ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか   作:あるほーす

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良配

 爆発から我先にと逃げる市民たちの流れに逆らい、フィンは爆心地へと駆ける。

 前へと進むにつれて、人は少なくなり、ある臭いが強くなってくる。ダンジョンで嗅ぎ慣れた臭い── そう、血の臭いだ。

 

「ッ──!」

 

 思わずフィンは足を止め、息を飲む。

 通路のあちこちに散らばる、人々の亡骸。そこに老若男女の区別はない。ダンジョンでも、こんな惨状はそうそうない。

 誰もが首を捩じ切られ、胸には丁度腕の太さと同じくらいの孔が開けられている。人間のする殺し方でもなければ、モンスターのする殺し方でもない。こんな惨い殺し方、まるで悪魔の仕業のようだ。

 

「うぅっ……」

 

 フィンの耳に掠れた呻き声が届いた。死体の下から聞こえる。丁寧に死体を横にどかす。そこにいたのは、年端もいかない少女だった。

 

「大丈夫かい、君!?」

 

 容態を確認する。

 血まみれだが、怪我はない。気絶しているだけだ。フィンはホッと一息吐く。

 となると、この血は第三者の──

 

「お母さん……」

「っ!」

 

 少女が無意識でそう呟く。

 少女のすぐ横に転がっている、白いブラウスに赤いスカートを着た女性の死体。他の死体と同じく、頭から上が捻じ切られている。

 その死体はまるで、天敵から我が子を守るように、覆いかぶさっていた。つまりは、そういうことなのだろう。フィンは悲痛な表情で顔を伏せる。

 情報を集めるのも大事だが、今はこの少女の安全を確保する方が優先だ。この少女を見捨てるようならば、フィンはロキファミリアの面々に一生顔向けができない。

 辺りを見渡す。生存者がいる気配はない。

 フィンは少女を両手で抱え、来た道を引き返そうとする。

 

「!」

 

 襲いかかる、途方もない悪意──!

 風切り音を捉え、そちらに目を向ける。

 無数の羽のような物体が、一直線に襲いかかる。

 フィンはその場から跳び退く。

 羽のような物体はフィンの背後にある建物の壁に突き刺ささり、容易く奥までめり込んだ。恐ろしい切れ味。ただの羽ではない。

 

「ははははあははあはカッコいいねええええええ、小人風情がよおおおおあはああははは!!」

 

 ケタケタと笑いながら、フィンたちの方へと歩いてくる男。

 その男は、端的に言って異常だった。

 アリマやベルと同じ、白い髪。ただ、彼らと違い、その白さは人の摂理から外れているような印象を受ける。そして、左目は血のように赤く染まっている。

 まるで、悪魔。この惨状を引き起こしたのはこの男だと、そう確信できた。

 

「誰だ、お前は」

「俺はお前のことを知ってるぜ、クソ小人ううぅぅうぅ。ロキファミリアの団長、フィン・ディムナだろぉぉおお?」

「お前みたいな外道に名を知られていても、ちっとも嬉しくないね」

 

 この男を放っておけば、被害は更に広がるだろう。ここで仕留めるのが正解である。この惨状を引き起こした男の命を奪うのに、何の躊躇もない。

 しかし、今は駄目だ。この少女を抱えたまま戦えるような、生易しい相手ではない。

 

「──ゲド・ライッシュ」

 

 男はあっさりと、なんの取り留めもなく名乗った。まさか、こうも素直に名乗るとは思わなかった。

 フィンの脳には、ありとあらゆる膨大な情報が詰まっている。しかし、ゲド・ライッシュという人物に心当たりはない。

 

「分っかんねえよなぁ、俺のこと!! そりゃそうだ、俺はお前らにとっちゃ虫けらも同然だったんだからよお!!」

 

 自分が誰なのか分からないと察したのか、男は狂ったように吠え始めた。

 その声に含まれているのは、聞くのも悍ましい悪感情。嫉妬、憎悪がこれでもかと渦巻いている。

 頭部を不安定に揺らすが、狂気に染まった双眸は一瞬たりとも外れることなく、こちらに向けられている。

 

「記憶したか」

 

 一瞬、ゲドの姿が搔き消える。

 右から来る──!

