運命聖杯の英雄奏楽《エロイカ》   作:Soul Pride

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場面はアニメ三話冒頭です。


1 スタートステップ

 ──彼は、運命に出遭った。

 過去となった思い出をを思い返せばなるほど。運命という潮流に攫われたのはこの時に違いない。

 起きた出来事など、そう不思議なことじゃない。超常的なことではなく、現実的に起こり得ることだ。

 ……ただ、家族を失った。それだけのことだった。

 理由は後で知った。彼の力を利用しようと企む非合法組織による犯行。それだけの理由であった。

 父を、母を、妹を殺され、自身は拘束されて拉致されて……ただ何が起きたのか理解が及ばないまま、恐怖に震えていた。

 どうしてこうされるのか、まるで覚えがなく。ただただ、助けを願った。

 ……ああ、今でも鮮明に思い出される。一切の過飾も劣化もなく、その光景を。

 

──問おう

 

 その澄んだ声は、今もはっきりと覚えている。その光景は今もはっきりと覚えている。

 この身が幾度生まれ変わろうとも、決して忘れることはない。

 

──貴方が、私達(・・)のマスターか。

 

 

 

 

 

 十年後

 

 

 

 

 

「──ああ、ドクター。たった今学園に着いたよ。……大丈夫だよ、確かに去年はカルデアの研究の方が楽しくて思わず留年しちゃったけど、今年はそんなヘマはしないって。ちゃんと出席日数のギリギリを見極めてそっちに戻るから……長期休暇以外戻るなだぁ!?ちょっと待てドクターそりゃどういう……切りやがった」

 

 この世界に、伐刀者(ブレイザー)という存在がいる。己の魂を形にし、武装と化す──『固有霊装(デバイス)』を扱い、魔力という力を用いて異能を振るう者らである。

 昔から、魔法使いや超能力者がこの伐刀者であった。その存在が社会的に明るみになったものだ。

 現代社会は彼ら伐刀者を『魔導騎士』として制度に取り込んだ。魔女狩りのように排斥するのではなく、社会の一部として認めたのだ。

 

「繋がりゃしねぇし……着信拒否しやがって」

 

 日本に七校ある、魔導騎士を育てるための、『学生騎士』の育成学校──『騎士学校』の一つ、『破軍学園』。

 東京ドーム十個分の敷地内を、繋がらない電話相手に悪態を吐きながら歩く彼は、朔月英雄(さかつき ひでお)。この学園の生徒であり、学生騎士であり、落第(りゅうねん)生でもある。

 黒いベルトが胸部に一本通った白いジャケットと黒いパンツ……彼の属する組織の制服をそのままに着る彼は、この学園に対する帰属意識はほぼ皆無だ。

 

「参ったな。この一年はどう過ごせばいいんだか」

 

 また今年から一年生として学生生活を送ることになる。学業を疎かにし、日本を発って海外で好き勝手に活動していた自業自得である。

 出席日数の見極めを誤ったため、こうして留年という憂き目に遭った。

 英雄にしてみれば、夢中になっていた遊びを取り上げられた気分である。

 無論、遊んでいたわけではなくあくまでそれは仕事だったのだが……仕事を趣味にしているのか、趣味が仕事になったのは本人にもわからず終い。どちらにしてもワーカーホリックの気があった。

 突然舞い込んだ一年の休暇を、持て余している。仕事中毒に陥った典型的な日本人気質といえるものであった。

 

「俺は別に騎士になりたいわけじゃないんだけどな……」

 

