-月+日
伸びた黄色いいたちを完食したその日。
俺はこの世界にトリップして初めて、運命の出会いというものを果たしたと思う。
それくらい、匿名希望のデュエルは、俺を心の底から満足させるものだった。
アニメGXで、主人公に最初に立ちはだかる障害。
我らが理想の教師たるクロノス先生の晴れ舞台は今でも鮮明に思い出すことが出来る。
あの御方は実技担当の最高責任者であり、それはデュエルでも遺憾なく発揮されていた。
所謂、暗黒の中世デッキ――そのデッキのエースカード≪
最上級モンスターであり、しかしこのカードは特殊召喚が出来ないデメリットを抱えている。
そんな制約がある中、あの御方はほぼ毎回異なる召喚法を決めているのだ。
多彩なデュエルタクティクスはなるほど、さすがは実技担当最高責任者。
卒業デュエルでの3体同時召喚なんかは満足するしかないじゃないか状態だったぜ。
上級モンスターの代わりにシンクロモンスターが覇権を争う、それこそがここシンクロ次元。
名前についてはアレです、シンクロ召喚ばっかりという俺氏の安易な発想から。
とにかく、そんな中でアドバンス召喚からの≪
基本に忠実なプレイング、攻撃名を叫ぶところなんかも俺的にポイント高いよホント。
うむ、やはり匿名希望は実に俺好みのデュエルをする奴だ。
是非一戦交えたい、そしてアンティークギアに、クロノス先生について語り明かしたい。
見るからに不審者スタイルな奴に不用意に近付いて大丈夫なのかだって?
光のデュエルの象徴であるアンティークギアを使うデュエリストに悪い奴などいる者か。
そんな風に、準決勝で当たるかもしれない匿名希望との対戦に胸を馳せていたんだけどね。
――俺はこの時、油断していた。隣で絶対零度の笑顔をこちらに向けるリン娘の存在を。
俺が匿名希望とデュエルする。
つまり、それは準々決勝でリン娘が匿名希望に敗北することを意味している。
味方だと思っていた奴が次の対戦相手の勝利を嬉々として語るのだ、リン娘の怒りは尤もだ。
怖かった、超怖かった、┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ って鳴ってたよマジで。
後退る俺氏を壁に追い詰め、壁ドン☆ とかされちゃったりさ。
退路を断たれた俺氏に、変わらぬ笑顔を浮かべたまま、リン娘は弾む声音で問うてきた。
――わたしと匿名希望、どっちに勝ってほしい?
返答は、わざわざ日記に記すまでもないだろうことは間違いなかった。
◆ ◇ ◆ ◇
┏ 俺氏
┏ ┫
┃
┏ ┫
┃ ┃ ┏ ただのおじさん
┃ ┗ ┫
┃
┏ ┫
┃ ┃
┃ ┃ ┏ ┫
┃ ┃ ┃ ┗ リン娘
┃ ┗ ┫
┃ ┃ ┏ 匿名希望
┃ ┗ ┫
┃
優勝 ┫
┃
┃ ┏ ┫
┃ ┃ ┗ 不満足
┃ ┏ ┫
┃ ┃ ┃ ┏ バナ娘
┃ ┃ ┗ ┫
┃ ┃
┗ ┫
┃
┃ ┏ ┫
┃ ┃ ┗ 闇御輿
┗ ┫
┃ ┏ クイーン
┗ ┫
◆ ◇ ◆ ◇
αβ月γ日
朗報:バナ娘、リン娘に続き一回戦突破!
リン娘の壁ドン☆ から一夜明け、フォーチュンカップ二日目。
一回戦の後半戦は順調に消化され、準決勝に進んだデュエリストが決定した。
うち半分が俺の知り合いとか、中々に世間ってば狭いのかしら。
はい、クイーンが知り合いとかデカい口して申し訳ありませんでした。
クイーンについては心配していなかった。
というか、俺が心配してるなんて知られたら野獣の眼光で射殺されるのではなかろうか。
そもそもだ、あの人って観客へのファンサービスを忘れないエンターテイナーの鏡みたいな人だったと俺氏記憶しているんだけどね。
決して後攻ワンキルなんて相手の見せ場ゼロなデュエルはしない人の筈。
相手の人泣いてたよ、テンションむっちゃ高い人だったからその反動で一人静かに泣いてたよ。
そんな対戦相手こと敗者には目もくれず、とある観客席へ向けてびしっと指差し。
はい、俺目掛けてです、気のせいとかそんなのはありえねぇっス。
テメェこら約束覚えてんだろな破ったらタダじゃおかねぇぞ! 的な宣言ですね絶対。
俺ってば、実はかなりヤバい人に目を付けられたのではなかろうか。
強きなお姉様に目を付けられる……ぼくぜったいにけっしょうでくいーんとたたかうんだ!