 フィンは後方へ跳ぶ。次の瞬間、フィンたちのいた場所に巨大な刃のような物体が通り過ぎた。

 フィンはゲドの一挙一動に細心の注意を払い、尚且つ全力で逃走を始める。

 ゲドの左腕は大きく変容していた。黒い鱗のような物体に覆われ、腕の大きさは明らかに肥大化している。その腕の先端にあるのは、三叉の爪。巨大な刃のような物体の正体は、どうやらあれのようだ。

 

「記憶したか、記憶したな、記憶しただろう!? だったら死ね!! 虫けらのように潰されて死ね!!」

「っ!?」

 

 ゲドはLv6の冒険者に匹敵する驚異的な速度で走り、フィンとの距離を詰める。

 普段のフィンなら逃げ切れるだろう。しかし、今のフィンは少女を抱えながら走っている。追いつかれるのも時間の問題だ。

 フィンは覚悟を固める。

 戦うしか、ない。

 しかし、手持ちの武器は組み立て式の槍だけだ。フィンの本来の武装である槍とは、性能が天と地ほどかけ離れている。十善の状態とは言い難い。

 だが、それがどうした。

 ちらり、と腕の中に視線を落とす。フィンの腕の中で眠る少女。何としても、この少女を守り抜かなければならない。

 フィンは建物の窓を蹴破り、そこに侵入する。この騒ぎで、家主もどこかに逃げてしまったらしい。それならそれで、好都合だ。

 少女をソファーに寝かせ、建物から出る。

 後はここで、ゲドを待ち構えるだけ。フィンは懐に忍ばせていた組み立て式の槍を組み立てる。

 

「……その目、覚えがあるぜ」

 

 そう呟きながら、ゲドが歩いてくる。

 

「小人のクソアマも、ベル・クラネルも、そんな目をしてやがった」

「!」

 

 ベル・クラネルの名を呼んだ。

 つまりこいつは、ベル・クラネルと面識がある可能性が高い。小人のクソアマが誰なのかは分からないが。

 

「本当に、お前は何者なんだ?」

「気に入らねえなあ! なあ、気に入らねえなあ! お前も、お前も俺を倒せると思っているんだな!? この俺を、ゲド・ライッシュを!!」

 

 ゲドの肩から黒い翼が噴出した。

 黒い翼が羽ばたいたかと思うと、無数の弾丸のような羽が撃ち出された。

 

「っ!!」

 

 凡百な冒険者なら、躱すどころか目視することすら困難な速度。しかし、フィンは素早い身のこなしで、放たれた羽を回避する。

 凄まじい密度の弾幕。このまま接近すれば、致命傷は免れない。

 

「鼠野郎が、ちょろちょろ逃げ回りやがって! お止まり下さい、今針ねずみにしてあげますよおおおほほほほほ!!!」

「鼠とは、随分言ってくれるじゃないか!」

 

 フィンは極めて冷静に相手を観察する。

 弾丸のような羽が射出されているのは、決まって両肩から生えている翼だ。あれが羽ばたく度に、一定の量の羽の弾丸が撃ち出されているようだ。

 発射元は分かった。弾丸の速度にも目が慣れてきた。

 羽の弾丸が途切れる。

 ──仕掛ける。

 地面を蹴り、今の自分が出せる最高速度でゲドとの距離を詰める。ゲドは歪な笑みを浮かべながら、再び羽の弾丸を撃ち出す。

 が、既に見切っている。羽が発射される位置が分かっているなら、軌道は容易く読める。並外れた動体視力、軌道を正確に予測する明晰さ、そしてそれを信じるだけの胆力があるという前提だが。

