SPECIALな冒険記   作:冴龍

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選ぶべき道

「え~と、話を纏めると俺が修行しているジョウト地方各地で大小様々だけど色んな事件や戦いが起こって、ポケモンリーグも大きな被害を受ける…ってことでしょうか?」

「そうだ」

 

 夜の森の中、焚火と用意した電気ランプの明かりに照らされながらアキラはナツメから聞いた話をノートに纏めていた。

 レッドも話に加わっていたが、さっき羞恥心で大事なところを隠し忘れた状態で飛び出すなどの恥ずかしい思いをしたからなのか、隠れる様にアキラの後ろにいた。

 そしてアキラ自身も、ナツメには良い記憶が無いのと過去の経験から超能力を警戒して微妙に距離を取っている。

 

「何でそこまでわかっているのに、どういう奴が事件を起こすのかわかっていないのですか?」

「超能力の予知は便利だが、そこまで万能では無い」

 

 肝心な部分が抜けている未来予知の内容にアキラは不満を口にするが、ナツメはさも当然の様に答える。

 わざと曖昧にしているのでは無いかとさえ思えたが、そこまでわかるのなら三年近く前のカントー地方での戦いでロケット団はレッド達に敗北して解散に追い込まれずに済んだ筈だ。

 事前に将来脅威となるレッド達を成長し切る前に潰していけばいいのだから。

 

「…お前がここにいると言う事は、ロケット団とは別の奴なのか?」

「そこまではわからない。だけど組織的に動いているのは確かね。特にマチスが邪魔する為に大きく動いているみたいだから違うとは思うけど」

「てことは、またあの人と手を組むことになる可能性があるってことか」

 

 クチバシティでの四天王との戦いでマチスと共闘した時のことを思い出したのか、アキラは遠い目でぼやく。

 またカイリューを始めとした手持ちから文句が出そうだが、マチスが今回の戦いでも重大な役目を担っていることを彼は知っているので、その辺りは上手く合わせたりするしかない。

 

「ナツメ、お前が見えた未来の出来事ってのはどういうものなんだ? 変えられるのか? 変えられないのか?」

「見た訳じゃない。感じただけだ。だが、具体的にどうなるかはお前達次第だ」

 

 未来予知系では定番とも言える質問をレッドは尋ねるが、ナツメもよくわかっていないのか定かではないが変わらず曖昧な返答を返す。

 本来なら警察やジムリーダーの様な立場でも無く、ただポケモンバトルの腕が立つ子どもであるアキラ達が事件や戦いを解決する為に首を突っ込む必要は無いが、ポケモンリーグが関わっているとなると黙っているつもりはない。

 二人とも今年もポケモンリーグに参加する気満々なのだ。そのポケモンリーグをメチャクチャにされるなんて堪ったものじゃない。

 敵が伝説さえも容易に倒す歴代最強と言っても過言では無い存在であることをアキラは憶えているが、それでも変えられるのなら変えてポケモンリーグを無事に開催させたい。

 

「――事件や戦いの黒幕になる奴はどれくらい強い?」

「そこまではハッキリわからない。何度も言うが、感じただけだ。――そしてここまで話せばレッド、お前なら黙っていないだろう」

「それが彼の更に治癒効果の強い秘湯に繋がる訳ですか」

「そうだ。この山の更に奥、頂上近くにこの秘湯の源泉が存在している。ここにある湯は、そこから流れ出た湯の効能が薄まったものだ」

「…もっと上にはここよりも効果が強い秘湯があるのか」

 

 レッドは納得するが、少し離れたところで三人の会話を聞いていた案内役のバンギラスとダグトリオは互いに顔を見合わせる。

 その表情はどことなく心配の色を帯びていたので、話の流れ的にアキラは源泉までに至る道のりが一筋縄ではいかないのが容易に想像出来た。

 しばらくすると、他の手持ちと出ていたヤドキングが二匹に尋ねる様な声を発した後、何かを書いたメモ用紙をアキラに渡してきた。

 内容はバンギラスとダグトリオの意見らしく、端的に「うえ つよい」と書かれていた。

 

「でも、源泉近くにはより手強いポケモン達がいるんですね」

「あぁ、この辺りにいるポケモン達よりもずっと強くて賢い。お前達を案内したそこの野生ポケモンと同じだ。種は異なるが徒党を組んでいるのが多い」

 

