机の上にある照明以外の光が消えた暗い部屋の中で、部屋の主であるカツラはガラス容器に入れられたある物を観察していた。
入っているのは、先日タマムシシティの外れに大量に現れたという謎の鉱物だ。
今から数日前になるが、その時に起きた事件についてカツラも知っていた。
紫色の濃霧の確認、濃霧が発生した付近で見られた謎の鉱物群、そしてピジョットの大暴れなど大変だったと聞いている。
「既にエネルギーは無し…か…」
カツラが照明に照らして観察している鉱物は、既に輝きを失っており、見た目はガラスと大差なかった。
だが、これらは全てタマムシ大学から送られた貴重なサンプルだ。例えこの状態ではわかることが少ないとしても、まだわからないことが山の様にある。まずは今あるサンプル全てを調べ尽くす必要がある。
『どうですか? カツラさん』
「まだ何とも言えない。どのサンプルも…送られた資料にあるエネルギーどころか何一つエネルギーが検知されない」
近くの机に置かれているパソコンの画面に映っていたエリカが今後の見通しについて尋ねるが、カツラの返答は芳しいものでは無かった。
観測されたエネルギーについて纏められた資料を見る限りでは、確かにポケモンの進化に関係する石が持つエネルギーに近い。しかし、宇宙から落ちた隕石が持つ特有のエネルギーも有しているので、全く同じと言う訳では無い。
エネルギーによってピジョットが変化したと聞いているが、今手元にある鉱物には現場で確認されたというエネルギーは少しも反応に無かった。
今のところ得られた情報を基にすれば、鉱物に含まれているエネルギーが周囲の環境と何かしらの反応を起こすことで紫色の濃霧の発生に繋がったという仮説が立てられる。
こう考えれば、霧が薄くなっていくのと消えていったことは説明できるし、エネルギーが失われていったのも、周囲に少しずつ放出されたからだと考えられる。
しかし、この仮説にはまだ穴があるのや謎も多い。
何故濃霧が発生する前は無かった筈の鉱物が、生える様に無数に突き出していたのか。
現場の写真や報告書を見る限りでは、まるで植物の様に生えて来たとしか思えないのだ。
そんな植物みたいに育ったりする鉱物など、カツラは聞いたことが無い。
だけど未知の現象なのだから、常識では考えられない何かがあるのは十分に考えられる。
「ヒラタ博士はおるかな?」
カツラが尋ねると、エリカに代わって今回の研究に関して第一人者であり、サンプルや資料を送ったヒラタ博士が画面に出る。
「現場には…隕石は落ちていたかね?」
『いえ、確認することは出来んかった』
「それでは…この結晶の様な鉱物は一体どこから…」
資料には紫色の霧が発生したとされる場所には、進化の石に近いエネルギーと共に必ず宇宙から落ちた隕石が放つ特有のエネルギーがある。そして今回も、宇宙から落ちた隕石が発するエネルギーが霧が発生した付近や色や輝きを保っている鉱物から確認された事が記録されている。
にも関わらず、現場周辺に隕石は落ちていなく、代わりに謎の結晶みたいな鉱物が無数に存在していた。まるで繋がりや関連性が見出せなかった。
『もしかしたら…紫色の霧の奥に何かがあると見るべきかもしれませんね』
「奥ですか?」
『はい』
それからエリカは、ヒラタ博士とアキラから聞いたピジョットがタマムシの現場から離れてからカントー四天王を名乗っていたキクコと会ったことを話した。
他の四天王と同じく消息が掴めなかったキクコが、あの現場にいたのは偶然では無い。現にアキラも、キクコが今回の事件の切っ掛けになったことを認めることを口にしていたと言っている。
『考えにくいかもしれませんが、紫色の霧が発生すると
「どこかに繋がっている……つまり紫色の霧が同時期にもう一箇所発生しているということか」
『はい。例えばその日に別の場所に隕石が落ちて、その隕石が有しているエネルギーが何らかの形で影響を及ぼして、全く関係の無い場所に繋げているのではないかと』
「良い仮説だが、記録上はどこにも隕石は落ちていないのでは?」
『現在私達が探索出来る範囲は、カントー地方とジョウト地方の一部だけです。もしかしたら他の地方の可能性もあります』