 針の穴を縫うような動きで、フィンは瞬く間にゲドの懐へ飛び込んだ。

 

「びゅばぁっ!!!」

 

 ゲドは肥大化した左腕を振るう。しかし、大振りで、ただ速いだけの攻撃だ。

 フィンは上空へ跳び、すれ違い様にゲドの胸部を斬り抜ける。

 鮮血が宙に舞う。そして、槍を握る手に残る確かな手応え。刃は心臓まで届き、真横に切り裂いた。致命傷のはずだ。

 それなのに、喉につっかえたような違和感が残る。

 地面に着地し、振り返る。

 

「ぬぅぅりぃぃぃぃいなぁぁぁあああ。痛くねえんだよ、こんなのよおおぉぉ。慣れてるからなあああははははは!!!」

 

 ゲドはケタケタと笑いながら、不気味に体をうねらせながら振り返る。

 ぐじゅぐじゅと醜悪な音を立てながら、切傷が塞がっていく。

 

「化物め……!」

「俺が化物ならお前は何だああああ? いひひひひくひひひひ!!」

 

 大きく息を吐き、心を鎮める。

 再生できるといっても、無限ではないはずだ。限界が来るまで殺し続ければいい。

 大丈夫だ、強さの底はもう見えている。勝てない相手ではない。

 

 ──キイイィィィ……。

 

 ドアを開ける音が聞こえた。

 まさかと思い、フィンは少女を隠した建物に目を走らせる。

 そこには予想通り、フィンが助けた少女が怯えた顔で立ち尽くしていた。

 

「だれ、お母さんは……?」

 

 ゲドの口元が歪に吊り上がる。

 

「っ!!」

 

 この男が何を考えているのか、フィンは一瞬で悟ってしまった。

 地面を蹴り、少女の元へ走る。

 タイミングを見計らっていたのだろう。間に合うかどうかの瀬戸際で、ゲドは羽の弾丸を飛ばす。

 間に合うか──? いや、間に合わせる!

 力強く地面を蹴る足は、フィンを少女に手が届く距離まで運んでくれた。

 フィンは少女を抱くようにして、倒れるように横へ跳んだ。その直後、少女がいた空間を羽の弾丸が通り過ぎた。

 少女に怪我を負わせないように、背中から地面に着地する。

 腕の中に視線を落とす。少女は青い顔で、カタカタと震えていた。怪我をした様子はない。どうにか間に合ったようだ。

 しかし、少女の命を救った代償は大きかった。

 

「おにいさん、腕が……!!」

 

 右腕の肘から先の衣服はズタボロになり、血で真っ赤に染まっていた。羽の弾丸に肉を抉られたのだろう。

 

「平…… 気さ、こんな傷」

 

 フィンは少女に笑いかけるが、状態はすこぶる悪い。この腕では、武器を振るうことはできないだろう。

 何より、警鐘のように絶えず訴えかける痛みがフィンの集中力を奪う。額には玉のような脂汗が浮かび、どくどくと全身から血が抜けていく感覚がする。

 それでも、フィンは気丈に笑い続けた。

 

「走れるかい?」

「う、うん……」

 

 目の端でゲドの様子を見る。

 相変わらずケタケタと笑うだけで、攻撃を仕掛けてくる様子はない。

 罠かもしれないが、少女を逃す機会は今しかない。

 

「あっちの方へ逃げるんだ」

 

 フィンは爆発が起きた場所とは反対の方向を指差した。こんな年端もいかない少女に、あの光景を見せる訳にはいかない。

 

「そこに行けば、お母さんはいるの……?」

「……うん、きっといるさ」

 

 ずきり、と胸に鋭い痛みが走る。嘘を吐いてしまったことと、少女のこれからのことを考えてしまい。

 

「だけど、おにいさんは……」

「僕なら大丈夫さ。確かに小さいけれど、これでも冒険者なんだから。いいかい、何があっても決して立ち止まってはいけないよ」

 

