ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか   作:あるほーす

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生残の引上

 紙の匂いが鼻をくすぐる。

 難しそうな哲学の本から、大衆向けの英雄譚まで、幅広いジャンルの本が棚に並んでいる。

 小さな図書館のように思えるこの部屋は、アリマさんの私室だ。

 この部屋にある本は全て、アリマさんが冒険者になった頃からずっと集めていたらしい。

 

「ベル」

 

 アリマさんは机の横に立ち、僕の名を呼んだ。

 何を言われるのか、僕はもう分かっていた。

 

「今日の稽古のことだが…… 対人戦に甘さが見える。人を傷つけることに躊躇がある」

 

 何も言えず、目線を落とすことしかできない。

 最初の頃は全然だったけど、最近になってモンスターに剣を振るのも慣れてきた。だけど僕は…… 人を傷つけるのは、どうしても怖い。

 アリマさんとの稽古には、いつも本物の武器を使う。僕なんかの攻撃が当たるわけないし、万が一当たったとしてもかすり傷にすらならないだろう。それでも僕は、アリマさんに全力で剣を振ることができなかった。

 

「いつも言ってるだろう」

 

 怒るでもなく、落胆するでもなく、アリマさんは淡々と言葉を紡ぐ。

 

「敵に情けをかけるな、と」

 

 

 

 

ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか

 

 

 

 

 ──アリマさん。僕は、あなたの望むような冒険者になれたのでしょうか。

 

 もう、どれだけの時間が過ぎただろうか。

 感覚を極限まで尖らせているせいか、時間の感覚が盛大に狂っている。ずっと長い時間こうしている気もするし、ほんの一瞬だけな気もする。

 視界の端で、IXAを振りかぶるアリマさんの姿を見えた。

 刃が走ると思わしき空間に、ユキムラを置く。

 瞬間、轟音。

 刃と刃が重なり合い、空気が震える。

 重い。あまりの威力に両腕が吹き飛びそうだ。

 

 ──あなたの目には、僕はもうただの敵としか映っていないのでしょうか。それとも、まだ教え子と思ってくれているのでしょうか。

 

 アリマさんは僕が攻撃を受け止めて硬直している隙を逃さず、IXAを振るう。

 

 ──かつての師に向けて、僕は刃を向けています。哀しんでいますか。それとも何も思っていませんか。

 

 感覚を極限まで研ぎ澄まし、太刀筋を五感で感じ取る。

 後ろに下がりながら上半身を捻り、どうにかIXAの斬撃を躱す。

 

 ──僕は、最後まであなたがわからなかった。

 

 アリマさんはすかさず距離を詰めようとする。

 このまま近付かせるのはマズイ。僕は右の掌をアリマさんへと向ける。

 

「ファイアボルト!」

 

 稲妻のような軌跡を描きながら、橙色の熱線が空を駆ける。

 

 ──僕は、あなたの期待に応えようとした。なのに、戸惑いも、躊躇も、あなたは見せない。

 

 アリマさんは少しもスピードを落とさず、必要最低限の動きでファイアボルトを躱す。

 そして、僕の目の前へと現れた。

 

 ──アリマさん、本当は戦いたくないです……。

 

 アリマさんは少しの躊躇いもなく、そして表情一つも変えず、僕の右脇腹にIXAを突き刺した。

 兎鎧がIXAの切っ先を阻むが、完全にでは無い。兎鎧はヒビ割れ、切っ先が肉に到達している。

 激痛が走る。焼けるような痛み。以前の僕なら無様に泣き叫んでいたのだろうか。

 今の僕の心にあるのは悲しみだった。

 

 ──僕だけですか。

 

 敵に情けをかけるな。昔言われた、アリマさんの言葉を思い出す。やはり僕はもう、アリマさんの敵でしかないのだろうか。

 IXAに貫かれたまま、空いている手で腰の鞘からヘスティアナイフを抜き取る。

 ヘスティアナイフの刃をアリマさんに向けて走らせる。

 アリマさんはIXAを僕の肉体から抜き取り、そのまま距離を取る。

 血が溢れ出るような感覚。しかし、それは一瞬でなくなった。躯骸再生により、右脇腹に空いた孔が塞がる。

 

 ──本当に、喋ってくれないんですね。

 

 何百、何千と刃が交差する。

 弾かれ、躱され、いなして、受け止めて、その繰り返し。手数で押されている。取り回しが難しいはずの矛で、どうしてこうも……!

