ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか   作:あるほーす

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OFFの終焉

 ベルは息を切らしながら、ひたすら走っていた。

 無数の羽の弾丸が真後ろを通りすぎる。射線上にある煉瓦の壁にすんなりと突き刺さる。まるでそこに、最初から窪みがあるかのようだ。

 

「じゃむくれえええええええええ!!!」

 

 ゲドはそう叫びながら、羽の弾丸を撒き散らす。

 今の自分には、その弾幕を掻い潜って近づくことはできない。射線から逃れるだけで精一杯だ。

 しかし、弾丸の量は減り、次の発射が来るまでのインターバルが確実に長くなっている。

 精神力が尽きかけているのか、それとも体力的な問題なのか。どちらにせよ、ガス欠になり始めているのは変わらない。

 

「ふにぃぃ〜〜〜〜!!!!」

 

 遠距離攻撃では埒が明かないと判断したのか、ゲドは両手から刃のような三本の爪を生やし、襲いかかる。

 自分よりも格段に速い── が、それだけだ。節々の動きで何をしようとしてるのか容易く予測できるし、フェイントを混ぜている様子もない。

 これならまだ、Lv1の頃に手合わせしたアリマの方が恐ろしい。アリマは速いことは勿論、こちらの思考を読み切り、まるで意識の網を掻い潜るように動く。姿が突然消えたと思ったら、すぐ近くまで接近されているのだ。

 姿勢を低くしたまま、前に進む。

 頭上を右手の爪が通り過ぎる。

 目線、重心、体の動き。ありとあらゆる情報から、次の攻撃を予測する。

 来るのは── 左手の爪による縦斬り。

 一歩分、身体を横にずらす。

 自分がさっきまで走っていた空間を、三本の爪が斬り裂く。

 そのまま滑り込むようにして、ゲドの横を通り過ぎる。

 背後を取った。ゲドが振り返るよりも速く、その背中をユキムラで貫く。

 

「ぎびっ!!?」

「……っ」

 

 手に残る嫌な感触。

 しかし、ゲドは異常な回復力を有している。生半可な攻撃では意味がない。

 急所はギリギリ外している。死にはしないだろう。願わくば、このまま戦闘不能になってほしいが──。

 ぞわり、と背中に氷柱を突き立てられたような感覚が走る。

 何か、来る──!!

 とっさに身を引こうとしたその時、ゲドの背中に血の花弁が咲いた。

 腹の底から鉛が込み上げるような感覚。口から血が溢れ出す。

 目線を下に落とす。

 無骨な爪が自分の腹部を突き刺していた。

 

「ひぅひ」

 

 肩越しに振り返ったゲドは、醜悪に口元を緩めていた。

 その背中からは、自分の腹部目掛けて真っ直ぐに爪が伸びている。

 まさか、自分の体を貫いてまで……!

 無茶苦茶だ。タガの外れたその執念に、言い知れぬ恐怖を覚える。

 

「びぅぅうひひひ!! くそみそになるまでころしてやるよおおおおお!!!」

 

 ゲドが乱暴に爪を引き抜く。

 傷口から血が流れ出る。今更になって、尋常ではない痛みが襲う。

 ユキムラを握る手から力が抜け、次第に全身から力が抜けていく 。立つこともままならなくなり、地面に崩れ落ちる。

 ゲドは自分の背中でも容赦なく爪を引き抜いた。血が溢れ出るが、それを気にした様子はない。

 今度は背後に手を回し、刺されたままでいるユキムラを引き抜く。そして、無造作に投げ捨てる。

 

「その次はリリルカ・アーデだ」

「!!」

 

 呟くような言葉だが、嫌に耳に残った。

 自分がここで負けたら、次はリリルカが殺される。いや、もしかしたらヘスティアたちも。

 負けられない。自分がここで負けたら、大切な人たちが殺されてしまう。絶対に負けられない!

 この危機的な状況がトリガーとなったのだろう。ベルの内側から鐘の音が鳴り響く。次第にその音は大きくなっていき、ゲドは眉を顰める。

 英雄願望、起動。全身が青白い光に包まれる。

 

「っ……! ぅぅぐう……!!」

 

 痛みを堪え、立ち上がる。

 アリマとの稽古を思い出せ。この程度の傷で立ち上がれないなんて、情けないことは言えない!

