ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか   作:あるほーす

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瀬戸

 あの植物型モンスターとの激闘を繰り広げた後日。

 モンスターの特徴やら、攻撃方法やら、ギルド職員にしつこく聞かれた。新種のモンスターだから詳しく調査したいとのこと。もう出てこないと思うけどな。

 ちなみに、あの植物型モンスターはビオランテと名付けられた。そうです、俺が名付け親です。ゴジラ大好きです。

 まだ他の候補が挙がっていない初手一発に、あのモンスターの名前をビオランテにしようと言ったら、みんなが賛成してくれた。多分、俺が最初に見つけたとかいう理由で、みんな譲ってくれたのだろう。

 植物型モンスターとの戦いの事後処理も、今日になってようやく落ち着いた。

 なので、今日は久しぶりにベル君に稽古をつけようと思う。

 アタッシュケース片手にダンジョンへと向かう。道中、通行人からの視線をヒシヒシと感じる。まあでも、仕方のないことだ。

 俺たちロキファミリアが中階層に現れた超巨大植物型モンスターを討伐したという噂は、すぐにオラリオ中に広まった。周知の事実というやつだ。

 ついでに、俺がビオランテに止めを刺したという話も広まっている。

 しかも、かなり脚色が入っている。巨人の腕のような蔓の塊を腕一本で受け止めたとか、剣圧だけで蔓を斬り裂いたとか…… あれ、ほぼ事実じゃね?

 やー、それにしても焦ったわ。

 地中から気配がするから、IXAの遠隔起動でグサーっとやったら、まさかあんな大きいのが出てくるなんて……。

 ロキファミリアのみんながいて、本当に良かったよ。別に俺だけでも倒せるとは思うけれど、最悪でも半日くらいはかかるかもしれない。やれやれ、文句の1つでも言わないと気が済まないぜ。

 そんなことを思いながら歩いていると、待ち合わせ場所の噴水と、ベル君とリリちゃんの姿が見えた。

 白髪頭に、バカでかいバックパックを背負った女の子の2人組み…… 人のこと言えないけど、やっぱ目立つなぁ。

 

「アリマさーん!」

 

 俺に気づいたベル君は、手を振りながら出迎えてくれた。

 リリちゃんはというと、まだ俺を怖がっているのか、ぺこりと頭を下げるだけだった。内面はともかく、外見だけは有馬さんなのだ。あまりの超然的雰囲気に畏れるのも仕方がない。

 

「やあ、ベル」

「聞きましたよアリマさん! 中階層に現れた植物型モンスターを倒したって話! どんなモンスターだったんですか!?」

 

 興奮気味で尋ねるベル君。

 どんなモンスターか、だって? ここはあのセリフを言うしかねえ!

 

大したことなかった(少し強かった)よ」

 

 うっひょお、言ってやった言ってやった!

 このセリフ、高校生の頃の有馬さんが美容師の喰種をボコした後に言ったものだ。少し強いと言いながら、擦り傷一つ負わずに駆逐するそのお姿。高校生の頃でも有馬さんはお強かったのかと、東京喰種JACKを読んだ後は感銘に耽っていたものだ。

 まあ実際、あの植物型モンスターも大きいだけだったからなあ。確かに面倒っちゃ面倒だけど、言ってしまえばそれだけだし。荷物に包装されているあのプチプチを1個ずつ潰すようなもんだ。ノーダメで倒す自信があるよ。

 喰種のレートで言えば多分S……いやAくらいじゃね?

 ビオランテの攻撃方法や、どうやって戦ったのかを、ベル君に聞かせてやった。

 目を輝かせながら聞いてくれるから、こっちも話し甲斐がある。ただ、隣のリリちゃんはドン引きしていた。嘘だと思っていた噂話が、普通に事実だったからだろう。

 

「そういえば僕、魔法を使えるようになったんですよ」

 

 ビオランテとの戦いについて話し終えると、ベル君がそんなことを言い出した。

 

「魔法?」

 

 ほう、魔法とな。だけど、なんだってこんな短時間に。

 

「実は、誰かの落とした本を偶然読んだら、それがなんと魔導書で……」

 

 ああ、成る程。それなら納得だわ。ちょっと読むだけで魔法を覚えれるからなあ。ドラえもんのひみつ道具みたいだ。

 だけど、魔導書って使い捨てだよな。それに結構お高くなかったっけ?