 今まで何度も、アリマさんと手合わせた。当然、アリマさんは本気を出すことはなかった。

 だけど、今は違う。アリマさんは本気だ。確証はないけど、確信が持てる。

 アリマさんの本気は想像以上だ。でも…… 攻略の糸口も見えてきた……!

 わずかにだかど、アリマさんには防御の偏りがある。向かって左。アリマさんの右目側!

 ユキムラを叩き込む。狙いは勿論、アリマさんの右目側だ。難なく防がれるけど、想定通り。ここで生じるタイムロスを、次の一手につなげ──

 

「まじめにやれ」

 

 突如、膝から下の感覚が無くなった。

 支えがなくなった僕の身体は、吸い込まれるように地面へ落下する。

 地べたに転がり、ようやく気づいた。

 僕の、あしは?

 

「っぁ、アアアァァァ!!??」

 

 あし。あし。あし。ぼくのあし。どこ?

 イタイよ。どうして? いつ切られた? 何も見えなかった。いたい。太刀筋さえ。

 まだ、切断面をくっ付ければ治せる。こわい。こわい。コワイ! コワイ! 違う、動け!

 転がっている右足を掴み、切断面にくっ付ける。少しづつだけど、足が繋がっていく感覚がある。大丈夫、直れ、直る……!

 あとは、左足…… どこだ、どこに……!

 

「どうする」

 

 今にも僕を押しつぶしてしまいそうな、無機質な声。

 顔を上げると、アリマさんは僕の前に立ち、冷たい目で見下ろしていた。

 

「また、死ぬか?」

 

 

 

 

 ──アリマ?

 

 ──……天然、かな。それ以上に天才なんだろうけど。

 

 ──アリマはねー、すっごく強いんだよー!

 

 ──付き合いは長いが、あやつはよくわからんな。

 

 ──やっぱり、冒険者の憧れの1人よね。団長には敵わないけど。

 

 ──ロキファミリアの最重要戦力であるのに違いはない。

 

 ──ムカつくヤローだ。いつかぜってーあのスカした顔に一発ぶち込んでやる。

 

 ──とても強くて、頼りになりますけど…… やっぱり、少し怖いです……。

 

 ──私も、アリマみたいに強くなりたい。

 

 ──……。

 

 ──うちもあいつが何考えとんのかわからんなぁ。でもきっと、根は優しい子やで。

 

 凡人には理解できない。

 孤高の存在。

 最強の冒険者。

 虚無。

 なんだか怖い。

 からっぽ。

 近寄りがたいイメージ。

 モンスターに対しては残酷なまでの。

 何考えてるんだろう。

 ……。

 彼は、死神と呼ばれています。

 みんな彼のことを口を揃えて「わからない」と言います。

 僕も、彼のことはわかりません。

 だけど、僕は彼を父親のように思います。

 

 

 

 

「これが」

 

 アリマさんの声が僕の意識を現実に引き戻す。

 IXAの切っ先が眼前に突きつけられる。僕はそれから、目を逸らせない。

 

「お前の全力か?」

「っぅ……あぁ……!!?」

 

 その場で釘付けになる。

 呼吸が荒くなる。心臓の鼓動が大きくなる。痛み? それとも恐怖?

 身体ごと地面に倒すようにして、放たれたIXAの突きを躱す。

 

「あっ、ひっ……!?」

 

 獣のように無様に地面を這いながら、左足が飛んだ場所へ行く。

 左足を掴み、切断面にくっ付ける。

 治れ、治れ、早く、急げ……!

 アリマさんが、来る……!