エリカが語る仮説にカツラと画面の向こうにいるヒラタ博士は唸る。
彼女の仮説が正しいと考えると、紫色の濃霧は同時期に異なる場所で同時に発生すると言う事だ。そうなると他の地方でも今回みたいな出来事が起こっているのかもしれない。
キクコから詳しく聞ければ良かったのだが、敵対関係なのと多くを語らずに再び姿を消してしまったのでもう無理だ。
『もしエリカの仮説が事実なら、もう一つ紫色の濃霧の発生地点を割り出す必要があるの』
『その為には、もっと多くの人達の協力が必要ですね』
今はカントー地方が範囲だが、ジョウト地方まで範囲に収めることも可能だ。
問題は、それ以外の地方に手を伸ばすには、現段階の人員や予算の関係で広めることが出来ない事だ。
「…私としては、今は手元にあるサンプルの解析も含めて、目の前のことに集中するべきだと考える。範囲を広げるのは時期尚早だ」
別の場所と繋がっている仮説は確かに興味深いが、予算などの都合で確かめるのには限界がある。今はまだ解明し切れていない謎を解き明かすことの方が優先だとカツラは考えていた。
そんなカツラの意見に、画面に映っているエリカとヒラタ博士は頷く。
『そうですね。カツラさんよろしくお願いします』
エリカの言葉にカツラもまた頷き、テレビ電話の通話は切れる。
改めて他の人がいなくなると、カツラは疼きを感じる右腕を抑え込みながら溜息にも似た疲れた様な息を吐く。
時間が経つにつれて、体調はどんどん悪化の一途を辿っていたが、かつて自分が犯した罪のことを考えればどうということは無かった。
一旦サンプルを机の上に置くと、カツラは少し離れた作業机へと足を運ぶ。
「さて、これは…どうしようかの」
彼がやって来た照明に照らされた作業台の上には、無数の破片が並べられ、断片的に砕けた筒状のが置かれていた。
それはアキラが愛用していたロケットランチャーだ。
カツラ自身、過去にマチスが所持していたのを見たことがある。
何故それがアキラを所持していたのかについての経緯は窺っているが、今回の事件でこの通り大破してしまったのだ。
普通なら諦めるところだが、アキラはかなり気に入っていたのかカツラに修理を依頼したのだ。
本人はダメなら諦めるつもりではあったが、カツラは快く引き受けた。
あまりにも損傷が酷いので、修理と言うよりは新しく作り直すみたいな形にはなるが、どうせならもっと彼にとって使いやすい様にしてあげようとカツラは考えている。
「確か彼の希望では――」
どういう改良を施して欲しいのか頼んだ要望書とイメージ図と思われる絵を見比べながら、カツラは彼が愛用していた道具を生まれ変わらせるべく手を動かし始めた。
「アキラ、お前は何時からイエローが女の子だって知っていた」
「――カスミさんの屋敷で特訓していた頃…かな」
少し間を置き、目線を明後日の方向に向けながら腕を組んで椅子に座っていたアキラがそう答えると、ベッドに腰掛けていたレッドは顔を俯かせてプルプルと震え始めた。
この後に何が起こるのかアキラは察すると、気まずそうに囁く声で彼に告げる。
「レッド、気持ちはわかるけどここは――」
「かなり最初じゃねえかぁぁぁーッ!!!」
「病院……遅かった」
周囲の迷惑――そもそも今いる部屋には彼とレッドしかいないが、部屋から顔を出して周りの迷惑になっていないかアキラは確認する。
例の騒動から今日で数日。以前のサイドンの時と比べれば拍子抜けに思える程に被害は少なかったが、それでもアキラを含めた関わった者の被害まで消えることは無かった。
結果からいうと、アキラを含めた四人が負傷、一番軽かったグリーン以外は全員入院していた。中でもイエローは頭を強く打ち付けていて重傷だったが、今では回復しつつある。
しかし、回復していく内にある些細な――レッドにとっては大問題が生じる様になった。
「気付く要素なんて幾らでもあったじゃん。屋敷での着替えは別。部屋も別。風呂だって俺やグリーンと一緒に入る時はあったけど、イエローは一度も無かったじゃん」
「教えてくれよ!!」
「そう思ったけど、レッドがイエローにやってきたことを考えると教えるタイミングもそうだし、状況的に変に関係をギクシャクさせたら――」
