○月●日
モンスターに襲われました。
絶海の孤島なので逃げ場がないぜ。
最高責任者がハゲです。
――助けてぇ! クロノス先生!
ふぅ、一度冷静になろう。
遊戯王の世界にトリップ、ナウ。
何を言っているのか分からないだって? 奇遇だね、俺もだよ。
これでも転生当初と比べれば遥かに落ち着いているんだけど、こうして当時を振り返るとあの頃を思い出して色々と思い出したくないことも一緒にががが――。
――助けてぇ! クロノス先生!
落ち着け俺、何のために日記を書き始めたと思っているんだ。
状況を整理して事態を好転させる足掛かりにするためだろうが。
話は変わるが、一口に遊戯王とは主に作品群を指す呼称であり、個々の呼び名は様々だ。
アニメで例を挙げるのなら、初代から始まり、DM、GX、5D's――。
ちなみに、遊戯王はGXの放送終了と同時に卒業しました。
二十代先生、ガッチャ! アニメ面白かったぜ!
理由は単純、周りに遊戯王をプレイする人間がいなくなったからだ。
だから、次回作が5D'sだというくらいで、内容は勿論カード知識もそこまでしかない。
またまた話が変わるが、何故遊戯王の世界に転生したなどと突拍子もない結論に至ったのか。
簡単な話だ、受験勉強の息継ぎに掃除をしている途中、棚の奥から埃を被ったデッキケースを見付け、デッキの中身を一枚一枚捲りながら当時の思い出に浸っていた時、気付いたら見知らぬ場所にいた。
んで、後は冒頭の通り。
機械で出来た犬ころに追い掛け回されて、絶海の孤島なので逃げ場がなくて、道端で出会った最高責任者を名乗るオッサンがハゲてたんだよ。
当時の頃の記憶は曖昧で、正直穴だらけの不安だらけ、断片的にしか思い出せないけれど。
モンスターに、絶海の孤島に、最高責任者がハゲ。
――ここGXの世界だよ! 助けてぇ! クロノス先生!
◆ ◇ ◆ ◇
○月□日
こちらα、現在物置に潜伏中。
現状整理という名目で、逃走中に拾ったペンとノートに日記を書いてます。
今も遠くで犬の遠吠えに、彼等を従わせるデュエリストの怒声。
ヤベェよ、俺ってば完全に指名手配中だよ。
罪状って何だろう? 不法侵入だろ冷静に考えて。
落ち着け俺、クールになるんだ、状況を整理しろ、その為の日記だろうが。
現状を説明して説得を試みるA案――病院に監禁されますね分かります。
素直に投降して説得を試みるB案――警察に連行されますね分かります。
あれ、これって詰んでね?
というか、此処がGXの世界だと仮定して、俺の戸籍とかってどうなるのよ。
所持品とかトリップする直前に着てた部屋着のジャージ上下の文字通り身一つだよ。
財布やら携帯やらあればまだ手はあっただろうに、何か他にないかと周りを捜索。
そしたら出てきましたよ、現状を打破できそうな切り札が。
俺がいるのは何処だ? 遊戯王の世界だ。
つまり、デュエルの結果が全てを決する世界だ。
カードに魂を封印しようが、カードで相手を殺そうが、デュエルに勝てば許される世界だ。
所持金に戸籍、ないない尽くしだが、それがどうしたというのだ。
デュエルに勝てば、そうすれば俺を咎める者などいない。
幸いにして、俺の手の中にはそのための手段がある。
即ち、デッキとデュエルディスクだ。
デッキを確認すれば、此処にトリップする前に見つけた懐かしのマイデッキ。
此処に来る前同様、一枚ずつ中身を確認する度に蘇っていく当時の記憶が――。
――あれ? このデッキってどう回すんだっけ?
――あれ? このデュエルディスクってどう動かすんだっけ?
◆ ◇ ◆ ◇
○月△日
最初のデュエルの相手が仮面のコスプレ集団とか無理ゲーだろ。
という訳で徐々に馴らしていこうぜ作戦を敢行。
最初のターゲットはたまたま倉庫の前を歩いていたガキンチョ。
ギリで勝利した。
なんか懐かれた。
◆ ◇ ◆ ◇
○月☆日
ガキンチョの相手をしていたら丸一日が経過してしまった件について。
◆ ◇ ◆ ◇
○月∇日
策士……!
