SPECIALな冒険記   作:冴龍

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理解への一歩

 ミニリュウがトレーナーを狙っている。

 

 その事に気付いたアキラは、それだけは止めるべく体の痛みや痺れ、抱いていた恐怖心全てを無視して動いた。

 おかげで放たれた”りゅうのいかり”は見当外れの方へ飛んで行ったが、取り押さえられたミニリュウは彼の手から逃れようと暴れる。

 予想通りと言うべきか、ドラゴンポケモンの力は強かった。

 あっという間に振り払われて、アキラは腹部に強烈な尾の一撃を叩き込まれた。

 

「かっ……」

 

 中にあるもの全てを無理矢理押し出す様な強い衝撃に、アキラは体をくの字に折って呻き声を漏らす。しかし、休む間もなく次の痛みが彼を襲う。

 突然の事に観戦していた観客達は勿論、避けようとしていたタケシさえも己のトレーナーを体当たりや尾で滅多打ちにするミニリュウの姿に呆然としてしまう。

 ようやくミニリュウの暴走が止まったのは、彼をリングの隅にまで追いやってからだった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 

 全身の至る所から感じる太い棍棒で殴られた様な痛みに、アキラは足から力が抜けてコーナーポストに寄り掛かる様に崩れる。

 特に酷く痛む箇所を抑えながら、彼は目の前で睨み付けてくるミニリュウと向き合う。

 変な動きを僅かでも見せれば、今にも飛び掛かって来そうな刺すような視線。少し前だったら、離れていても怖くてすぐにでもボールに戻そうとしていた場面だ。

 

 だけど、何故か今回はあまり怖く感じられなかった。

 

 慣れてしまったと言うべきか、痛みのあまり感覚が麻痺しているのかと思ったがどうも違う。

 理由を考えても、体中が痛くて思考が中々上手く纏まらない。

 だけど、ぼんやりとではあるがあることにアキラは気付いた。

 

 今まで、本当の意味で自分は正面からミニリュウと顔を向け合ったことが無いことにだ。

 ボールから出して接することはあったが、余所に向かれるか無視されたり、暴れられても被害を受けない様に距離を取ったりしていた。そうしたこともあって、こうして間近で面を向かい合ったことは一度も無い。

 

「――そうか」

 

 今まで自分はミニリュウと向き合っていたつもりでいたけれど、本当の意味でちゃんと向き合ってなどいなかったのだ。

 痛い目に遭うのが怖かったことや中途半端にこの世界の事情や周りが知らないことを知っていたから、勝手に事情を推測してわかった様なつもりでいた。

 生き抜こうとするやる気はあったくせに、こんな簡単なことをやる勇気が無かった自分自身に彼は呆れてしまう。

 

 もっと早くから、こうして正面から向き合えば良かっただけの話だ。

 それに一方的にポケモン達が変わるのを願っておきながら、トレーナーである自分はあまり変わらないなど都合が良過ぎる。

 

 変わるべきなのはまず、自分の方からだ。

 

 ニビジムを訪れる前、レッドに無意識に”ポケモンを信じられていない”のを指摘された時といい、気付かされることばかりだ。

 

「――どうする?」

 

 呼吸が安定し始めたアキラは、ミニリュウの目を見つめながら尋ねた。

 元々このジム戦は自分の勝手な一存で挑んでいるのだから、実際に戦ってる当事者の意見を聞くべきだろう。そう考えると、何だか不思議と今の状況には場違いな穏やかな気持ちが湧いてくる。

 体中から殺気を滲ませて睨み付けていたミニリュウだったが、彼の穏やかな表情に気が削がれたのか、鼻を鳴らせると体を反転させてサイホーンと改めて対峙する。

 

「…わかったよ」

 

 退くつもりが無いとわかり、アキラはよろめきながら立ち上がる。

 

「試合を続けるか?」

 

