運命聖杯の英雄奏楽《エロイカ》   作:Soul Pride

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10 オープニングマッチ

 パーティ会場を去り、英雄はホテル内を歩く。

 ──いつでもどこでも狙って来い。そう宣言した後、今日はもう休むと自分の個室へと歩く。

 傍らに、マシュ・キリエライトはいない。頑なに同行を申し出て、寝床すら共にする気満々でいたが、どうにか英雄は説得して別棟の部屋に押し込んだ。

 

「ただいま──」

 

 ──宿泊施設の一室、英雄に宛がわれた部屋のドアを開けた瞬間に殺到するのは、桃色の花弁の形をした刃……『一輪盾花』。

 だが、来るのがわかっていたかのように動揺もすることもなく、『無銘・盾(魔力の盾)』を展開し、刃は弾かれて英雄に届かなかった。

 

「──とっ。悪い、部屋は間違えて……ないな」

「チッ」

 

 鍵がかかっていた英雄の部屋に入り込み、不意打ちを見舞ったのはメイド服を纏った侍女……シャルロット・コルデーだった。

 思わず自分の部屋かどうかを確認をしたが、間違えていないことを確認した上で、ああ己を狙った不意打ちだと思い至った。

 

「え、何?同衾希望?」

「死ね」

「おっと」

 

 再び飛来する花弁の刃を、身を翻して避けた。下手に口走ってしまったのは、常習犯がいたせいでもあったが。

 ……元より当てるつもりもない攻撃に当たるほど、英雄は間抜けではない。

 彼女にしてみれば、挨拶みたいなものだ。

 

「不意打ちは構わないが、風祭のお嬢は試合場でやろうって言ってんだぜ。主命を反故にする従者ってどうよ」

「……っ」

 

 あくまで、自分の相手は風祭凛奈であり、その従者のシャルロットではない。そして風祭本人から、英雄には試合場で正々堂々と決着を付けようと宣言されていた。

 英雄も彼女も、共に(マスター)で、従える者だ。

 だからこそ、主の命に従わない従者には、思うところがあった。

 

「断れ」

「あん?」

「お嬢様が勝ったらお前が執事になるという約束を、断れ」

「……それか」

 

 彼女から殺気が飛ぶようになったのは、それからだと思い当たった。

 ──私と戦って勝ったら、自分の下僕(しつじ)になれ(意訳)。暁に入って、凛奈に気に入られてそう言われ、約束したのだ。

 暁学園の代表選手で、友好的な関係を築けているのは風祭凛奈とサラ・ブラッドリリーの二人。黒鉄王馬と紫乃宮天音は無干渉を貫き、多々良幽衣は殺意を隠そうとすらしない。

 しかし主が気に入っていても、従者が同じとは限らない。

 そしてシャルロットの目には、覚えがある。……ああ、愛に狂った(きよひめ)系バーサーカーの同類だ。

 

「嫌だよ」

「……はい?」

「勝つのは、俺だ」

 

 負ける理由がない。勝てない理由がない。そもそも負けた後の光景がまるで思い浮かばない。

 故、断る理由がない。

 英雄のあまりにも簡潔な返答は、シャルロットを一瞬呆けさせた。

 しかしそれは、普通に嫌だと突っぱねるよりも、彼女にとっては火に油を注ぐ答えだ。

 眼中にすらない。自分どころか、主である凛奈相手にすら脅威と感じられていない。

 己が誹られるよりも殊更屈辱的で、怒りに燃えさせた。

 

「──っ!」

「やっべ」

 

 今度は殺す気で放ってくる。それを避けながら英雄は逃げ去っていく。

 ……これで寝床がなくなった。不意打ち歓迎宣言をした手前、そうなるのは自明の理ではあったが、それでもなくなるのは惜しいものがある。

 行く宛てはあるが、アポ抜きで先方が受け入れてくれるのかが、英雄の心配であった。

 

 

 

 

 

「──というわけだ。泊めてくれ王馬(パシリ)

