学校に入学。
新人戦開始。
シュウに敗北。
新人戦から三日が経った。
俺は泊まっている寮の部屋で起きた。
夢ではない。まだ左腕に痛みが残ってい・・・左腕!?
俺は左手で掛け布団を軽く握った。感触がある。
「あ!まだ起きちゃダメですよ!」
部屋のキッチンの方から女の声が聞こえる。
そこには俺と同じくらいの歳の女が立っていた。
「お、お前は!ぐぁ、ぐッ!・・・」
「ほら!ダメですよ!」
女は俺がベッドの上で後ろに倒れたを見ると、していたことをやめて、俺の方へ歩ってきた。
「まだ傷が回復していません!寝ていてください!」
「お前はいったい・・・」
「私はリリー・クロノといいます。チームOの看護係をしています。監督に看護を頼まれまして」
「そうだ!妖狐は!」
手の甲に刻まれた狐の文字は消えている。どこかにいったのか?
「ヨウコ?・・・あ、あの女性ですか!あの人なら、ベランダにいますよ」
「そ、そうか・・・ん?」
俺は思った。どうして、リリーに妖狐が見えているんだ?確か妖狐は・・・
『私の姿は海都君以外には見えない。だから、他人に違和感を持たれたりすることはないよ』
と、言っていた。
「妖狐の姿が見えているのか?」
「え?あ、はい。うっすらとですが、形は見えています。狐のような尻尾を生やした・・・」
「ありがとう。ちょっと、ここから立てない・・・よな」
あのシュウの攻撃で足もケガをしていた。
シュウの能力は身体中のあらゆる部分を攻撃していた。頭から爪先まで、身体中が悲鳴をあげているのを食らった際に感じた。
骨まではいってないみたいだが、筋肉には痛みがある。
肉をえぐる・・・そう言えばいいか。
「柊さんは無理矢理この世界に入ったんですよね?」
「え?あぁ、そうだが」
「その・・・元の世界に帰りたいとか、そんな気持ちはありますか?」
「・・・」
YesかNoかというと、Noだ。
俺自身、こういった非科学的な超能力系が好きだからだ。スプーンを曲げるとか、人の考えることを当てるとか、そんなレベルじゃない。瞬間移動とか、魔法とか、眼から衝撃波を放つとか・・・
「最初は帰りたかったけど、今はNoだ。俺は超能力とか好きだからな。それに新しい目標を見つけたしな」
「目標・・・それって」
「東条 シュウに勝つ。もちろん、妖狐と力を合わせて」
「えっと、言いにくいのですが。言ってもいいですか?」
「ん?何だ?言いにくいって」
「その・・・えっと・・・今回の新人戦の結果」
東条 シュウさんが優勝しました。しかも、圧勝です。
「・・・えっと、すまん。それは俺にとって良い知らせなんだが」
「え?」
「それを聞いて、さらに壁が高く、そして厚くなった。目標が大きいほど、それを達成したときの達成感はデカイからな」
俺はそんなことを言って、笑ってみせた。
リリーにはそんなことを言ったが、俺は心の中で押し潰された圧迫感が残った。
高く厚い壁。それは俺にとって、とても大きなもので、乗り越えることが厳しいものだと思った。
本当に妖狐の力を全て使わないと無理なんじゃないかと思った。
「リリーはどうして、この世界に?」
「・・・」
それまで笑っていたリリーは一気に顔を暗くした。
聞いちゃいけないことだったか?
