ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか 作:あるほーす
2話のサブタイは『re + 付』『re + イ + 寸』『reason』
って感じです。
怪物祭から翌日。
ベルはいつも通りアリマと一緒にダンジョンへ行き、アリマから死線を彷徨うような厳しい指導を受けた。
今回は目隠しをした状態でゴブリンやコボルトと戦った。当然、こちらの攻撃は当たらず、しかし敵の攻撃は貰い放題。シルバーバックとの死闘の後だからといって、一切の容赦はない。
ポーションで回復してもらった後、ふらふらの体で地上に戻る。体力は回復しているが、精神はそうもいかない。いつもいつも、ギリギリまで磨り減っている。
ふと、隣で歩いていたアリマの口が開く。
「そういえば、ベル。シルバーバックを1人で倒したと聞いたけど」
いつの間にその情報を知ったのだろう。
ベルは困ったように笑う。
実は、シルバーバックと戦ったことはアリマに話していない。
だって、アリマは初ダンジョンでリザードマンを単独撃破したのだ。そんな人に、シルバーバックを1人で倒したと報告しても仕方がない。
それに——
「いえ、少し違うんです。神様がくれたこのナイフのおかげで、シルバーバックを倒すことができたんです。僕1人だったら、絶対に無理でした」
ベルはヘスティアナイフを抜き、黒い刀身をそっとなぞった。
そう、1人では勝てなかった。この武器と、ヘスティアの言葉、そしてアリマの教えがなければ、絶対に勝てなかった。
「確かに良いナイフだな」
だけど、と言葉を続けるアリマ。
「武器や誰かの助けがあったとしても、それも君の力に変わりない。よくやったな、ベル」
「あ、ありがとうございます!」
よくやった、なんて……。
Lv7の最強の一角に褒められているという事実に、どこかむず痒く感じる。
「そうだ、お祝いに少し寄ろうか」
「どこにですか?」
「ヘファイストスファミリアの武器屋だ。その防具も変えた方がいいだろう? 何か買ってあげるよ。好きなのを選ぶといい」
「わ、悪いですよそんなの!」
ヘファイトスファミリアといえば、武器の鍛冶で一躍有名なファミリアだ。当然、そのファミリアが経営する店の商品となると、その値段は跳ね上がる。
「いいよ別に。俺は防具は買わないから」
「えっ?」
衝撃の言葉。
確かに、アリマはいつも白いロングコートを着ている。ミノタウロスから助けてくれたときや、特訓のときもそうだ。
あまりにレベルの低い上層だから防具を装備する必要がないとか、コートの下に防具を装備しているものかと思っていた。
思い返してみると、ロキファミリアの第一級冒険者は誰も重厚な鎧をしていなかった気がする。アイズなんて背中がモロ出しの、身を守りたいのか守りたくないのかどっちやねんという鎧だ。
やはり、今の冒険者のトレンドは軽装なのだろうか……。
「あの、もしも敵の攻撃をくらったら、どうするんですか?」
「死ぬかもな。だけど全部避ければいい」
アリマは事もなさ気に言う。
第一級冒険者って凄い。改めてベルはそう思った。
「もしかして、ベルも防具は要らないか?」
「要りますっ!」
ここで要らないなんて言えば、アリマは本気で防具が必要ないと受け取るだろう。
「なら、買ってくるといい」
「そ、それじゃあお言葉に甘えて」
エレベーターに乗り、ヘファイストスファミリアのバベル支店のある階に着く。
あちこちに武器、武器。通路の両端に武器屋がずらりと並んでいる。それに、天井や床も豪華な造りだ。
ふと、近くのショーウィンドウに展示されている鎧の値段を見てみると、値札にはゼロか大量に並んでいた。ベルが逆立ちしても買えないだろう。
もしかして、これ全部……。他の武器や防具の値札を見てみると、やはり同じ数のゼロが並んでいた。
「それにする?」
「も、もうちょっと他のを見てみます!」
どれでも買っていいと言われたが、あまりに豪華過ぎて手が出せない。ここで超高価な代物を買えるほど、ベルの神経は図太くなかった。
かと言って、ここまでしてもらって何も買わないとなると、逆に失礼な気がする。せめて、もうちょっとこう、庶民的な防具が並んでいる店に——
「いらっしゃいませー! 何かお探しでしょうかー?」
「うっ!」
しまった、店員に声をかけられた。思わず呻き声をあげる。
このままでは、なし崩しに何か買わされてしまう!
