アニメ版の養護施設シーンはなく、原作版でいきます。
「…………なぁ、何で俺はこんなとこくんだり飯炊きやってんだ?」
「口動かしてないで手を動かして
場所は奥多摩、破軍学園の合宿場。
朔月英雄は飯盒の前で火の加減を見ていた。
そして英雄の悪態を返したのは眼鏡の少女。英雄を『英くん』と気安く呼ぶ人は一人しかいない。
手慣れた手つきで野菜を切る、破軍学園の生徒会長……東堂刀華。
「日曜だからって俺は暇じゃないの」
「歴史の研究ばっかりで部屋に閉じこもりじゃない」
「バッカ、研究職舐めんな。日帰りでもフィールドワークは出来るんだよ」
むしろフィールドワークの方が主目的で去年は休みがちであった。カルデアのデスクにかかりきりだったことなどほぼ無い。
「……知り合いだったんですね、英雄と生徒会長」
「あれ、知らなかった?確かに学園で会ったりとかしてないしね」
その様子を見ながら黒鉄一騎と生徒会副会長の御禊泡沫は、彼らと共に昼食の手伝いをしている。
そも、彼らが合宿場にいる理由。それは、この近辺で出没するという奥多摩の巨人の捜索だ。
本来ならば、英雄は日曜日をフィールドワークに充てる予定であり、奥多摩に来ることなどなかった。
一輝と共に行く予定であったステラが奥多摩へと行く直前に『お姫さん風邪だぞ』と英雄が言ったのが原因であった。
『え、嘘』
『おい、一輝。熱測れ』
『あ、うん』
『ひゃっ』
『あ、本当だ。ちょっと熱い。ステラ、今日は寝てた方がいいよ』
『だ、大丈夫だって、アタシ風邪なんてひいたことないから!』
『良かったな、今の症状が風邪だ覚えとけ。外出などもっての外だ』
『そういえば、いつもより食欲無かったよねステラ』
『典型的な風邪の症状だ。大人しく寝ろ』
そういう具合で彼女を寝かせ、それを生徒会側に報告したら──。
『じゃあ、英雄一緒に行こう!』
『は?』
『どうせ研究なんでしょ?たまには付き合え先輩命令だ!』
──という生徒会書記の兎丸恋々によって、英雄は連れられてきた。
そこから今現在まで不機嫌な顔を隠そうとしないで、生徒会の皆と共に昼食の支度に従事している。
今までに見たことないくらいに遠慮もなくやさぐれている英雄の姿は、一輝も見たことがない。生徒会長を相手に容赦なく悪態と毒舌を飛ばしており、応対する彼女も反抗期の子供を相手にするかのように手慣れたものだった。
……裏を返せば、それはそれほどに気安い仲であるという証だ。
今まで、英雄の交友関係の程を知らなかった。ずっと今まで、学園内の友人は自分だけだと一輝は思っていたのだ。
「僕も刀華も英雄も、同じ養護施設に居たんだ」
「そうだったんですか」
「といっても、英雄は二年くらい経って出ていったんだけど」
「あ、今の親御さんに引き取られて……」
「ううん、一人で出て行って行方不明。破軍に入学するまで僕たちも会えなかったし」
「えっ」
「初めて会った時からずっと、英雄は勉強ばかりやってたなぁ。今思えばアレって、歴史の勉強だったんだろうけど」
御禊から語られる、英雄の過去。
一輝にとって衝撃的なのはさらっと流された行方不明という言葉だ。
「あの、行方不明っていつから?」
「確か、入ってきたのが十年前だから八年前か」
「大騒ぎになったんじゃ……まだその時英雄は八歳か九歳じゃ……」
「──勿論、捜索隊が組織されて探しましたわ」
会話に割り込んできたのは、生徒会副会長貴徳原カナタ。
養護施設のオーナーは貴徳原財団。その子女として英雄とも関わりがあったこともあり、突如として英雄が消えたことに大いに驚いた。
「けれど足取りが全然掴めずにいて、消息が確認されたのは六年前。初めての論文がイギリスで発表された時でしたわ」
