SPECIALな冒険記   作:冴龍

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禍々しい覚醒

「アキラ君!! ピジョットのタイプが変化した! こおりとひこうの二タイプじゃ!」

「!」

 

 ピジョットのタイプが変わった。

 それだけでアキラだけでなく周りの緊張も走る。

 

 以前戦ったサイドンのいわ・じめん・ほのおの三タイプ同時保持ではなく、ノーマルタイプがこおりタイプに代わったことによるこおり・ひこうの二タイプの組み合わせ。

 一見すると三タイプよりインパクトが無いのや色が異なるとはいえ、良く見てみるとピジョットは、あのサイドンと似たオーラを纏っている。

 やがて鉱物を砕いた姿勢のまま固まっていたピジョットは、両翼を大きく広げて甲高い声を上げた。

 

 その姿はまるで、新しい力を手にした自分を周りに見せ付けているかの様だった。

 

 怯んだ訳ではなかったものの、その姿にアキラと彼のポケモン達はより警戒を強める。

 似た様な状態になっていたサイドンが、街一つに大きな被害を出す程暴れていたのだ。また同じくらい暴れるのではないかと考えるのは自然な流れだが、予想通りピジョットはカイリューに襲い掛かった。

 

 正面から突撃してきたこともあって、カイリューは間髪入れずにピジョットを殴り飛ばす。

 呆気なくピジョットは返り討ちに遭ったが、ドラゴンポケモンは殴り付けた拳をまるで温めるかの様に擦る。こおりタイプに変化した影響なのかもしれなかったが、それよりもアキラは殴り飛ばされたピジョットに目を向ける。

 

 以前現れたサイドンとは異なり、大きさは全く変わっていない。違いは藍白のオーラを身に纏っているくらいだ。

 サイドンが特別なだけだったかはわからないが、またあの常識外れの巨体と桁違いの力を相手にするのは嫌なので、これは有り難い。

 だが、さっきのピジョットの動きがさっきよりも良かったのを見ると、タイプ変化かオーラを纏った影響で能力が向上している可能性もある。

 

「皆出て来てくれ!」

 

 そこでアキラは、数で押すことを考えて多くの手持ちを投入することを選んだ。

 ヨーギラスやドーブルなどの新世代も新たに戦いに加わる。

 戦いが激しくなることを考慮してか、ヒラタ博士を始めとした他の人達は下がっており、アキラは非常に戦いやすい状況が整ってもいた。

 

 周囲には色を失っているのが大半だが、ピジョットが壊したのと同じ鉱物がそこら中にある。

 これ以上ピジョットがそれらを破壊したら何が起こるかわからないし、引き寄せられる様にやって来るポケモン達が同じ様になったら大変どころでは無い。

 

 なりふり構っていられなかった。

 

 カイリューに殴り飛ばされたピジョットだったが、起き上がると白っぽく光るオーラを纏った翼を大きく広げて威嚇する。

 タイプが変化した影響なのか、纏っているオーラを放っている冷気と見間違えてしまいそうだが、そんなことはアキラ達は気にしなかった。

 

 翼を広げて隙だらけのとりポケモンに、サンドパンが爪を向けて”どくばり”を発射するが、命中する前にピジョットは翼の一振りで弾く。

 次にゲンガーが横から”ナイトヘッド”を仕掛けるも、これもピジョットが飛び上がることで避けられてしまった。

 しかもこおりタイプに変化した影響なのか冷気の混じりの”かぜおこし”を巻き起こしながらの飛翔に、囲んでいたアキラのポケモン達の何匹かは耐えながら体を強張らせる。

 

「”10まんボルト”だ」

 

 すぐに対処する必要があると判断したアキラは、ロケットランチャーで狙いを定めながら伝えると、カイリュー、エレブー、そしてドーブルの三匹が同時に三方向から狙い撃った。

 ”オウムがえし”は使い方次第では脅威だが、跳ね返せるのは一方向且つ一つの技だけだ。

 公式ルール下なら面倒だが、今はルール無用の野良バトルだ。

 

 そのことをピジョットは良く理解していたのか、跳ね返す対象として最も強力な威力を有するエレブーの”10まんボルト”を選び、”オウムがえし”で防ぐ。

 それから他の二匹が放った電撃を巧みに体を捻らせて避けていくが、鋭い一線が片方の翼の根元に炸裂した。

 