「帰れ」

 

 英雄が寝床を探して着いた先は、黒鉄王馬の部屋だった。

 尋ねるなりそう切り捨てられるも、閉じられるドアに足を挟んで止めた。

 

「そう言うなって。寝てる間、不意打ちしてもいいんだぜ?」

「するか、戯け」

「そうか、残念だ。暁のエースが一回戦負けするのは心苦しいわ」

「……なに?」

 

 それは、王馬にとっては聞き捨てならない言葉だ。

 一回戦の相手は、目も向ける価値すらない愚弟、黒鉄一輝。騎士の名門黒鉄の本家に生まれた、不良品。身内に興味を抱かない王馬ですら、同じ血が通っていることを疑う愚物だ。

 吹けば飛ぶ埃以下。真正面から戦うこと自体が屈辱でしかない。

 この七星剣武祭において、王馬が興味を抱くのは二人。『紅蓮の皇女』ステラ・ヴァーミリオンと『霊装大全(アーセナル)』朔月英雄だけだ。

 前者は秘める巨大な才能と潜在能力。後者は単純に自分を一度負かし、己を上回る怪物を数多く持っている。

 王馬の価値観で言えば、朔月英雄そのものは付属品でしかない。小賢しく策を弄し、ネズミの如く暗躍して、己の無力を誤魔化す、ただの雑魚だ。

 そんな男の言葉など、耳を傾ける価値はない。ましては、Fランクの落ちこぼれに自分が敗北するなどという戯言には。

 

騎士ごっこ(プロレス)をするつもりだったら、とっとと帰れ。ここは、()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

「プロレス、だと?」

「それにしか見えねえんだが、違うか?嘘吐き騎士(プロレスラー)

 

 お前の求めている戦いは、筋書き(ブック)有りのものでしかない。そう断言する英雄は、王馬を嘲笑った。

 

「お前みたいな魔導騎士……伐刀者の力が全てとか考えてるヤツなんざ、一輝の敵じゃねえ」

「あの愚物に、俺が劣るだと?」

「え、逆に聞くけど勝てると思ってたの?つか、勝てる要素どれよ」

 

 ────王馬(おまえ)一輝(アイツ)に勝てるとか、失笑もんだぞ。

 

「言ってみろ。遺言代わりにその戯言、聞いてやる」

「それはそれとして泊めて欲しいんだが」

「……入れ」

「どうも」

 

 朔月英雄(このおとこ)は道化だ。嘲りを口走らずにはいられない哀れな男だ。挑発にもとれる言動に、王馬は怒りも何も覚えていない。ただ、無感動で何も思わない。

 平賀玲泉(ピエロ)の代わりに入ってきたこの男もまた、道化だった。そのような皮肉な話なだけのこと。

 

「いや、助かる。先に一輝のとこに行ったんだが、あっちは取り込んでてな」

 

 部屋で休むことが出来なくなった英雄が先に頼ったのは一輝の部屋であったが、部屋に入るなりサラが押し倒していた光景が目に入った瞬間、Uターンして撤退した。そういう経緯があって、次に頼れるだろう場所が王馬の部屋だった。

 ()()()()()()()()()()()の部屋。負けを喫すれば王馬は早々に日本を去るだろう。入れ替わるように自分がこの部屋で寝泊まりをすればいい。

 

「言え」

「さっさと喋れと?そんな納得いかねえのか、一輝に劣るってのが」

「……」

 

 王馬の手に大太刀の固有霊装『龍爪』が顕現する。これ以上、下らない口を開かせないという意思表示だ。

 単純な戦力比較をすれば、傍らにマシュ・キリエライトがいない英雄の戦力は王馬に及ばない。態度を改めなければ、無惨に切り捨てられるのが関の山だ。

 ……英雄の予想もつかない遭遇戦であったという仮定だったならば。

 

「──っ」

「はい動かない。というより、動けないだろうけど」

 