 言われてみれば、ここに来るまでに集団で襲ってくる時はあったが、バンギラスとダグトリオの様に徒党を組んでいる様なポケモンは見掛けなかった。

 徒党を組むのは生存競争を勝ち抜く為の手段と聞いていたが、どうやら案内役の彼らはワンランク上の環境に居座れる存在らしい。

 

「――シロガネ山って、何でこんなに面倒と言うべきか強い野生が多いんだ」

「それはシロガネ山の環境が野生の世界では最も恵まれているからだ」

「こんなに過酷なのにですか?」

「過酷なのはそこに棲もうとするポケモン達の競争の結果だ。シロガネ山程に環境が良い場所は、人の手が届いている保護区であってもそうは無い」

 

 すぐに傷や重い後遺症さえも癒すことが出来る秘湯だけでなく、栄養価が高い良質な木の実や湧水が豊富など、この時点でシロガネ山は野生の中でも恵まれた環境だ。

 故にそれだけ恵まれた環境に留まり続ける為にも、シロガネ山にいるポケモン達は外部からやって来るのも含めて縄張り争いを頻繁に繰り返していったことで、結果的に強い個体が残ってきたらしい。

 ナツメの実力でも効果が薄まっている今の秘湯に留まっているのだから、源泉近くは相当な強者揃いだろう。

 

「…どうするレッド?」

「どうするも決まっているだろ。俺は源泉に行くつもりだ」

 

 また何か戦いが起こるのなら、尚更早く傷を癒して備えるべきだろう。

 危険を伴うとしても、近い将来に何かしらの大きな戦いがあることを聞いては経験のあるレッドとしては見過ごせない。

 

「…それじゃ、明日からは源泉を目指して気合を入れるか」

「あぁ、早く治せるなら向かわない訳にはいかないからな」

 

 どれだけ危険なのかはわからないが、ルール無用の野良バトルなら望むところだ。

 最も得意とする土俵でアキラは負けるつもりは無い。ここで目的地へ辿り着けられないのなら、ジョウト地方で起こる戦いに勝つなど到底不可能だろう。

 

「――ならお前達にはこれを渡そう」

 

 今にも源泉へと発ちそうな二人に、ナツメはどこからか()()のスプーンを取り出すと、それらをアキラとレッドに渡した。

 

「これって運命の……あれ?」

 

 ナツメから渡されたのは、彼女が持つ特殊なアイテムである”運命のスプーン”ではあったが、アキラはもう一つ余分に渡された変わったスプーンに気付く。

 片方は見覚えのあるスプーンではあったが、もう一つ渡されたスプーンは真っ直ぐ伸びてはいたが持ち手と軸の部分が螺旋状に捻じれたスプーンだったのだ。

 

「改めて説明する必要は無いとは思うが、”運命のスプーン”はお前達が望んでいるものへの方角や道を示してくれる。それを今後使うと良い」

「あの、”運命のスプーン”の方はわかるのですが、もう一つのこのスプーンは一体何ですか? ていうか、そもそも”運命のスプーン”ですら無いっぽいんだけど」

「お前にもう一つ渡したのは”まがったスプーン”と呼ばれるものだ」

「”まがったスプーン”?」

 

 聞いたことが無いスプーンの名称に、アキラは改めて自分の手元にある捻じれているスプーンに目をやる。

 訳が分からない様子のアキラを見兼ねたのか、ナツメは”まがったスプーン”が何なのか説明し始める。

 

「ポケモンにはお前が連れているブーバーの様に、道具を持つものが存在している事を知っているだろ。それもその一つだ。持っているポケモンのエスパー技の威力や能力を上げる効果を持っている」

「へぇ~、そうなのですか。って、なんで俺にそれをくれるのですか?」

 

 ナツメの説明が正しければ、この”まがったスプーン”はエスパー技を多用するヤドキングやゲンガー、ドーブルのいずれかに渡せば、ブーバーの”ふといホネ”以上にアイテムの効果が噛み合って大きな力を引き出せることは容易に想像出来る。

 だが問題は、何故ナツメがある意味敵に塩を送る行為をするかだ。

 

「さっき話したジョウト地方で起こる事件だが、マチスが感情的に動いている辺りどうやら私達にとって不都合か不愉快なことだと予想出来る。それにジョウト地方で起こる出来事にお前達も動くとなれば、こちらに手を貸すつもりが無くても間接的に私達にも利があるからな」

「win-winって奴ですか」

 

