運命聖杯の英雄奏楽《エロイカ》   作:Soul Pride

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「それじゃあ、俺が枠を取るのに異論は誰もないな?」

 

 朔月英雄が睥睨するのは、暁学園の代表メンバー五人。黒鉄王馬、サラ・ブラッドリリー、紫乃宮天音、風祭凛奈、多々良幽衣……。

 代表メンバーであった平賀玲泉は物言わぬ人形と化して、踏み砕かれて英雄の足元を散らかしていた。

 暁学園に転校して、代表選手が一堂に会したこの場で……英雄は最初に平賀玲泉の首を爆破した。

 一言──『微睡む爆弾(チクタクボム)』と小声で唱えた瞬間、頭が爆ぜた。

 頭部を失って倒れた平賀を英雄は踏み砕き、残る五人へと言ったのだった。

 平賀が敗北して別の人間が代表枠に入ろうが他の者らは何も思わない。元々、仲間意識というものは非常に希薄だ。

 それが、自分らを一度に負かした、願いを叶える杯であったとしても。

 

「……」

「沈黙は肯定と受け取る。月影のおっさん、いいな?」

「いいとも。暁学園は君を歓迎しよう」

 

 暁学園理事長、そして現職の日本国の総理大臣である月影獏牙の了承を得て、朔月英雄は暁学園に学籍を置き、代表枠を得た。

 月影は手に持っているアタッシュケースを英雄に渡した。

 

「君の要求した、約束の物だ」

「この場で確認しても?」

「無論良いとも」

 

 受け取ったアタッシュケースを床に置いて、開けて中身を見る。

 それを見た英雄は本物であると確認した後、目を閉じる。彼らを前に、こみ上がる感情をひた隠すように。

 

「……確かに、本物だ」

 

 ずっと探し求めていたものを、手に入れた。

 これを手に入れるために、今までの一生はあった。

 

「契約に従おう。暁学園代表として、俺の全戦力を投じて優勝を獲る」

「非常に心強い。よろしく頼む」

 

 英雄と月影は握手を交わし、ここに契約は成立する。

 ──破軍学園襲撃より翌日、記者会見が行われる数時間前の出来事であった。

 

 

 

 

 七星剣武祭前夜祭パーティが行われる、ホテル最上階レセプションホール。

 派手に事を起こした暁学園は、このような催しには出てこない……破軍学園を代表して出てきた黒鉄一輝と珠雫の兄妹はそう高をくくっていた。

 

「よう一輝、妹。久しぶり」

 

 なんてこともなく、普通に友人に声を掛けるように……破軍を裏切って暁へと転校していった男……朔月英雄が、当たり前のように用意されている料理を食べていた。

 驚きと怒りよりも、呆れが強い。破軍学園を裏切ってテロリスト集団に与した上に、平然と顔を出せる太々しさに……珠雫は頭が痛い。

 

「……楽しんでますね、英雄さん」

「そりゃな。こういう場は楽しむもんさ」

 

 ブラックスーツを一分の隙なく着こんだ英雄は、振る舞いを見てもこういう場に慣れているようだった。

 この場には伐刀者として出場しているが、元々は歴史学の権威だ。パーティ等に出るのも一度や二度ではないのだろう。

 

「元気そうだね。暁の空気はどうだい?」

「そう悪くはない。お前もどうだ、『比翼』とやったんだろ?」

「凄まじいね、世界がどれくらい遠いのかよく分かったよ」

「あのコスプレエロ剣士と斬り合って生きてる時点でお前も大概な」

 

 あの世界最悪の犯罪者をコスプレエロ剣士呼ばわりする英雄も大概だと、一輝は苦笑いを浮かべた。

 

「やっぱり知り合いだった?」

「殺し合ったり一緒に飯食ったりする仲だな」

「何でそうなるの?」

「フィールドワーク」

「うん、それで何でも解決する回答になると思うなよ」

 

 ────堅いこと言うなって、と肩を組んでくる英雄。

 やれやれと思いながらも、一輝は深く聞かない。聞かないことが最良、知ったところで無意味だと、知っているから。

 

「何考えてるんですか、英雄さん。いきなりテロリストに仲間入りなんて」

 

 それも、忌み嫌っていた『解放軍(リベリオン)』に。

 朔月英雄の思考回路がまるで読めない。立っている立場、見ている視点、予測している未来……それらがあまりにも異次元が過ぎている。

 一度戦ったことのがある珠雫だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。口が食物ではない異物を呑めないように、頭が理解を拒んでしまう。

