斯くして一色いろはは本物へと相成る。   作:たこやんD

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お待たせしました!

私事ですが週末に一応最後になるマーク模試がありまして、少し勉強のほうに集中してたら更新遅れてしまいました...(-_-;)

ともあれ、自己採も上々で気分がよくなって、一気に書き上げた次第です←笑

ですがしかし(今度はなに!?)

しかし木曜日に今度はオープン模試がありまして...

模試多すぎて休日ないし教育機関ブラックすぎるだろ!って感じなのです笑


というわけで更新頻度はかなり落ちてしまうかもしれませんが、引き続き楽しんでいただけると幸いです。


それでは前置きが長くなりましたが、本編、どうぞ!





7話 斯くして別れと始まりの春は訪れる。

3月1日、晴れ。

今日はわたしが生徒会長に就任してから最も大きなイベントです。

今ここに立っているわたしの姿を昔の自分が見ても、おそらく誰か分からないんじゃないかと思う。それぐらい、過去のわたしからは想像のできない役職についている。

 

生徒の自主性―—などという言葉がすっかり形骸化しつつある現代の学校事情なので、生徒会長と言ってもそんなに仕事はないように思われるかもしれない。

実際わたしも自分が就任するまでは、中学の頃のやる気のない生徒会役員たちの記憶も相まって、生徒会室で判を押し続けるデスクワーク中の社畜のような姿を連想していたぐらい。

 

しかしここ総武高校は近年では珍しく、生徒会に決済案などがある程度全振りされ、学校行事などにおいても生徒会に多くの発言権が与えられているという体制が続いている。

そのおかげもあって、わたしの悲観していた生徒会像はいい形で裏切られ、今ではそれなりに仕事を楽しめるようになっている。

とはいえ、生徒会長になったことよりわたしが仕事を楽しんでることのほうが驚くべきなんだろうけど...。

 

確かにわたしはサッカー部のマネージャーもやっているから、人に奉仕する精神が欠落している系JKというわけではないのだけど、あれは仕事と呼ぶにはあまりにも手軽く済ませすぎている。

もともと男子の気を――もとい葉山先輩の気を引くためだけにはじめたマネージャー業だし、わたしはそのポジションを単に利用しているにすぎなかった。

 

この生徒会長の仕事を受ける気になったのも、最初は誰かさんの口車に乗せられて利用する目的だったのが実のところだ。

 

そうして軽い気持ちで始めた生徒会だったけど、実際の業務はなかなかハードだった。平日の放課後から、生徒会引継ぎ資料の確認をして調印。来年度予算案のドラフトの下書き、って何回下書きするんだろ…と思ってみたり。その他もろもろの雑務が波のように押し寄せてきた。

そしてその中でも特に苦戦を強いられたのが、意識高い系こと海浜高校生徒会さんとの合同クリスマスイベントだった。

 

けどあのイベントは、最も苦戦したかわりにわたしの内面に大きな変化をもたらしたと言えるイベントだった。

 

イベントが成功した後のそれまでに体験したことのないような達成感。

あの充足感は、わたしの中に確かに生まれたはじめての、“本物”と呼べるような感情だったように思う。

それはもしかしたら、準備期間中のあの日に聞いた先輩の言葉に感化されただけのものだったのかもしれない。

けど、それでも…

あの気持ちを知ったことで、わたしは少し先輩のことを理解できた気がした。

あんなに必死になって、自分をさらけ出して、柄にもなく声を震わせてまで、先輩が求めたものの一端を感じることができた気がした。

 

それからだよね…わたしが奉仕部に入り浸るようになったのって。

それに、仕事にもやりがいを感じれるようになったし、頑張りたいって思えるようになった。

 

やっぱり、全てのきっかけは先輩…。

生徒会に入ったのも、仕事が楽しくなったのも、葉山先輩に告白したのも。

振られたのに、どこかすっきりした気持ちになったのも…。

 

ホント、あの人が関わるといろんなことが新鮮で、予想なんてできたもんじゃない。

 

 

なんでこんなに先輩のこと…

 

 

最近頭のなかで考えを巡らせていると、どうしても先輩のことに行きついてしまうんだよなぁ…。どうしたものか…。

…ま、考えても仕方ないか!