 要は思惑は違えど自分達にとっての面倒事をこちらが勝手に片付けてくれるであろうから、少しだけ力を貸してやると言うことなのだろう。

 確かに貴重なアイテムをくれるのは有り難いが、幾らこっちにも利があるとはいえ、ナツメ達の望み通りに動くのは癪な気分ではあった。

 

「何だ要らないのか? どうせ戦うなら少しでも手持ちを強くしたいんじゃないのか?」

 

 こちらの悩みを見透かした様な態度ではあったが、ナツメの言い分を強く否定出来ないのも事実だったので、アキラはそのまま大人しく貰うことにする。

 今後戦う相手のことを考えると、少しでも強い方が良いに決まっている。どれだけ強くなっても、戦いは何が起こるのかわからないものなのだから。

 変な細工は無いとは思うが、確認ついでに誰が使うのかを検討させる意味で彼は貰ったスプーンをヤドキングに渡す。

 

 アキラから”まがったスプーン”を渡されたヤドキングは、早速ゲンガーやドーブルらと顔を寄せ合って話し合いを始める。

 スプーンを経由して技を放つのか。それとも持つだけで効果を発揮するのか。様々な視点での意見を彼らは述べ合う。

 試しにゲンガーがスプーンを手にして色々弄ったり振ったりするが、やがてイマイチな表情を浮かべてヤドキングに返す。

 

 ゲンガーとしては、アイテムはブーバーが持つ”ふといホネ”みたいな文字通り”武器”として役に立つであろうものを求めている。

 使うエスパー技も”サイコキネシス”くらいなので、こんな小さなスプーンをわざわざ何時も所持している意義が薄かったのだ。

 そして返されたヤドキング自身も、”まがったスプーン”をどう扱うべきなのか悩む。

 先程のナツメの説明はヤドキングも聞いてはいたが、彼としては”まがったスプーン”を持つべき者に今指導しているドーブルが選択肢に浮かんでいた。

 

 確かにこうして手にしていてもわかるが、エスパータイプである自身が持った方が大きな力を引き出せる。

 だけど、それは技の威力などに絞った場合だ。彼女は威力こそ低いが、持ち前の能力のお陰でエスパータイプの技を自分以上に多く、そして多彩に扱うことが出来る。

 本来ならガラガラなどが最大限に使いこなせるであろう”ふといホネ”を、本家以上に使いこなすブーバーが身近にいるのだ。もしかしたら使い方次第では、ドーブルは自分以上に使いこなし、更には課題である技の威力の低さをある程度改善出来るかもしれないと考えていた。

 

 今でも強い自分の力を高めるべきか、それとも面倒を見ている弟子とも言える彼女の欠点を補うべきか。

 

 スプーンを片手で弄りながら考えに考えを重ねて、ヤドキングは”まがったスプーン”をどうするべきか決めた。

 

 

 

 

 

「それじゃ、バーット達は俺と一緒にこの時計が指定した時間になるまで周辺を警戒してくれ。指定した時間になったら先に寝ていた面々と交代だ。――わかったか?」

 

 粗削りだが木刀に良く似た木の棒を肩に乗せたアキラの呼び掛けに、ブーバーを始めとした一部の面々は頷く形で応える。

 ナツメとの話が一通り終わり、眠気などが酷くなってきたこともあり、アキラとレッドは寝袋を用意して寝る準備を進めていた。

 本当はテントもちゃんと準備したかったが、夜襲を仕掛けてくる野生のポケモンが居たので、呑気にテントの中で寝る訳にもいかないので対応を考えなくてはならなかった。

 

 自分達よりも先にこの山に来ているナツメにどうやって夜襲を阻止しているのか尋ねたが、彼女はエスパーポケモンが作り出した目に見えない壁で作った小さな秘密基地的なので寝泊りをしているとのことだったので全然参考にはならなかった。

 その為、アキラ達が取った夜襲を防ぐ手段は絶えず警戒し続けることだった。

 だが、そんなことをしていたら疲れてしまうのは目に見えているので、数に任せての交代制を採用している。

 クジ引きで前半組と後半組を決めて、他が寝ている間に野生ポケモンに対する警戒や牽制を担う。ちなみにアキラも、頭数に入っているので前半の警戒組だ。

 

「おいおいアキラ、昼間でも結構疲れていたのに本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫、と言うか、ここら辺で俺達との力の差を見せ付けて少しでも警戒させないとこの先が危ういだろ」

 

