わっちと異世界旅行   作:せぶんしーず

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気がついたら……6月だってばよ……


狼と香辛料、大悪魔と小悪魔

 酒気に溺れていたロレンスを覚まさせたのは、首の根元の痛みだった。ふらふらと覚束無い手でなぞると、小さな傷を残す噛み跡に気づく。血は止まっていたが、ロレンスは顔をしかめた。

 姿勢を起こして大きく伸びをすると、明瞭になってきた視界の真ん中には裸のホロがいた。

 木漏れ日の陽だまりの中、一糸まとわぬ姿のまま、手ぐしで小麦色の尻尾を梳くホロの肌は、どことなく艶やかに見える。

 ホロは、ロレンスが首元に気をやっている事に気づいた。

 「なんじゃ、犬にでも咬まれたかや?」 

 「……いや、犬ではなかったな。まるで狼のように獰猛で危険な奴だった」

 「狼のように美しく気高い奴と言ってくりゃれ」

 ホロは手ぐしを止めると、畳んであったロレンスの服を投げてよこした。

 「ほれ、早く服を着んす。わっちのような見目麗しい乙女の裸ならともかく、ぬしの裸などを見て喜ぶ阿呆はどこを見渡してもおらぬ」

 ホロは立ち上がり、口笛を吹きながら辺りを見渡す仕草をした。ロレンスは頭を掻きつつも、ホロに尋ねる。

 「ここに水は無いのか?」

 「井戸なら村の中じゃ。顔を洗いに行くかや?」

 「お前が澄んだ水を覗き込めば、求めている阿呆と出会えるだろうと思ってな」

 その言葉に、ホロは太陽にも似た笑顔を浮かべる。ロレンスの頬を尻尾で優しく撫でた。

 「くふふっ……恋は盲目じゃな!」

 「耄碌の間違いじゃないのか?……痛っ!」

 

 ◇◇◇

 

 

 身支度を終えたロレンスとホロが村へ戻ると、昨晩の宴の跡は未だ残っていた。広場には、立っている人間よりも酔い潰れている人間の方が遥かに多い。その惨状は、何も情報なしにたどり着いた者であれば、賊の類に襲われた憐れな村の跡だと勘違いもするレベルだろうか。

 焚き木の残り火が、細い煙を立ち上らせる。その周りで気持ちよさそうにいびきをかく戦士団の男達を横目で見つつ、ロレンスとホロは井戸で顔を洗った。

 

 殆どが、昨晩こっそりと2人で村を抜け出した時のままだ。

 その中で、まるで最初からいなかったかのように跡形もなく消え失せた「ナザリック」の面々については、上にあった大鍋を失った寂しげな炊事場だけが、確かに彼らが昨晩ここにいた事を物語っていた。

 

 ロレンスは顔を拭って深呼吸をすると、懐から羊皮紙を一枚取り出して再度書面の確認をする。昨晩セバスから受け取ったものだ。羊皮紙を持ったロレンスの腕をホロがつかんで覗き込む。

 「……それにしても奇怪な文字じゃな。酔いが覚めても一文字たりとて読めぬ」

 「当面の問題だな。この地方の文字と俺たちが使ってきた文字、ナザリックの人たちが使っている文字がどれも違っているなんて思いもしなかった」

 ロレンスとホロは昨晩セバスからこの羊皮紙を受け取り、お互いの言語の違いに気づいた。会話は問題なく成立しているように感じられるが、よくよくセバスの口元を観察すると、話している言葉と聞こえてくる言葉に違和感があった。セバスによれば、どうにも『口に出た言葉が耳に入る過程で魔法で翻訳されている』らしい。

 「口頭での会話のみでは、今後の取引に支障があるかや?」

 「あるな。契約書を書いたり確認したりできないのは、俺みたいな商人にとって致命的な欠陥だ。お前が無知を装って相手方に逐一質問をしてくれないと、騙されて大損を食らうかも知れない」

