生物兵器の夢   作:ムラムリ
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4. 淘汰ミッション 2

 色欲狂いに警戒を任せて、自分の爪に着いている血を地面に擦り付けた。
 それから、片目の傍に寄った。
 呼吸が荒く、膝と手を付いて下を向いていた。血を吐いたりはしていないが、辛さはきっと、立ち上がれない程だろう。
 そうでなければ、片目は意地でも立つはずだった。
 片目はこれからどうなってしまう? 良くてファルファレルロに変態する。悪くて死ぬ。そこ辺りだろう。
 自分達ハンターαという種を作り出す為にも、時間と手間が掛かったらしい。そこから蛙のようなハンターの亜種を作るのにも時間と手間は掛かっているとも聞いた。
 だから、そのT-アビスというものを身に受けただけでファルファレルロなる亜種に変態するとは、ただの願望でしかなかった。
 だが、だからと言って見捨ようとは思わなかった。新入りならともかく、長く戦って来た仲間だ。それに、特に片目には、誰もが恩を持っている。
 また、希望は無い訳じゃなかった。

 色欲狂い達が檻の中で人間を犯している最中に、外からそれを眺めていた人間が言っていた事だ。
「お前にT-ウイルスの抗体が無くとも大丈夫だ。既に抗ウイルス剤を打ってある」
 他にも、自分達の成り立ちについても色々と耳に挟んだ事は覚えている。
 自分達の体液にはT-ウイルスが残っている。人間がそれを強く身に受けてしまった時に抗ウイルス剤を使用すれば、T-ウイルスの侵食から逃れられるとか。
 それは、T-アビスにもあるのではないか? 自分達ハンターαに襲われた時の対策としてや、色欲狂いに犯される人間の為に、この組織にはそのT-ウイルスに対する抗ウイルス剤が存在するのだ。
 ファルファレルロを連れて来たあの人間達も、襲われた時の対策として持っているのでは?
 それは希望にしては憶測に憶測を重ねたようなもので僅かだったが、賭ける価値は十分にあった。
 その為にはまず、片目なしで襲って来るファルファレルロを殲滅する事が必要だった。

 担いでその自分達にとって有利な場所、瓦礫だらけの場所まで行く事は難しかった。
 大体同じ体重の仲間を背負って軽快に飛べる程、この体は便利じゃない。
 ここで戦うしか無かった。
 屋上の中央に片目を動かし、その周りで待ち構える。
 少しすると、自分達の声とはやや違う声が、複数、近くから聞こえた。
 聞こえた方向を注視しても、何も見えない。
 あの檻の中に居たのは何体だったか。自分達と同じく七体だったか。
 その内の二体はもう殺した。残りは多くても五体位だろう。
 転がっていた瓦礫を砕いて、屋上の縁の近くに満遍なく投げる。少しでも、耳で場所が分かるようにしなければ。
 弱ってる奴等から狩っていくのは、普通の事だ。
 残り五体程度が全てこっちにやってきていたとしたなら、流石に厳しいが……。
 色欲狂いが下を覗こうとしたのを止めた。危険過ぎる。
 その時、から、と微かに音がした。
 咄嗟に爪を構えて音がした方向を振り向いた。が、何も見えない。
 色欲狂いが近付こうとしたのをまた止めて、その場所に瓦礫を投げた。何にも当たらず、そのまま落ちていった。
 また背後で、から、と音がする。
 と、思うと今度は左から。次に正面で。
 から、から。
 周囲で、ちょっとずつ撒いた瓦礫が動いている。ファルファレルロが手の先だけを出して。
 ……自分が対策としてしている事が分かられている。
 弄ばれている。
 怒りを表に出しつつある色欲狂いを留めながら、思った。
 もしかして……自分達と同じなのか? ただ怒り狂う、能力に身を任せた馬鹿どもだと思っていたが、こいつらも戦って生き延びてきたのか? 経験や知性を身につけたのか?
 いや、そうだったら最初の二体をあんな簡単に倒せただろうか。
 色欲狂いが、また瓦礫が動いた場所に強く、石を投げた。
「ギッ」
 当たって少しの悲鳴が聞こえた。
 途端に違う場所から二体、飛び出してきた。

 横から一体。正面から一体。砕いた瓦礫を踏み、僅かな輪郭だけが見える。
 安全に戦うとかどうとか、もう余裕は無かった。横から来た一体を色欲狂いに任せ、正面の一体に注視する。
 二度目となると少しだけ目が慣れていた。
 腕の位置も何となく分かる。右腕を横に構えながら、瓦礫を踏み越えた所で飛び掛ってきた。
 ……万全な奴にする攻撃じゃない、それは。そう正面から馬鹿正直に人間に飛び掛って、ショットガンで蜂の巣にされる新入りや、小さいナイフのみで逆襲される新入りも居たのを幾度と無く見てきた。
 それは、背後から気付かれないままに一瞬で仕留める為の攻撃だ。
 前に踏み込み、振るわれた腕を受け止めながら、胸の位置に爪を置く。
 ただそれだけで深く、爪が突き刺さった。
 ごぷ、と血を吐き出しそうな声が聞こえ、すぐに引き抜きながら突き飛ばした。
 胸から血が噴出したのを見てから、色欲狂いの方を振り返ると、そっちも決着が付いている。姿を見せて血が吹き出る首を抑えながらふらふらとしているファルファレルロに、止めを刺していた。
 後どれだけ居る……。振り返った時、色欲狂いと自分の反対側から、もう一体が登って来ていた。
 間に、合わない。
 ほんの、片目までの距離の差。振り向いた直後の自分。止めを刺した直後の色欲狂い。
 蹲る片目に狙いを定めたファルファレルロ。
 喉の奥底から叫んだ。
 タイラントにさえも時間を稼げたお前が、こんな事で死んでいいのか。
 ファルファレルロは、飛び掛って頭を刈り取ろうと爪を振り上げた。
 走るも、間に合わない。
 片目が僅かに動いた。そうすると、たったそれだけで、紙一重でファルファレルロの爪が空振った。
 片目は、動けなくとも戦闘に関しては、誰よりも長けていたままだった。
 空振り、着地し損ねたファルファレルロが片目の上に倒れた。片目が耐え切れずに倒れた。
 追いついた自分と色欲狂いが、そのファルファレルロの背中に爪を突き立て、地面へ投げ捨てた。
 片目は、倒れたまま起き上がらなかった。呼吸は浅く、体に触れると熱かった。
 これは……もう、危ないんじゃ。
 その時、首輪が振動した。
 いつも通りの、終わりの合図だった。
 色欲狂いと一緒に、片目を担いで急いで戻る事にした。時間は多分、もう無い。



No.27:
追加説明。
趣味はルービックキューブ。2面まで揃えられる。
戦闘能力は長く生き延びてきたハンターの中では平凡な方だが、ずっと自由になる事を諦め切れていない為に、檻の中で聞こえる人間の会話などは全て耳を傾けていた。それ故に知識量は随一。観察眼等も長けている。
ただ、だからこそ、逃げる事への難しさも最も実感している。
知性も最も長けている為、司令塔としての役割も良くする。