 昼間の時もそうだが、血の気の荒い野生のポケモンに襲われる原因は、隙を見せたり自分達が倒せるレベルと思われているのが原因だ。

 ならば乱暴なやり方ではあるが、その隙を見せないか挑む気力を奪うだけの力の差を見せ付けるのが最も手っ取り早い。

 

 既にブーバーとバルキーは共に、足を組んで瞑想に浸り込んでいる様な姿勢で静かに周囲に意識を配っている。そしてアキラ自身も、サンドパンの協力で適当に太い木の枝を軽い木刀擬きに作成して準備万端。喧嘩を売るなら何時でも来いであった。

 とはいえ今回作った木刀は主に威嚇などの牽制、手持ちポケモンの指揮への活用、果てにはいざと言う時に攻撃を防ぐ盾代わりのつもりなので、余程追い詰められない限り武器として使うつもりは無かった。

 

「ブルットも()()()()()()()()()()を持った戦い方に慣れた方が良いと思うぞ」

 

 木刀擬きを手にしている自分の様に、さっきから”まがったスプーン”を弄っているドーブルにアキラは伝える。

 エスパータイプにして同タイプの技を多用するヤドキングがスプーンを持つかとアキラは考えていたが、当人は自分よりも面倒を見ている教え子が少しでも強くなれる方を優先したのだ。

  確かにブーバーの”ふといホネ”の様に、本来適性が無いにも関わらず道具を使いこなしている例はある。

 検証も兼ねて試しに技を使わせてみると、スプーン経由で技を出したり扱うとエスパータイプは勿論、他のタイプも少しだけ威力が増しているらしいことは確認出来た。

 まだまだどう扱えば良いのかやその効果は未知数ではあるが、ヤドキングから学んでいるドーブルなら自分の想像を超えた使い方をするだろうと彼は期待していた。

 

 込み上がる眠気を堪えて、アキラは改めて周囲の木々を見渡す。

 明日は近くに湧いている秘湯の源泉へ向かう予定だが、初日から大変とはいえ乗り越えていかなければこの先やっていけない。

 カイリューなどの後半組が雑魚寝やモンスターボールの中に戻って寝始めていたが、何故かレッドは何時までも用意した寝袋には入らずに倒木に座ったままだった。

 様子から見て、疲れていると言うよりも何か考え込んでいる印象をアキラは受けた。

 

「どうしたレッド? 明日はもっと大変になるだろうから早く寝た方が良いぞ」

「それはお前にも言えるだろ。って、そんなことじゃない。ちょっと気になってな」

「気になる?」

「あぁ、アキラはさっきナツメが話していたジョウト地方で起こるかもしれない事件をどうするつもりなんだ?」

 

 直球で先程までのナツメとのやり取りを思い出しながらレッドは尋ねる。

 彼の質問の意図がわからなかったが、取り敢えずアキラは既に決めていることではあるが、自分がするであろうことを話す。

 

「どうするって、何とかしたいに決まってるじゃん」

「”自分に出来る限りのことをやって如何にかしたい”――ってことか?」

「――まあそうなるね。自分に出来ることがあるのなら力になりたい。レッドだって、怪我が無ければ同じことを考えていただろ」

「否定は出来ねえな」

 

 今までの自分の行動やナツメの話を聞いた時に過ぎった考えを振り返り、彼の指摘があながち間違いでは無いのにレッドはアッサリと頷く。

 彼は曖昧に尋ねているが、さっきのナツメが見たと言う未来予知の話を聞いていた時のアキラの目付きを思い出せば大体察していた。

 間違いなく彼は、今回起こるであろう戦いに何かしらの形で関わるつもりだ。

 

 初めて会った頃と比べれば、お互いかなり力を付けて、それなりに強くなった自覚はある。

 中でもアキラは特に力を付けており、今回のシロガネ山への同行を含めた何かの有事や荒っぽい出来事に関しては本当に頼もしい存在だ。

 もし彼と手持ちの助力が無かったら、最終的に今居る秘湯に辿り着けたとしても、一日足らずで着くことは出来なかっただろう。

 でも力を付けて行動範囲だけでなくやれることが増えたことが関係しているのか、以前よりも彼は色んな事に手を伸ばしがちでもあった。

 

「でも、具体的にはどうする? 見つけ次第に悪事を企んでいる奴を懲らしめる訳にもいかないだろ」

「そんな効率の悪いやり方はしないよ。シジマ先生やエリカさんに話して、警戒を促して貰った方が良いかなとは思っている。周りが警戒していれば何かを起こそうとはしないだろ。けど――」