 立ち上がるベルの姿を見て、ゲドが悲鳴のような声をあげる。

 

「何だよ、それは…… 何で傷が治っていやがる!? 普通の人間のてめえが、どうして!!」

 

 ベルの腹部の傷口が急速に塞がっていく。

 どうしてそんな現象が起きているのか、自分でも分からない。だが、そんなのはどうでもいい。守れる力があるなら、それを使うだけだ。

 

「殺させない…… 奪われてたまるかっ!」

 

 背中にある鞘からヘスティアナイフを抜き取る。

 

「……死んで!! 死んで欲しいよおおおおおお!!!!」

 

 ゲドが半錯乱状態で突っ込んでくる。

 ナイフを胸の前に構えながら、駆ける。英雄願望の恩恵なのか、これまでとは比較にならない速さだ。

 ゲドの懐に潜り込む。

 ゲドは距離感を掴み損ね、一瞬だけ体が硬直する。その一瞬があれば十分だ。

 地面を蹴り、ゲドの腹にナイフを突き立てる。そのまま体ごとぶつかり、ゲドを吹き飛ばす。

 

「っっっ!!!!! あああああっ!!! ああああああああ!!!」

 

 ゲドは仰向けに倒れながら、耳を塞ぎたくなるような醜悪な叫び声を発した。立ち上がろうと手を地面につくが、ずるりと滑る。ダメージを受けすぎて、既に起き上がれるだけの力を使い果たしてしまったのだろう。

 息を切らして、思わず地面に座り込む。

 どうにか勝てた。本当に、本当にギリギリで勝ちを拾えた。

 ふと、腹部に手を当てる。傷痕こそ残っているが、傷口は完全に塞がっている。

 新たなスキルに目覚めたのか、それとも魔法なのか。気にはなるが、悠長に考えている暇はない。

 まだ、敵が1人残っている。確か、赤髪の女性だった。フィンが戦っているはずだ。

 まだウチデノコヅチの効果が続いている間に、フィンの加勢に向かわなければ。休みを欲する体に鞭打ち、立ち上がる。

 

「見上げたものだな。ゲドを倒したのか」

「!!」

 

 上の方から声がした。

 見上げると、赤髪の女性── レヴィスが建物の上にいた。まさか、フィンが負けてしまったのか──。

 

「ベル君!」

 

 ベルの思考を遮るように、フィンの鋭い声が響いた。

 声のした方を向くと、フィンがこちらに走っていた。ポーションを無事に使えたのか、右腕に傷はない。

 

「フィンさん、無事で良かった……!」

「君も無事で良かった」

 

 フィンがベルの隣まで来て、立ち止まる。

 

「すまない、あの女を抑えきれなかった……!」

 

 フィンが悔しそうに言う。

 レヴィスは建物から降りると、ゲドに近づいた。ゲドを連れて逃げる気なのだろう。しかし、迂闊に近づけない。

 

「無様だな」

「うるせえ…… それより肉を寄越せ……」

「まだ戦う気なのか? 私たちの役目はもう終わった。帰還するぞ」

「知るか、あのガキをぶっ殺すんだよ!」

「……そうか」

 

 レヴィスは溜め息を吐くと、歪な形をした剣をゲドの胸に突き刺した。

 

「っぉば?」

「!!」

 

 この場にいる誰よりも、ゲドは信じられないといった表情でレヴィスを見る。レヴィスの目は、ただただ冷たかった。

 

「使えないようなら、切り捨てても構わないと言われている。どれだけ強くても、こちらの指示に従わない駒は必要ない」

 

 容赦なく剣を引き抜き、刀身にこびり付いた血を斬り払う。

 

「何、で…… 俺、俺は……」

 

 ゲドは上空に右手を伸ばす。その右手の指先が白い灰になり、ボロボロと崩れ落ちる。

 

「誰、か……」

 

 体の端から白い灰になり、とうとう全身まで侵食した。残ったのは、地面に散らばる大量の白い灰だけだった。

 フィンの元に行く途中、ゲドが何人もの住民を殺したという話を聞いた。リリルカを殺そうとしたこともある。だから、こんな男に同情する気はない。

 同情する気はないが、どうしようもなく哀れに見えた。

 

「……役目と言ったな。他にも仲間がいるのか?」

 

 レヴィスの言葉を注意深く聞いていたフィンが、そう問いかける。

 

「ふはっ」

 

 レヴィスが自嘲するように笑った。

 

「仲間ではない── 王だ」

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 バベルの最上階。その階丸ごとが、美の女神フレイヤの私室である。

 オラリオの最も高い場所に座す彼女は、まるでオラリオに君臨する女王のようだ。事実、このオラリオで最も力のあるファミリアである。

 彼女の私室に立ち入れる者は、オッタルを筆頭としたごく僅かだ。しかし、今日は最初で最後であろう招かれざる客が来ている。普段より何十倍も厳重なはずの護衛を蹴散らした男が。

