ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか   作:あるほーす

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独す

 

 ベルは今日、1人でギルドに訪れていた。

 アリマは個人的にダンジョンに潜っている真っ最中で、リリルカは用事があるらしい。

 少し寂しいけれど、ソロでダンジョンに潜るのも良い機会かもしれない。そう思いながら、受付へと向かう。

 

「あっ、ベル君!」

 

 後ろから声をかけられ、振り返る。

 

「エイナさん」

 

 ソファーに座り、手を振っているエイナがいた。

 もう1人、誰かがエイナの向かいのソファーに座っている。後ろ姿しか見えないから、誰かは分からない。だけど、見覚えがあるような……。

 

「ほら、こっちにおいで」

「?」

 

 おいでおいで、と手招きをするエイナ。

 首を傾げながらも、エイナの座っているソファーへと足を進める。

 エイナの向かいに座っているのは誰なのだろうか。確認しようと思い、顔に視線を向けると──

 

「ヴァレンシュタインさん!?」

 

 そこにはアイズ・ヴァレンシュタインがいた。アリマとは別のベクトルで、ベルが憧れてやまない冒険者である。

 

「どどど、どうしてヴァレンシュタインさんがここに……?」

「君に会いたかったから」

「!!??」

 

 予想外の言葉に顔を赤くする。

 つまりそれって、異性として!? あまりにも都合が良すぎる解釈とは分かっていながらも、そうとしか思えないのが男の悲しい性である。

 

「あ〜…… ベル君? ヴァレンシュタイン氏が君に会いたかったのは、アリマさんの一番弟子だからって意味で、多分そういう意味じゃないよ?」

「ですよねっ!」

「そういう意味……?」

 

 そうだろうなとは思っていたが、やはりショックというか、落胆してしまう。

 

「それじゃあ、私は仕事に戻るから。ベル君、頑張ってね!」

 

 エイナはそう言うと、ソファーから立ち上がり、受付へと戻っていった。

 楽しんでいる。席を立つときのエイナの顔…… あれは完全に楽しんでいる顔だった。弟の恋を応援する姉みたいに。

 ちらり、と受付を見る。仕事をこなしながらも、やはりバッチリとこちらを見ている。

 この場をセットしてくれたのはありがたいが、見られてると思うと気恥ずかしい。

 とりあえずソファーに座る。

 何も喋らないまま、時間は流れる。

 アイズの顔を見る。いつも通りの表情だ。つまらなそうにはしていないが……。とにかく、これ以上沈黙の時間が続くのはまずい。しかし、どんな話題を振ればいいのだろうか。緊張で頭が回らない。

 

「そういえば、初めて会ったときはアイズって呼んでいたよね」

 

 悩んでいる内に、アイズが先に話しかけてきた。しかも、初めて会ったとき、思わず名前呼びしたことについてだ。

 

「す、すみません! 馴れ馴れしかったですよね! あ、あのときはちょっと気が動転していたというか……」

「これからはアイズって呼んでいいよ。みんなにもそう呼ばれているから」

「!!??」

 

 顔を真っ赤にし、しばらくフリーズするベル。早よ、早よと急かすような視線をアイズは投げかける。

 当然嫌な訳がない。寧ろ、アイズと距離を縮める良い機会だ。言え。言うんだ。

 

「ア、アアア、アイズ、さん……」

「うん」

 

 情けないくらい吃った。しかし、それでもアイズは満足そうに微笑んだ。

 なんかもう、幸せすぎて吐きそうだ。

 

「アリマとの特訓、頑張っているみたいだね」

「あはは、どうにかくらいついていけてるって感じですけど……」

「どんなことをしてるの?」

 

 どんなことを……。

 やや俯き、口に手を当てながら、昨日のアリマとの稽古を思い出す。

 

「ええっとですね…… アリマさんのナルカミから何秒逃げれるかタイムアタックしたり、素手でオークの群れと戦わされたり、その最中にIXAで貫かれたりしましたね」

「……うわぁ」

 