バナ娘については、結構ギリギリな戦いだった。
リン娘にもこれは言えて、さすがは本戦出場者と言うべきか。
秘書子然り、童実野高校の風紀委員は相当なデュエリストと言える。
やたら墓地肥やしをするカテゴリだと思ったら、満を持して降臨する光と闇の軍勢。
アレはそう、現実世界で遊戯王に暗黒時代を齎したカオスを彷彿とさせる光景だった。
秘書子、マジ恐ろしい子! だったぜマジで。
童実野高校の風紀委員もそうだ、とにかくバナ娘のモンスターを寝取る戦法を取って来る。
シンクロ竜を寝取られた時は流石に駄目かと思ったが、返しのターンで水晶竜を召喚。
そのまま劇的勝利を飾ったバナ娘は、同日に行われたクイーン同様の注目度で語られるほど。
やっぱり小学生は最高だぜ、ガキンチョ二人の成長速度マジパないっすわこれ。
そんな訳で、一回戦は俺氏にリン娘、バナ娘の全員が突破。
そんなめでたい結果に、早めの祝勝会を企画した俺ってばマジせっかちさん。
でもまあ、やって良かったと思うよホント。
断られるかなぁと思ってバナ娘誘ったけど、なんとなんとOKとか貰っちゃったりさ。
相も変わらず俺とは目を合わせないし、かと思えばチラチラと赤い顔で俺の顔見て来るし。
それでもだ、一緒の空間で、以前のように一緒に食事を取ることが出来た。
リン娘が仲介してくれたことも大きいが、それにしたって一歩前進だ。
思えば、俺はピエロおじさんに言われたことに固執し過ぎていたのだろう。
謝らなければ――そんな脅迫概念が俺の中にあったことは否定できない。
少しずつ段階を踏み、機会を伺い、そして謝罪をする。
正解かどうかは分からないが、今のバナ娘にはそっちの方が良いような気がするのだ。
フォーチュンカップという非日常に身を置いているのだから、バナ娘への負担は少ないに限る。
目の前のデュエリストに全霊を持って集中できる。
そんな環境作りこそ、今の俺がすべきことなのではないのか。
でも、だからといって、バナ娘への謝罪を蔑ろには絶対にしない。
そんな考えから導き出した結論として、日記の中ではあるか俺氏宣言しちゃいます。
――俺、この大会が終わったら、バナ娘にキチンと謝るんだ……。
◆ ◇ ◆ ◇
a月α日
匿名希望……奴は一体何者なんだ……。
経歴や本名は勿論のこと、素顔すら判別できぬ謎のデュエリスト。
≪
本日は準々決勝戦。
第一試合は俺氏――あっ、一応勝ちました。
思うんだけど、このトーナメント表って行政評議会の老獪共が絡んでいるのではなかろうか。
いやね、俺の対戦相手のただのおじさんね、アレだった。
変人だった、具体的にいうと電波な人だった。
初戦のデュエルカウンセラーといい、俺の対戦相手ってホントこんなのばっか。
というかなんやねん、サイコデュエリスト? 俺にはそれになれる素質があると?
あのすみません、そういう宗教系のお話って俺ってばお断りするって決めてまして。
俺には精霊を統べる力があるとか、そんな謳い文句での勧誘を仕掛けて来るただのおじさん。
確かに遊戯王、中でもGXではカードの精霊という存在が物語のキーとなっていた。
遊戯王の世界にトリップした俺だって、最初の頃は俺にも精霊が! とか思ったりもしたよ。
でもね、俺にカードの精霊なんて憑いてませんいたとしてもそもそも見えもしません!
マイデッキの相棒がクリクリ~とか、伝説って? ああ! みたいな状況にもなってません!