 「頭脳労働の対価は、甘い甘い果物と菓子でありんす。それさえあればわっちはいくらでも力を貸しんしょう」

 擦り寄ってくるホロの口に、ロレンスは懐から砂糖菓子を一粒取り出して放り込む。

 ホロは嬉しそうにそれを口の中で転がしていたが、やがて飽きてしまったかのようにロレンスの顔を見上げた。

 「折角、いま一度旅に出る機会が巡ってきたんじゃ。この地のものが食べたい」

 「……と、言われてもな。流石にこの村の状況を見るに、美味い食事にありつくのは難しいんじゃないか?」

 「であれば、ここから一番近い街へすぐにでも──あぁ、でもそう言えばナザリックとやらからの同行者がおるんじゃったか」

 昨晩セバスと交わした契約は単純だ。ロレンスとホロの旅に、ナザリックから護衛を随伴させる。道中と街での安全を保証すると同時に、ロレンスたちが街で得た情報を共有するというものだ。

 

 ◇◇◇

 

 「我が主から、ロレンス様とホロ様への取引の提案がございます」

 セバスはそう言うと、筒状に丸めた羊皮紙を取り出した。

 「我が主であらせられるアインズ様は、御二方に深い興味をお持ちになられました。それ故、御二方の旅の安全を保証するとのことでございます。その代わり──」

 セバスは羊皮紙の蝋封を解き、ロレンスに渡す。

 「ここから南西に向かって馬車で二日ほど行くと、中規模の都市がございます。御二方はその都市に移動して頂きたいのです。こちらの契約書は、その仔細について記してございます」

 ロレンスは手渡された羊皮紙を広げた。上から下まで流し見をする振りをして、顔を上げ、セバスに目を合わせる。

 「情報と言っても、選る必要はございません。ロレンス様は普段通りに自身のご商売をして頂き、その行動の傍には常に、護衛を兼ねた我々の手の者を置かせていただくのみにございます」

 「……失礼ながら私たちは当面の間、自分たちのぶんのパンと寝床を用意するだけで精一杯です。道連れを増やすことは難しいかと。主殿より取引を持ちかけていただいたのは光栄ですが、ご期待に添えそうにない」

 「それについては──」

 「セバス、様」

 セバスが口を開こうとした時、彼に声を掛ける者がいた。

 長い桃色の髪を持ち、迷彩柄のマフラーを首に巻き付けたメイドの少女。村に散っているどのメイドとも違う独自の雰囲気を纏い、給仕服のそこかしこは、やたらと煌めいた不思議な硬質物に覆われている。

 「セバス様。これ……、アインズ様が、セバス様に、渡すようにって……仰った……」

 「ご苦労様です、シズ」

 シズと言われたメイドは小箱を一つセバスに手渡すと、セバスの後ろに控えるようにして立った。

 「こちらは、契約に際しての経費にございます。余さずお納めになられれば、我が主もお喜びになられるでしょう」

 セバスは小箱をロレンスに半ば押し付けるような形で渡すと、中の確認を促した。ロレンスは恐る恐る蓋を開き、そしてついに鉄皮面を崩さざるを得なくなった。

 「──冗談でしょう?」

 「……アインズ様は、これは正当な対価……そう、仰ってた。必要なら……馬車も、提供する。八本足(スレイプニル)だけど」

 セバスの後ろから、シズが無感情気味に付け加える。

 驚愕しきりのロレンスに業を煮やしたホロもロレンスに覆い被さるようにして袋の中身を確認し、表情を固まらせた。

 「……『宝石でイチエムくらいで良いか』って仰ったの、聞いた。……宝石なら、この地でも問題なく価値を持つだろう、って……」

 箱の中に入っていたのは、ごろごろとした粒の宝石だ。箱の中でぶつかり合って軽い音を立てている。貴族の女が孔雀の羽のように競い合って指先に揃える宝石よりも、一回り二回り大きいサイズのものが、恐ろしいほど乱雑に詰め込まれていた。

