生物兵器の夢   作:ムラムリ
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γ. 別れ

 柱に背を掛けて座っているハンター、No.13が自分を見ていた。
 その手には外れた首輪があった。
 え……。
 一瞬、気付くのが遅れて、それから心臓が激しく鳴った。
 No.13は無造作にその外れた首輪を座ったまま投げてきて、それは自分の目の前に落ちた。
 落ちた衝撃で警告の振動音が鳴り、そして止まった。
 ……自分を殺そうとは、思ってないのだろう。
 ただ、俺は今、首輪を外したこいつに対抗する手段を何一つ持っていなかった。
 いや、銃器を持っていたとしても、そしてこいつが俺を殺そうとしていなかったとしても、俺がこいつを殺すのは無理だ。
 ただのハンターだったなら十分に可能性はあるが、この目の前に居るハンターは歴戦を生き延び、優れた戦闘力を持つハンターだ。現に、俺がこいつに犯された時も、銃を持った俺が何の武器も持っていない生身のこいつに負けている。
 壁に凭れ、座った。
 殺されはしないだろうと思いながらも、犯されるだろう、こいつの好きにされるだろうと言う、諦めが俺の中で渦巻いていた。
 ただ、No.13は何もして来なかった。
「……何も、しないのか?」
 No.13は、座ったままただ俺を見ていた。
 ……その精鋭のハンター達が逃げ出していたという事実を盗聴で知った時の事を思い出していた。
 首輪を自分から外し、監視役を殺して逃げたとか。
 詳細までは分からなかったが、今は、その脱走する際に殺された人間の感覚が良く分かる。
 いつの間にか、上に立たれていた。
 No.13は立ち上がり、シャッターの方を見た。
「外に出たいのか?」
 頷かれた。
 そういえば、No.13はここがどういう場所なのか、全く知らなかった。
 太陽光が僅かに入ってくる程度で、それ以外は何も無い。ここから外の事を測り知る事は出来ず、また、町の外から分厚い布で隠れていた事もあって、この周囲の事が分からない。
 俺の手を借りなければ、首輪を外せたにせよ、こいつはここから脱出出来ない。
 外に出るのならば、俺に危害を加える事自体が愚策だったのだ。
 …………はぁ。
 No.13はその性器を出していたりもしなかった。
 仕草は首輪を外せたからと言って、完全に優位に立てたからと言って、尊大になる事も全く無かった。寧ろ、更に落ち着いているように見えた。
 それは、やんわりとした強制だった。
 穏やかでありながらも、俺にはもう、自由は無くなっていた。
 多分、俺がこれからどこかに行く事自体、こいつは許さないだろう。俺が出来る事はもう、多くない。
 こいつをそのまま野に放す事は余りしたくなかったが、それを拒んだ先は、何であれ俺自身も破滅に向かう道でしかなかった。

 車の準備やらをする間に、外された首輪を見てみた。
 ネジを外すだけで外れる事は知っていたが、爆発する首輪を積極的に弄ろうとは思わない。
 気付いてしまえば、簡単に外せる首輪なんだが、一体何でそれに気付いたのか。
 ……俺か。
 脱走出来る事を知ったから、そこから推測したんだろうな。近くには俺が放置していたドライバーも落ちていた。
 舐め過ぎていたな。
 分厚く大きい布を用意し、食糧も多少積む。
 銃を積もうとしたら、投げ捨てられた。車の中も物色されて、元々隠していた銃も捨てられた。
 二階に物を取りに行く時でさえも、もう付いて来た。完全な優位をもう、ずっと保とうとしていた。
 その姿は足掻いているようにも見えた。ぎこちなさがその挙動にはあった。
 培ってきた知性と持っている知識をフルに使って、ここから出来るだけ安全に逃れようとしている。
 ただ、それだけじゃ人間に対して完全な優位には立てない。
 こいつは、俺が嘘を吐いていた事にも気付いてない。
 俺を殺せば、その首輪も爆発すると言う嘘。
 そんな、俺自身の脈拍を計り、そしてその首輪と連動させるような物なんて俺は身に付けていない。
 知性を持とうとも、戦いばかりの生き方をしていたこいつには、こんな状況でも完全な優位に立てる程に人間への知識を持っていなかった。
 銃以外の物でこいつに対抗出来る物はまだ、車の中にある。
 でも、このまま脅されながらでもこいつがどこかへ消えるまで何事も無く終わるのなら、大人しくしていようとも思った。
 信頼ではないが、それに似たようなものをこいつには感じ始めていた。このNo.13という色欲塗れで有能なハンターの個性を多少なりとも理解している、と言うべきか。
 それに裏切られる可能性も、そう高いものではないような気がした。
 最悪としても、また掘られる程度だろう。
 ……最悪だが。