 

と、そこでいったん思考をストップさせて全校生徒に向かって視線を下げると、生徒たちの視線は一様に体育館ステージ上のある一点…わたしの横にあるスクリーンに注がれている。

映し出されているのは、仕上がりを確認するために何度も何度も見直した卒業生に向けたビデオレター。

各部活動の部員や委員会の役員、そして目の前にいる卒業生が一年生だった頃の担任の先生方…それぞれが順に、今日総武高校を旅立つ卒業生に想いを語っている。

 

これ編集するのに、めっちゃ時間かかったんですよねー…。

まぁ、ちょうど奉仕部に行きづらかった時期だからよかったんですけどね。

 

コンピューターに強い副会長さんの助けを借りてようやく完成させたそのビデオレターを眺める卒業生の顔には、この三年間の営みを思い出しているのか、いろんなものを綯い交ぜにしたような色が浮かんでいる。

式も後半に差し掛かった頃だし、中には泣き出してしまっている女子の先輩も多い。

あ、城廻先輩なんか号泣してるし...。

 

『——————それじゃあ達者でな。いつか君たちと、酒でも酌み交わしながらここでの日々を笑って語れるのを楽しみにしている。…ふっ…そんなに悲しい顔をしないでくれたまえ。何かあったらいつでも連絡をしてくれて構わない。…け、結婚の報告とかはしなくていいからな!…絶対だぞ!』

 

スクリーンを見ると丁度、担任枠最後のひとりである平塚先生が、カッコいいのか残念なのか、なんとも締まらないセリフを残してフェードアウトしていくところだった。

 

ほんと、誰かもらってあげて...。

 

 

エンドロールが流れるスクリーンを見つめながら、溢れる涙と嗚咽を必死にこらえようとする先輩方の姿を見ると、頑張ってよかったという気持ちが込み上げてくる。

 

はじめて奉仕部の手を一切借りずに仕上げたわたしの中では最大級である大仕事は、どうやらしっかり成功を収めてくれたらしい。

 

天井に巻き上げられていくスクリーンを眺めながら感慨に浸っていると、体育館の電気がポチポチと明かりを灯していき、いきなり訪れた明るさに少し目を細めた。

 

そうだ、わたしにはまだもうひとつ大事な仕事が残ってるんでした。

 

でもこっちはしっかり先輩や雪ノ下先輩にチェックしてもらって完成させたやつだし、不安なんかも特にないですね。

 

半年間の生徒会長としての経験と、奉仕部の優秀な二人への絶対的な信頼とが合わさって、揺るぐことのない安心感をもたらしている。

 

あ、優秀な二人って…結衣先輩が優秀じゃないみたいですけど、違いますからね!!結衣先輩は少しアレなだけで、えと…そう、いい人だし!!

 

と、頭のなかでセルフ言い訳を展開していると、すっかり明るくなった体育館に教頭先生の低くよく通るバリトンボイスが響く。

 

『それでは続きまして、生徒代表送辞…』

 

声に合わせて、わたしは胸元のリボンをキュッとひとつ締め直す。

 

『生徒会長、一色いろは。』

 

 

「…はい!」

 

 

軽く吸い直した息を、お腹に力を込めて一気に吐き出す。

 

そしてステージ脇から、一歩、また一歩と、中央に向けて足を進める。

 

チラッと見えたステージ下のプロジェクター台の傍にいた先輩と目が合った気がしたけど、それは多分気のせいですよね。

 

そんなことが頭を過ぎり、中央にたどり着いたわたしは、明るくなった体育館の中でより一層明るいスポットライトの暖かな光に包み込まれると同時に、迷いのない瞳で館内のすべての視線を受け止めるべく、顔を上げた。

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

「どうぞ」

 

コトン、とわたしの目の前に紅茶を注いだカップが置かれると同時に、鼻腔をくすぐるいい香りが流れてくる。

 

