×月Φ日
ここ最近眠れない夜が続いています。
原因は蟲です、あの毒々しい色のです、むっちゃキモいのです。
ヤバいよ、物音がした瞬間にあの蟲が潜んでいるのかと思って常時警戒心最高レベル状態。
あれ以来音沙汰なしだったら問題なかったんだけどね。
試しにバル○ン部屋で焚いてみたら……ひぃいいいいいいい!?
出るわ出るわ、天井裏やら箪笥の裏やらそこら中からウヨウヨと。
一匹見かけたら百匹云々言うじゃん? アレって本当のことだったんだね。
という訳で、ハゲの所に言って部屋替えさせてと直訴しに行きました。
雇用主は従業員大事にしないといけないんだぞ! じゃないと出るとこ出て訴えるぞハゲ!
幸いにも、ハゲはこちらの要求に二つ返事で頷いてくれました。
無理言ってごめんなさい、あなたの職場は素晴らしいホワイトな環境です。
でもね、気になることが一つ。
何故かハゲのヤツ、側近っぽいマッドを睨んでいたけどどういうこと?
さてはマッドの野郎、ハゲに任されてた管理業務サボってやがったな。
しっかり管理しろよと、証拠用にと集めた蟲の死骸を詰めた袋を突き出し部屋を後に。
すぐにお引越しを敢行、新しい部屋に移り住んだは良いもののやはり落ち着かない。
物音一つにビクつく毎日、神経質になり過ぎだと思うけど本当にあの蟲キショかったもん。
そんな状態が暫く続き、大丈夫だと警戒心が解けるのに一月近く掛かっちまったぜ。
お蔭でガキンチョ二人と男前ヒロインに余計な心配かけちまったじゃねぇかよ。
だけど、悪いことばかりではなかった。
心配してくれた三人が俺の為に料理を作ってくれたのだ。
ヤバい、俺ってばマジで泣きそうになりました。
というか、男前ヒロインって料理できたんだね。
うん、大きさバラバラの上、具が固い、水っぽいカレーだったけど俺は美味しいと思ったよ。
それにほら、こういうのって味とか見た目よりも気持ちが大事って言うし。
俺が蟲の恐怖に怯えている間に距離を縮めたのだろう。
ガキンチョ二人は男前ヒロインと普通に話しをするレベルにまで交流を深めていた。
最初は険悪だった(ガキンチョ達が一方的に嫌っていた)が、やはり同姓だからだろうか。
女の子トークで盛り上がる三人に俺氏ちょっぴり疎外感。
べ、別にいいし、俺だって一人の時間とか欲しいと思ってたし。
そんな訳で、話に夢中の三人にバレぬようこっそりと離れ、一人でアカデミア内を散策。
ガキンチョ達と居た時は二人に構いっぱなしでゆっくり見られなかったが、めちゃ広いよ此処。
ハゲから関係者用の札は貰っているので、心置きなく校舎内を見て回る。
そんなことを続けて暫く、グーと鳴る腹の虫。
示し合わせたように鳴る昼のチャイム、このまま学食に行こうにも距離がある。
ならばと近場の購買へと直行、そして見つけてしまったのである。
アカデミア名物、ドローパン。
テンション爆上がりです。
アカデミア探索で気付いたのだが、アカデミアには複数の売店が存在する。
広さが尋常ではないので当たり前といえば当たり前の措置なのだが、どうやら今まで通っていた購買はドローパンの置いていないエリアだったのだろう。
まだチャイムは鳴ったばかりなので、先客は女子生徒一人。
確率的には然したる差はないが、俺は急ぎワゴンの前に立ち、意識を集中させる。
――見えたぞ! 水のひと雫!