 

「がっ!?」

 

 左足が接着したと同時に、肩に鋭利な刃物で貫かれたような痛みが襲った。

 アリマさんはやはり、冷たい目で僕を見下ろしていた。その手に握られているIXAは、僕の肩に食らいついている。

 

「928回」

「……!??」

 

 928── アリマさんが告げた謎の数字に、僕はただ困惑する。

 僕の心中を察したように、アリマさんは続けて言葉を紡ぐ。

 

「俺がお前に致命傷を与えることができた回数だ。同時に、それを見過ごした回数でもある。1秒で、殺せる」

 

 目の前が暗闇に覆われるような絶望。

 だって、アリマさんの言葉だ。疑いを挟む余地なんて、ない。

 

「お前の目は弱者のそれだ。俺を倒すでもなく、止めるでもなく、俺に殺されないように立ち回っている。それでは、俺の敵にすらなれはしない」

 

 アリマさんは僕の肩からIXAを抜いた。

 

「お前(弱者)は、俺(強者)に奪われるだけだ」

 

 呼吸がどんどん荒くなる。

 誰よりもわかっていたはずだ。アリマさんには誰にも勝てないということを。

 それじゃあ、僕はどうして戦って── しっかりしろ、アリマさんを止めるためだろ!

 だけど、勝つなんて…… 勝てるのか、本当に……!?

 

「なにを選んだ」

 

 アリマさんの問いかけに、僕はなにも答えられなかった。

 

「……俺はお前を殺した後、日が沈むまでの時間があれば、地上の存在を全て殲滅する」

 

 地上の存在── 殲滅……?

 アリマさんの言葉が耳に残る。呟くような声量だったのに、頭の中で嫌に響く。

 これまで関わってきた、大切な人たちの顔が浮かんでは消える。

 

「必ずそうする。それが俺の選択だ」

 

 血の海に沈む神様たちと、変わらず血の水面の上に立つアリマさんを幻視する。

 

「お前は?」

「ぼ、僕…… 僕はっ……!!」

 

 ここでアリマさんを止めなきゃ、みんな死ぬ……!?

 勝て、勝つ、勝たなきゃ……!

 だけど、声が出ない。声どころか、全身が凍ったように動かない。

 僕を見るアリマさんの目が、より一層冷たくなった気がした。

 

「ぎぃ!!??」

 

 腹部に衝撃。痛みと共に、やっとIXAで殴られたのだと気づく。

 僕はそのまま吹き飛ばされ、地面を摺ってようやく止まる。

 僕の手足は、未だに凍りついたように動かない。

 

「どうしようもないやつだ」

 

 アリマさんはIXAを携え、近づいて来る。

 その姿はまるで、僕の命を刈り取りにきた死神のように──

 

「もういい。お前に払った時間は、無駄だった」

 

 ──こ ろ さ れ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強烈な一撃が来る予感がした。

 IXAの防壁を展開する。

 次の瞬間、轟音が鳴り響く。

 右腕に衝撃が走る。この威力、想像以上だ。

 この一撃の正体は、おそらくベル君のヘスティアナイフによる一突きだろう。

 そういえばあのナイフは、持ち主に合わせて強くなる特性だったな。なら、今のベル君が持つヘスティアナイフは、どれだけの力を秘めているのだろう。

 ベル君の気配が遠ざかった。ヒットアンドアウェイを守っているようで何よりである。

 IXAから軋むような音がした。とうとう壊れた、か。ベル君との戦いで元々損傷していたけど、あの一撃がトドメになったのだろう。

 ナルカミもそうだったけど、よくこの瞬間まで保ってくれた。本当にありがとう。

 だけど、未練たらしくIXAを持ってるのはアリマさんのキャラじゃないよね。ということで、投げ捨てます。自分、そういうことは妥協しないんで。

 IXAの柄から手を放すと、ガシャリという音を立てて地面に落ちた。

 さて、遂にこの時が来たか。

 ベル君ならIXAを壊せると信じていた。今なら分かる。有馬さんの「新しいクインケがいる」は、カネキ君と戦うにはIXAよりも強いクインケがいるって意味だったんだ。

 

「渡せ」

 

 一瞬の風切り音。黒いアタッシュケースが天井から落ちた。

 このためだけにわざわざ天井に穴を開けて、ラウルに穴の横でスタンバってもらっている。俺が声をかけたら落とせと、そう伝えている。

 地面に転がっているアタッシュケースを拾う。当然、中身はあの武器だ。

 