 このホテル内……否、この大阪の七星剣武祭が行われる大阪の埋立地に限ってしまえば、英雄に不測の事態はあり得ない。

 既にこの一帯は朔月英雄の手中であり、腹の中。範囲内であれば、誰をどのようにするかなど思いのままである。

 現に、王馬は微動だに出来ない。空間圧縮、過重力、筋力弛緩、幻覚エトセトラエトセトラ……即効性の弱体化魔術が重ね掛けされている。

 英雄にそのような能力も技術もない。だが、それを可能にする(サーヴァント)たちがいる。

 七騎ある基本クラスの一つ、キャスター。その陣地作成スキルによって発揮される数々の力は、文字通りに御伽噺の魔法使いのような力を発揮することが可能になる。

 その総力を結集して、この七星剣武祭会場全域を、『神殿』と化している。サーヴァント一騎であれば高位の陣地作成スキルであっても最低で一週間はかかる準備は必要であったが、数多くのサーヴァントを率いる英雄は、それを単純に技量(しつ)人数(りょう)で強引にカバーして、突貫作業で二日で構築。破軍学園襲撃後、キャスター組は別行動で大阪に向かってこの作業を行っていたという周到ぶりだ。

 英雄の手には、指揮棒(タクト)が握られている。道具作成スキルによって作られた、英雄の思いのままに作用させることのできるリモコン装置だ。

 高位の対魔力スキルを持たない限りは、抵抗は不可能。七星剣武祭出場者の大半は、この弱体化魔術の重ね掛けをまともに食らった時点で詰みに持ち込める。黒鉄王馬も例に漏れない。また、大阪府内で彼の目が届かない所はなくなっており、誰がどこで何をしているのかを思いのままに知ることが可能となり、疑似的な千里眼の再現も可能になっている。不意打ち、奇襲は何の意味もなさない。

 これが朔月英雄の、七星剣武祭攻略の為の()()()()()。必勝を期すのであれば、事前準備は入念に。人事を尽くすのは当然のことである。

 

「こういう手間暇も、お前は小細工(ペテン)って見下すのか?」

「──」

「ああいい、喋らなくていい不愉快だ。お前の思想……()()()()()()()()()()()()()()。端的に言ってしまえばそうことだろう」

 

 強者とは、強者であるから強者なのだ。そこに理由も理屈も存在しない。

 なるほど確かに、それは歴史から見てもそれは道理だ。英雄も納得はいく。

 神代に生まれた無双の豪傑、乱世を生き抜いた無類の猛将……それらを率いた無敵の覇王。彼らが何故強かったのかなど問うのは無粋でしかない。強者は強者だ。ひ弱な大英雄(ヘラクレス)など、誰も想像出来はしない。その論理の純度が高ければ高い程に、その者の強さは増していく。

 否定はしない。それもまた、真実だ。

 

「お前、神か怪物にでもなったつもりか」

 

 ……だが、それが全てであるなど、決して認めない。それは、()()()()()である故にだ。神が地上にあり幻想の怪物が蔓延っていた頃の真実であって、人間社会の現代(いま)の真実ではないのだ。

 黒鉄王馬、日本人唯一の学生Aランク騎士。『風の剣帝』の二つ名を持つ、確かな実力者だ。英雄は認める、王馬は強い。

 だが、所詮は人だ。超常の力を持つ魔導騎士だろうと、それは変わらない。変わってはならない。殴れば死ぬ、人でなければならない。

 ()()()()()()()()()()()、黒鉄王馬はまだ人の範疇を超えてはいない。未だ、人の延長線上にいるに過ぎないのだ。

 心身共に怪物(かみ)に堕ちきっていない程度の分際で、天地の理を語る傲慢を許さない。

 

「滑稽過ぎて片腹痛い。今のこの時代(せかい)()()()()()()()()()()()()()()()()……自分からそれを望もうなんて」

「────っ」

「これはもう、確定だ。半端モノの理でしかないお前は、弱者の為にある()()()を前に負ける」

 