「いいぞサンット! ナイスショット!」

 

 アキラが褒めることからもわかる様に、サンドパンが得意とする精密射撃が命中したのだ。

 攻撃を受けたくない機動力の要を突かれて、ピジョットの動きは鈍る。

 その隙にヤドキングとドーブルの念動力で打ち上げられたブーバーとバルキーが、同時に”いわくだき”と”ほのおのパンチ”をピジョットの腹部に叩き込む。

 

 二匹の強烈な打ち込みを受けて、ピジョットの動きが一瞬鈍ったのを見逃さず、アキラは構えたロケットランチャーからモンスターボールを撃ち出す。

 ところが、当て所なのかまだ霧の影響が色濃く残っている環境が悪いのか定かではないが弾かれてしまう。

 

 翼を大きく広げてピジョットは体勢を立て直すと、まるで吹雪の様な震える様な寒さの暴風を巻き起こす。自由の利かない空中なのも相俟ってブーバーとバルキーは吹き飛び、冷たい暴風がアキラ達に迫る。

 だが――

 

「ヤドット、スット。”サイコウェーブ”」

 

 アキラが技名を口にするのとほぼ同時に、二匹は素早く互いに背を合わせると体をコマの様に高速回転させて、瞬く間に念の竜巻を起こした。

 それは吹雪の様な暴風を防ぐだけでなく、引き寄せることで周囲にピジョットが起こした攻撃が広がる事を防ぐなど大きな役割を果たす。

 そして”サイコウェーブ”は攻撃を防ぐだけでなく、空を飛んでいるピジョットを吸い込む様に巻き込んだ。

 

 方向感覚を失うまでに体を激しく撹拌させられたピジョットは、錐揉みしながら放り投げられる。そのタイミングに空中に飛び上がったカイリューは、太い尾から繰り出す”たたきつける”を決めて、とりポケモンを地面に叩き付ける。

 そして止めと言わんばかりにヨーギラスは”いわなだれ”を放ち、サンドパンも”ものまね”で同じ技を仕掛け、ピジョットは落ちて来る無数の岩に潰されて生き埋めとなった。

 

「……あれ? 意外と呆気ない」

 

 アキラ達は身構えていたが、何時まで経ってもピジョットを生き埋めにした山積みの岩に変化は無い。

 感覚的に何か打たれ強くなった感じがしたので、凶暴性を発揮しながら常軌を逸した破壊的な攻撃を仕掛けるのかと思っていたが、そんなことはまるで無かった。

 少し手間取ったものの、普通に手持ちの連携も相俟って楽に対処出来た。

 

 以前は文字通り総力戦を繰り広げたこともあって、アキラだけでなくサンドパンとヤドキングもこんなに簡単に倒せて本当に良いのか首を傾げるが、ゲンガーだけは満足気に胸を張っていた。

 まるで「自分達が成長して強くなったからだ」と言わんばかりの態度だったので、容易にアキラはゲンガーの考えていることが手に取る様にわかった。

 

「まぁ、これで終わりなら、それはそれで良いけど…」

 

 ピジョットが生き埋めになっている岩の山から、さっきまで光を放っていた鉱物があった場所にアキラは目を向ける。

 折角の貴重な研究対象をピジョットに壊されて台無しにされてしまった。

 

 他に色と輝きを保っている鉱物はあるのだろうか。

 そんなことを考えていたら、山積みになっていた岩の一部が崩れる様に転がった。

 

 それに気付いたアキラとポケモン達は、すぐさま身構える。

 良く見ると、岩の隙間から藍白のオーラが少しずつ漏れていた。

 岩の山に動きがあるのを見ると、あれだけの攻撃を受けてもピジョットはまだ意識があるということだ。彼らも手を抜いた訳では無い筈なのだから、正直驚きだ。

 

 どういう条件でオーラが消えるかは具体的にわかっていないが、ピジョットの例を考えると鉱物を砕くことでタイプが変化する可能性は判明した。

 だが、それでも今アキラ達が対峙しているのは誰も見たことが無い未知の現象であることに変わりない。

 様子見はせずに岩の中から出て来たと同時に攻撃を仕掛けて――

 

「何悠長に待っているのさ! さっさと止めを刺さんか!!!」

「!?」

 

 突然怒鳴る様な声が聞こえてアキラ達の注意が向く。

 今の声は確か――

 