 ドン引かれた。やはり、一流の冒険者からしても厳しい特訓らしい。

 それはそれとして、ドン引きしている顔でも美しい。

 

「私のファミリアにも、アリマに鍛えられた人がいるの。君の話を聞く限り、その人よりも厳しく鍛えられてるみたいだね」

「僕の他にもいるんですか!?」

「あっ、これ秘密だった」

「!!??」

「その人、あんまり目立ちたくないらしいから、アリマさんに鍛えられたことを他のファミリアに言わないよう、頼まれてたの。他の人に言っちゃダメだからね?」

「は、はい!」

 

 誰なのかすごく気になる。が、口止めされている以上、これ以上聞かない方がいいのだろう。

 

「ねえ、そんな辛い特訓をやらされて、アリマを恨んだりしないの?」

「そんなまさか! アリマさんと特訓する度に、自分が強くなっていくのが分かるんです。感謝こそすれど、恨むなんてしませんよ」

「そっか、君は凄いね」

「凄いのはアリマさんの指導ですよ。それに、アイズさんに比べたら大したことじゃ……」

 

 ベルの言葉を遮るように、アイズは首を横に振った。

 

「私は、選ばれなかった。多分それだけで、君は私よりも凄いんだと思う」

 

 その目は、どこか寂しそうだった。

 今まで深く考えてこなかったが、どうしてアリマはアイズやロキファミリアにいる他の優秀な冒険者を差し置いて、自分なんかを選んでくれたのだろうか。

 ちなみに、もしもアリマに直接聞けば、君がカネキきゅんに似てるからです、と心の中で答えてくれるだろう。

 

「ねえ、君にとってアリマはどんな人なの?」

「う〜ん…… 厳しさの中に期待というか、優しさを感じて。父親がいたら、きっとこんな人なんだろうなって」

「父親…… もしかして君、アリマの子?」

「あはは、まさか。あり得ませんよ。色んな人によく言われますけど、そんなに似てますかね?」

「うん、似てると思うよ」

 

 主に白髪とか、とベルの頭をじっと見つめるアイズ。やがて、品定めするように、ベルの全身を上から下へと見る。

 

「ねえ、少し手合わせしない?」

「へ?」

 

 裏路地を通った先にある広い空間。

 そこでベルとアイズは己の得物を引き抜き、対峙していた。ギルドから連れ出されて、ここに連れて行かれるや否や、いつの間にかこんな状態になってしまった。

 しかし、アイズの突飛な行動にも、ベルは自分でも驚くほど順応していた。結構な頻度で、アリマの似たような行動に巻き込まれてきたからだろう。

 

「いつでもどうぞ」

 

 それに、困惑よりも高揚の方が遥かに大きかった。

 ずっと憧れだったアイズ・ヴァレンシュタインと剣を交えることができるのだ。これで昂らない訳がない。

 アリマに稽古をつけてもらえるだけでも十二分に恵まれているのに、これ以上あってもいいのだろうか。

 

「いきます!」

 

 ベルは駆け出す。

 アイズとベルの距離が一気に縮まる。

 しかし、アイズは手を出さない。ベルの動きをジッと見るだけ。

 ナイフを振るうも、アイズの剣により止められる。反撃は来ない。ハンデだろうか。それなれそれで構わない。

 何合か斬り結ぶと同時に、剣を持っている左側の側面へ回り込む。

 アイズの武器は長剣。取り回しに若干のタイムラグがあるはずだ。そこを狙えば、優位を取れる!