 

「あー、ウチの理事長の……月影のおっさんにな。正倉院の秘匿文化財含む閲覧フリーパスくれるって言うからな……」

「一度くたばった方がいいんじゃないですか歴史オタク」

 

 総理大臣だからこそ出来そうな特権に釣られたのかと、珠雫は蔑視の視線を注いだ。

 

「うん、嘘だね」

 

 正倉院のフリーパスなんて如何にも英雄が乗りそうな餌、絶対に嘘に決まっている。

 今一番欲しいものを挙げたモノに釣られたという英雄の言葉を、一輝は嘘と看破した。

 英雄が口走る嘘など、一輝には通じない。一輝の嘘を英雄が察したのと同じように。

 

「……この野郎、前はお前の嘘に乗ってやったんだから今度は乗ってくれよ」

「嫌だよ。下手なこと言ったら大事にするじゃないか英雄は」

 

 嘘を言ったり、嘘を流したら絶対にこの男は周囲を大いに巻き込んで大事にする。既に前例があるのだから、こればかりは一輝は見逃せない。

 おかげで自分の父親は無職になった。刑務所送りでないだけまだ有情だったのだろう。

 

「……()()()()?」

「お前に負けてから」

「カルデアに帰ったっていうのは嘘か?」

「カルデアには帰った」

「七星剣武祭での、目的は?」

「言わせんなよ、恥ずかしい」

「暁学園に居る理由は?」

「……」

「言えないことは、そこか。大会そのものじゃなく、暁そのものに目的がある……いや、英雄のことだからあったと言うべきか」

「どういうことですか、お兄様」

「もう終わったことなんだ。暁の代表で七星剣武祭にいるなんて、英雄にとっては結果でしかない。()()()()()()()()()はとっくに果たしてる」

 

 だから英雄を疑うことに意味なんてない。一輝は英雄とのやり取りで、そう結論付けた。

 同時に暁学園ないし『解放軍』関連で七星剣武祭の運営に支障が出ることはない、と安堵する。少なくとも暁学園側は大会そのものを穏便に通常通りに進めたい気でいる。そして恐らく、英雄もその助けとなるよう動くだろう。そのために英雄が暁に誘われたのだろう。

 

「答えてくれ、英雄。何が目的だった?」

()()()()()()

()()()()、じゃないんだね。……うん、わかったよ」

 

 この時点で、一輝は英雄が何を目的に暁に属したのかを理解し、納得した。

 そして、ここまで()()()()()()話してくれた英雄にも……深い信頼と友情を噛み締めている。

 

「お兄様、何がわかったんですか?」

「ごめん珠雫、()()()()

「……?」

 

 これは、この事実が語られる時は、英雄の口からでなければならない。もっとも彼の性格からして語る口を持たないだろうが。

 ……それこそ、聖杯という最大級の機密以上に。朔月英雄にとって、それほどのことであるということだ。

 勝手に理解して納得する男二人に珠雫はふくれっ面になるが、機嫌を宥めるために一輝は頭を撫でた。

 

「……先輩、そちらの方は」

 

 薄紫のノースリーブ、下品にならない程度に胸元が開いたドレスを纏った彼女は、色気と可憐さを高次元で融合させた結晶だ。

 片目が前髪に隠れた、眼鏡の少女。英雄を先輩と呼んだ、彼女の名は……。

 

「ああ、マシュ」

 

 マシュ・キリエライト。人理継続保障機関カルデア所属、そして現在は暁学園の一年生、朔月英雄の専属助手である。

 彼女の名前を呼ぶ英雄は、自然な柔らかい笑みを浮かべていた。

 ……そのマシュという名前を聞き覚えがあった珠雫は、すぐに過去の記憶と関連がついた。

 

(……ああ、セイバーが言っていた英雄さんの彼女)

 

 あるいは、英雄の片思いの相手。

 英雄のかける声の柔らかさ、そして彼を見る彼女の慕う視線──。

 恋を知る者、恋をする者として、珠雫は同類の匂いを感じ取った。

 

(なんだ、両思いじゃないですか)

 

 一方通行の想いではなく、互いが互いを思い合っている。正しく恋慕、強い絆で結ばれている。

 好き合っているくせに、恋仲にまでは発展はしていない。見ているだけで甘酸っぱくなる関係だと、珠雫は思う。

 