 唐突にこいつを手放す事になった訳だが、まだ俺に選択の余地は無い訳ではなかった。
 どこに連れて行くか。
 ただ、こんな状況になった今では、俺にとって大半の事はどうでも良くなっていた。無断欠勤はともかく、こいつが自由になったところで誰を襲おうが知ったこっちゃ無い、という感じだ。
 生きていて欲しいとは多少なりともやはり思うが、好きなように生きてそれが原因で死ぬ可能性があるって事はこいつも良く分かっているだろう。
 まあ、少しだけ言う事はする。
 準備が出来、ついでにNo.13の性玩具となっていた人間も動けないように縛って箱に入れて、後は車に乗り込むだけになってから。
「B.S.A.Aがお前の居た組織を壊滅させたのが昨日だ。そして同じく、お前と同じ精鋭が生き残っていると知ったのも同じ昨日だ。
 今はその逃げた場所から広範囲に探していると思う。
 だから、お前を連れて行く場所は、その反対の方向になる。
 良いか?」
 じっと俺の顔を見てきた。
 疑っているように見えた。
「……本心だよ。
 それに、B.O.Wを匿っている事がばれたら、俺だって身が危ないんだ」
 No.13は自分の爪を少し眺めてから、車に入った。
 エンジンを掛けると、布で自らの体を完全に隠した。



 町の中の喧騒を何事も無く抜け、荒野の道を進む。
「もう、脱いでいいぞ」
 前と同じように、壁に背中を凭れ掛けて、そのNo.13は外を見ていた。
 俺が薬で連れ去った時と全く同じようでいて、決定的に違う事も幾つかある。
 連れ去った後、首輪が無かったら、嘘を吐いていなかったら俺はどうなっていたか分からない。普通に殺されていたかもしれない。犯された上で。
 今は、そんな事は無かった。
 ただ、それに対して信頼という言葉はやっぱり形容するには違う気もした。
 いや、こんな関係を一言で説明するような言葉は、世界中に無いだろう。こんな経緯を持った何かが別に、それを示す言葉を作る程にあったとは思えない。
 人質が犯人に同情し始めるようなものとも違う。
 どっちも人質で、どっちも犯人だった。
 森が近付いてきて、別れる時も近付いてくる。
 何のトラブルも無く、淡々と。
 惜しむ事がそうある訳でも無いが、俺が言葉を掛ける事もなければ、No.13が何か俺を見てきたりする事も無かった。
 向かい側から車がやってきて、急いでNo.13が布に身を隠す。
 車は、ただの一般車両だった。何事も無く、すれ違う。
 また布を取ると、No.13は置いてあった食料に手を出し、食べ始めた。
 それからもう暫くして、森に着いた。

 車で入れる限界まで奥に進んでから、外に出る。
 犯されるのはとても嫌だな、と思うが、犯されたとしても俺はB.S.A.Aに伝えたりもしないだろうと思った。
 また犯されても、死んで欲しくないとは思い続けるだろうし。
 対策も何もしないで、車の後ろへ行く。No.13も自ら扉を開けて、外に出て来た。
 嘘だと分かる嘘を吐いてしまえば、こいつは俺に対して敵意を向けてくるだろうから、下手な事も言えなかった。
 ……ああ、そうか。こいつは、俺がまだ嘘を吐いていないと思っているから、俺に対して何もしてこないのかもしれない。
 信頼という言葉は、もしかしたら多少合っているのかもな。
 しっかりと立ち上がると、俺と同じ位の身長で、腕や足は鍛え上げた人間のものよりも太い。
 人の首を刎ねる事が出来る腕だ。
 腹は最初に見たときよりも多少出っ張っていた。
 多少でも、筋肉の塊のような体とは凄くミスマッチだった。
 箱から、人も出した。
「こいつもここで殺して置いて行くからな。好きにしても良いが」
 そう言うと、No.13は俺をまたじっと見てきた。
 嫌だな、と思うが性器は出てこなかった。
 その腕が軽く払われ、気付くと性玩具とされていたその人間の首から血が噴き出していた。
 とても自然な動きで、恐怖を感じる事さえなかった。
 それから俺に背を向けて、ただ去って行った。

 背中が段々と小さくなっていくのを見てから、人間を適当な所に捨てて車に乗る。
 俺が、命を助けられた、知性を持ったB.O.Wにどんな感情を持っていたのか、正確に俺自身が分かってもいないし、だから、そのNo.13が俺に対してどんな感情を持っていたかなんてそれ以上に分からない。
 けれど、それは少なくとも負の感情では無かったと思う。
 こうして、最良が別れるしか出来ない、それで居て惜しむ事もほぼほぼ無いような変な関係性だったが、それでも俺は、あいつを連れ去った甲斐はあったと思えた。
 時間はまだ、昼にもなっていない。
 少し、寂しさを覚えている俺自身があるのに気付いて、おかしさに少し笑った。



書こうと思えば、色々他にも番外編やら続編やら書けるだろうけれど、設定とかをまた最後に書いて一旦〆とします。
ありがとうございました。