生物兵器の夢   作:ムラムリ
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20. 休息

 気が付くと、いつもの檻の中だった。随分長い事寝ていたような気がする。
 体をゆっくりと起こすと、強い軟膏の臭いがしていた。
 自分の身体には至る所に軟膏が塗りたくられていた。腕や足には、添え木もしてあった。
 臭いの強さとその添え木で、自分がどれだけボロボロになっていたのか思い知らされたようだった。
 そしてまだ、疲れは全く取れてなかった。
 片目が自分の近くで寝ていた。腕に包帯を巻き直されて、それからまた、自分程ではないにせよ、軟膏を塗られていた。
 他にはこの檻の中には誰も居なかった。自分と片目だけだった。
 ……そうか。死んでしまったんだった。
 悪食と、古傷。
 片目が自分を助けたのは、どういう理由だったのだろう。単純に古くからの仲間だったからだろうか。
 それとも、この檻の中で独りぼっちになるのが嫌だったからだろうか。
 ……余り、考えない方が良いか。
 檻の中には、肉に加えてその甘い水の入った巨大なペットボトルがあった。
 さっさと治して、次のミッションに備えろ、って事だろう。
 肉を食っていると、片目も目を覚ました。同じく肉を食い始めたが、どうも元気が無かった。

 いつもの、色欲狂いが人間を犯している音も聞こえなかった。あいつもそんな事出来る程の余裕のある怪我じゃないという事だろう。
 肉を食い終え、甘い水を一気に飲み干してから、また横になって昨日の事を順々に整理する事にした。
 首輪に手で触れた。
 前と後ろにそのネジがある。爪では流石に外せないが、道具を使うだけでそれを外せると言う事を知って、それをあの人間に知られて、殺した。
 殺しただけのリスクを冒す価値は十分ある事だった。自分がGに対して立ち向かった価値も十分にあった。
 でも、逃げるとしても片目や紅は連れて行けない。
 腹に埋め込まれた爆弾を外す方法なんて、最低でも人間に頼らないといけなかった。
 自分達を操っている元凶の装置を破壊したところで、その爆弾を無力化出来るとも確信は出来なかった。
 壊した瞬間、その爆弾が爆発するという事も考えられなくはなかった。
 ……本当に逃げられる状況になった時、まだ、自分は片目や紅を見捨てる必要があった。
 それはとても辛い事だった。けれども、見捨ててでもまだ、逃げたい欲求の方が強かった。
 逃げてしまえばもう、戦う必要さえも無い。銃に怯える必要も無い。タイラントやらGやらに立ち向かう必要もない。
 こんな檻の中でただ過ごすだけの時間も無い。
 良い事があり過ぎた。

 これからきっと、片目達ファルファレルロにもプロテクターは作られるだろう。姿を消せると言うのはとても利点のある事だけれども、それが無意味になった時、そのままではただのハンターと同じでしかなかった。
 いや、暗闇の中や森の中でもあの人間達ははっきりと自分達の姿を捉えていた。
 それがあったら、もう自分達ハンターは、プロテクターを付けていない限りただの的だった。
 人間には、敵わない。
 自分の体だけで出来る事はとても限られている。
 弱い銃弾程度なら通さない鱗と、人間の首を刎ねられる強靭な腕と一瞬で命を刈り取れる爪があろうとも、そして姿を消せる能力があろうとも、それだけじゃ人間には敵わなくなっていく。
 ある意味、タイラントやGよりも恐ろしい。
 人間達がくれたプロテクターでさえ完全に役に立たなくなる時が来るのかもしれない。
 そうなる前にさっさとその人間の前から姿を消して逃げたかった。

 数日が経つと、久々に外に出された。何の目的も無く、まだ、添え木も付けられたまま。
 色欲狂いは、胸を余り動かせないようにか、変な物で固定されていた。廃墟の中を歩いているが、その歩き方も慎重なものだった。紅もまだ走れないようだった。
 自分もまだ、体を動かすと少し骨が痛む。けれどももう、そんなに辛くはなかった。
 よくもまあ、骨に皹も入っていた状態であんなにも動いたものだ。そう思いながら、一番高い建物の屋上まで登ると、能天気がぼうっと縁に座っていた。
 傷の具合は自分と似たようなものだったが、もう大体完治しているように見えた。
 それから、周りを見回した。
 地平線の先まで、ただの砂の道が続いているのが大半。山脈が少しだけ遠くに見え、そしてその近くに森が広がっている。
 けれど、ここからそこまで逃げる事は無理だろう。
 ファルファレルロになって擬態しても、そこまでの殆ど何の障害も無い砂の道を、何も持たずにきっと来るであろう追手も避けて辿り着けるとは思えなかった。
 逃げる為には、ここではなく、いつかのミッション中でなければいけなかった。
 辛い事ばかりだ。本当に。
 仲間はいつか死んで行く。知性があっても技を覚えようとも、経験を積もうとも、運が悪ければ死んで行く。
 逃げようとしても、それには見捨てなければいけないという代償が付いて来る。
 太陽の日差しが、曇り空から照って来た。
 自分には、その光は眩し過ぎた。じりじりと段々体を焼いて行くその光に耐えかねて、屋上から廃墟の中へ入った。
 遠くへ、車が一台走り去って行くのが見えた。この組織で見た事の無い車だった。
 ……?
 首輪が振動した。戻って来いという合図だった。

 戻って来ると、早速人間が近付いて来て、言った。
「No.13が連れ去られた」
 ……は?
 色欲狂いが?
 どうして?
「No.13だけの首輪の主導権を乗っ取られて、もう位置も分からない。
 車はもう遠くに走り去ってしまった。
 一応取り返しに行くが、覚悟しておいてくれ」
 茫然としたまま、それ以上は何も言われず、また檻の中へ戻された。
 そして結局、色欲狂いは帰って来なかった。ずっと。
 片目達ファルファレルロにプロテクターが作られた後になっても、自分達の傷が完治しない間に、中堅や新入り達だけでミッションに臨んで行った後も、そして、自分の傷が完治した後も。
 どうなってしまったのかは、全く分からない。
 何も情報は、入って来なかった。



No.13:
色欲狂い
突如何者かによって連れ去られる。
気付いた時には首輪の権限を書き換えられ、その何者かによって車に乗せられ逃げられていた。