※月×日
ガキンチョ二人のドロー力を鍛えなくていいのかとハゲに問われた。
馬鹿じゃねぇのと心の底から俺は思った。
俺ってばあれだね、疲れているんだよ絶対。
ガキンチョ二人から暇さえあればデュエルを強請られるのはいつものことなのだが、ここ最近にはこれに加えて男前ヒロインや運命ちゃんからも校舎で会えばデュエルしろの毎日。
いやね、デュエルは楽しいよ? 俺的にはいつでもウェルカムだよ?
だけどさ、物事には限度ってものがあるでしょ?
たまには一人で海辺にでも出かけてボーと何も考えずに釣りでもしたいなー、なんて。
そんなことを思っている時だった、ハゲに呼び出されたのは。
これ幸いにと勲章おじさんにガキンチョ二人を預け、俺はハゲの元へ。
帰りに釣りでもしようとか思うんだ、遅くなったのはハゲとの話が長引いたと言う予定です。
そして、冒頭のセリフである。
ハゲだけに頭の不調を疑うが、ふと俺は気付く。
いつも傍に控えていたマッドの姿がこの時には見えなかったのだ。
此処に来るたびにいつもいるので不思議に思うが、研究所にでも籠っているのだと判断。
用がそれだけなら早く帰りたいと思うが、どうやら先程のは前置きで、本題は別にあった。
――あの子たちが、最近よく笑うようになった。
そんな前置きを経て、語られるハゲの胸の内。
あの子達というのはガキンチョ二人のことであり、内容は俺が来る前の彼女達の様子。
話を聞いていくうちの、大体予想通りだなぁと俺の感想は淡白なものだった。
どちらも性格に難があり、隔絶された二人の環境がそれを助長させる。
例えるなら二人とも箱入り娘というやつなのだろう。
だから常識に疎く、悪く言えば空気が読めない、そのため余計に周りとの距離が開いてしまう。
軟禁紛いのハゲの行いは、確かに二人とっては優しい世界だったかもしれない。
でも、二人だって心の何処かでは思っていたはずだ。
このままではいけない、でもどうすればいいのか分からない、何かやろうにも上手くいかない。
そんな時だ、偶然俺がトリップしてきたのは。
二人にとって、俺という存在は現状を打開するための切欠となった。
紆余曲折を経て一応いい方向には進んだと思う、代わりに失ったのは俺の自由だったけど。
遠い目をする俺がふと我に返った時、ハゲは頭を下げていた。
二人を救ってくれて、笑顔を与えてくれて、ありがとうと、そんなことを言いながら。
キラリと光を反射するつるっつるの頭皮が眩しいぜ。
その眩しさに目を細めながら、同時に俺は思った。
このハゲ、俺が今まで出会った中でも群を抜いて不器用な、カッコつけ野郎だと。
だってそうだろう?
人払いのために傍仕えのマッドまでも退かし、ふざけた前置きを挟み、結果がこれだ。
トップって体面気にするっていうけど、ここまで面倒な手順を踏んでくるとは。
ハゲに比べればまだまだガキンチョな俺には、そういう大人の都合ってものはまだ分からない。
でもさ、いいって思うんだ弱みを見せても。
あれほどガキンチョ二人を大事に思っているのなら、誰でもいいから頼ればいいだろ。
マッドはお勧めしないけど、勲章おじさんとかマジ理想の男だぜ、クロノス先生の次くらいに。
紫キャベ娘が皆から避けられてるって知ってるのなら、アンタくらいは傍にいてやれよ。
ワン娘からの我儘の一つや二つ聞いてさ、あいつの好きにさせてやれよ。
それだけでも、きっと何かが変わっていたと思う。
傷付けられるくらいなら、何も知られないように閉じ込めればいい。
なるほど、ある意味では正解だ。
でも、それってハゲの理屈で、ガキンチョ二人のことってガン無視してると思うんだよね。
挙句、ハゲは二人には関わらずに遠くから傍観するだけって。
俺に聞くくらいなんだからずっと気になってたんだろうが、ガキンチョ二人のことをさ。
ハゲは知らないかもだけどさ、ここってば遊戯王の世界だ、デュエルが全てに関わっている。
我が子同然に思ってる二人にデュエルの相手をしてみろよ、大喜びだぜガキンチョだから。
そんなことを長々と思いながら、俺氏嘆息。
あんた絶対に結婚とかできないわと呟くと、ハゲは言った――妻も子供もいると。
俺氏驚愕、同時に可哀想に思ったり。
こんな絶海の孤島に単身赴任とか、嫁さんも子供も中々に辛い境遇ではないか。
という訳で、俺はハゲに言った。
ガキンチョ二人は俺に任せて、今度実家に帰ったら家族サービスをしてくださいと。
ハゲは俺の言葉に暫し思案、努力はするが結果は期待できないとかほざきやがった。
らしいと言えばらしい発言に俺っち苦笑、ハゲも苦笑。
それから暫く、近況報告も交えて雑談、そのまま解散の流れとなった。
去り際に今度お子さんを紹介してくださいと社交辞令。
貴様に娘達はやらんとハゲ超真顔。
やっぱりこのハゲ面倒臭いと思いながらそそくさとその場を後にするのだった。
帰りに海釣りをしたが結果はボウズ、ハゲと話したからかな?