 とんでもない一悶着があったが、狙われた当人であるタケシは尋ねた。

 目の前のミニリュウは戦うつもりだが、戦いを続ける続けないかの最終的な判断を下すのはトレーナーだ。故に彼は挑戦者であるアキラに問い掛けるが、彼の返事は決まっていた。

 

「続けます」

「――そうか」

 

 答えを聞き、タケシとサイホーンは身構える。

 続けるからには出来れば勝ちたい。

 強がってはいるが、後一回でも攻撃を受ければ今度こそミニリュウは力尽きてしまうだろう。

 勝てるとしたら、未だに見せていない”れいとうビーム”で仕留めることだが、相性が良くても一撃で倒せるかどうかはわからない。

 

「決めるぞ。”とっしん”!!!」

 

 止めの一撃を命じられて、サイホーンは吠えると同時に足に力を入れてミニリュウ目掛けて突進する。さっきは何とか躱したが、勢いに乗れば建物も容易に粉砕する程のパワーを誇る。正面から受ければ、一発ノックアウトものだ。

 普通なら先程と同じ様に横に躱すべきだが、そのつもりは無いのか躱す体力が無いのか定かではないが、ミニリュウは動かなかった。

 

「”れいとうビーム”」

 

 迫るサイホーンを見据えて、アキラは呟いた。

 

 これがこのバトル最後の攻防になる。

 そう直感したので、最後は指示と言う名の素人の余計な口出しはしないつもりだったが、思わず咄嗟に技を口にしてしまった。

 

 その直後、ミニリュウは鋭い目で一瞥したが、真っ直ぐ突っ込んでくるサイホーンに対して無謀にも正面から挑む。体を大きく捻らせて、ドラゴンポケモンは馬鹿の一つ覚えの様に”たたきつける”を再び繰り出す動作を取る。

 リングの周りで試合の行方を見守っていた観客達は、渾身の一撃が弾かれてサイホーンの”とっしん”を受けて宙を舞うミニリュウを想像したが、結果は違った。

 

 振るわれた尾は青と白の軌跡を描いて叩き付けられたが、叩き付けた先はさっきまで狙っていたサイホーンの頭では無く前足だったのだ。

 

 それにアキラが気付いた途端、再び彼の視界は目に映る光景全てがゆっくり動いている様に見えたが、一連の流れを見届けると普通の早さに戻った。

 ぶつけると同時にミニリュウはサイホーンを避けながら体を動かし、その口元に青白い光の粒子を集め始めていた。

 

 前足をぶつけられた所為で、サイホーンはバランスを崩して体は勢いのまま宙に浮くが、すぐに最初に避けられた時と同様に、素早く体勢を立て直してリングに着地する。

 改めて避けたミニリュウ目掛けて突進しようとするが、目の前が青白い光で溢れる。

 

 それはミニリュウが放った”れいとうビーム”だった。

 真正面から受けたサイホーンの体は急速に凍り付き、ツノがミニリュウにぶつかる寸前で氷の彫刻と化す。一瞬にして起きた出来事に、会場内はレッドのピカチュウがイワークをバラバラにした時と同様に静寂に包まれた。

 

「――勝った?」

 

 誰よりも早くアキラは状況を理解すると、”れいとうビーム”を放った姿勢のまま固まっているミニリュウの姿に目をやる。

 するとミニリュウはゆっくり静かに、まるでリラックスするかの様に首を真っ直ぐに立ててから彼に顔を向けた。相変わらず睨んだ様な目付きで、「当然だ」と言わんばかりの雰囲気を醸し出しながらそっぽを向く。

 

「えっと、よくやったって言うべきかな? それともありがとうの方が良いかな?」

 

 最後の最後で言うことを聞いてくれたのかは定かではないが、戦い続けたミニリュウにアキラは少し慌てながら礼と賛辞を伝えると、力が抜けたのかへたり込んだ。

 