 落とし主からしたら堪ったもんじゃねえだろうな。涙目不可避だ。賠償金とか請求してきたら、まあ、俺が払ってやるか。

 

「どんな魔法なんだ?」

「ファイアボルトって魔法で、炎を出す魔法なんです」

 

 サンダーボルト? 相手のモンスターが全員破壊される効果かな?

 とまあ、冗談はさて置き。名前から察するに、火炎系の魔法のようだ。

 流石に赫子ではなかったか。いや、赫子みたいな魔法だったら困るけどさ。

 

「ボルト…… 電気か。ナルカミみたいだな」

「あはは、分かっちゃいます? 実はちょっと、影響を受けちゃいました」

 

 ベル君は照れたように笑った。

 ふふふ、可愛い奴め。

 それにしても魔法か。俺、電気撃つぐらいしかできないんだよな。それもナルカミの補助ありきだし。

 こればかりはどう教えたらいいものか、さっぱり分からん……。リヴェリア辺りに相談してみるか。

 

「あれ、そういえばアリマさんって詠唱してますっけ?」

「ああ、小声でナルカミって言ってるよ」

 

 とうとう気づいてしまったか、この秘密に……。だとしたら生かしておけんなぁ! なんて思ってみたり。

 実は、誰にも気づかれないくらいの声で詠唱している。いや、詠唱って呼んでもいいのか謎だが。

 

「あの、なんで小声なんです?」

 

 ベルが不思議そうに首を傾げる。

 う〜む、理由…… 理由ねえ。

 

「声出すの、疲れるから……」

「「えぇ……」」

 

 嘘です。本当は恥ずかしいからです。だからそんな「何言ってるんだこの人」みたいな目はやめてください。

 そりゃ俺だってさ、意味不明な理由だと思うよ? だって、年甲斐にもなってそんな恥ずかしいなんて言える訳ないじゃん。オラリオの冒険者のほとんどを敵に回すわ。リヴェリアとかブチ切れだわ。

 だって、有馬さんが戦闘中に長ったらしく呪文を唱えるとか、キャラ崩壊もいいところだ。まあ、連発するときにナルカミナルカミ呟いてるのも十分キャラ崩壊だと思うが。

 それに、日本人っつーか地球人の感覚だとああいう詠唱するのって恥ずかしいんだよ。三つ子の魂百までというか、そういう部分まで染まり切らなかったっていうか。そりゃあ、詠唱したらマジモンの効果があるこの世界はいいよ。でも日本じゃ、そんなことやる奴は即刻危ない人認定だからね?

 中二の頃、そんな同級生いたなあ。闇の炎ウンタラカンタラ言ってたっけ。ぶっちゃけ、俺も中二で有馬さんと出会っていたら、本当に危なかった。眼鏡をかけて、精神的負担かけまくって本当に白髪になっていたかもしれない。

 

「それじゃあこれからは、その魔法を使えることを前提に稽古しよう」

 

 魔法自体は教えられないけど、使うタイミングとかは教えることができるはずだ。IXAとナルカミを両方使う感じの要領で教えれば、まあなんとかなるだろう。

 丁度良く、今日はナルカミを持ってきてることだし。遠近の使い所というやつを、みっちり教えてやろう。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 目の前の光景に、リリルカはただ呆然としていた。

 落雷が落ちたような轟音が何度も響く。

 アリマのナルカミから放たれた電撃が、獲物を追い求めていた。

 まるで獣のように、縦横無尽にダンジョンを駆ける雷撃。地面がヒビ割れ、壁がボロボロに剥がれ落ちる。否が応でも、その威力を思い知らされる。これで速攻魔法、しかも追尾性能付きだというのだから、規格外もいいところだ。

 しかし、ナルカミの恐ろしさで呆然としているのではない。いや、ナルカミの威力も十分恐ろしいが。呆然としているのは、ナルカミから放たれた雷が、モンスターではなくベルを襲っているからだ。

 雷を間一髪で避け続けるベル。切羽詰まった表情から、どれだけ必死に避けているかが窺える。

 どうしてこうなったのか、2人の会話を思い返す。

 

「魔法ってどんなタイミングで撃てばいいんですかね?」

「的の気持ちになれば分かるよ」

「えっ」

 

 そんな会話の後に、今のような光景が繰り広げられることになった。

 意味が分からない。というか、的の気持ちって何だ。

 

「っあ!!??」

 

 ベルにナルカミの雷が直撃する。

 崩れ落ちるようにその場に倒れる。一応生きてはいるのか、体の端がピクピクと痙攣している。誰がどう見ても、起き上がるのは不可能だ。

 アリマは何も言わずに歩み寄り、ベルにポーションらしき薬品を飲ませる。

 