「私は拾われた身でした。中学生の頃、ある事件の中で、完全に死んだことにされました。ある建物の地下で行われた能力者のみの殺し合いで、私は回復のみを使い、三人一組のチームで傷ついた二人を回復するという役目をやっていました・・・」
この地下から、生き残った2チームだけが、この世界から脱出できるというもので、私のチームはそこに入れませんでした。
その2チームは一人以外全員が死んで、結果1チーム一人の合計二人でした。
その後、この事件の犯人の男は逮捕され、私たちは救助隊に助けられました。
ですが、その結果、私はその男の手によって完全にこの世から消された存在となり、私が住んでいた家や家族、全てが消されました。繋がりのある者も全て・・・。
私は中学生で一人ぼっちになりました。
そんなとき、チームOの監督であるリアさんが、私を助けてくれたんです。
「君の力が必要だ。お願い、力を貸してくれ」
助けてくれたと言いましたが、そのときのリアさんは私にむかって、お金も住む場所もない私にむかって深く頭を下げていました。まるで、神様にでも感謝しているかのように、膝を地面について・・・
「君が住む場所も、お金も、食べ物も、何でも願い事なら叶える。だから、私に力を貸してくれ」
そう、何度も、何度も言いました。
私はそんなリアさんを見て、逆に神様に感謝しました。
そして、リアさんに・・・
「ありがとうございます。」
と感謝しました。
それからここにいるんです・・・あれ?」
「何かすまない。そんなことがあったなんてな」
リリーは能力で助けられたといっても過言ではない能力者だ。ここに来て、キラやシュウと戦い、超能力は争い事の道具になり、人を傷付けるだけのものになってしまうのか、と考えたがリリーの話を聞いて考えが少しだけ変わった気がする。
「私以外にもそういった人はたくさんいます。四津野さんも助けられたみたいですし。オルガさんとキラさんは自らここに進学されたみたいですが」
「そうか・・・そうだ!妖狐に話があるんだ。少しだけ無茶してもいいか?」
「それくらいなら全然無茶じゃないですよ」
俺は立ち上がり、ベランダへとむかった。
カーテン越しだが、妖狐が立っているのがわかる。
俺はカーテンをめくり、ベランダに出た。
「・・・あれ?起きれたのか。大丈夫かい?」
「まだ痛みが残ってるけど、これくらいなら余裕だ」
「そう・・・で、話って何だ?」
「聞いてたのか・・・大したことじゃないが」
「重要さはどうでもいい。そんな焦らさないで話してくれ」
「何かさ、妖狐って呼ぶのはどうかと考えて、これからは名前で呼ぼうと思うんだ。・・・で、名前は?」
「そういうことか。ずばり言おう!私に名前はない!」
俺は風船の空気が抜けたように、おもわず心から緊張が抜け出てしまった。
「名前がない?」
「確かに神には○○神とか、何々の神とか名前がある。だが、私は所詮、妖怪狐の一人だ。ほら、河童だって一匹ずつに名前がついているわけじゃないし」
「・・・じゃあ、何て呼べばいい?」
「んー、考えたことないな。前の主はずっと妖狐って呼んでたな、ようこというよりはヨーコ?」
「つまり、ヨーコでいいのか?」
「いや、それは何か嫌だな」
俺は一度会話をやめ、腕を組んで名前を考えた。
妖狐と何年も一緒に暮らすかもしれない。何度も妖狐のことを呼ぶことになる。
親が子供に名前をつけるとき、どんなことを考えるんだ?字の意味とか、読みとか、形とか、画数とか・・・
子供に名前をつけると考えるからいけないんだ。
「確か、俺のことは『君』って呼んでたよな?」
「まぁ、名前で呼んで欲しいなら呼ぶよ、海都君ってさ」
「・・・それは嫌だな。海都でいい」
一つ考えが浮かんだ。妖狐を一匹のペットと考えればいいんだ。
「・・・よし!命名する!」
今日からお前の名前は『タマ』だ。
パッと頭に浮かんだ名前。呼びやすく、それっぽい名前だ。何となく狐というよりは、猫って感じだが。
「・・・却下で」
「ダメか?」
「ダメか?って!私は猫じゃないし、君のペットでもない!それにどちらかというと、神に近い存在だ!あと少しで神になれる存在だぞ!神社とかに住めるような存在だ!」
「じゃあ、あれだ!妖狐が呼んでほしい名前を俺に言うまでタマだ!あらためてよろしくな、タマ」
「ぐぬぬ・・・あー!もういいよ、タマで!その代わり、何があっても絶対にタマって呼べよな!力を貸してほしいときでも、話を聞いてほしいときでも、まるでペットを呼ぶときみたいにな!」
タマは怒りながら、部屋のなかに入っていった。
俺はその後ろ姿を見て、少しだけだが、タマとの距離が近付いた気がした。