更新が滞っている間に仕事したり仕事したり
トナカイやったり仕事したりまたトナカイやったりウルク行ったり
仕事したりバルバトス狩ったりクリスマスに人理を修復したり
……まあ、色々ありました!
今話は丸々四巻分の範囲、原作読了前提で進めていきますので予め注意を。
「──一歩音越え」
踏み込みの音と共に消えた。もう見えない。目で追えない。
「──二歩無間」
殺気だけがビリビリと伝わってくる。
胸を穿つ刺突……防御は不能。
「──三歩絶刀──!」
そして、その牙が剥かれる。
ダンダラ柄の羽織を纏う、『誠』の旗を掲げる狼の集団……その中でも天才と呼ばれた剣客の牙が──。
「──直伝」
──全魔力を、この一振りに。
燕を斬るために全てを費やしたある剣客の極致の秘剣。直々に印可を得て、
一分ではなく、この一瞬に全てを込める。修羅の域を超え、羅刹の境地へ──。
「──『無明──三段突き』!」
「──『燕返し』!」
交差する、魔剣。回避不能の剣と防御不能の剣──どちらも、三つの剣閃を一度に放つという矛盾で成り立っている。
目で追えぬ一瞬ですれ違ったために、どちらが斬ったのかも判断がきかない。シン、と静まった一息の呼吸の内──残心を取ろうとする両者が動く。
「……ぐっ……!」
一振りに全てをかけた剣の代償で全身が血塗れとなった上、右肩に抉られたような痛みが走る。だらんとだらしなく右腕が垂れ下がり、もう剣を握ることもままならない。
「……やり、ますね……ゴホッ」
幻想形態での斬撃が入ったことを証明する、赤い魔力光。そしてそれとは別に、吐血して倒れこんでしまう。
魔剣と魔剣の激突は、今回は黒鉄一輝が振るった燕返しに軍配が上がった。
「お兄様、今治療しますから」
「いや、珠雫。僕は大丈夫だから。先にセイバーさんの治療を」
「大丈夫です。召喚するなり不意打ちをする人なんて、後回しでいいんです」
──それに倒れてもどうせカードに戻るだけですし、と一輝の戦っていた相手に辛辣な態度。
「そ、それはないですって仮のマスター……」
「黙りなさいセイバー。それでも音に聞こえた新撰組の侍ですか。正々堂々と戦うことも出来ないなんて」
「斬り合いに……主義主張なんて意味ないですし……ゴフッ」
不意打ち上等、斬ったやつが勝ち──実戦特化された剣術は、
それが彼女、
「僕らは騎士であってスポーツマンじゃないから。セイバーさんの言い分の方が正しくはあるよ」
ルールがあればそれに則ることは大事ではあるけれど、一応のフォロー。一輝の目的は騎士になることであり、七星剣武祭の優勝はそのための条件でしかない。実戦を目的にするなら、彼女のやり方は合理的なのだ。
……正しく、朔月英雄が貸し与えたサーヴァントの一体ということが納得いく。試合の場でより、戦場の方が効果的に活きる者たちが大勢いる。
体の傷の回復が済むと、一輝は何も描かれていないカードを取り出して胸に当てる。するとカードから魔力が供給され、雀の涙ほどの彼の魔力が一瞬にして最大量に回復した。
仕方ないといった様子で、珠雫はセイバーの回復もする。外傷はなく、病弱スキルの体調の悪化が原因なため、少し整えて回復した。
「いやー、不意打ちして負けるとか……情けないってもんじゃないですねー」
「いえ、天才剣士の剣腕、堪能させて頂きました」
「そう言ってくれると助かります……さすが佐々木小次郎を倒した人は、凄まじいです。マスターから戦ってみろって言われてやってみましたけど、正直
黒鉄一輝の剣の力量は、それを本職とするサーヴァントですら凌駕する。彼女を貸し与えた理由に、それを確かめる意味があった。
元々天然理心流の心得が一輝にあり、そこから派生された突きに一点特化した
「もう、縮地も三段突きも出来るんでしょう?」
「ええ。縮地は似た技術を知っているのでそれをもっと効率化すれば良いだけですし、あの三段突きも原理は燕返しと同じでしょう?」
「剣で勝てないってわかってて何故私を送ったと思ったらこういうことですか……。マスターの一輝さんの優勝させたい感はガチじゃないですかやだー」
鋭い殺気をぶつけて戦っていた時と打って変わって、年相応の少女らしい顔を見せた。この切り替えの激しい二面性に、一輝は少し苦笑する。
七星剣武祭に出場する破軍学園の生徒たちとボランティアコーチは、巨門学園との合同合宿をしている。
中でも黒鉄一輝は合宿初日からコーチに来た国内のプロ騎士三人全員を返り討ちにした。特別コーチとして招集しようとした『闘神』南郷寅次郎もまた修行で山に篭ってしまったことによって、彼の相手をすることが出来る者がいなくなってしまった。
このことを予測していたのか、珠雫は仮マスターとして一輝とステラの二人用にカードを渡されていた。その一つがセイバー沖田総司である。
そして……本来のマスターである朔月英雄は、この場にはいない。……それどころか、日本にすらいない。
「マスターはカルデアに戻るし、私は戦力外通告受けるし……そんなにマシュさんに会いたいんですか馬鹿マスター!」
「いや、多分戦力外通告はしてないと」
「それよりセイバー、最後部分詳しく」
「……あ、これ言ったらマズイことでした」
ハッとなって口を塞ぐも既に遅し。零してしまった言葉は盆に返らない。
『──この場にいないからって、何も聞いてないと思うなよお前ら』
セイバーの、そして珠雫の頭の中に響く彼からの念話。落ち着いてはいるが、声音から明らかに怒っている。
召喚されたサーヴァントの五感はマスターと共有可能である。セイバーの耳から拾った彼女の失言を、英雄は拾ったのだろう。
わかりやすくセイバーは顔を青くして、マスターと再会した時にどんな目に遭うのか想像できてしまった。
マシュ、という人名は彼にとって地雷らしい。かなり気になるが、十中八九彼の片思いの相手か何かだろう。
大人ぶっているあの男も自分たちと同じような子供だった。珠雫はそれを知って、少し笑う。
「……」
一輝は、自分の掌を視る。その行為に何か意味があるわけではない。
自分の中に、違和感がある。欠落がある。それを、なんとなくで感じ取っている。
その違和感も欠落も何であるかはわからない。だが、原因が何であるかは知っている。
この沖田総司との対戦で、はっきりと理解した。
(……今の僕には、本来過ぎた剣だったんだ)
佐々木小次郎から燕返し。沖田総司から縮地と三段突き。黒鉄一輝は、『
そのどちらも、人の技の窮極。本来天才と呼ばれるほどの剣客が数十年の研鑽の果てに行きつく境地だ。
