運命聖杯の英雄奏楽《エロイカ》   作:Soul Pride

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なーがーくなった。短くまとめ上げたかったんだが。

お気づきかもしれませんが、二巻内容はそのままカットで三巻分入ります。
倉敷くんは英雄君の大の天敵です。一輝と同じくらい。
剣客系、武人系は大概天敵です。向き合ったら負けです、はい。


4 マジシャンズデュエット

「英雄の対策?」

「はい、お兄様なら腹案を持っていると思いまして」

 

 黒鉄珠雫は朔月英雄との対戦が通知されてすぐに、彼の知己である兄へと訊いた。

 映像として残っている、朔月英雄の試合は全て槍の一突き。それで全て決着が付いていた。それ故に、情報が少なすぎるのだ。

 対戦相手は、いずれも高位の伐刀者ではなかった。参考にするには確度が低すぎる。

 もし、自分にもあの槍を使うのであれば、恐れるに足りない。あの必中の槍は、槍の間合いだからこそ意味がある。開始直後に間合いを広げ、そこから自分の得意としている遠距離での魔法戦へと持ち込んでいけば良い。

 

「初手で決める。これに限るね」

 

 一輝は即答。これしかないと、断言した。

 

「速攻ですか?」

「違う。開始直後、一撃で倒す。英雄に対する最上の戦法はこれしかない」

「けど、間合いに入ったらあの槍が──」

「開始三秒未満の間で反撃させる間もなく討ち取る、あるいは幻想形態のブラックアウトに耐えてカウンターで討ち取る……心臓を穿たれても大丈夫という保証があればだけど」

「……全くと言っていいほど、参考にならなさそうなんですが」

 

 そんなことを可能にしているのは、目の前の兄くらいしか知らない。

 全く参考にならないアドバイスを送っている自覚があるのか、一輝はアハハと苦笑を浮かべた。

 

「だけど、本当に有効な方法はこれしかないんだ。僕が取れる手段はこれ一択だから、思い切りが付くんだけど……」

 

 近接戦闘一択しかない。だからこそ、余計な迷いが一輝にはない。それが対英雄戦ではプラスに働いている。

 

「アレが悪辣な所は、非常に短い猶予の間で選択肢を迫るところだ。取れる手段はたった二択」

「二択、ですか?」

「前に進むか、後ろに下がるか。その場に留まったり避けようするのは負けも同然だから」

 

 死地に挑むか、安全圏に逃げるか。猶予時間があまりにも短いため、対戦してきた相手はそれに答えられることはなく散っていった。

 だが、珠雫は違う。動かないことは敗北であることを知っている。まず動く。それを念頭に置いていれば、開幕即死はない。

 ……問題は、前か後ろか。迫られた二択の後──。

 兄のように前へと出るか。得意とする魔法戦を挑むために、後ろへ下がるか。

 

「……もし後ろに下がったら、どうなるんですか?」

()()()()()

「……!」

「英雄は、手札が多すぎるんだ。僕に対する方法は大方想像できる。けど、僕以外となると全く予想がつかない」

 

 黒鉄一騎が言う、()()()()()がどれだけの重みを持つのか……理解しない珠雫ではない。

 その観察眼は照魔鏡に例えられ、相手の剣技を模倣し昇華させる『模倣剣技(ブレイドスティール)』、相手の根底に存在する価値観を把握し、行動の全てを読み切ってしまう『完全掌握(パーフェクトビジョン)』。それらの根底を支える眼を持つ一輝が、予想が出来ないと言ったのだ。

 一輝本人が戦うならばわかる。選択肢が一択しかない。それは同時に、英雄の行動も封じているも同然であり、最善手なのだから。

 しかし、なまじ距離を選ばず、魔力制御を除いて尖った性能を持たない珠雫の場合……英雄の取れる手段の数は跳ね上がる。

 英雄は戦う者ではなく、使役する者。戦場を盤面とし、俯瞰して視て、駒を動かし、詰めていく。手段の増加は、単純に戦力の増量と等しいのだ。

 ────もし、自分が珠雫の立場にあったならと夢想する。英雄のアイデンティティを読み切った『完全掌握』で、指揮の癖を読み取る──不可。それではあまりに()()()()()()()()()