「あ、どうもです」

 

紅茶を注いでくれた雪ノ下先輩にお礼を言いつつ置かれたばかりのコップに手をかけ、湯気の沸き立つ琥珀色の液体をちびちびと啜る。

ひとしきりその奥深い味を堪能してカップを置くと、

 

「はうー」

 

と、気の抜けた声が漏れてしまった。

今の絶対先輩のとこまで聞こえたよね…。

 

「あははー、いろはちゃんお疲れだね~」

 

「さすがに疲れましたよー」

 

どっと疲れが押し寄せてきた身体の重みをすべて机に預けるように肘をつく。

 

「いろはちゃん頑張ってたもんね!ビデオも送辞もすごかったし、先輩たちみんな泣いてたよー」

 

「由比ヶ浜もボロ泣きだったけどな」

 

「うっさいヒッキー!ていうかなんで見てるし!」

 

ぷくーっと膨れて右方を睨む結衣先輩の目は、確かに少し腫れていた。

 

「比企谷くん、暗闇に乗じて女性の顔を覗くのはやめなさい。ただでさえ気配のないあなたがそのようなことをするとなおさら質が悪いわ」

 

隣で聞いていた雪ノ下先輩が、先輩に援護射撃を放った。

すると責められた先輩は少し弁解の言を発した。

 

「雑用係で前にいたから生徒の顔が丸見えだったんだよ。お前のその頭意外と目立つし」

 

気だるげに指した指の先には、結衣先輩のトレードマークとも言えるお団子が首を傾げる結衣先輩に合わせて傾いていた。

何の事だかわかってない結衣先輩のことは無視して、先輩は閉じていた右手の文庫本にもう一度視線を落とす。

 

結衣先輩も大して気にならなかったのか、すぐに隣の雪ノ下先輩へのくっつき攻撃へと移行する。

タオルケットを膝かけにして本を読んでいる雪ノ下先輩の隣にぴたっとくっつき、タオルケットに足を突っ込んでめっちゃ笑顔です...。

雪ノ下先輩も少々嫌そうな顔を作って見せているが、実際に嫌がっているわけではなくむしろウェルカムなんじゃないかと思うまである。

 

「ゆ、由比ヶ浜さん、そんなに引っ付かれると本が読めないわ」

 

「えー、じゃあお話ししようよー」

 

「私は今そういう気分じゃ…」

 

「あ、そういえばこの前サブレの散歩してたらね、めっちゃ可愛い野良猫が…」

 

パタン。

 

「どうぞ、続けて」

 

「え、あぁうん。そんでね、その野良猫が―――———」

 

 

…猫の話になった途端目の色替わりましたよこの人...。

どんだけ猫大好きなんですかね。

 

とまぁ、そんな感じの百合空間をぐでーっと眺めていたわけですが、さっきからどうにも先輩の挙動がおかしい気がします。

あ、いや先輩がおかしいのは元からですけど。

なんかこう、もぞもぞというか、くしゃみを我慢してむずむずしているような…。

 

よく分かんないけどとりあえずかわい…じゃなくてキモいです。

あまり見すぎるとヤバい気がする。うん、いろんな意味で。

 

それでも先輩が何か言おうとしているのは分かったので、わたしから触れてあげた方がいいのかなぁ...と案じていると、廊下に響くパタパタという軽い足音に続いて、それとは相反する大きな音をたててドアが開け放たれた。

 

何事か、と四人分の視線がドアに集まる。

 

そこに立っていたのは、髪は乱れ目の下は赤く腫れあがっている、もうなんか色々とぐちゃぐちゃの顔で肩を上下させている城廻先輩だった。

 

「どしたんすか…」

 

「はぁ…はぁ…」

 

...。

 

「確か今、三年生は最後のLHR中だったはずでは…」

 

「はぁ…はぁ…」

 

…。

 

「え、えっと…あ!ハンカチ使いますか!?」

 

「はぁ…はぁ…」

 

…。

 

…返事がない。ただの屍のようだ。

 

じゃなくて!

