Highschool of the Dead ~比企谷八幡の選択~ 作:隣の三下君
保育園から車で移動して二時間が経つと周りの風景の違いに気付いてきた。川崎の妹を探すために保育園まで来たときと同じ道を通っているが通って来たときとは明らかに異なっていた。
奴等の数が少なく異様な静けさが漂っており気味が悪かった。
車内の中にいるからそう簡単には噛まれる心配は無いだろうが車が動かなくなるほどの人数で車を囲まれればお仕舞いだ。先程よりも気を引き締める。
総武高に向けて車を走らせて二時間が経過したのに奴等と接触したのは僅かに6人ほどで避けたり車で轢いたりして進んでいる。遠くにいた奴を合わせると15人ほどか...それでもかなり少なかった。
今更だが手が震えてきてしまう。一人になった途端にこんなにも脆く、弱くなってしまうのかと自分に嫌気がさす。震える手を誤魔化す為に過去を振り替えると、奉仕部の三人が笑っている光景が拡がっていた。
無事でいてくれ。その言葉だけが自分自身を支える言葉にもなっていた。
暫く車を走らせていると100メートルほど前方に奴等から逃げる影が見えた。ギアを変えて車のアクセルを全開に踏んで追っていた奴を車で引き車の助手席の扉を開けて乗るように促す。
「あ、ありがとうございました....おかげで助かりました....」
制服を見るに海浜総合高校の女子生徒なのだろう。見たところ噛まれたあとも無くて胸を撫で下ろす。
「いや気にしなくていい。こんな事が起こっているんだ。助け合わなくてわな。ところで海浜総合高校の生徒がどうしてこんな所にいるんだ?逃げてきたにしては遠いだろうしこの辺りに家でもあるのか?」
「いえ...その。あたし海浜総合高校で皆がゾンビになっていってるのを見て何も出来なくて...うちの生徒会長が皆を落ち着かせてバスにのって逃げるってとこまでは良かったんだけど途中からおかしいなって感じてきて....なんかしゃべり方が宗教的というか...話を聞いているだけであたしおかしくなりそうで...それで怖くなって逃げ出したんです」
この状況になっていつも通りでいられる人の方が少ないだろう。絶望的な状況においては安全だからや守るなどの言葉は媚薬のように心に響き浸透し言った人物に心酔していくだろう。まるでその言葉が正解のように。
その状況を思い出してきたのか肩を震わせて手を膝の上で固く握りしめている。
「そうか...逃げたとき本当に怖かっただろう。大丈夫、もう大丈夫なんだ」
固く握りしめている手の上に手を重ねる。今まで溜めていたものを吐き出すように身を委ねて大声で鳴き始めた。頭を優しく撫でながらこれからの事を考える。
出来ればこのまま総武校に向かい安否を確かめたいが放って行くわけにもいくまい。それならいっそのこと一緒に来てもらうか...。
「私はこれから総武校に行くのだが君はどうする?一緒に来るかね?」
私の言葉を聞くと頭をあげてきたので撫でていた手をおろす。
「総武校...総武校に行けるんですか!?」
いきなり肩を掴まれて叫んでくるがその声により車の外では奴等が集まり出していた。
「落ち着きたまえ...今は大声を出してはいけない」
「す、すいません...」
車の外には5人、奴等が集まってきていた。
「ここじゃ録に話も出来ないな。移動するけど構わないな?」
「あ、はい。分かりました」
近付いてくる奴等を振り切り車を走らせる。狭い道に入ってしまったり、炎上している車があるためスピードは30キロ程しか出せないが徒歩で進むより安全だし心に余裕が出来る。
十字路を右に曲がると奴等の姿は見えなくなったので車のスピードを15キロに下げて話を聞くことにした。
「それで君の名前を教えてもらえるかい?」
「あ、あたしの名前は折本かおりです」
「そうか。私は平塚静だ。よろしく頼むよ」
「こちらこそよろしくお願いします」