「って、あれ!? 神様!?」
「ベル君!?」
店から出てきたのは、なんと店のユニフォームらしき格好のヘスティアだった。
「最近忙しそうだと思ったら……。バイトの掛け持ちをしてたんですか!?」
「えっと、そうだね。あはははは……」
本当のことを言うと、ヘスティアナイフの製作費2億ヴァリスの返済の為にタダ働きをしているのだ。
ベルにはそのことを話していない。この話を聞いたら、きっとショックで倒れてしまうだろうから。下手すれば、まともにナイフを握れなくなるかもしれない。
というか、2億ヴァリスの武器を易々と握れる者なんてそうそういない。800万ヴァリスで家が建つのだから、単純に計算して25軒分の家の価値を持ちあるいているのだ。
これで物怖じしない方がおかしい。
(といっても、アリマは余裕で使いそうだけどね……)
ベルの隣に立つ常時無表情のアリマ。この人なら、2億ヴァリスと聞かされても顔色1つ変えずナイフを酷使しそうだ。
「なんだ?」
「いいや、別にー? それにしても、今日も一緒にダンジョンに潜ったと思ったら、今度は一緒に買い物だなんて。随分と仲良しだなぁ」
当然皮肉だ。
アリマがロキファミリアに所属しているのは周知の事実。
Lv7ともあろう冒険者が、ずっと他のファミリアに構ってばかりいるなんて、随分と暇じゃないか。というか、ベル君と買い物に行けるなんて羨ましいぞちくしょう。
「……えっと。あっ、そうだ神様! 実はアリマさん、僕に新しい防具を買ってくれるんですよ。シルバーバックを倒したお祝いにって」
嫉妬に燃えるヘスティアの心情を察したのか、かなり無理のある話題転換をするベル。しかし、意外にもヘスティアは食いついた。
「本当にシルバーバックを倒したお祝いなのかい、アリマ?」
「ああ」
嘘はない。どうやら、本当にシルバーバックを倒したお祝いに防具を買ってくれるらしい。
「なんだか君たち、親子みたいだね」
ふと、そんな言葉が漏れた。
2人とも白い髪なのもそうだが、2人の間にはそう感じさせる雰囲気がある。
「……はっ!? 僕ったら何を言って…… いいかいアリマ! 父親みたいだからって、君を認めた訳じゃないんだからねっ!」
ヘスティアのその言葉にも、アリマは特に反応を示さない。一応聞いてはいるのか、目元の辺りが動いている気がしないでもない。
「というか、こんな場所で防具を買おうとしないでくれるかい!? あんまり高価なもの買われても、ベル君が困るじゃないか!」
「そうなのか、ベル?」
「あ、いや…… あんまり高いのを買ってもらうと、申し訳ないなーって思ったり……」
「それなら、上の階に行こうか」
「そっか。そこなら手頃な商品が揃っているね」
ベルは首を傾げる。どうして上の階に行くという話になるのか。
「あの、どういうことですか?」
「上の階にもヘファイストスファミリアのバベル支店があるけど、そこでは新人の鍛冶職人たちが武器を売ってるんだ。できるだけ沢山武器を売って、評判を得たいから、そこまで高くはないんだよ。それに、思わぬ掘り出し物があったりするんだ」
得意げに話すヘスティア。上の階の店についてこんなにスラスラ説明できるのだ。ここでのバイトを随分と長くやっているのだろう。
「ベル、そろそろ行こうか」
「あ、そうですね。それじゃあ神様、アルバイト頑張ってくださいね」
「ありがとう、ベル君。それとアリマ、ベル君をあまり連れ回さないこと。変な遊びなんて覚えさせたら許さないよ」
「ああ」
ヘスティアと別れ、再びエレベーターに乗る。
上の階に着く。
下の階のように大きな照明がないからか、どことなく薄暗い。店も簡素な造りだ。さっきまでいた場所とは随分と雰囲気が違う。
しかし、こっちの店の雰囲気の方が落ち着く。まるでダンジョンにいるみたいで、ある種実家のような安心感がある。
下の階よりもすれ違う人の数は多い。同じ考えの人が多いのだろうか。
「あそこにいるの、アリマさんじゃ……」
「本当だ! なんでこんな所に?」
「もしかして、隣にいるのがあのベル・クラネルか?」
「アリマさんの一番弟子なんだよな。つーか、意外に普通な奴だな。くそ、羨ましい……」
道行く人たちから注目を集める。
好奇の目はアリマだけでなく、自分にも向けられている。
アリマに弟子入りしたのは凄いことだとは分かっている。だけどまさか、それだけでここまで名前が知れ渡るなんて。