息切れで返事ができないらしい。

みなさん質問はもう少し待ってあげた方が…いやまぁわたしも何をこんなに慌ててきたのかめっちゃ気になりますけど…。

 

 

 

「ふぅ~」

 

と、ようやく息を落ち着かせた城廻先輩は、しばらく呼吸のためにフル稼働させていた肺から、やっと言葉を紡ぎだした。

 

「いろはちゃん…っ!!」

 

と。

え、待ってなんでわた……ぐはっ。

 

潰れた肺から詰まっていた空気がなすすべなく押し出された。

城廻先輩がわたしの名前を呼ぶと同時に猛突進を仕掛けてきたのだ。

 

「いろはちゃん…いろはちゃん…っ!」

 

と、わたしに抱きついてからも名前を連呼してばかりいる城廻先輩の行動の意図がつかめなくて、わたしも奉仕部の三人も呆気にとられていた。

 

「え、えっと…城廻先輩。とりあえず、ちょっと苦しいんですけど…」

 

いまいち状況が飲み込めないわたしは、とりあえず押しつぶされたままの肺の開放を要求する。

 

「あ、ご、ごめんね!つい…」

 

何がつい…なのか分からないが、そう言って肺の圧迫からは解放してくれたものの、城廻先輩の手は未だにわたしの肩をしっかりとホールドしたままだ。

 

全く心当たりもなく、顔が近いせいで行き場のない視線を宙に彷徨わせていると、城廻先輩が次の言葉を発してくれた。

 

「いろはちゃん…」

 

また、名前でした。

 

「えっと…」

 

「あのね、わたしね、ホントはいっぱい言いたいことがあったんだよ?…だけどみんなの顔見たら、考えてたこと全部忘れちゃって…」

 

あはは…と照れたように笑う城廻先輩は、それでもこれだけはちゃんと伝えたいから。と続けた。

 

 

「ありがとね!」

 

 

満面の笑みで彩られた城廻先輩の顔は、涙やら洟やらでぐちゃぐちゃだったけど、これまでに見た中で一番輝いていた。

 

「それに、みんなも!今回もいろいろ頑張ってくれたんでしょ?」

 

「いいえ。今回はほとんど一色さんの仕事ですよ、城廻先輩」

 

「ああ、俺たちが手伝ったのは原稿のチェックぐらいですし」

 

「うんうん!ビデオのことだってあたしたちなーんにも知らなかったですし!」

 

「え、そうなの…?」

 

さっきとは打って変わって、ぽかんとした表情になる城廻先輩。

 

まだ少し理解の追い付いていないわたしを余所に、先輩たちが受け応えている。

 

それにしても、今なんかわたしちょっとバカにされた気がするんですけど...。

いや絶対されましたよね!?

 

だんだん話の流れが読めてきたわたしは、いまだに口を半開きにしてこちらを見ている城廻先輩に向けて、頬を膨らませてみせた。

 

「わたしだって成長してるんですからね…?」

 

少しいじけた声をだしてぶーぶー言っていると、フリーズから脱出した城廻先輩にもう一度ハグをお見舞いされた。

 

「そっか…いろはちゃんが…」

 

なんかまた泣きそうですよこの人…。

 

「あれ、すっごくよかったよ!みんな感動したって言ってたし、今までああいうのって部活内でやってるとこがあるってぐらいだったから…」

 

「えと…よ、喜んで頂けたなら、頑張ったかいがあるってもんですよ!」

 

なんか面と向かって褒められると、反応に困ってしまう...。

嬉しいんだけど、ちょっと恥ずかしいみたいな。

 

「うん!だから…ありがとね!」

 

またもや城廻先輩の歴代笑顔ランキングが更新されてしまいました。

 

依然として抱きつかれたままのこの状況に恥ずかしさを感じて顔を逸らしてみたものの、その先には保護者然とした奉仕部の面々の優しい微笑みがあって、さらに頬が熱くなっただけだった。

 