「はじめまして。先輩の助手の、マシュ・キリエライトといいます」

「はじめまして、僕は──」

「──黒鉄一輝さんと、黒鉄珠雫さんですね。存じています」

 

 一輝と珠雫に向ける目は、敵意こそなかったが……対抗心はありありと見て取れた。

 七星剣武祭に出場する二人に、試合で当たっても勝つという自負が満ちていた。

 

「貴女も、出場するんですか?」

「私は、先輩のサーヴァントですから」

「えっ」

 

 サーヴァント……英雄の伐刀絶技『聖杯召喚(ダウンロード)』によって歴史に名を遺した英傑を召喚される、いわば実体を持った精霊だ。

 サーヴァントを知る二人だからこそわかるが、彼らサーヴァントは高密度の魔力で人型に落とし込んだ存在だ。近くに寄れば、如何に人らしく振る舞おうとも、伐刀者であれば人間とは全く違うモノであるとすぐに気付いてしまう。

 だが、彼女……マシュ・キリエライトは人だ。何か偉業を成し遂げたような、強い存在感もない。ただの、普通の少女だ。

 その上、マシュ・キリエライトという名前の英雄(えいゆう)など聞いたことがない。よっぽどマイナーな人物なのか──。

 

「……つまり、英雄の固有霊装(デバイス)として出るわけだね」

「はい」

 

 彼女が英雄のサーヴァントであるのならば、マシュ・キリエライトは英雄の伐刀絶技(ノウブルアーツ)であり、固有霊装である。

 であるならば、七星剣武祭の場に共に立つことを許されている。

 

「予選では、先輩に窮屈な思いをさせてしまいましたから」

「窮屈?」

朔月英雄(マスター)の本領に、程遠かったということです」

「……そういうことですか」

 

 珠雫は気づく。朔月英雄という伐刀者の欠点を、彼女は補うのだと。

 英雄はスロースターターだ。主力であり切り札となるサーヴァント召喚が、どうしても時間がかかる。

 だが、その時間を稼ぐ手段があるのであれば話は別になってくる。

 たった十秒を稼ぐ時間さえあれば、その時点で詰みにかかれる。朔月英雄には、それだけの戦術眼と戦力を保有している。

 

「英雄、優勝する気でいるのかい?」

「そういう契約なんでな。()()()()()()()()()()()()()恥も外聞もなく、形振り構わんぞ」

「……わかった。そう聞いて安心したよ」

 

 本当に、一輝は安堵した。

 英雄が本気になって、手段を選ばないようになってしまったら誰も勝てない。その気になってしまえば、誰も試合場に辿り着けずに不戦敗、そのまま一戦もせずに優勝ということも可能にしてしまう。

 七星剣武祭というトーナメント戦を、戦略単位の視点で英雄に臨ませてはならない。文字通りに何でもやるし、何でも出来るのだ。

 試合では、何でもやる。正々堂々と対等に試合に臨み、持てる力の全てを発揮して戦うだろう。山を砕き、地を割る力を、存分に揮うだろう。

 だが、逆を言えば七星剣武祭開会から先は試合以外では何の策謀も巡らせないという保障がされた。

 朔月英雄を相手に盤外戦を挑まなければならないという愚を犯さずに済んだ。自分たち騎士(へいたい)と英雄のような指揮官(おうさま)では、見ている視点も戦う場所も異なっているのだ。彼の土俵に上がってしまえば、勝ち目は完全に潰えてしまう。

 

「僕と王馬兄さんを当てたのは、英雄?」

「何でもかんでも俺の陰謀?」

「僕の運が悪かっただけか……?」

「いや、仕組んだんだが。最強(Aランク)最弱(Fランク)の兄弟対決って触れ込みはセンセーショナルだからな。チケット買い占めてオークションに掛けたら十倍以上の値段になったわ」

「……うん、そんなことだろうと思った」

 

 それが一番、英雄にとって都合の良い組み合わせだ。だから一輝は、初戦の組み合わせを見た瞬間に英雄の仕業だと断定した。

 黒鉄王馬は、一輝にとっても全力以上を出さざるを得ない相手だ。単にAランクとFランクの差や実力云々ではなく、相手が王馬だからこそだ。

 黒鉄一輝にとって、兄である王馬は揺るぎない強者だ。それは幼い頃から変わらない印象であるため、半ば覆しようのないトラウマに似たものがある。対峙した瞬間から、全力を発揮するように体がスイッチが入ってしまうだろう。そうしなければ勝てない相手には変わらないのは違いないのは確かではある。