「うわああぁぁぁぁぁ!!!」
「レッド、ここは病院だって…」
呆れながらアキラは、またしても絶叫するレッドを注意するが、彼は手足が痺れているにも関わらず顔を両手で覆って恥ずかしそうに悶えた。
今回の出来事でレッドは、イエローが被っている麦藁帽子の下の秘密、即ちイエローが女の子だということを知った。
これだけでもレッドはしばらく放心状態になる程の衝撃を受けたが、加えてどこかで見覚えのある姿であったのも、彼女が昔彼が助けただけでなくジムリーダーになると約束した子だということも判明して盛大にパニックになっていた。
「まあ、大丈夫だよ。イエローもわかってくれるさ」
「何がわかってくれるんだよ! 慰めにならねえよ! この堅物! ガリ勉!!」
「悪口になってないよレッド」
「お前達何を騒いでいるんだ。ここは病院だぞ」
珍しく声を荒げるレッドとそんな彼に対して少しズレた対応をするアキラに、呆れた様子でグリーンが病室に入って来る。
すると、レッドは半分涙目の表情でグリーンに縋り付いた。
「グリーン、何で教えてくれなかったんだよぉ~」
「気付かなかったお前が悪い」
グリーンの容赦無い一言で刺さったのか。縋り付いたレッドは、目に見えて萎びるかの様に落ち込み始める。
思っていた以上にイエローの正体を知った時のショックと反応がオーバー過ぎてアキラは肩を竦める。
「同じ病院にイエローもいるから、今度連れて来るか」
「いやちょっと待って、俺の中で心の準備が…」
今回ばかりはアキラの提案にレッドは待ったを掛けるが、彼は普通に無視する。
そんな二人の漫才もどきのやり取りに呆れながらも、グリーンはレッドの前に進み出た。
「ポケモン協会の方での手続きは俺やおじいちゃん、マサキがやっておいたぞ」
「――おう。悪いな」
グリーンが口にした言葉を耳にした途端、レッドの気持ちを落ち着けると彼が手に持っている書類らしき紙が入ったファイルを受け取る。
何の書類なのかアキラは気になったが、中に入っている書類に掛かれている文字が目に入り、思わず目を見開いた。
「…レッド、ジムリーダーは――」
「辞退したよ」
取り出した書類を見ながら、レッドはトキワジム・ジムリーダーへの就任を辞退したことをアキラに告げる。
「な…なんで…」
「今は収まっているけど、ジム戦中に痺れが出ないとは限らないからな」
あの戦いの影響なのか、手足の痺れを一層強く感じるだけでなく、その間隔までも短くなってきているのだ。
ジムリーダーはただ単に挑戦者を倒すのではなく、その力量を計るのが仕事だ。場合によっては、意図的に長期戦をしてでも見極めなければならないのだ。
常に何時動けなくなるかもしれない爆弾を抱えて、ジムリーダーになる訳にはいかないとレッドは考えたのだ。
「…後任は?」
「俺だ」
暗い表情で尋ねたアキラの問いにグリーンが答える。
余程人材不足なのか、レッドを始めとした推薦が効いたのか、レッドの辞退と合わせて引き受ける意思を伝えたらポケモン協会はアッサリと認めてくれたのだ。
「俺も残念だと思うけど、就任してすぐに休業はアレだからな」
「でもレッド……」
レッドの言い分はわかるが、それでもアキラは納得出来なかった。
シロガネ山の湯治の効果を考えれば、一時的に休業してから復帰しても良い筈だ。
折角、知っているのとは違う形でレッドは夢の一つを叶えられそうだったのに、よりにもよって、本来起きない筈の戦いが原因でこんな結果になってしまったのだから尚更だ。
「アキラ…ジムリーダーの仕事がどんなものか知っているだろ」
「それは勿論、ジムリーダーの仕事って……挑戦者の力量を計ったり、時には町や人々を守る為に――」
「そうだ。ジムリーダーなら町や人々を守らないといけない」
真剣な雰囲気でジムリーダーの仕事の一つをレッドは強調する。
彼の様子と言葉にアキラは有る事に気付いた。
「もしかして…レッドは今回みたいな戦いがまた起きるって思っているの?」
「あぁ、そうだ」
手首に触れながら、レッドは静かではあったが強い決意を滲ませていた。
タケシやカスミ、そしてエリカの姿を見て来たからこそ、レッドは”町や人々を守る”という役目は、挑戦者の力量を図る以上に大切なことだと考えていた。