こうしていると、生徒会長をやっているとはいえやはり、わたしはここにいる中でも一番年下なわけで。

大好きな先輩たちに囲まれると、わたしはこんなにも素敵な人たちに支えられて、守ってもらって、ここまでやってこれたんだと改めて実感する。

 

今回の卒業式は、わたしなりにいろいろ考えて、なるべく先輩たちの手を借りずに生徒会のメンバーだけで準備から運営までを通したつもりだった。

 

それでもやはり、わたしの後ろには先輩たちがいて見守ってくれている。と考えるだけでどれだけ支えられたことか、自分はまだまだ守られてばかりの立場なんだということと一緒に実感する。

 

そんなことを考えていると、さっきまで感じていた今日一日の疲労感も、いつの間にか吹き飛んでいて…。

 

肉体的にも精神的にも温かいこの状況に、もう少しだけ浸っていたいと思ってしまい、わたしはそっと、温もりの中に溶けていくように瞼を閉じたのでした。

 

 

 

 

 

   × × ×

 

 

 

 

「それじゃあ13日、楽しみにしてるね!バイバイ!」

 

そう言って手を振りながら駆けていく城廻先輩に、わたしたちは軽く挨拶する暇すらなかった。

慌ただしく去っていく城廻先輩の後ろ姿を眺めながら、結衣先輩が初めに声を漏らした。

 

「なんか、嵐みたいだったね~」

 

あははー、とお団子をいじる結衣先輩の顔には、どこか寂しそうな表情が浮かんでいた。

 

「いきなり来て、全力で去っていったものね...。もう少し話したいこともあったのだけれど」

 

雪ノ下先輩が自ら話したいとは珍しいですね...。

 

「ま、仕方ないんじゃねーの?一応13日のことは説明できたし、めっちゃ喜んでたしな」

 

うんうん。

13日のことを話した時の城廻先輩の嬉しそうな顔は、こっちまで笑顔になるぐらい緩みきっていた。

 

LHRが終わった瞬間にダッシュでこの部室へ来たらしい城廻先輩は、教室で行われている生徒同士の写真撮影会に呼び出しの連絡が入り、急いで部室を去ることになった。

 

さっきまで一番温かいオーラを放っていた城廻先輩が抜けたからなのか、廊下にでたからなのか、一気に体感温度が下がった気がした。

 

「廊下ちょー寒くないですかー?」

 

城廻先輩が見えなくなった廊下に、いまだに視線を向けている三人に、中に入らないかという意味を込めて寒さを訴える。

 

すると少し間が空いた後、雪ノ下先輩が反応してくれた。

 

「そうね、もういい時間だし、今日はこの辺にしておきましょうか」

 

と、いつもよりは少し早いお開きを提案する。

 

部長の決定にほかの二人も納得のご様子で、そんじゃ帰りますか、といった雰囲気になったので、わたしもそれに倣って帰り支度をしていると、あることを思い出した。

 

「あ!そういえばわたし、生徒会室に機材運び込まないといけないんでした!」

 

すっかり忘れられて今頃生徒会室前の廊下に放置されているであろう、プロジェクターなどの機材一式のことが不意に頭に浮かんだ。

 

どうせなら思い出したくなかったなぁ...。

 

あ、でもこれは先輩に手伝ってもらえるチャンスかな...?

 

そんなことを考えていたが、わたしの期待は早くも頓挫した。先輩の一言によって。

 

「おう、そりゃ早く行かねぇとな」

 

戸締りをしながらこちらも見ずに先輩が言ってくる。

 

おっかしいなー、今の流れは先輩が手伝いに来てくれる流じゃないんですかねぇ。

まぁそんなに重い荷物でもないですし?男手なくても大丈夫ですけど?