圧倒的な策士……!!
現状を整理してみよう。
俺氏、子供と一緒に倉庫へ潜伏中。
……いやね、違うんですよお巡りさん、これには深い訳が――。
あ、アカンはこれ、傍から見たら誘拐と監禁のダブルコンボやん。
俺だってね、何度も追い出そうとしたんだよ。
親御さんとか心配してるだろうし、現にこの子の名前を呼ぶ声が外から聞こえることあるし。
でもね、このガキンチョ、どういう訳か俺から離れたがらないんですよ。
帰るように促せば泣きそうになる、暇があればとにかくデュエルを強請る。
勝者権限で追い出そうとすれば、ボクお喋りだからお兄さんのこと喋っちゃうかも? である。
策士……! 圧倒的な策士……!! 背中に悪魔の翼が生えてますよ! パタパタしてますよ!
結論、お兄さんはガキンチョに屈しました。
その結果得たものは心の底から微笑むガキンチョの笑顔だった。
べ、別に情に絆された訳じゃないからね!
勘違いしないでよね!
……おえ。
◆ ◇ ◆ ◇
○月×日
ガキンチョと倉庫に籠って数日が経つが、永遠と引き篭もっている訳ではない。
食料などの生活必需品については既に解決済み。
というのも、ガキンチョが食糧庫への隠し通路を知っていたのである。
褒めて褒めてー! 的な感じの純粋無垢な眼差しを向けられた。
初邂逅時に「キミ、邪魔だよ」発言と虫けらを見るような眼が嘘のようである。
取り敢えず拳骨一発、不法侵入は犯罪です。
俺は良いのかって? 不法侵入と児童誘拐と監禁に窃盗罪が追加されるだけですがなにか?
自分のことを棚に上げての説教に、しかしガキンチョは上の空。
「初めて拳骨……初めて説教……」とかブツブツ呟いててちょっと不気味に思いました、マル。
ちょっと頬が赤く染まっているのにドン引きしました。
幻魔の扉とか、そんなチャチなもんじゃねぇ。もっと恐ろしいもん開いちまったぜ……!!
続いて、俺のデュエリストとしての腕前だが、ハッキリ言って自信喪失である。
あれから何度もデュエルしているが、ガキンチョの相手に勝率がギリで上回るレベル。
どう見ても学生ではないだろう、入学前の子供相手にこの戦績とかマジ涙目である。
とはいえ、一概に俺だけの問題ではないことは薄々と勘づいていたりする。
俺自身のデュエルの腕前の低さもあるのだろうが、それ以上に深刻な問題があった。
ぶっちゃけよう、カードパワーが違い過ぎます。
俺にとってもガキンチョにとっても主力である融合モンスターを比較してもそれは明らか。
なんやねん、闇属性モンスター2枚って!
こっちは素材モンスター名指しで指定やぞ!
ガキンチョのエースの素材条件ゆるっゆるやん!
これで召喚されたモンスターが雑魚ならば別に問題はない。
だが、出てきたのは打点強化にコピー、更には道連れ効果内蔵の化物モンスター。
インチキ効果も大概にしやがれ! と堪らず叫んだのは未だに記憶に新しい。
他にも、魔法や罠、モンスターに至るまで個々のポテンシャルが違い過ぎる。
これが俺のファンデッキでも勝てるのだから、所詮はガキンチョが相手ということか。
相手が仮面のコスプレ集団ならば普通に負ける。
最高責任者のハゲとかあれやぞ、なんとか流の師範代なんだぞこれ!
アンダーグラウンドの帝王でグォレンダァ!! とかされちゃうんだぞ!!
ボールを相手のゴールにスカイスクレイパー・シュート!!
超エキサイティング!!
◆ ◇ ◆ ◇
○月⊿日
2人目のガキンチョにエンカウントしました。
ガキンチョその1――紫キャベ娘でいいや見た目的に。
人のことを誘拐犯扱いしてきたので紫キャベ娘をリリースして無実を証明してから逃走した。
◆ ◇ ◆ ◇
○月※日
根城にしている倉庫は紫キャベ娘にばれている。
なので、倉庫を放棄し、予てより考えていた島からの脱出のための準備を開始したのだが。
行く先々で何故か紫キャベ娘にエンカウントするんですけど。
ガキンチョその2――ワン娘でいいやもう、なんかポンコツ臭もするし。
毎度のように何故か後からやって来るワン娘に紫キャベ娘と一緒にいるところを目撃され、その度に誘拐犯扱いされてるんですけども。
俺は悪くねぇ! 絵面的には確かにその通りだけれども! 俺は悪くねぇ!