「けど?」

「またジムリーダーの誰かが黒幕だったり関わっている可能性を考えたら、裏を掻かれそうな気がして…」

「あぁ~、何かわかるかも」

 

 口では可能性を危惧している止まりだが、アキラは既に知っている。

 三年近く前のカントー地方でロケット団が活発だった時と同様に、今回も黒幕がジムリーダー内にいるのだ。

 流石に警察組織にまで手は伸びていないだろうが、それでも内部事情はある程度筒抜けだ。

 

 ナツメの予知能力はメディアどころかカントー地方のジムリーダー達の間でも、その的中率はある程度信頼されている。

 なので今回聞いたことをカントー地方のジムリーダー達の実質的なリーダーであるエリカに話せば、彼女経由でポケモン協会やジョウト地方各地のジムリーダー達に警告が伝わる。

 もう大きな出来事以外の記憶は薄れているが、上手く行けば少しは被害を抑えることは出来るかもしれない期待はあるが、逆に裏を掻かれてしまう可能性も否定出来ない。

  加えてこの手の問題に本来対応すべきであるポケモン協会や警察などの組織は、規模の大きなトラブルの対応には頼りない印象が未だに抜けないでいるので、情報を提供しても上手く対応出来るのか心配になる。

 

 だけど、だからと言ってここで知ったことを話さない選択肢を選ぶつもりは微塵も無い。

 アキラ自身、どうやってジョウト地方で起こる出来事のことをシジマやエリカ達に伝えようかと悩んでいたので、今回のナツメの話はある意味で渡りに船だ。

 昔はロクな客観的証拠や情報が無いのに、この世界で今後起きる出来事を周りに話したりしたら”勘の良い邪魔者”としてヤバイ連中に口封じされることを恐れていたが、今はもう返り討ちに出来る自信があるので恐れていなかった。

 でも伝えるとなると、一つだけある問題が浮上することになる。

 

 それはこの話を持ち帰る為には下山を選ばなければならないこと、即ちレッドの方を放置してしまうことになるからだ。

 今日みたいに自分が力を貸さなくても、彼なら自力で秘湯の源泉に行くことは出来るだろう。だけど、自分も居た方がスムーズに秘湯に辿り着けて彼の完全復活も早くなるので、ちょっと悩んでいる。

 

「アキラ、もし俺のことは気にしているなら気にしなくても良いぞ」

「――大丈夫なの?」

「あぁ、この山がどんな場所なのか今日だけでも良くわかったし、ここから先は俺一人で行けるよ。少しでも早くお前がエリカ達に今回知ったことを伝えたら、少しは被害を抑えられるかもしれない」

「う~ん。そうかもしれないけど…」

 

 アキラが何を考えているのかわかっているのか、レッドは表情を緩めるが、彼の言い分にアキラはどうするべきか迷う。

 ナツメの話を聞いてから彼の頭に浮かんだのは、レッドと共に急いで源泉へ向かうことで、少しでも早く彼の傷を癒して万全の状態で共に戦いに備えることであった。

 しかし、レッドの言う通り情報が漏れてしまうことを考慮しても、早期に皆の警戒を促すことで逆に敵が余計な被害を受けない様に慎重になる――即ち大人しくなってくれる可能性もある。

 どうするべきかアキラは考え込むが、レッドは続けて口にする。

 

「お前は俺だって頼りにするくらい強いんだ。ここで俺と一緒に源泉に向かうよりも皆の力になれる筈――いや、お前だからこそ出来ることがある筈だ」

「――俺だからこそ出来ることね」

 

 一瞬、レッドが確信に至るまではいかなくても自分が何かを知っていると気付いているが故の提案が脳裏を過ぎったが、顔を見る限りそんなことは無い純粋な提案の様だった。

 果たして昔よりも強くなったのと少し起きる出来事を憶えているとはいえ、自分だからこそ出来ることはあるのだろうか。

 

 静かに考えて、アキラの目は何故か雑魚寝しているカイリューに向いた。

 目を閉じて寝てはいたものの、それでも威圧感を放ちながらカイリューは横になっていた。彼の視線に気付いたのか目を開けたが、しばらくアキラと視線を交わし合うと鼻を鳴らすだけでそれ以上何も反応を見せなかった。

 

 お前の好きにしろ

 