 少女は小さく頷く。そして、フィンが指差した方向へと走った。

 

「良いのかなあああ? 勇者とあろう者が嘘なんてついちまってええええええ?」

「!」

 

 走る少女に目をやりながら、ゲドは楽しそうに口元を吊り上げていた。

 

「ちゃああああんと覚えてるぜええええ。あのガキはよおおお。お前みたいなお人好しの足手まといにするために、ワザと生かしてたんだからよおおおお!!! いひひひっひっひひいひあひ! お前を殺したら、今度はあのガキを殺してやるよおおぉぉ!!! 俺に負けられない理由が増えたなあああ!!!」

「黙れよ」

 

 ゲドの言葉を遮るように、フィンの鋭い声が響く。外道の言葉を聞くのはもう沢山だ。

 

「魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て」

 

 殺された者の無念と怒りを偲ぶように、フィンは魔法を詠唱する。

 槍を握るフィンの左腕に、膨大な魔力が帯びる。その魔力は左腕から、槍の柄、そして穂先に伝わる。

 穂先を額に押し付ける。穂先に帯びていた魔力は、まるで吸い込まれるようにフィンの額に吸い込まれていった。

 

「凶猛の魔槍」

 

 その魔法の効果は戦闘戦意── この場合は殺意と呼ぶのが正しいのだろう── の高揚による、諸能力の増幅である。

 その代償として、まともな判断力を失うことになるが── 枷のなくなった(少女が逃げてくれた)今なら、心置きなく殺意に身を委ねることができる。

 空気が張り詰める。

 普段の理知的な優しい目が、まるで空腹の猛獣のように鋭い目に変貌する。

 ゲドは異変を感じ取り、構えを取ろうとするが、もう遅い。鎖は解き放たれた。

 

「!」

 

 ゲドの胸に槍の穂先が突き立てられる。

 何が起きたのか、いつ接近されたのか、ゲドには何も見えなかった。それ程の超加速。さっきまでとはまるで別人の動きだ。

 ゲドはそのまま背中から後ろに倒される。起き上がろうとするも、フィンの足により、両腕が踏み潰されるかのようにして抑えつけられる。

 ゲドの上に立つフィン。

 瞳孔の開き切った深紅の目で見下ろし、獣のように歯を剥き出しにしながら、左手に持つ槍を何度も突き刺した。

 

「ァァァアアア!!!」

「べばぼぼばばぼ!!!??」

 

 ゲドは声にならない悲鳴をあげながら、切り裂かれた内臓の血を口から吐き出す。

 トドメの一撃を繰り出そうと、槍を大きく振り上げた瞬間、フィンの身体が跳ねた。

 凶猛の魔槍の効果が切れた今、何が起きたのか正しく把握できた。

 何者かに攻撃された。槍の柄で受けていなければ、上半身と下半身が泣き別れていただろう。思考能力の代わりに、感覚が研ぎ澄まされた状態だったからこそ、どうにか防ぐことができた。

 敵の増援である。そして、その増援はフィンが知っている顔だった。

 

「お前は……!!」

「フィン・ディムナか」

 

 ゲドの横にいたのは、怪人レヴィス。

 これまでも、何度かロキファミリアに立ち塞がった強敵だ。その実力はアイズと同等か、それ以上である。

 これ以上ないくらい、最悪な状況に傾いてしまった。1人ずつなら、まだどうにかなったかもしれない。しかし、2人がかりではどうしようもない。

 戦うのは勿論、逃げることさえできはしないだろう。

 

「ナァァァァイスタイミングじゃねえかちゃんレヴィィィィィィ。出待ちでもしてやがったのかなあああああ?」

「私たちの目的はギルドの注意を向けさせることだ。力なき人々を虐殺する必要はないだろう」

「しない必要もないだるぉぉぉおおお? えへあへへへへ!!」

「……屑が」

 

