アイドルマスターシンデレラガールズ 〜彷徨えし真紅の幻想録〜 作:ドラソードP
第4話
少女は白馬の王子に夢を見た
ただただ憧れていた。この無機質なレンガで出来た、壁の外に出られることに。
あの窓越しに見える大きな月、ただひたすらにそこへ向かい飛んで行きたかった。
無限に広がる夜空を自由に翔け巡り、星をもっと近くで見たかった。
それらは地下室から解放された今となっても、変わらぬ夢だ。
叶わぬ夢、そんなことは私が一番理解している。
このあまりにも異質な翼、鋭き爪、そして何より口元にある牙。それが私が『吸血鬼』と呼ばれる生物であることを何よりも示していた。
また、それだけじゃない。
吸血鬼としての力だけならばまだ話は良かった。だけど、私にはそんな吸血鬼としての力だけでなく、全てを壊してしまいかねない大きな力が宿っていた。
唯一の家族である姉が曰く『ありとあらゆる物を破壊する程度の能力』。
簡単に言えばどんな物であろうと瞬時にして破壊し、粉砕し、八つ裂きにし、殺してしまいかねない能力。
私はその力故、つい最近までこの館『紅魔館』の地下に幽閉されていた。永遠にも近い時間に感じたが、姉が言うにたった495年の月日だそうだ。その間、私の友達や話し相手は玩具のぬいぐるみとレンガの壁だけだった。
食事は定期的にメイドが運んできた……とは言え、そのメイドの姿も実際は最近初めて見たのだが。
こうして何年もの間、私は忌まわしき子として地下に幽閉され続けてきた。実の姉にも危険物扱いされ、避けられ、私は気が遠くなるほどの長い時間、狭くて何も無い地下で過ごして来た。
だが、その状況を変えたのはあの侵入者だ。
『実の姉が倒された』
その日は部屋の外が騒がしかった。何やら侵入者が現れたとかなんとか、そんな監視役のメイドや妖精達の声がよく聞こえる一日だった。最初こそ気にもならなかったが、やがてその騒ぎは地下に伝わる程に大きなものとなる。今までにも無い程の外のざわめきに、すぐに私はその侵入者に興味を持った。そして締めに、私は姉が敗れたという話を騒ぎの中耳にする。
その話を聞いた途端、同じ様な毎日に、長き間時が失われていた様にさえ感じていたこの部屋に、時が戻った様な感覚を得た。
高鳴る血、錆が落ちたかのように疼く爪牙、未知との接触を前に昂り色を取り戻す翼。
言ってしまえば、かつて今までも、その気になればいつでもたかが石の壁一枚、破壊することなんてその能力故に余裕のことだった。だが、永き年月の中からそれをしてどうなる、と諦めにも近い感情がいつも私の気力を奪い去り、その手を引っ込めさせていた。だが、姉がその侵入者に倒されたと聞いた時、私の体は自然と動いていた。
今までに無いほどの、あり溢れんばかりの興味と狂気に。
数日後、その『奴』は再びこの館を訪れた。なぜ分かったのか、私にも分からない。だが、お互いの持ちうる殺気がお互いを感じ取ったのだろう。
先日の襲来で館の警備が手薄になっていたこともあり、地下牢から出るのにはさほど苦労しなかった。
ついに私は壁を壊した。
檻をへし曲げた。
理性の鎖を引きちぎり。
解き放たれた狂気と、破壊衝動と、孤独と共に。
やがて今まで抑え、抑えられてきた本能のままに、立ち塞がる壁を、障害を、全てを破壊し、私は地の奥底から館の中へと翔けた。その先は記憶のある限り見てきたその景色より遥かに広大で、一言で言えば無限で、未知だ。だが、私の中の解き離れた本能は自然と目指す対象へと導いた。
それで、どうなったか? 結果は勿論、惨敗だ。
姉さえ恐れさせた最狂の力を持ってしても、奴を膝をつかせるどころか、こちら側の攻撃を当てることすらままならなかった。
こちら側が溢れんばかりの弾幕を放とうと、その『巫女』は紙切れの様にひらりと弾をかわす。そしてこんどは一方的に玉の嵐を浴びせられ、気が付いたら私の方が力を使い果たして地に脚を着けさせられていた。私はその奴こと侵入者『博麗の巫女』に降参するしかなかったのだ。
清々しかった。全てを出し切った様な感覚だった。悔いは無い、一瞬はそうすら思えた。
あの日、あの巫女に負けた時から、私の止まった時間は少しづつ、動き始めた。
さて、それからは色々とあり、私の活動範囲は漸く館の中すべてになった。
なんでも私が少し成長しただとかなんだとか、理由はちゃんとあるらしい。それでも館の外に出ることは固く禁じられており、周りは私が気づいてないと思っているだろうが、物陰などから妖精が私を常に監視している。