 その男の名は──

 

「久しぶりね、アリマ」

 

 キショウ・アリマだ。

 相変わらずの無表情で、右手にはIXAを、左手にはナルカミを握っている。どう見ても、話し合いに来た雰囲気ではない。

 

「どうしてここに来たのかしら? 私の前に、会うべき子がいると思うのだけれど?」

 

 口調こそ穏やかなものの、フレイヤの目は少しも笑っていない。

 

「ベル・クラネルの魂が濁っていたわ。あんなに白くて綺麗だったのに、今は灰色になっていた。原因は言うまでもない。貴方があの子を裏切ったからよ」

「……」

 

 アリマは何も言わない。ただ黙って、フレイヤの目を見据える。

 

「本当に何も話してくれないのね。ロキが貴方を持て余す理由、分かった気がしたわ」

 

 神威も、魅了も、何もかもが効かない。腹立たしく、それ以上に恐怖を覚える。

 アリマと初めて出会ったとき、フレイヤはアリマの魂は鉄のようだと評した。

 しかし、それは間違いだった。鉄のような魂ではない。魂のような鉄だ。その在り方は美しく、歪だ。

 

「護衛の子たちはどうしたの?」

「……」

「答えろ、白い死神」

 

 明確な怒気を含んだその言葉にも、アリマは表情一つ変えない。

 

「しばらく寝てもらっている」

「……そう。なら、貴方がここに来たのは私だけを殺すためなのかしら? イシュタルと同じように」

「いや」

 

 アリマは否定の言葉を発した。

 

「お前のファミリアを潰しに来た」

 

 アリマは冗談を言わない。彼と少しの間でも話した者なら、すぐに理解できる。

 つまり、アリマは本気でフレイヤファミリアを潰す気でいる。

 

「正確に言えば」

 

 アリマがそう言葉を続け、真後ろにナルカミを振るった。

 金属がぶつかり合う音が響き渡る。

 アリマの背後にいたのはオッタルだった。刃が二つの、身の丈もある巨大な剣で、ナルカミの刀身を受け止めている。

 

「アリマ……!」

「お前を潰しにだ」

 

 不意打ちを仕掛けるはずが、先制された。音も、気配も、完全に絶っていたはずなのに。どうやって背後から近づいたのに気づいたのだろうか。

 そして、この重い斬撃。剣を握る腕が痺れる。あんな細い腕のどこに、こんな力があるのだろうか。

 

「っ!?」

 

 アリマは間髪入れずにIXAを振るう。

 オッタルは後ろに跳び、どうにか刃から逃れる。踏み込んだ地面を砕き、音すら置き去りにする速度だ。

 首にそっと手を当てる。そこには一筋の赤い線が引かれ、血が流れていた。

 完全に逃げ切れていなかったのだ。

 

「フレイヤ様……」

 

 オッタルはフレイヤに目配せをする。

 

「ええ、分かっているわ。私がいたら戦えないんでしょう?」

 

 フレイヤはソファから立ち上がり、オッタルの後ろを通って部屋の出口へと向かう。

 

「オッタル、勝ちなさい。勝って、私の元に帰って来て」

「……仰せのままに」

 

 フレイヤはすれ違う一瞬、女神の名に違わぬ優しくも美しい声で、オッタルの耳元にそう呟いた。

 フレイヤが部屋から出る。

 アリマはそれに一瞥すらせず、オッタルだけに意識を向けている。言葉の通り、アリマの狙いはフレイヤではなく、オッタルなのだろう。

 

「久しく忘れていた。全身全霊をかけ、立ち塞がる強大な敵と剣を交える悦びを」

 

 だから、それを思い出させてくれたことに、ほんの少しの感謝を。

 オッタルは剣を構え、射抜くような眼をアリマに向ける。

 オッタルの言葉を聞いても尚、アリマは眉一つ動かさない。だが、それでいい。紡いだ言葉も、これから紡ぐ言葉も、全て独り言のようなものなのだから。

 オラリオで最強なのは誰か。そう問いかければ、誰もがアリマかオッタルのどちらかと答えるだろう。しかし、どちらが強いのかと問えば、誰もが口ごもるだろう。

 それが今日、とうとう決まる。この戦いに勝利した者が、真のオラリオ最強の称号を得ることになる。

 

「……貴様が何を考え、何を成そうとしているのかは知らん。だが、そんなことはどうでもいい。アリマ、お前は俺が倒す!」

 

 その言葉と同時に、地面が爆ぜた。

 刹那に何百何千もの斬撃が交ざり合う。

 一流と呼べる冒険者がこの光景を見ても、あちこちで生じる剣が交わる衝撃と音しか感じないだろう。

 2人の動きを目で追える者が、果たして何人いるだろうか。

 アリマはオッタルから距離をとり、四つに分割されたナルカミの刃を向けていた。その中心には、眩い光の球が形成されている。

 雷撃が来る──!