でももし、もしもただのおじさんの勧誘を受けることで精霊が見えるようになるのなら――
くっ、これが宗教勧誘の常套句とでもいうのか!
ただのおじさんめ、真理フェイズの扱いを熟知していやがるぜ!
だが、情けない俺をマイデッキが後押し、気付けば手札がオイオイこれじゃMeの(ry
勧誘に応じない俺にリアルファイトを仕掛けてきたただのおじさんを返り討ちにするのだった。
色々と遺恨の残るデュエルだったが、初戦と違いデュエルを楽しめたのがせめてもの救いか。
サイキック族――俺の知らない未知の種族とかワクワクが止まらんじゃないですかこれぇ!!
そんな経緯を経て、俺は選手専用の観客席へと急ぐ。
暫しのインターバルの後、次に行われるのはリン娘と匿名希望のデュエル。
勿論、俺が応援するのはリン娘だ(決して壁ドン☆ が怖かった訳ではない決して
心の底からリン娘の勝利を願っている(もう一度言うが決して壁ドン☆ が怖かった訳では
頑張れ! リン娘! 負けるな! (最後にもう一度、壁ドン☆ なんか怖くないもん
そんな俺の前に、いつぞやの大人不審者が立ちはだかったのだ。
常に匿名希望と一緒に行動を共にしていた、恐らくは保護者ポジだろう人物。
こうして対峙すると改めて思うが本当にガタイが良い、男として憧れを隠せません。
相も変わらず全身を覆うコートのせいで容姿は分からぬが、俺の熱視線に反応したのか。
くぐもった声故に聞き取り辛かったが、大人不審者は口火を切って来た。
――何故お前はあの二人と行動を共にしている。
キョトンとしたのは、質問の意図が見えなかったから。
二人というのがバナ娘とリン娘を指すのだろうことは察せたが、俺に分かるのはそれだけ。
だが、特段秘匿にしている訳でもないため、俺は正直に打ち明けた。
犯罪者を襲われている所を助け、その経緯から孤児院に厄介になり、今は保護者として。
懇々と説明する間、大人不審者は口を挟むことなく沈黙を貫く。
それが俺には、先程の答えが相手にとって満足のいく回答ではないのだと思った。
――言い方を変えよう。お前があそこまで二人に固執しているのは何故だ。
それを証明するように、大人不審者はもう一度訪ねてきた。
俺に答える義務も義理もなく、なによりも俺は試合観戦のため急いでいる身だ。
いい加減インターバルも終わり、そろそろ二人の試合も始まる頃合いの筈。
だけど、俺は動くこともできず、律儀にも大人不審者に質問に考えを巡らせていた。
何故かは分からない。
この人から逃げてはいけないと、俺のデュエリストとしての直観がそうさせているのか。
住所不定な俺に住処を与えてくれたから。
温かいご飯を、温かい寝床を、温かい笑顔を与えてくれたから。
俺と行政評議会との抗争に巻き込んでしまったから。
色々な理由が浮かんで、だぶんだけどどれも正解だと思って。
貸し借りの問題ならば、既に俺と二人はイーブンの関係だ。
バナ娘への謝罪だって俺の自己満足から来るもので、そもそもバナ娘側はそれを拒んでいる。
デュエルエナジーも満タンなのだから、今すぐにでも融合次元に渡るべき。
文字通り次元を移動する訳だから、今後二人とも会うこともないだろう。
ならば、どちらを優先させるかなど誰の目から見ても分かり切ったことだろうに。
バナ娘やリン娘を、トマ娘やユズ娘を見ていると、ワン娘や紫キャベ娘を思い出すから。
あいつ等を見捨てたら、俺はもう一度二人を裏切ることになるから。
そんなことをしたら、俺はもう二度とワン娘と紫キャベ娘に顔向けできなくなるから。
いつの間にか、そう口にしてたものこそが答え。
たぶんだけど、ずっと考えないようにしていたんだと思う。
俺が融合次元からスタンダードに渡ったのは、素足ちゃんの次元移動に巻き込まれたから。
そこに俺の意思は微塵もなくて、ワン娘を紫キャベ娘の教育係だって投げ出す気もなかった。
でも、それは俺の都合であり、言い訳に過ぎない。
融合次元に残された二人から見れば、俺は彼女達に何も告げずにいなくなった訳で。
言葉で伝えることも、書き置きを残すこともせず、ある日突然に。
そんな俺のことを、ガキンチョ二人はどう思っているのだろうかと。
真っ先に融合次元へ渡り、二人に謝罪をするのが筋というもの。
だけど、俺は出会ってしまったのだ。
ワン娘と紫キャベ娘によく似た、別人だと一目で分かるのに、何故か重ねてしまう彼女達に。
出会ったから、だからこそもう二度と同じ過ちを繰り返してはいけない。
例え、俺がいつかは現実世界に戻る、本当の別れの瞬間が来たとしても。
その時に笑って別れられる、そんな最高のハッピーエンドを迎えるために。
などという俺氏の内心諸々を余すことなく曝け出して――はっっっとした!?