「アリマ、さん……」

 

 意識を取り戻したベル。同時に、体の傷が癒えていく。まさかベルが傷つく度に、ポーションを使って治しているのだろうか? だとしたら恐ろしい経済力だ。

 ロキファミリアという最大手のファミリアで、しかもオラリオ最高峰のLv7なのだから当然だが。

 ベルは上体を起こし、どうにか立ち上がる。とはいえ、それだけで精一杯といった感じだ。

 今日の探索…… というかシゴキも、もう終わりだろう。

 

「よく頑張ったな、ベル」

「は、はい……」

「それじゃあ、下の階のモンスターで魔法を試してみようか」

「」

 

 そのときのベルの顔は、まるで精肉場に連れて行かれる家畜のようだった。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 昨日の特訓で、ベル君のファイアボルトの使い方が格段に上達した。

 思っていたよりも、ずっとずっと成長が早い。もうナイフと魔法を織り混ぜた特訓をしてもいいかもしれんね。

 ネックになるのは、やはり威力の低さか。リヴェリアに禁術的なげふんげふん、効率の良い魔力の上げ方を聞いてみよう。

 ベル君の成長速度の早さに内心だけルンルンしつつ、ダンジョンへ向かう。

 待ち合わせ場所の噴水に着くと、ベル君と冒険者らしき1人の男が揉めていた。

 

「離してください!」

 

 ベル君が男を振り払う。

 

「このガキ……!」

 

 あまり良い雰囲気とは言えないが、何が起きたんだろうか。

 

「どうした、ベル?」

「アリマさん!」

「……はっ、な、アリマ!!!???」

 

 真っ青になる冒険者らしき男。

 

「この人たちがリリに乱暴をしようと……!」

「本当なのか?」

 

 だとしたら、ちょっと許せませんねえ。マスコット的なサイコちゃん枠を虐めるとか、死堪並みに許せませんわ。

 アタッシュケースからIXAを取り出す。

 あんまりおいたが過ぎると、怖〜いダンジョンのモンスターの餌にしちゃうぞ!

 

「っ、あっ、ひぃ!!??」

 

 男は慌てた表情で逃げ出した。清々しいまでの三下ロールだ。

 別に追いかけなくてもいいか。というか、そこまでする価値もない。IXAをアタッシュケースに戻し、無様に逃げ去る男を見送る。

 Lv7の俺が睨みを利かせたんだ。余程の馬鹿でなければ、これ以上リリちゃんにちょっかい出そうとは思わないだろう。

 

「ベル様、アリマ様……」

 

 噴水の近くの茂みからリリが出てきた。どことなく暗い表情をしている。

 

「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。さあ、行きましょう」

 

 一瞬でいつもの笑顔に切り替え、リリちゃんはダンジョンに向かった。

 俺とベルは、何も言えずに彼女の後をついて行った。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 短い丈の草が生え揃い、まばらに細い木が立ち並んでいる草原。辺りはまるで早朝のように白澄んでいる。

 ここはダンジョンの10階層。今日のベルの修練の場だ。

 今、ベルはあるモンスターたちと戦っている。モンスターの名はオーク。身長は3Mを超し、大型モンスターに分類される。

 リリルカは木に寄り添いながら、オークたちと戦っているベルを見ていた。

 振り下ろされた棍棒を土台にし、オークの胸の高さまで跳ぶ。更に、ヘスティアナイフを振るい、オークの胸部を切り裂く。相変わらず、駆け出しとは思えない動きだ。どうして大型モンスターと戦うのに少し渋っていたのだろうか?

 血が飛び散る。肉が裂け、魔石が露わになる。着地したベルは、剥き出しになった魔石に手を向ける。

 

「ファイアボルト!」

 

 雷── ナルカミのような軌跡を描く炎が、オークの魔石に撃ち込まれる。オークは黒い霧となって消えた。

 息つく暇なく、別の個体と交戦する。

 魔石が見えるまで肉を切り開き、魔石が見えたら、魔法で攻撃する。それが今日、ベルに課された戦い方だ。

 しかし、今回は乱戦だというのに、珍しくアリマが参戦していない。リリルカとは少し離れた場所で、ジッと見守っている。

 いつの日かの、アリマがモンスターたちに紛れながらベルに攻撃していた日のことを思い出す。

 背筋に嫌な感覚が走る。表情一つ変えずに、愛弟子であるはずのベルにIXAを突き刺すアリマ。あの瞬間、どんなモンスターよりアリマが恐ろしかった。

 ベルもベルで、そんな拷問にも等しいことをされた後だというのに、普通にアリマと談笑していた。

 最強として名高い冒険者、アリマ。そんな彼に見出された才能溢れる冒険者、ベル。片や自分は、冒険者としての実力に早々限界を感じ、落ちる所まで落ちてしまった底辺のサポーター。あまりにも住む世界が違う。