 この時、会場内にいた誰もが、アキラとミニリュウの勝利を確信していた。

 観戦していたレッドや観客達は勿論、戦っていたミニリュウ、この戦いを見届けた審判、タケシさえも自身の敗北を受け入れようとしていた。

 中でも一番安心し切っていたアキラ自身が、このちょっとした違和感に気付いたのは奇跡に近かった。

 

 

 

 何かにヒビが入って軋む様な嫌な音

 

 

 

 小さな音だった。

 バトルの影響でリングのどこかにヒビが入ったのだろうと、頭の中から片付けた直後であった。

 ミニリュウの目の前で”とっしん”の体勢のまま凍り付いていたサイホーンが、この世の物とは思えない恐ろしい咆哮を上げながら、凍り付いていた体の氷を砕いたのだ。

 この突然の事態に真っ先に気付けたのは些細な音を耳にしていたアキラだったが、すぐにその事を認識することはできなかった。

 違和感の正体がサイホーンの復活など、全く予想していなかったからだ。

 

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 人気が殆ど無くなったニビジムから、アキラとレッドの二人は礼を述べながら出て来る。

 陽はすっかり沈み、青空が広がっていた空は今では月を始めとした星々が太陽の代わりに夜の街を照らしていた。

 既にニビジムは閉館となっていたが、アキラの手持ちを回復させる時間が長引いて、今ようやく終わったのだ。

 傍から見ればぼんやりとした表情で、頬にガーゼや絆創膏を貼ったアキラはニビ科学博物館への道をゆっくりとした足取りで歩き始める。

 

 今彼の頭の中では、さっきのバトルで負けてしまった時の光景ばかりが何度もビデオを巻き戻して再生するかの様に繰り返されていた。

 

 ”れいとうビーム”が直撃して、サイホーンの体が凍り付いた時は勝ったつもりでいたが、意地になって復活したサイホーンに完全に不意を突かれた。執念の一撃を受けたミニリュウはダメージが限界を超えたのか、リングの外の観客席に飛ばされて完全に気絶してしまった。

 サイホーンの方も突き飛ばしてすぐに力尽きたが、リングの外に出たのやミニリュウの方が先に戦闘不能になったことから、先のバトルはアキラの敗北という形で終わってしまった。

 

「まだ気にしているのか? さっきのバトル」

「まぁ…気にしていないと言えば嘘になるけど」

 

 勝てたかもしれない試合に負けてしまうのは正直言って悔しいが、トレーナーとしてちゃんとポケモン達を統率し切れていなかったのだから当然の結果だろう。

 

 勢いに流されたのや今の自分では手持ちを御するのは難しいことを知った上で挑んだのもあるが、何より現実であると意識しておきながらゲームと同じ感覚が残っていたのも敗因だ。

 ポケモン達の独断でニビジムのトレーナー達とリーダーと渡り合えたのは、確かに凄いことだが、せめて忠告や注意くらいは聞いて欲しかった。

 

 だが、全てが無駄だったかと言うとそうでは無い。

 最後の最後になって本当の意味で正面から向き合うことの大切さ、ポケモンだけでなくトレーナーである自分も変わっていくこと、これらがわかっただけでも挑戦した価値はあった。

 

「でも、途中から結構良い感じだったから、また挑めば勝てると思うぜ」

「その”また”が何時になるのやら」

 

 ジムによって異なっているらしいが、ニビジムは定期的に挑戦者を募るがそれ以外は基本的に挑戦は受け付けない方針だ。

 なので次にニビジムが挑戦者を募るまでは、タケシとの再戦は叶わない。

 浮かない気分ではあるが、アキラは気持ちを切り替える。

 

 旅に出ているレッドと違って、自分にはヒラタ博士を始めとした助けの手がある。

 今回のジム戦で得たのを糧にしっかりと危機意識を持ち、困ったら堂々と助けを求めてアドバイスを乞うのが一番だ。何より、諦めずに接し続ければ手持ちとの関係改善に望みが見込める様になったことは大きい。

 