デュエリストとしての直感に従い、ドローパンの群れから一袋をドローしようと手を伸ばす。
だが、狙いを定めたドローパンに同じように手を伸ばし、掴んだ者がいた。
そう、俺よりも先に購買に来ていた女子生徒である。
俺は笑顔で言った。これは俺の獲物だと。
女子生徒は笑顔で言った。これはボクが先に掴んだのだと。
俺は笑顔で言った。食い意地の張った奴めと。
女子生徒は笑顔で言った。レディーファーストの心得もないキミほどではないと。
俺は笑顔で言った。優しくされるのが当然とか思ってる女ってマジないわーと。
女子生徒は顔を引き攣らせながらも笑って言った。君にはデリカシーというものがないと。
俺は真顔で言った。太るぞと。
女子生徒は青筋を浮かべながらも天使のように笑って言った。貴様はボクを怒らせたと。
俺は真顔で言った。おいデュエルしろよと。
女子生徒はドヤ顔で言った。キミは敗北という名の運命にあると。
デュエルは熾烈を極めた。
ハッキリ言ってこの女子生徒、相当強い。
そして、それ以上に俺を襲った衝撃のせいで、デュエルに集中できなかった。
女子生徒が繰り出すモンスター達が、あまりにも予想外だったから。
何度か負けを覚悟したが、その度にM78星雲っぽいところから我がデッキの過労死枠が登場。
手札から、墓地から、デッキから、更には除外ゾーンからでさえも。
ぶっ倒しても! ぶっ倒しても! ぶっ倒しても! それこそゾンビのようにやって来る。
そしてぇ! いくぜ起死回生のトリプルコンタクト融合! 敗北という運命を切り開けぇ!
俺氏、勝利である。
過労死枠からの休暇申請を受理し、勝利者権限でゲットしたドローパンを開封。
刹那、購買部が目を開けていられないほどの光に包まれた。
この輝き、香り、実物を見たことはないが間違いない。
毎日限定一つの幻の商品、黄金の卵パンをゲットした瞬間だった。
喜びに浸る俺の視界に、崩れ落ち悲壮感に満ち溢れている女子生徒の姿が映る。
ふむと女子生徒と黄金の卵パンを見比べ、仕方がないと俺氏苦笑。
黄金の卵パンを半分にし、立ち上がった女子生徒に無理矢理握らせ、そのまま指を突き出した。
――ガッチャ! お前のHERO、最高にカッコよかったぜ!
だが、俺の笑顔と行為を勝者ゆえの余裕と施しとでも捉えたのだろうか。
顔を真っ赤にさせた女子生徒は捨て台詞を残してその場からダッシュで去って行った。
ポカーンとする俺だが、女子生徒はちゃんと黄金の卵パンを持って行ったしOKと判断。
勝利の美酒ならぬ黄金の卵パンの味は本当に素晴らしかったとさ。
その後、俺を探していたという三人組と遭遇。
どこかに行くのなら一声掛けろともっともなことを言う男前ヒロインに叱られ俺反省。
自分達に断りもなく何処かに行くなど許さんとガキンチョ二人に叱られながら俺は思う。
同じ内容なのにどうしてガキンチョ二人と男前ヒロインとでは違って聞こえるのだろうかと。
◆ ◇ ◆ ◇
×月δ日
次の日、ガキンチョ二人を伴い購買部を訪れるとあの女子生徒と遭遇。
何も言わず開封したドローパンを半分に千切り、ずいっと俺に押し付けるように譲渡。
そのまま何も言わずに去っていきました。
ドローパンの中身を確認。
黄金の卵パンでした。
◆ ◇ ◆ ◇
×月ε日
その次の日も、件の女子生徒は半分に千切った黄金の卵パンを渡して去って行った。
去り際に何か言いたそうだったが、最後まで何も言わなかった。
◆ ◇ ◆ ◇
×月α日
前日と同文。
◆ ◇ ◆ ◇
×月β日。
前日、前々日と同文。
◆ ◇ ◆ ◇
×月γ日。
前日、前々日、前々々日と同文。
◆ ◇ ◆ ◇
以降、同じ内容の記述が続く。
◆ ◇ ◆ ◇
∩月○日
俺氏、いい加減に堪忍袋の緒が切れました。
言いたいことがあるのならハッキリ言えと、今日も何か言おうとするもそのまま去ろうとする女子生徒の腕を掴んで詰問開始。
腕を振り払おうとする女子生徒を壁際に追い詰め、退路を塞ぐために両手で壁を着く。
途端、顔を真っ赤にして慌てふためく女子生徒。
あの時は気付かなかったが、こうして書いてて思ったんだけどこれって傍から見た絵面がね。
はい、壁ドンですね。きゃー、俺ってば大っ胆ー。
そのままの体勢で待つこと数分。
俯いたまま何も言わない女子生徒にいい加減痺れを切らし掛けた時だった。
ボソッと何か聞こえるがまるで聞き取れない。
聞き返す俺、女子生徒僅かに声量を上げリトライ、もう一度聞き返す、女子生徒再チャレンジ。
――お前のHERO達もカッコよかった。
ようやく聞き取れた内容がこれである。
あ、はい。そうっスかと俺氏返答。
そのまま待つこと一分、女子生徒全く反応なし。
え、もしかしてそれだけなの? それだけ言うためにここ最近同じこと繰り返していたの?