……だが、黒鉄一輝には照魔鏡の如き観察眼を備えていたため、技術が理解できてしまう。肉体の未熟も僅かな伐刀者の才が補っており、一瞬であれば再現出来てしまう。
そう、再現が可能なのは一瞬だけ──燕返しも三段突きも『一刀羅刹』を使う時のみに限られている。
魔力に頼らない技だからこそ技術だ。
一輝には、百を優に超える剣術流派のバリエーションを持つ。それらを統合し改良して、彼固有の秘剣も開発している。だが、英霊の剣技は英霊の剣技そのままなのだ。一輝用に手直されてはいるが、組み合わせることができていない。佐々木小次郎の剣で戦う時は沖田総司の縮地を使うことはできないし、沖田総司の縮地を使う時は佐々木小次郎の剣を使うことができない。
──どのような意図で、どのような目的で、何を使い、何を磨き、何を思い、何を重ねたか──ある
過程を幾つか飛ばして結果を無理矢理得た弊害に、未熟なままに強力な技を得てしまった。一輝はこれを危険な状態と判断する。なまじ中途半端な伐刀者であったからこそ、欠落を抱えてしまったのだ。
(思えば、
────剣の深奥とは、剣が持つ可能性とは、己如きが極めきれるほど浅くはないはずなのだ。
今の自分で麓にようやく足を踏み入れた程度か。英霊たちの剣を知ってしまった今、断崖の果てにある光が見えたのだ。それさえ飛び越えてしまえば、自分はもっと強くなれるという確信がある。
素面で、燕返しを放つ。何の補助もなく三段突きを放つ。それが出来なければ七星剣武祭に出てくる猛者たちに対抗などできはしない。
相手は一流の伐刀者たち、超常の超人たちだ。ならば自分は自前の力で超人にならなければ話にならない。
欠けたものを、必ず拾う。一輝は大会前の課題を得て、少しでもその正体を見るために、少しでも動かなければ。
「セイバーさん、もう一戦お願いします」
「はい!私だって負けっぱなしは嫌ですからね!」
標高6000メートルを超える雪山に、ある施設が存在する。
詳しい場所は機密指定。研究内容が人理の存続というデリケートなもののため、国連傘下でありながら国連の影響力は極めて弱いという異端の組織。
人理継続機関『フィニス・カルデア』──その場所へ、彼は戻ってきた。
「カルデアよ、私は帰ってきたっ……てな」
霊長類の一員として認められ、ゲートを潜る。終業式終了直後に空港へと飛び出し、カルデアに到着したのは三日目。移動の疲れが、ここでどっとのしかかってきた。
所長をはじめとした同僚の職員たちに挨拶回りをして、自分にあてがわれた部屋で休む……と言いたいところだが、部屋の掃除もしなければならないだろう。埃がたまっているに違いない。
「……先輩、お帰りなさい」
喜色に満ちた声が、英雄を迎え入れた。
この場所で、自分を先輩と呼ぶ子は一人しか知らない。
「ただいま、マシュ」
この世界で唯一、彼女の前でこそ……朔月英雄は本来の自分を晒すことができる。
所長を始めとした同僚研究者、カルデアに残ったサーヴァントたちとの挨拶周りと、部屋の掃除も終わらせ……ベッドに座って体を休めた。
このまま寝転がってしまったら寝てしまう。彼女の前で弱った自分を見せたくないのは男の意地みたいなものだ。
──マシュ・キリエライトは、朔月英雄個人の助手というカルデアの中でも特殊な立ち位置にいる。
研究者としての手腕は能力によって天才である英雄と比べてしまえば秀才の域を出ないが……彼女の真価はまた別のところにある。
「先輩、見ましたよ。破軍学園の学内戦」
「ネットに流出したのか。最後負けたろ、情けないところ見せたな」
ドクターが動画見せたんだろうな、と思い当たる節がある。
七星剣武祭に出場する、というのはカルデアという国際組織にはとても小さいことだ。伐刀者先進国の一つの日本とはいえ、一国の学生騎士の大会など小さいことでしかない。
……だが、カルデア最大戦力の朔月英雄が出るというのなら、話は別となる。
「いえ、そんな……逆に心苦しかったです。先輩が戦っている時に私がいないことが辛くて」
「いやいや、流石にマシュを出すわけにはいか……いや、無理じゃないのか。マシュは俺のサーヴァントだから」
────そうであったなら一輝が相手であろうと完勝していた。
カードを貸与した疑似サーヴァント扱いではなく、彼女は朔月英雄の
もし彼女を日本に呼んでいれば、ルールに抵触しないで出場が可能であった。
そうしていれば……黒鉄一輝に勝つだけではなく、
……その場合は、マシュは破軍学園の生徒になるのだろうか。
「……悪くない。いや、むしろ良い」
「先輩?」
「あーでもダメだ。カルデアから出す理由がない」
破軍学園生マシュ・キリエライト。非常に魅力的な想像だが、実現は難しい。
そもそもマシュは、生身で今を生きているサーヴァントではあるが
サーヴァントが伐刀者並の力を発揮できるとはいえ、サーヴァントは伐刀者ではない。根底から存在が違うのだ。
「……それはもしかして、私のことですか?」
「ああ。破軍に入学できたらなーって思ってたんだが。ちょっと無理があるな」
「先輩と同じ学校……通えたら、とても嬉しいんですが」
「俺もだよ、マシュ」
一緒に学校に通えたら。ああ、それはどんなに素晴らしいだろう。
そうなれたら、毎度毎度カルデアに戻るために渡航する必要はない。マシュ・キリエライトが傍に居る。それだけで十分なのだ。
「ダメ元でドクターに頼んでみましょう」
「無理無理。いくらドクターが許可できても所長が許すか……」
「──良いわよ」
英雄の部屋に新たな入室者。ノックもなしに入ってきたのは、十代後半の銀髪の女性。
彼女こそ当施設カルデアの所長──オルガマリー・アニムスフィア。彼らの直属の上司だ。
「……良いって所長」
「マシュは本来学生の年齢よ。貴方と彼女がいなくたって、カルデアは回るわ」
「いやそうだが……」
「研究をするなとは言わないし、今回のように長期休暇の時に報告に来ればいいのよ」
「……わかった。日本で学生をするってことでいいんだな?俺も破軍を辞めるから……」
「何を言っているの?破軍に通わせるのよ、マシュを」
「伐刀者じゃないだろう、マシュは」
「似たような扱いよ、サーヴァントも伐刀者も」
それで通るのかと英雄は苦笑いを浮かべるが、それを通す手腕を彼女は持っている。だから若年でカルデアの所長を任されているのだ。
学生は学生らしく学校に通え──留年した英雄に彼女が言った言葉である。
そのせいで、カルデアから追い出されたのだ。