 強者は強者であるため強い。神秘ある時代はそれが当たり前で、神や怪物の前に、人は弱者であった。

 その前提を覆すために、そして覆してきたのが人の理だ。強者を知恵と技術で出し抜き、時には神すら騙し切って権能を奪い去り、不可能を可能にして、時代を創ってきた。

 神にはそれが滑稽と映るだろう。怪物は詐欺と誹るだろう。だが、英雄としては敗残者共の負け惜しみでしかない。

 それを磨き続けてきた先人たちの方が、()()()()()()を求め続けてきた偉大な偉人たちの方が、今より強くなろうとする親友の方が、ずっと強い。それは、他ならぬ歴史が証明している。

 七星剣武祭は、全部を使ってでも勝ちを獲りに来る者らが集っている。その中において、人の理が決定的に欠けている王馬に、勝ちの目があるはずがない。

 

「賭けてもいいぞ黒鉄王馬(ハンパモノ)。お前、詰んでる(チェックメイト)

 

 黒鉄一輝より上を往く、その気概がない。一輝には負けられないという、その意気がない。相対する相手が見えていない限り、黒鉄王馬に勝機はない。

 Fランクの『落第騎士(ワーストワン)』ではないのだ。曇った目の認識で勝てる程、甘い相手ではなくなっている。

 仮に王馬を、英雄が駒として扱おうとしても手遅れなのだ。思いのままに動かすことが可能となっても、王馬の限界を超えることが可能なのは王馬自身だけである。その本人がこのあり様だ。完全に、手に負えなくなってしまっている。

 故に、英雄は無慈悲に敗北宣告(チェックメイト)を言い渡した。

 

「さて、言いたいことは言い終わったし。俺は寝る」

 

 指揮棒を一振り。それだけで王馬を封じていた数々の魔術が解ける。

 ……拘束が解けた瞬間に、龍爪が振るわれる。

 王馬のその一閃は英雄の首を、あまりにあっけなく、容易く飛ばした。

 

「チッ」

「────すぅ……」

 

 切り捨てた英雄の躯は泡と消えた。王馬が斬ったのは、見せられた幻術に過ぎなかった。

 代わりに耳に入ったのは寝息……太々しくも既に寝間着に着替えていた英雄が、シングルベッドを独占して寝ていた。

 …………これ以上、何をするのも億劫だった。英雄の相手をするだけ、徒労でしかない。

 部屋の壁を背に、王馬も寝る。道化の口車に付き合ったのが運の尽き。些か以上に、疲れてしまった。

 

 

 

 

 

「あ、ニートだ」

「っ……!」

 

 七星剣武祭、初日。Aブロック一回戦の試合である一輝対王馬の試合の観戦のため、試合会場の貴賓(VIP)ルームに英雄とマシュ、そして珠雫は着た。

 選手といえど入れる場所ではないが、英雄は総理大臣月影獏牙の知己であるため、入ることが出来た。

 そして入るなり、英雄は見たことのある顔……これから試合をする兄弟、そして珠雫の父である黒鉄巌を見た瞬間、指差してそう言った。

 魔導騎士連盟日本支部支部長……今では()が冠詞に付く……その座を辞してから、彼は未だ定職に就くことが出来ていない。就くことを、あからさまに妨害されている。

 そしてその容疑者の筆頭に、指で指されてニート呼ばわりされ、あまつさえ珠雫(むすめ)に噴出される始末。『鉄血』と呼ばれるほどに公人に徹してきた彼でさえ、激憤する寸前にまでいく。

 

「……些か、目に余る言い分ではないかな朔月君」

「まあいいかニートなんて」

「ぶっ……!」

 

 意に介さず、無視(シカト)。次の瞬間には視界に入れさえしない。

 厳格の代名詞と言えた父親を、傍若無人に振る舞って虚仮落とす様は、珠雫にとっても痛快だった。淑女らしくない笑みを必死に抑えるので精一杯だ。

 大好きな兄を追い詰め続けてきた父親を父親など思ってなどいない。あの一件を未だ彼らは許してはいない。

 