何も言えない俺の耳に届く複数の足音。
直後に響く名前に女子生徒が反応、あのその名前と似たヤツ俺も覚えがあるんですけれど。
固まる俺の肩を掴んだのは男前ヒロイン、腰にはいつの間にかガキンチョ二人の姿が。
そのまま女子生徒から引き離され、何をやっていると説教をかまされる俺。
しかし、俺はその時説教そっちのけで女子生徒をガン見していた。
デュエルしている時にマジかと驚き、こうして注視してもう一度ビックリ。
似ています、俺の知っている原作のキャラに。
しかしだ、しかしである。
俺の知っているのは
というか、俺の記憶が正しければ、彼の使用するモンスター達って全部世界に一枚だけって設定だったと思うんだけれども。
確かめずにはいられない俺は説教をする三人を無視し、女子生徒に尋ねた。
それは、彼女の苗字。
まさかのビンゴです、でも同時にあることに気付く俺。
此処はGXとは似て非なる世界、タッグフォース。
実際にプレイしたことはないが、これにはオリジナルキャラも多数存在しているとか。
カードゲームも出来るギャルゲーの名に恥じず、それは大半が女キャラと聞いている。
同じ苗字。
似た名前。
異なる性別。
どちらも使用するカード群は世界に一枚の設定。
似ているけどよく見れば似ているだけで微妙に異なる容姿。
謎は全て解けた――ずばり、彼女の正体はイヤッッホォォォオオォオウ! の身内か!?
世界に一枚しかない筈のカード群を持っているのもそれならば納得がいく。
カードデザイナーのパッパが息子と娘が喧嘩しないようにと同じものを二枚作ったのだろう。
それにしても製作スタッフも中々に恐ろしい真似をするぜ。
まさか既存のキャラにオリジナルの妹を強引に捻じ込んでくるとは。
そんなことをしなければ俺だってここまで悩まずにすんだのに、全く困ったサプライズだ。
スタスタと女子生徒――運命ちゃんと命名――に近付き、まずは謝罪。
乱暴を働いたこと、怖がらせてしまったこと。
最後に、良かったらもう一度俺とデュエルしてほしいと伝えるのも忘れない。
年頃の娘がガチムチのどうみても悪役な集団を率いる図はなんとコメントすればいいのやら。
だが、前回のデュエルは俺自身集中しきれないこともあり色々と心残りだった。
だから、今度は真剣に彼女と戦いたい。
そんな想いを乗せて差し出した手を、運命ちゃんはおずおずと、でも力強く握り返してくれた。
良かったぜ、これで一件落着。
これは俺の偏見かもだが、運命ちゃんのお兄さんってシスコンだろうと睨んでいる。
仮にヤツの耳に今日のことが入った日には、空から奇声を上げながら降って来るに違いない。
それがイヤッッホォォォオオォオウ! ではなく俺を呪う言葉とか想像するだけで勘弁です。
そして後日、改めて運命ちゃんとデュエルした。
ガキンチョ二人、そして男前ヒロインとも、運命ちゃんは何度も相手を替えて。
最初は仏頂面だったけど、最後には笑っていたので俺の心はほっこり。
その日は俺の奢りでドローパンパーティーを開催、もちろん俺の奢りだぜ。
黄金の卵パンを見事引き当て喜ぶ男前ヒロインを見られたのだ、安いもんだと俺は思うね。
でもね、引けなかったからって俺に当たるのは良くないと思うんだ。
紫キャベ娘にワン娘といういつもの面子に運命ちゃんが加わり被害増大。
やっぱり俺の癒しは男前ヒロインだけだと、しみじみと思ってしまうのだった。
主人公「勲章おじさん! 空からお――」
運命君「イヤッッホォォォオオォオウ!」
主人公「勲章おじさぁぁあああああん!?」