 

「ただ一つ、言えることがある」

「なんででしょうか」

「決して、英雄に時間を与えてはならない。準備時間を十秒でも与えてしまったら、そこからはもう決闘ではなく戦争になる」

 

 そうなってしまったら、確実に詰みだ。決闘では付け入る隙があっても、戦争となってしまったら英雄の独壇場だ。敵う相手ではなくなってしまう。

 一手一手、着実に確実に、容赦なく詰めにかかる。決闘と戦争では、大きく規模も内容も違ってくる。

 それに対する状況の判断能力が、天地ほどの差が英雄と珠雫の間にあるのだ。

 そして、その根幹となるものと思われるのが、英雄の見せ札にして切り札、主に仕える従僕、駒であるサーヴァント。一輝の言う、決闘と戦争の境となるだろう十秒と聞いて思い浮かぶのが、英雄の切り札たるサーヴァント召喚だ。

 珠雫も例のパッチテストを行って、どのようなサーヴァントと縁が深いかを知っている。

 引いたカードは金髪の美丈夫の槍兵(ランサー)と、和装の狐耳の魔法師(キャスター)、重武装の女武者の狂戦士(バーサーカー)の三枚。だが、実際の戦力がどれほどのものかは知り得なかった。

 

「私は、その英雄さんのサーヴァント?というものを直接見たことが無いんですが……それほどのモノなんですか?」

「……サーヴァントそのものに関しては本当にピンキリ。何の力もない人もいれば、ステラと同じくらいのパワーを持った人もいる」

「……なるほど」

 

 詳細こそわからぬものの、Aランク伐刀者レベルの複数召喚すら可能。その上で、英雄の援護と指揮がそこに加わる。

 ────冗談じゃなく、持っている手札の数が多すぎる。全容を全て明かしていない上に、その応用能力は凄まじいものであると保障されている。

 時間は敵だ。長く時間が経てば経つほどに英雄の指揮は冴えを増していき、取れる手段は爆発的に増えていく。長期戦は愚策中の愚策だ。

 やるならやはり短期決戦。びっくり箱のような相手に動揺せず、隙を見せず猶予を与えず、押して押して押し続けなければならない。

 だが、迂闊な攻めはあの呪いの朱槍に貫かれる。自分に兄ほどの武の冴えは存在しない。

 ……取れる手段は遠距離からの波状攻撃。だが、距離を取るための僅か数秒すら厭わしい。間違いなく、そこから抉ってくる手段を持ち合わせているだろう。

 着々と、詰められている感覚。相手になると知って、珠雫は初めて自覚できる。朔月英雄は相当に悪辣だ。指揮官(マスター)として、これ以上のない称賛に違いない。

 万能型だからこそ、悩むことを強制させられる。一輝のような特化型であれば、逆に相手の選択肢も封じることもできただろうに。

 

「英雄に関しては、実際戦ってみないとわからない所が多いんだ。────ごめん、珠雫。あまり助けになれることが言えなくて」

「いえ。……その、お兄様は私と英雄さん、どちらを応援してくれますか?」

「勿論、珠雫に決まってるさ」

「それだけで、私にとって何よりの力になります」

「……それは良かった」

「ですので、もっと力になるために激励のキスを……」

 

 ──顔を近づけてくる珠雫と、それを必死に抑える一輝の攻防は数分間続き、ステラの途中介入によって停戦した。

 直後、打って変わって炎と氷が飛び散る事態へと移り変わったのであった。

 

 

 

 

 

『学内選抜戦第十四試合!それでは選手入場です!青ゲートより現れるはあの注目の騎士、黒鉄一輝選手の妹にして今年度学年次席の期待の入学生(ルーキー)!凄まじい魔力制御力を武器に、並み居る騎士を溺れさせ、ここまで無敗で勝ち続けてきました!一年『深海の魔女(ローレライ)』黒鉄珠雫選手です!!』

 

『そして赤ゲートより、同じく無敗!前年度七星剣武祭出場選手でありながら、放り投げて研究三昧!サボり続けてそのまま留年という憂き目に遭いました若き歴史学権威!だがコイツは本気にさせてはいけなかった!試合全てを槍の一刺しで終わらせてきた実況泣かせ!一年『一刺必倒(ブラッドスピア)』朔月英雄選手!!』