「……じゃあ、次の学期まで俺とマシュはフィールドワークで世界回るから──」
「そう。でも、旅行の前に戻った方がいいんじゃない?」
「そりゃそうだけど……わかった、まず日本に戻る、次にあっちでの生活様式を整える、それでいいなマシュ」
「はい、先輩」
「……そうそう、こっちが本題なのだけれど。貴方以外の
「……最初っからそのつもりだったんじゃねーか」
それを聞いてしまったら、朔月英雄は日本に出戻るしかない。カルデアで数日、研究資料の整頓をしようかなどと考えていた頭が吹っ飛んだ。
聖杯案件であるならば、マシュ・キリエライトは絶対に欠かせない。共に行動するのは自明の理であることは、カルデア内の誰であろうと知っている。
聖杯特化・対聖杯特化型サーヴァントである彼女とならば、英雄は最強だ。
大きく息を吸い、吐く。そして頭の中で組み立てるのは、覚えている限りの日本に着くまでのダイヤ……その最短最速ルートを数十秒の内に完成した。
「行くぞ、マシュ。今すぐにだ」
「先輩、休まないんですか?」
「移動中でも休める。所長、行くぞ。場所は」
この部屋についてからまだ中身を広げていないキャリーバッグを手に取り、疲れていた表情を消し飛ばして意気軒昂とした目を輝かせる。
疲れている余裕などない。そんな暇あるのなら足を働かせろ。
信用に値しない情報であろうと、冗談と悪意に満ちたゴシップであろうと、チラシ裏の書き殴りであろうと……聖杯というものが関わったのなら、動かずにはいられない。
そういう風に、朔月英雄は作り上げてきたのだから。
「日本の関東地域──破軍の近場、暁学園」
「……」
幻想形態のブラックアウトで気絶して倒れている加賀美を、有栖院は見下ろす。
自分が、この手で、刺した。
罪悪感を押し殺す。殺してはいない。この程度、なんてことはない。凶手としての仕事と比べてしまえば、些事に過ぎない。
「──だが、感触は違うものであろう。身内を傷つける手ごたえは」
「──っ!?」
反射的に振り返る。気配は感じていなかった。この場所には、自分と加賀美以外にいなかったはずだというのに。
闇に浮かぶ、白い髑髏の仮面だけがそのものの存在証明……。
「……もしかして、『聖杯』のサーヴァント?」
「如何にも」
聖杯──朔月英雄の下に存在しているサーヴァントであると、返事が返る。
アサシンのサーヴァント、呪腕のハサン。英雄から留守番を任された者である。
その気配遮断能力は同じ暗殺者である有栖院ですら感じ取れていなかったほどのもの。その力量は、雲の上を遥かにいくもの。
だが、こうして姿を見せた時点で、暗殺の意味はない。このまま潜んでさえいれば、いつでも有栖院の命を狩り取れたのだから。
「
「……いつから?」
「──主殿の言葉を借りるならば、『最初に二人で話した時から』だそうだ」
(あの時、視られていたのは私の方か……)
あの桐原静矢を話題にした時からずっと、英雄は有栖院凪が『解放軍』に属する暗殺者であることを察知していた。
英雄を聖杯と知って観察していたが、逆に観察されていたのは有栖院の方。人を視る眼に関していえば、一枚も二枚も上手であった。
聖杯のことを暴露した時に有栖院がいたのなら、形振り構わずに英雄は姿を晦ましていた。有栖院がその気ではなくとも、有栖院から通して『解放軍』に知らされることを恐れた。
朔月英雄は『解放軍』に対して憎悪を隠さない。それは彼の経歴を知れば考えるまでもない。姿を晦ましてからの空白の二年……それは、朔月英雄の復讐期間であったのだから。
潰した支部の数は両手の指の数では足りず、その手口は嵐に見舞われたかのように何も残さないことから『
「それで、私をどうするつもり?」
「『どうもしない』──というのが、主殿の言葉であり、命令だ。悪戯に傷つけない限りは、何もしない」
「かがみんはどうなの?」
「主殿が貴様如きの策を見抜けぬと思ったか?」
「……本当、よく見ているのね」
破軍を襲う者らに、叛逆の一矢を。
戦力において、圧倒的な開きがある彼らに勝ち目があるとすれば、不意の一撃のみ。
そのためにも、本当に騙されているという証が必要になる。敵を騙すには、まず味方から。加賀美には、そのための布石になってもらう。
……そう考える有栖院の策を、英雄は見抜いていた。
「……ふむ、心得ましたぞ」
念話にて、マスターたる英雄と言葉を交わし、アサシンは頷いた。
「主殿がここに来る。それまで堪えろとのことだ」
その言葉を聞いた瞬間、有栖院の顔から血の気が引いた。
朔月英雄の裏の顔を知るからこそ、この状況下で彼が来ることの意味を知っている。
仮初とはいえ、破軍は英雄の属しているところだ。そこに襲撃をかけたとなれば、それは騎士の決闘ではない。
それは──朔月英雄が最も得手とするもの。理不尽な暴力こそが賛美され、悪辣こそが王道である人界の地獄──。
「引き返すように言ってくれないかしら?英雄、聞いているんでしょ?学園を焦土に変える気?」
「『あちらさんが仕掛けて来てくるなら、その流儀に沿うまでだ。要するに、
アサシンの口を通して語られる、英雄の言葉。その口調は静かではあったが、怒気が隠れていない。完全にキレているのだと気付き、有栖院は顔を覆う。
……どんな結末になろうと、明日から破軍学園は消滅する……その覚悟をした。
朔月英雄を最強足らしめる戦場を、生んでしまったという失態。戦争という状況にもっていってしまったという悪手。
──それが、暁学園の唯一にして最大の失策であった。
──強い、そう思わざるを得なかった。
黒鉄兄妹の長男にして、日本人学生騎士唯一のAランク騎士──黒鉄王馬と対峙する東堂刀華は息絶え絶えにほぼ無傷の彼を見上げてしまう。
彼を中心とした暁学園を名乗る、七の騎士学校から離れた七星剣武祭代表騎士の集まりは、破軍学園を襲撃。生徒会メンバーは迎撃するも、全滅。
捨て身の特攻技『建御雷神』で、ようやく血を滲ませる程度。勝負が成立していたかどうかすら怪しいものだった。
こんなものでも傷は傷。約束通りに、黒鉄王馬は彼女に対して本気となる。
「『
暴風を纏った剣が、彼女に振り下ろされようとした瞬間──。
「突貫しろ、『シールダー』!」
「はいっ!」
──横っ面から不意を打たれて、王馬は伐刀絶技を放つ前に弾き飛ばされた。
ダメージは皆無。殺傷を目的とするものではなく、飛ばして間合いを開かせるための攻撃であった。
「……
「おう、
刀華を庇うように、前に出るのは日本へと帰国した朔月英雄。傍らに立つ鎧姿の大きな盾を持つ女の子は、今しがた王馬を吹き飛ばした子だ。
