生物兵器の夢   作:ムラムリ

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久々に。頭の中に残っていたものが、ちょっとこの頃湧き出して来たので、ぺっと吐き出しました。


guilt

 ……。

 闇の中、目が覚めた。

 思い出すのは、いつも、嫌な記憶だった。体にねっとりとこびりついたそれは、いつまで経っても自分から離れようとしなかった。

 快楽の感覚は、楽しかった感覚は、ふわふわとしているようで覚束ない。

 考えるのは、余り好きじゃない。けれど、この自由になった身で、その代わりに滾る戦闘意欲を満たせるものが無くなってしまった今、半ば退屈な時間を過ごす時には、その時間は否が応でもやってきていた。

 

 思い出したのは、自分が仲間に引き入れた、元々敵だった、同族だ。

 人間とトカゲをTウイルスなるもので無理矢理掛け合わせたとかいう、この体。同じく首輪を嵌められ、敵対していたその同族。

 同族同士の戦い、気乗りはしなかったが、抗える立場では無かった。

 そして、それ以上に戦場の興奮に身を委ねる心地良さには戦うのが例え同族であろうと、抗えなかった。

 振るわれる爪を弾いて首を切り裂く。自分が一際危険視されるのは早く、ただそれは囮みたいなものだった。最も危険なのは自分じゃない。No.27、司令塔。

 自分に群がろうとする敵達を、爆弾も使って捌いて行く。戦闘能力は並だが、人間並みの知恵を持っている。多分。

 ――No.27が居なければ自分はとうの昔に死んでいた。足を挟まれて動けなくなり、恐怖に怯え、そのまま叩き潰されていただろう。

 思い出す記憶は楽しいものでも、勝手に思い出される記憶は、やはり、楽しいものではなかった。

 コンテナの隙間から逃げようとしたら、怪力でその隙間を閉じに掛かった、巨体の怪物。脚を挟まれ、ずん、ずん、と悠々と止めを刺しに歩いて来る怪物。抜けない脚。湧き上がる恐怖。死にたくないという激しい願望。向って来る、避けられない死。

 思い出しただけで、今でも息が上がる。

 ……。

 記憶がずれた。また、思い出し始める。

 

 いつも通り優勢だが、犠牲が無い訳でも無かった。同じ、最も古くから居る仲間も数体殺された。

 体は重くなっていくが、動きは衰えない。そして、興奮は更に体を奮い立たせた。血と肉片がこびりつく爪、体。

 建物の中に入れば、死角から襲って来る、のを見越して爆弾を使って殺す。はじけ飛んだ敵の死体。ロッカーの中から気配がして、蹴ってみればひ弱な悲鳴が聞こえて、中から小便を垂れ流す男が出て来た。

 殺す気も起きずに出ようとすると、後からやってきた新入りが嬉々として殺した。

 元はああだったのか、自分は思い出せなかった。

 途中、合流した人間が、もうそろそろ終わるだろうと言って来た。後ろから狙おうとする、敵意丸出しの新入りにその人間は気付いて、振り向きざまに脳天に一発、拳銃を撃ち込んだ。

 死んだ事にすら気付かないように、一瞬で死んだ。

 それを見ても、ぞくぞくとした興奮が、恐怖と共に湧き上がって来る。この人間と戦えたら、どんなに楽しいだろうか。

 死への恐怖と、それに対する敵への殺意で象られる興奮は、体から疲れを忘れさせるほどだ。そして、一度死の恐怖に負けた事があろうとも、戻って来られる程に甘美なものだった。

 ただ、この人間と戦うという事は、首輪が爆発するという事に等しかった。

 勝っても待っているのは死だ。それは駄目だった。

 ――あの男は多分、No.27が殺したのだろう、と思う。Gと相見えるあの場所で、頭を粉々にされたのを見つけた。どう殺されたか分からなくなった死体。多分、殺したのはNo.27だ。

 どうやってかは知らない。No.27が正面から立ち向かってあの男に勝てるとは、正直思えない。ただ、人間すら出し抜いたNo.27なら、殺せた事に対しては、納得は行った。

 ……あいつが、死んだ直後の事だった。

 