 

「──っ!?」

 

 上体を後ろに倒す。

 次の瞬間、ベルの上体があった場所を剣が通り過ぎた。

 取り回しにタイムラグがあるはず。そんな考えを引き裂くような、鋭い一閃。

 甘かった。アリマじゃないからと、甘く見ていた。目の前の人物だって、十分過ぎるほどに特別なのだ。

 だけど、このまま終わるつもりもない。半ば倒れた体勢のまま、ヘスティアナイフを振るったが──。

 

「わっ!?」

 

 踏ん張っていたベルの足を、アイズは足で軽く小突いた。

 バランスが崩れる。ナイフは虚空を切り、そのまま地面に倒れこむ。

 すぐに起き上がろうとするも、剣の切っ先を突き付けられる。誰がどう見ても勝負ありだった。

 

「立てる?」

 

 アイズが手を差し伸べる。

 少し躊躇いながらも、ベルはアイズの手を取り、立ち上がった。

 遥か格上とはいえ、女の子に負かされ、手を差し伸べられる。自分が情けなく感じる。

 

「君の動き、アリマに似てるね」

「そ、そうなんですか? アリマさんに指導してもらってるから、似ちゃったんですかね。ちょっと嬉しいかも」

「もしかして対人戦を想定して鍛えられた?」

「対人、ですか? いえ、そんなことはないと思いますけど。普通にモンスターとしか戦ってないですし」

「そう……」

 

 何かを考え込むようなアイズ。

 ベルは少し不安そうに、アイズの考え終わるのを待つ。何か致命的な問題でも見つかったのだろうか?

 

「ううん、何でもないよ」

 

 こうして、アイズとの特訓は夜遅くまで続いた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 オラリオの中心に聳え立つ象牙の塔、バベル。その根元には人集りができていた。

 彼らは全員、ロキファミリアの冒険者である。今行われているのは、ダンジョン遠征の決起集会である。今回の遠征の目的は未到達の領域、59階層の到達だ。

 しかし、ここにアリマの姿はない。

 アリマが帰ってこないからだ。3日もすれば帰ってくると言っていたが、帰ってこないまま6日が過ぎた。

 しかし、ロキファミリアの面々はあまり重く考えていなかった。ふらっといなくなって、ふらっと現れるのはいつものことだ。

 それに、カドモスをダース単位用意しても、あっさりと返り討ちにしそうなのがアリマだ。心配するだけ無駄だろう。

 とはいえ、ダンジョンの遠征前に姿を消すのは初めてだ。どんな理由があるのかは分からないが、余程のことでない限りリヴェリアに説教は免れないだろう。

 混雑を避けるために、二手に分かれてダンジョンに潜ることになった。

 フィンの班には、ティオナ、ティオネ、ベート、リヴェリア、アイズといった主力メンバーが6人。そして第2軍の冒険者たちと、ラウルだ。

 この面子なら、上層のモンスターなど相手にならない。着々とダンジョンの奥深くへ降りていく。

 

「それにしても凄いよね、アイズ。Lv6になったんでしょ? また差をつけられちゃったなあ〜」

「そんなことない。みんなもすぐにLv6になれるよ」

 

 ティオナの言葉に、アイズは大したことじゃないように答えた。

 

「簡単に言ってくれちゃって……。まあ、確かにLv5で止まっている気はないけどね」

「うん、私たちも頑張らないと!」

「みんなも、ねえ。おいラウル。いつまでも2軍にいるお前じゃ、Lv6になるなんて難しいんじゃねえか?」

 

 小馬鹿にするような口調で、ベートがラウルに話しかける。

 ラウルがベートに視線を向ける。まるで水面のように静かな目だ。ベートの挑発なんてまるで意に介していないのは、火を見るよりも明らかだ。

 

「Lvなんてどうでもいい。俺は、すべきと思ったことをするだけだ」

「……ちっ、アリマの腰巾着が。つまんねえヤローだ」

「おい、遠征中だぞ。私語は慎め」

 

 途中で現れるモンスターを瞬殺しながら、奥へと進む。このまま何事もなく進めると思ったが……。

 

「団長、あそこに誰かいます」

 

 ティオネが指差した先に、怪我をした2人組みの冒険者がいた。

 