「その二年の間に一体何やってたのか、未だ全然聞けてないし。去年は何だかんだで煙に巻かれてたから」
「会長は今日、ここで……それを問い詰めるつもりなのでしょう」
「……何だかんだで無茶苦茶やってるなアイツ」
同じように幼い頃から道場破りなどを繰り返してきた自分が言えた義理ではないが、英雄もそれ以上にぶっ飛んだことをやっていたんだなと一輝は思った。
気安い友人関係ではあるが、あれでも歴史学権威。文化人類学に精通した、碩学なのだ。
あの年でそこまでになるには、それこそ無茶をやらなければならない。
「やっぱり、歴史好きなんだな」
「好きには好きなんでしょうが……あの様を見ていると私には、」
────その歴史に、目的を見出しているようにも思えるのです。
かつて施設にいた頃の英雄は、施設に入る経緯に対して憎悪も絶望も怒りもなく……。
ただその眼にあったのは、年不相応の……絶対に何かを成し遂げるという目的意識に基づいた、覚悟の炎。
それを知るカナタは、今も変わらず眼に宿している炎を見て痛ましく思うと共に……そこまで彼を駆り立てる目的とは何なのかを知っておかなければならなかった。
「……でー、巨人の捜索か」
昼食後。目的である巨人の捜索に当たり……『で、このメンバー以外の増員は当然あるんだろうな?』と英雄の質問がきっかけであった。
返答は、間の抜けた『え、ないよ』というもの。その直後、英雄はキレた。『ピクニックに来たつもりだったら俺今帰るぞ』と、本来山狩りに必要な人員の数と装備を、懇切丁寧に無知であった生徒会役員たちに叩き込み、来た道をUターンして帰ろうとした。
不機嫌オーラがさらに増しており、せめてもの条件として捜索指揮権を刀華からもぎ取って、僅かながらに溜飲を下げたのだ。
「山狩りか。伐刀者六人……いや、実質五人か」
「何で僕を見たのさ英雄」
「恣意的な意味はないよ、副会長殿」
────しかし絶望的に数が足りない。こんな数で山狩りをやろうなど舐めているも同然である。
否、数はある程度補える。自分の力とはそういうものだと知っている。そして場合によっては、質によって数を凌駕することなどわけがない。自身の内にある者らが、超一流の集まりであることを英雄は良く知っている。
溜息を吐き、目を閉じた。
……頭の中で検索する。この状況に適したサーヴァントを。質で数を凌駕する超一流を……。
(百の貌は使えない。人海作戦は使えないとなると機動力か……)
足と森と山だな、と出すカードを吟味し、右手に三枚現れた。
カードは
「『
十秒の後、光と共に召喚が完了する。
……現れたのは、緑衣の弩を持った青年と、獣の耳の弓を持った美女、前髪で目が隠れた忍の少年の三名。
「
全員が首を縦に振り、即時散開していった。
……人海戦術が使えないとなれば、機動力と索敵範囲の質で攻める。
「……ここら一帯禿山にすれば問題解決なんだけどなぁ」
「怖いよ、英雄」
「やらないよ、んな面倒なこと」
「出来ないとは言わないんだ」
「嘘になるからな。────早いな、流石アルカディア越え」
英雄の頭の中に、サーヴァントからの念話が届いた。
────巨人のものと思われし足跡発見。動植物の臭いなし。
────こちらもそれと思わしき倒木の痕発見。間違っても熊や猪のものじゃない。
────主殿に報告。……
(鋼線使いの
有能過ぎるサーヴァントたちから報告された情報を統合し、吟味して出された答え。それは伐刀者によるものだという、あまりにも浪漫の欠片もない現実だった。
何が巨人だ何がUMAだ。そんなものは、伐刀者の登場で大概のオカルト関係は証明されてきたんだよバカヤロウと叫びたくなる気持ちを呑み込んで、落ち着くために深呼吸。
『ありがとうございます。小太郎、数はどれくらいいます?』