ぎゃあああああああああ恥ずかちぃいいいいいいいいいいいい!?
なに語ってんの!? なに語っちゃってんの!? なに恥ずかしげもなく熱く語ってんのよ!?
日記にこうして書いている今でさえ悶絶ものの所業である。
羞恥心から真っ赤になってあうあう言う、そんな俺氏を心なし温かな眼差しで見る大人不審者。
やめて! そんな目で俺を見ないで! 殺せ俺を! 俺を殺すならカードで殺ぇえええ!?
踵を返し、脱兎の如く俺氏。
そんな俺のデュエリストとしての強靭な聴力は、大人不審者が漏らした言葉を拾っていた。
――ならばその想い、デュエルであの娘にぶつけろ。そうしろと私の実戦経験が言っている。
あの時は羞恥心がマッハだったからそれどころではなかったんだけどね。
行先とか考えずに無我夢中で走り回ったから迷子になるし、リン娘の試合には遅刻するし。
そのせいでリン娘と匿名希望とのデュエルを完全に見逃す俺氏。
デュエルの後、そのことをリン娘に謝罪する俺氏だったが、彼女は大丈夫と頭を振るだけ。
それでも平謝りする俺に、ならばとリン娘は一つのお願い事をするのだった。
――匿名希望と……あの娘とのデュエルから逃げないで。
リン娘と匿名希望のデュエル――結果はリン娘の敗北、匿名希望の勝利。
にも拘らず、敗者のリン娘にはデュエルの勝敗よりもそのことの方が大事なのだと。
元よりガッチャ教徒の俺がデュエルから逃げる筈もなく、二つ返事で了承。
そんな俺に、リン娘は絶対だよ、と念を押し儚げに微笑むのだった。
◆ ◇ ◆ ◇
準決勝、第一試合。
片やクイーン相手に壮絶なデュエルを繰り広げた無名のデュエリスト。
片や華麗なデュエルタクティクスで観客を魅了した選手名、匿名希望。
観客は前歴のない対戦カードに、デュエルの開始を今か今かと胸を躍らせていたのに。
「――わたしは認めない!!」
その声に。
手を伸ばせば噛み付かんばかりのその気勢に。
「きさまが! きさまのような卑怯者がデュエリストなど! そんなこと断じて認めはしない!」
こちらに真っすぐ突き出された腕を彩る、
「厄介払いが清々したか? きさまはわたしたちのことを疎ましく思っていたものな!? なら! どうしてわたしそっくりのあいつに優しくする? どうしてわたしの友と瓜二つの顔を持つ奴と一緒にいる? そうやってまたきさまは捨てるのか? わたしたちにそうしたように、また……ならば最初から優しくするな! きさまのそういう甘さが、わたしはずっと気に食わなかったのだ!」
そして、なによりも。
一陣の風が、フードの奥に隠された匿名希望の顔を曝け出させて。
「必死に、やっとの想いでここまで来て……こんな、……こんなの……っ!!」
背は、少し伸びただろうか。
髪は昔から変わらないポニーテールで。
頭から顔を覗かす大きなリボンは彼女の荒い気質に似合わず微笑ましくて。
「…………ゆるさない」
ずっと待ち望んでいたのに。
こうして再会することを夢見ていたのに。
そのために、ずっと頑張って来たというのに。
「……ぜったいっ、絶対に許しはしないっ」
どうして、こんなにも辛いのだろうか。
「きさまだけは―――絶対に許してやるものか!!」
融合次元にいる筈のセレナが、そこにはいた。
わぁーい、感動の再会だぁーい(震え声