突然の来訪者の存在により、部室内は緊張の空気に包まれる。
まぁ正確には、小町ちゃんじゃなくてうちと千佐さんの突然の帰還という形ではあるし、緊張してるのは千佐さんだけだけど。
「なんだ小町知り合いなのか」「あれ? 千佐さん、小町ちゃんと知り合い?」
固まってしまった千佐さんを再起動させようと声を掛けたら、偶然にも小町ちゃんに声を掛けた比企谷と被ってしまった。なんか比企谷とシンクロしちゃってちょっともにょる。
「あ、知り合いってわけじゃないんだけど」「あ……知り合いというわけではないんですけど……」
すると次は比企谷の妹とうちの妹分? もシンクロしちゃうという奇跡。
なにこれやっぱうちと比企谷ってどっかで繋がってんのかも、ふっふっふ。
「おい、埒が明かないから、質問すんのも答えんのもどっちかでいいわ」
……むっ、せっかく繋がり感じて喜んでやってたのに、なんであいつはそうやってロマンってのがないのかなぁ……マジつまんないやつだよねー。
「……え、なんで俺相模に睨まれてんの? 俺なんかした?」
「は? 別に睨んでないから。自意識過剰なんじゃないの」
自意識過剰で睨まれてると感じるってどんなマゾだよ……とかなんとかぶつぶつ言いながら、比企谷は小町ちゃんと千佐さんに説明を求めた。
「クラス違うから知り合いってわけじゃないんだけど、ホラ、千佐さんて見た目が目立つから、たまに男子とかが話してるんだよねー」
なるほど。中身はちょっとアレだけど、見た目は可愛いもんね、千佐さんて。
小町ちゃんの説明聞いて、なんか口角が超ひくひくしてるし。
「えと……ウ、あたしもクラス違うし話した事はないんですけど……比企谷さん一年の間ではすごい有名人なんで知ってました……」
へぇ、小町ちゃんって有名人なんだ。さすが兄とは真逆の人生を歩む可愛い妹。
あとマジで一人称には気を付けるよーに。
小町ちゃんが有名人なのだと聞いて、唯一難色を示す人物──もちろん男子人気を心配するシスコンな比企谷──以外からは「へぇ!」だの「ほー」だのと感心の声が上がる中、当の小町ちゃんはというと……
「え、こま……わたしってそんなに有名人なの? なんかしたっけ?」
と、どうやら初耳のよう。
まぁ小町ちゃんは交友関係はかなり広いみたいだけど、どっかの誰か──ひと昔前の自分ですが……──みたいにブランドやステータスの為にわざわざ交友関係を広めてるってタイプではないから、有名人かどうかは知らないんだろうね。
「……だ、だって、もともと人気者なのに、入学してちょっとしたら生徒会とかに出入りして、一色先輩とも仲良しみたいな噂が流れてるくらいだし」
あー、なるほど。確か小町ちゃんて秋にある生徒会役員選挙に出るみたいだし、その為に今の内からちょくちょく生徒会に出入りして仕事手伝ってるって話だよね。
一色さんも今や有名生徒会長だし、別に生徒会でもない新一年生がそんなことしてればそりゃ目立つな。
するとその話を聞いた小町ちゃんは目をキラキラさせて、むふんっと胸を張る。
「ちょっとお兄ちゃん聞いた聞いた? ふっふっふ、小町ってば人気者な有名人なんだってよ? だから言ったじゃん? ダメ過ぎるごみぃちゃん持ちのハンデごとき、人気者の小町には痛くも痒くもないから心配しなくていーよ? って」
「……はいはいすげぇすげぇ」
嬉しそうにそう言う小町ちゃんと、呆れながらも少しだけ安堵の表情を浮かべる比企谷を見て、うちはさっきの奉仕部までの道のりを思い出してしまう。
『忘れ去られたとはいえ俺がヒエラルキー最下層である事は間違いないわけだし、腐ってもカースト上位で見た目が目立つ女子が俺と一緒に歩いてんの見られる方が、よっぽどダメージでかいっての』
……そっか。比企谷は可愛い妹の人間関係もそうやって心配してたんだ。
そういえばうちも、こいつを初めて認識したあの日、一緒にいたゆいちゃんをバカにして優越感に浸ってたっけ……マジであの日はうちの黒歴史だ。