 顔を俯かせて、とぼとぼと歩む。気分は陰鬱。眩い日差しとは対照的に表情は暗い。

 彼の騎士という業種に対する思いへの比重は軽い。卒業後に得られる騎士資格があったら便利だから、この学校に通っているに過ぎない。

 考えている卒業後の進路も、軍や警察といった伐刀者が求められる職に就く気は毛頭ない。超一流伐刀者が集うプロリーグなどもっての外。

 別に騎士がサラリーマンをやってもいいじゃないか。それら荒事だけが、騎士の全てではない。

 そもそも自分は、戦う者ではない。

 ……ふと、顔を上げた。

 音が聞こえる。甲高い、鋭い音。鉄と鉄がぶつかり合い、大気を震わせている。彼にとって聞き慣れた音(・・・・・・)……。

 それが剣戟によるものだと、すぐに断定した。

 ……共に技量高し。一流の水準を満たしている。双方、真剣ではあるが鍛錬の域を出てはいない。

 それが音だけでわかるほどに、彼は戦士というものに対して精通している。戦う者ではないが、戦う者を良く知っている。

 ここは騎士学校破軍学園。だが、異能の力に頼りきりになりがちな伐刀者は、武術に対しては軽く見る傾向がある。

 騎士見習いの段階で、ここまでの練度。真に一流と呼ばれる騎士達は、武においても強者であると知っている者らだ。

 少しでも、気が紛れるために。興味本位で、その音の発生源へと歩みを速めた。

 

「……ああ、そういやそうだったか」

 

 剣戟の元へと辿りつくと、そこは学園内に設けられた運動施設。

 二人の男女が互いの固有霊装で模擬戦闘をしている。

 彼らを、英雄は知っている。

 ──黒鉄一騎と、ステラ・ヴァーミリオン。つい先日、動画サイトで賑わせた渦中の二人だ。

 

「よう、一輝!」

 

 彼らの練習が一段落したところを見計らって、英雄は声を掛けた。

 

「英雄か、帰ってたのか日本に」

「甚だ不本意ながらな。あと一週間はあっちに居られたんだが」

「そんなこと言っているとまた留年するよ。研究に熱中するのはいいけど、僕らは学生なんだから」

「本分は勉強ってか?所長と同じこと言わんでくれよ」

 

 ごく普通の友人同士のコミュニケーション。黒鉄一騎と朔月英雄は共に知己であり、同じように留年した同窓生だ。

 しかし、留年の理由は彼とはまた違ったものである。

 

「誰?」

「ああ、ステラ。こいつは朔月英雄。僕と同じように留年生だ」

「よろしくお姫さん。コイツと同じ落ちこぼれっす」

 

 一輝と肩を組んでそう言うと、彼女はムっとした顔になる。

 

「一輝はアンタと違って落ちこぼれなんかじゃないわよ」

「知ってる。剣才はマジで気持ち悪い」

「気持ち悪いって……」

 

 バッサリ言い切る英雄に一輝は苦笑い。

 

「つっても、一輝と違って俺は自業自得なわけで」

「自業自得?」

「サボり」

「英雄は学校外で研究機関に勤めてて、それにかかりっきりで出席日数が足りなくなったんだ」

 

 なるほど、自業自得だとステラは納得する。

 入学以後から学校では見た顔ではなく、その上この学園の制服ではない。その例の研究機関とやらの制服を着続けているあたり、不良学生には違いないと当たりを付けた。

 日本人らしいツンツン頭の黒髪と、日本人離れした青い眼。身長は一輝より頭半分ほど低いが、比較対象が長身の一輝なため十分に背の高い部類に入る。

 顔立ちは、普通にイケメンだ。一輝に似た爽やか系だが、雰囲気は割と軽やか。

 

「動画、見たぜ。世間じゃ大金星とか騒がしいが、俺にしてみりゃ当然の結果だ」

「どういう意味よ、それ」

「コイツが限定空間(コロシアム)による一対一(タイマン)で負けることは早々ない。戦闘単位じゃ最強に近い」

 

 ────それがプロだろうとAランク騎士だろうと。そう締めて、Aランク騎士の彼女を見据えた。

 自分を負かした一輝が高く評価され、

 

「良く知ってるのね、一輝のこと」

「そりゃな。俺の実験動物(モルモット)だ」

 

 ……聞き逃せない言葉を、ステラは耳にした。

 

「今なんて言った?」

「モルモット」

 

 両肩を掴まれる。ミシミシと骨が軋む音。痛い。

 

「一輝に一体何やったー!?」

「お、落ち着いてステラ。別に害があるわけじゃないし、僕から頼んだことでもあるから!」

「いーたーいー」

 

 一頻り騒いで落ち着いたステラは、一体どういうことなのかを彼らに問う。

 