 その直後、岩の一部を崩しながらピジョットが這い出て来た。

 怒鳴り声に気を取られたが、アキラの手持ちが各々に攻撃を放とうとした正にその時だった。

 両翼を大きく広げたピジョットが吠えながら、全身から赤い光を放ち始めたのだ。

 その姿はまるでポケモンの進化によく似ていたが、血の様に赤い光を放ちながらピジョットは急激に大きくなっていく。

 

「…嘘だろ」

 

 ピジョットの身に起きた変化が信じられないのか、赤い光に照らされながらアキラは搾る様にしか言葉を紡げなかった。

 

 放たれた赤い光が弱まると、そこには藍白のオーラを纏い、全身に血管の様に広がる赤く光る筋の様なものを発光させながら、先程よりも一回り大きくなったピジョットがいた。

 何ともアンバランスな色の組み合わせとアキラは見当違いなことを一瞬考えてしまったが、最悪の展開であることだけはハッキリ理解していた。

 過去に現れたサイドンの体も赤く光っていたが、それは単純にタイプにほのおタイプが追加されていただけでなく、今の状態に変化していたから――

 

 つまり、何かしらの関連はあるとしても、身に纏っているオーラの色と体が赤く光ったり巨大化するのは別の現象という可能性が高い。

 

 体のサイズはサイドンみたいに見上げるまで巨大にはなっていなかったが、それでも体高はカイリューと同じ高さまでになったのだ。

 元から大きな翼も考慮すれば、その大きさは十分に化け物級と言っても良い。

 

「手段は問わない! 奴を止めるんだ!!」

 

 さっきの怒鳴り声の主も気になるが、今はサイドンと同じ状態になったと思われるピジョットを止める方が先だ。

 サイドンの移動手段は歩行だったが、ピジョットは翼を使って飛ぶことが出来るのだ。野放しにすればあっという間に被害が出る。

 

 元々攻撃準備だったことも重なり、カイリューを筆頭としたアキラのポケモン達は総攻撃を仕掛ける。

 光線、電撃、ありとあらゆる攻撃がピジョットへと殺到する。

 ”オウムがえし”で跳ね返される可能性はあったが、基本的に一つの攻撃しか跳ね返すことが出来ない性質状、幾つかの技は決まる――筈だった。

 

 攻撃が当たる寸前、ピジョットは大きく広げていた翼を振り下ろして、四方から放たれた攻撃全てを避け切ると同時に飛び上がったのだ。

 しかもそのスピードは尋常では無く、一度だけ羽ばたかせたにも関わらずあっという間に手の届かない高度に達したのだ。

 

「まずい! あいつを逃がしてはいけない!」

 

 彼の意を汲んで、すぐさまカイリューが羽を広げて飛び立とうとするが、あざ笑うかの様に飛んでいたピジョットが体を屈めて急降下してきた。

 しかもそのスピードは、さっき彼らが目にしていた時よりも格段に速くなっていた。

 

 ピジョットから目を離していなかったアキラは、そのことを認識すると同時に急いで声を上げようとするが、ピジョットのスピードが速過ぎて声で伝える時間は無かった。

 ピジョットが突っ込むと、まるで隕石が落下した様な衝撃波と爆音を周囲に広がり、アキラを始めとしたポケモン達の多くは吹き飛んだ。

 

 その威力はクレーターを形成する程だったが、それ程のスピードで突っ込んできたにも関わらず目立ったダメージを負っていないのか、ピジョットは普通に体を持ち上げて周囲の敵に対して威嚇する様に吠える。

 それに煽られたのか真っ先に体勢を立て直したブーバーは、惑わす様に”ふといホネ”を巧みに振り回しながらピジョットとの距離を詰めていく。

 

 ところがピジョットは先手を打って、翼を広げてブーバーに躍り掛かって来た。

 ブーバーは”ふといホネ”の両端を握り締めると、突き出された鳥脚にぶつける様に防ぐが想像以上のパワーに押される。

 

「さっきよりも力が強い!?」

 

 巨大化している影響もあるのか、鋭敏化した目を持つアキラから見ても、脚に込められた力加減と強さは先程よりも大きくなっていた。

 すぐさまヤドキングと遅れて立ち直ったドーブルがブーバーを援護するべく、力を籠めた念動力でピジョットの体を仰向けにする形で地面に叩き付けて拘束する。

 その隙にブーバーは一旦距離を取るが、今度は単騎では挑まずバルキー、サンドパンと共に三方向から仕掛けた。

 