釣りって中々難しいんだね、面白かったけど。
◆ ◇ ◆ ◇
※月Д日
ガキンチョ二人に強請られ、海へ釣りに出かけました。
今日も魚は一匹も釣れませんでした。
代わりに女の子が一人釣れました。
リリースしようとしたら匿って欲しいと頼まれました。
紫キャベ娘とワン娘というガキンチョ達に新たなガキンチョその3が加わりました。
◆ ◇ ◆ ◇
※月φ日
ガキンチョその3――素足ちゃん――の正体、それはハゲの娘なのだった。
聞けば、ハゲに会いに遠路遥々アカデミアまでやって来たのだとか。
親思いな素足ちゃんに全俺が感動、ハゲとの感動の再会をプロデュースすると約束した。
ありがとうございますと素足ちゃんはぺこりとお礼。
おい紫キャベ娘、これが本当の敬語というものだ。
ワン娘、お前も素足ちゃんを見習ってもう少しお淑やかってものを身に付けろ。
結果、俺氏二人にフルボッコされるのだった。
◆ ◇ ◆ ◇
※月◎日
ハゲと素足ちゃんの感動の親子の再会を企画する俺だったが、中々に計画が進まない。
というのも、最近ハゲが忙しくて都合がつかないのだとか。
緊急なら大丈夫なのだが、それだって話す時間は限られる。
俺としてはじっくりと話をして欲しいと思っているので、親子の対面は先延ばしだった。
申し訳ないと謝る俺に、無理を言っているのはこちらですのでと素足ちゃんホント大人。
でもね、瞳に悲しみの色が過ったのを俺は見逃してはいないよ?
ハゲが単身赴任という家庭環境、両親に負担をかけてはいけないとか思っているのだろうか。
それが、素足ちゃんの見た感じの年齢よりもずっと言動が大人びている理由。
優しい娘だと思った。
同時に不器用な娘だとも思った。
そして間違いなくハゲの娘だなと笑った。
よろしい、ならばデュエルだ。
キョトンとする素足ちゃんに、俺はデュエルを挑んだ。
気の利いた言葉でも吐ければいいのだが、生憎と俺に出来るのはデュエルだけ。
最初は冗談交じりだったデュエルも、最近では違う風に思えて仕方がない。
この世界でデュエルモンスターが流行るのは、ある意味では自然なことだったのだと。
これほどまでにコミュニケーションのツールとして役立つものを俺は知らない。
遊戯王の世界では、皆がデュエルをする。
そして、彼等のデッキにはそれぞれプレイヤーの個性が宿る。
直情型のワン娘はビートダウン、紫キャベ娘はカウンターを利用するトリッキーなデッキ。
それぞれがプレイヤーの性格を現し、だからこそ相手を知る方法として優れているんだ。
優しくて、不器用で、そしてそれ以上に俺は素足ちゃんのことを知りたいと思った。
そして、それ以上にどんなデッキを使うのかワクワクして仕方がなかった。
認めよう、俺は完全にこの世界に染まり切ってしまったのだと。
デュエル脳、万歳だ。
だから素足ちゃん、俺とデュエルをしよう。
そして楽しもう、ハゲに会えない寂しさがデュエルをしている時は紛れるくらいには。
素足ちゃんのデッキの印象、それは未完成。
プレイ中、ふとした時に思う。
足りないと、もっと何かが出来る筈だと、そんな考えが何度も頭を過る。
プレイスタイルは、なるほど光るものがあると思う。
とにかく攻めまくるワン娘、搦め手を得意とする紫キャベ娘。
対し、素足ちゃんは何でもそつなくこなす、悪く言えば器用貧乏だった。
そして何よりも、ここぞという時に尻込みをしている。
踏み出せるはずの一歩が踏み出せず、クールな表情に歯痒さが見え隠れをしている。
やっぱデュエルってスゲー。
素足ちゃんの心の内がガンガン俺に伝わってくる件について。
俺ってばカウンセラーの素質とかあるんじゃなかろうか、デュエルカウンセラー的な。
診断結果を申し上げます、この娘行動力とか半端ないけど口下手の所為で誤解されるタイプ。
そんな素足ちゃんから想いを引き出す方法、それは――。
ごめんなさい、全然思いつかないです。
考えろ俺、こんな時あのお方ならば、偉大なるクロノス大先生ならどうする!!