 ロレンスは声を潜め、ホロに呼びかける。

 「……ホロ。どう思う?」

 「嘘をついておる気配は微塵もありんせん」

 しかしホロは一呼吸おいて、桃色の髪のメイドを睨む。

 「……だからと言って、全面的に信用できるとは到底言えぬのが難儀じゃな」

 ロレンスはそれを聞いて箱の蓋を閉じると、セバスに返そうと差し出す。

 「申し訳ありませんが、これはあまりに過ぎた対価です。……商人の基本は誠実な取引。一度受け取ってしまえば、私はこの宝石に足るものを提供しなければなりません。それに何十年かかることか知れたものではありません」

 しかし、セバスは僅かに微笑んだ。

 「こちらは報酬ではなく、経費でございます。見たところ、ロレンス様方は移動手段をお持ちでない様子。我が主はそれを憂い、この村で馬を買い、馬車を使うことを勧めておられるのです」

 セバスは微笑を湛えている。しかし、その言動と視線はまるで狂人のそれだ。

 「……最初から馬を持っている商人に頼まれた方が余計な手間がかからずに済むのではありませんか?」

 「我が主の真なるお心の内は、一介の執事である私程度に推し量れるものではございません。推論を口に出すことは不敬かと存じます」

 取引をしているように聞こえるもののその実、全く会話が成立していないことにロレンスは気が付き始めていた。

 貴族が商人に大きな依頼をする際、経費を負担することは確かにある。しかしこれは過剰だ。売り払えば大都市の一等地に豪邸が建つだけの宝石が経費となる依頼が、真っ当なものであるはずが無い。

 経費に加えて、何かが上乗せされているのだ。危険故の追加の手間賃か、もしくは口止め料。

 案の定、桃色の髪のメイドは懐に手を入れると、何か武器のような黒い筒状のものをロレンスに向けた。

 「──もし、この依頼……あなたが受けないなら……私は、あなたを、殺さなきゃいけない」

 「……妻は?」

 「連れて、いく。……蒐集価値があるって、……アインズ様……仰ったから」

 

 

 ◇◇◇◇

 

 「腕っ節で叶うはずも無く、わっちと同じ狼が向こうにいる以上、逃げ足でも勝てぬ。犬のように従順にしておるのが得策とは、ヨイツの賢狼が聞いて呆れる」

 「そう悲観するな。大人しくしていれば残飯以上のご馳走にありつけるんだ。対等な立場になる機を窺っていこう」

 酔いつぶれている村人の一人を無理矢理起こし、朦朧とした意識の中で名前を書くように急かし、簡易な契約書に署名してもらう。ミミズが這ったような文字ではあるが十分だ。

 セバスから受け取った宝石箱の中から、一番小さなルビーを選んで右手に握らせた。

 「……ひどく一方的な契約の押し付けじゃな」

 「金持ちの後ろ盾があればこその荒手だ。俺だって本当は、こんな詐欺師まがいのことはしたくない。」

 小さいと言っても、ロレンスの目玉ほどの大きさがある一品だ。小さめの荷馬車を一つ買うのには問題ない価値を持つだろう。

 村人は厩の方を指し示すと、力尽きたように地に伏して、再びいびきをかき始めた。

 

 辺鄙な田舎村の場合、村人一人一人が馬を買う余裕はない。そんな時には村人共同で数頭の馬を買い、代わる代わる使うものだ。そうなれば、馬は村人全員に所有権があることになる。所有者の一人と契約を交わせば、後になって返却を求められようとも、金と理屈でどうにでもなる。

 厩には三頭の馬がいた。ホロは素早く後ろに回り込むと、尻尾の毛並みが良い一頭を選んだ。

 厩から出すと馬は小さく低く鼻を鳴らし、ホロに頭を下げた。

 「くふふ、物わかりのいい馬じゃ。やはり、わっちの目に間違いは無いようでありんす。──今日よりおまえの飼い主となった、ヨイツの賢狼ホロじゃ。せいぜい馬車馬らしく働くんじゃな」

 「……馬に話しかけても返事は帰ってこないと思うが?」

 「こいつは賢い。その証拠に、可愛いわっちにゃぁ頭を下げたが、雄であるぬしには見向きもせんからな。まぁ気長にあと100年も話しかけ続ければ、わっちの可愛さを褒めるくらいは出来るようになりんす」