「少しはやる気になったか」

「ぁぅぁぁぁ…… ぉぐが、まもんる」

 

 ベル君は獣のような呻き声をあげる。

 意識が混濁してるのか、俺の言葉は届いていない様子だ。

 リヴィラの街以来か。この状態のベルは、強い。本来の強さが十全に発揮されていると言っていい。

 ベルは優しい。それは美点でもあり、弱点でもある。モンスターと戦うときでさえ、無意識にだが動きが鈍る。人間が相手なら尚更だ。

 だが、この極限まで追い詰められた状態になれば話は別だ。本能のままに動くから、余計な思考は削ぎ落とされている。

 両足を飛ばして、脅しをかけた甲斐があった。

 

「アポロンの右腕と、隻眼の黒竜の翼からつくらせた武器だ」

 

 取っ手に付いてあるスイッチを押す。

 アタッシュケースが開き、そして地面に落ちる音がした。

 

「銘はフクロウ。使うのは、お前が初めてだ」

 

 俺の要望通りなら、フクロウとほぼ同じ機能が付いているはず。

 使うのはこれが初めてだが、それでも十全に使いこなしてみせよう。何故なら、それが有馬さんだから。俺の最期も、近づいている。その時まで有馬貴将を貫かせてもらう。

 

「いくぞ、ベル・クラネル」

 

 ベル。願わくば、俺を止めてくれ。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 ──同時刻。

 魔法が飛び交い、人々の悲鳴が響く。

 多数の怪人がダンジョンから現れ、オラリオは再び戦場と化していた。

 しかし、リヴィラの街とは状況が違う。人数でも上回っているし、装備だって万全だ。犠牲を出しつつも、戦況は有利に進んでいた。

 闇派閥であろう怪人たちはオラリオの冒険者たちに包囲され、戦場は既に掃討戦の様相を見せていた。

 フィンは前線で指揮を取り、怪人たちを確実に追い詰めていた。

 

「……」

 

 戦況は確かに有利だ。それでも、フィンの表情は険しい。

 

「どうしたんですか、団長?」

 

 護衛役として側にいるティオネが問いかける。

 

「いや、親指が疼いてね」

 

 敵の数は減り、掃討戦になりつつある。それなのに、親指の疼きが止まらなかった。

 アリマを除いて一番の実力者であろうレヴィスが、未だに姿を見せていないのも気になる。親指の疼きがなくとも、このまま終わるはずがないという確信は誰の心の内にもあるはずだ。

 

「この纏わり付くような重苦しい空気…… まるで階層主と対峙したときみたいだ」

「そうですね…… だけど、あまり心配する必要もないと思いますよ。団長は今、Lv7にランクアップされてるじゃないですか。アリマ以外の敵に苦戦するなんて考えられません」

 

 今のフィンは春姫の魔法── ウチデノコヅチにより、一時的にだがLv7になっている。アリマやオッタルと同じ領域にいるのだ。今の状態でも、アリマに勝てる気はまったくしないが。

 Lv7が敵にいるという事実は、敵からすれば悪夢に等しく、フィンはこの戦いでも数多くの怪人たちを葬った。

 

「にしてもあの狐人め…… 私の団長になんて羨まけしからん……」

「ははは……」

 

 願わくば、このまま何も起きないでくれ。

 そんなフィンの望みを嘲笑うかのように、フードを被った男が怪人たちの集団の中から現れた。

 

「ッ──!!?」

 

 佇まいだけで分かる。他の怪人とは明らかに一線を画している。

 

「奪う行為は等しく悪だ」

 

 男がフードを取る。精悍な顔立ちで、外見だけなら普通の人間と何ら変わりない。

 しかし、刺すような威圧感をヒシヒシと感じる。フィンだけでなく、周りの冒険者、果てには怪人たちですら指一本動かさず、男の言葉に耳を傾けていた。

 

「俺たちは、生まれ落ちたその瞬間からなにかを奪い続ける。生きる限り、同族ですら屠り、殺し、奪い続ける」

 

 男の両眼が赫く染まる。

 その目はまるで、モンスターのような──。

 