「貴様……」
「聖杯か」
英雄を聖杯と呼ぶということは、彼が願望器であることを知っているという証拠。
朔月英雄であると認識した瞬間、この場の暁が、全員眼の色を変えた。
誰もが、聖杯と呼ぶ。朔月英雄と名前で呼称する者は誰もいなく、モノとして扱われていることに嫌悪する。
「そんなに欲しいか、
その返答に、真っ先に答えたのはチェーンソー型の固有霊装を振るう多々良幽衣。背後からの急襲という形であるが、言葉にせずとも雄弁に語っていた。テメェは、殺して手に入れる──殺意と欲に満ち溢れた眼が、ありありと表していた。
──聖杯は、英雄が死した後でも取り出せる。『解放軍』はそれを一度実践した者たちだ。
仕留めた者は、『解放軍』内でも高い地位を約束される栄誉を与えられるだろうが、この場にいる英雄を狙う者たちは独占を考えている。自分だけが、願いを叶えるために使おうとするだろう。
「それが返答か」
傍らに立つ盾の少女は動かない。動く理由がない。
マスターである彼が戦場に立った瞬間から……彼らは詰んでいる。それを誰よりも知っている。
「……っが!?」
こめかみを射抜く一矢。チェーンソーの回転する刃が英雄の首に添えられる前に、多々良は大きく弾かれて飛ばされた。
弓矢による攻撃。だが、速度と威力が弓のそれではない。伐刀絶技がギリギリ間に合ったとはいえ、反射されてなお吹き飛ばされる破壊力。
「どこから……!」
「ん」
指差した方向は、燃える校舎の屋上。よく見れば、そこには小さな人影が……。
そう目を凝らした瞬間に、矢が彼女の眼球を射抜いた。
辛くも反射出来たが目を瞑ってしまった。瞼で塞がった一瞬の死角を、見逃さない影があった。
「苦悶を溢せ──『
「──な、にっ……!?」
多々良もまた、『解放軍』の暗殺者。そうあるべくして育てられ、そうなるべくして育った。若年ながらも、一流の暗殺者の類には違いない。
……だが、朔月英雄が擁する
黒衣の、髑髏の仮面を被る暗殺者の異形の右手……その掌にある幻想で編まれた心臓を握り潰すと共に、多々良幽衣の心臓も喪失した。
「流石、アサシン。二流とは大違いだ」
「瞬きの間に殺したまでのこと。造作もないことです」
英雄の背後に控えるアサシンは、英雄の留守を守っていた呪腕のハサンだ。既に召喚していたサーヴァントであり、召喚時の隙を生まなかった存在だ。
狙撃をしていた者と同じく、既に召喚したサーヴァントに、隙も何もあったものではない。校舎から矢を放ってきたサーヴァントは、恐らくここに来るまでに英雄が召喚したものなのだろう。
多々良を早々に倒され、聖杯の麾下に三体のサーヴァント。数の上で未だ勝っていようと、そんなものは何の意味もなさない。
──状況は、最悪。完全にペースを握られている。暁の面々はそう認めざるを得なかった。
「──ああ、それと。頭上注意だ、悪く思え」
空が、暗くなる。夕焼けで日が暮れてかけていたとはいえ、急に夜になるなどありえない。
指摘されて見上げれば……夕焼けの朱が三、闇の黒が七と覆っていた。
その闇の全てが、放たれた矢であることに気づいたのは間もなくだ。
矢は、全て英雄たちと動けぬ生徒会メンバーを避けて、驟雨のように降りそそぐ。
こんな技を可能にしているのは、弓矢作成スキルを持つ者に限る。魔力が続く限り、矢は尽きない。
校舎の屋上で矢を放っている
彼の矢は、比喩抜きに大地を割る。コンクリートの地面を容易に貫き、矢羽まで深々と突き刺さる。そのような矢の雨を、暁の面々は各々のやり方で防ぐなり回避する。
黒鉄王馬は風で逸らし弾き、風祭凛奈は騎乗するスフィンクスなるライオンの咆哮とメイドのシャルロット・コルデーの伐刀絶技で防ぎ、サラ・ブラッドリリーは盾を具現化して隠れ、紫乃宮天音はおっかなびっくりで偶然が重なって避け続けている。
その様子を、英雄はつぶさに観察。戦力の程を読み取った。
結論──負ける要素はない。
が、それでは意味がない。
この三体のサーヴァントだけでも勝利は可能。可能なだけで、意味がない。聖杯が勝った、それだけの内容が残る、いつものような結果になる。
戦争を仕掛けて来た者らには、戦争を以てしてすり潰す。
戦争の
「マシュ、召喚陣構築」
「はい!触媒をセットします!」
────戦争とは、
コンクリートを砕いて突き立てられた盾を中心に、幾何学模様の円陣が敷かれる。
それは、召喚陣。この世界と別の世界を繋げる門の役割を果たす。
そこに英雄は数百以上のクラスカードを展開。それら全て、英雄に付き従ってくれるサーヴァントたち……その総数である。
「『
……その全てに、サーヴァント召喚。
召喚の呼び水として使う魔力は、英雄のもの。維持は聖杯がするとはいえ、この大規模な召喚では呼び出すための魔力が足りない。
だが、触媒はそれを補う。以前、
特に、マシュの盾は英霊という概念に対しての超絶の触媒になる。一騎当千の騎士たちが囲んだ
……召喚に必要な魔力量はごく僅かに抑えられ、半径数十キロ圏内であればどの場所でも召喚可能な範囲……さらに、通常十秒は必要とするタイムラグも、コンマ三秒にまで短縮される。
辺り一面に瞬く召喚光。数百単位の同時召喚は、英雄の中でも久しいもの。
──かつて、『嵐の王』と呼ばれていた
騎士がいた。戦士がいた。兵士がいた。将軍がいた。軍師がいた。王がいた。皇帝がいた。女帝がいた。女王がいた。貴族がいた。半神がいた。分霊がいた。悪霊がいた。妖怪がいた。怪物がいた。民がいた。狩人がいた。奴隷がいた。侍がいた。忍者がいた。僧侶がいた。海賊がいた。聖人がいた。科学者がいた。文学者がいた。密偵がいた。処刑人がいた。殺人鬼がいた。魔法少女がいた──。
いずれも、世界の歴史に名を遺した英傑。それらが英霊となり、サーヴァントとして英雄に付き従っている。
一人一人が雑魚ではない。一人一人が強力なサーヴァントたち。この中から数人選出しただけでも、英雄は暁を圧倒できる。それをあえて出せる全力を吐き出したのは、ただ倒すのでは飽き足らないから。『解放軍』に、『嵐の王』は健在であるという警告のためだ。
「皆殺しだ」
暁が挑むのは、絶望。暴力そのもの。
暴風も、架空の幻想も、運も、主従も、全てを踏み潰す。
彼らはようやく、仕掛けた相手がどういう存在であるのかを思い知ったのだった。
──剣戟の音は、雷音の如く轟く。
白き衣装を纏う双剣の剣士、『比翼』のエーデルワイスは目を見開いて驚いていた。