……比企谷がこういう考え方になった責任の一端はうちにもあるから偉そうな事は言えないけど……いつかは、こいつがそんな無用な心配しなくても、どこでも誰とでも一緒に居られる毎日を送れる日がくるといいな……
そんな感慨に浸っていた時だった。なんだかシャツの袖がくいくいと引っ張られているのを感じたのは。
なんだろうと引っ張られてる方を見てみると、目を丸くしてあんぐりと口を開けた千佐さんの視線が、比企谷と小町ちゃんの間を行ったり来たりしてる。
「ど、どしたの……?」
「……南先輩、お、お兄ちゃんって……?」
「ん?」
どしたのかな、と少し首をかしげて考える。
……あ。
「そ、そっか、そういえばあいつとかこいつとかしか言ってなかったっけ……?」
今日千佐さんと会ってからの事を思い出してみたら、そーいや誰も“比企谷”って名前出してないや。
ただでさえ全っ然似てない兄妹なんだから、普通知らなきゃ気付かないわよね。比企谷なんて珍しすぎる名字を先に聞いてたら気付けてたかもしれないけど。
「えと、ね……こいつ、比企谷八幡っていうの。小町ちゃんのお兄さん」
「…………え、えぇぇえぇぇ!?」
× × ×
「さ、先程は生意気なこと言ってしまってすみませんでした……あの……南先輩とお話させていただいた結果……依頼内容を変更させていただく事にしました……!」
「じゃあさっきのクラスの中心とかなんとかってのはキャンセルでいいのか?」
「は、はいっ……! よろしくお願いいたします!」
南先輩……? と、首を捻りつつの比企谷からの質問に、神妙な顔つきで敬意を持って挨拶する千佐さん。
……うん。これはあれかな、うちと話して反省したとかうちの想い人だからとかじゃなくて、同じ学年の有名人のお兄さんと聞いて萎縮しちゃった感じ……だよね……
さすが長いものには巻かれろタイプ。悲しいかな、うちを見ているようだ。な、なんだかなぁ……
千佐さんの驚きの声のあと、うち達は再び依頼人席に着いた千佐さんの話を聞く事になった。ちなみに小町ちゃんも千佐さんの隣に座らされている。
「……相模、お前なにを話したらさっきのアレをこんな短時間でこんなにも素直に変えられるんだよ」
「……まぁ、色々とね」
てかこんなに比企谷に対して素直なのは、うちじゃなくて小町ちゃんの影響だっての。
「こっちはこっちの話としてさ、なんで小町ちゃんが居て、なんで依頼人席に座ってんの?」
千佐さんの驚きの声とその後の再依頼の流れですっかり忘れてたけど、せっかく比企谷から質問されてタイミングも良かったから、部室の扉を開けた瞬間に頭に浮かんだ疑問を訊ねてみる。
するとそれに答えたのは兄じゃなくて妹の方だった。
「あー、それが、教室で友達と話してたら、結衣さんから「ちょっと聞きたいことがある」って連絡を貰いましてですねー。で、今さっき到着したばかりなので、小町もなぜ呼ばれたのかはよく分かってないんですよ」
「あ、そうなんだ?」
そう言いつつゆいちゃんの方にチラリと視線を向けると、
「うん。さがみん達が出ていってから、じゃああたし達はどうしよっか? って話になってね? でもあたし達じゃ一年生事情なんてなんも知んないから、だったら一年生の小町ちゃんに聞いてみよう! ってなったんだ」
「あー、成る程ね」
「正直あまりにも身近な存在すぎて、俺には“一年生の小町”に聞いてみるって発想が無くてな、由比ヶ浜が思いつくまで全然気が付かなかった。でかしたぞ由比ヶ浜。まさに灯台もと暗しってやつだ。今回の依頼で、お前の最大最後の出番だったぞ」
「あたしの出番もう終わりなんだ!?」
がーん! ……と頭を抱えるゆいちゃんを無視して、雪ノ下さんが千佐さんに問い掛ける。
「千佐さんごめんなさいね、こちらの判断で勝手に小町さんを呼んでしまって。もちろん貴女の事情を話すのは貴女の承諾を得てからにするつもりだったのだけれど、先程の話を小町さんに話してしまっても大丈夫かしら」
「……えっと……」
雪ノ下さんからの問い掛けに、少しだけ困惑の表情を浮かべる千佐さん。