イラッと来たのでデュエルした、辛うじて勝てた、改めて自分の弱さに凹んだ。
勝者権限でワン娘に命令する絵面が、傍から見たらくっ殺みたいに見えることに気付いたのは、こうして日記を書いている時だった。
◆ ◇ ◆ ◇
○月∞日
最近自分が犯罪者なんじゃないかと思えてくるようになった。
いやね、今までの所業を思えばその通りなんだけどね。
今までは元の世界に戻るためって免罪符があったからその辺を無視できた。
でも、最近はそうも思えなくなってきたのである。
――んふっ、お兄さんみーっけ!
――お前……わたしを舐めているのか! 逃げずに勝負しろ!
相手は子供、青年といっていい俺とは体格からして違う。
加えて、遊戯王の世界にトリップした影響か、身体能力が飛躍的に上昇しているのであった。
なるほど、俺がデュエリストになったからか――書いてて頭おかしく思えてきたよ。
要するに、俺が本気で逃げに徹すれば、ガキンチョ二人を撒くなど造作もないのだ。
しかしだ、しかしである。
俺は見てしまったのだ。
俺が二人を撒いた後、トボトボと帰路に着くガキンチョたちの後ろ姿を。
追跡中にはあれほど活気に満ちていたのにも関わらず、二人の背中に漂う哀愁を。
二人を照らす夕日が、それぞれから零れ落ちた雫をきらりと光らせたのを。
思えば、不思議だった。
学校に通うにはまだ早いと断じれる幼い見た目。
にも拘らず、俺は二人の親の姿を見たことがなかった。
此処は絶海の孤島、周りが学生やら教師だらけの中、幼子と呼べるのは二人だけ。
こうして筆を執って文章に起こしている今も、俺の中の推測が確信を帯びていくのが分かる。
なのに俺は、自分のことばかり優先して、ガキンチョたちに構ってやることも――。
◆ ◇ ◆ ◇
○月♪日
とうとうこの日がやってきた。
そう、俺はこれから、この絶海の孤島から脱出する。
思えば、状況整理の意味で初めた日記も意外と続くものだ。
しかし、それも今日で終わり。
俺は島から出て、そして現実の元いた世界に帰る。
今日はそのための第一歩を踏み出す晴れやかな日なのだ。
にもかかわらずだ、俺の心は全然晴れやかじゃない。
食料よし、水よし、舟も死んだら返す予定だ。
荷物を詰め込み、帆を張り、後は櫂で漕ぐだけ。
だが、一向に力は入らず、舟は風のみを推力として岸から沖へと進んでいく。
いつしか櫂を置き、気付けば取った筆で現状を文字に書き起こしていた。
分かっているんだ、俺が何故こんなにも悩んでいるのかが。
選んだところでどうなるというのだ。
所持金戸籍皆無、そんな俺にあるのはデッキとデュエルディスクだけ。
そのデュエルの腕前だって、ガキンチョ相手に辛勝するレベルでしかない。
この世界での俺という人間の価値など、その程度でしかないのだ。
――お兄さん!?
だから、迷わずこのまま進め。
――待て! きさま、逃げるつもりか!?
後ろを振り返るな、情に流されるな。
――また悪戯しちゃうよ! 悪いこといっぱいしちゃうよ! だから……だから……!!
思い出せ、かつての自分が居た場所。
――卑怯者! 逃げるなど卑怯者がすることだ! それでもきさま、デュエリストか!
温かい寝床、温かいご飯、温かい家族。
――叱って! いっぱい! たくさん! お兄さんが叱ってくれたらボク、いい子になるから!
全部ここにはないものだ。
――逃げるな! わたしはまだお前に勝っていない! だから行くな! いかないでくれ!
元あった形に戻るだけだ。
――お願いだから……!
――頼む……!