折本から震えは止まり、普通に話せているようなので安堵するが車に備え付けられているミラーで折本の顔を見ると時折寂しそうな顔をしていることから未だに立ち直れてはいないのだろう。
「それで折本はどうして総武校に行けると聞いてあんなに取り乱したのか聞いても構わないかね?」
「はい。その、総武校にあたしの知り合いがいて....この間久し振りに会ったんですけど....逃げてる時にそいつのこと思い出して...こういうとき傍に居てくれたら頼りになると思ったんです。いや何でそう思うか自分でも分かんないんですけど...でも.....比企谷なら....」
私は折本から発せられた名前に驚き車を一旦止める。
「比企谷?もしかして比企谷八幡の事か?」
「比企谷を知ってるんですか!?」
目を見開き叫んでくる折本を手で制しながら落ち着かせる。
「だから落ち着きたまえ。私は総武校の教師をしていてね。比企谷の所属していた部活動の顧問をしていたんだよ、それで彼の事はよく知っている」
「総武校の先生だったんですか?」
「ああ。そう言えば、まだ私は自己紹介をしていなかったな。平塚静だ、これからどうなるか分からないがよろしく頼むよ」
「あ、はい。よろしくお願いします!」
自己紹介も終わり口数が減っていった頃は既に日が沈み始めていた。今のペースでは、総武校に着くのは夜になってしまうだろう。夜になってしまえば視界が悪くなり危険が増すことは一目瞭然だろう。と思い折本に話しかける。
「折本、少し良いかね?」
「.......あ、はい!何ですか?」
こくり...こくりと頭が揺れていたので眠かったのだろうな....こんなことになって疲れているのだろう。起こしてしまって悪いことをしたな。
「今からだと総武校に着くのは夜になりそうだ。総武校に何人の奴等がいるかどうかも不明。視界が悪くなるし夜は出来る限り出歩きたくない。だから今日は、私の住んでいる家に来ないか?ここから2キロくらい先だが3時間もあれば着くだろう」
「そ、そうですね....はい!あたしもそう思います!あ、でも先生の家に行ってもあたし邪魔じゃないですか?あの旦那さんとか...」
少し気まずそうに聞いてくる折本。私が未婚だと気付いて気まずくなったのか仮にいたとして奴等になってると思ったから、気まずそうになったのか分からないが....なんだ...そうだな。こんなときだが人生の取り残し、余り物件。という言葉が頭に浮かんできて泣きそうだ。
「あ......そ、その..すいません。一番心配しているのは先生ですよね....」
何故か謝ってくる折本。しかもどうやら誤解をしているようだ。私は急に視界がボヤけた事で現状を理解する。どうやら私は泣いていたようだ。今は悲しさより折本に対する申し訳なさしかない....。
「あーすまんな。どうやら誤解させてしまったらしいが私は結婚していないよ。家も一人暮らしだしな」
「あ、そうなんですか」
誤解は解けたようだが何だろうなこの気持ちは....いや逆に考えてみようじゃないか。仮にだが私が結婚していたら心配していただろう。もしかしたら奉仕部のあいつらよりも。今じゃ考えられないが人の気持ちなんぞ分からないからな。そう考えれば結婚していなかったという事実を喜ぶべきじゃないか?比企谷も言っていたではないか。ボッチは別に悪いことじゃない。マイナスがないだけで平坦の人生。失うものがないから強くもなれるってな。あの時は同情したが....こんなことを考えているんだ私も比企谷の事は言えないな。
考えているうちに家の目の前まで来たみたいだ。見る限り奴等はいない。隣を見ると折本はすっかりと眠ってしまっていた。あまりに気持ち良さそうに寝ているのでもう少し寝かせておいてから家に入ろうと自分のシートベルトと折本のシートベルトを外し助手席の椅子を折本が起きないようにソッと倒した。