朔月英雄。性別男、七月三十一日生、十六歳。破軍学園一年生(留年一回)。伐刀者ランクB。
昨年度七星剣武祭代表選手、成績は棄権による一回戦出場辞退。今年度学内予選において現在十三勝無敗。
映像記録に残された試合全てにおいて、
国連傘下組織『人理継続保障機関フィニス・カルデア』に所属。
研究者として考古学、民俗学、宗教学、地政学等々に精通。特に歴史学者として十歳の頃から数百以上の新説を唱え、その殆どが物的証拠と共に新事実として証明されており、その実績によって『カルデア』に招かれ、伐刀者ランクBに認定される。
「………………うん、
新聞部の新人部員、日下部加賀美は調べられる限りの朔月英雄の情報を並べて整理すると、そう断言した。
魔導騎士というより学者タイプの天才。簾貞学園の薬師キリコのような、本業が別にあるような騎士なのは間違いない。あくまで、ついでで戦闘が出来るというだけだ。
「特にこのカルデアって組織は非常に気になる!先輩が留年したのって、そこでの研究でかかりっきりだったって理由だし!」
特ダネの予感がしてならない。突けば必ずネタが出る。
こうしてはいられないと、取材道具を掻き集めて彼を探しに新聞部部室を飛び出した。
…………彼女が飛び出して無人となった部屋に、音もなく、天井から降り立った者が一人。
髑髏の仮面をした女性。黒衣に身を包んだ彼女は明らかにこの学園の関係者ではなく、そこにいるという存在を感じさせない程に気配を絶つことに長けた者。
「マスター、文屋がそちらに向かっております」
『ん、ありがとう。引き続き情報収集をお願いします』
「お任せを」
そして同じ回線を用いているためか、別の者にして己が、リアルタイムで様々な情報が主へと伝えていき集積されていく。その一つ一つに主たる英雄は聞き分け受け答え、そして礼を述べる。聖徳太子の如し情報の処理能力にて、彼は情報を蓄積していくのだ。
彼女は……否、彼らは、群体にして個。個にして群。サーヴァント、クラスアサシン──暗殺教団の十九代目
情報はあればあるほど困らない。些細なことから重要なことまで、それをどう扱うは英雄の手腕で決まる。
彼らは自分たちを重用し、礼節には礼節で返してくれる此度の主を、善き主として慕っている。それは、全ての人格たる全ての個体の総意であった。
「さて、おもてなしの準備にかかるか」
寮の自室にて、英雄はその準備にかかる。とはいえ、時間はそれほど多くはなく、できることは限られている。
取り出したるは、アーチャーのカード。それを床に置いて、五秒目を閉じて意識を集中する。
カードに繋がる場所から呼び出すには、他のことが手につかない程度の集中力を必要とする。
その間、カードを中心に召喚の門となる魔法陣が、光が奔って敷かれていく。
「『
魔力が編まれ、固まり、混ざり、人の形を象っていく。
数瞬の内に、魔力は質量を得てこの世界へと実体化した。
「……やれやれマスター、私は召使いではないのだがね」
赤い外套を纏い、白髪を逆立てた浅黒い肌の男──それが、英雄に呼び出された存在だ。
自分を呼び出した経緯と意図を、主の手がカードに触れた瞬間に察した彼は、皮肉と共に溜息を吐いた。
「悪いアーチャー、急な来客があるもんでさ。俺、アーチャー以上に美味い紅茶淹れられる人を知らないし」
「分かってるさ。なに、主が軽く見られるのはこちらも承服しかねる」
助かる、と礼を述べると共に英雄は指を弾く。その音と共に、アーチャーの服装が外套姿から、黒いスラックスと白いカッターシャツという、現代に則した衣服に組み変わった。
チラリと、余計なことをした主に向かって目線を向けたが、『あの格好のまま客人の前に出すわけにはいかないだろう』と『執事服じゃないだけマシじゃないか』という言葉が、口も念話も無しに伝わった。
「それでマスター、リクエストは?」
「良いダージリンが手に入ったのは知ってるだろ。それでお願いする。あと、来客用のお茶請けも」
「了解した」
しばし、座って待つ。ケトルで湯を沸かす音、カップの音、お茶請けの菓子を用意する音……手慣れたアーチャーの手際が、静寂の中にある部屋にて響かせている。
香り高いダージリンの芳香が鼻孔を刺激したところで席を立ち、玄関口のドアを開け放った。
「や、日下部さん。待ってたよ、上がってって」