 「……まあ、それは楽しみだな」

 ホロはしばらく馬の尻尾を手で梳いていたが、何かに反応して耳をひくつかせた。そしてフードを深く被り直す。

 それから数秒後、ロレンスにも近づいてくる足音が聞こえるようになった。鎧を着た金属音の交じる重めのものが二つだ。相手を考え、ロレンスは襟首をただす。

 

 「──こんにちは。貴方がたがロレンスさんとホロさんですか?」

 現れたのは、全身を漆黒の鎧で包んだ大柄の戦士だ。そよ風に赤いマントが揺れていて、背には大きな二本の剣を負っている。凛とした声はよく通り清々しく、セバスのような凄みのある威圧感は感じられない。

 そしてその三歩ほど後ろには、山羊を思わせる飾りを付けた兜と濃紫の鎧の人物が立っていた。体格的には女性のように見える。

 「ええ。私がロレンスで、妻のホロです。ナザリックの方でお間違いありませんか?」

 「そうです。私はナザリックからロレンスさんたちの護衛に遣わされました、剣士のモモンと言います。こちらは仲間のアルベドです」

 アルベドと紹介された紫の鎧は、モモンの言葉に大きく驚いた素振りを見せた。

 「まぁ、モモン……様!お仲間などとご謙遜なさらないでください!私はモモン様にお仕えする忠実な下僕であり未来の妻──」

 「というわけで、よろしくお願いします。早速ですが、確認をよろしいですか」

 モモンはアルベドの言葉を遮ると、ロレンスと視線を合わせた。

 「我々はロレンスさんとホロさんを、ここから最も近い街まで送り届けます。街に到着した後は宿を取り、我々としばらくの間行動を共にする。そういう契約とセバスから伝わっていますか?」

 「ええ。間違いありません。よろしくお願いします」

 ロレンスは右手を差し出して握手を求める。モモンはそれに応じた。とりあえず握手が挨拶として通じる相手であることに、ロレンスはほっとする。

 「篭手を付けたままで失礼します。着脱に時間がかかるものでしてね。──ホロさんも、どうぞよろしく」

 モモンはホロとも握手を交わすと、少しだけ楽しげに声を弾ませた。

 「さぁ、行きましょう!」

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 ナザリック地下大墳墓。

 その中でも最も絢爛豪華、至高の財を凝らした玉座の間には、アインズの他に二名の階層守護者の姿があった。

 一方は、橙のスーツを着こなす第七階層守護者・デミウルゴス。蠍のような尻尾を持つ、最上位の悪魔だ。

 もう一方は、山羊の角を生やし、露出度の高い純白のドレスを纏った守護者統括・アルベド。

 アインズの前ということで両者とも少なくない緊張感に包まれてはいるが、アルベドに限っては先ほど大勢のシモベの前で「モモンガ」の改名を発表した時には無かった笑顔を浮かべるだけの余裕はある。

 だが、デミウルゴスは至って真面目な──、世界が滅ぶ直前のような絶望的な表情をしていた。

 「このデミウルゴス、ナザリック地下大墳墓の防衛戦指揮を任された者として、差し出がましいことを承知で申し上げます。──アインズ様自らがお出になる必要はないかと。情報を集めるというような些事は下々の者にご命令下さい!」

 「デミウルゴス?アインズ様に意見を求められた時にそれを述べるのは私たち階層守護者の義務であるところよ。けれど、モモンガ様のご意向に反論しようなどという不届き者を始末するのも、また同じ責務であると思うのだけど」