 ところが、ピジョットは念の拘束を力任せに振り切るかの様に強引に体を持ち上げる。

 更に翼を大きく広げながら体を一回転させ、翼による打撃と巻き起こした暴風で三匹を返り討ちにする。

 

「っ! 巨大化するとこんなに変わるのかよ」

 

 アーボックに邪魔されるまで、ピジョットはヤドキングの念による拘束から逃れることは出来なかった筈だ。なのに今回、ドーブルの力も加わっているにも関わらず、振り切られてしまった。

 やはり全身が赤く光っている状態のポケモンは、その力を大きく向上させているのだろう。

 しかも単に能力を強化するだけでなく、凶暴性も高められているのだから、あまり良く無さそうな強化手段にもアキラは思えた。

 

 ならば尚更、今の状態になってしまったピジョットを逃す訳にはいかない。

 正攻法など考えない。何が何でも今この場で倒す。とアキラは気を引き締める。

 

 そんなアキラの決意を感じ取ったのか、ピジョットは彼を見据えると、足に力を入れて”でんこうせっか”で突撃してきた。

 アキラの前に立っていたエレブーが正面から受け止めるが、あまりのパワーとスピードに”あてみなげ”もどきでも”カウンター”を行えるだけの余裕が無いまま、引き摺られる様に体を運ばれてしまう。

 咄嗟にアキラは横に跳んで巻き込まれない様に逃れるが、ピジョットはそのまま弧を描く様にエレブーを空中に連れ去ると、空中で上手く体に力を入れられないでんげきポケモンを踏み潰す様に頭から地面に叩き付けた。

 

 強い衝撃を頭に受けるのは、流石にタフなエレブーでも苦しいのか、体から力抜けて無防備な姿を晒してしまう。

 ピジョットはでんげきポケモンを叩き付けた足で抑えたまま嘴を振り上げたが、懐に飛び込んできた小さな影の体当たりでバランスを崩した。

 

 飛び込んだ小さな影はヨーギラスだ。

 ”ものまね”でピジョットの”でんこうせっか”を真似て、エレブーのピンチに助けに入ったのだ。

 それからヨーギラスは続けて”いやなおと”を放ち、その甲高い不快音で退けようと小さな体を奮い立たせる。しかし、少し苦しんだだけで、ピジョットは”オウムがえし”で跳ね返してきた。

 自らが放った技をソックリそのまま受けて、ヨーギラスは両耳を抑え込みながら苦しみ、その後ろにいた他の手持ちも余波を受ける。

 

「こいつ!」

 

 アキラはロケットランチャーの狙いを定めてモンスターボールを撃ち出すが、ピジョットは翼を振るって飛んでくるボールを弾く。

 横槍を入れて来た彼にピジョットは改めて狙いを変えると、体を向けるだけでなく力を入れる。狙われていることに気付いたアキラもまた、急いでモンスターボールを装填し直しながら次にとりポケモンが仕掛けて来る動きに注視する。

 その時だった。

 

 カイリューが荒々しく吠えながら全身をぶつけるかの様な体当たりをかまして、ピジョットを弾き飛ばしたのだ。

 だがピジョットはすぐに体勢を立て直すと、両者は荒々しく取っ組み合いを始めた。

 

「…ギラット、エレット、一旦戻れ」

 

 すぐにアキラは、休ませる意図も兼ねて師弟コンビをボールに戻す。

 確かにエレブーは打たれ強いが、どれだけ鍛えても頭に強い衝撃を受けてしまったら立ち直るのに時間が掛かる。ヨーギラスの方は幼さと経験不足故か、目の前で壮絶な戦いを繰り広げるカイリューとピジョットに完全に腰を抜かして呆然としていた。

 

 ピジョットとカイリューの戦いは、言葉では表現し切れない熾烈なものだった。

 地面を踏み締めて立つカイリューに対して、翼を羽ばたかせて宙に留まるピジョット。

 互いに威嚇するかの様に吠えながら翼や拳での殴り合い。鋭い鉤爪で引っ掻いたり嘴で突いてきたら触角からの軽い放電や頭突きを繰り出す。

 その様は、ポケモンバトルと言う生易しいものではなく、まるで両者の生存を懸けた殺し合いに近かった。

 