結果的に前と変わらず監視下にあることに変わりは無いのだが、今では本を読んだり、大図書館の魔法使いにちょっかいを出しに行ったりと、やること自体は増えた。暇をしていることに変わりはないが。
そして今、この紅魔館内の一室で、窓の外を眺める私に至る。今日もまた、特にやることも無い間に空は暗黒に沈み、窓の外には果てしない闇と月、そして無数の星々が広がっていた。
「なーんか、楽しいことでも起きないかなー……」
窓枠に肘をつき、頬杖をした状態でぼんやりと外を眺める。別に、眺めていたからといって何かが起こるわけではなく、ただただ同じ景色が続いていく。
「そろそろ、咲夜が来る時間かな……」
と、私は時計を見る。そろそろ私の世話を担当しているメイド長が、部屋の掃除と私に何か変化が起きていないかを確かめる為に、この部屋に訪れる時間だ。
あのメイドは毎日、数秒の狂いも無く決まってその時間に訪れる。
「失礼します」
予想通り、二回のノックの後、メイドは部屋に現れた。視線を外から部屋の入口の方に向けると、その先には整った身なりに刃物の様に綺麗に輝く銀髪、そして青い水晶の様な瞳。メイド長『十六夜咲夜』が立っていた。
しかし、なにやら今日はいつもとは違い、その手には一冊の本が握られている。
「妹様、何かお変わりした点や、お困りのことなどはありますでしょうか」
「別に、特に何も無いわ。『いつも通り』ね」
私は嫌味を言うように咲夜にそう言い放つ。しかし、咲夜は「そうですか」と一言だけ言うと、顔色ひとつ変えずに黙々と部屋の入口に立っている。
「で、咲夜。その本は?」
「はい、妹様。これは『絵本』と呼ばれる物です。今日、魔法の森の古物屋に行った際に、掘り出し物として店頭に並んでいるのを買ってまいりました。何やら最近、妹様は暇を持て余されている様だったので」
私は咲夜の元に歩いていき、その彼女が絵本と呼んだものを受け取る。そして、中を開いてパラパラと流し読みをしていく。
「ふーん……」
「お気に召さなかったでしょうか……」
「ううん。丁度、この館にある文字ばっかりの古臭い本には飽きてきていたから、良い暇つぶしにはなりそう」
何やらその『絵本』と呼ばれる薄い冊子は、今までに見た事のない様な物だった。一見落書きとも見える簡素な絵が書かれた表紙に、ただシンデレラとだけ文字が書かれている。
中のページをざっと流し見てみても、表紙と同じ様な絵と短い文章が書かれているだけで、魔導書や歴史書とは違い、魔力を帯びているわけでも、長々と文章が綴られているわけでもない。これはもしかしたら、子供向けの本か何かなのかもしれない。
『自由が欲しい?』
「……!!」
突如として頭の中に流れてくる声、それは優しくもどこか温もりを感じない、まるで無機質に冷たい声だった。
「……どうされましたか? 妹様」
「声が……」
しかし、メイド長は首を傾げる。
「いや、なんでもないわ。ちょっと疲れているのかも……」
「失礼します」
そう言うと、メイド長は私の額に手を差しだす。
「熱などは無いようですが……近頃は気温の変化も激しかったので、風邪をおひきになっているかもしれません。念の為、風邪薬を持ってきます」
「そう……分かったわ」
私が返答すると、メイド長はすぐさま部屋の外へと行ってしまった。
メイド長の私への一見親切で優しい接し方、しかしそれが私の姉により指示されているからであるのは、私が一番理解していた。
彼女は私に尽くしたくてメイドをしている訳ではなく、あくまでも姉のお気に入りのメイドであるがために、命令されて業務的に全てをこなしているにすぎない。でなければ、私と接する時も彼女は、姉と接する時のようにもっと親しげに、表情豊かに話すであろうからだ。
「……無理して私なんかに構わなくても、別に良いのに」
誰もいなくなった部屋、独り言が響き渡る様子があの日々を思い出させる。そうだ、私は孤独から解放された訳じゃない。ただ、生活環境が少し良くなっただけだ。結局肝心なものは何一つ変わってなどいない。動き始めた私の時間。だが、私の永遠にも近かったその時間から比べれば、変化は微々たるものだった。
私はそんな現実と現状から目を背けるように、先程咲夜が持ってきた『絵本』なるものを再び開く。そのポップな絵柄が妙に可愛らしく、この色のない現実とは丸で真逆の鮮やかな世界で、全てが生き生きとしている様に感じられる。
「むかしむかし、ある所にシンデレラという少女が居ました……」