 いまいち実感は湧かなかったが、何だかんだ言って一緒に過ごしている内に少しずつポケモン達も変わってきているのだ。彼らが変わっていくのなら、トレーナーである自分も彼らと共に成長していくなどの形で変わっていくべきだ。そして手持ちを率いるのに相応しいトレーナーになる。

 それが連れているポケモン達から信頼を得るだけでなく、この世界で生きていくことや自らの目的に近付くことが出来る一番の道。考えが進むにつれて、アキラはそう思えた。

 

「――決めた」

「何をだ?」

「骨折られようが痛め付けられようが恐れを抱こうと、ミニリュウ達は手放さない。とことん向き合っていく」

 

 これから先、連れているポケモン関係で大怪我するかもしれない。

 ヒラタ博士みたいに、身の丈に合わないポケモンを連れるのを止める様に勧める人に会うかもしれない。

 

 元々手放すつもりは無かったが、今後そういう理由で手持ちを手放すのを考えたりすることは絶対にしないとアキラは、敢えてレッドがいる目の前で誓った。

 彼の前で宣言すれば、何だか出来る様になれる気がする願掛けに近い動機もあるが、一人で決意するよりは誰かが居た方がハッキリと意識出来る。

 

「それとレッド」

「何だアキラ?」

「…まだ会って間もないのに、色々と教えてくれてありがとう」

 

 彼は注意深く見れば気付ける些細なことを指摘してくれただけでなく、自分に今回のジム戦を通じてポケモン達との信頼関係を気付く切っ掛けを与えてくれた。有名になる前からレッドは様々な人に注目されてきたが、それはこういう風に意図しているいないにも関わらず、周りに大きな影響を与えるからなのだろう。

 そんなことを思いながら、アキラは唐突だがレッドにこれまでの分を含めて改めて彼に感謝の言葉を伝える。

 

「別に、そんな大したことはしてねぇよ」

「いやいや、本当にありがたいよ」

「そこまで言われると何か照れるな」

 

 レッドは本気にしてはいないが、アキラは本気だ。

 今は出来ることは限られているが、何時か彼の助けになりたい。

 将来彼が辿るであろう道中の出来事を思い出しながら、気合を入れるかの様に息を吐く。

 博物館に帰ってもやることが無かったら大人しく寝るのを考えるが、気を抜き過ぎて腰のボールが震えていたのには気付かなかった。

 やがて揺れ始めたボールが地面に落ちると、中からゴースが飛び出した。

 

「!? ちょっとゴース…」

 

 アキラはすぐに怪訝な表情で振り返るが、目くらましの常套手段である”あやしいひかり”を真正面に受けてしまった。

 

「ちょ! タンマ! 目が…目がぁ~」

 

 強烈な光りを直視してしまった所為で目が眩み、両目を手で押さえてわかり切った事を口にしながらパニックに陥る。

 何も見えなくて周囲の状況が確認できない。

 とにかくゴースがまた何かをやらかす前に早くボールに戻そうと、彼は四つん這いになって転がっているであろうボールを手探りで探し始めるが見つからない。

 

 異常事態にレッドも身構えるが、ゴースは地を這う様に動いているアキラの姿をケタケタ笑う以上のことは仕掛けてこなかった。

 イタズラ好きと言うかちょっかいを出して反応を見るのが好きなポケモンだな、と様子を窺いながらレッドは思ったが、足元にゴースのボールが転がっているのに気付いた。

 

「お~いアキラ、お前のボールはここにあ――」

 

 未だに探しているアキラに声を掛けようとしたが、まだボールに戻りたくないのか、ゴースは舌をゴムの様に伸ばしてレッドの顔を舐め上げた。

 鳥肌が立つような痺れを感じるが、彼はすぐに自らの異変に気付いた。

 

「!? 目が…」

 

 「見えない」と言葉を紡ごうとしたが、唇が全く動かせず言葉を紡げなかった。

 何も見えなくて夢遊病者の様にレッドはフラフラし始め、未だにボール探しの為に地を這いつくばっているアキラとぶつかって、二人揃って地面に伏してしまう。

 