 

と、少しむくれていると、

 

「何やってんだよ、早く行くぞ。悪い、二人とも戸締り頼むわ」

 

いつの間にか近くまで歩いてきていた先輩に、おでこを弾かれました。

 

 

むぅ...。

 

…あざとい。

 

 

またもや不覚を取ったわたしを置いて、先輩は早くも廊下を突き進んでいる。

 

「ちょっと、待ってくださいよー!あ、結衣先輩、雪ノ下先輩、お先失礼しますっ!」

 

ぺこりとひとつ頭を下げて、パタパタと先輩の後ろ姿を走って追いかける。

そう離れていなかった先輩の後ろ姿は、すぐに近づいた。

 

「もー、なんで先行っちゃうんですかー!」

 

右手に下げた補助カバンで、追いついた先輩の背中に追突する。

 

「いって...これから仕事手伝わせようっていう先輩に向かって背後から攻撃とか…いろはすドSなのん?」

 

わたしごときの体重を乗せたカバンアタックなど大した衝撃でもなかったようで、バランスすら崩さなかった先輩は、最大級に腐ったジト目をわたしに向けた。

 

いつもならこういう場合100%わたしが悪いのだけど、今回はちょっとだけ訂正を入れなければならない。

 

「わたし別に手伝ってほしいなんて一言も言ってませんよーだ」

 

「うっ...。まぁ確かに…」

 

ふふっ、今回はわたしの勝ちですね♪

 

「というわけで、あらぬ罪を着せられたわたしに、せんぱいは温かいジュースを奢る義務があるはずです!」

 

「はぁ?それは横暴すぎるだろ…」

 

「なんでですかー、せんぱいに拒否権なんかないじゃないですかー?」

 

「いやこっちこそ、なんでですかー」

 

「む。真似しましたね?というわけでもう一本追加でーす!」

 

「うぜぇ…」

 

「う、うざいとはなんですか!!」

 

「そのままの意味だ」

 

 

わーわーと、そんなやり取りを続けていると生徒会室に到着した。

 

「んで、これを中に運べばいいのか?」

 

「あ、はい。よろしくですっ♪」

 

「あざとい…」

 

先輩に言われたくないですよーだ!

 

だいたいさっきだって手伝ってくれないのかと思ったところにいきなり不意打ちだなんて...。

いつもいつも、狙ってるんじゃないかってぐらいのタイミングだし。

 

べーっ、と、機材を部屋に運び込む先輩の背中に向かって舌を出してみる。

 

当然気付くはずもないが、今しがたとった自分の謎行動に自分で恥ずかしくなり、勝手にひとりで頬を染めてしまう。

 

ホント、何やってんだろわたし...。

 

 

「おーい。何やってんの…終わったぞ」

 

「ひゃい!?」

 

 

うわぁぁぁああ!

 

やらかした!

 

少し浮かれ気分だった自分を戒めているうちにいつの間にか搬入作業を終えた先輩がわたしの顔を覗きこんでいて、急にかけられた声とともに2倍の驚きが襲ってきて変な声を上げてしまった。

 

うぅ…穴があったら入りたい...。

 

 

「何その反応…」

 

 

「い、いえ…その、何でもないです...。さ、さぁ!わたしたちも帰りますよせんぱい!」

 

 

全く誤魔化せてないけど鍵を閉めて背中をぐいぐい押していると、先輩もさして気にした様子はなく、

 

「わかったから押すなって…」

 

と、若干赤くなっているだけだった。

 

とはいえ少し気まずい空気が流れてしまったみたいで、わたしが職員室で鍵を返して再び出てくるまで、会話のない沈黙が続いた。

 

前回の沈黙は心地良かったけど、今回のはちょっと気まずいです...。

 

わたしが出てきたことを確認すると、先輩は無言のまま歩き始めた。

 

さっきと同じ沈黙の中、先輩の少し斜め後ろを歩いていると、ふと窓ガラスに映った自分の顔が目に入った。

 

...。

 

気まずいというのに、なんで若干ニヤついてやがるんですかねこの顔は…!