何より、あの時の少女――イエローに約束したのは最強のジムリーダーとしてなのだ。
最強どころか、いざと言う時に足を引っ張ってしまう様なジムリーダーになってしまうなどレッドとしては御免だ。
「旅立ったばかりの頃に経験したロケット団を始め、ここ数年間色んな事件やそれに伴った戦いが起きているんだ。――次も必ず来る」
レッドが告げた内容に、アキラは衝撃を受ける。
まさか彼の口から、次の戦いの可能性について言及されるとは思っていなかったのだ。
だけど、彼の考えは尤もだ。それどころか当たっている。
「アキラもその事を察しているだろ。だから、今も俺に勝つ以外にも強くなろうとしている」
「あ…あぁ…」
レッドの問い掛けにアキラはビックリするが、歯切れ悪そうに同意する。
彼はこれまでの経験から、何時かまた自分達は戦う時が来ると考えているが、アキラは既に次の戦いが近いことを知っている。
だけど知っているとしても、実際の戦いでは何が起こるかわからない。それを考えると全く手が抜けない。
加えて自分がこの世界に来る原因にもなった紫色の霧絡みで、また戦いが起きたのだから、同じ理由でまた何かしらの戦いがあることを察するには十分だ。
いずれにせよ。アキラ自身が元の世界で知っている以外での大きな戦いは、また来ることは確実と見て良い。
今回の事件はサイドンの時と言い、ロケット団などの組織が背後にいるとは思えないなど完全な謎なのだ。
あの場にキクコがいたのは気になるが、もし今回の現象について何か知っているのなら一年近く前の戦いで、タイプが変化したり巨大化する力を操っていた筈だ。
悪事を働く気力を失っていたこともあると考えられるが、何か理由があるのは確実だ。
「退院したら、お前が言っていたシロガネ山に俺は向かおうと思ってる。ナナミさんの確認が取れていないけど、お前の言う事なら間違いないだろう」
「そんな買い被らなくても…ただ偶然知っていたのを提案しただけだよ」
レッドがシロガネ山に向かうと聞き、アキラもまたシジマの元で行っている修行にさらに力を入れて取り組むことを決意する。
今回も起きた紫色の濃霧絡みの戦いは、レッド達が自分達の地方で起きた事件や戦い身を投じて解決するのと同じ様に、ある意味切っ掛けを持ち込んでしまったかもしれない因縁のある自分が解決すべきだ。
その為にも、更に力を付けていく必要がある。
そんなことを考えながら、アキラは窓から病室の外に目をやったが、すぐに目を見開いた。
「どうしたアキラ?」
「あいつら何をやっているんだ?」
タマムシ病院の広場の一角でアキラが連れる手持ちの何匹かが固まっていたのだ。リハビリも兼ねた軽いポケモンバトルが楽しめる様に広場はかなり広いスペースが確保されているので、手持ちが一部の場所を占拠しても大した問題にはならない。
アキラが問題視しているのは彼らの行動だ。
遠目ではあるが、エレブーとカイリューが放つ電撃をブーバーとバルキー、更にはゲンガーが揃って浴びているのだ。
傍から見ると謎過ぎる彼らの行動に、広場に居た人達は皆距離を置いていた。
「悪いレッド。ちょっとウチの手持ちを止めて来る」
「お、おう。気を付けてな」
顔付きだけでなく、アキラ自身の雰囲気が変わり、そんな彼の姿に少しビックリしたレッドは軽く言葉を掛けるくらいしか出来なかった。
それなりに彼は怪我をしているのだが、怪我をして休んでいるとは思えないまでに足早く病室からアキラは出ていく。
グリーンも少し目を見開いて見送るくらいしか出来なかったが、彼がいなくなってから、レッドは疲れたかの様に溜息を吐く。
「――また何か首を突っ込みそうだなアキラは」
今の発言をアキラが聞いたら「人のこと言えないだろ」と言われそうだが、昔の実力があったことに調子に乗ってロケット団との戦いなどの厄介事に首を突っ込むことに忠告してきた人達は、正にこういう気持ちだったのだろう。
「ただ首を突っ込んでいるだけなら良いが…あいつはブルーよりも誰も踏み込ませないぞ」
「昔、俺みたいに調子乗っていた時、アキラに手痛い目に遭ったからだけじゃないんだ」
「余計な正義感で余所に迷惑掛けるお前に言われたくない」
