初めての完全な骨折。でも、それだけで最後の戦闘を終えられたのは幸いだった。
頭痛さえしたが、右腕以外は万全に動く。
添え木でもしたい所だったが、今はそれよりもしなくてはいけない事があった。
人間の装備にも爆弾はあった。それを、他の人間の武器と共にトラックの下に転がした。
爆発して、炎上した。
振り返ると、ポケットから何かを出そうとした研究者の一人を、片目が殺していた。研究者達の中には情けない事に漏らしているのも居た。
後、三人。
痩身が、B.S.A.Aの人間と共に戻って来ていた。B.S.A.Aの人間は、狙撃銃をまだ持っていた。
「な、何故生きている! いや、そもそも! まさか、共闘しているのか!?」
「そんな事ある訳無いだろう。俺も殺される。お前等が利用された後にな。
……ただ殺されて死ぬか、お前等を殺して死ぬか、選ばされたんだよ、こいつらに。
俺は、お前等を殺してから死ぬ事を選んだ」
もう、狙撃銃も要らない。
奪って炎上するトラックへ投げた。
まだ、この人間を生かしておく価値はあるだろうか?
そんな考えを読まれたのか、先に言われた。
「ファルファレルロの体内の爆弾を取り出して欲しいそうだ」
「……取り出したら、助けてくれるのか?」
まさか。
自分達を作り出した事自体には恨みも無いが、これからも作り続けられるのは不快だ。
生物"兵器"として使い捨てにし続けて来たんだろう。これまで、どれだけ。これから、どれだけ。
いいや、と首を振った。
「なら、殺されようともやるものか…………何故、それを持っている?」
取り出したのは、T-アビスの注射器。
騒いでいた一人を踏みつけ、暴れるその体に、少しだけ打ち込んだ。
「う、あっ」
そして、抗ウイルス剤も見せた。
「た、助けてくれ、そ、それをくれ! ウーズにはなりたくない! あんな気持ち悪い物体になりたくない!」
ウーズ? 気持ち悪い物体、か。どうやら、ゾンビのように原型を留める事も無いようだ。
必死に縋って来るその人間を踏み付けた。
なら、助けろよ。
「助けるから、取り出すから、早く! 足をどけてくれ! 早く!」
どかすと、すぐに走って車の中に入る。覗けば、中には色々な機械があったがそれには触れた様子も無く、手に箱を持ってまたすぐに出て来た。
「時間が無い、時間が無い……。おい、ファルファレルロ! プロテクターを外さないと取り出す事も出来ないだろうが! さっさと外せ!」
片目が自分を不安げに見て来た。
信じろ、とも伝えられなかった。
でも、片目は自分を信じた。腹の部分のプロテクターを外した。
「寝てくれ、早く!」
恐る恐る、片目が仰向けに寝た。
人間がファルファレルロの腹に触れる。その隙に残りの研究者の二人が逃げた。
追いつこうと思えば、自分でも追いつけたが、B.S.A.Aの人間と痩身に任せた。ただ、その前に痩身に指示をした。
B.S.A.Aの人間も、殺せ。
もう、居たからと言って、特別役に立つような事も無いだろう。
そしてまだ、完全に車の中を確かめた訳でも無い。武器はまだ残っているかもしれない。
ほんの短い指示だったが、そのB.S.A.Aの人間は、それを見ていた。
ばれていたとしても、それに抵抗出来るかも怪しいものだ。
振り返ると、研究者が小さなナイフを手にしていた。
「腕と足を抑えてくれよ! 早く!」
骨折した自分と辛うじて歩ける能天気がもたもたとしていると、更に急かされた。
そして、ナイフが入った。
片目が歯を食いしばって耐える。腹筋が裂かれて、呻き声が出た。
別の器具を取り出し、裂かれた腹筋にそれが入って行く。
両拳は強く握られ、自分が足を抑えていても、ふとした弾みで取り押さえられなくなるかもしれなかった。
「一つ……」
その、忌々しい玉が一つ、器具の先に挟まれていた。
その玉は地面に捨てられ、近くにまた、ナイフを入れた。
必死に痛みを堪えて、体が震えていた。腹筋を同じように裂かれ、玉が取り出された。
「二つ! 取り出した! 早く、抗ウイルス剤を出してくれ!」
いや、まだだ。それだけじゃ渡せない。
腹を閉じてくれ。血がもう結構出てしまっている。
「縫えと? 分かったよ!」
曲がった針を取り出して、近い距離で見ても穴があるかどうかすら分からない程の小さな穴に、糸を入れた。
慣れた手つきだった。自分の爪と指じゃ絶対に出来ない仕草だ。
腹は順調に縫い合わされていった。縫い終えると、糸を縛って切断し、もう一か所もすぐに縫い合わされていく。
玉は二つ、外にある。
もう一か所の方も縫い終える。糸が縛られる。糸が切られ、そうすれば血が流れ出る事ももう、無かった。
「やり終えた! 早く渡してくれ!」
……そうだな。
投げ渡した。
すぐに、人間はそれを自分に打ち込み、恐る恐る自分の体を眺めた。
片目がよろよろと、腹を手で抑えながら起き上がる。プロテクターをまた身に付けた。
血の気が少し、失せていた。
一番難しいと思っていた事も、案外あっけなく、早く終わった。振り返れば、逃げようとしていた二人の研究者の死体と、片腕から血を流している、最後のB.S.A.Aの人間が痩身と対峙していた。
まだ生きていたのか。
歩いていくと、その人間は痩身に話し掛けていた。
「俺を殺せば、お前等をずっと使役していた組織も、お前等を作った組織もこのまま残る事になるぞ。
それで良いのか?