 潮時だ。もう、この2人の前から消えたほうがいい。

 そもそも、これから先サポーターとして雇ってくれるはずがない。あの男の冒険者が、ベルたちに自分の正体をバラしたに決まっている。

 どうせ少し早いか遅いかの違いだけ。どうせ、いずれは使い捨てられるのだから。いつもと同じようにスッパリ忘れて、新しいカモを探しに行けばいい。

 そう思っている。そう思っているはずなのに、胸にぽっかりと穴が空いたような喪失感がある。

 

「ベルのサポーターはどうだった?」

 

 背後から急に声をかけられ、思わずハッと振り返る。そこにはアリマがいた。

 探りを入れているのだろう。

 無表情も相まって、まるで尋問されている気分だ。

 

「どうも何も…… 普段と変わりませんよ」

 

 嘘だ。分け前もきちんと貰えたし、何より仲間として扱ってもらった。これで普段と同じ訳がない。

 しかし、リリルカは正直にそのことを告げることができなかった。怖かった。冒険者に本心を伝えるということが。

 

「なあ、リリルカ」

 

 そう呼びかけるアリマ。

 普段と変わりない表情だが、どこか優しい雰囲気があった。

 

「話してくれないか、君のこれまでを」

 

 気づけば、ポツポツと語り始めていた。

 自分の親がソーマファミリアに所属しており、生まれてすぐ自分もソーマファミリアに所属したこと。

 両親はソーマを得るために、実力の伴わない無謀な冒険を繰り返し、死んだ。自分も冒険者の腕に恵まれず、生きるためにサポーターに転身した。

 しかし、待っていたのは地獄のような日々。冒険者に蔑まれ、まるで奴隷のように扱われた。

 自分が何をした。ただ、生きていたいだけなのに。だからリリルカは呪い続けている。冒険者を、この世界を、そして自分自身を。

 

「冒険者なんて嫌いです。あなたも、ベル様も、冒険者なら全員大嫌いです!」

 

 そう叫び、息を切らす。

 ここまで全部吐き出したのは初めてだ。心に絡みついていた鎖が、少し緩んだような気分がした。

 

「君の苦しみは、俺には分からない」

 

 アリマは相変わらずの無表情だった。しかし、今度はどこか悲しそうな雰囲気で。

 

「だけど、俺の苦しみも、君には分からない」

 

 短い言葉。しかし、その言葉は何よりもリリルカの胸に打ち響いた。

 その言葉には重みがあった。地獄の淵を歩いた者にしか分からない、言葉の重みが。

 

「誰だって、他人には分からない辛い思いを抱えている。君が嫌っていると言った冒険者── ベルだって」

 

 アリマはそう言って、ベルを見る。

 ベルは丁度残り1匹のオークを倒し、一息ついていた。

 

「自棄にならずに、もう一度自分を見つめ直して考えてほしい。君が今まで出会った冒険者と、ベルが本当に同じなのか。君自身が本当はどうしたいのか。君にはまだ、膨大な未来があるんだから」

 

 本当に自分のやりたいこと。ベルのこと。アリマの言葉。頭の中で混ざり合う。思考がグチャグチャになって纏まらない。

 リリルカは俯きながら、呆然と立ち尽くす。アリマはその様子を少し見守った後、ベルの元へと歩いて行った。

 ふと、アリマの後ろ姿を見つめる。

 ──俺なんかと違って。

 最後にアリマがそう言っていた気がした。

 結局その日の探索、もといシゴキが終わったのは、アリマがベルにナルカミを撃ちまくった後だった。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 今日はベルとリリルカの2人だけだけでダンジョンを探索することとなった。

 アリマは何やら用事があるらしい。どんな用事かは言っていなかったが、きっとロキファミリア関連だろう。

 10階層へと降り、モンスターが現れるのを待つ。ふと、リリルカを見る。昨日を境に、明らかに様子がおかしい。フードを深く被り、顔は窺えないが、一つ一つの所作から何かを迷っている様子を感じた。

 

「リリ、大丈夫?」

 