「俺の異能が割と特殊でな。色々と応用が利くんだわ」

「いわゆるパッチテストみたいなものでね。そういう意味だったら、この学園の全員が彼のモルモットだよ」

「パッチテスト?あの、アレルギーがあるかどうかっていう……アレ?」

 

 パッチテスト。主にそれは、化粧品に含まれる成分に肌のアレルギーとなる成分があるかどうかを調べるためのテストである。人間の肌は個人差があり、同じ化粧品であってもアレルギー反応が表れる者と表れない者がいる。

 それと同じようなもの、と説明されたステラは首を傾げた。

 それが朔月英雄の伐刀絶技(ノウブルアーツ)なのか?確かにそれは、学生ながら研究職に就いている彼らしいものとは彼女は思う。

 

「論より証拠、習うより慣れよ。試してみる?」

 

 英雄の手のひらには、古めかしいタロットカードの束が現れる。

 それがステラの前に差し出され、一枚引いてみろと促される。

 まるで占いのような気軽さで上から一枚引くと、表にする。甲冑を纏った、剣を持つ騎士の絵柄が描かれていた。

 てっきりタロットカードそのものと思い、カードそのものへの意味を読み取れなかった。

 

「これ、どういう意味?」

 

 ステラから引いたカードを見せられると、英雄はそれを取り上げて宙に並べる。

 引いたカードは一枚だったはずだが、ざっと十枚以上が重なっていたようだった。

 騎士の絵だけではなく、矢を番えた弓兵(アーチャー)、槍を構える槍兵(ランサー)、戦車に騎乗する騎兵(ライダー)、フードを被った杖を持つ魔術師(キャスター)、髑髏の仮面を被った暗殺者(アサシン)、羊の頭をして襤褸を纏う狂戦士(バーサーカー)。数の違いこそあれど種類だけで、七種あることをステラは見て取った。

 

「……なるほど。主人公属性というか、ヒロイン属性というか」

「英雄、こんなに適正が多くあるなんて前例あった?」

「ない。世界最大の魔力保有者は伊達じゃないってことか」

 

 魔力量イコール背負う運命の大きさ。眉唾な説だと信じてこなかった英雄だが、信じてしまいそうになる。否、あくまでこれは彼女本人の性質に依るもの。魔力量云々は関係はない。

 宙に浮くカードの一枚……ステラが引いた一番上のカードを……剣の騎士(セイバー)のカードを彼女に渡した。

 

「このカードがどういうものなのかは、目閉じてちょっと魔力を通してみればわかるよ」

 

 言われるままに、ステラは目を閉じてカードに魔力を通した。

 ──通した魔力は経路(ライン)で、スイッチだ。視覚を封じて暗闇に身を置き、何も見えないはずの世界で、自分以外の誰かを認識した。

 

 青いドレスに白銀の甲冑を纏う、金髪碧眼の少女騎士。

 手に持つものは見えないが……あれは剣である。

 ただ、そこにいるだけで空気が清澄なものとなり、彼女から発せられるカリスマは傅いてしまいそうになる。

 ──彼女は王だ。王を身近に知るステラは察した。王の娘だからこそ理解したということもあるが、彼女にそう納得させてしまう力がある。

 それも、偉大なる王。歴史に名を残し、今も語り継がれる騎士達の王だ。人の夢と思いを束ねた、最強の幻想を携えた彼女……。

 溢れ出す魔力量は、世界最高と呼び湛えられた自己を遥かに上回るほどに無尽蔵。仮に彼女と戦うとなれば、自分は負けると断定する。

 ……それでいて、自分に近いものがある。それが何なのかは今はわからない。だが、それが自分と彼女を結び付けたものだ。

 一体、誰であるのかと問おうとした瞬間、彼女から機先を制された。

 

──貴女とは、また出会う時が来るでしょう

 

「……っあ」

 

 ぷつり、と回線が途切れた。

 思わず目を開けば、手に持っていたカードを英雄に取り上げられていた。

 

「彼女に会えた?」

「ええ。……あの人、誰?」

「悪いな。それは俺からは教えられない」

「尋常じゃないってのはわかった。もしかして、他のカードにも?」

「まあね。彼女と同じような存在……サーヴァントがね」

 