 

 リング上で対峙した、珠雫と英雄。観客の歓声が轟くドーム内の中心にいる二人は、対照的と言える状態であった。

 小太刀型固有霊装(デバイス)『宵時雨』を構え、開始前であろうと英雄の僅かな一挙手一投足をつぶさに観察し続ける珠雫。

 ……そして、そんな珠雫を見向きもしないで、あらぬ方向を見ながらぼうっと突っ立っている英雄。固有霊装であるカードを一枚も見せず、制服のポケットに手を突っ込んだまま。

 ────油断しているのか、それとも挑発のつもりなのか。前者であれば好機、後者であれば何を隠し持っている?

 おもむろに、英雄の口が開いた。

 

「──妹さん。俺、この試合幻想形態でやるから、そのつもりで」

「どういうことですか?」

「そのままの意味」

 

 七星剣武祭は、実戦と同じ実像形態での試合で行われるものだ。そしてこの学内予選も同様のルールが敷かれている。

 刃挽きした幻想形態で戦うことはルール上何も問題はない。現に英雄は全ての試合、幻想形態のブラックアウトで終わらせている。

 だが、幻想形態は精神の強い者であれば抵抗が可能な所がある。実戦の場で使うには、どこか頼りないところがある。実弾と暴徒鎮圧用のゴム弾とで、どちらが殺傷力が高いかなど論ずるまでもないように。

 それだというのに、英雄はわざわざそれを珠雫の前で宣言した。

 

「もしまかり間違ってお前を殺してみろ。その瞬間一輝に首飛ばされる」

 

 ちょんちょんと、右の手で首を斬られる仕草をした。

 そう言われて、英雄が見ていた方向に何があるのかを、珠雫もその方へと向いて気が付いた。

 そこにいたのは、観客席に座る兄とステラと有栖院。英雄が、何を言いたいのかを、ようやく珠雫は理解したのだ。

 

「お兄様は、それくらいの区別はつきます」

「ああ、つくだろうさ。その辺はシビアだってのは知っている。だけどまあ、何だ。友人の妹を殺したって負い目は背負いたくないし、アイツも俺を仇としても見たくないだろうさ。つまりは、アレだ」

 

 左手をポケットから手を抜き、顕れたカードの枚数は五枚。

 そこでようやく、英雄は珠雫を見たのだった。

 

「俺たちの精神衛生上のため、大人しく寝ててくれ」

 

 ────お前なんぞ何時でも余裕でぶっ倒せるけど、お前の兄貴が怖いから、手抜いて戦ってやる。

 つまりは、そう言っているも同然なのだ。

 対戦相手として珠雫と向き合ってはいるものの、英雄の目にはその後ろの一輝しか映っていない。黒鉄珠雫をまるで視てはいない。

 ……それは、かつての自分。黒鉄の家での自分の扱いによく似ていて……。

 

「そうですか。じゃあ殺しますね」

 

 冷静さを奪うための挑発だろうが、その裏に罠があろうがもうどうでもいい。珠雫はこの時点でキレた。

 ただでは終わらせない。やめてって言ってもやめてあげない。

 

『Let's Go Ahead!』

 

「『限定展開(インクルード)』」

 

 試合開始直後、左手のカードが一枚消え、右手に顕れたのは赤い槍。

 それを見た瞬間の珠雫の判断は早かった。

 

(やはりこのタイミングで攻めるのは私では遅い!まずは槍の間合いから離れて私の距離へ!)