 オッタルは反射的に跳び退く。

 

「ナルカミ」

 

 蒼雷が猟犬のように宙を駆ける。

 膨大なエネルギーは地面を割り、壁を砕く。鋼のごとき防御力を誇るオッタルでも、この雷撃をくらえばひとたまりもない。それなのに、自動追尾するとは何の冗談か。

 降り注ぐ雷を紙一重で避けながら、アリマとの距離を詰める。

 そのまま剣を振り下ろして── アリマに届く前で、止まった。

 目を見開き、目の前で起こった現象に戦慄を覚える。この男は、糸のように細い刃先を、IXAで刺突したのだ。どれだけの動体視力と、どれだけの緻密な操作技術があればこの神業を成せるのだろうか。

 次の瞬間、オッタルの首を狙って刃が走った。咄嗟に剣を戻して、どうにか受け止める。アリマは一瞬でナルカミを近接形態に切り換え、オッタルに斬りかかったのだ。

 ナルカミの斬撃に力がない。このまま弾こうとした時、オッタルの本能が囁いた。この攻撃、まるで囮のような──。

 IXAの切っ先が消えているのを、目の端で捉えた。

 ぞわり、と足下から嫌な感覚が背中を走る。

 後方へ跳ぶと、先ほどまで立っていた地面から漆黒の杭が突き出た。

 これは、IXAの遠隔起動──!

 追撃をしかけようと、アリマが動く。

 

「はあっ!!」

 

 このまま接近させる気はない。

 抉るように、地面に剣を振り下ろす。

 地面が砕け、瓦礫が生じる。それらが剣を振り上げる勢いに巻き込まれ、散弾のように前方に発射される。

 人理を超えた力で撃ち出された瓦礫は、音速を超え、必殺と呼べる威力となって襲いかかる。下層のモンスターであろうと、ろくに反応できず、その肉体を砕かれるだろう。

 しかし、アリマは目にもとまらぬ速度でナルカミを振るい、全ての瓦礫を斬り落とす。

 足を止めるにはまだ足りない。しかし、それでいい。少しでも足を遅くできれば、それで十分だ。

 地面を砕くほどの踏み込みが、生涯最高の加速を生み出す。音も、景色も、何もかもを置き去りにする。一瞬にしてアリマとの間合いを詰めたと同時に、剣を振り下ろす。

 アリマはオッタルの超加速に対応し、剣をナルカミで受け止める。

 オッタルのスキル、猪突猛進(ギアシフト)。戦う時間が長引けば長引くほど、それに比例して戦闘能力が向上するというスキルだ。その性質上、能力が大幅に向上するまで時間がかかるが、それ以外に大きなデメリットはない。隙のない強力なスキルと言えるだろう。

 Lv7にランクアップしてから、ここまで長く戦い続けたのは初めてだ。それなのに、アリマは完全に対応している。強さの底が依然として見えない。

 ──しかし。

 

(異様な間合い……)

 

 鍔迫り合いながら、アリマの一挙一動に全身全霊で注意を払う。

 ずっと感じていた違和感。

 当初こそ、違和感の正体は霧のように捉えられなかったが、今になってやっと掴みかけてきた。

 

(違和感の正体は…… 目か!)

 

 アリマは右目側を庇うようにして、常に一定の間合いを保っている。

 

(この男…… まさか!)

 

 オッタルはある可能性に思い至る。もしそうなら、攻略の糸口になるだろう。

 アリマの右手が動いた。IXAの刀身が戻っている。

 首を傾けると、IXAの黒い切っ先が喉笛のあった空間を貫いた。

 アリマはオッタルの体勢を崩れたのを見逃すはずもなく、ナルカミでオッタルの巨体を吹き飛ばす。

 なんて苛烈な攻撃。立ち止まる暇すらない。

 だが、負ける気はない。

 地面に足が着いたと同時に、向かって左側── アリマの右目の側から回り込むように動く。猪突猛進(ギアシフト)により、その速さは更に増している。アリマといえど虚を突かれたはずだ。

 

(貴様の唯一の弱点…… それは死角!)

 

 アリマの背後に回り込むことに成功した。

 アリマはまだこちらを向いていない。予想通り、反応にラグがある。

 このまま一撃叩き込めば、勝てる──!

