運命聖杯の英雄奏楽《エロイカ》   作:Soul Pride

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 七星剣武祭、破軍学園学内予選……朔月英雄の初戦は──。

 

『──Let's Go Ahead!』

 

「クラスカードランサー、『限定展開(インクルード)』!」

 

 槍兵のカードを顕現し、呪いの朱槍へと展開する。

 ……そしてそのままに、対戦相手へと間合いを詰めて突っかけて──!

 

「『刺し穿つ(ゲイ)──』」

 

 槍に宿る、呪いが起動。赤い魔力が槍に迸り……。

 

「『──死棘の槍(ボルク)』!」

 

 相対する敵の心臓を、貫いた。当然、致死量のダメージである。

 開幕瞬殺。五秒も経たないうちの決着であった。

 七星剣武祭において固有霊装(デバイス)は、殺傷破壊の実戦の形となる『実像形態』を用いることが原則。

 しかし、英雄は初めから非殺傷である『幻想形態』にて固有霊装を展開していたため、対戦相手の命に別状はない。

 

『し、瞬殺ーーーー!!一年Bランク、朔月英雄選手!実況する暇もない僅か五秒弱での決着でしたーーーー!』

「……あれが、お兄様の友達の」

「うん、朔月英雄だよ」

 

 英雄の試合を観戦席にて、黒鉄一輝とステラ・ヴァーミリオン。そして一輝の妹の黒鉄珠雫とその友達、有栖院凪は、彼の戦いを見に来ていた。

 危うさの欠片もない一瞬の圧勝。戦いを見届けた観客にはそう見えただろう。

 ……だが、黒鉄一輝の目にはそうは見えなかった。極まった観察眼と持ち、英雄と知己であることで得た彼本人の情報を統合すれば……この試合によって明らかにされた全く別の答えが見えてくる。

 

「……やっぱり英雄にはこういう戦いは向かないな」

「どういうことですか、お兄様?」

「あの英雄が使った槍の『伐刀絶技(ノウブルアーツ)』は、心臓に命中したという結果を作ってから槍を放つものでね。乱暴に言ってしまえば、ほぼ絶対に敵を倒す槍なんだ」

「え、何ですかその反則」

 

 一輝が語る英雄の朱槍の力に、珠雫は唖然とする。

 放てば勝ち。ロールプレイングゲームでいうなら、『攻撃』『魔法』『防御』といったものらに『倒す』というコマンドが混ざっているも同然である。

 相対するならこの上なく理不尽なもの。どんな相手であろうと、一刺しで終わらせるデウスエクスマキナだ。

 

「──だからこそ、英雄は持っている鬼札を切らざるを得ない。本人も言ってたけど、英雄に武術の才能は無い。運動音痴じゃないしそれなりに体力もあるけど、武器を持って一対一で戦うのは彼にとって非常に危うい賭けなんだ。単純な魔力抜きの白兵戦だったら、黒鉄の剣を会得している雫の方が強いよ」

 

 男女の対格差があってでも、背丈(リーチ)腕力(パワー)も劣る魔術型の雫に英雄は劣る。一輝はそう確信しているし、英雄本人も事実だと認めるだろう。 

 そこまで戦闘というものに適正がないのも驚きだが、ステラは英雄の真価があることを知っている。

 

「イッキ、だったらサーヴァントを呼べばいいじゃない。出来るんでしょ?」

 

 英雄の持つカードを通した、サーヴァント召喚。あのカードが、如何に強大なものを呼び寄せることができるかをステラは知っている。

 あの彼女に比肩するものを召喚し使役すれば、並大抵の伐刀者など目ではない。

 ……それは、Aランクである自分も例外ではなく──。

 

「出来る。だけど、それには時間が十秒は必要なんだ。その場で動かない、という条件付きで」

「……そういうことね」

 

 一輝の言わんとしていることが、有栖院は理解した。

 試合開始前から固有霊装の展開は許されるが、あくまで固有霊装までだ。

 朔月英雄の固有霊装として認められているのはクラスカードだ。そこからの変化は伐刀絶技と見なされ試合開始後でなければならない。

 開始後十秒も待ってくれる相手など、誰もいない。無防備な彼を速攻で仕留めにかかるだろう。

 

「英雄の持っている手札の中で一番瞬発力があるのが、『限定展開(インクルード)』……サーヴァントの武器を取り出す伐刀絶技だ」

 

 普通の伐刀者と同じように、武具を取り出す。英雄が他の伐刀者とは違う点は、百のカードがあるのなら百通りの武具を選び、その異能を発揮することができる。

 これが武に長けた者であればそれだけで脅威になる。もし武芸百般に至る一輝にこれがあったなら、無双を体現する者になったに違いない。

 ……だがしかし、英雄は武の才能はない。

 確実に勝てる武具を選んだのではない。確実に勝てる武具を選ぶしかないのだ。朔月英雄が勝つには、それしかない故に。

 