気恥ずかしそうにするベルとは対照的に、アリマは眉一つ動かさない。
「アリマさん、うちに寄って行きませんか!? 良い武器揃ってますよ!」
「是非私の武器を見てみて下さい! お安くしますよ!」
若い鍛冶職人たちが群がるように集まる。
たとえスペアや使い捨てだとしても、オラリオ最強の一角であるアリマが武器を買ってくれたという事実があれば、必然的に知名度は上がる。皆、アリマに武器を売り込もうと必死だ。
「ベル、どうする?」
職人たちの目が一斉にこっちへ向く。
このチャンスを逃してなるものか。そんな意気込みがヒシヒシと伝わる。正直言って怖い。
「ほ、他の場所に行きましょうアリマさん!」
「そうか」
職人たちの包囲網をどうにか抜け、そのまま逃げるように早足で歩く。
一応、仕事中という意識はあるのか、職人たちは追ってこなかった。
ホッと一息つくベル。一息つくついでに、周りに武器や防具が並べられているのに気づく。ここなら、職人たちの目を気にしないで選ぶことができる。
「アリマさん、少し奥を見てきていいですか?」
「ああ、好きにするといい」
奥へと進むベル。少しワクワクしながら、棚に並べられている防具を物色する。
「!」
ふと、木箱の中に入っていた鎧が目に付いた。鎧を手に取り、どんな形状なのかよくよく観察してみる。
裏面にはヴェルフ・クロッゾという名前が彫られている。製作者の名前だろうか?
サインのすぐ上には、何故か兎の姿も彫られている。
「それにするのか?」
アリマの言葉に頷く。
何となくだが、この鎧に運命を感じた。
それに、値段も9900ヴァリスと常識的だ。ベルの全財産に相当するが。
「サイズは合うのか?」
「ええ、手に取った感じ問題ないと思います」
「そうか、良かった」
ベルは鎧の入った木箱を持ち、アリマと一緒に受付へと向かった。
受付にはカウンターに頬杖をつき、椅子に座りながら何をするでもなくボーッとしている小太りの男がいた。客が来ないから暇をしているのだろう。
「んっ? ああ、お客さ——」
「店主、これを頼む」
ベルはカウンターの上に木箱を置いた。
「アリマ!!??? はっ、えっ!? 何でウチみたいな寂れた店に!!??」
「こいつを売ってくれ」
店主の驚きなど微塵も気にせず、アリマは9900ヴァリスをカウンターの上に置く。
「ほ、本当ですか!? さ、さっきは失礼しやした! 少々お待ちくだせえ!! えっと、この鎧は…… んあっ!? ヴェルフの野郎のか!!」
何事もなく会計は終わり、アリマは店主から木箱を受け取った。
「ど、どうか今後ともご贔屓に!! 全力でサービスしやすぜ!!」
武器屋から出るまで、店主はずっと直立不動で頭を下げていた。
余談だが、この店はキショウ・アリマが鎧を買ったという触れ込みで、過去類を見ない大繁盛を遂げることになった。
鎧の製造者であるヴェルフ・クロッゾはというと、何人ものアリマ信者に武器と防具を作ってくれと頼み込まれることになった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
ベル君との買い物を終えた俺は、寄り道せずに黄昏の館に帰った。
気づけばもう夕方。これ以上ロキファミリアから離れていると、マジで居場所がなくなりそうだから怖い。
最近はロキファミリアより、断然ベル君と一緒にいる方が長いからなあ。
「あ、アリマお帰りー」
いつもの広間に行くと、ソファーに座りながら本を読むティオナがいた。他の人たちはいない、か。
「ただいま、ティオナ」
ティオナの向かいのソファーに座る。
「またベルって子のところ? リヴェリアが怒ってたよ。働かざる者食うべからずって」
これはあかんわ。
ベルに稽古をつける回数、減らした方がいいな。ベル君が1人でできる特訓メニューでも考えておくか。
「明日から働くよ」
なんかこの言葉だけ聞くと、すげえニートっぽいな。いや、違うし。俺、ニートじゃないし。Lv7になるまで、色々と貢献してきたし。
やめよう。なんか本当に自分に言い訳してるニートみたいで、情けなくなる。
話題を変えよう、そうしよう。
「何の本を読んでいるんだ?」
「アルゴノゥトっていう童話だよ。私が小さい頃から読んでる本なんだ」
よくよく本を見てみると、かなり読み古されているであろう状態だった。
「面白そうな本だな」
アマゾネスがここまで気に入るなんて、どんな内容の本なのだろう。本屋に寄って、買ってみようかな?