「どうしたんだい!?」

 

 フィンが急いで2人組みに駆け寄る。

 怪我こそしているが、幸い命に別状はなさそうだ。

 

「ぐうっ…… 赤い、ミノタウロスが現れて…… そいつにやられたんだ……。とんでもねえ強さだった」

「赤いミノタウロス? 君たちの他に襲われた人は?」

「向こうで、白髪のガキ…… 多分ベル・クラネルが襲われている」

「ベル・クラネルだって!?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、駆け出した人物が2人いた。その人物はアイズ、そしてラウルだった。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 ラウルとアイズが駆け出したほぼ同時期、ベルとリリルカはダンジョンの9階層を探索していた。

 

「……なんだか、今日のダンジョンはおかしいですね」

「うん……」

 

 出会うモンスターが少な過ぎる。それに、何か嫌な空気が充満しているような……。

 

「ベル様、今日はこの辺で引き返しても」

「ヴオオオォォォ!!!」

 

 ダンジョンに咆哮が響いた。

 たらり、と2人の背中に冷や汗が流れる。上層のモンスターにはない凄みを感じる。

 前方からモンスターが近づいてくる気配がある。

 薄暗いダンジョンの中、異様とも言える鮮烈な赤。辺りの空気が、ビリビリと音を立てて張り詰めるような錯覚を覚える。

 その輪郭が見えるようになってから、ベルは戦慄する。

 片方は折れているが、人を串刺しにできそうな強靭な角。まるで鎧のような分厚さの筋肉。間違いない、ミノタウロスだ。

 ベルにとって、ミノタウロスは特別なモンスターだ。

 初めて敵わないと思った敵。初めて死の恐怖を植え付けられた敵。アリマと同等に。いや、もしかしたらそれ以上に、そいつは恐怖の象徴だった。

 

「に、逃げましょう、ベル様!」

「ッ……!!」

 

 分かっている。今すぐ逃げないと、殺されるなんてことぐらい。

 今も尚、脳内にはひっきりなしに警告が鳴り響いている。だけど、足はピクリとも動かない。前方にいる化け物に目が離せない。

 どこから手に入れたのか、赤いミノタウロスは大剣を引き摺りながら、ベルたちへと突っ込んでくる。

 

「ベル・クラネルだな」

 

 何の前触れもなく割って入ってきた人影に、ミノタウロスの大剣が振り下ろされた。

 轟音が響く。

 ベルたちの目の前には、アタッシュケースでミノタウロスの剣を止めている男がいた。ミノタウロスに背を向けたまま、しかも片手で受け止めている。

 見覚えのあるアタッシュケースだ。IXAやナルカミを仕舞っているものと、非常に似ている。

 もしかして、この人が……。

 次の瞬間、腹部に衝撃が走る。そのまま吹き飛び、地面に滑り落ちる。

 

「ベル様!」

 

 慌ててこちらに駆け寄るリリルカと、片足を宙に浮かせている男が見えた。

 男に蹴られたと気づくのに、時間はかからなかった。かなり乱暴にだが、ミノタウロスから逃がしてくれたのだろう。

 遠くから足音が聞こえた。気づけば、ベルの目の前にアイズ・ヴァレンシュタインが立っていた。

 

「大丈夫? 今、助けるから」

 

 リリルカがベルの側に座り込む。

 

「良かった、ロキファミリアです! ベル様、ここは彼らに任せましょう!」

「……っ!」

 

 同じだ。アリマに助けられた、あの時の状況とまるで同じだ。

 また助けられるのか? 今度は別の誰かに。あんなにも、アリマの元で修行をしてきたのに。

 自分の心の底から、怒りの感情が溢れてくる。誰かにではない。他でもない自分に。

 ずっと守られてばかりいたら、目の前にいる人に、強くなれると言ってくれ師に、追いつけるはずがない!