レッドが語る内容に、グリーンは苦々しそうな表情を浮かべる。
頻繁に戦っているレッドとは違い、グリーンがアキラと直接対決したのは、三年近く前に彼から挑まれたあれが最初で最後だ。
あの時の戦いを誰かに教えたことは無いが、十中八九アキラがレッドに話したのだろう。
武者修行の旅をしていたこともあったが、あのバトル以来感じる苦手意識やトレーナーとしての方針などで互いに反りが合わないことも相俟って、グリーンはアキラとあまり会話を交わしたことが無い。
今回の出来事が起こるまで最後に彼と話したのは、自分の
話を聞けば、アキラは
だが、いざ会ってみると変わったのは実力などの外面ばかりで、内面も多少は変化はしているものの、それでもやはり一歩踏み込ませないのは変わっていなかった。
今回も含めて今まで起きた事件や戦いでは、彼と連れているポケモン達が加勢したお陰で助かった場面は多い。そこはグリーンも認めざるを得ない。
だけど、どこか違和感を感じるのだ。
そういうところが、グリーンにとっては反りが合わないことを除いても、彼と距離を置く要因になっていた。
「グリーン、まずは待とうぜ」
グリーンの様子に、レッドは軽くだが真剣な声色で呼び掛ける。
彼もアキラの妙な点はわかっているし、グリーンが彼に対する苦手意識も相俟って好意的な感情は抱いていないことは理解している。
アキラには自分達が知らない。否、触れられたくない何かがあるのは確実だろう。例えるならグリーンの言う通り、ブルーに近い。
だけどそれは悪いことではない。仮に彼が悪いことを企むとしても、イタズラレベルならともかく本当の悪事は、本人と手持ちの気質を考えると無理だ。
イエローとは関係が少々ギクシャクしてしまったが、仮に何か裏とかがあっても、それで関係を断つことはまず無い。
信用していないから秘密を明かさないと考えるのは短絡的だ。何時になるかはわからないが、今は彼が明かしてくれるその日を待つだけだ。
人には出来ることなら明かしたくない秘密がある。
そのことをレッドは、今回のイエローを通じて学んでいた。
レッド自身も絶対とまでは言えないが、知られたくない秘密はある。
だけどそれは、しょうもない恥ずかしい秘密だ。イエローやアキラの様に断固として知られたくない秘密がどれ程のものなのか、どんな想いで隠しているのかは知らない。
「一人で抱え込むなよアキラ。もっと俺達を……周りを頼っても良いんだから」
変に迫れば、彼は自分達の前から姿を消す。そんなことはレッドは望んでいない。
彼がどう思っているのかは知らないが、例えどんな秘密を抱いていようとレッドにとってアキラは友人であり、互いに切磋琢磨するライバルであり、そして大切な仲間なのには変わりないのだから。
「お前らやりたいことがあるとしても、少しは周りの目を気にしてくれよ」
さっきまで広場で奇行とも言える謎の行動をしていたカイリュー以外の手持ちポケモン達に、アキラはボール越しで軽く言い聞かせる。
急いで広場に出た彼は、手持ちポケモン達の弁解を無視して彼らをモンスターボールに戻すと、カイリューを引き摺って周りから向けられる視線から逃げる様に引き返したのだ。
カイリューはまだ”げきりん”を”ものまね”したままなので、ボールには戻さない野放し状態だが、サンドパンとヤドキング、バルキー以外の新世代に彼の監視を任せてきた。
「…まだ腕が痛いな。ヒビは入っていない筈なんだけど」
タマムシ病院内を歩きながら、アキラはまだ痛みを感じる腕を気にする。
あれだけ無茶をしたにも関わらず、長期間の治癒が必要な怪我を負わなかったのが奇跡だ。
師匠のシジマに事情を話して、レッドのシロガネ山への登山に自分も同行する形で、傷を癒すべきかもしれない。
そんなことを考えていたら、アキラは目の前から見覚えのある人物が視界に入ってきたことに気付いた。
「あっ、イエローとナナミさん、こんにちは」
「アキラ君こんにちは」
「こ、こんにちは…」
アキラは軽い感じで挨拶をするとナナミは明るく挨拶を返すが、イエローだけはどこかぎこちなかった。
体を強張らせている様に見えるが、どうしたのだろうかと思いながらも彼はイエローの額に巻かれている包帯に目が向く。