「なら、貸してあげるね。はい、どうぞ!」
ティオナが読んでいた本を差し出す。
今渡してくれるんかい。
「ありがとう、早速読んでみるよ」
俺は迷わずそれを受け取った。
琲世とのやり取りから分かるように、本編の有馬さんもよく本を読んでいたっぽい。だから生前の俺も、趣味は読書だった。有馬さんと同じ趣味とか脳汁ドバドバだわ、と当時は思っていた。
自分で言うのも何だが、かなりの本の虫だった。しかも、読んでるのは純文学の本だけ。意識高い系かよ、と周りの人たちは思っていたことだろう。
まあでも、今では有馬さんの趣味だからという理由は抜きで、本はかなり好きになった。この世界でも山ほど本を読んでいる。本の内容もそうだが、日本との文化の違いが随所から現れていて実に面白い。
文化といえば、この世界の神様の名前って、生前の世界にいたっつーか、物語に出てきた神様と同じなんだよな。ロキとか最たる例やん。やはり何か関係あるのだろうか?
「アリマもよく本を読んでるよね。ねえ、オススメの本とかないの? 貸しあいっこしようよ」
オススメの本、だと……?
よくぞ聞いてくれたティオナ!
「ずっと昔に読んだ、雑種って本が面白かったかな」
雑種。そう、雑種。どこぞの金ピカ様の言葉じゃないぞ。
フランツ・カフカの書いた短編で、あの有馬さんがお気に入りの話だ。当然、俺の一番のお気に入りの話にもなった。
「む、難しそうな本だね」
「短い話だったから、読みやすかったよ」
「その本、今は持っているの?」
「すまない、もう持っていないんだ。それに、どこにも売っていない」
そらそうよ。この世界の本じゃないから。
だけど、問題ない。もう何百何千回と読み返しているから、内容は全部頭に入っている。
「そっか、残念だな……。ねえ、どんなお話なのか聞かせてよ」
「ああ、いいよ」
雑種の内容を思い返しながら、それと一字一句違えずティオナに語る。
雑種の内容自体を説明するのは簡単だ。
青年が、死んだ父親の形見にある生物を引き取った。そいつは半分子猫で半分羊の不思議な生物だった。そいつと共に生活をした青年は、その生物の救いは殺されることなのではないかと思ったが、結局殺さなかった。
「——という内容だ」
「本当に短いお話だね。だけど、何でだろう。とても悲しい気持ちになるのは……」
悲しい気持ちになる、か。俺としても、そう感じるのは間違いではないと思う。
父の形見として不思議な生物を貰うだけ。それだけ。たったそれだけの内容だ。しかし、この話にはフランツ・カフカのドイツ人としての文化にも、ユダヤ人としての文化にも馴染むことのできない苦悩が込められている。
きっと、有馬さんとカフカも、この生物と同じだと感じたのだろう。
喰種と人間の間に産まれた半人間。寿命が普通の人間や喰種よりも遥かに短いという、半人間にしか分からない苦悩。そして、その救いは死ということ。
「ああ、悲しい話だ。だけど、やっぱり俺はこの話が好きだよ」
「その本、見つかるといいね」
「ああ、そうだな」
それにしても、まるで琲世と有馬さんみたいなやり取りだったな。
つまり、ティオナは琲世だった……?