 その感情は、ベルに立ち上がる力をくれた。

 

「ごめん、リリ」

「ベル様……?」

 

 立ち上がり、アイズの前を行く。ベルのその行動に、リリルカとアイズは驚きの表情を見せていた。

 

「ベル様、戻ってください! ダメです、死んじゃいます!」

 

 リリルカはベルの腰に抱きついた。ベルは足を止め、振り返り、優しくリリの頭に手を乗せた。

 

「行かせて、リリ。このモンスターは、僕が倒さないとダメなんだ」

「何を…… 何を言ってるんですか! 死んだら終わりなんですよ!! ベル様にもう会えないなんてなったら、私……!」

「あいつを倒さなきゃ、僕はきっともう前に進めない。いつまでも守ってもらうようじゃ、この先誰かを守れるほど強くなんて、なれやしないんだ。お願い、行かせて」

 

 こうなったときのベルは、誰よりも頑固になる。絶対に自分を曲げない。

 それを知っているリリは、涙を堪えたような表情で笑った。

 

「……約束してください。絶対に、絶対に帰ってくるって」

「うん、約束する。勝って、帰ってくるよ」

 

 アタッシュケースを持つ男は、ベルのその意気を汲んでいたのか、一度もミノタウロスに手を出していなかった。大剣の攻撃、角や拳を、全て紙一重で躱し続けている。

 ベルが前に進むと、ミノタウロスは攻撃を止め、ベルの方に目を向けた。あくまで狙いはベルらしい。

 その隙に男は退き、ベルは前に進む。

 ミノタウロスが雄叫びをあげ、ベルに攻撃を仕掛ける。振り下ろされる大剣。ベルはどうにかそれを躱す。

 

「何だぁ、おい。アリマのガキが戦ってやがるのか」

「そっか、あの子がアリマの……」

 

 遅れて、ベートたちもやって来た。

 赤いミノタウロスを相手に大立ち回りを演じているベルをじっと見る。

 

「Lv1の動きじゃないわね、あれ」

「子供だろうと、アリマが見込んだ男という訳か。しかし……」

 

 戦局はベルが押されている。

 見た目こそベルが派手に動き回り、ミノタウロスを翻弄しているように見えるものの、実際はそうまでしないと隙をつけず、何よりそうまでして攻めきれないでいる。

 いずれ体力が尽き、足が止まれば、容易く均衡は崩れるだろう。多少強引にでも、こちらから仕掛けるしかない。

 

「っ!」

 

 賭けになるが、やるしかない。

 覚悟を決めたベルは、ミノタウロスとの距離を一気に詰める。当然、ミノタウロスが棒立ちしてくれるはずもなく、ベルを迎え討とうと大剣を振り上げる。

 ミノタウロスに対して身体を半身にし、振り下ろされた大剣を躱す。もしも横薙ぎに振るわれていたら、甘んじて受けるしかなかった。地面が砕ける音がした。しかし、当たらなければどうってことない。

 ヘスティアナイフを持つ手を、ミノタウロスの胸部まで伸ばした。肉を切る感触。しかし、ヘスティアナイフが突き刺さったのはミノタウロスの腕だった。

 

(まず──)

 

 ミノタウロスはナイフが突き刺さったままの腕を強引に振るい、拳をベルの胸部に叩きつける。

 身体が浮く感覚。次いで、喉の奥から何かが湧き上がるような不快感。

 轟音と共に、ベルは吹き飛ばされた。景色が一瞬で遠のく。何も認識できなくなり、上下左右の感覚がなくなる。

 ダンジョンの壁に背中から激突する。

 そのまま地面にずり落ち、壁にもたれる。

 内臓を痛めてしまったのか、身体の内側が燃えるように熱い。口からは絶えず血が漏れ出している。

 胸部の装甲が消失している。致命傷は防いでくれたが、あまりの一撃に耐えきれず、砕けてしまったのだろう。次くらえば、間違いなく死ぬ。

 勝てないのか──? ベルの脳裏に、諦めの言葉が浮かぶ。

 