『気づかれてはいませんが、ハブと思わしきものが一体。突けば増員が出ると思います』
『三人は合流、
『フ、侮るなよマスター。お前のサーヴァントだぞ』
『とても心強いです。こちらも現場に向かいます』
かなり早期に発見がされ、正体も看破した。僥倖と思うべきだ。
もう作戦もクソもない。即接敵即破壊即撤収。文字通りの電撃作戦だ。
「巨人の正体は鋼線使い系の伐刀者のゴーレム。俺、
「なに?」
「お前帰れ」
「えっ」
「出来ることないから帰れ。元々これは生徒会の仕事で、お前は手伝い。それにお姫さんが風邪ひいてんだろ、一人にさせるな」
「……ステラのことを引き合いに出されたら、何も言えないじゃないか」
「他の人員は宿舎で待機。行動開始!」
パン、という柏手の音と共に、全員が各自行動していく。
生徒会の全員が、瞬く間に未確認の巨人の正体を看破し、適材適所に配置していく英雄の人事能力に舌を巻いた。
そういうことが得意なことは知っていた。そういう能力なのだと噂で聞いた。だが、ここまで人を知り人をまとめ上げる力があったことに、驚いたのだ。
……一輝が周りから姿を消したことを英雄は確認すると、カードを一枚取り出した。
自分は伐刀者とはいえあまり特筆するほど足は速くはない。素人とは比べるべくもないが、機動力に富む兎丸と刀華とでは、先導している自分が遅いのは話にならない。
「クラスカード、ライダー」
────だったら足の速い者の力を借りる。そういうことを、英雄は可能にしている。
……胸に置いて、自身と置き換えようとする。
「『
自分が、変わる。代わる。替わる。換わっていく──。
この身は最速、速き脚の者にして不死身の英雄──誰よりも
大賢者に師事した二人のギリシャ最大の英雄、その片割れ──。
「……二人とも、最大速度で走ってくれ。そっちに合わせる」
軽装の鎧を纏った状態へと姿を変えた英雄に、刀華と兎丸は頷いて全速力で英雄の前を行く。
……その一瞬の後に、彼女たちを追い越して二人を先導した。
速度に自負があった兎丸は、まるで追いつけない英雄に心が軽くへし折れそうになる。その気になれば、一気に背中を見せなくすることくらい簡単であるという余裕を感じさせている。
「英くん!」
「ああ!?」
「私の後任、やりませんか?」
「絶対嫌だ」
そう言うと思った、と返事には期待していなかった刀華であった。
だが英雄は生徒会長に相応しい手腕を持っている。なってみるのも面白い……その姿が見てみたいという刀華の欲であった。
「……十秒後
──会敵。その場は既に、戦場となっていた。
矢は飛び交い、罠は至る所に仕掛けられ、岩人形の群れが一か所に留まられている。
やっぱ
その勢いは周囲の数体を巻き込みながらの破壊力となり……地面にクレーターを生む結果となった。
…………そしてその後を追うように、ゴーレムを操っていた魔力糸へと刀華が叩き込む。
彼女の必殺、伝家の宝刀……
その雷の一撃は、魔力糸を辿って術者である伐刀者へと届いていく──。
警戒態勢を十分続け……ゴーレムが再生することも新たに現れることもないことを確認後、警戒を解いた。
「…………伏兵、なし。作戦終了、帰投する」
若干気を緩める。強襲をかけるよりも、周囲の警戒の方が気を遣った。
「三人とも、怪我ない?」
「問題ないよマスター」
「怪我はない」
「こちらも同じく、主殿」
「結構、ご苦労様ありがとう。『
三人のサーヴァントたちがカードへと戻っていき、粒子となって消える。
「おい、伐刀者本体には当てたか?」
「うん、手ごたえはあった。けど辿ったら場所がここから100キロ以上離れてて」
「……んな腕してる人形師なんざ、一人しか知らねえんだけど」