いや、うん、自分で思って何だが訳分からんな。というか、ティオナを琲世にするなんて絶対に嫌だ。こんなええ子を俺のクインケに調教するとか、可哀想で絶対に嫌だ。
「……? どうしたの、アリマ」
琲世も、こんな気持ちだったのだろうか。彼はクインクスを家族として愛していた。俺もそうだ。ティオナは俺にとってのクインクスだ。
家族ごっこの役割を当て嵌めるなら、ティオナは娘って感じかな。そんで、ベル君は息子。母親は誰になるんだろうなあ。うーん、エイナとか?
いや、ダメですね。30近い男とうら若き20歳前の女の子が夫婦とか、普通に事案ですね。
「なんでもないよ」
琲世は、カネキ君が寝ている間に見る幸せな夢。だから俺も、少しだけ——。
▲▽▲▽▲▽
ロキファミリアの会議室。
本当に久しぶりに、稽古の場としてではなく、会議する目的でここに来た。
席に着いているのはフィン、リヴェリア、ガレスの爺さんといった古参メンバーだ。
どうやら俺が一番最後らしい。唯一空いている席—— リヴェリアの隣に座る。遅刻しないで本当に良かった。
それにしても、なんか特等会議っぽいな。出席してる今の現状、かなりキャラ崩壊かもしれないけど大丈夫だろうか……。
有馬さんを見習って会議をすっぽかしたかったけど、今回ばかりはリヴェリアにキツく念を押されたから、仕方なく出席した。正直、すっぽかすのが怖かったっす。うん、ギリセーフということにしよう。
つーか、有馬さんどうこう抜きにしても面倒くせえ。早く終わんねえかなあ。
「集まってくれてありがとう。実は、みんなに話したいことがあって呼んだんだ」
「なんじゃ、その話とは?」
ガレスの爺さんが顎髭に手を当てながらそう言う。フィンとリヴェリアと同じくLv6のドワーフで、ロキファミリアでも随一の剛力を誇る。あと、ダンディズムが溢れている。これは間違いなく望元さん枠ですわ。ンボーイとか言ってほしい。
「まず、手元の資料を見てほしい」
机に置いてあった紙の束を手に取る。
最初の紙には、あるグラフが書かれていた。なになに、行方不明の数……?
「僕もつい最近になって気づいたんだけどさ。ここ20年前を境に、Lv4や5の冒険者が行方不明になる数が激増しているんだ」
「冒険者は命懸けの職業だ。何も珍しいことじゃないだろう」
「まあ、そうだね。死ぬこと自体は珍しくない。だけど、僕が引っかかったのはその点じゃない」
フィンが次のページを捲る。
「あまり言いたくはないんだけど、モンスターに食い殺されるなら絶対に痕跡は残るはずだ。遺体が戻らないというならまだ分かるけど、遺品すら残らないのは不自然だ」
「考え過ぎ、じゃないのか? 確かに不自然ではあるが……」
「僕もそう思うんだけどね」
ガレスの爺さんがフィンの親指をジッと見ていた。
「疼くのか、親指が」
「うん、そうなんだ」
「本当か!?」
フィンは危険を教えてくれる親指を持つ。
一種の虫の知らせというやつだ。その精度は確実と言っていいほど高い。
「ある冒険者が、少し目を離した隙に仲間の死体が消えたって嘆いていたんだ。その瞬間、親指が疼き出してね。少し調べてみたら、この資料に書いてあることが分かったのさ」
「ギルドには言っているのか?」
「言ってはみたけど、あまり深刻には考えてくれなかったよ。まあ、仕方ないとは思うけどね。リヴェリアの言う通り、少し不自然ってだけの話だし。僕の親指についても、確定的な証拠って訳じゃないからね」
「しかし、ワシらは別ということか」
「うん、君たちなら信じてくれると思ったんだ。だから話せた」
そう言い終えると、フィンは俺の方に目を向けた。何も喋らない俺に気を遣ったのか、それとも——。
「アリマ、君はこの件についてどう思う?」
「……俺にできるのは、立ち塞がる敵を殺すことだけだ」
席を立つ。
俺はこの件に関しては何も言えないし、言うつもりもない。例え疑われたとしても、それで構わない。
「会議中だぞ、席に戻れアリマ!」
リヴェリアの怒声に振り返ることなく、俺はそのまま会議室から出て行った。
感想・評価ありがとうございます!
うえたきになっているりんごぉ! の精神で頑張ります!