それはそうだよね。あくまでも依頼として、完全無関係の上級生に相談するのならまだしも、同学年……そのうえ学年の有名人にこういう事情を知られるなんて、惨めで格好悪いもんね。
でも依頼解決の為には、小町ちゃんから一年生事情を聞くというのはかなり有効……というか、なんならそれが唯一の解決への道かも知れない。
さっき千佐さんと話してみて、うちは絶対に千佐さんを救けてあげたいって思った。その為にも小町ちゃんという有効なアドバイザーの意見はどうしても聞きたい。
だからうちは千佐さんに優しく語り掛ける。大丈夫だよって、心配しなくてもいいよって。
「千佐さん、小町ちゃんは半分奉仕部員みたいなもんだから大丈夫。それを聞いたからって、誰かに言ったり見下したりするような子じゃないし。うち達と一緒に、ちゃんと真剣に考えてくれる子だから」
すると、弱々しい眼差しでうちの目をじっと見つめていた千佐さんがゆっくりと頷く。
「……はい、よろしくお願いします」
こうして一年A組の現状と千佐さんの事情を、小町ちゃんに説明するのだった。
× × ×
「なるほどー。そういう事ですか」
あらかた説明を終えると、小町ちゃんは訳知り顔でふむふむと頷き、自身の惨めな現状を知られた千佐さんは、そんな小町ちゃんに横目で視線をちらちらと送っている。
だから大丈夫だって。小町ちゃんは周りの評判で人を判断するような子じゃないから。何年比企谷の妹やってると思ってんのよ。
「どしたの小町ちゃん? もしかしてなんか知ってる感じ? いいアドバイスとかありそうだったりする?」
うちの目からはよく分からなかったんだけど、付き合いが長いからなのか他者の空気を読むのが得意だからなのか、ゆいちゃんが小町ちゃんのちょっとした機微に気付いたみたい。
「やー、なんといいますかですねぇ、そのー……なるほどといいますか、納得といいますか…………千佐さんがそういう目に合ってるってのが、とっても理解できるといいますか……」
隣に座っている女の子を気にしつつ、小町ちゃんはとても言いづらそうに意見を述べた。
……え……そ、それって……
「それは小町さんの目から見ても、千佐さんはクラスメイトから迫害を受けるタイプの同級生に見える……もしくは迫害を受けても仕方がない等の噂を耳にした事がある……という事かしら」
ちょ……! 雪ノ下さん!? 小町ちゃんの話聞いて、みんなそうなのかもしれないって思っても、千佐さんに気を遣って口にしなかったんだよ!? ちょっとだけオブラートに包んであげてよぉ……! 千佐さんがふるふる震えて泣き出しそうじゃん!
「あ! 違います違います! ごめんなさい小町の言い方が悪かったですね。……その……千佐さんじゃなくて……A組の問題といいますか……」
「A組の問題……?」「どゆこと?」「なんだそりゃ」「なんですかねー」
と、奉仕部員+オマケが疑問を口にする。
うちも口にこそしなかったけど、頭の中は疑問符でいっぱいだ。なんで千佐さんの問題を話してたのに、小町ちゃんの口からはクラスの話が出てくるんだろう? 当の千佐さんも首をかしげてるし。
そんなうち達の疑問に答えるべく、小町ちゃんは口を開き説明を始める。この依頼の根底を覆す大問題を。
× × ×
「……成る程……つまり千佐さんが言っていたことは、単なる世迷い言ではなく、それなりに的を射ていたという事ね」
「どうやらそうらしいな。まぁクラスで一番モテてたかどうかは知らんし、アレは世迷い言で構わんと思うぞ。むしろそのセリフがあったから千佐の話が胡散臭くなったまである」
小町ちゃんの説明を受けて、うち達は顔を見合わせた。
どうやらうち達は、あの時の千佐さんの余計な一文により、大きな勘違いをしていたらしい。
「そ、そうなの……? あたしそんなこと知らなかったよ……」
当の千佐さんも、呆気に取られた顔して隣の小町ちゃんに話し掛けている。
「そうだよ。まぁクラスの一員じゃ知らなくても仕方ないよね」
「……一員からはハブかれてるけど、あたし……」
「あ、あはは……」
これはもしかしたら、思っていたよりも大事なのかもしれない。解決とか出来んの……?