 サーヴァント、その意味することは従僕。ステラが垣間見た彼女が、そんなカテゴリに入るような存在であるとはとても思えない。

 

「少し話長くなるが、いいか?」

「……うん」

「何かしらの偉業や大罪を為した存在を、人は英雄という。その英雄が死後、人間霊から精霊へと祀り上げられると高次存在『英霊』として世界に記憶されるんだ」

「じゃあ、あのカードにはその英霊っていうのが入ってるの?」

「残念。英霊そのものは入ってはいない。そもそも英霊ってのは人が取り扱えるものじゃない。カード自体はその英霊へと繋げるアクセス権に過ぎないんだ」

 

 魔力が電源と発信電波であるなら、カードはふるいの機能の役割を担っていると大雑把に説明した。

 

「英霊を役割(クラス)に当て嵌められた存在、それがサーヴァントだ」

 

 ────劣化コピーみたいなものだよ、と大雑把に言い表した。

 クラスは基本七種。セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー。

 英霊本体ではないため、その力は落ちるものがある。振り分けられたクラスに特化した技能を持つものが、サーヴァントという存在である。

 

「さっきのパッチテストは占いみたいなものでね。お姫さんが引いたのはお姫さんと性質が似た英霊なんだ。そっから、お姫さんの性格を知れる仕組み」

「やっぱり占いだったんだ。それで、アタシの性格はわかったの?」

「負けず嫌いで気高く、凄まじく愛情深い反面嫉妬深い」

「…………当たってる」

 

 ズバリと当てられて、ぐうの音もでないほど感服する。

 

「……もしかして、そのサーヴァントって呼び出せるの?」

「勿論。俺は、戦う者じゃないから。才能無いって断言されてるし」

 

 あくまで、自分は研究職が本業だと断じる英雄。

 他ならぬサーヴァント達から、武に関する才能は無いと告げられている。前線に立って、剣を振るうに値しないのだと。

 ……しかし、朔月英雄が最強である必要はない。彼の持つサーヴァントたちの力が最強であれば、彼の最強は証明される。

 あの存在を垣間見たステラからしてみれば、すぐさま彼を脅威と見定めた。彼女一人いるだけで、並大抵の伐刀者など目ではない。落ちこぼれの落第生から、数々の英雄を従える怪物へと、認識を改める。

 

「ステラよ。ステラ・ヴァーミリオン」

「朔月英雄だ、お姫さん」

 

 将来ぶつかるだろうライバルとして。黒鉄一騎の友人として。そして、自己の友人となるべくとして。ステラは握手を求め、英雄もそれに応えた。

 

「あとその『お姫さん』っていうの、やめてちょうだい」

「女子の名前を呼ぶのは恥ずかしいんだよ、察して」

 

 視線を逸らしながら言っているあたり、それは本当のことなのだろう。

 

「英雄、七星剣武祭出るの?」

「去年みたく強制参加だったらばっくれてたが、学内予選があるんだろ。辞退させて貰う」

 

 昨年の七星剣武祭の、破軍学園代表選手の一人であったが……その出場経緯はほぼ強制的なものであり、嫌気が差した英雄は本戦開催時期には日本を離れていたという過去がある。

 だが、今年は理事長以下の人員一新がされて、ランクによる選抜ではなく学内予選という形で学園内全生徒に機会が設けられた。

 近年の破軍学園の七星剣武祭の成績不振が、完全な実力主義にシフトしたのは、英雄の耳にも届いている。

 

「え、出ないの?」

「言っただろう、俺は戦う者じゃない。サーヴァント達の力を借りなきゃ戦うなんてとてもとても」

 

 意外、と驚くステラに英雄は肩を竦める。

 人の褌で相撲を取りたくない。そんな恥知らずなことはしたくない。強大なサーヴァントの力を使うにあたって、その程度の矜持を持っている。

 仮に出場しても、彼らは力を借してくれる。力を振るう場を欲するサーヴァントも多い。だが、結果得られる勝利の栄誉も敗北の恥辱も、サーヴァント達のものではなく自分のものになってしまう。

 彼らを従える者として、マスターとして。それは我慢ならない。

 