 レヴィスは吐き捨てるように言った。どうやら、あの惨状はゲドの独断で起こしたものらしい。

 それが分かったところで、この状況は打開できない。しかし、レヴィスの不快そうな声がやけに耳に残った。

 

「……別段、2人がかりでお前を殺すことを卑怯だとは感じない」

 

 フィンに目を向けながら、レヴィスはそう言葉を続けた。

 

「だが、この男にこれ以上無用に人を殺させないと誓おう」

 

 フィンは軽く目を見開く。

 レヴィスの誓いは、まるで溶け込むように自然とフィンの胸に届いた。どこかの国の騎士のように、とても清廉な声色だった。

 一瞬だけ、目の前の女が冒険者の顔の皮を剥いだ猟奇殺人者ということを忘れてしまった。

 

「それで罪が軽くなると思っているなら、大間違いだよ」

「罪などどうでもいい。私がそうしたいからするだけだ」

「……そうかい」

 

 決して口には出せないし、出すつもりもない。だから心の中で、気まぐれだとしても、あの少女を殺させないと誓ってくれたレヴィスにほんの少し感謝した。

 フィンが槍を構えると同時に、レヴィスとゲドが襲いかかる。

 ゲドが羽の銃弾を飛ばし、レヴィスがその合間を縫うようにして大剣で斬りかかる。

 まともな連携をする気が一切見受けられないが、それでも脅威なのは変わりない。躱すだけで精一杯で、攻撃に転じる余裕なんてない。

 そして、遂にその時が来てしまった。

 フィンの首がゲドの右手によって掴まれる。即座に槍を振るおうとするが、レヴィスの一太刀によって槍の上半分が切り落とされる。

 ゲドの右腕が上がり、フィンは宙に持ち上げられる。フィンは左手で掴んでいた槍の残骸を手放し、ゲドの右腕を掴む。思いっきり握り締める。確かな手応えと、バキポキと骨が粉々に砕ける音がした。

 しかし、ゲドは痛がる様子を見せないし、首を握る力も弱まらない。ゲドの右腕の骨は粉々に砕けた直後に、すぐさま再生していた。

 

「たぁぁぁのしみだなぁぁぁ!! 小人ってのはどんな味がすんのかなああああ!!!」

「カッ…… ガハッ!?」

 

 息が吸えない。加えて、万力のような握力がフィンの首を圧し潰そうとする。

 左腕に力が入らず、糸が切れた人形のようにぶらりと体の横に落ちる。

 視界から色が抜け落ちてきた。

 ここで果てるのか。一族の復興も成し遂げられずに──。

 

「何だよ」

 

 

 

 

 ──ズチュ!

 

 

 

 

「ベル・クラネル」

 

 澱みない一太刀が死の運命を切り裂く。

 建物の上から落ちてきたベルが、重力を上乗せしてユキムラを振り下ろし、ゲドの右手を斬り飛ばした。

 彼が来るのがあと一瞬でも遅ければ、自分の首はゲドの右手で圧し潰されていただろう。

 ゲドの右腕が独楽のように回り、重力に逆らうことなく地面に落ちる。

 ベルは肩越しに振り返り、フィンの容態を確認する。右腕が血で染まり、力なく垂れている。どうにか、持ってきたポーションを渡さなければ……。

 

「おおいおいおいい!! 無視すんなよベル・クラネルぅぅ!! 人の右腕まで切っといてよおおおおおお!!」

 

 フードを被った男は切り落とされた自分の右腕を拾い、玩具のように弄ぶ。その声は心なしか、喜んでいるようにも感じた。

 ベルは意識を切り替え、目の前の敵に集中する。ふと、その敵が知っている誰かと重なった。自分はこいつを知っていると、そう確信できた。

 

「……お前は!」

 

 思い出した。リリルカを殺そうとしていた冒険者だ。名前はゲド・ライッシュだと、リリルカから聞いた。

 髪は色素が抜け落ち、様子が随分と変わっているが間違いない。

 