お前等みたいな境遇の奴等がこれからも生まれ続ける事になる。お前等は例外中の例外だ。
お前等みたいに逃げ出せるB.O.Wなんて、他に居ない」
肝心な事が、一つ抜けていた。
生かせば、両方の組織はその内B.S.A.Aが壊しに行くだろう。けれどそれは、そこで使役されているB.O.W……ハンターも皆殺しという事だ。
それに加えて、ここで生かしておいたら、自分達に対しても追って来るだろう?
人間を襲わないなんて約束出来ない。そもそも、この血にはT-ウイルスが入っている。片目にはもっと危ないものが入っている。追われる理由なんて、それだけでも十分だ。
どんなに役に立ってくれたとしても、ここに居る人間は全て殺して行かなければいけない。
ただ、ここでその人間を追い掛けられるのはもう、痩身だけだった。
自分も余り、走れはしない。片目も、能天気も。元気なのは痩身だけだ。
痩身が躊躇ってしまうのなら、諦めるしかなかった。
一応、殺せと命じたが、痩身は迷っていた。殺すか、殺さないか。
後ろをまた振り返る。片目がマスクを外して、死体から血を飲んでいた。
生き残っていた研究者が走って逃げていた。そっちも追い掛けられそうにない。
能天気が立ち上がって、自分の方へよろめきながらも歩いて来ていた。
前を向き直すと、B.S.A.Aの人間も逃げ始めていた。
痩身は遅れて走り出した。最後に聞こえて来たのは、死にたくないと言う声だった。
誰だってそうだ。
殺してからも、痩身はそれが正しかったのか悩むように、暫く動かなかった。
そこ辺りにあった人間の服やらで能天気に添え木をして貰うと結構楽になった。
片目がマスクを手に持ったまま、満足いくまで血を飲んだのか、歩いて来た。
……行くか。
新入りも中堅も置き去りにして、自分達は脱走する。
生物"兵器"を辞める。
後悔は、あると言えばあるが、そう大きなものではなかった。全員を連れて逃げるなんて事が出来るとも思っていなかったし、元からそのつもりも無かった。
後悔ではないが、一番頭の中に残った事はやはり、紅の事だった。死んだ紅をぐちゃぐちゃにした血塗れの爪は、まだそのままだった。
北か、南か。どちらに行くか少し悩んだが、北に行く事にした。山脈を登れば、ここから先がどうなっているかも広く分かる事だろう。
そうして、歩き始めた。能天気に、自分と痩身で肩を貸し、片目もマスクを被り直して。
ミッション区域の範囲を抜け、更に暫くした頃、車の音が遠くから聞こえて来たような気がした。
後ろを振り返ったのは、自分だけではなく、全員だった。
あの研究員を生かしてしまったのは間違いだったか……。
摘出して貰った直後に殺せば良かった。けれども、それをしなかった。する事を躊躇った。
殺すとしても少し後で、と思ってしまった。
ただ、致命的な間違いではなかった。もう、道から距離はかなり離れている。逃げ切れるだろう。
痩身に能天気を背負わせ、自分は片目の肩を背負って走り始めた。
片目は自分の血塗れのままの爪を見て、手を添えた。
次で最後になると思います。
気に入った部分
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他