俺の脳裏に過ったのは、初期段階の典型的小物キャラだったクロノス先生。
素足ちゃんってクロノス先生の嫌いなドロップアウトとは真逆なんだけどね。
物語上仕方のなかったことなんだろうけど、常に主人公の障害として立ち塞がる最初の敵。
ならば、俺もなろうではないか。
ハゲという目標のためにやって来た素足ちゃんに立ち塞がる、超えるべき壁とやらに。
――だがしかし! まるで全然! この俺を倒すには程遠いんだよねぇ!
瞬間、俺は弾けた。
視界の端で何事かと目を疑うガキンチョ二人を見なかったことにしながら。
テンションに任せてヒールを演じる姿は滑稽かもしれない。
だが、デュエルの展開はまさに残虐非道の名に相応しかった。
堅実に固めた素足ちゃんのフィールドを、連続変身召喚で更地に。
極悪コンボに言葉を失う素足ちゃんにダイレクトアタックを決め、ライフは風前の灯。
それからは煽る煽る、とにかく煽りまくる。
ぶっちゃけ何言ったか全然思い出せないんだけど、とにかく思いつく限りの言葉を吐き出した。
クロノス先生のような愛すべき敵キャラが理想だったんだけど、果たして結果は如何に。
そして素足ちゃんのターン!
デッキが輝く光景に俺氏デジャヴ!
え゛っ!? とか思っているうちに事態は急展開へ!
素足ちゃんが出してきたのは、融合モンスターだった。
やっぱり素足ちゃんのデッキってカテゴリ持ちだったんだね、名前とか素材とそっくりだし。
そんな風に思いながらも、口に出せたのは乾いた笑い声だけ。
デュエルディスクのジャッジ機能さん、お願いだから仕事してください。
これって例のアレだよね、カードは創造したってやつ。
素足ちゃんも「これが……EXデッキを用いた、召喚法……」とか驚いているし。
というか、素足ちゃんの居た場所ってどんだけ過疎ってんのよって話だ。
融合召喚とか遊戯王の初期からある由緒正しい召喚方法だよ、出来ないとかどんだけー。
そして、そこから先は怒涛の展開。
次々にEXデッキから繰り出される融合モンスターに、逆に俺のフィールドは更地に。
良いね良いね、素足ちゃんのクールな仮面が剥がれてきている。
自覚しているか素足ちゃんよ、今のお前ってガキンチョらしく感情剥き出しになってることを。
しかし、頂けないことが一点。
返しのターンで「そんな契約は無効です!」と負うべき負債をなかったことに。
素足ちゃんが社長になったらその企業は絶対にブラックだね、ハゲを見習え奴はホワイトだぞ。
此処で負けるという手もあるが、俺は締める時は締める人間なのだ。
良いか心して聞け、偉大なるクロノス先生はな(ry
ふはははっ、素足ちゃんが王様なら俺ってば神様召喚しちゃうもんね!
行くぜ究極コンタクト融合! レジェンダリー・ストライクだこれぇ!
そんな感じで、返しのターンで素足ちゃんを返り討ちに、デュエルは俺の勝ちだった。
悔しそうに拳を握り締める素足ちゃんの頭をぐしゃぐしゃに。
突然の事態に慌てふためく素足ちゃんを見下ろしながら、何時ものように俺は言った。
――ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ! 後ごめん! なんか色々と言ったりして!
うん、とてもではないが謝罪する奴の言動じゃないねこれ。
反応のない素足ちゃんに背中でダラダラと冷や汗をかいている時だった。
――次は負けません。
実に頼もしいコメントである。
どうやら、素足ちゃんってば中々に負けず嫌いのようである。
アレだけクールだった顔に浮かぶ負けん気に俺は堪らず声を上げて爆笑。
腹を抱えて転げまわる俺が見たのは、真っ赤になって憤慨する素足ちゃんの顔だった。
ホント、大人っぽく見えるけどやっぱりガキンチョはガキンチョ。
だからこそ、ハゲとの再会を最高の形にしなければと更なる気合に燃える俺だったのだった。
でもね、素足ちゃん。
ムカつくからって紫キャベ娘やワン娘と結託するのって俺ってば反則だと思うんだけど。
三対一とかどんな無理ゲーだよ、しかも罰ゲームありって。
お兄さんなんか知りませんって?