 アルベドは終始微笑みを絶やさないまま、デミウルゴスに怒気を孕んだ言葉を送る。

 一触即発とは言わないが、口論を長引かせても良いことなどないとアインズは判断する。

 「──デミウルゴス。今のお前のような、忌避のない率直な意見は歓迎しよう。良い支配者には諫め役が必要なものだ。よって、お前の今の発言を許す」

 「はっ。お許しをいただいたばかりか、お褒めの言葉など……。身に余る光栄にございます。では──」

 「まぁ、待て。お前は我がナザリック随一の切れ者だ。だが、お前の思考には大きな誤りがある」

 アインズは骨の指を一本立てると、デミウルゴスに諭すように話す。

 「『戦闘は始まる前に終わっている』。……これはぷにっと萌えさんの言葉だが、まさしくその通りだと私は考えている」

 アインズの脳裏には、ナザリックの諸葛孔明と謳われた、蔦の巨人の後ろ姿が浮かぶ。

 「この地において、我々ナザリックは強い。それはセバスらの報告書を読めば確かだ。だが、それは最強であるという証明にはならない──わかるな?」

 「……承知致しております」

 「万一我々よりも強い力を持つ者と相対するとなった時に、先んじて得た情報は戦力差を大きく覆す可能性を秘める」

 アインズは傍らで浮遊していたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手に引き寄せると、アウラとマーレに依頼して作らせていた周辺地図を投影する。カルネ村ではトブの大森林と呼ばれている人類未踏の地域にまでその地図は広がりを見せているものの、人の通りがある街道沿いの地図はかなり朧気だ。しかし、そんな地図でも確実にわかることはある。

 「ナザリックの外に出ていないお前達でも見て分かる通り、ナザリックの周囲からグレンデラ沼地は完全に消えている。圧倒的に情報が足りない今、情報収集は些事として片付けられることでは無いのだ。故に、私自らが出る」

 アインズは立ち上がり、デミウルゴスの顔を窺う。

 ──絶対の支配者である彼は、支配者であるが故に言わない。“ちょっと外の世界を自分で見てみたいから外に出てくる”などという支配者らしくないセリフを。

 もちろん、人類の敵である魔王のロールプレイでは、魔王が自ら出ていくなどということは出来ない。アインズのロールプレイに対するプライドが許さない。

 だが、ほんの少し──。ほんの少しだけ、支配者としての日々の業務から解放されてもいいかもな、などと考えてしまったのだ。

 幸い、戦士化の魔法を用いて全身鎧を着ることにより、外見上だけであれば中身が骸骨であることは誤魔化すことが出来る。

 「……しかしッ──」

 なおも食い下がるデミウルゴスだが、彼が考えていることはアインズにも理解できる。王将が単独で歩兵の前に出ていくのは、防衛面上看過できない事なのだろう。

 これで納得してもらえないなら諦めるか──。そうアインズが思った時に、アルベドが口を開いた。

 「アインズ様は慈悲深い方であらせられるが故に、貴方に直接言葉にして伝えて下さらないことが一つあるのよ。デミウルゴス」

 「……ぇ?」

 「何ですと?」

 アルベドの含みげな微笑みには、アインズの隠された意思を汲んだという確信めいたものがある。

 「……さ、流石はアルベドだな。我が真意を見抜くとは」

 「えぇ、えぇ!愛するアインズ様のお心を推察致しますことには、わたくし自負がございますので!」

 アインズにはアルベドの言うことがこれっぽっちもわからない。設定をねじ曲げて、アインズを愛するようにさせたことをアルベドは知っているのに。

 「……アルベド。説明してやりなさい」

 「光栄に存じますわ!モモンガ様!」

 アインズから指示を受けて喜色満面のアルベドは、デミウルゴスに上機嫌で話を始める。

 「ねぇ、デミウルゴス。以前ナザリックが大侵攻を受けたことを覚えているわね?」

 「……ええ。忌々しくも私の階層は突破されてしまった──ハッ!?そういう事ですか!アルベド!」

 アインズも何だかよく分からないまま、すぐにデミウルゴスも答えにたどり着いてしまったようで、取り残されたような心持ちになったが、アルベドは解説を続けた。

 「そう。その時、貴方は確かに死んだわ。そして至高の御方々の寛大なるお慈悲によって、今一度生を授けられたのよ。本来であれば無能の烙印を押され、断罪されて然るべきところを」