──小町ちゃんの説明はこうだ。
『……実はA組……特に女子って、小町達の学年では結構……ていうかかなり? 評判悪いんですよ。なんていうか、ひとりの女王様を囲むグループが居て、その女王様とグループを中心にクラス全体が……まぁ、“調子に乗ってる”って状態みたいで。……ほら、体育とか選択とかで合同で授業したりするじゃないですか。他のクラスの子に聞いたんですけど、そういうときとか必ずと言っていいくらい、A組の女子が我が物顔で仕切ろうとするみたいなんですよねー。『○○ちゃんがそう言ってんだけどー』みたいに。……で、その女王様というのが、親がお金持ちだったり性格がキツくて我が儘だったりとホントきかない子らしくて、……なんといいますか……たぶん悪い意味で一致団結しちゃってるA組以外の子たちからは、超嫌われてますね』
……これにはうち達も言葉を失う。
つまり千佐さんが最初に言ってた『特にあのグループが原因です。あたしを落とした事で自分たちがクラスの中心になったあいつら』という話は、あながち間違いでは無かったという事か。
要は最初の依頼の時、千佐さんがあんな言い方さえしなければ……ちゃんと要点をしっかり押さえて、『あたし調子に乗ってます』的な言い方さえしなければ、依頼開始の時点で雪ノ下さんもちゃんと話を聞いてくれてたってわけね。
口は災いの元。よく覚えとこう……! いや、うちの場合は今更だけど。
「これで千佐を取り巻く環境が見えたな」
「そうね。解り易過ぎる構図ね」
「えっと……どういう事?」
相変わらず比企谷と雪ノ下さんは二人だけで先に行ってしまう。
べ、別にその事にジェラシーとか感じちゃったわけじゃないんだけど! うちは比企谷に説明を求めた。
「つまりあれだ。その女王様を性格の超悪い三浦に例えてだな、今の千佐の現状は、三浦がどんなヤツか知らない相模が、三浦相手に初日から普段通り調子に乗った振る舞いをしちまったみたいなもんだ」
「なにそれこわっ!」
やだ! 想像しただけで胃潰瘍になるくらい恐いんだけど……!
うちが優美子ちゃんと同じクラスになったのは二年。優美子ちゃんはその時点で超有名人だったからうちは初日から超ビビっちゃって、とてもとても調子になんか乗れなかったけど、同じクラスになったのがもしも一年の時だったら……確かにヤバかったかも……
それを、千佐さんはやっちゃったわけだ。性格が超悪い優美子ちゃん相手に……これはもう似た者同士として御愁傷様としか言えない。
「……じゃあ、さ、コレ……どうすんの……? 余計事態が悪化してない……? 女王が相手な上にクラス全体でそんなんじゃ、千佐さんの惨めさって解消出来んの……? ……その……ちょっと言いづらいんだけど……このままだと下手したら千佐さんに対する行為だって……悪化しちゃうんじゃない……?」
思い起こされるのはあの苦い日々。嘲笑と陰口と机。
でもうちはまだ良かった。たった二人だけでもクラス内に救いがあったから。でも……
「……これじゃうちの時みたいに、クラスでたった数人でも味方になってくれる子を見つけるなんて事も出来ないし……相手が女王様じゃ、小町ちゃんが優美子ちゃんみたいな真似したら、小町ちゃんにも害が及んじゃうかも知れないし……」
……そう。うちが助かったのは、圧倒的なカリスマ性を持つ女王様がうちの側に付いてくれたから。
でも相手が女王様じゃ、もうどうする事も出来ないじゃん……
うちのセリフで室内が……とりわけ千佐さんが力なく肩を落とす中、比企谷だけは全く違う未来が見えているらしい。
「いや違う。これはむしろ好都合だな」
「……え、なんで?」
「その女王が三浦じゃないからだ」
「……は?」
いや意味分かんないし……
「三浦は傲慢で我が儘な女王様だ。それは学年どころか学校中で知られている。それなのになぜ三浦はそれほど嫌われていない? あいつは恐がられてはいるものの、決して嫌われてはいないだろ。まぁ一部の妬み嫉み連中からは陰で色々言われてただろうが、」
比企谷はそう言ってチラリとうちを見る。
『うち、クラス運なくてさ』
『あー。F組って三浦さんとかいるクラスだよねー』
『そー』
今となっては黒歴史な、いつぞやのゆっこと遥との会話。
……うわ……アレ聞かれてたのかぁ……
「だが表立ってのヘイトがあるわけでもないし、クラスが変わっても当然のようにトップにもなれた。それはなぜか」
「なんで……?」
「それは、三浦が実はいいヤツだと知ってるからだ。ソースは二年になった時の由比ヶ浜。いくら流されやすかった当時の由比ヶ浜とはいえ、学年中で嫌われてると評判のある三浦のグループにわざわざ入ったりしねーだろ?」
「う、うん。……確かに優美子って恐い子って有名だったけど、だからと言って嫌われてるとかって噂は聞いたこと無かったな〜」
そうなんだよね。優美子ちゃんの噂で聞くのは恐くて圧倒的存在感って評判だけで、千佐さんのクラス女王みたいな悪い噂は聞かなかったっけ。
「あとは有無を言わせぬカリスマ性もな」
うん。それはもう納得!