 戦闘は終わりかけていた。敵は壊滅し、残るは残党を殺す事と、同じく残った敵の同族を殺す事。

 捨て身で突っ込んで来た敵に対し、身を低くして寸前で横に躱し、足を引っかけた。派手に転び、後ろに居た仲間が止めを刺す。そしてその直後、その仲間が降って来た敵に脳天を貫かれて死んだ。

 死体を踏んで爪を引き抜き、自分を見て来た。

 死に場所を探しているような、脱力した振る舞い。殆ど戦闘が終わっている、半ば安堵している一時を破ったその敵に、仲間が数体、一気に襲い掛かった。

 脱力したまま、真先に来た首狩りを軽く避けて、腕を持ち上げた。持ち上げた腕に、突っ込んで行った仲間の胸が吸い込まれた。

 下から掬い上げられる爪を、踏みつけて止め、硬直したその一瞬にもう片方の爪を、目に突き刺して、穿り回した。

 最後の一体が躊躇したところに、両腕に垂れ下がる死体から爪を抜き取り、するりと詰め寄ると首に爪を軽く薙いだ。

 首を抱えて、膝から崩れ落ちた所を踏みつけ、また自分を見て来た。

 No.27を見た。爆弾を片手に隠し持っているのは知っていた。もう片方の手で、確実に殺せるようにしようとしている事も。

 目が合い、No.27は指を止めた。そう、それでいい。

 冷めようとしていた高揚が湧き上がって来る。手強い敵がいる。ぞくぞくとした、死への恐怖と、敵への殺意が体を支配していく。

 その高揚を表す言葉を、自分は知らない。

 だらりと、腕を下げたまま、距離を詰めていく。敵は、自分に向き直り、邪魔な死体を蹴り飛ばし、血肉の付いた爪を舐めてから、自分と同じように構えた。

 距離が、詰まる。腕がほぼ同時に動いた。

 

 爪と爪が打ち合う。攻撃方法は、爪しかない。そして、それだけで銃と対峙し、生き残って来た。

 生き残る為に身に着けた術は、各々違う。ただ、自分とこの敵は同じだった。

 単純な、二つ。距離の詰め方。何もさせない殺し方。

 互いに互いの行動を封じに掛かる。腕を払い、払われ、隙を見せようものなら一瞬にして持って行かれる。持って行く。

 ただ。ほんの少しの時間で気付く。

 攻める気が無い、と。片目の自分の死角に入り込もうとも全くしない。自分の攻撃を捌いているだけで、殺意すら余り無い。

 自分に殺される事を望んでいる。

 ――湧いて来た感情は余り覚えていない。怒りだったのか、同情だったのか、呆れだったのか。

 そして発作的に出した、わざとの隙の大きい動きを、敵は、死を願っているのにも関わらず見逃さなかった。体が見逃さなかった。

 そして、腕を掴まれ、引っ張られ、胸に突き刺さろうとする爪に爪を合わせて止めた。

 がっちりと組み合った爪が、胸のすぐ手前にあった。動きが、一瞬、止まった。

 その敵は、今の自分自身の勝手な動きを理解していなかった。

 直後、敵を突き倒して、踏みつけ、止めを刺す前にふと思った。

 仲間に出来ないだろうか、と。

 数瞬の逡巡、止めを刺さない事に敵が痺れを切らし、爪で足を裂こうとしてきた。

 躱して蹴り飛ばし、背中を浅く切り裂いた。

 そして、体重を掛けて、動きを封じた。

 

 

 

 夢で見たのは、その味方となった敵が、自分と最も力が近かった、親しい仲間が、唐突に死ぬ姿。

 頭を撃ち抜かれ、どさりと倒れた。透明化が解けていく。

 死が迫っている事が一瞬遅れてやってきて、透明化しているのにも関わらず、伏せた瞬間に腕を撃ち抜かれた。

 弾けるような痛み、その隣でぴくりともしない、その肉体。垂れ流されていく大量の血。ぴくりともしない、その肉体。

 深い、とても深い、喪失。冷えていく感覚。

 そして今、それを思い出す度に浮かんで来る感覚。

 自分だけ生き残った。ここまであいつは来れなかった。死なせてしまったというような感覚。助けられなかったという感覚。もう取り戻せない時間の、感覚。

 抱きたいものを、抱けない感覚。

 それを、何と呼ぶか、自分は知らない。

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