「るるるるるふるふるる!!!」

「ッ!?」

 

 ゲドが斬り落とされたはずの右手を前に突き出しながら、ベルに襲いかかる。

 斬り落としたはずの右腕がくっ付いていることに驚くが、そんなことを気にしている余裕はない。

 本能に身を任せ、迫り来る右手をユキムラで受け止める。

 ゲドの薬指と中指の間に、ユキムラの刃が食い込む。手が縦に真っ二つに切り裂かれるが、ゲドは構わずに腕を伸ばした。

 我が身を省みない強引な攻撃に、ベルは後方へ吹き飛ばされる。

 

「ベル君!!」

「フィンさん、これを!」

 

 ベルは吹き飛ばされながらも、バックパックからポーションを取り出し、フィンに向かって投げた。

 

「無視してんじゃねえよおおおおおおお!!!」

 

 追撃しようと、ゲドが距離を詰める。

 フィンが無事にポーションを受け取ってくれたか、確認する余裕なんてない。

 ブレーキ代わりに、ユキムラを地面に突き付ける。地面を切り裂きながらも、どうにか勢いを殺してくれた。

 地面に着地し、体勢を立て直す。

 

「ファイアボルト!」

 

 ベルの手の平から放たれた炎が、雷のような軌道を描いてゲドに直撃する。

 しかし、ゲドは止まらない。黒煙を置き去りにして、真っ直ぐ進む。炎で皮膚が黒焦げているが、瞬く間に黒焦げの皮膚の下から新しい皮膚が生える。

 鱗のような物体がゲドの左腕を覆い、その先からは巨大な剣のような爪が生えている。ゲドは爪を振りかぶり、ベルに向かって振り下ろした。

 

「はっはははっはは!!! つええ、おれつええ!!」

「っ──!!??」

 

 ユキムラで爪を受け止める。

 両腕に衝撃が走る。一撃が重い。どうにか防御することはできているが、明らかに力負けしている。

 廃教会から出る際に、春姫からウチデノコヅチをかけてもらった。今のベルは階位昇格により、Lv5相当の強さである。

 必然的に、ゲドはLv5かそれ以上の力を持つことになる。もしもLv4のまま挑んでいれば、爪を受け止めきれなかっただろう。

 

「ころすぅうううぅぅぅぅうう!!! おれをみくだしたやつらはひとりのこらずころすぅうううぅぅぅぅうう!!!!」

 

 ゲドは狂ったように吠える。そして、大きく腰を捻る。

 大振りの一撃が来る!

 ベルの予感通り、ゲドは勢いよく左腕の爪を横に薙いだ。タイミングを合わせ、ベルは上に跳ぶ。爪は虚空を切り裂いた。

 

「っああ!!」

 

 ゲドの左横を通り抜ける間際、左腕を斬りつける。

 地面に着地し、振り返る。

 ゲドが左腕を押さえて、醜く吼えていた。

 

「なんなんででなんでででなんでしねえええええええええ!!!! しにゃさあせえええええええええ!!!!」

 

 左腕の傷が回復を始めている。

 右手も傷口にくっ付けるだけで治した。ファイアボルトの火傷もそうだ。

 冷静な思考能力を失い、攻撃が雑になっている。その隙を突けば、攻撃に転じることもできる。しかし、この異常な再生能力の前では無意味だ。

 ダンジョンにいるモンスターよりも、こいつの方がよっぽどモンスターに見えた。

 他の冒険者の応援が来るまで耐えるか── 一瞬で命を奪えるような傷を負わせるしかない。だけど、人の命を奪うということは──!

 ぶわり、と風が巻き起こる音がした。ゲドの肩から黒い翼が生えていた。

 

「ああああべさん!!」

 

 風切り音。無数の羽がベルに襲いかかる。

 ベルが迷いを抱えたまま、戦闘は激化していく。




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