「命とは、罪を犯し続けるもののこと。命とは、悪そのもの」

 

 男の両肩から、漆黒の羽が生えた。

 フィンにはこの羽に見覚えがある。あれはそう、ゲド・ライッシュと同じモノだ。

 

「俺は自覚する。俺は悪だ」

 

 この男は何者なのか。そんな疑問すら、この圧倒的な威圧感の前では湧いてこない。

 あるのはただ一つ、この男に全力で抗わなければ、自分たちはここで死ぬという警鐘だけ。

 

「……そして、お前たちも」

 

 黒い流動体が鎧のように男にまとわりつき、やがて鱗のように硬質化し、巨大な龍のような形となった。

 

「さあ、殺しにこい」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 最初とは打って変わり、ベルの苛烈な攻めはアリマを押していた。

 ベルはヘスティアナイフとユキムラを巧みに操り、アリマ以上の連撃を繰り出している。アリマが距離をとろうとすれば、瞬時に間合いを詰めて、二つの斬撃を叩き込む。

 アリマはベルの攻撃をフクロウで完全に防ぎ切り、反撃もしている。普通の敵なら、既に傷で動けなくなっているだろう。

 しかし、ベルの場合は違う。攻撃しても、傷がたちまち塞がってしまうのだ。どうせ治るのだからと、自分のダメージを度外視した無茶な攻撃ばかりしてくる。

 確かに、見かけはベルが押している。しかし、長期戦になれば、先に力尽きるのは間違いなくベルだろう。傷の再生には、当然それなりの対価が必要になる。

 ただ、アリマには長期戦に持ち込む気など更々なかった。

 アリマは縫うようにして斬撃の雨を潜り抜け、フクロウをベルに叩き込む。ただ、それは斬るのが目的ではなかった。

 ベルは強引に後方へと吹き飛ばされる。地面に着地すると同時に、身構えた。何か来ると、本能がそう訴えている。

 アリマはフクロウを振り上げる。フクロウの刀身には、羽根のような物体が付いている。

 アリマがフクロウを振り下ろすと、フクロウから複数の羽根の弾丸が発射された。ゲド・ライッシュの攻撃と同じだ。しかし、速さも羽根の大きさも、ゲドと比べて段違いだ。

 

「ふぁいあぼると」

 

 ベルは羽根の弾丸に手を向ける。

 複数の橙の稲妻が宙を駆け、羽根の弾丸に喰らいつく。轟音が響き、爆風が吹き荒れる。

 風切り音。羽根の弾丸は黒煙を突き破り、ベルに迫る。ファイアボルトでは止められなかった。

 

「あぎぃ」

 

 肩と腹に羽根の弾丸が突き刺さる。

 ベルは小さく悲鳴をあげた後、乱暴に羽根を抜き取り、地面に投げ捨てた。同時に、傷口が超速で再生する。

 その一瞬、アリマから意識が外れた。

 ベルの背後に回り込んだアリマは、フクロウを横薙ぎに振る。それに反応したベルは、ユキムラでどうにか受け止める。

 

「──遠隔起動」

 

 腹部に激痛が走る。

 ついさっきまで受け止めていたはずのフクロウの刀身は消え失せ、何故か自分の腹部から背中にかけてを貫いていた。

 ベルはそのまま宙に舞い上げられる。度重なる痛みにより、ベルの意識が覚醒しかける。

 

(血肉が、足りな。再生、いや、防御が。無理、回避。思考が、あれ?)

 

 しかし、あるのは圧倒的な絶望のみだった。

 ここぞとばかりに、ベルの全身はフクロウで削られる。鎧は砕け、血が舞い散り、肉が削ぎ落とされる。地面に落ちることすら許されない。

 なす術もなく、ベルはフクロウの斬撃をその身に受け入れるしかなかった。

 

 

 

 

 ──その後はもう一方的な展開で、斬られまくり、裂かれまくり、再生するたびにそこを切り開き。

 

 意識が遠のき、底のない暗い暗い海へと沈んでいくような感覚がした。

 

 ──特に感覚もなく、いっそカレー鍋の中のじゃがいものようなおだやかな気持ちが湧くほどでしたたた。

 

 足掻く気力は既になく、僕は加速度的に海の底へと落ちていった。

 どんどん闇が深くなっていく。光のある場所には、もう戻れない。

 

 ──まあ、頑張った方ではないでしょうか。

 

 死ぬんだろうなと、他人事のようにそう思った。

 

 ──もう、駄目だ。

 

「…………いや、オイ」

 

 誰かが僕の腕を掴み、海の底から引き上げた。

 誰── いや、この手には見覚えがある……!