「傷は大丈夫かな?」
「は、はい! 少しずつ治っています!」
「う…うん。それは良かった」
イエローの反応にアキラは戸惑い気味だったが、ナナミは彼女がアキラに苦手意識を抱いているからなのを理解していた。
連れている手持ちポケモンの性分がイエローと相性が悪いだけでなく、そんな彼らを有無も言わさずに黙らせる怖い一面を意図せずアキラが見せてしまったなど、タイミングが悪かったのだ。
しかし、このことを伝えるとアキラはショックを受けることは間違いないので二人は隠しているのだが、やっぱり緊張してしまうのだ。
「さっきグリーンが部屋に来ていましたけど、一緒にお見舞いに来たのですか?」
「ええそうよ。その様子だとアキラ君もレッド君も元気そうね」
「レッド」の単語を耳にした途端、イエローは若干肩を跳ね上がらせる。
どうやら先日の戦いで麦藁帽子の下や本当の性別を知ったレッドと同様に互いに気にしているようだが、こればかりはレッドとイエローが自分達の手で解決しなければならない。
手助けは出来るかもしれないが、こういう色沙汰関係はアキラは完全にお手上げだ。
「ア、アキラさん…」
ぎこちない緊張した様子で、イエローはアキラに話し掛ける。
彼女の雰囲気も相俟ってやりにくさを感じるが、アキラは何とか聞き洩らさない様に耳に意識を集中させる。
「レ…レッドさんは……その…元気でしょうか?」
「レッド? 普通に元気だけど」
「そっ、そうですか。良かったです」
落ち込み気味のイエローにアキラは首を傾げる。
良かったと言う割にはイエローの様子が暗いのだ。
「どうしたイエロー?」
「――アキラさん、貴方に聞きたいことがあります。他の人にも…レッドさんやグリーンさんにも聞こうと思っていますが……」
「? 聞きたいことって?」
「もしアキラさんは…今みたいに戦えるだけの力が無かったら、どんな風にレッドさん達の力になろうと考えるのでしょうか?」
イエローが語った内容に、アキラは頭を働かせる。
四天王との戦いを乗り越えたとはいえ、元々彼女は争いは嫌いだ。
勿論、いざとなれば戦うが、数日前の戦いでイエローはレッド達の力になっていく自信を無くしてしまったのだろう。
確かに、今の自分は昔と違ってレッドと一緒に並んで戦ったり出来るが、そこまでの力を身に付けることが出来なかったら自分は何をやっていたのだろうか。
少しだけ感慨深くなったアキラだが、少し考えるのに時間を掛ける。
「…イエローとしてはどうしたいの?」
「僕は…どんな形でも良いから、レッドさんの助けに…なりたいです」
「そうか……俺なら…そうだな。正面から戦えないなりにレッドの助けになる様にやれることをやっていたかな。前に立って戦う以外にも、助言や情報収集とか」
前にブルーと話した時、彼女が語っていたことをアキラは思い出していた。
確かに一緒に肩を並べて正面から戦うのは、目に見えて一番大きい形で力になれるが、誰もが出来る様な事では無い。
アキラが語る”戦う力が無くてもレッド達の力になれる”方法に、イエローは少しだけ明るくする。
「でも…俺個人の経験だけど、表に出ないとしても何かの事件や戦いに首を突っ込んでいる時点で、戦わなくても済むってことは全く無いね」
少し躊躇い気味にアキラは、自身の経験も踏まえてどんな形でも戦う可能性があることについても言及する。
人には向き不向きがある。それを自覚した上で、自分に出来る形でレッド達の力になろうとするイエローの姿勢は立派だ。
だが、誰かの力になると言う事は、その時点でどんな形であれ敵対する側にとって協力者なのだから狙わない理由は無い。寧ろ、力が無い程狙って来る。
彼の話に、先程まで希望を見出していたイエローは、一転して表情を暗くする。
言われてみれば、彼女自身もレッドを探すべく旅に出ただけでカンナに狙われた経験があるからだ。
「どんな形であっても、戦う事は避けられないのでしょうか?」
「まあ、必ずしも戦わなければならないってことはない。狙われる可能性を考慮して、逃げる方法を考えておくのも必要かな、とは思う。俺自身、命が懸かっているけど勝つのが無理な戦いに遭遇した時は逃げている」