私はその絵本を読み進めていく。
内容としては、意地悪な姉を持った妹が意地悪を受け、ひもじい思いをさせられるも、突如現れた魔法使いの手助け等により、最終的には城の王子と結ばれる、という物だった。特に長々とストーリーが綴られているわけでもなく、子供向けに作られたのか内容事態は非常に簡素で、わかりやすいものだった。しかし、私が気になったのは絵本その物より、内容だ。何よりその主人公であるシンデレラが、他にもない、そう……
「意地悪な姉とひもじい妹って、シンデレラってなんだか私みたい……」
私のこれまでと重なり合って見えてしまった。意地悪な姉、薄汚い部屋、外の世界への憧れ、似ている点を上げたらキリがない。
だが、幾ら私とシンデレラを重ね合わせても、噛み合わない部分が二つだけあった。
『王子』と『魔法使い』である。
幾らシンデレラと私が似ているとしても、私には手助けをしてくれる魔法使いも、明日に導いてくれる王子も、そんな希望をくれる人は居ない。
そして何より、彼女にはあって、私には決定的に無いものがった。それは……
「ハッピー、エンド……」
私には、明るい未来が無かった。
『今を、変えたい?』
「……!?」
再び聞こえる声、私は絵本をその場に置くと反射的に壁際まで下がり、身構える。
「……誰?」
『私の名は……シンデレラ。灰かぶりの姫にして、硝子の幻想』
耳を疑った。シンデレラ? 今、そう私の耳は言葉を拾った。
『貴女が望むなら、私は貴女の夢になるわ。そして、貴女はその夢で新しい一歩を踏み出すの』
「何を……言ってるの?」
『怖がらなくて良いのよ。誰もこの部屋に入ってきたり、あなたの邪魔をしたりはできないから。さあ、貴女の願いを仰ってみなさい』
混乱。それが今の私の感情を表すには一番最適な言葉だった。
だが、そんな正常な判断が阻害された今だからこそ、私はその声に応えてしまった。
「私は……」
一歩、一歩と絵本の方に近付いていく。まるでなにかに取り憑かれたかのように。
「私は……私……は……」
私は、自由になりたい。古びた屋敷の中から解き放たれて、一人の普通な少女として生きてみたい。そして、この絵本に書かれていた様な王子様に出会い、手を引かれ、きらびやかな舞台で踊りたい。
「……私は、絵本の中のお姫様になりたい! そして、絵本のお姫様と同じ様に、王子様にガラスの靴を履かせてもらって……そして……!!」
とんだ無茶だというのも、百も承知だった。私は幾ら生まれてからずっと狭い部屋で生活し、世界を知らなかったとは言え、495年という普通の少女には有り得ないほどの時を生きてしまったからだ。吸血鬼という事実を、破壊の力を消し去ったとしても、今の私という記憶と存在がある限りもう、真っ当な少女として生きることはできなかった。そう私は思っていた。
だが、声の主はその思い込みに反し、意外な言葉を口にする。
『分かったわ。貴女の願い、しっかりと聞き遂げた』
「えっ……?」
驚いたのも束の間、私の手元……その絵本から眩い光が溢れ出した。
途端に周囲は光で何も見えなくなり、意識がどこかへ吸い込まれていった。
『貴女は今から普通の女の子になるの……そして、第二の人生をゆっくりと歩みなさい……』
「えっ……えええええ!?!?」
私はただただ驚くことしかできなかった。
歪む視界と目を貫くような眩しさの中、叫び声がどこか遠くに吸い込まれていく。
『フフフッ……まさかこんな簡単に膨大な夢を持った少女を手に入れられるなんて……私ってば、超ラッキーだったりして?』
これが、思い出せる最後の記憶だった。広がる光、断片化する記憶、力が抜ける身体。やがて光が消え、再び見えたのは一面の星空と彼方へと消える虹。
柔らかな接地感覚の後、私は身を切る様な寒さと冷たいという感覚に襲われた。
お久しぶりです。作者は生きてます。社会人一年目、5thライブ、幸子一部完結、6thアニバ、5th振り返り、4thBD、様々なイベントを乗り越え、遂にこのお話の一時の執筆時間が取れました。そして約1年ぶりの新話なのに話の進展がない!(糞) すみません、話の進行上ここ重要なんです許して。
というわけでフランちゃんが東京に来た経緯です。なんだか手抜きで上辺だけ作ったスカスカな繋話に見えますが、意味はちゃんとあるんです。とりあえず次話(不定期)を長ーーーい目で待っていただけると幸いです。
次回、漸く出会いからの初日終了です。次回の次回位から東方偶像劇が始まる(予定)ですので、乞うご期待。