 そう声をかけると、リリルカはいつもの表情で笑った。

 

「大丈夫も何も、戦うのはベル様なのですから、ご自分の心配をしないと。ほら、来ましたよ」

 

 リリルカが指差した先にはオークがいた。

 ベルは巻き添えにならないようリリルカから距離を取り、ナイフを構える。

 その外見に相応しい、鈍重な足取りでベルに襲いかかるオーク。

 ベルはオークの棍棒を躱して懐に潜り込み、オークの出張った腹ナイフを突き立てる。間髪入れずにナイフを引き抜き、傷口に手を当てる。

 

「ファイアボルト!」

 

 オークは膝から崩れ落ち、地面に倒れる前に黒い霧となって消え失せた。

 ふと、リリルカのいる方へ目を向ける。

 

「──っ!!!」

 

 そこには誰もいなかった。

 地面に落ちた魔石に目もくれず、ベルは全速力で走る。このままリリルカを探さなければ、もう二度と彼女に会えない気がして。

 昨日のヘスティアとの会話を思い返す。

 リリルカが悪い冒険者に絡まれていたから、少しの間だけでも拠点で匿えないかよう頼み込んだところ、ヘスティアは首を横に振った。

 そのサポーターは何かを隠している。いつになく真剣な面持ちで、ヘスティアはそう言った。

 分かっている。そんなことは、最初から分かっている。それでも、ベルはリリルカを信じると決めた。

 魔石の報酬を共に喜びあったときや、アリマとの特訓で傷ついた自分を心配してくれたときが、全部偽物だったなんて思えない。

 それに、時々だけど、寂しそうな目で遠くを見ることがある。

 きっとリリルカは、助けを求めている。なら、放っておける訳ないじゃないか。

 

「もう誰も、失いたくない……! 何もできないのは、嫌なんだ……!」

 

 自分に言い聞かせるようにそう言い、ベルは風のように駆けた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 とある細い通路。リリルカは重い足取りで、そこを歩いていた。

 この通路はモンスターが現れる確率が稀であり、リリルカが1人でダンジョンから脱出するときによく使っている。

 ピタリ、と足を止める。視線の先には、昨日ベルに接触していたあの冒険者がいた。

 

「おお、本当に来たか。底辺サポーターにしては感心だな」

 

 下卑た笑みを浮かべる男。

 どの口が、とリリルカは男を睨む。

 この男は言っていた。もしも来なければ、ベルを襲いに行くと。

 この男はベルをただの子供と思い、本気で勝てると思っている。ベルがこんな男に負けるのは万が一にも有り得ない。むしろ、ダンジョンにいるモンスターよりも簡単にあしらうだろう。

 だけど、そんなことをされたら。今度こそ本当に、ベルとアリマの側にいられなくなる。これ以上2人に迷惑をかけることは、あの2人が許しても、きっと自分自身が許せない。

 男の要求は簡単だった。自分が今まで貯めていた財産、それを全て差し出すこと。

 ずっとずっと貯め続けた、ソーマファミリアを脱退するのに必要な金。しかし、それさえ差し出せば、金輪際リリルカに近づかないと約束してくれた。

 リリルカは昨日言われたアリマの言葉を思い出す。その言葉を聞き、全ての財産を差し出す覚悟を固めたのだ。金さえ差し出せば、この男も無一文の底辺サポーターに絡むようなことはないだろう。それに、言うならこれはケジメだ。

 金なら、生きてさえいればいつでも貯めることができる。だけど、ベルやアリマのような冒険者に出会う機会は、きっとこれっきりだ。

 だから、だから──。

 貸金庫の鍵をポケットから取り出し、男に投げ渡した。

 

「貸金庫の鍵か…… 偽物だったら、どうなるか分かってんだろうな?」

「そっちこそ。私との約束、きちんと守ってくださいよ」

 

 これでもう無一文だ。だけど、一からやり直すことができる。

 そう思った瞬間、ボトリと足元に何かが投げられた。麻で織られた白い袋だった。生き物が入っているのか、時折モゾモゾと動いている。そして、袋の縛り口からその生き物が顔を出した。

 キラーアント。瀕死になると、仲間を誘き寄せるフェロモンを散布するモンスター。

 冒険者の男の顔が醜く歪むのを目の当たりにする。この男が何を考えているのか、リリルカは悟ってしまった。




 主人公でそこそこ一人称視点も貰ってるのに謎の多い主人公。死ぬほど動かし辛いぞお前。
 感想・評価ありがとうございます!

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