 

 必殺の槍の間合いから大きく跳躍し、珠雫の得意とする魔法戦の領域へと移行する。

 だが、その合間に英雄は右手の槍を二回転半振り回して逆手に持ち替えて──。

 

「『破魔の(ゲイ)──』」

 

 渾身の力を籠め、狙いをすまし、

 

「『──紅薔薇(ジャルグ)』!」

 

 投げ槍の要領で、宙空で回避のしようのない珠雫目がけて投げ放った。

 真っ直ぐ向かってくる槍は直撃コース、当たれば少なくないダメージが見込める勢いだ。

 

「『障波水蓮』!」

 

 迫る槍を阻むように、リングから吹き出すのは水の壁。

 魔力が込められ鋭く向かおうが、ただの投槍。彼女の障波水蓮の前には容易く弾き飛ばせる程度のものだ。

 

「っ!」

 

 ……しかし赤い槍は水の障壁を無いもののように容易く貫き、珠雫へと襲い掛かる。

 だが直撃といかずに僅かに逸れ、彼女の顔を浅く掠る程度にしかならなかった。

 

「……駄目だな。ランサーから『投げ槍はまだマシだ』って言われたけど、才能無いのは変わらんか」

 

 はあ、と溜息を吐く。ほとほと自分に武に関する才能が無いのだと思い知らされる。

 通り過ぎていった槍はリングの外壁に突き刺さり、光の粒子と化して、英雄の手元にカードとして戻った。

 

「悪い、ディルムッド。まあ、お前は気にしないって言うんだろうが」

 

 ────しかし、見せ札にはなった。それだけで十分な働きだ。

 こちらには下手な防御を貫く一撃を持っている。立ち止まって亀になっていれば必ず射貫く。そういう勧告の意味があった。

 先程使った槍兵のカードと、もう一枚のカードを仕舞い、左手から三枚のカードを抜き取って起動させる。

 ……その三枚のカードは全て、魔術師(キャスター)のカードであった。

 

「『限定展開』」

 

 現れたものは、本と、短剣が二本。

 本は、一目見ただけで悍ましいものであると瞬時に理解できる人皮装丁本。短剣は刃が稲妻のように歪な形をしたものと、もう一本は柄に『Azoth』と刻まれた宝石が嵌められ五つの宝石が回りに浮かぶもの。

 本を左手に持ち、短剣の二本はいつでも右手で持てるようにすぐそばで浮いている。

 

「…………やろうか、お前の大好きな魔法戦をな」

 

 

 

 

 

「開幕の槍は避けられたようね。あの投槍は苦し紛れのものだろうけど」

「それにこの距離ならシズクの距離よ。魔法戦になったら、ヒデオに勝ち目はないわ」

 

 最序盤の山場をほぼ無傷でやり過ごし、最大限優位な状況を作り出した。

 ここから珠雫は英雄へと波状攻撃を仕掛けるだろう。その密度、速度は並大抵の騎士では逃れきれない。

 

「……」

 

 しかし、一輝はただ一人渋面でリングを俯瞰していた。

 

「どうしたのよイッキ、そんな顔をして」

「忌憚のない意見を言うよ」

「一体何よ」

「──珠雫は詰んだ。逆転の目はほぼ無いと言っていい」

 

 そう断言した一輝に、え、と驚くステラと有栖院。

 

「どうしてよ、まだ始まったばかりじゃない」

「英雄が投げた槍は、一撃必殺の『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』じゃない。魔力効果を打ち消す『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』なんだ。遠目から見れば似ているけど、まるで違う意匠だった」

 

 同じ赤い槍であろうと、全く違う別物だ。

 時代(サイクル)は違えど、同じケルト神話の出典の武具。フィオナ騎士団の英雄、ディルムッド・オディナが振るった槍の一本だ。

 

「けど、それがどうしたっていうのよ」

「大いに違う。珠雫が魔法戦に持ち込めたのではなく、英雄が最初から魔法戦に臨むつもりだったという意味でもあるから」

「っ!?」

 

 数々の武具を持ち、的確に敵を詰めて落とす戦略眼を兼ね備えた朔月英雄。

 いつもの必殺の槍を出さず、魔力効果を打ち消す槍を選んで出した。その意味の重さを、一輝は深く理解している。

 あの『破魔の紅薔薇』は、一輝本人も能力を知り、見たことがある。昨年の七星剣王のことで話題となり、伐刀絶技(ノウブルアーツ)が似ているとして英雄が出したことがあったのだ。

 あれは、持ち主の技量があって初めて効力を発揮する。武の才の無い英雄が振るっても、今のように投槍として使うのが精々。

 ……そう、投槍で十分なのだ。

 

「珠雫は今の一撃を、守るべきじゃなかった。たとえ直撃してても、下がりながら魔法を撃てば良かったんだ」

 