 あまりに間抜けな姿にゴースは笑いが止まらなかったが、ぶつかった衝撃で二人が腰に付けていたボールが地面に落ちる。普通なら落ちただけではボールは開かないが、まるで狙っていたかの様に揃いも揃って落ちた衝撃で開閉スイッチが起動して、ポケモン達は飛び出した。

 

「待て待て、俺達は今目が見えないんだぞ」

 

 レッドは未だに目が見えていないし、アキラの方も見えてきてはいるもののまだぼやけている。

 トレーナー二人が動けないのに、トラブルを引き起こされるのはきついので止めて欲しいが、そんなこと彼らには知ったことではないのだろう。

 

 ようやく見えてきた視界で最初にアキラの目に映ったのは、ニョロゾとフシギダネ、サンドの三匹が、素知らぬ顔のゴースに抗議やら文句を飛ばしている姿だった。

 怒っている様だが、彼らは比較的良心的なので特に気にしないが、問題は四匹から距離を取っていたピカチュウとミニリュウだった。

 

 一言で言えば、一触即発と呼べる程までに最悪だ。

 ピカチュウは手持ちになったばかりなのやまだレッドに懐いていないこともあって、ちょっとしたことで機嫌を損ねやすい。ミニリュウの方も改善の兆候があっただけで、中身は殆ど変わっていない。せめて自分のポケモンであるミニリュウだけでも、ボールに戻さなければならない。

 ところが、動く前にピカチュウが両頬に火花の様な電気をちらつかせ始めた。その動きを喧嘩を売って来たと認識したのか、ミニリュウは体中に力を漲らせて二匹は戦いへと動いた。

 

「待て待て! 喧嘩なんて……ウギャァァ!!!」

 

 電撃に光線と言った激しい技の応酬が始まって、他のポケモン達は我先にと大慌てでその場から離れる。

 アキラは二匹を止めようと両者の間に飛び込んだが、取っ組み合いだけかと思い込んでいた所為でモロに二匹の戦いに巻き込まれて奇声を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

「あれは…結構効いたな」

 

 体の芯にまで響く痺れと暴力的な痛みを覚えた記憶が頭の中を流れたのを機に、アキラは意識を再び今に戻す。

 

 昼の休憩時間が終わり、彼は手持ちのポケモンを引き連れながら周りの様子を窺っていた。先程使用された施設内で食事を終えて集まったコガネ警察署に所属している警察官達は、皆手持ちのポケモン全てを外に出して各々何やら相談していた。

 今彼らがやっているのは、”ポケモンとの話し合い”、つまりミーティングだ。

 

 午前中に行った確認バトルで気付いたことだが、挑んできた警察官達の多くは手持ちの強みを活かし切れていない。トレーナーとポケモンの間には、形や程度はどうであれ、一般的には主従関係の様なものが築かれているのが殆どだ。

 しかし、それだとトレーナー側の立場が強い為、ポケモンが持つ強みを殺したり、適していない戦い方を押し付ける可能性がある。なのでこうして手持ちと話し合って、戦い方や方針について意見を交わすのは利点が多い。

 当事者の意見が重要なのはどこも同じだ。

 

 ポケモンは人の言葉を理解することは出来ても、喋ったりすることは基本的には無い。

 けれども身振り手振りや表情の変化だけでも、意思疎通は十分に可能だ。

 ただ、いざやってみると個々に話すことはあっても、手持ちのポケモン全てと同時に話し合う機会はあまり無かったからなのか、纏まりが無いのや相談の進行、どの様な戦い方が適しているのかがわからない人が何人かいた。

 そういう人達にアキラは手を差し伸べたり個々にアドバイスを行うが、意見や考えはポケモンでも十人十色。話が進むと厄介な問題は出てくるものだ。

 

「――と言うことで、可能か無理なのかを教えて頂けないでしょうか?」

「そうですか…」

 