丁度、呼び出しのベルを押そうとした日下部加賀美が、ポカンとした間抜けな表情でいた。
「私、アポ取りましたっけ?」
「次からは取ってくれると有り難いな」
ノーアポで突撃かましたはずなのに、準備完了された上で笑顔で迎え入られると、逆に心苦しく思ってしまった。
……それはそれとして、彼女は部屋に上がり込んだ。
部屋へと招かれた加賀美は、用意された紅茶とお茶菓子を堪能し、その違いをわからせる美味に驚いていた。
喜ぶ彼女に英雄も微笑み、傍に仕えるアーチャーも顔には出さないが心なしか嬉しそうだ。
茶会も一段落し、目的である取材へと移った。
「俺が答えられる範囲であれば何でも質問してもいいよ」
「本当ですか!?」
ここまで取材に対して良くしてくれた人などいない。今日は人生最良の日だと加賀美は確信した。
「ではまずは……」
チラリと、テーブルの向かいに座る英雄ではなく、その傍に立つ男──アーチャーの方へと視線が向いた。
実を言えば、ずっと気になっていたのだ。どう見ても学園関係者ではないのに学生寮にいる、彼のことが。
「あの、彼は例のカルデアの関係者でしょうか?」
「いや、俺個人のボディガードみたいなものだ」
あまり気にしなくていい、と英雄は言うも……部外者がここにいるのも気にはなるだろう。
だから、手っ取り早い方法を取ることにした。
「アーチャー」
「お茶くみをしなくていいのなら、早々に戻して欲しいのだが、マスター」
「……ありがとう。『
直後、アーチャーの体は魔力の粒子となって、霊基の核となっていたカードは英雄の手へと戻った。
それを見て唖然とする加賀美。英雄の手に持つのは、彼の固有霊装のクラスカード。
資料通りならば、それは試合に使う槍と同様のカードだと加賀美は気づく。つまり、紅茶を淹れてくれた彼は英雄の固有霊装も同然ということに──。
「言ったろ、俺個人のボディガードだって」
部外者どころか思いっきり関係者であった。固有霊装が伐刀者の魂そのものならそれこそ、英雄の一部だったということだ。
「……もしかして、あの人戦えますか?」
「少なくとも、俺は奴が弓で外したところを見たことはない」
腕利きの部下を誇るように、英雄は胸を張る。
「もしかして、他にもああいった方が、朔月先輩の中に」
「……そうだな」
少し思案した後、英雄は目を閉じた。
……加賀美とて、破軍学園に籍を置く者。一端の伐刀者である。人差し指の指先に集中される魔力を見て取った。
テーブルの上を指先を沿って走らせると──その魔力の光芒からカードが湧き出るように出てくる。
それはたった数十秒でテーブルを囲う彼らの周りを埋め尽くし、彼らの目から家具の類が見えなくなるほどのものであった。
「特に理由なく俺の助けになってくれるのが……まあ、ざっとこんなもん」
「一枚一枚のカードに、ああいった方が……」
「いるよ。補足するが、全てのカードを出す、っていうのは試したことはない」
「何でですか?」
「一部、俺を殺しにかかる奴がいるからなぁ。そういうのに限って自分でカードから出てくる力を持ってるし」
言うなれば、固有霊装そのものが意思を持ち、固有霊装の主を殺しにかかる……伐刀者にとっても固有霊装にとっても、自殺と何ら変わらないことだ。
「そ、その……試合で使っているところを見たことはないんですが」
「使えないからね。ああ、ルール的にじゃなくて、実戦的にな。ああいう一対一の戦いだと、どうしても召喚する暇なんて無いし」
「それで、あの槍を使ってたんですね?」
「うん、アレが一番確実なものだから」
手を一叩きすれば、宙に浮かぶカードは全て消える。
試合では、武器の召喚に留まる程度にしか使えない。だが、あのカードの数だけ武具が存在する。それだけで、普通の伐刀者には驚異に値する。
「ではでは、次の質問です。先輩が所属しているカルデアというところで、一体なんの研究をしているんですか?」
「カルデアがどんな組織かは知ってる?」
「人類が百年先の未来でも生きていると保障する組織ですよね。国連傘下とは思えない胡散臭さを感じますが」
「そう言ったら、伐刀者なんて数世紀前までは胡散臭いモノの代名詞だろう。そこらへんは俺も同意するが。で、俺が何の研究をしてるかって?」
頭の中で、機密情報とそうでないものを区分けし、さらには英雄が話したいものと話したくない話題で分けた。