 そして英雄は、一輝の全力を見たがっている。『比翼』との一戦を経て成長した、今の力を計りたがっている。

 そういう意味では、王馬はうってつけの相手だ。黒鉄一輝の最大限を発揮させる、という点においてはステラ・ヴァーミリオンに並ぶ。

 

「それにしても……こういう場には出てこないとは思ってたけど……普通に出てくるんですね」

 

 珠雫がパーティ会場の全体を見渡せば、英雄たち以外にも暁の面子がいる。その周囲は、この場所を含めて一定の距離が取られていたが。

 

「暁は『解放軍』絡みのテロリスト集団だから?間違いじゃないが、正しくもない。暁学園は、あくまで月影のおっさんの私兵だよ。ただ、『解放軍』に繋がりがあるってだけ」

「英雄みたいに?」

「お前らのお兄ちゃんもだぞ。気になったら話かけてみろよ、面白い連中だぞ」

「かなりいい空気吸ってますよね、英雄さん」

「率直に言おうか、めっちゃ楽しい」

 

 愉快極まりないと英雄はケラケラと笑う。個性の強い面々ではあるが、あくの強い連中など、サーヴァントで慣れている。個人主義者らと付き合うのは、むしろ英雄の本領といったところだ。

 ……その背後から、チェーンソーを振り上げて、今まさに振り下ろさんとする影が迫る──。

 

「……ああ、本当」

 

 ────めっちゃ楽しい。何より、飽きない。

 強い殺意を察知したマシュは英雄の背後に回る。

 姿は、ドレス姿から鎧と腰に剣を帯び、手には十字型の大盾を携えたものへと変わる。

 チェーンソーを持つ者の正体……多々良幽衣は庇うマシュに構わず止まらない。諸共叩き切る。最初からそのつもりであった。

 盾と回転刃が衝突し、華やかなパーティ会場にそぐわない轟音と火花が響いた。

 

「先輩!離れて下さい!」

「英雄!」

 

 臨戦態勢。一気に緊張が奔り、会場にいる各々が固有霊装を構えるあたりは、学生騎士でありながらもトップレベルの集まりだ。

 

「──落ち着け、お前ら。そんな物騒なもん持ってるな」

 

 陰鉄と宵時雨を構えた兄妹を下げさせ、マシュを押しのけて多々良の前に英雄は立った。

 その言葉は会場の全員に向けた言葉でもあり、そうさせるだけの説得力を持たせていた。

 殺気立った多々良と、変わらぬ落ち着きと雰囲気を持つ英雄とでは、格が違うのだと。

 

「テメェ……!」

「よう、へっぽこ暗殺者(アサシン)。今度はどんな趣向で俺を殺す気だ?まさか今の不意打ちがそうだって言わないよな?」

「うるせぇ!とっとと黙って死に腐れ!!」

「一々吐く言葉が三下臭いなぁ」

 

 クククと笑う英雄に、完全に頭が血が上っている多々良は我慢が利かず突貫する。

 

「……だから、へっぽこなんだ」

 

 切りかかった多々良は、足を止められた。刃は英雄に届くことなく、チェーンソーは手から離れて床に落ちる。

 ──英雄の胸から生えた腕、そしてその腕が持つ赤い槍が、多々良を貫いていた。

 

「悪い、ディルムッド。手を煩わせちゃって」

「何で……反射が……!?」

 

 多々良幽衣の伐刀絶技『反射』は、あらゆる物理攻撃魔法攻撃を反射する極めて強力無比な力である。タイミングさえ合ってしまえば、ありとあらゆる攻撃を無力化することができる。多々良本人の技量も加えて、彼女に傷をつけることは非常に困難なほどだ。

 しかしそれは、あくまで伐刀絶技でしかなく、魔術に依った防御だ。

 サーヴァントランサー、ディルムッド・オディナ。英雄によって部分的に召喚して胸より伸びる手は彼のものであり、彼の持つ二振りの槍の一つ、『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』は魔力で編まれたモノを(ほぐ)し、貫く。

 多々良にとって、これ以上のない天敵であった。

 

「皆さま、お騒がせして申し訳ありません。我が校の狂犬(ペット)の不始末をお詫び致します」

 