対峙した学生騎士……破軍のFランク騎士、『
世界最悪の犯罪者にして世界最強の剣士の名を持つエーデルワイスの剣は、一介の学生騎士がどうにか出来るほど安いものではない。彼女に対して相対は死を意味する。剣による近接戦闘など無茶無謀を通り越して、選択肢にすら挙がらない。
無論、彼女とて全力ではない。だが、剣撃を合わせる度に伝わるのだ。
エーデルワイスでは不可能な剣を、黒鉄一輝は可能にしていると。
「……はは」
一輝から、笑みが、こぼれた。
彼女の剣を受け、至るところが傷だらけ。致命傷こそ避けているものの、失血と体力の消費は馬鹿にならない。
切り札たる『一刀修羅』は戦闘開始直後から発動している。とっくに限界時間の一分は迎えているが、消費した端から聖杯からの魔力供給で補われている。一輝の体が壊れない限りは、永遠にそうしていられる。
試合では反則だが、これは実戦だ。そして相手は世界最強の剣士。卑怯もクソ言っていられない。使える全てを総動員してようやく遊ばれる前提で勝負が成り立っている。
死合の最中で失礼なのだろうが、笑わずにはいられなかった。死線を潜る高揚感からではない。
運の悪さには自覚があった自分が、こうもあっさり欲しがっていたものが見つかった好機が、嬉しくて仕方ない。
「……何か、可笑しいことでも」
「いえ、欲しいものがようやく手に入った時って、どうしても笑いが込み上がるものでしょう?」
「理解は出来ますが、その欲しいモノとは?」
「『
二分。彼らが剣を合わせてから経過した時間だ。
佐々木小次郎と沖田総司の剣を盗み取った一輝にしてみれば、エーデルワイスの剣を盗むのにも十分な時間だった。
「では……試させて下さい」
────他ならぬ『
陰鉄を下ろし、一見無防備な無形の構え。脱力が極まった形にして、今の一輝が出し得る最高の状態。
堂に、入っている。その姿を見ただけで、彼が自分の剣を会得したのだとエーデルワイスは理解させられた。
──瞬間、音もなく一輝は彼女の背後に回っていた。
「っ!?」
首を落とす、二振り。それに対して瞠目しながらも双剣で防いだ。
背後に回る速度も、気づかせない隠行も、まだ納得はいく。比翼の剣はそれを可能にする。彼の培ってきた剣であれば可能だ。だが今のは何だ。
同時に、二つの斬撃。自分のような二刀流なら説明はつくが、彼は一刀。そんなことは普通起こりえない。
ならば伐刀絶技か。否、勢いよく出る魔力に変化はない。強化倍率は限界が振り切れているが、所詮は何の変哲もない身体強化だ。ただの技量のみで、この現象を起こしたのだ。
「……違うな。まだ噛み合わない」
一輝は首を横に振る。まだ、こんな程度ではないと、イメージに修正を施す。
第七秘剣『雷光』と縮地を比翼の体技で組み合わせて背後に回り、『燕返し』で斬ろうとしたのだが同時に放てたのが二つだけ。完璧に決まっていたらそこで首を落とせていたイメージだった。
尋常ではない難易度……だが、可能であるという確信があった。
佐々木小次郎の剣も、沖田総司の剣も、エーデルワイスの剣も、今までに積み上げてきた剣も……一つに束ねて一刀とする。自分は、それを振るう修羅である。
「シッ!」
第四秘剣『蜃気狼』プラス比翼の剣プラス縮地……いくつもの分身がエーデルワイスを囲み、惑わしていく。眼で追うのはすぐに彼女は諦め、一瞬の殺気を感じ取るために気配を張り巡らせた。
「第一秘剣──」
そこに、自身の最大の破壊力を誇る一撃……第一秘剣『犀撃』をエーデルワイスの右斜め後ろから放つ。
だが、迎撃は間に合う。彼女にとっては、この程度は切っ先で受け止められる程度の一刺……。
「っ」
──を、咄嗟に回避。
ただの強力な突きではないと直感的に判断、この場から動かなかったエーデルワイスが初めて
「──『犀撃』改め、『
……全くの同時に、『犀撃』が三つ放たれた。
要領は燕返しと同じ。狙い定めた三点に向けて、『犀撃』を放つ技だ。単純に、破壊力は三倍に跳ね上がっている。
それは最早今を生きる犀の一撃ではなく、太古に生きた
そしてその三つの突きを一つに重ねれば、万物を突き崩す三段突きと化す。
「……うん、わかってきた」
比翼の剣技を完璧に体得して、やっと気づけた。
ただ、その使い方が違っていただけ。全くのロスなく100パーセントの力を加速抜きに最大速度を発揮するのが、彼女の剣技。それを使うには、筋骨血管神経臓腑の全てを完全な
佐々木小次郎も沖田総司も、この技術の一部分を使っている。後は鍛錬と才能で通常ではありえない秘剣を実現させたのだ。
比翼の剣は、かの剣豪たちとは違って基礎を徹底してなぞり、無駄を削ぎ落として突き詰めた先にあるもの。であるならば、剣と剣を噛み合わせる歯車としての役割としては至上のものだ。一輝の体得していたありとあらゆる剣技は全て飛躍的に性能を高め、今までに不可能であった秘剣同士の組み合わせという絶技すら可能になった。
一輝の『模倣剣技』は剣の理の枝を辿って、ようやく英霊たちの剣の真髄に辿りつくことが出来たのだ。
(沖田さんをぶつけてきたのは……英雄め、僕が彼女と当たるのを見越してたな)
それは今ではないだろうが、いずれエーデルワイスと対決するのは必然だっただろうと朔月英雄は読んでいたに違いない。だから、佐々木小次郎と沖田総司という二人の剣客を一輝にぶつけて、対『比翼』用のヒントを与えていたのが真の狙い。燕返しと三段突きを習得するのはあくまでついででしかなかったのだ。
黒鉄一輝が、どこまでいくのか見てみたい。誰よりも、その熱に浮かされているのは朔月英雄なのだ。
蒐集家にして、収斂家。剣客としての黒鉄一輝を評すなら、これに尽きる。最強の剣士を作り上げたいのなら、ありとあらゆる武芸者を彼と戦わせればいい。技の数々を盗み取り、改良して一つに束ねて一刀とする。それを可能にする
重ねるが、朔月英雄は最強の
カードを用いたパッチテストの被験者という意味ではなく……
幸い、手持ちの
(ああ……本当、今失礼な顔してるんだろうな)
斬り合いの最中というのに、こんな満面な笑みを浮かべて。
比翼の剣という翼を得て限界という断崖を超えた今、眼に映るは剣における無限大の可能性だった。
伐刀者として持っているモノが余りにも少ない一輝にしてみれば、この可能性は希望であり、未来だ。
まだ強くなれる。まだまだ、強くなる。そう知れた喜びは、計り知れないものだ。
(……元服して間もない学生騎士が、こんな顔をするなんて)
────まるで修羅。正しく、修羅。