守秘義務に引っかかるものでなければ何でも話す。しかし、聞かれない限りは何も言わない。それがこのインタビューでの英雄のスタンスだ。
「歴史を研究……って言っても一口に歴史でも色々あるか。今、特に力を入れてるのは宗教関連かな」
「宗教ですか?」
「特に、聖遺物。十字架、釘、槍」
「聖十字架、聖釘、ロンギヌスの槍ですよね」
「そして──聖杯」
聖杯という言葉を口にした瞬間、眼が途端に鋭くなった。
記者として語彙はそれなりに豊かなはずだというのに……その眼に宿るものを、加賀美はどう表現すればいいかわからなかった。
「けど、それが人類存続に何か関係あるんですか?」
「それらが今も現存するのとしないのでは、明日人類が滅ぶか滅びないかくらい違う」
「それほどまでですか!?」
「そういう危険物ってこと。けど今生きているってことはもう無くなっているのか。それとも、確認されていないだけなのか」
「先輩は後者と踏んでいるわけですね」
「可能性が皆無ってわけじゃないからね。小数点以下の数字がゼロを幾万幾億並べようとも、滅ぶ可能性が絶無でない限りやらなきゃいけないから」
雲を掴むような途方のないことをしている。それは、広大な砂漠から砂粒ほどのダイヤを見つけるも等しいことだ。
それでもやろうとする精神力がある辺り、朔月英雄は彼女の予想通りの……予想以上の大人物だ。
嫌々やっているという気がまるで見られない。自分にしか出来ない、自分だけが成し遂げられるという自負が、言葉の端々に含まれている。
「それよりいいのかな?あんまりゴシップ寄りの情報じゃない気がするけど」
「あ、大丈夫です。次の質問は……彼女さんとか、いますか?」
「いないよ」
「おおう!結構イケメンさんなのに!?告白とか良くされているんじゃないですか?」
「まあ、去年より学園にいて予選で結果出してるから……そういうこと言って来る子もいるけど」
「けど?」
「──日下部さん。メモを止めて、レコーダーも」
テーブルに置かれたボイスレコーダーの録音を止め、せわしなく走るメモ書きを止めるよう求めた。
「もう一つあるよね?」
「む、むぅ」
忍ばせていた予備のボイスレコーダーも露見され、録音を止めてテーブルの上に置いた。
これで何一つ、記録として残るものはなくなった。
話せることは全て話す。だが、それでも恥ずかしいことは恥ずかしいわけであり……感情と信条は必ずしも一致はしないのだ。
「──片思いをしている子はいる」
「だ、誰ですか!?」
「カルデアの職員。守秘義務に抵触するのでこれ以上は教えられない」
顔が赤く、目を逸らしているために、本気で恥ずかしがっているのは間違いなかった。
そんなに恥ずかしいのなら言わなければいいのにとは思うが、答えられる範囲で答えると言った手前、反故にしたくないのだろう。
「というわけで、学園で惚れた腫れたをするつもりは一切ない」
「朔月先輩も男の子なんですねー。研究一筋の学者肌と思ってましたが」
「年頃の男なんてみんなそんなもんだろう」
あの修行馬鹿の一輝だって女には弱いのだから。ただの歴史馬鹿の自分が弱くないわけがない。
「ではでは、好きなものや嫌いなもの」
「好きなものは歴史研究と、
「趣味は?」
「二人零和有限確定情報ゲーム……チェスや将棋や囲碁かな。あんまり勝てた試しがないんだけど」
「おや、一輝先輩からめちゃくちゃ強いって聞きましたけど」
「俺以上に強いのがゴロゴロいるんだよね」
軍略スキル持ちの
それでも挑まずにはいられないのは、彼らの勝ち方があまりにも鮮やかな手並みであり、自分の腕を磨けば磨くほどにサーヴァント達の運用手腕が上がるのがわかっているからだ。
「ほうほう、ではもう一つ……好きな女の子のタイプは?」
「後輩属性……俺を慕ってくれる子にはどうしても弱いな」
「おやおや、私口説かれてます?」
「ハッハッハ、百年早い」
目が笑ってないあたり、マジだと受け取った。
つまりは片思い相手のカルデアの職員とは、後輩ないし年下の女の子なのだろうと当たりを付けた。
これ以上は女の子関連で質問するのは良くはないと思い、質問を変える。
「七星剣武祭の、目標は」
「本選出場。そのためにも一戦一戦全力を尽くすつもりだ」
「黒鉄先輩のように、優勝ではなく?」
「俺個人の力なんてたかが知れてる。俺の力じゃ、一輝には勝てない。その時点で優勝はないよ」