 ピジョットが大きくなったことで両者の体は同じ高さだが、翼を広げた大きさも加味すると今のピジョットの方がカイリューよりも一回り大きい。

 だが、カイリューは自分よりも大きく、そして恐らく能力も凌いでいるであろうピジョットを相手にしても全く億さなかった。

 

「バーットとスットは背後から、サンットは横からリュットを援護するんだ」

 

 この状況に他のポケモン達も動く。

 負傷して動けなくなっているバルキーの回収をヤドキングとドーブルに任せ、他の三匹は先程の様にやられない様に警戒しながら迅速に動く。

 

 サンドパンは走りながら”めざめるパワー”と”スピードスター”を爪から連続発射して、ピジョットの動きを阻害する。

 他の仲間達が動いていることを悟ったカイリューは、一瞬の隙にピジョットを押し退ける様に両拳をぶつける。

 

 カイリューのパワーにピジョットは翼を羽ばたかせてバランスを保とうとするが、そこにゲンガーが放った”シャドーボール”が炸裂し、続けて背後からブーバーが振るう”ふといホネ”で殴り飛ばされた。

 力一杯に振るわれた一撃に、一回り大きくなったピジョットの体は地面を滑る様に転げていくが、跳び上がる様に起き上がると両翼を大きく広げてカイリュー達を威嚇する。

 しかし、カイリュー達も全く臆さず、共に戦うべく各々が手助けしやすい位置で構え直す。

 

 彼らが睨み合っている間に、バルキーを助けていたヤドキングとドーブルも戦線に戻り、ピジョットは再び囲まれる。

 一対一だと今のピジョットを倒せるのは限られるが、強大な敵と戦う時は仲間と協力して戦うのがセオリだ。そしてアキラのポケモン達は、協力して戦うことに関する経験が豊富だ。

 

 翼を広げたまま威圧してくるピジョットの動向にアキラは目を凝らす。

 何かあれば早撃ちを得意とするサンドパンに伝える用意も出来ている。

 そして、その時はすぐに来た。

 

「サンット撃て!!」

 

 爪を持ち上げて狙いを定めていたサンドパンは、すぐさま”どくばり”を撃ち出す。

 威力と速さを追求した一発だが、見事に広げた翼を動かそうとしたピジョットの片翼の付け根に命中する。

 鳥系のポケモンが共通して弱い箇所に攻撃を受け、ピジョットの動きが鈍る。それを見たカイリューとブーバーは一緒に突撃するが、ピジョットは構わず翼を振り下ろして冷たい風を巻き起こしながら飛び上がった。

 ヤドキング達は念の力で引き摺り落とそうとしたが、ピジョットはあっという間に加速して狙いを定めさせないまま、まだ雲が多い空へと姿を小さくしていった。

 

「――ちょっと待て、どこに行く!?」

 

 さっきの様に高高度から突撃してくるのかと思ったが、どんどん小さくなっていくピジョットの姿を見る限り、その考えは全く違っていた。

 不利と判断したのか定かではないが、この場からピジョットは去ることを選択したのだ。

 

「リュット追ってくれ!!!」

 

 カイリューは頷くと翼を広げて、ピジョットが飛び去った方角へと爆音と衝撃波を撒き散らしながらミサイルの様に飛び立った。

 カイリューは本気を出せば、地球を一日も掛けずに一周すること出来る程の飛行速度を発揮する。しかし、あれだけのスピードが出ては、生身の状態でアキラが乗ることが出来ない。 追跡や居場所の特定が困難になるのとカイリュー一匹に強大な敵を任せることになってしまうが、あんなのを野放しにする訳にいかなかったアキラ達には、これしか今打つ手は無かった。

 だけど、彼がこの場に残ったのにはもう一つ理由がある。

 

「――出てこいキクコ。お前の仕業だろ」

 

 苛立ちを隠す気も無い声色でアキラは、紫色の霧が大分晴れて来た森に向けて呼び掛ける。

 すると、何か硬い音と共に森の中から杖を突いた老婆――服装は変わっているが、アキラの記憶にハッキリと残っているキクコが姿を見せた。

 まさかの人物が現れたことに、離れた場所で見守っていたヒラタ博士を含めた何人かが驚くが、アキラは普段見せない不機嫌な眼差しを老婆に向けていた。

 