エーデルワイスのことなど、命を脅かす脅威などと欠片も思ってなどいない。強くなるための壁、近場にあった手頃な剣客としか見ていない。
手に持つ固有霊装さえなければ、その顔は新しく買って貰ったオモチャで遊びたいと喜びを露にする童のように純粋だ。
本気で殺す気になれない。本来なら、比翼の剣を会得した段階で戦う必要がなくなったのだ。動作に移る前の読み合いで千日手になり、互いに動かなくなる。黒鉄珠雫が有栖院の救出のための必要な時間稼ぎは可能になり、エーデルワイスの足止めという意味ではその時点で達成されるのだ。
一輝もそれはわかっている。だが、それでも試さずにはいられない。
世界との、距離を測りたい。妹の為ではなく、自分の為だけに。
(いいでしょう。本気で遊びに付き合ってあげますか)
エーデルワイスもまた、薄く笑みが浮かぶ。
彼がどこまで行くのか、興味をそそられ見てみたくなった。そういう魅力があるのを、素直に認める。
剣と剣の舞踏は、続く。
「残ったのは、お前だけかパシリ」
「……っ」
それはもう、勝負とも言えない虐殺だった。
暁の面々は、黒鉄王馬をただ一人残して全員が倒れ伏せている。その王馬すら、固有霊装の龍爪を支えにしてどうにか立っている状況だ。
英雄とその配下サーヴァントは一切の傷はない。ただ、彼らは遠距離から攻撃を放っただけなのだから。
「死ね」
「待った、朔坊。そこまでだ」
待ったをかけたのは、西京寧音だ。
大阪から破軍学園まで走って来て、今ようやく着いたのだ。
「止めるなよ先生。仕掛けたのはコイツらだ」
「ここでやるのをもうやめろってことだよ。周り見ろよ、火の海だろうが」
「知るか」
無視して、英雄は亀裂の走ったセイバーのカードを握り潰した。
──『
それは
「『無銘・剣』」
しかし切れ味と破壊力は本物。振り下ろせば呆気なく王馬の首を落とすことができる。
「『黒刀・八咫烏』!」
それを寧音は間に割って、鉄扇に纏わせた重力の刃で受け止め、逆に砕く。
彼女の技が強力なのもある。『無銘・剣』は剣の概念こそ付与されてはいるが、物質ではなく純粋な魔力の塊でしかないので脆いのだ。
その上一度きりの使い捨てでしかなく、割に合わない。普通にサーヴァントに繋がったカードを使った方が確実で効率的であるため、滅多に使わない代物だった。
「……白けた」
やる気が完全に失せた。
暁学園の連中をどうこうしようとする気にはなれなかった。英雄にここまで圧倒的な敗北を喫した時点で、既に彼らは詰んでいる。
破軍学園を蹴落として七星剣武祭に出場するという目論見は、完全に破綻したのだ。
「惨めに這って帰れ、雑種共。それが負け犬の礼儀だ」
ルール無用、和睦も講和も何もない、片方が滅ぶしかない戦争に負けたらそうなるのが習いだと……路傍に転がる猫の死骸を見るような目で彼らを俯瞰する。
しかし、黒鉄王馬はそれに従うほど利口ではない。あくまで、徹底抗戦の姿勢は崩さない。
未だ、眼は死んでいない。
これ以上やる意味がないというのに、その態度が英雄を苛立たせた。
習いなのだから、それに倣え。それが嫌ならば──。
「『
────ここで、死ね。
いつの間にか握られていたアーチャーのカードを自分の胸に押し付けた。それ自体は何もおかしくはない。サーヴァントのストックは未だ数知れず。カードの出し入れなど自在なのだ。
問題は、英雄に協力的なサーヴァントは全て召喚済みの状態で、新たにクラスカードを出したということ──。
黄金の鎧を纏い、髪を逆立てて、眼の色も青から赤へと変化している。
右手には、円筒が三つ重なった剣のようなものが握られていて──。
「『
この一帯全てを無に帰す……それこそ、自分のサーヴァントすら巻き添えにする破壊力を秘める。
撃たせたら、英雄以外全員死ぬ。寧音はとっさに英雄の右腕を切り落とすつもりで重力の刃を振ろうとするが……。
「そこまでです、先輩……いいえ、英雄王ギルガメッシュ」
その前に、マシュを初めとしたサーヴァントたちに、英雄は組み伏せられた。
盾で押しつぶされ、聖剣が首に沿えられ、矢が番えられた弓を向けられている。マスターといえど少しでも不審な動きをした瞬間に、容赦なく手を下す。
否、既にもう朔月英雄ではなく。彼の体を乗っ取っているものの正体を、サーヴァントたちは理解している。
「おのれ、雑種共が……!」
「正気に戻れ、マスター。いや、大人しく出て行って貰おうか英雄王」
赤い弓兵は、英雄の中にいるものに忠告する。
夢幻召喚したサーヴァントの正体……古代ウルクの王、英雄王ギルガメッシュに。
数あるサーヴァントの中でも最強に数えられる英霊の一体であり、そして同時に英雄が制御を放棄して封印するに至った厄介者であった。
表に出たのなら、お互い殺し合いにしかならない。それだけ英雄はギルガメッシュを疎んでいて、ギルガメッシュは英雄に殺意を抱いている。
マスターとサーヴァントとの殺し合いなど、マスターが死なぬ限りはサーヴァントは不滅であり、マスターが死ねばサーヴァントも消滅を免れないため不毛なものでしかない。
だから英雄は他のサーヴァントを抑えに使って厳重に封じていたが、この一斉召喚でその抑えがなくなった。
「ぐっ、がっ、ぎっ…………!」
英雄の眼が、赤と青に明滅している。
ただ黙って、体を明け渡しているわけではない。いくらギルガメッシュが規格外の英霊だとしても、肉体は元来自分のものなのだから優先されるのはマスターの意思だ。
右手の、乖離剣を握った手の甲の令呪が輝く。マスターとしての、サーヴァントに対する特権の行使。
「ギルガメッシュに……令呪三角重ねて命ず……!すっこんでろっ!!」
英雄からカードが飛び出し、消滅する。黄金の鎧も逆立てた髪も赤の眼も元通りになるが、疲弊が隠せない状態だった。
もうまともに動けない。ほんの少しでも緩めてしまえば意識が呆気なく切れる。
マスターが気を失ってもサーヴァントの現界は維持されるが、英雄は決してそういう弱みをサーヴァントの前では見せない。マスターとしての、そして英雄の意地が、そうさせている。
「出て……行け……!」
青い槍兵により、王馬は蹴り飛ばされて破軍学園の校門の外へと追い出された。彼を追うように、倒れ伏していた暁の面々も同じように投げ飛ばされる。
彼らが地面に落ちて転がる寸前に、中空で静止した。よく目を凝らせば、魔力の糸が繋がっていて彼らは吊り下げられていた。
その糸の主は、メッセンジャーとしてこの場から離れていた平賀玲泉。戦闘に参加しなかった彼は、唯一暁の中で無傷で済んでいた。