「おう、英雄くん」

「よう、月影のおっさん。会場は盛況だなやっぱ」

 

 会場全体を一望できるVIP席から見渡せば、一回戦にして例年の決勝戦並の賑わいだ。

 名門黒鉄本家の直系の、兄弟対決。しかも、片やU-12世界大会優勝経験がある日本人学生騎士唯一のAランク、片や七星剣武祭史上初の出場となるFランク。

 超エリート対、超落ちこぼれ。センセーショナルなマッチメイクに、世間は話題沸騰となった。

 チケットは完売、ダフ屋の法外な値段設定でも売り切れた。会場は完全に満員御礼である。

 

「黒幕ごっこは楽しいかい?」

「超楽しい」

「奇遇だね、私もだ」

 

 悪い笑みを浮かべる両者。片や七星剣武祭に無理矢理割り込んできた理事長兼現職の総理大臣。片やその学校に転校して裏から大会を操っている戦略家。

 タチ悪い組み合わせだと、傍から珠雫は思う。公権力と頭脳が噛み合った彼らは、何でも思い通りに出来るだろう。

 恐らく、彼らの付き合いは破軍の学内予選よりずっと以前から続いているに違いないと考える。でなければ、あの現ニート(おや)をああまで蹴落とす事など出来ないはずだ。

 

「どっちだい?」

「一輝に一本。おっさん負けたら正倉院フリーな」

「英雄くん。別に賭けをしようなんて言ってないんだが」

「くーれーよーフリーパスー。ケチケチしねーでさー」

「君に渡したら国が傾くって分かりきった代物をどうして渡さなければならないんだい」

 

 ……内容はともかくとして、これが一国の首相と一学生の会話と思えないくらいに気安い会話だ。小遣いをせびる悪ガキと親戚の叔父さんみたいな関係に錯覚してしまうだろう。

 

「君は一輝君の方と言ってきかないが、私にはその根拠がわからないのだよ」

「総合的に言えば、アレ(ニート)王馬(パシリ)の方が強いって?確かにな」

 

 魔力差、能力差を考えれば圧倒的に王馬が上回っている。一輝の真骨頂たる武技の冴えも、王馬の方も高レベルに至っている故、大きな差にはなってはいない。

 

「俺から見ればね。王馬(パシリ)も一輝以外のFランクやらEランクやらの有象無象も、実際大した違いなんてないの」

 

 黒鉄王馬は強者ではあるとは認めている。研鑽も才能も、確かなものであると唸らせている。

 だが、それだけなのだ。それだけでしか、ないのだ。

 朔月英雄にとってみれば、何ら問題はない。

 

「仮に、あそこに立つのが一輝の代わりに俺だったとしよう。一分経たずに片づける」

 

 対戦オーダーが、王馬対英雄だったならば、自分の勝ちは揺るがない。自信たっぷりに、大口を叩いた。

 容赦なく弱所を突き、罠に嵌め、延々と責め苦しめて、自分から負けを希う地獄を作ることだって可能である。自分が王馬と戦うならば、実際そうする。

 

「では、王馬君の代わりであれば?」

()()()()()

「……ほう?」

「一輝に有効な戦術戦法なんて、構築も実践もいくらでも出来る。だけど、一輝はいくらでも覆せる怖さがある。()()()()を持ってる奴は、たった一芸で千の神算鬼謀を崩す」

 

 数々の過去の英雄(えいゆう)英傑を見てきた朔月英雄にとって、黒鉄一輝は今生きる者たちで恐ろしいと思った唯一だ。

 達している者と、そうでない者の差は大きい。

 その差が、真に英雄(えいゆう)と呼ぶに相応しいかの違いなのだから。

 

「俺の読みが違ってたらこの両目(ふしあな)、抉り取って溝に捨ててやる」

 

 

 

 

 