小さな呟きは誰も聞こえず、その後の盛大な舌打ちによって打ち消された。
「正確な座標は判別できるか?」
「できるけど……どうするの?」
「周囲一帯を焦土にする。100キロなんざバリバリ射程範囲だ」
「やめて。市街地だからやめて」
目が本気だったと、刀華は判断した。止めなかったら本気でやっていただろう。
彼の能力は本当に底が知れない。広大な山林の中で目標をすぐに発見する者たちを召喚し、学園最速の兎丸よりも速く動くことが出来るようになる。射程が100キロで焦土にするなどなんてことはないに違いない。
学内予選で、彼は未だ無敗。先日の試合で、魔法戦もこなせることも明らかになった。
……代表選手に選ばれるのは堅い、と刀華は思う。……自分に当たらなければ。
(確かに非正規戦だと絶対に勝てない。けど、リングの上の決闘なら勝てる)
カードから武装を展開するというほんの一瞬のタイムラグ。武器は出せても、即座の対応はきかない。武の才能がなく、接近戦が大いに弱いことは、刀華でも見ればわかる。
──開幕必殺。東堂刀華には英雄の槍と同じように必殺を持っている。そしてその必殺の速度は、彼よりも速い。
「……ねえ、英くん。『若葉の家』から出て行ってから……何やってたの?」
刀華は、行方の知れなかった二年間のことを英雄に問う。養護施設……若葉の家を出てから、論文を発表するまでの二年間。どこで何をやっていたのかを。
英雄は訊かれると思った、という呆れた表情。
「フィールドワーク」
それだけ返し、あとはなしのつぶて。何を言っても、何も返さない。
英雄にとって今日は結局、一日を無駄にしたという面持ちだ。仕方ない、とこの日何度目になるか覚えていない盛大な溜息を吐き、帰路へとついた。
宿舎に戻り、後の仕事を生徒会へと全て放り投げて、英雄は学園へと帰る。寮の自室に戻った時にはもう、日が暮れていた。
俺の日曜日を返してくれ、と嘆くも過ぎ去った時間は戻らない。
ふと生徒手帳の携帯端末に着信が鳴る。
──通話相手はステラ・ヴァーミリオン。
「はい、もしもし」
『ヒデオ?もう学園に帰ってるの?』
「ああ。風邪は治ったかお姫さん」
『ええ、調子は良くなったけど……』
────イッキ、まだ帰ってないの?
「……待て。アイツは真っ先に帰したぞ。仕事が終わる目途が立ったから、お前さんの看病させるために」
『え。そんな……』
「一輝に電話掛けたか?」
『う、うん。けど出なくて……』
「となると……」
────ああ、思い当たりあったわ。
「理事長が知ってるはずだ。ちょっと待て」
電話を一旦切り、今度は理事長の番号へと掛けた。
「理事長、朔月です」
『ああ、こちらからも電話しようと思った』
「黒鉄が動きましたか」
『……ああ』
「…………理事長、なんとなくでいいです。一輝潰しをやろうとしている代表に、例の噂を。連中は俺とも仲が良いことも知ってるはずですから」
『おい、まさか。お前そこまで読んでたのか、あの時から』
「一輝の最終戦の相手を、アイツらに選ばせろ。一輝がどんな状態だろうとうちの生徒で負けることはあり得ねえし、俺はそこまで全勝で終わらせる。連中は、そういう下世話で悪趣味なことが大好きだからな」
『……あるのか、次の相手に勝つ見込みが』
「言わせて貰おう、絶好のカモだ」
『わかった。ヴァーミリオンにはこちらから説明する』
「ありがとうございます」
電話を切る。
そして、メールボックスから最新のメールを開く。帰宅直後に届いた、選抜委員会からの通知、次の対戦相手についてだ。
最初に見た瞬間、笑みこぼれたものだった。企みが思う以上に上手く転がっていくと、どうしても顔に出てしまう。
「運の無さも、突き抜ければ逆転するもんさ」