「テメェも……やるか……?」
気力で立ち上がり、震える膝を抑えつけ、最後に残ったピエロに殺意を込めた目線を放つ。
マスターである英雄は脅威ではない。脅威なのはそれを取り巻くサーヴァントたち。
それでも、もし英雄一人だとしても、平賀はやりたくないと感じさせた。
「いえ、やめておきましょう。門の中に一歩でも入った瞬間に死ぬのが見えてます」
慇懃無礼な口調は崩さずも、警戒は怠らない。それをやったら
……暁の皆は、幻想形態によって生かされていた。心臓を潰された多々良幽衣も、無数の剣に串刺しにされたサラ・ブラッドリリーも、必殺の投槍に狙われた風祭凛奈も盾となったシャルロット・コルデーも、涙を流して痙攣しながらあり得ぬ幻を見続ける紫乃宮天音も……。
一度目は手心をした、再び跨ぐのであれば殺す。
暁学園は崩壊している。大人しく尻尾巻いて退散するのが最良の選択だ。
「まだ、だ……!」
そんなことは関係ない。まだ負けてない。そう言わんばかりに、黒鉄王馬は魔力の糸を引きちぎりって立ち上がり、破軍の校門を潜ろうとする。
────何だかんだでやっぱりアレと兄弟だ。その面構えが、苦境に挑む眼が、重なって見える。
「おめーらそもそも帰れると思ってんのか」
寧音の伐刀絶技『地縛陣』が暁全員を拘束。立ち上がった王馬も無傷の平賀も、地に伏せる。
器物破損、傷害……普通に犯罪な上、破軍学園に襲撃という大それた真似をした上で、彼らは同じ生徒を相手に敗北した。
「とりあえず全員お縄だ。こんだけのことをしくさったんだ、覚悟出来てんだろーな」
負けたらどうなるかなど、彼らが一番わかっていなければならない。
暁全員の魔力が引っ込み、驚異がなくなったと判断した後に、英雄はサーヴァント全てを『
ほぼ同時に、気力が限界に達して英雄は意識を失う。倒れる彼をマシュは支え、抱きしめた。
「お疲れ様でした、先輩」
二人の剣戟の舞踏は、終わりを迎えようとしていた。
世界最強の剣士『比翼』のエーデルワイスは、息絶え絶えに、目の前の
伐刀絶技『一刀修羅』は、極僅かな魔力を限界を超えて吐き出して、ようやく並の伐刀者と同レベルの力を一分間だけ発揮することができる欠陥技だ。超絶の身体能力と技術を持つ黒鉄一輝が振るって初めて力を発揮する。
Fランクという才能に恵まれない『落第騎士』の、伐刀者として極限の到達点。黒鉄一輝は、身体能力で足りない魔力を補っていた。
だが、ここで本来なかった魔力が聖杯から補給された。すると、英雄が想定できていなかった変化が、一輝に起きていた。
ほぼ無制限の魔力供給。消費される端から補充され、常に魔力が体に満ちている。
そのような感覚は一輝本人も覚えのないことであったが、構わず『一刀修羅』を継続して発動させた。目の前の世界最強の剣士を相手に、余力の欠片もありはしないのだから。
……結果、消費する魔力量は増える一方で……時間の経過と共に一輝の身体能力は上昇し、消費魔力量も跳ね上がっていった。
戦闘開始から十分が経過した時には、刹那の間で一輝の全魔力を使い尽くす『一刀羅刹』を継続した状態で戦っていた。それはイコール、一輝の最大魔力出力状態であった。
常時『一刀羅刹』状態、
──黒鉄一輝にとって、自己の限界とは常に超えるものだ。超えて当然のもの、超えることこそが日常だ。
生まれ持った魔力限界、損傷による物理的稼働限界。それらを別にすれば、それらさえ補えれば、
自らの肉体すら壊す『一刀羅刹』の超稼働によって耐えられない部分が壊れ、聖杯によって再生。ただ再生するのではなく、負担に耐えられるようより強く……超回復が一輝におきている。
筋骨はより強靱に、血管はより多くのエネルギーを運搬可能に、神経は電気信号の速度を光より早く……より最適化されていく。『一刀羅刹』の駆動に、当たり前に耐えられるようになるように。
それに加えて、『比翼の剣』、『英霊の剣』を取り込んだ一輝の剣は、神が設計した人体が想定されていた動きではなく、その二重の無茶にすら適応化されたものを求められていた。
エーデルワイスよりも強く、今の自分の限界に耐えられる体を……そんな
──聖杯は、その願いを叶える。聖杯が顕現せずとも、カードを門とし魔力を道として……その程度の願いを酌み取ってしまう。
(……彼は今、真に聖杯の力を発揮しているということですか)
朔月英雄の力は聖杯が根幹にある。そして聖杯は他者の願いを叶えるためにあり、決して英雄のためにはありはしない。
それに連なるクラスカードも、英雄自身が扱える能力であるがあくまで扱える程度でしかない。カードの本領は、サーヴァントの召喚などではなく……無尽蔵の魔力を使うための特別チケットに相違ないのだ。
無尽蔵の魔力とサーヴァントの力を付与するのが、クラスカードの能力。聖杯の魔力ラインの構築、サーヴァント能力の召喚、および宝具の使用には自前の魔力が必要になる。しかしサーヴァントの召喚と宝具の使用に関していえば、聖杯からの供給によって賄えることが可能になる。
……聖杯と繋がる魔力さえ用意すれば、非伐刀者ですら無尽蔵の魔力を扱うことすら可能になってしまうのだ。
(なるほど、戦争とはよく言ったもの)
聖杯の力を借りていることを察知した時点で、エーデルワイスはこの騒動の粗方を察した。
これは一対一の騎士の決闘ではない。朔月英雄が背後に控えた、戦争である。
元々は暁学園が仕掛けたこの戦い。聖杯が不在だという情報は掴んではいたが、居たらいたでボーナスが手に入る程度にしか考えていなかっただろう。
だが、居ようが居なかろうが、これは朔月英雄を相手取った戦争であった。破軍学園という拠点を防衛し、攫われた人質を救出するという作戦を実行している。
宿を借りてこの場に立っている自分を含めて、全員が駒。
エーデルワイスという最強の
────世界最強の剣士を相手に、さあどうする?その反応が、観たかっただけなのだ。
…………その結果が、Fランクを相手に息を切らしている様だ。
「……手仕舞いですか」
地下の闘技場で黒鉄珠雫と戦闘していた『解放軍』の『隻腕の剣聖』ヴァレンシュタインが、敗れた。それを彼女は魔力で感じ取った。
本当に、黒鉄一輝は『比翼』を相手に持たせてしまった。本気で殺しにはいかずとも、紛れもない全力だった。
「……最後に一太刀……お願いします」
一輝は構える。脱力が極まった無形が最良の構えとなった今の一輝の剣にとって、唯一構えを必要とする剣技。