 「ぇーと、決して無能などと思ってはいないのだが……むしろよくやった方だと……」

 「なんということ!防衛戦の指揮官として任を受けつつも情けなく屍を晒した上に……こんな……こんな簡単なことに気づかなかったとは!」

 「──そう。モモンガ様は、その罪を払拭する機会を貴方に設けようとしていらっしゃるわ。今度こそは貴方の階層までで、至高の御身を煩わせることなく、すべてを漏らさずに仕留めなさいと。……モモンガ様は私たち階層守護者と比べるのもおこがましい程に強いお方。モモンガ様の身を案じるなどという過ぎた行為は不敬と知りなさい。それとも、モモンガ様がいらっしゃらないと防衛が不完全になってしまうなどということは無いわね?デミウルゴス」

 「無論だ。そんなことは決してないとも。──アインズ様。御身の深いお慈悲、そして私に対する期待。必ずや全うし、ネズミ一匹通さぬ守りをご覧に入れましょう」

 跪いて忠誠を示すデミウルゴスに、アインズも何となく合わせた方が良いような気分になった。

 「あー……。あ、うむ。私の留守を頼むぞ、デミウルゴス」

 「お任せ下さい。──そしてアインズ様。一つ提案がございます」

 一瞬、アルベドとデミウルゴスの視線が交差したのを、アインズは見逃してしまった。

 「いくらアインズ様がお強いとは言えど、道中の露払いは必要でございましょう。愚かにもアインズ様のご威光を理解出来ぬ獣や人間どもに、アインズ様自らが手を振るわれるのは余りにも過度というもの──」

 「う、うむ、それはそうかもしれぬが……」

 デミウルゴスはアルベドを手で示し、にこやかに眼鏡の縁を煌めかせた。

 「──彼女であれば、防御系スキルでアインズ様をお守りすることが可能であり、なおかつ戦力としても申し分ないかと」

 「あらデミウルゴス?私は玉座の間を守らなくてはならない責務があるのだけれど」

 アルベドの言葉は白々しさが隠しきれておらず、アインズの伴をすることの期待に満ち溢れていた。

 「アルベド。君は、私の守護する第七階層より下に敵が入るとでも?」

 いくらアインズが元々一般人とは言え、ここまで来れば二人の思惑はわかる。デミウルゴスはアルベドに気付かされた恩義に報い、アルベドの望みを助けようとしている。

 無論、アインズが否と言えば、アルベドは退くだろう。だが、断る正当な理由が無い。──できれば独りで行きたかったのだが、まぁ外に出れるだけ良しとしよう──

 「……では、アルベド。私に付き従え。人間の都市に向かうことになるが、良いな?」

 「は、はい!アインズ様!モモンガ様のためなら、ゴミ以下の人間どもの巣窟にも耐えてご覧に入れます!」

 「……はぁ。その思考を捨てろとは言わないが、敵対的な行動は慎むようにせよ。良いな!」

 

 ◇◇◇◇

 

 アインズが出立の準備で玉座を去り、アルベドもデミウルゴスに背を向けた時。デミウルゴスの言葉が、アルベドの足を止めた。

 「君は、私の贖罪という名目の裏に隠されたアインズ様の本当の狙いに気づいたかね?──いやはや、守護者統括殿にわざわざ尋ねるのは無粋かもしれないが」

 「……何のことかしら?」

 「……おや、守護者統括ともあろう者が気づいていないのかな。それともアルベドだからこそ、気づかなかったのか」

 デミウルゴスの口ぶりにかいま聞こえるものは、信奉する至高の御方の言葉に隠された、深い意図を汲み上げることに成功した僅かな愉悦だ。『アルベドだから気づかなかった』という言葉に不快感を隠しきれず、アルベドはデミウルゴスに振り返る。

 「……。それじゃあ聞かせてもらえるかしら?」

 「あぁ。構わないとも」

 デミウルゴスは玉座の間に掛けられている至高の御方々の旗の中から、アインズの旗を見上げる。先ほど『モモンガ』であることを辞め、新しく掛け替えられた──アインズ・ウール・ゴウンのギルドフラッグと同じ紋章だ。