ガッデム! せっかくの味方をみすみす敵に回すとか俺ってばマジ駄目人間!
◆ ◇ ◆ ◇
わけがわからないよ。
もう一度言います、わけがわからないよ。
感動の親子の対面になる筈だったのに。
俺の耳に届いたのは何度もハゲに呼び掛ける素足ちゃんの悲痛な叫び。
仮面のコスプレ集団に拘束される紫キャベ娘とワン娘。
その光景を茫然と見詰める俺。
俺がいけなかったのだろうか。
ハゲと引き合わせず、素足ちゃんを故郷に帰せばよかったのだろうか。
違う、それだけは絶対に違う。
子供が親に会いたいって思ってて、それを叶えることの何がいけない。
そんなことを思うのって俺がおかしいのか。
ふざけんなよ。
俺にだって家族がいるんだ。
それなのに、突然此処にトリップさせられて、この世界に留まって。
白状するよ。
俺は家族に会いたい。
だから、今でも元の世界に帰りたいって思っている。
でも同じくらい、ガキンチョ二人のために何かがしたいってそう思っているんだ。
俺と違って、もう二度と親に会うことの出来ない二人のために、何かがしたいって。
今にして思えば、俺が素足ちゃんに協力するのは、彼女に自分を重ね合わせたからなんだろう。
親に会いたいって、そのために頑張ってここまで来た素足ちゃんに、俺は――。
なのに、何故ハゲは素足ちゃんの声に応えない。
どうして素足ちゃんを拒絶する。
必死に声を張り上げる素足ちゃんが、泣いている彼女の姿が見えないのか。
俺とした約束は嘘だったっていうのか。
今度実家に帰ったら家族サービスをしてって。
努力はするけど結果は期待するなって。
これの何処が努力しているっていうんだ、期待とかそれ以前の問題だろうが。
貴様に娘はやらんとか、いいのかこのまま素足ちゃん放置してよ。
傷心に浸けこむぞ、素足ちゃんは俺が貰っちまうぞ、それでいいのかよ、おいハゲ。
「答えやがれ赤馬零王っ!! こっちを見ろ!! テメェのガキから逃げてんじゃねぇ!!」
尚も背を向け続けるハゲ目掛け駆け出す俺に立ち塞がる仮面のコスプレ集団。
俺はデュエリストだが、奴等はそれに加えて訓練を積んでいる。
一対一ならばともかく、複数で来られてはこちらに勝ち目はない。
でも不思議だ、頭ではそのことを理解しているのに、負ける気がまるでしなかった。
視界が真っ赤に染まる。
デッキからカードをドローし、目の前に翳す。
瞬間、デュエルディスクを介していないにも関わらずモンスターが実体化。
仮面のコスプレ集団を薙ぎ払い、開けた道を俺は突き進んだ。
そして、全力でハゲを殴ろうと拳を振り上げた。
そして、そんな俺の腕を素足ちゃんが抱き留めた。
無言で振り解こうとするが、全身を使って素足ちゃんは俺を引き留める。
離せと呟くが腕は解放されず、声を荒げ怒鳴り散らすが嫌々と首を振るだけ。
そんな俺の視界を、突如発した閃光が塗り潰していく。
発光元は素足ちゃんが嵌めている腕輪。
その光は素足ちゃんだけではなく俺さえも包み込もうとしていた。
それを見たのは、本当に偶然だった。
赤くなった視界よりも更に赤いものが、固く握られたハゲの拳から滴り落ちていた。
それが血だと気付いたのは、視界が白一色に染まり、暫く経ってからで。
紫キャベ娘とワン娘が叫んだ俺の名前が、あの時最後に耳にした言葉だった。
◆ ◇ ◆ ◇
わけがわからないよ。
もう一度言います、わけがわからないよ。
何度だって言ってやるぜ、わけわけんねぇよ。
視界に広がるのは見慣れた校舎でも、生い茂る森でも、地平線まで広がる海でもない。
大都市と呼べる、七色に光り輝く夜景だった。
素足ちゃん「ヒロインの交代、及びタイトルの変更をここに提言します」
紫キャベ娘&ワン娘「」