 

ぺちぺち、と緩んだ頬を引き締めるために軽く両手で叩いてみたものの、すぐにずりおちてきてしまう。

 

こんなのを先輩に見られるわけには...。

 

と、うつむき加減で表情を隠して歩いていると、先輩の足音が突然止まり、次いでゴトンという鈍い音が二つ響いた。

 

何事かと顔を上げると、

 

 

「ほれ、これでよかったか?」

 

 

と、先輩の言う所の千葉のソウルドリンク、もといマッ缶をわたしの前に突き出して顔を逸らす先輩が立っていた。

 

ぽけーっとして何とか両手を皿の形にした上に、優しくマッ缶が乗せられた。

 

わたしはと言うと、乗せられたその缶をまじまじと見つめ、いまだに上手く反応できないでいる。

 

「え、っと…」

 

やっとこさ絞り出した声も言葉を成しておらず、弱々しく空気に溶けていった。

 

そうしてなおマッ缶の不健康そうなパッケージを見つめていると、痺れを切らしたらしい先輩が口を開く――――――前にわたしの頭に手を乗っけた。

 

「へ......?」

 

「なんだ...その、お前も今日は頑張ってたみたいだし、少しは労ってやらないとな」

 

そこまで聞いて顔を上げたわたしはどんな顔をしていたのだろうか。

 

目が合った瞬間、もともと赤くなっていた顔をさらに朱くさせた先輩が反射的に顔を逸らした。

 

そして、照れ隠しのつもりなのか、わたしの頭をひとつくしゃっと撫でて…

 

「良かったと思うぞ、あれ。…お疲れさん」

 

それだけ言うともう一度わたしの頭をひと撫でして少々乱暴に手を放した。

 

そしてその顔をわたしから隠すように後ろを向いて歩きだし、プシッとプルタブを押して缶を開けて甘ったるいコーヒーを煽った。

 

その姿を、わたしは呆けた顔で見つめることしかできなくて...。

 

そのまま数秒間フリーズしたあと、一連の先輩の行動を頭の中で思い起こし、やっとのことで理解が追いついたのだが…。

そのせいでもう一度、今度は耳まで真っ赤にしてフリーズしてしまう。

 

 

は?え?今のなに!?

 

えっと、先輩がジュース買ってくれて頭撫でてくれてそれからお疲れって…ああああああ!無理!死ぬ!心臓が!

 

一色いろはの心臓はもうすでに限界を迎えています。

 

だいたいあの人はいっつもいっつもホント狙ってんじゃないかってぐらいのタイミングでわたしが欲しい言葉をサラッとボソッと言いやがるんですからまったく!!

 

人にあざとい言う前にそういうとこ自覚した方がいいんじゃないですかね!?

 

ていうか分かってやってるんじゃないですか!?

 

 

うぅ…。

 

 

ひとしきり頭の中でのパニックが落ち着いた頃、ちょうど先輩が歩みを止めて振り返ったところだった。

 

「置いてくぞー」

 

突っ立ったままのわたしにそう投げると、今度はちゃんと待ってくれるつもりなのか、歩き出そうとはせずにマッ缶の残りをちびちびと口に運んでいる。

 

 

そんな先輩のいつも通りの優しさと、そんな先輩のことを“いつも”通りと評してしまっている自分に気付いて、もうなんか色々と諦めに似た感情が湧き上がってきた。

 

これはもう、完全に…恋…ですかね...。

 

気付いてはいたが、どこかで言い訳をして自分の中ではまだ始まっていないつもりでいた恋心は、知らないうちにどうしようもないところまで成長してしまっていたらしい。

 

 

ひとつの結論に達したわたしは、今さら自分に問い直すのも馬鹿らしくなって、いまだにわたしの頭の中を埋め尽くしている先ほどの記憶を、全部ひっくるめて胸に落とすことにした。

 

それはすんなりと、それでいて確かな温もりを宿して、わたしの中に広がっていった。

 

 

先輩への気持ちを再々確認したわたしは、少し先で待ってくれている先輩の元へ向かうべく、しばし止まっていた足を動かした。

 

 

手には先輩がくれた温もり、頭には微かに残る先輩の手の温もり、そして胸には先輩への気持ちに火をつけた温もりが。

 

すっかり先輩に染まってしまったわたしは、もう後には引けないし引く気もないと、確かな二歩目を踏み出したのです。

 

 

 

 


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