「アタシの”仕業”ね。確かにこの辺りが()()()()()()()()()()()()()のはアタシの所為だってのは認めるけど、もうアンタ達から見た”悪事”を働く気は無いよ」

「誰が信じられるか。悪事を働くのを止めたからって『はいそうですか』って水に流せるか。今度は何を企んでいる」

「尤もな意見だね。でも証拠はあるのかい? クチバシティの港を吹き飛ばしたワタルの様な明確な証拠が」

 

 キクコの言い分にアキラは舌打ちをする。

 奴の言う通り、港を”はかいこうせん”で破壊したワタルと比べると、キクコにはハッキリとした証拠が無いのだ。ポケモンを操る謎の輪っか状の装置さえも、本当に彼女が作ったのかもわかっていない。

 精々クチバ湾で死闘を繰り広げたくらいだが、あれだけだとトレーナー同士の過激な争い程度に扱われる。

 

 実際、ロケット団に幹部として協力していたマチスやナツメも、証言だけでは証拠が乏しいなどの同様の理由もあって、そんなに追及されずジムリーダーに復帰している。

 だがアキラ同様にキクコの言葉が信じられないのか、出ている彼のポケモン達は少しずつ包囲していく。

 そんな露骨なまでの彼らの動きに、キクコは気付いていないのか、疲れた様な息を吐く。

 

「まぁ……負けた直後のアタシなら、そんなこと関係無く自首していたかもしれないね」

「なら――」

「でも、今はそういう訳にはいかなくなった」

「……はぁ?」

 

 アキラはまた苛立った声色で疑問を声を零す。

 ワタルといい、どいつもこいつも過去に働いた悪事を揃って水に流そうとするのか。

 

「悪事を働く気が無いんだろ。なら何なんだ?」

「そうね。アンタの言う”償い”と言えるものかねぇ」

 

 その言葉にアキラは反応する。

 直接的な処罰は無かったが、ロケット団に協力していたカツラは情報提供などの司法取引に様々な事件の解決の尽力、その頭脳を活かして事件の解決に必要なことに協力する様にするなど、何かしらの目に見える形で償おうとしていたのだ。

 それならキクコの言う”償い”とは一体何なのか。

 

「どんな償いだ?」

「教えてどうする? それが”償い”に値するかアンタらが決めるのもおかしい話じゃないか」

「お前が決めることでも無いだろ」

 

 最後に見た時に比べれば、どこか気力が無さげなのを見ると何かあるのは確かだろう。

 だが、何かあるとしても教える気が無いのなら信用出来ない。

 相手が今まで戦った中でも最強格なのも相俟って、出ていたポケモン達は何時でも攻撃出来る様に備えながら包囲網を狭めていく。

 

「随分と疑い深いね。まぁ、アタシらがやってきたことを考えると仕方ないか。あれだけのことをしたアタシが()()()何て言っても信じる訳無いわね」

「人助け?」

 

 思ってもいなかったキクコの言葉に、アキラは耳を疑った。

 ポケモンを操る技術を利用したことやワタルを前面に押し出したことで、自らは姿を極力見せなかった黒幕疑惑のキクコが人助けをするなど、どういう風の吹き回しか。

 しかし、シバやカンナ、彼にとっては腹立つワタルさえも後に何らかの形でレッド達の力になるのだ。

 その中でキクコの姿は記憶の限りでは無かったが、他の三人の行動を考えると可能性は無いことは無いかもしれない。

 そして信憑性を高める理由が、一つだけあった。

 

 ピジョットを追い詰めて様子見をしていた自分に何故早く倒す様に助言をしたのかだ。

 

「デリケートな問題でね。()()()()()()()()()()()

「デリケート?」

 

 信憑性を高めた理由についてアキラは尋ねようとしたが、またしてもキクコの良く分からない言葉に首を傾げる。

 さっきから何を言っているのだろうか。否、この場合はキクコの背景に何があるか理解していないとわからない。

 

「キクコ、さっきから何を言っている。お前は…この紫色の霧に…周辺にある鉱物も含めて一体何を知っている?」

 

 もし知っているのなら全てを話して欲しい。

 しかし、彼の望みに反してキクコはこれ以上言う事は無いと言わんばかりに目を逸らす。

 彼の目から見られる細かな動きなどからも、明らかにもう去ろうとしている。

 