 

「駄目じゃねえだろ、何諦めてんだ」

「……じい、ちゃん!?」

 

 じいちゃんは呆れたように、だけど嬉しそうにして僕に笑いかけていた。

 

「ほれ、こっから上がるぞ」

 

 海から出て、僕たちは砂の上に腰を下ろす。

 暗く澱んだ空。その下では水平線はどこまでも広がり、砂漠のような砂浜が見渡す限りまで広がっている。

 

「さて、ベルよ。メガネのにいちゃんにボコられて、どうすれば勝てるのか分からなくなっちまったんだろ?」

 

 じいちゃんは胡座をかき、頬杖をつきながらそう言った。自然と、僕は怒られるときのように正座をしてしまう。

 

「……うん。頑張ったけど、やっぱりアリマさんは強すぎるよ。僕じゃ、絶対に勝てない…………」

「ったく、相変わらずだなお前は。かわい子ちゃんたちに絶対に帰るって約束してんじゃねえか。その約束、破っちまっていいのか?」

「……それは」

 

 僕がこのまま帰らなければ、どうなるのか。

 神様たちに、じいちゃんが死んでしまったときのような思いをさせることになる。

 自分の無力を呪いながら、心をナイフでズタズタにされるような苦痛を、一生背負い続けることになる。

 そんな気持ちには、絶対にさせたくない。だけど、僕には……。

 

「俺が聞かせてやった英雄譚で、勝負を途中で諦めるような英雄なんていなかったろ。お前も諦めんじゃねえ」

「僕は、英雄じゃないよ…… あんなに強い人たちには、なれない……」

「バァカ、よく考えてみろ。相手は誰も勝てないようなクソつえー敵で、お前は大切な人たちを守るために戦ってんだろ? コッテコテの英雄譚の山場みてーなシチュエーションじゃねーか。お前はもう、紛れもなく立派な英雄だよ」

「……はは、そうかな?」

「おう、そうだ。それに、お前ならメガネのにいちゃんにも勝てるだろ。なんだそのムキムキボディ。俺と暮らしてたときはあんなにヒョロヒョロだったのによ」

 

 ガハハと豪快に笑いながら、僕の肩をバンバンと叩くじいちゃん。

 僕はそれが嬉しくもあり、悲しくもあった。だって、これは全部幻覚だ。僕の想像でしかない。本当のじいちゃんは、もう──

 

「じいちゃん、ごめんなさい…… 僕、守れなくて、何もできなくて……!!」

 

 たとえ幻だとしても、謝らずにはいられなかった。

 じいちゃんから大切なものをたくさん贈られた。だけど僕は、少しもじいちゃんに何か返すことができなかった。それが悔しくて、悲しくて。

 

「……ベル、お前が気に病む必要はねえ」

 

 じいちゃんは立ち上がると、僕に背を向けて歩き出した。

 

「もう歩けるだろ、行けよ」

 

 じいちゃんはふと立ち止まり、振り返る。その顔には優しい笑顔が浮かんでいた。

 

「どっかの馬鹿な英雄みたいに、命と引き換えにして敵を倒そうなんて…… カッコよく死のうだなんて、考えんな」

 

 

 

 

「約束する。生きてりゃ、いつかまた、俺と会うことができる」

 

 

 

 

「だから、聴こえるまで言ってやる」

 

 

 

 

「かっこ悪くても、いきろ」

 

 

 

 

 生きるため。そして、みんなの元に帰るため。

 じいちゃんの言葉を胸に抱きながら、僕は立ち上がった。




 読者マイ・コスモ
 あなたの宇宙を穢させてはならない…… けして。
 感想・評価してくれると赫者化します。目が増えます。

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