「登校時間」
日本には、四月末から五月初めにかけての休み、ゴールデンウィークがある。
しかし休みというものは明けるのが早く感じるのは気のせいか。毎日ぐーだら過ごしていたら、もう学校に行く日になっていた。
制服のネクタイを締め、校章の付いたバッジをしっかり付ける。
鏡に映る俺は、平凡だった。黒髪に黒目、カッコよくは無い平均な顔。
もう少し天に恵まれたかった。切実な思いを抱えながら、俺は朝食を摂るためリビングへと階段を下りた。
「あ、お兄ちゃんおはよー! 朝ごはん出来てるよ!」
下から、長い黒髪をツインテールに纏めた中二の妹が俺に声をかける。ピンクの可愛らしいエプロンを付けている妹の名は、元葉朝日と言う。
活発な性格で、部活はテニス。誰に似たのかレギュラーに入れるほどの実力者であり、勿論朝日も本とペンを持っている。寧ろ、持っていないのが異常だけれど。
「おはよう朝日。今日の朝ご飯は?」
「目玉焼きと卵焼きとスクランブルエッグと卵かけご飯だよ!!」
「卵余りすぎだろ!!」
食卓に並ぶ卵料理。ケチャップに胡椒、塩も完備されている。
今日も父は帰ってきていないらしい。エプロンを脱いだ朝日はご機嫌に椅子へと座り、手を合わせた。
「いっただっきまーす」
「いただきます」
手下げのカバンを椅子の背もたれに掛け、卵焼きを口に入れる。中二ながら元葉家の家事を管理している朝日の手料理はいつ食べても美味しい。出汁の風味が広がるのを楽しみながら、朝のニュースに目を向ける。
「本の盗難、か」
「うん。最近多いみたい……。お兄ちゃんには関係ないと思うけど」
「うるせい。お前も気をつけろよ」
ニュースの内容は、本の盗難。文字だけ見れば大したことないように見えるが、奪われているのは一人一つしか持たない大事な本である。
他の人には使えないそれを、何故盗んでいるのか。疑問だらけだと指摘する解説者を尻目に、俺は卵を食べ続けた。
数十分後、口の中が卵一色になった処で俺は靴を履き外に出る。爽やかな風が頬をなでる。空は青く、澄み渡っていた。
家の中から、制服の上にクリーム色のカーディガンを羽織った朝日が出てくる。黒い革靴のつま先を何回か地面に弾ませ、俺の隣へと歩み寄って来た。
「行こうか、お兄ちゃん!」
ツインテールを揺らす朝日は、そう言って嬉しそうに微笑む。
俺の通う学校も、朝日の通う学校も電車通学の距離だ。降りる駅は違うが、部活の朝練が無い日等は基本的に一緒に行っている。自転車でも行けない距離では無いけれど、自転車を持っていないのだからしょうがない。
本とペンが発達していても、大抵の人はページの消費を抑えるために電車や車を普通に使っている。それでも尚授業で実技という模擬戦闘があるのは、本を使った犯罪が増加傾向にある今万が一に備える為だ。
常識となっている本の力。しかし、他人の目次を完璧に把握することは出来ない。異能と呼べるその力を、悪用しない輩は居ない。民間人も現行犯逮捕は出来る。
だが、ここで特筆すべきは本を持って危害を加えている奴には本で制裁出来る法律だろう。『裁きの本は均等に与えられる権利である』……『本等本制裁』と呼ばれる制度があるのを見れば、どれだけ本が驚異的かが分かってしまう。
勿論、本を持ってすらいない俺には関係ない法律。朝日を電車の席に座らせ、俺はその正面に立つ。
混んでも居ないが、空いても居ない。そんな中途半端な電車はガタンゴトンと規則正しく揺れ、線路を走っていく。
章は自転車通学。使っている自転車は最新式の、電動とは少し違いペダルを加速させる特殊な自転車を持っている。これと言って使い道は無いのだけれど、本人が気に入っているのだから仕方がない。俺も嫌いではない。
ポケットからスマホを取り出し、手早くパスワードを打ち込む。ネットを開き、今日のニュースを確かめる。
「……お兄ちゃん、彼女さん出来たの?」
「急にどうしたの!?」
心配そうに、それでいて余計なお世話だと言うのを分かって居ない朝日は小首を傾げる。俺だって彼女は欲しい。でも、平均平凡まっしぐらなのだ。
「いや、だって毎回毎回ちょっと長い休み明けると出会いがあるぜえええ!! とか言って張り切ってるでしょ?」
「うんまあ、期待したいじゃん」
「でも今日は言ってないから、もしかしてと思って。まあ、考えるだけ無駄だったね。ごめんね」
「泣くぞ?」
苦笑を交えてのごめんねに、早くもガラスのハートにヒビが入る。成績優秀容姿端麗のこいつを、少しでも見返してやりたい。
具体的には、女の子を家に連れて行ってこいつと話させるんだ!!
「あ、そろそろだ。じゃあね、お兄ちゃん」
「おう、頑張れよ」
車両にアナウンスが響く。朝日は立ち上がるとバッグを肘に掛け、開いた扉からスキップでもするように飛び出していった。
最後に笑いながら手を振ってくれた我が妹に手を振り返し、再びスマホ画面に視線を戻す。芸能人やスポーツのニュース等が並ぶニュース欄。
いつもと変わらないように見えて、決定的に違うところがあった。
「……宗教団体が本で犯罪をしている?」
それは、とある宗教団体のニュースだった。
俺の住む神奈川県を中心に、関東圏を襲っている不可解な事件。その内容はどれも不思議な物で、小規模ながら人目を引くものだった。
目立ちたがっている奴の馬鹿な遊びにしては、何かが噛み合ってないような感覚がする。住んでいる県と近い事もあるけど、ほんの少しだけ気に留めてみて置こう。そう思い、俺はスマホを閉じる。
「……出会いが欲しい」
例えどんなにシリアスになって居ても、根本は男子高校生。
やはり、少しばかり夢に憧れてしまう。
電車を降り、人ごみに飲まれるがままに改札へと向かう。大きい駅の中に入るであろうこの駅の周辺には高層ビルが立ち並び、至る処にサラリーマンの姿が見える。
欠伸を噛み殺し、俺は高校へ向かって歩き出した。
出会い何て、あるわけがない。そう思いながら。