 リング中央、対峙するは血を分けたはずの兄弟。

 しかし、その才能は大きく違ったものであった。

 方やエリート、方や落ちこぼれ。そう、烙印されてきた。

 だが何の因果か、この公の舞台で両者が対峙している。領域(ステージ)が違っていたはずの二人を、こうして引き合わさせている。

 

「王馬兄さん、そんなに睨んで僕は何かしたかい?」

 

 表情に変化はないが、王馬の目にははっきりと憤怒の色が表れていて、目の前の一輝を射抜いている。

 気に障らせることをした覚えは、一輝の中ではない。

 

「しているな。今、ここにお前がいることだ」

「……あー、わかった。英雄がまた何か煽ったんだね」

「その上で、『紅蓮の皇女』とお前如きが関係を持っていることが気に入らん」

「……ステラが、何だって?」

 

 大切な、愛する恋人の名前が出た瞬間、一輝の周囲の空気が張り詰めた。

 彼女は、あの破軍襲撃にて王馬に力比べで敗れている。それは彼女に深いショックを与えた。

 以後、彼女は武者修行に行ったまま帰ってこず。七星剣武祭が今こうして始まっても、まだ連絡は着かない。

 

「お前のような愚物が関われば、アレはあの才能を腐らせる。その程度も理解出来ないか」

「それを、兄さんが、口出す権利がどこにあるの?」

「問う資格すら、お前にはない」

「ああいい、もうわかった。()()()()()()()()()()()

 

 固有霊装、『陰鉄』顕現。

 温厚な気質の彼が、静かな憤怒と刃の如し殺気を剝き出しにする所など、誰も見たことはなく。

 その言葉は、いつかの言葉に重なって聞こえ──。

 

「────()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……全く同じ言葉が、突き刺さった。

 例え神だろうと、怪物だろうと、彼女との関係を他の誰かに割り込まれて引き裂かれたくはない。

 そうするなら、誰だろうと斬る。目の前のモノが(それ)なら、何の遠慮もなく切れるというもの。

 

「身の程知らずの愚物が」

 

 手には『龍爪』。本来ならば、顕現することもしたくない相手だ。

 王馬の目には、変わらず身の程を知らない愚か者としか映らない。

 

『Let's Go Ahead!』

 

 ──試合、開始。

 その立ち上がりは、両者共にリング中央へと歩み寄っていくという落ち着いたもの。

 そしてお互いに間合いに入った途端、先に振るわれたのは大太刀。

 魔力差、能力差、それは隔絶している。まともに受ければ一輝の体など木の葉のように吹いて飛ぶ。

 しかし一輝は避ける素振りすらせずに、静かに迫る白刃を見据えて──。

 

「第三秘剣改──」

 

 ……その刹那には、王馬の方がリング際まで吹き飛ばされていた。

 いつ振りかぶったのか、リング中央に立つ一輝は残心をしている。

 

「──『重円環(かさねまどか)』」

 

 そして、構えぬ無形の構えを取る。極限の脱力と緊張の差が生むストップアンドゴー。構え一つとっても、黒鉄一輝は武の極致に到達している。

 驚くくらいに激情で肉体は熱くなり、殺意で思考は冷えて冴えている。有体にいって、一輝はキレていた。

 当初想定していた試合の組み立てなど、既に慮外にある。危険性の高い第三秘剣を、初っ端から放つというリスキーなことを普通はしない。

 だが、頭の中で何かが途切れた瞬間、思うがままに任せようと委ねた。そうなれば、可能になるのだと確信したが故に。

 

「来い、黒鉄王馬(クソヤロウ)。僕は、ここだ」

 

 同時に、一輝は直感している。

 今日、ここで、自分は────。

 

「…………舐めるな、落ちこぼれ風情が!!」

 

 王馬を中心に逆巻く暴風。その全てが、全て一輝へと牙を剥く。

 それを、一顧だにせず、恐れない。──我が専心は────。

 

 

 

 

 

 ────自分の兄を、殺すだろう(ことだ)


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