 あるいは、守りながら攻撃をすることも良い。珠雫には容易いことだろうし、可能だったはずだ。

 攻めの姿勢を、たとえ出始めの一瞬であろうと崩してはならなかった。

 この一瞬が、致命になる。

 魔法戦をすると決め打ちをした英雄を相手に、十全な態勢を整えられた時点でほぼ詰みになる。三種の武装を装備している今、既に英雄の頭の中では珠雫を倒すための策略が構築済みなのは間違いない。

 

「そんな些細なことで?それは流石に穿ち過ぎじゃないかしら」

「その些細なミスが致命的なミスになるんだ」

 

 英雄の土俵に入るということは、そういう意味を表す。最早既に魔法戦は珠雫の領域ではなくなっている。

 そしてもう、この試合は騎士の決闘ではなく──。

 

「……状況が動くよ。見ておくといい、アレが英雄の戦争だ」

 

 

 

 

 

「蠢け、『螺湮城教本(プレラーディーズ・スペルブック)』」

 

 英雄の左手の魔本が妖しい光を放つと共に、彼と珠雫の間に黒い煙が吹き上がる。

 そこから現れるのは……生理的嫌悪感を抱かずにはいられない、深海から這い上がってきたような異形の怪物。

 この召喚術を行っている人皮装丁本こそ伊訳版ルルイエ異本──『螺湮城教本』である。

 異形の怪物の海魔が次々と召喚されて群れをなし……その数は五十を優に超えて蠢いている。

 その様相に嫌悪を感じずにはいられない珠雫は一掃すべく、そしてその後ろにいる英雄をも呑み込むために……。

 

「『凍土平原』!」

 

 リング全域が氷に覆われ、ツンドラもかくやという永久凍土が形成される。

 これこそ水使い黒鉄珠雫のフィールド、凍土平原。Aクラス並の魔力制御力を持つ彼女の力量を以てすれば、この氷の地からあらゆる水魔法へと派生する。

 氷の波濤に呑まれていった海魔は瞬く間に全てが氷の彫像と化していき、その奥の英雄すらも凍らせようと迫りくる。

 

「……自己に優位な地形を確保。あるいは形成する。陣地の構築は戦術における定石だ」

 

 ────そして定石だからこそ、それを覆す定石も存在する。

 

「『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』」

 

 歪な形の刃の短剣を手に取り、足元に広がる凍土へと突き刺した。

 途端、リングを覆っていた氷が割れるように消滅した。一切の水も水蒸気も残さず、まるで何もなかったかのように。

 凍っていた海魔も動き出し、群でもって珠雫へとにじり寄っていく。

 

「っ!だったら!」

 

 優位な地形を作れないのなら、それでいい。攻勢を緩めてはいけない。

 氷の礫。海魔、そしてその後ろの英雄を撃ち抜くべく発射される。

 一射一射がライフル弾並の威力と速度。海魔の肉の壁は数秒で肉塊となり、英雄へと飛来する。

 

「それでいい、正解だ」

 

 その弾幕の密度であれば、このルールブレイカーで無力化できない。原理も理屈も理解せずとも、どう対処すればいいか直感的に解するところは兄に似ている。

 ……だから、魔法戦を行う魔法型のように。

 魔法には、魔法で返す。

 ルールブレイカーを手放し、手にしたのはもう一本用意している宝石の剣。

 

「──『障波水蓮』」

「っ!?」

 

 英雄の周囲を覆う、水の障壁。氷の礫を悉く弾き飛ばし、英雄に傷の一つも与えない。

 その技は、正しく珠雫の障波水蓮。

 英雄が水使いという情報はない。元々の情報が大いに不足してはいるが、それはまずあり得ない。

 固有霊装も伐刀絶技とその能力も、生まれ持って決まるもの。変わることなどありはしない。

 だから考えられるのは、あの剣を手にして出来るようになった。武装の多彩さは知っていたが、魔法戦を可能にする物すら英雄の中に存在していた。

 

「だから、それがどうしたというんですか!」

 