今の自分が出せる、最大最高の剣を。世界最強の剣士にぶつけていきたい。
そうしなければ、この戦いを終わらせることなど出来はしない。
──一輝の姿が、掻き消える。
第七秘剣『雷光』、『比翼の剣』、『縮地』の合わせ技。その一瞬で、一輝は彼女の真正面まで間合いを詰めた。
互いに死地。そこへと飛び込んで来られたエーデルワイスは、初めて
「『斂剣』──」
同時に放つ三つの太刀を、一太刀に重ねる。原理は三段突きと同じ……ありとあらゆる万物を断つ、防御不能の斬撃となる。
…………だが、ここまではもう既に素面で出来るようになった。そう出来るような体に作り変えた。通常の燕返しも、三段突きも、そしてこの合わせ技も……素で出来るほどに劇的な成長を遂げた。
今は、『一刀羅刹』の状態だ。以前までなら、これでなければ燕返しを放てなかった。
だから単純に素で放てる今なら、
一輝はもう、それを可能にする性能になっている。
「──『
一度に、九の斬撃。それを燕返しの軌道で三つずつに重ねた、防御・回避不能の絶殺の魔剣。
一輝の中の全てを収斂した果てに辿り着いた、正しく集大成と言える剣だ。
今のエーデルワイスには、逃げることも不可能だった。縮地で届く間合いが、一輝の剣の届く場所だ。そして
「……っ!」
迎撃が、間に合わない。
ここで、この剣で、『比翼』のエーデルワイスは敗れ、死ぬ。極まった剣士だからこそ、彼女はそう悟った。
「────……」
刹那を、数百分割した程の一瞬の交錯。
刀を振り抜いた一輝は残心を取り、決着したとして陰鉄を消した。
「なに、を……」
エーデルワイスは斬られていない。一切の致命傷を、負っていない。
「貴女は剣士として戦っていました。全力ではあっても、殺す気は希薄でした。ですが僕は、伐刀者としての能力を使いましたし、そもそも
そんな相手を殺す。それは、黒鉄一輝の騎士道に、矜持に反する。
相手は世界最悪の犯罪者『比翼』のエーデルワイス。その力は、剣を合わせた一輝がよく理解している。
だからこそ、彼女がどういう人物なのかを剣を合わせて深く知れた。そんな相手に、二対一で叩くなど強姦に等しい卑劣な行為だ。
「まあ、当初の目的も達せられましたし」
「私が背中を見せた貴方を斬らないとでも?」
「……
エーデルワイスが持つ双剣の一振り……『比翼』の由来ともなっている剣の片方が、へし折れた。
固有霊装とは、伐刀者の魂を具現化したもの。滅多に壊れるものではないが、破損すれば精神に多大なダメージを負うことになる。
万物を断つ、という文句に違わずエーデルワイスの剣の一振りを切り落とした。今彼女は、立っているのも非常に辛い状態になっている。
「……私の負けですね」
「僕はまだ、勝ってません。
「わかりました。そういうことにしておきましょう」
これは破軍学園としての勝利であり、黒鉄一輝とエーデルワイスの勝負の決着はついていない。
自分たち二人の戦いは、まだ勝ってもいないし、負けてもいないのだから。
「名前は?」
「黒鉄一輝」
「覚えておきましょう、クロガネ。貴方が
エーデルワイスは暁学園から去る。もとより彼女は追われる身だ。ここへ永居していれば、高ランクの騎士がダースでやってくるだろう。
彼女が姿を消したのを確認して、一輝は深い安堵のため息を吐いた。
「……僕も、まだまだだな」
彼女を相手にできたのは、英雄の力があったからだ。自分一人の力では遠く及ばなかった。
一歩一歩……まずは、七星の頂を獲る。
「いずれ掴むさ、頂を」
珠雫、そして奪還した有栖院、そして到着が遅れた神宮寺と合流し、暁学園との戦闘に幕が下りた。
七星剣武祭を目前に控えた時期のこの騒動。一応の決着が付いたと誰もが思っていた──。
後日行われた暁学園の裏にいた黒幕──現職の総理大臣、月影獏牙の記者会見。
……そして、その場に同席していた朔月英雄。
破軍学園襲撃そのものが、朔月英雄の転校試験であり、七星剣武祭の選考試験であったのだと。そしてその枠を勝ち取ったのだと、月影は語り、英雄も認めた。
テレビの画面の中で、フラッシュの光を浴びながら薄く微笑む英雄を見て、破軍の生徒たちは何故という思いに頭が染め上げられた。
──ただ一人、そう考える余裕すらない者は、ひたすらに剣を振り続ける。
黒鉄一輝は、朔月英雄ならそうするだろうと感づいていた。だから別に驚くことではない。
聖杯の魔力に多く触れて、英雄の心中を感じ取ってしまった。これから彼が何をするのかを、どうするのかを、察しの良い一輝の勘によって予測がついてしまった。
朔月英雄は戦略家である。同時に、負けっぱなしは絶対に許さないタチだ。そして必要ならばあっさりと開き直れるタイプだ。
一度負けを喫した以上、彼は破軍の予備としての出場枠などに決して甘んじない。足りなくて、届かなくて負けたのならば余所から補填して勝ちにいく。拘っていた正々堂々とした戦い方も、いくらでもダーティに徹することができる。
朔月英雄は、全戦力を七星剣武祭に叩きつけてくる。試合の中だろうと、外だろうと……ありとあらゆる手練手管を駆使して、黒鉄一輝に勝ちに来ている。それがわかってしまったからこそ、今は時間が惜しいのだ。
──そして、一回戦の組み合わせが発表されたのだった。
それを見た瞬間に一輝は反射的にこう溢した────やりやがったなあの野郎。
一輝の新技
第一秘剣改『竜角』
燕返しの突き版。犀撃を完全同時に三発放つ。
回避不可能、防御不可能の魔剣とはいかないが、単純に破壊力は犀撃の三倍。
その上突きを重ねれば三段突きにもなる。
名前の由来は三本角の角竜トリケラトプス。
『斂剣・叫飆』
『比翼の剣技』『英霊の剣技』を掻き集めて一つに収斂した剣。故に斂剣。
素で燕返し、三段突きが可能になった今、「だったら一刀羅刹ならその三倍だろう」という単純な理屈で可能とした九の完全同時斬撃。ぶっちゃけ九頭龍閃。
その真価は、九の完全同時斬撃の選択。文字通りの九頭龍閃、三つずつに斬撃を重ねて放つ万物を断つ燕返し、完全同時の急所九か所を狙う九の突き、『竜角』を三段突きで放つ、などなどバリエーションと応用が非常に豊か。
名前の由来はドレーク海峡の絶叫する六十度。
とまあ、沖田と小次郎、比翼の剣を得てしまった今、既存の技もアップグレードしたり新技開発したり……。やっぱ一輝おかしい。
……やめて、そこの神槍さんこっち見ないで。アンタのは宝具の域までなってるから完コピはできなくても全攻撃が毒蛾の太刀になるなんて想像がついちまうからマジやめて。