 深々と一礼し、謝罪の言葉を述べた。倒れ、立ち上がろうとした多々良を蹴り倒し、頭を踏んで伏せさせる徹底ぶりだ。

 その振る舞いは慇懃無礼そのもの。暁学園内の序列がどうなっているかは知らずとも、入ったばかりの英雄が中心人物の位置にあり、実力を示していることは確かであった。

 

厳罰(ペナルティ)だ、多々良幽衣。情報公開の刑に処す」

「て……めぇ……」

「彼女の伐刀絶技は反射。物理、魔法問わずありとあらゆる攻撃を跳ね返すことが可能になります。こんな様を晒してはいますが、一応は手練れなので不意打ち等は効果が薄いです。弱点はこのように……魔術そのものを封じ、無効化する力には滅法弱いです。例えば……『七星剣王』みたいな」

「っっ……!」

 

 つらつらと彼女の情報を明かしていく英雄は、流し目で……逆立てた髪の長身の男子へと視線をやった。

 それは多々良幽衣の初戦の相手が、『七星剣王』諸星雄大であることと知ってのことだろう。この会場全員に向けた情報公開ではなく、諸星本人にだけ向けた口添え(チクリ)なのは間違いない。

 

「おう、『裏切蝙蝠(バックスタブ)』。その名に恥じん裏切りっぷりやな。友達おらんやろ、それじゃあ」

 

 同校の代表の情報を売り渡すやり口。そして破軍学生として暁を退けながらも破軍を裏切って暁に属するその利己的主義が過ぎる行動原理。

 どっち着かずに飛ぶ蝙蝠……隙を見せれば背中から刺す。その様から朔月英雄の新たな二つ名として、『裏切蝙蝠』の名前が定着していた。

 それが、諸星にとっては気に食わない。単に好悪の問題だが、仲良くはなれそうになれなかった。

 

「俺は誰も裏切っていませんよ『七星剣王』。俺は俺のまま、俺だけを信じております」

(大嘘)

(嘘ですね。先輩は言うほど自己中ではありません)

「七星剣武祭は、別に学校対抗の場ではないでしょう。大人の都合に我々が踊らされる必要はありません。好きにやればいいんです」

「ほーん……」

 

 学校の枠組みに囚われる必要はない。別に学校対抗の団体戦でもチーム戦でもないのだ。フレンドシップもチームワークも、何もいらない。

 主役は騎士一人一人である。存分に出し抜き、存分に蹴落とせ。その相手が同校の者であるというだけで躊躇っては、騎士の本懐など遂げられはしない。七星剣武祭の意義も意味もなくしてしまう。

 諸星は得心する。英雄は英雄のやり方で七星剣武祭を楽しんでいるのだ。戦う場とは試合会場だけではなく、このパーティ会場も盤外戦の舞台……舌鋒すら振りかざしてこそ常在戦場であるのだと。

 等しく、対戦相手であり、敵だ。親しき友だろうと、憎きテロリストだろうと、この祭りに関していえばそこに隔たりはあってはならない。悉くを叩き潰すことに変わりはない。

 枠組みに囚われるのは大人の問題だ。学生騎士(われわれ)ではない。であるならば、思うがままにやらなければ損というものだ。

 

「…………なるほど、蝙蝠というのは正しくありませんね」

 

 武曲学園の『天眼』城ヶ崎白夜は、英雄の人となりを肉眼で視て、風評が誤りであることを認識する。

 同時に、認識する。彼は自分と同類の人間だ。

 戦場を盤とし、俯瞰した視点を持つ者同士。時として、自己すら一個の駒にする冷徹さを持ち合わせている指揮者(プレイヤー)だ。

 

「『奸雄』と呼ぶに相応しいでしょう」

「曹操?俺、呂布の方が好きなんですけど」

「矛を持つのに向いているとはとても思えませんね」

「最強の群を率いるより、窮極の一になるのを憧れるのは悪いこと?」

「…………」

 

 眼鏡越しに射抜く目線は、英雄をつぶさに観察し続ける。

 少しでも情報を拾おうとする城ヶ崎に対し、英雄は何も隠さない。視たければ気が済むまで観ればいいと、歓迎すらしている。

 群の頂点より、一個の最強──この言葉こそ、朔月英雄の芯にあるものだ。朔月英雄が抱く、英雄(えいゆう)たちへの憧憬だ。

 読みの深さ、読みの広さは出場選手の中でも随一であると自負している。このパーティ会場での盤外戦を城ヶ崎は誰よりも歓迎した。

 ──初戦の相手を、堂々と面と向かって探れる。こんな僥倖はない。

 