「待てキクコ!!!」

「待つ訳ないだろ。アンタらが納得出来る出来ない関係無く、()()()()()()()静かにさせて貰うよ」

 

 アキラのポケモン達は、一斉に取り押さえようと動く。しかし、その前にキクコは手持ちポケモンの能力なのかガス状のものに包まれながら、あっという間にその場から姿は消した。

 

 意味がわからない。

 

 もう悪事を働く気は無いと言っておきながら、何故こんな混乱を引き起こしたのか。

 キクコの言う”人助け”とは一体何なのか。

 そして、焦った様な声で自分に助言をしたのか。

 全てが謎のままだ。

 

「…リュットを追わないと」

 

 今キクコの謎について考えても仕方ない。それよりも変化を起こしたピジョットを止めることと、追い掛けているカイリューが今どこにいるのか探さなければならない。

 空を飛べるのはカイリューだけなのもあるが、今カイリューは人が乗ることが出来ないスピードで飛行しているので、居場所がわかったとしても追跡は困難だ。

 すぐに手持ちポケモンに集合の号令を掛け、アキラは次の行動を起こす準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 分厚い雲の一部が盛り上がり、藍白のオーラを纏いながら体の随所を赤く光らせるピジョットが姿を見せる。

 そして飛び出したとりポケモンから少し離れた背後の雲が盛り上がるとカイリューも雲から飛び出し、見渡す限りに広がっている太陽光を遮る雲海の上を飛ぶピジョットを追跡する。

 

 ピジョットは本気を出せば理論上マッハ2のスピードで飛行出来るとされるが、カイリューも本気を出せば、地球を一日足らずで一周出来る程の飛行速度を引き出すことが可能だ。

 普段はアキラを背中に乗せたり、専用のカプセルに彼を押し込んでも中々本気を出すことは出来ないが、今は違う。

 

 徐々に加速することで少しずつピジョットとの距離を詰めていくが、追跡に気付いたピジョットは羽を折り畳むと同時に向きを変えて雲の中へと飛び込んだ。

 当然カイリューも雲の中に飛び込むが、分厚い雲の中は光が遮られていることも重なって視界がとても悪かった。

 

 ピジョットはどこにいるのか。

 周囲を警戒しながら速度を緩め始めた直後、斜め後ろからピジョットが突然飛来してきた。

 そしてとりポケモンは、体を回転させるかの様に捻らせて、カイリューの後頭部を翼で打ち付けて来た。

 地上戦なら、飛び技があるのと近接戦でも有利な技を覚えていることでカイリューが有利だが、純粋な空中戦だとピジョットの方に一日の長がある。

 

 空中戦に関してまだ不慣れであるカイリューは、完全に不意を突かれたことや冷気を纏った打撃攻撃なのも相俟って、錐揉みしながら分厚い雲の中を落ちていく。

 だけど、すぐにバランスを取り戻して浮遊する様に空中に留まる。

 周囲を見渡すが、雲で視界が悪くてピジョットがどこにいるのか全くわからない。

 純粋な空中戦は不利だが、体を止めて神経を集中させれば――

 

 その直後、背後から真っ直ぐ突っ込む形でピジョットがカイリューを襲撃する。

 だが、直感で悟っていたカイリューは振り返ると同時にピジョットを殴り付ける。

 今度はピジョットの方が落ちていくが、すぐに体勢を立て直して甲高い雄叫びを上げながら飛び上がる。そして、追い掛けて来るカイリューと空中でまるで雷鳴の様な音を轟かせる程に激しく激突する。

 

 正面からぶつかり合った両者は、互いに殴り付けたり鉤爪の引っ掻きや嘴の突きの応酬を繰り広げながら、まるで飛ぶことを忘れたかの様に雲の中を落ちていくのだった。




アキラ、予想外の展開続きに混乱するも次へと動く。

最近のポケモンは、サン・ムーンのぬしポケモンや新作に登場するダイマックスなどの要素を見ますと「巨大化」が流行りなのかな?とちょっと思ったりします。
原作本編でも伝説のポケモン同士での怪獣プロレスみたいな激突は最近多いですけど、新要素であるダイマックスを活かして、今年も公開された某怪獣王みたいな地球最大の決戦を一般ポケモン同士で街のど真ん中でやってくれると信じています。

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