「――え!? アキラさんでも逃げる時があるんですか!?」
「う…うん。どんな相手でも絶対に勝てる戦いや安全が保障された戦いなんて無いからね。今でも逃げる練習や手段の確保は欠かさずやっている」
「逃げる」発言をしてからのイエローの余りの驚き様に、アキラはビックリしながらも彼女の中で自分は一体どういうイメージなのか少し気になった。
「逃げる」と言う行為は、一部の手持ちが嫌がる様に情けない行動に見えるが、命が懸かっている場面ではそんなことは関係無い。
どんなにボロクソに叩きのめされても、逃げ切ることが出来れば相手の情報を得ることや次へ向けた再起を図る事が出来るからだ。
それに逃走手段は、何も自分じゃなくて他の人を戦いの場から遠ざけることに応用することも出来るので、考えておいて損は無い。
「…結局のところ、何をやるにしても戦いに向き合ったり、力を付ける必要があるのですね」
「力って聞くと全部”戦い”とかに繋がる負のイメージがあったりするけど、実際はどんな形でも力があるってことは、動ける幅や可能性を広げることが出来る。俺もそうだし、イエローも憶えは無いかな?」
「はい…」
レッドの助けになる力がある。
その一言が、イエローの運命の歯車が動き始める切っ掛けだった。
もし自分にその力が無かったらどうなっていたのだろうか。今でもトキワの森で憧れの人に想いを馳せているだけだったのだろうか。
それに何かを成し遂げられるだけの力を持たなければ、口先だけで終わったり仲間の足手纏いになってしまう。
ワタルとの戦いを通じて、イエローはその事を嫌でも思い知らされていた。
思っていた以上に深刻に受け止めている彼女の様子に、アキラは少し言い過ぎた気がした。
「まあ、力を付けるのがすぐに戦いだとか、相手を傷付けるのに直結するとかでそんなに深刻に考えなくても良いぞ。力を付けるってのは、やり方次第では相手を上手く傷付けずに事を収めることも可能になる」
「それは…出来ればそうしたいです…」
「…グリーンがレッドのトキワジムに就任するから、学ぼうって気があるならカスミさんの屋敷での特訓の様に何時でも教えて貰えると思うぞ」
「!」
さっき病室で知ったことをアキラはイエローに教える。
イエローは今まで色んな人に教わって来たが、一番教わったのはグリーンだ。
特にポケモンバトルに関する内容の殆どは、彼から教えて貰ったものなので彼女にとっては師匠の様なものだ。
レッドがトキワジムのジムリーダーになれなかったのは残念だが、イエローの地元であるジムに就任するとなれば、以前の様に彼から様々なことが学べる筈だ。
ひょっとしたら、単に戦う力や術を教われるだけでなく、自分よりも適切な助言をするだけでなくイエローにあったやり方を教えてくれるかもしれない。
そんなことをアキラは考えていたが、偶然にもイエローも同じ考えに至っていた。
ワタルとの戦いに勝つことが出来たとはいえ、偶然や多くの人達に助けられた結果だ。改めて、グリーンの元で様々なことを学ぶべきなのかもしれない。
「グリーンは今レッドの病室にいるから、会いに行ったら? 俺以外にも色々意見を聞けると思うよ」
イエローの目がさっきまでとは違っていることに気付いたアキラは、グリーンの居場所と彼と話すことを勧めるが、急に彼女は顔を赤めてもじもじとし始めた。
「えっと…グリーンさんにはお訪ねしますが、今レッドさんと会うには心の準備が……」
レッドと同じことを口にするイエローに、アキラは彼らの微妙な関係にどうすれば良いんだ、と言わんばかりに肩を竦めるのだった。
アキラ、次の戦いに備えるべく決意を新たにするのと身近にある別問題に頭を悩ます。
予定より遅れてしまいましたが、今話で一旦更新を終了します。
描きたい要素ややりたいことをたくさん入れたら、やたらと長いオリジナル章になってしまいましたが、次回から原作本編の第三章に突入します。恐らく、今までの章とは少し違った感じになるかもしれません。
ようやく、本作の第一話から度々描いている本来の時間軸での主人公に作品が後一歩のところまで近付いてきました。
第三章も長くなりそうなので、キリが良いと思うところまで書いたら更新を再開します。