 ある警察官から持ち掛けられた話に、アキラは頭を悩ませる。

 この話し合いのやり方の問題点は、ポケモンとトレーナーの意見の相違だ。

 今回の場合、手持ちであるゴローンが今の一撃耐えてから反撃する戦い方ではなく、素早い動きで相手の攻撃を避けたりする戦い方をしたいらしい。

 カウンター戦法はゴローンの長所である防御力を生かしたスタンダードな戦い方だが、このがんせきポケモンは速攻を望んでいるのだ。

 

「やっぱり無理ですよね」

「やろうと思えば、やれるのですけど…ちょっと問題が」

 

 思いもよらない発言に相談を持ち掛けた警察官は逆に驚くが、アキラの意識は既に目の前のゴローンに向けられていた。

 話し合いが進み互いに遠慮がなくなってくると、こういうポケモン側から方針に反する戦い方を要望することが多々ある。理に適っているか納得できるのなら良いが、たまにトレーナーの方針とは違うやり方だったり、こういう願望紛いな要望をされる時がある。

 

 トレーナーの方が上下関係は上なので却下することは容易だが、単純に無理だと押し切ったり強制するのは良くない。故に妥協案や試してみてダメだった場合は元々の方針に従うなど、なるべく双方が納得する形で調節する必要がある。

 ゴローンは能力的に攻撃力と防御力に秀でているが、タイプの関係もあって素早さは低い典型的な要塞型だ。

 

「う~ん、あの方法はすぐにやるのは無理だろうし。代わりの方法となると――」

 

 面倒な要望だが、もしゴローンの要望が実現したと考えると欠点である鈍さが解消されるので強力なのは間違いない。けれど体格も含めてポケモンが種ごとに生来有している能力値である種族値のことも考慮すると、ゴローンの鈍足は走り込みなどで鍛えれば如何にかなるものでは無い。

 

 一応やろうと思えば不可能と言う訳ではないが、今アキラの頭に浮かんでいる方法は色々と条件もあって面倒だ。何とか手間の掛からず、この場で教えられる方法は無いものか。

 そう考えていたら、最近全ポケモン中最速からでんきタイプ最速の座に落とされたあるポケモンとゴローンの姿が重なった。

 

 それなら良い方法があると思い、彼は後ろに連れていた手持ちと額を突き合わせんばかりに顔を近付けて相談を始めた。

 

 生まれ持った能力を大きく変えたり伸ばしたりするのは、ポケモンであろうと人であろうと、ただ単に鍛えるだけでは到底無理だ。だけど知恵を振り絞れば、望む戦い方に限りなく近付くことは出来る。

 話し合いはトレーナーであるアキラは冷静に進めていたのだが、一部の彼のポケモン達は激しい意見のぶつかり合いにまで発展するまでになった。

 幸い、熱くなり過ぎて揉める前には何とか案は纏まってくれた。

 

「このゴローンは”ころがる”を覚えていますか?」

 

 アキラの質問に警察官は頷く。

 後ろでは口論していた二匹がクロスカウンターの形で殴り合いを始めていたが、トレーナーである彼や止めてはいるものの他のポケモン達は大して気にしていなかったので触れない様に努めた。

 

「その”ころがる”を使っている状態で、自由に動き回ることが出来ますか?」

 

 質問の意図がわからなかったが、これがゴローンが要望していることを実現させる方法であるのを彼は悟った。

 ”ころがる”は時間が経過すればする程、勢いが増して威力が上がる技だ。

 最終的にはとんでもない速さにまで加速するが、今思えば技を繰り出した直後でも単純に動き回る以上に速く動くことが出来ていた。恐らくゴローンがイメージしているのと異なってはいるが、もし”ころがり”をしながら自由に動くことが出来るのなら、ただの速攻よりも強力だ。

 

「――やれるか?」

 