 

「づ!!??」

 

 ぱすっ、という音がした。

 左側の世界が黒で塗り潰される。続いて、眼窩が焼けるような痛みが疼く。

 斬られたと理解するのに、時間はいらなかった。

 

「読んっ……!!」

 

 アリマは前を向いたまま、背後にナルカミを振るっている。

 こちらを一切見ずに、的確に目を抉った。アリマは読んでいたのだ。オッタルが右目側から接近することを。

 動け、追撃が来る!

 オッタルの思いとは裏腹に、足はピクリと動かない。左目を潰された痛みで、体が完全に硬直してしまっている。

 

「ごぼっ」

 

 アリマはそのまま振り返り、体勢を崩したオッタルの首をナルカミで貫いた。

 オッタルの口から血が溢れ出る。

 致命傷だ。もう、戦えない。

 

「その目でよくやる……」

 

 掠れた声でアリマを賞賛する。しかし、アリマは何も言わずに、ただオッタルを見つめる。

 今日、オラリオ最強が誰なのか決まった。しかし、アリマの目は一切の感情を映していない。達成感も、喜びも、そんな感情は微塵もなかった。

 この男にとって、自分は敵以外の何者でもなく、それ以外の感情なんてなかったのだろう。

 

「すみません、フレイヤ様。不敬な私を、どうかお許しください」

 

 アリマはナルカミに魔力を注ぐ。ばちり、と刀身に雷が跳ねる。

 眩い光がオッタルを包み込んだ。

 光が収まる。オッタルは地面に膝を突き、そのまま力なく倒れた。

 アリマは無言でオッタルは見下ろす。

 数秒すると、アリマは背を向け、そのまま歩き始めた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 ギルドのとある一室。

 エイナはオラリオで巻き起こったテロの被害報告書をまとめていた。

 元冒険者ゲド・ライッシュの無差別殺戮により、30名余りの市民が犠牲になってしまった。被害者に女子供の区別はなく、殺害現場は凄惨の一言だったらしい。

 ゲド・ライッシュは捕まることなく、共犯者である赤髪の女に殺害された。白い灰となり、遺体は残らなかったらしい。

 赤髪の女はゲド・ライッシュを殺した後、逃走した。

 彼らと戦っていたのはロキファミリアの団長であるフィン・ディムナと── ベル・クラネルだ。

 彼の名前を聞いたとき、エイナはあまりの衝撃で心臓を締め付けられるような錯覚を覚えた。

 ベルはこのまま、過酷な運命に巻き込まれていくのではないか。

 脳裏に、初めてギルドに来たときのベルの顔が浮かぶ。誰よりも英雄に憧れて、真っ直ぐな少年だった。それなのに、どうして──。

 赤髪の女と、ゲド・ライッシュの犯行の目的は陽動だった。赤髪の女の言葉によると、王のためらしい。

 エイナはもう一つの資料を手に取る。

 同日に起きた、二つの事件。アイズ・ヴァレンタインを始めとしたロキファミリアの団員の襲撃。そして、フレイヤファミリアの襲撃。この事件の犯人は、いずれも白い死神── キショウ・アリマである。

 ある冒険者が、ダンジョンの入り口でアイズたちが気を失っているのを発見した。アイズたちは強い電撃により意識を断たれただけで、外傷はなかった。

 しかし、ラウル・ノールドと、ティオナ・ヒリュテの二名が失踪してしまった。真相は分からないが、アリマに連れ去られたと推測される。

 アリマはかつての仲間を襲撃した後、バベルの最上階に侵入した。

 主神のフレイヤと、彼女の護衛に就いていた20名の冒険者たちは無事だった。いや、見逃したという表現が適切か。

 しかし、アリマと直接戦ったオッタルは、意識不明の重体である。体の神経のあちこちが電撃によりズタズタにされ、仮に意識が戻ったとしても、冒険者を続けるのは不可能らしい。

 アリマはオッタルを倒した後、再び姿をくらました。

 赤髪の女たちの騒ぎにより、バベルの最上階で起きた異変への対応が遅れてしまった。状況からして、彼らの王は──。

 誰もが不安に駆られている。これから先、何が起こるのか。アリマと、彼の仲間らしき者たちは何をするつもりなのか。

 アリマを倒せる可能性があったのは、猛者だけ。彼が倒れた今、アリマを止めれる者は誰もいない。

 

「アリマさん……」

 

 エイナはそう呟き、強く紙を握る。くしゃり、と紙にシワができる音が響いた。

 嘘だったのだろうか。ロキファミリアの冒険者として生きていた時間は。

 嘘だったのだろうか。まるで父親のようにベルと接していた時間は。

 書類の上に、ぽつりと一粒の涙が落ちた。




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