 攻勢を緩めない。礫を止めない。撃って撃って撃ち続け、釘付けにし続ける。

 海魔の召喚はされ続けているが、出てきた瞬間に血達磨となる。壁としての役割は、あまり機能していない。

 魔法、そして水使い。真似をしたければ存分に真似をすればいい。

 ────本物には到底及ばないことを教えてやる。

 

「はぁッ!」

 

 本職の水使い故、水使いへの対処は誰よりも知っている。どの程度の力を持っているのか、測ることができる。

 あの障波水蓮の強度を超える攻撃など、簡単に割り出せる。

 礫を放ちながら生成するのは槍の如き鋭い氷柱。そして、英雄の頭上には氷山もかくやという巨大な氷塊が作られていく。

 英雄の全方位に配置される。そして何が恐ろしいかと言えば、これを防ごうと障壁の厚みが増しても、一気にすり潰せる弾幕として、今撃ち続けている礫と同じように断続的に放つこと可能であるということだ。

 礫は秒間数百発、氷槍は秒間四発、氷塊は分間二発──。それを撃ち続ける準備を可能にする、黒鉄珠雫の才の凄まじさ。

 ──この波状攻撃。避けることも防ぐことも敵わない。

 

「行けッ!」

 

 氷の槍は障壁を貫き、氷塊は英雄を押し潰す。

 それらを前に、英雄は変わらない涼しい顔で──。

 

「……それも正解。ああ、まったく」

 

 ────これで王手(チェック)だ。

 

「元素よ混ざれ──『元素使いの魔剣(ソード・オブ・パラケルスス)』」

 

 ────瞬間──。

 ──風が──土が──火が──空が──水が──。

 剣に浮遊する五つの宝石、それぞれの属性を司る宝石(エレメンタル)が剣先に集中──混ざり溶け合い、破壊(エーテル)を生む。

 英雄が剣を一振りした瞬間、エーテルの奔流がリング内の全てを破壊する。

 氷の礫も、槍も、巨塊も……死んだ海魔も召喚されたばかりの海魔も……そして珠雫も。

 そのエーテルの暴風に、なす術もなく薙ぎ倒されていく。

 

「……やっぱ俺だと威力低いな。パラケルススの半分程度ってところか」

 

 その剣こそ、錬金術師ヴァン・ホーエンハイム・パラケルススが持つ魔剣、アゾット剣の原典。

 真の力を発揮した時、神代の魔力を模した疑似エーテルを生み出して破壊を齎す。その威力の程は、惨状の場となったリング内を見れば理解するだろう。

 

「…………っ!」

 

 リング端まで転がっていき倒れていた珠雫は、宵時雨を杖にしてなんとか立ち上がる。リング外に落ちていなかったことが幸いだった。

 自分はまだ終わってはいない。まだ戦える。まだ、場が仕切り直っただけだ。

 また再び追い詰めることなど、なんてことはない。

 ……ふと、暗いことに気づいた。そして、自分の周りが影が差していることに気づく。

 リング内は照明によって全域が明るくなっているはずなのだ。それなのに薄暗いことなどおかしい。

 

「────よう、妹。まだやるか」

 

 声がしたのは、上。見上げれば、高く高くから、超巨大な海魔の上から見下ろす、英雄がいた。

 ドーム天井に衝くのではないかと思われるほどの、巨大さ。巨大になった分、通常の海魔とは比べものにならない悍ましさだ。

 そして、珠雫を囲むように埋め尽くされた海魔海魔海魔……リングの地面が見えないほどに、大量の海魔がひしめき合っている。

 この光景だけで、正気が失われる。観客の中にも、吐いたり気分を悪くしている者が多くいた。

 

「いつの間にそんな……」

「お前はなんとなーく海魔をぶっ殺してたけどよ、その海魔の死骸って召喚の触媒にもなる。つまり、海魔の死骸が積み上がるほどに、召喚がしやすくなる。その上燃費が恐ろしく良いから、これくらい召喚してもそんな疲れない。気持ち悪いだけで」

 

 ──これが螺湮城教本の真価。倒していっても、海魔は際限なく増える。むしろ中途半端に倒した分だけ、その数は跳ね上がって増えていく。

 一体一体は弱兵でも、数で補え数で押し潰せる。そして戦争は数でするものであり、戦争を起こせる数を揃えられるこれは、海魔のビジュアルやこの魔本の持ち主は別として、性能だけ見れば英雄好みの代物であった。