「ラウル、何を!?」

 

 誰かの叫び声が聞こえた気がした。

 顔の真横に何かが突き刺さる。

 それは剣だった。余計な装飾の一切が排除された武骨な剣だ。ベルには知る由もないが、その剣の銘はユキムラという。

 恐らく投げられたであろう方向に目を疾らせる。

 ロキファミリアの集団の中に、腕を大きく振り下げている1人の男がいた。彼が剣を投げたのだろう。

 何も見えなかった。もしもあの剣を顔に投げられていたら、頭が壁に縫い付けられていただろう。

 

「……」

 

 男は何も言わない。しかし、男の目が「その剣を使え」と言ってるような気がした。

 ベルは迷う。使っていいのか、この剣を。誰の手も借りず、このミノタウロスを倒すと決意したのに。

 ふと、アリマの言葉を思い出す。

 ああ、そうだ。どんな武器を使おうと、それが自分の力であることは変わりない。アリマの言葉が、ベルの迷いを吹っ切らせた。

 ヘスティアナイフを腰の鞘に仕舞う。そして、壁に刺さったユキムラを引き抜く。

 ズシリとした重量感が腕を襲う。見かけよりもずっと重い。だけど、この剣ならミノタウロスと斬り結べる。

 

「いくぞ、ミノタウロス……!」

 

 ベルの言葉に呼応するように、ミノタウロスは大きく吼えた。

 臆すな、進め! ミノタウロスまでの最短距離を全力で駆ける。

 ミノタウロスが石の剣を横薙ぎに振るおうとする。ほぼ反射的に、ベルは身体を前のめりに倒す。

 頭のギリギリ上を石の剣が通り過ぎた。当たれば確実に死んでいただろう。しかし、ベルの心は平静だった。

 そのままミノタウロスの懐に潜り込む。

 斬れるという確信があった。

 横一閃にユキムラを振るおうと、身体を捻った次の瞬間── ベルの視界が赤で埋め尽くされた。

 ミノタウロスの蹴りがベルの顔面に叩き込まれる。蹴られた勢いそのまま、ベルは後方へと吹き飛ぶ。3回ほど地面を跳ね、ようやく体が止まる。

 パンチよりも威力が乗っていなかったとはいえ、大ダメージには違いない。ボロボロの状態なら尚更だ。もう立つことは不可能だろう。

 

「ベル様ぁ!」

「……勝負ありか」

「いや、まだ早いみたいだよ」

「あ?」

 

 ベルはヨロヨロと立ち上がった。

 

「立ち上がっただと!?」

「嘘、どうして……」

 

 ベルの顔に傷はない。代わりに、ミノタウロスの右足からは血が噴き出ている。

 ミノタウロスの蹴りが顔に叩き込まれる直前、ベルは顔の前にユキムラを構え、どうにか直撃を防いでいたのだ。

 怒りに顔を歪ませ、ベルに近づこうとするミノタウロス。しかし、負傷した右足を地面につく。傷を負った右足では、マトモに動けない。

 ベルはミノタウロスの背後に回り込み、ユキムラでミノタウロスの背中を袈裟斬りにする。ミノタウロスは背後に拳を振り抜くも、ベルは既に距離をとっていた。

 

「あんな状態から、チャンスを手繰り寄せるなんて……」

「不屈の心、か。流石はアリマの一番弟子、面白いものを見せてくれるじゃないか。ねえ、ラウル」

「……ええ、そうですね」

 

 そう答えるが、ラウルにあるのは仕事が一区切りついたことへの安堵感だけだった。

 

 




 感想・評価ありがとうございます!
 更新速度が着々と遅くなってる……。俺の未熟め!
 ふと思いつきましたが、君の名はと東京喰種のクロスって面白そうじゃないですか? 具体的に言えば三葉難易度ルナティックモード。誰かやってくれねえかな |ω・`)スコリ

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