「──四手」

「今の駄犬とのやり取りを見てなかったと?不意打ちも開幕速攻は既に穴じゃない」

「……!」

 

 頭の中で描いた盤面と、詰みにかかる応手の手数を口に出した瞬間、英雄はその解答を返した。

 ────お前の考えるような手は余裕に思いつく。そしてその対抗手段は、既に持ち合わせている。

 

「──二十八手」

「いいのか、そんなこまねいて?俺はもう詰ませてるぞ」

「……っ、十二手」

「ハハハ、それでいいの?詰めようとした瞬間首が飛んでるなぁ」

「っ!十三手!」

「残念それは届かない。俺の盾(マシュ)の護りはその程度で抜けはしない」

 

 互いの情報を持っている者同士、そして互いが応手の数だけで攻防の内容が理解してしまう戦術眼持ち同士が対峙すれば、動かなくとも戦闘は演じられる。

 故に、城ヶ崎は理解せざるを得ない。攻め手のバリエーションが多すぎる……否、持っている戦力の数と質が桁違いだ。

 ──『霊装大全(アーセナル)』その名に相応しく、持っているモノが多すぎる。

 腹立たしいことに、英雄は手の内を隠そうとすらしていない。応手を繰り返した分だけ、その戦力、その戦術を晒す。

 

「……ちょっと待って下さい。何ですかそのバリエーションの多さ」

「読みの深さも広さも同じなら、決着を分けるのは戦力の多さだ。基本だろ、戦い(せんそう)は数だ」

「……宿題にさせて頂きますよ」

「そうしてくれ」

 

 城ヶ崎白夜は、敗北感で一杯になる。

 同量、同質の駒……同等の条件であれば、恐らくは本当に五分五分であるのは確かだ。二人零和有限確定完全情報ゲームであるならば、戦術の競い合いが出来ていたに違いない。

 しかし現実はチェスでも将棋でもオセロでもない。むしろポーカーだ。

 この世に平等など存在しない。配られる手札の強さは決して一定ではない。才能の格差など、魔導騎士であるならば顕著に表れる。分かりきったことだ。分かりきった上で、七星剣武祭に出ている。

 戦術で互角。しかし、その前段階である戦略で大きく水をあけられている。挽回は、不可能。

 同時に、理解してしまう。現状、朔月英雄に勝てる者など一人だっていやしない。文字通り、この大会に出場する選手全員が、既に詰まされている。

 自身と同じように、大会選手全員を研究した上で戦力を揃えており、勝利の確信がある。

 戦いは数。浪漫も何も、騎士らしい一対一の美学もクソもない、合理性の現実だ。英雄はその通り、相当な物の数を揃えている。さらにタチの悪いことに、その一個一個の戦力の質すら、厳選された極上のもの。

 

公平(フェア)にやろう」

 

 それは、城ヶ崎一人に向けられたものではなく、全選手に向けられたもの。

 朔月英雄なりの、騎士としての矜持からなる、宣言だ。

 

「暁の奴らには、俺に対する奇襲不意打ち全てを許してる。そして、他の出場選手にもそれを許そう」

「はあ……?」

「俺は戦略に全力を尽くした。現状のままなら、俺は全選手に対して圧勝できる。それを覆す権利をやるって言ったんだ」

 

 このままやれば、順当に優勝できる。優勝できてしまう。それは根拠なき自信でも予感でもなく、組み上げられた戦略に基づく結果だ。

 七星剣武祭は、試合外での選手同士の私闘は厳禁だ。大会運営側にそれを見られた瞬間、即時失格だ。

 学生騎士同士、騎士らしく正々堂々と試合場で決着すべきという面も大きいが、興行的な意味合いもまた強い理由がある。円滑な運営のため、ルールが厳格に定められている。

 しかし、中国にて行われる闘神リーグはルールすらなく。ありとあらゆる手段を使ってでも勝ちを得るという傾向が尊ばれる。故、世界で最も過酷と呼ばれる大会だ。

 ──そしてそのルールなきルールを、英雄限定で許可する。

 

「運営側に根回しはしてある。さぁ、諸君」

 

 

────七星剣武祭を始めよう。


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