「それに俺が出ない方が都合が良いだろう、一輝」

「まさか。英雄が出て、その上で僕が優勝する。それが理想だ。負けるつもりは毛頭ないよ」

「このウルトラ求道修羅め、怖いっての」

 

 長く、不遇の時期を過ごしてきた黒鉄一輝を英雄は知っている。その間に、不当に貶められながらも牙を研ぎ続けてきたのを知っている。

 故、英雄は一輝を恐れる。英雄自身が戦う術を持たないというのもあるが、それは一輝も大した違いではないはずなのだ。Fランク騎士という、伐刀者としての出来損ない。だが、ランクで計ることのできない武において、並の伐刀者をものともしない力をつけた彼に、薄ら寒いものを感じている。

 ……それは、何もしてこなかった自己のコンプレックスからなのか。才能が無いという理由を言い訳にした、自分をそこまで信じることのできない情けなさを悔いたのか。そんな様で、偉大な功績を残したサーヴァントたちを従えるなどという自嘲か。

 ようやく得たチャンスを前に、この修羅は絶対に波乱を巻き起こす。巻き込まれたくはないため、対岸の火事を眺める気分でいる。

 

 

 

 

 

「理事長が『朔月は本戦出場を逃したら退学』て言ってたよ。結果残さないと危ないんじゃない?」

 

 

 

 

 

「…………は?冗談抜かせよ。新理事長ってあの新宮寺でしょ?そんなこと……ありえるな、あの女傑だと」

 

 如何にも『不当な処分に貶められた黒鉄はともかく、サボりで留年した阿呆には丁度いい処分だ』と言いそうだ。簡単にその様が思い浮かぶ。

 口の乾く。語尾が震える。大して暑くもないのに汗が止まらない。

 退学は困る。非常に困る。学生騎士という身分だからこそ、朔月英雄は好きなことである研究職をやっている。

 ────まさかとはと思うが、研究所から追い出されたのはこのことからじゃないのかと邪推してしまう。ドクターが言った長期休暇以外戻るなというのも、本戦出場が決定するまでの暗示だった……?

 

「退学になったらカルデアもクビになるしなぁ……。嘘だろオイ……」

 

 国連傘下の組織のカルデアに、若干十六歳の英雄が属していられるのは挙げてきた実績と学生騎士という身分があってこそ。どちらか一方でも失えば、彼はカルデアを辞めなければならなくなる。

 絶対に避けねばならない事態だ。今の職場には愛着があるし、絶対に離れたくない。

 ──何よりも。あそこには命よりも大切なものがある。

 あそこには、朔月英雄が紡いだものがある。決してそれを失うわけにはいかない。

 恥など、そういうことを言っている場合ではなかった。

 厚顔無恥と蔑め。嗤われても構わない。今この瞬間、英雄は覚悟を決めた。

 

「……しゃーない、か」

 

 髪を搔きむしり、気持ちを切り替える。

 恥を思わなくなった。であれば、自分はともかくサーヴァント達に敗北はない。彼らは紛れもなく最強なのだと、誰よりも己が信じている。

 

「『限定展開(インクルード)』、ランサー」

 

 戦意を奮わせたのと同時に英雄の手から槍兵のカードが表れ、それが光と共に形状を変える。

 ……それは、槍だった。朱色に染まった、呪いの槍。

 かの大英雄が師より賜って手にした、一刺必殺の魔槍──!

 穂先を一輝へと向ける。これは、宣戦布告だ。

 対する一輝も手に日本刀型固有霊装──『陰鉄』の切っ先を英雄へと向ける。

 

「当たったら全力で潰す。いいな?」

「いいよ」

 

 修羅は、即答する。誰であろうと区別なく、どんな事情を背負おうが、自身の刃に翳りはない。ただ、切り捨てるのみ。

 譲れぬものがあるのなら、互いに退かない。

 ぶつかるのなら、加減はしない。

 ──こうと決めて定めた信念と夢を譲らず。

 ──失いたくない場所と絆を守るために。

 後がなく、退路がない者同士が、重なり合えば──衝突するのは必然である。

 

 

 

 

これは、英雄を従える英雄の物語


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