 

「まだやるか?というかやめてくれマジで。やめてくんなきゃエロゲー染みた公開触手プレイやんなきゃいけないし、ぶっちゃけ触手姦は趣味じゃないし…………やっちゃったら冗談抜きで一輝に殺されるし、ていうか現在進行形で殺気ぶつけられてるし、おい立ってどこ行くんだよお姫さん止めろよ『英雄殺す』なんて言ってんじゃねぇよ怖ぇえよ陰鉄しまえよ一輝ィィィ!」

「ごちゃごちゃと……!」

 

 また、こちらを見ていない。侮辱をするにも程がある。

 苛立ちばかりがこみ上げていく。

 まだ終わっていない。まだ自分は戦える。残った魔力を掻き集め、あの海魔ごと叩き潰せる乾坤一擲を──。

 

「舐めるなぁーッ!!」

 

 英雄の背後から、氷塊が襲い来る。その大きさは、先程用意したものの数倍。

 明確な殺意が表れるように、それは剣の形であった。その重量と速度をもってすれば、あの巨大海魔を両断する威力はあるだろう。

 それに対して見向きもせず、ただアゾット剣を手放し、ポケットに入れていた二枚のカードの内の一枚を取り出した。

 ──そのカードの絵柄は、暗殺者(アサシン)

 

「『限定展開』」

 

 カードは拳銃──トンプソン・コンテンダーとなり、無造作に迫る氷の剣へと撃ち放った。

 ……所詮は豆鉄砲。巨大な質量の塊に、弾丸一発で普通はどうにかなるものではなく──。

 

「『起源弾』」

 

 ……銃声が観客の耳に響くと同時に、黒鉄珠雫はリングに倒れ伏した。

 宵時雨は消え、迫っていた氷の剣は崩壊し、消え果てた。

 

「──詰み(チェックメイト)。俺の勝ちだ、妹」

 

 

 

 

 

『し、試合終了ーー!勝者は朔月英雄選手!黒鉄珠雫選手の猛攻をものともせず、即座に詰めて返しました!しかし、最後の銃は一体……』

『さぁ?』

『さぁ、って西京先生』

『朔坊の固有霊装はクラスカード、名目上そう登録されている。だけどそこからどう派生してどんな伐刀絶技を使うかは、誰も知らない。朔坊以外はね』

 

 今回の試合で明らかにされた、英雄の根幹。今までは槍が固有霊装で、必殺の一刺こそが伐刀絶技と思われてきた。しかし、今まで槍の一突きだけで終わらせてきたのは、それで十分だったから。

 英雄の二つ名『一刺必倒』など、無数にある一側面でしかない。この試合のように、魔法戦だって行える。

 

『何が出てくるか、何をしでかすか、まるで想像がつかない。アタシの予想を言えばね、まるで本気出してないよアイツ』

 

 ────もしくは、出せないのか。

 完全な勘ではあるが、朔月英雄という男は騎士の決闘という場で収まる器ではない。まだまだ隠していることは多くあるはずであり、その全てを総動員すれば、七星剣武祭など余裕で優勝が可能になるはずなのだ。

 何が出てくるかわからない、びっくり箱。場合によっては、自分すら脅かすモノすら内包しているのではないかと、寧々は疑ってかかってしまう。

 

「……シズク」

「勝負の常だから、仕方ないとしか言いようがないけれど」

 

 英雄の戦い方には、必ず余力があった。珠雫に攻勢に晒されていようと、逆転するための準備がそこで整っていた。

 主導権を握り続けて離さない。最初から最後まで、彼の掌の上で踊っていたに過ぎなかった。

 これは騎士の戦いではない。納得する、朔月英雄は珠雫だけを見ていなかった。

 このドーム全域を、観客を、実況を含めた全てを、彼は俯瞰していた。

 つまり、これが戦争。朔月英雄という国による一個の軍の、戦闘単位では収まらないこの試合後も見据えた戦略単位の戦いだ。

 最初に出した五枚のカードしか使っていなかったことがその証左。構築した作戦通りに、用意したカードだけで戦い抜くという制約を自らに課している。

 戦力の逐次投入は愚策も愚策。総力戦など、敗北以上に手痛いものに違いない。

 ステラは、隣の空席に目をやった。さっきまで一輝が座っていた席だ。

 