 男性がゴローンに尋ねると、ゴローンは空いているバトルフィールドに移動する。

 その姿に自然と周りから視線が注がれ始めたが、ゴローンは気持ちを落ち着けると体を丸める。

 そしてアクセルを吹かし始めた車のタイヤを彷彿させるスピードで丸めた体を回転させて、バトルフィールドの中を駆け回り始めた。

 技を繰り出した直後であるにも関わらず、素早さの高いポケモンに匹敵するかもしれない速度で転がるゴローンにアキラは期待を抱く。

 

 次の段階として、駆け回る過程でトレーナーが方向転換などの指示を出す。

 最初は上手い具合に指示通りに方向を変えていたゴローンだったが、時間が経つにつれて速度が増し始めてから反応が遅くなってきた。どうやら徐々に増してきたスピードに翻弄されているらしく、バトルならこのまま続けても良いが、今はその時では無い。

 

 トレーナーは止まるのを命ずるが、ゴローンの勢いは止まるどころか急に動きが不規則になり、誰構わず跳ねたり壁にぶつかったりと制御出来なくなったのか暴走し始めた。

 危機感を抱いたトレーナーである警察官は、慌てて手持ちの暴走を止めようとしたがボールに戻す前に跳ねられてしまい、そのまま伸びてしまう。

 

「悪く無い考えだったけど、制御できないのが問題か」

 

 ゴローンがもたらす惨状を目にしながら、アキラはこの方法の問題点を考察する。

 急に動きが不規則になったのは、指示通りに無理に方向を変えようとした所為でバランスを崩してしまったのだろう。だけど勢いに乗る前は動きを制御することは出来ていたので、案外訓練次第では自在に動き回れるようになれるかもしれない。

 そんな風に改善点を考えていた彼に、未だに止まらず暴走を続けるゴローンが迫る。

 

 離れる余裕はあったのだが、死角から迫ったのや考えることにアキラは意識を向け過ぎて完全に周りへの注意が疎かになっていた。

 ぶつかると周りが予感した直後、彼との間に黄色い姿が割って入った。

 介入したのはアキラが連れているポケモンだ。

 

 転がって来るゴローンを相手に、そのポケモンは果敢に正面から抱き込む様に受け止める。

 鈍い音が施設内に響き渡り、受け止めたポケモンも衝撃と勢いで後ろに押されるだけでなく、激しい回転によって摩擦熱が生じていたが、それでも踏み止まる。

 止めようとしたポケモンは皆ゴローンの勢いに負けて弾き飛ばされていた為、周囲は驚きの目を向けていたが、アキラだけは嬉しそうな様子だった。

 徐々にゴローンの回転が弱まり、完全に止まったのを確認すると受け止めたポケモンはゆっくりとゴローンを下ろした。

 

「本当にお前は打たれ強いな」

 

 称賛の言葉を掛けてやると、黄色いポケモンは嬉しそうに胸を叩いて己の力を誇示する。

 

 が、喜びも束の間。

 胸を叩いたのを引き金に、受け止めた時の摩擦熱で火傷を負った箇所が痛み出したのか、直ぐにヒイヒイとのたうち回り始めて仲間から火傷冷ましに水を浴びせられた。

 まるでコントみたいな流れに、アキラは呆れを隠そうとせず状態異常を治療する為に所持していた回復アイテムを取り出す。

 

 ポケモンの戦い方は種ごとに能力や強みなどがあるが、同種だとどうしても性格や考えが異なっていても戦い方に違いがあまり無いことも多い。

 だけど今のゴローンを止めた手持ちの様に、変わった方に長所を持っていたり、一般的に知られているデータだけでは説明が付かない例外も数多く存在している。

 

 色々経験してきたが、未だに新発見や驚きがあるのだから、ポケモンは本当に奥が深い。

 そんなことを思いながら、彼は今自分を守ってくれたポケモンとの出会いを思い出すのだった。




アキラ、少しずつ手持ちとの信頼関係を築いていくのとトレーナーとしてやっていく為の明確な方針を定める。

今回の出来事のおかげで、色んな事が楽になる予定。
ただし彼の苦労の日々は続きます。

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