「あの槍を選ぶ時点で、英雄は底を見せている。周りが思うより本人は追い詰められていると思うよ」

 

 ────それでもあの槍は脅威だけれども、と一輝は結ぶも……幻想形態で使っている辺り、英雄本人が戦闘向きの人間ではないことを決定付けていた。

 一刺必殺、それを体現する槍を使うのならば幻想形態で使うしかない。それは英雄らしい気遣いであり優しさだが、必殺を必殺でなくする甘さだ。

 強い精神力を持つ者であるならば、幻想形態での致命傷を与えても耐えることがある。そういう者らには、幻想形態は意味を為さない。

 ……避けられないのであれば、来るとわかっている一撃を耐えればいい。その後に、槍の間合いまで詰めてきた彼を渾身の一撃で沈める。

 対英雄戦の組み立てを、一輝は構築しつつある。もし彼が同じ手で来るのならば、確実に下すことが可能だろう。

 

「『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』……確か、ケルト神話の武器よね?クーフーリンが使ったという」

「……まさか、あのカードにはクーフーリンと繋がってるってわけ?」

「ステラさんも北欧神話に出てくる炎の杖と同じ名前だから、頑張ればスルトが出てくるんじゃないでしょうか?」

「出ないわよ、出てたまるもんですか」

 

 雫のからかいをあしらうステラ。確かに、騎士の一対一の決闘において英雄は不向きだと納得する。

 しかし、伐刀者としての能力は凄まじいものがある。Bランクというのは過小評価が過ぎる。サーヴァント召喚が明るみになれば、Aランク確実の能力だ。恐らくは、戦闘という手段でで日の目にでていないせいなのかもしれないが。

 一輝といい、英雄といい、伐刀者ランクが仕事していないと思わされた。

 

「……まあ、僕も人の心配をしている場合じゃないんだけどね」

 

 自分にも近く迫る、初戦。

 相手は昨年度七星剣武祭本戦出場選手、『狩人』桐原静矢。

 彼を相手に、どう立ち回るか。今も絶えなく思考を働かせ続ける。

 

 

 

 

 

「桐原?ああ、あのド三流」

「随分とぶった切るわね、貴方」

 

 試合後に有栖院は英雄に、一輝の対戦相手である桐原静矢のことを尋ねた。

 英雄も昨年の七星剣武祭本戦出場者。知っていることなら、聞いておきたかった。

 

「そういや週末に会ったんだっけか?解放軍(リベリオン)のゴタゴタで」

「まあ、あまりいい印象ではなかったけれど」

「……俺も行けば良かったな。あの宗教屋(カルト)共を皆殺しに出来たんなら」

「えっ」

「なんでもない」

 

 ほの暗い殺意が顔に見えたが、すぐに隠れた。

 

「『狩人』ってのは、まあヤツを良く表してるよ。自分の分を弁えていて、慎重派だ。裏を返せば危険を冒す度胸の無いチキン野郎ってなだけだ。性格もまあ、ランク至上主義を除けば嫌いじゃないぞ。黒鉄の家のことさえ無ければ、俺と一輝とアイツでつるんでたかもしれないな」

「そこまで?」

「もう叶わん予想だがな」

 

 あれはアレで、面白い男であるとは英雄の評。傍から眺めているには害のない存在だ。

 一輝もまた、桐原を心の底から嫌ってはいない。

 付き合いの良い奴には違いない上、修行馬鹿の一輝とは釣り合いが取れていたのかもしれない。

 

「それで、そのド三流っていう根拠は?」

「伐刀絶技が完全ステルス……にしては、ゲリラ屋として詰めが甘すぎる。あれ、本当は軍を単騎で食い止められる性能あるのにもったいない」

「具体的には?」

「毒なり罠なり」

「道具の持ち込みは反則よ」

「知ってる。致命的なのは、性格だな。あれの試合の動画見てわかるように、一撃で仕留めてない。遊ぶ癖がある」

 

 真に狩人であるならば、いたずらに標的を傷つけず最小限の損傷で仕留めるのが最上。桐原の攻撃力が如何に低かろうとも、急所に打ち込めば倒せる。そうするだけの腕が無いのであれば、その時点で二流以下に確定だ。