 一心同体の感覚を共有している訳では無いのに、その時と同じ様に彼の言葉が直接言われたかの様に頭の中に浮かんだ。

 その時、急に互いのポケットが蠢き始めた。

 二人はその原因を取り出すと、先程ナツメから渡された”運命のスプーン”の先端の部分がそれぞれ曲がっていた。しかもアキラとレッド、お互いが持つ”運命のスプーン”の先端は全く別の方角に向いていたのだ。

 それが何を意味するのかを悟ったアキラは、静かに息を吐きながら決意を固めた。

 

「……わかった。今夜を過ごしたら、先に俺は下山してエリカさんやシジマ先生に今日聞いたことを話してくる」

「そうか……お前なら大丈夫だと思うけど、焦ったり無理はするなよ」

「わかっている。無理だと思ったら何時もの様にさっさと逃げるから」

 

 手持ちポケモンの力を借りている立場ではあるが、余程の事態や敵でも無い限り退けられる自信が今のアキラにはある。

 だけど、それでも手に負えない敵と戦った場合は、堂々と逃げるしその手段もある。

 命さえあれば何時でも再起を図ったりリベンジをすることが出来る。今までそれを何度も経験してきたのだから。

 

「レッドの方も焦らないでよ。状況次第では俺よりもずっと危ないんだから」

「わかってるわかってる」

 

 互いに本当に大丈夫なのかと思ってはいたが、返事の内容も大体同じであった。

 それから彼らは闇討ちを警戒してはいたが、その夜は何事も起きなかったこともあり、互いに今後について一緒に話し合う。

 ナツメの言うジョウト地方とポケモンリーグを揺るがす程の事件とは何か。

 自分達が関わることでのメリットやデメリットなど、普段は話さないことを真面目にではあるがそこまで肩に力を入れず、時には軽い冗談を交えた。

 

「? ごめんレッド。何か来そうだ」

 

 何かを感じ取ったのか、途中で話を止めたアキラは、近くに置いた木刀擬きを手にして周囲を警戒している手持ちの元へと向かう。

 その後ろ姿にレッドは頼もしさを感じつつも、別の事を頭の片隅で考えていた。

 

 アキラに下山を促したのは、今日知ったことを多くの人達に早く伝えて警戒を促して貰いたいこともあるが、このシロガネ山を登っていく過程で彼が自分に代わって引き受けるであろう負担を減らすことも意図にあった。

 アキラは今回のシロガネ山に同行してくれている様に、自分みたいな友人や親しい人には”余計な負担や苦労を掛けさせたくない”と思っているのか、自らが引き受けたり分かち合う形で負担を減らそうとする時があることが最近レッドは分かって来た。

 嬉しいには嬉しいのだが、同時に彼から進んでやっているとはいえ彼に”余計な負担や苦労を掛けさせてしまう”のは、友人として如何にかしたいとも思っていた。

 

 どうすればアキラの負担や苦労を減らすことが出来るのか、レッドが出した答えはシンプルだ。

 口で言っても止めないだろうから、彼や自分が勝手に戦いや事件に首を突っ込んだりしているのと同じで、こちらの方から勝手に彼の負担や苦労を引き受けたり分かち合ってしまえば良いのだ。

 そしてそれを実現化させるには、彼が強くなる形で自分達の力になっているのと同じで、自分が彼の力になれる様に更に強くなることが一番手っ取り早い。

 

 その為、レッドは源泉まで向かう厳しい道を一人で進んでいくこの機会を修行のチャンスと捉えていた。

 これだけ強い野生のポケモン達がいるのだ。上手くやれば、今以上に強くなれる可能性もある。

 

 何時源泉に辿り着くのかや治療が終わるかはわからないが、既に彼はポケモンリーグの開催日よりも前に治すことを考えていた。

 少しでも早く手足を治して、自分よりも先に戦いに身を投じるであろうアキラの力になる。それだけでなく、必ず今以上に強くなって彼の度肝を抜かせてみせる。

 手持ちポケモンと一緒に周囲を警戒する彼を眺めながら、レッドは人知れずそう決意していた。




アキラ、レッドと話し合った末、先に下山を選ぶ。

一足早く主人公が下山することになりましたが、残されたレッドは恐らく原作以上のハイペースで源泉に向かうと思います。

今の時点でアキラは、もうこの世界に訪れたばかりの頃に恐れていた自衛力は十分に身に付けたと考えているので、疑わしい客観的な証拠を手に入れたり出来事を経験したらさっさと教えて解決することを考える様になっています。

そしてブーバーに続いてドーブルも道具持ち、どう活用して戦うかはお楽しみに。

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