年の頃の俺より、考えがハッキリしているし、何より言葉通りの信頼関係を築けているのもポケモン達を見れば納得だ」

 

 口先だけなら幾らでも言えるが、ヒノアラシやエイパムの様子を見れば、彼が言っている事に偽りは無い。気が付けばカイリューもゴールドの答えが気に入ったのか、満足気に息を吐き、それでいて楽し気な表情を浮かべている。

 どうやら彼のことが心底気に入ったらしい。

 

「何か、どっちも嬉しそうッスね」

「いや面白いよ。君みたいに自分にとってのポケモンや目指している関係をハッキリと言葉に出来る人は意外といないからね」

 

 今までポケモンとの関係を彼の様に言葉でハッキリと言い表したのは、アキラの記憶でもそんなに多く無い。

 それに、カイリューが会ったばかりの誰かを気に入るなんて滅多に無いことだ。難点として実力と経験の両方が彼には不足している事だが、カイリューにとってはそれが気にならないのだろう。

 ポケモンと良好な関係を築けているのなら、後はもう歯車さえ噛み合えばメキメキと実力が身に付いて行く。アキラとしては、実力と経験だけでなくその不真面目な性格が少しは改善されたらもっと良いが、カイリュー同様に先が楽しみであった。

 

「…同じ目的の為に力を合わせる相棒、か。その目的を果たせるかどうかはわからないが、心構えとしては悪くない」

「いいや絶対に果たしてやんよ。ワニノコもそうだけど、リュックも取り返してやる」

「――リュック?」

 

 先程完敗させられた相手にベタ褒めで認められたのが嬉しいのか、ゴールドは少しだけ威勢の良さ取り戻していたが、彼の一言にアキラは疑問の声を漏らす。

 

「おう。あのワニノコを盗んだ野郎はそれだけじゃ飽き足らずに俺のリュックまで盗みやがったんッスよ」

 

 ゴールドの主張にアキラはおかしいとばかりに首を傾げる。

 記憶では、展開的にシルバーが盗んだのはワニノコと新型のポケモン図鑑の二つだけの筈だ。ゴールドのリュックを盗むなど、どういうことなのだろうか。

 

「リュックには何が入っていたの?」

「俺の大事な家族ッスよ」

 

 つまりポケモンと言う事だ。

 シルバーの盗む対象がゴールドのリュックにでも入っていたのだろうか。曖昧な記憶とシルバーの行動と噛み合わない気がする。

 そこまで考えた時、アキラの頭に昼間に叩きのめしたロケット団の姿が浮かび上がって来た。まさか――

 

「もしかしたら、そのリュックの行方に関して俺は知っているかもしれない」

「本当ッスか!」

「その為にはキキョウシティの警察署に行く必要があるけど良い?」

 

 アキラの問い掛けに、ゴールドは間髪入れずに「行く!」と答える。

 リュックに入っていたポケモン達は彼にとっては大切な家族なのだから、手掛かりがあるのならどこにだって行くつもりだ。

 さっき戦う前と同じくらいやる気に満ちた彼の目を見て、アキラは安心すると同時にカイリューと互いに楽し気な視線を交わし合うのだった。




アキラ、ゴールドを負かした後、互いにポケモンとの関係について語り合う。

アキラにとってのポケモンは”戦友”という答えは結構前から決めていたので、やっと彼の口から語るところまで出来てホッとしています。
今回の話に出す前に既に触れている読者の方もいたので、早く書きたいと思っていました。
後の作中でオーキド博士は、「ポケモンとの関係は十人いれば十通りある」と語っていましたが、言葉で表現しようとすると結構難しい気がします。
レッドと同じ「仲間」でもそこに込められている意味や考え方が違うだけでも良いのかな?とたまに考えます。

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