 英雄の個人的な分析で言えば、桐原の態度を見る限りそれはない。あの遊び癖は、自己の力量に裏打ちされた自信だ。負けを体感したことのない弊害とも言えることだが。

 よって、弓兵(アーチャー)としてはド三流。強力な能力を半端に腐らせている時点で、英雄は一点もやれない。

 なまじ、ゲリラ戦の達人(ロビンフッド)を手持ちに持っていてその手腕を知っているため、採点は非常に厳しいのだ。

 獲物を前に舌なめずりして(なぶる)弓兵(レンジャー)など、評価に値しない。

 

「かといって、暗殺者(アサシン)としてはどうか?これも落第だ。性格的に自己顕示欲と差別意識が強い。リスクを嗅ぎ分ける嗅覚は大したもんだが、一度踏み外したらお終いだ。確か、お姫さんと賭けしてたんだっけか?」

「ええ、そうよ。一輝に勝ったら、ステラちゃんと付き合うという」

「試合展開が見えたな。アイツの唯一の強みになってる危機(リスク)回避も一輝相手に作用しなかったら、もう伐刀者として大成はしない。自らの驕りによって、唯一の長所が自信ごとぶち折れるからな」

 

 ──結論。桐原静矢は落第である。

 弓兵(アーチャー)としても暗殺者(アサシン)としても、歴史に連なる超一流を知る英雄は、彼の欠陥を容赦なく抉る。

 

「なんというか、良く見ているのね」

「名君の傍には名臣が多くいるもの。名臣を見分けるのが名君の目だよ。それらに揉まれてたら、否が応でも自己を含めて未熟が目に付いちまう」

 

 一流を知り、自己を知る。比べる対象は事欠かなく、見上げるものばかり。

 影の国の女王(スカサハ)大賢者(ケイローン)童話作家(アンデルセン)名物講師(エルメロイ)に遥か及ばずとも、人を視る鑑定眼は養われている。

 しかしそれでも、桐原と一輝の相性は天敵と言ってもいい程に最悪だ。

 いくら欠点を並べてようとも、消えてしまったら近接攻撃以外の手段を持たない一輝には的にしかならない。

 

「……それでも一輝が勝つとは、限らないんじゃない?」

「勝つよ。一輝は絶不調になるだろうけど」

「絶不調に?どうして」

「後の無い本番をほぼ経験したことがないからな。要するに緊張だ。まあ、直に慣れるだろうし、桐原のへっぴり腰の矢でも気付け薬代わりになるだろうさ。見つけられたら、その時点で詰み。俺が桐原と同じ力持ってても絶対に覆せない。一対一(タイマン)の戦闘単位では一輝は絶対にやり合いたくない筆頭だよ」

 

 ──翌日。黒鉄一騎と桐原静矢との試合にて、英雄の言ったことは悉く的中することとなる。

 後日、苦戦とその原因、そして苦境の後の勝利を英雄に予想されていたことを有栖院は一輝に話すと──。

 

『それが、英雄の本職だからね』

 

 と、特に驚かずに返された。

 本職?と一輝に尋ねると、

 

従僕(サーヴァント)に対する主人(マスター)、それが本来の英雄の本職なんだ。人を知り、人の力を見極め、人を使って戦略戦術を弄するのが、大の得意なんだ』

 

 騎士同士の決闘の基本たる一対一ではなく、多対多、あるいは多対一の戦闘こそ朔月英雄の本領であると語られた。

 

『もし仮に、『何でもあり(バーリトゥード)』という条件でステラと僕……アリスと雫も加えてもいい。英雄の指揮下にどんな伐刀者でも一人いれば……確実に僕らの内三人は道連れになる』

 

 Aランクと体術の修羅、魔力制御の業師に影使いの四人を相手に、低ランクだろうと非戦闘型の伐刀者であろうとも、英雄の指揮下にあるだけで三人も狩り取れる。

 まさか、と有栖院は思いたかったが語る一輝の目は真剣そのもの。嘘ではないのだと、納得させられる。

 指揮下に入る伐刀者が腕利きであるならば、二対四という数の不利を覆して勝利するだろう。

 

『こうして同じ学園にいることに感謝しているよ。戦争になったら絶対に敵に回したくない』

 

 ──得意とする内容や規模は違えど……分析に長けた二人が、同じようなことを言っている事実に有栖院はクスリと笑みをこぼした。

 やり合いたくない、敵に回したくない……それは、二人がお互いこれ以上のない称賛を送っていて、認めて合っていることに違いがないのだった。




実は桐原くん、慎二ポジで動かそうかなと思いつきもしましたが、それやると昨年の描写もしなくてはならないため没に。
一輝と桐原と英雄で組ませたら、大概無敵ですね。
近接最強の前衛とステルス支援型後衛、さらには追加のステルス要員(ロビンフッド)気配遮断(アサシン)を使役可能な戦術戦略担当、必要ならば兵站(トータ)もいる。
一軍くらい三人で全滅可能ですな。

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