ああ、でも。駄目だ。文字では偽ることは出来ても、心までは偽ることは出来ない。
――ボクを……っ!!
――わたしを……っ!!
震える指が、不意に落ちてきた雫が、続く文字を歪ませ、滲ませた。
――おいていかないで!!!
もうちょっとだけ、此処に居たい。
それこそが、紛れもない俺自身の本心だったんだ。
◆ ◇ ◆ ◇
自首したら、超VIP待遇で迎え入れられた件について。
いやあの、俺ってば犯罪者なんだってばよ?
不法侵入に窃盗に暴行に児童誘拐に監禁だってばね?
字面で改めて見たらなんなんだよこの超凶悪犯、即通報者だってばさ!
舟で岸へと引き返し、紫キャベ娘とワン娘に両手を厳重ロック。
人造人間ハゲとか無口剣士なんて目じゃないね、先攻1ターンでサレンダーするレベル。
道中背中が痒くなった時に一度両手を引き剥がそうと力を込めたら物凄い目で睨まれたよ。
涙目上目遣いがガキンチョにとっての最強の武器だと実感した瞬間である。
そのまま島の中央に聳える校舎群へ向かった訳なのだが、道中すれ違う連中がもうね。
俺は島中に指名手配されてる訳だから生徒やら教師に見つかり次第すぐに集って来るのだが、ガキンチョ二人を前に尻込みし、モーゼのように道を開ける始末。
途中で会った、軍服に勲章を付けた厳ついおじさんなんか敬礼とかされちゃったよ。
そして、到着しました如何にもな雰囲気の部屋。
校長室だと最初は思ったけど違うよ、魔王とかが踏ん反り返ってそうなヤバい雰囲気です。
現にね、最高責任者ことハゲの隣に控える参謀ポジのおじさんとか目がイっちゃってます。
おいてめぇこっち見んな、ようこそ新しい実験動物的な眼で俺を見るんじゃねぇ!
結論から言おう、二人の教育係に任命されました。
最初は雑用から始めようと思っていただけに、まさかの重要職。
辞退しようとしたらギュッと両手から無言の抗議。
決して新入社員にしては破格の給与に目が眩んだわけではない、断じて違う。
しかし、教育係か、中々に感慨深いではないか。
そんな風に物思いに深けっていた俺に、最高責任者のハゲが問うてきた。
――君は二人にどのようなデュエリストになって欲しい? 君にとって、デュエルとは?
おいおいおい、そんなフリを寄越されては、返す言葉などこれ以外には有り得ない。
遊戯王界の理想の教師として名高い、彼が放った名台詞。
相変わらずの穴ぼこ知識だが、彼の言葉は今もな鮮烈な輝きと共に心に刻まれているのだから。
「デュエルってのは希望と光を与えるもんだ。恐怖と闇をもたらすものじゃない」
ハゲの目を真っすぐ見て宣言した後、こちらを見上げるガキンチョ二人を見下ろす。
子供から青年へと成長する中、忘れてしまった大切なもの。
そうだ、俺は楽しかったのだ。
二人と過ごした時間が、交わしたデュエルが、楽しくて仕方がなかったのだ。
だから、この気持ちを一緒に分かち合って欲しい。
「例えデュエルに負けても、闇は光を凌駕できない。そう信じて、決して心を折らないこと」
二人が立派に独り立ちできるその時まで。
いつの日か俺が現実世界に戻っても、その先もずっと。
「ユーリ、セレナ。俺との約束、守れるか?」
勝敗に関係なく、純粋にデュエルを楽しむ、そんな人間になってほしいから。
「んふっ、破ったら叱ってくれるんでしょ? で、守ったらいい子いい子。ボクとも約束だよ?」
「ふんっ、わたしはデュエリストだからな。強者の言うことを守るのはやぶさかではない」
生意気な口ぶりに、乱暴に二人の頭を撫でる。
ぐちゃぐちゃに乱れた髪に、しかし二人は擽ったそうに顔を緩ませるだけ。
そんな三人の様子を、プロフェッサー・赤馬零王は穏やかな眼差しで見守るのだった。
「――ガッチャ。今まで楽しいデュエルをありがとう。これからもよろしくな」
最終回じゃないぞよ、もうちっとだけ続くんじゃ。
この話しで完結してもよくね?
そう思ったのは作者だけではないはず。