 「──アインズ様は、この地のどこかにアインズ様以外の至高の御方が辿り着いていると考えておられる」

 「…………ええ、そうね。……私もそう願っているわ」

 「私もそう願うよ。もう一度この目で、我が創造主であるウルベルト様のお姿を拝見できるのであれば、命さえ惜しくはないと考えているが──アインズ様のお考えには、私のこの考えは沿うものではないのさ」

 「どういう事かしら?」

 デミウルゴスは視線を玉座に下ろす。つい先程まで、ナザリックに属する全ての者が敬愛してやまない、麗しの君が座していた玉座。

 「アインズ様は、至高の四十一名の方々がお戻りになられた時に、栄光あるナザリックそのままの姿で出迎えたいと願っておられるのだろうね」

 ヘルヘイムにナザリックがあった時は、資金さえ用意すればNPCは蘇生することができた。現にそうして大侵攻の後、デミウルゴスは命を取り戻しているのだ。だが、現時点でそれが有効であるかは確かめようがない。時間さえおけば無限にポップするダンジョン配置エネミーの下僕と違い、至高の存在に創造(キャラクリエイト)されたNPCの命は唯一無二だ。一度死ねば、以前の方法で生き返るかはわからない。

 「アインズ様はギルドの長。至高の方々がナザリックにお戻りになられる頻度が下がろうとも、アインズ様はナザリックの維持に全力を尽くされていた。──栄光あるナザリックの姿をそのままに、いつ誰がお戻りになられても良いように。それは今も変わらないのでしょう」

 「……デミウルゴス。その言い方は、今のナザリックが落ち目にあるように聞こえるのだけど?」

 「聞き手にその認識が無ければ、そんなことは微塵も考えないと思うがね」

 「……言ってくれるわね」

 「だからこそ、なのさ」

 デミウルゴスは目尻を拭い、静かにアルベドのもとへと歩み寄る。守護者統括とは即ち、ナザリックの中で最上位に位置するNPCなのだから、それを知る必要がある。

 「今のナザリックは、お世辞にも完全とは言えない。至高の御方々が円卓の席に全員揃われてこそ、完全だと言える。──それまで、その時が来るまで。たとえその時が永久に来ないとすれば、この世界が終わりを迎える時まで。アインズ様は、ただの一人とて我々を死なせるつもりはないのさ。故に、御身自らが出られる。……これが真意だよ。アルベド」

 デミウルゴスはゆったりと歩きながらアルベドを追い抜いた。

 「……さて、私はアインズ様のご意向の通り、無くしても惜しくない下等な悪魔を用いて、アインズ様の向かう方とは反対方面に地図を広げることに尽力するとしよう。アウラとマーレには、あまりナザリックから離れすぎないように指示を加えておく。──時に、アルベド」

 デミウルゴスは玉座の間を去る間際、アルベドに心からの言葉を残す。

 「セバスが築いた協力関係にある商人。つまりは貴女とアインズ様の旅路の同行者は、人間と狼のつがいのようだね。……貴女と将来の理想と同じ、異種間の夫婦として、参考になる部分があれば真似てくると良いだろう。混血の子は生まれるのかという疑問を解消できるかもしれない」

 「()()()()様と私の……子──?」

 

デミウルゴスが扉を閉めた後、アルベドは愛しのアインズとの蜜月の日々をひとしきり想像し──出立の前に下着を変えなければならない必要に陥ったのだった。

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ 「……モモンガ様、ですか。やはり貴方はアインズ・ウール・ゴウンのことを──」

デミウルゴスの悲しげな呟きは、第十階層の廊下に虚しく消えていった。




なんかもうお待たせのお待たせのお待たせという感じです。
デミウルゴスの口調とか思い出すのにだいぶ書籍読み直したりしました。
死ぬほど苦労しましたが、書いていて凄まじく楽しかったです。
文章力の激下がりはお察しでお楽しめ下され。

……狼と香辛料の二次創作、もっと増えないかなぁ。
このサイトの狼と香辛料の二次創作、本当に少なくて少なくて……

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