そもそもの話、朔月英雄がBランクであるのは彼が為した歴史学による新事実発見の功績が評価されたことによるものだ。若年ながら学会では怪物扱いされているが、間違っても戦う者ではない。
むしろ七星剣武祭に出てくれるなと、陳情を出した者もいる。もしも万が一のことがあれば、学会の至宝が失われることになりかねないと恐れる者らによるものだ。
英雄は、どこまでも学者だ。槍を持つ姿など、誰も見たくはない。英雄本人も望んですらいない。
──それでも、戦わなければならない理由があるとすれば……。
「本選に出場出来なければ退学……というのは本当なんですか?」
「……」
黙して、語らず。沈黙は肯定という意味なのだろう。加賀美はそう受け取った。
彼もまた、一輝と同じで後がない。優勝と本選出場とハードルの高さこそ違えど、踏み外したらそこでお終いだ。
学生騎士という身分だからこそ、彼は国連傘下組織に属せている。退学となれば、そこも追い出されることとなるだろう。
やりたいことが出来ない苦痛は、大きいものに違いない。加賀美自身、報道に関わることが出来なくなってしまうと想像すれば同情してしまう。
「…………俺は、一輝から言われたから。それを信じてる」
黒鉄一輝の精神性は誠実そのものだ。必要なく嘘をつく性根ではない。
英雄はそれを信じている。それだけでいい。
「黒鉄先輩とは、去年から交流を?」
「学園じゃ唯一の友人だったよ。俺がサボりがちだったせいもあって、圧力工作も受けなかったし。たとえ受けていたとしても、俺は一輝の味方でいただろうし」
「男の友情ってヤツですね!」
「違う。打算と合理的理由だ。一輝の味方という立ち位置こそが、安全圏だから。それ以外の敵対立場と日和見の中立は危険域、それに尽きるね。去年のアイツをイジめてる所を見て一番肝を冷やしてたの俺だな。次の瞬間には百人以上の首が物理的に飛んでても不思議じゃなかったし」
「お、おう……」
「『惨状!魔導騎士学園は血に塗れる──Fランク伐刀者による復讐の生徒百人切り!』なんて見出しがあったかもしれん。アレが騎士に拘らなければ、テロリストなり辻斬りなり、伐刀者としての名は広まったと思うぜ」
「悪名じゃないですかやだー」
それが出来てしまう技量だから始末に負えない。一輝の堪忍袋がよほど丈夫でなければ、第二の『比翼』が生まれそうだったのだ。
去年の一輝へと虐めている者らへの印象は、どうしようもなく愚かとしか言いようがなかった。火薬庫の前で笑いながら火遊びをするなど、とてもではないが真似できない。
もし、黒鉄一輝が不意を打てる立場にあるのなら、その不意打ちを防げるだろう伐刀者は非常に限られている。ランク主義全盛の今だからこそ目が曇りがちではあるが、一輝の剣は紛れもない殺人剣だ。人型のものを斬り殺すために効率を極めた代物だ。
彼の本領は、一対一の決闘の場ではなく己と同じく戦争にて発揮する──戦場を知る英雄だからこそ、それを感じ取ったのだ。
「な?ヤベェだろアイツ」
────そのものの善悪の属性は別にして、黒鉄一輝は怖いのだ。
「けど朔月先輩、黒鉄先輩のこと話すとかなり嬉しそうですよ」
「そりゃな。あれは
満面の笑み。一輝を語っている時は、嬉しさを全面に出している。
恐ろしいからこそ、惹かれるのだ。須らく、
一輝からも、その気配が香るのだ。幾人の
「俺が歴史が好きなのって、そこに
連綿と続けてきたからこそ、それは尊い。
歴史とは、人の歩みである。そして、その歩みを止めることは、人の終わりに等しいことだ。
「日下部さん、アンタ運が良いよ。この時代の
「…………あー、もしもし理事長?一年の朔月です」
加賀美の取材が終わり、日が暮れた頃に……英雄は自室で電話を掛けた。
相手はこの破軍学園の理事長、神宮寺黒乃。
「────俺が本戦に出れなかったら退学ってあるじゃないですか、
「────あれ……暫く嘘であると撤回しないで頂きたいのです。ええ、少なくとも予選が終わるまでは」
「────黒鉄本家が動き始めています。性懲りもなく一輝に対する学内干渉です。……ご理解頂けてなによりです。では」
伝えたい要件を全て伝え、電話を切り、溜息を吐く。
目をやるのは、伝えられた学内メールの内容。
頭を掻きむしりながら端末をテーブルの上に放り投げ、思考を回転させながら眠りにつくべく布団に寝転がった。
「……気張るか、俺も」