「ヒデオは強敵よ。アタシが戦うにしても」

 

 単純に、力でねじ伏せるなんてことが出来ない相手だ。その上で、用意周到で抜け目がない。

 この試合を見て、初めて単純な力以外に怖いと思わされた。形容のできない、英雄の中にある何か……それがステラは恐ろしい。

 ……しかも、その気にさえなってしまえばあの王すら切ってくるはずだ。

 

「──あれでBランクなんて詐欺よ詐欺」

 

 

 

 

 

「英雄」

「……一輝」

 

 無傷で試合を終わらせた英雄は医務室には寄らず、真っ直ぐ寮の自室へと戻っていったがその途中……一輝に出くわした。

 反射的にカードを出し、じりじりと距離を取っていく。そんな様子の英雄に一輝は苦笑した。

 

「別に怒ってないよ」

「ほ、本当か?」

「本当だってば。何でそんなに警戒してるのさ」

「仮に公開触手レイプやってたらどうなってた?」

「真横から縦に斬るって、試し切りの中でもかなり難易度が高いんだ」

「やーめーろーよー、お前何だかんだ言って思いっきりシスコンじゃん」

 

 眼に明らかな殺気が含んだ時点で、両手を挙げて降参した。

 元よりそうするつもりは皆無ではあったが、場合によっては心を折る選択肢もないわけではなかった。

 

「妹を大事に思わない兄はいないよ」

「……そうだな。その通りだ」

 

 少しの間の、沈黙。

 黒鉄一騎にとっての妹とは、珠雫以外あり得ない。妹から深く想われ愛されているのと同じように、兄もまた妹を大事に想っていた。

 

「それで、何用?」

「いや、特に用ってわけじゃないんだ。ただ……」

 

 ────英雄自身が戦うのは、何時なのかな。

 

「いや、戦ってるって。命懸けだぞこっちは」

「さっきの試合、巨大海魔に乗る以外にほぼその場から動かなかった」

「……」

「まだあるよね?『限定展開』と『聖杯召喚』以外にも」

「……この野郎、『完全掌握』か」

 

 だからお前は怖いんだ、と内心思いながら口には出せない。

 今まで、英雄は槍の一刺しで勝負を終わらせてきた。その理由は英雄に武の才能がないという理由もあるが……それだけではなかった。

 必要最小限の、同じモーションだけを繰り返し、情報の流出を抑えたかった。……特に、黒鉄一輝という眼の前から。

 だが、今日はそれが出来なかった。その対策が可能な一定以上の実力者であり、一輝の縁者……黒鉄珠雫が相手だったからこそ、手の内を見せざるを得なかった。

 

「……それでこの様か。まあお前のことだから確信持って言ってるから正直に言う。あるぞ。恐らく、お前の想像通りの代物だ」

「まだ僕が見てもいないのに?」

「お前に見せたらお終いだと言っておく」

「その秘密主義はどうかと思うよ」

「ほっとけ。こっちはか弱い学者だ。守秘義務なんて山ほどあるし、秘密は自分を守る助けになるんだよ」

 

 戦いにおけるスタンスが、まるで違うのだ。

 一輝の戦いは目の前の相手との決闘。

 英雄の戦いは、認識外含めた全てとの戦争。

 戦う相手も、規模も、何もかもが違う。

 

「……そうやって気張り続けてると、何時か潰れるよ」

「お前が言えた口かよ」

 

 英雄よりはマシなつもりだよ、と一輝は言うがまるで信じられなかった。

 

「……一輝、妹は守れよ。お前の味方なんだから」

 

 ぽん、と肩を叩いて寮への帰路へと戻った。

 そう言った英雄の目は、どこか羨望が含まれていた。

 

「英雄!」

「…………」

「君にとって、僕たちは君の味方じゃないのかい」

 

 一輝からの、その問いに……英雄は何も返さなかった。

 ……歩みを止めず、振り返らず……ただ手を振って返しただけだった。


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