「三浦の存在はぼっちの俺でも知ってたくらいだし、三浦って一年の時から上級生にも知られてた存在なんじゃねーの? だが千佐のクラスの女王(笑)は、俺達の中で誰も知らなかった。顔の広い由比ヶ浜や生徒会長の一色でさえもだ。つまりはその程度の存在。見た目の華やかさもカリスマ性も大したことの無い、劣化三浦って事だ」
すると、比企谷は不意に千佐さんに問い掛ける。
「なぁ千佐」
「は、はい……っ」
「改めて確認しておきたいが、お前はもうA組での馴れ合いは諦めたんだよな」
A組での、を妙に強調した質問に、千佐さんは不安げに首を縦に下ろす。
「だったら答えは単純だ。クラスでの馴れ合いを諦めたんなら、他で馴れ合えばいいだけの話だろ。そっちで仲間なりなんなり作れば、クラスでの惨めさなんて無くなんじゃねぇの? クラスでも他でも馴れ合った事のない俺は知らんけど」
「いやいやお兄ちゃん、だからそれは難しいってば。A組の子は評判悪いって言ってんじゃん」
「だから千佐はその“A組の子”じゃねぇだろ?」
……え、どういう事?
「千佐の現状はクラス内ではぼっち、圧倒的なマイノリティだ。だが学年で見たらどうだ? 実は孤立しているA組と学年全体。どっちがマジョリティなのかは由比ヶ浜にだって分かる」
「な!? ヒ、ヒッキー超失礼だし! そんくらいあたりまえじゃん! …………ま、魔女……のりピー……魔女……のりピー……」
ゆいちゃん……
「だから千佐はクラスじゃなくて学年を味方につけりゃ問題解決だ。学年の嫌われ女王様からのけ者にされてる時点で、それはある意味周りは味方だらけだとも言える。圧倒的多数派になるだろ?」
ま、まさかこの件がそんな壮大な話になるなんて思わなかったよ……でもそれはさすがに……
「理屈は分かるのだけれど、学年を味方に付けるなんてこと出来るわけないでしょう。そんなことが簡単に出来るくらいなら、比企谷くんのような可哀想な人はこの世に存在しなくて済むもの」
そう。そんな事が簡単に出来るなら、そもそもこんな問題は起きないのだ。
「うるせぇよ、だからいい笑顔でそういうこと言わないでくんない? ……どうせ分かってんだろ?」
「ふふっ」
……え、もうこの二人の間では答えが出てんの?
「そうね。味方と言っても、別に学年全員でみんな仲良くお友達になれと言っているわけではないのだものね」
……味方だけど、友達になるわけじゃない……? …………あ。
「敵の敵は味方ってこと……? 敵に対して、同調するだけでも構わないってこと……?」
これはアレだ……スローガンの時の比企谷だ……まぁ比企谷の場合は敢えて自ら敵になって文実を纏めたけど、それが今は一年A組の役目って事なんだ。
「正解だ。しかしまさか相模から正解が出るとは思わなかったな」
はぁぁ……そりゃ分かるっての。あの時の事、うちが何万回考えて何万回後悔したと思ってんのよ……
「つまり……別に千佐が他のクラスの連中全員とお友達になって、そいつらに守ってもらう必要は無い。ただ、千佐が嫌われ者の敵であると学年中に知らしめりゃいいだけの話だ。その下地だけ作れば、あとは勝手に味方だらけになって、その中で千佐が所属出来るグループだってできんだろ。……本当の勝負は…………クラス替えの時だからな」
「クラス替えぇ!?」
その時、奉仕部部室は、比企谷と雪ノ下さん以外の驚愕の声に包まれた。
× × ×
ちょっと待って!? 今はまだ夏休み前だよ!?
この時点でクラス替えのこと考えなくちゃなんないの!?
「ちょ、ちょっと待ってよ比企谷……! じ、じゃあ千佐さんはあと八ヶ月を捨てろってこと!?」
「あ? 捨てるわけねぇだろ。むしろこの八ヶ月が一番大事まである。言っただろうが、まず下地を作らなきゃならんと」
「し、下地……?」
いや、そりゃ分かるけど……
「そもそも千佐が“A組の子”じゃないと……自分たちの味方であると広めた上に、これから起こりうる女王様達からの虐めに対しても予防線を張っとかなきゃなんねぇんだ。そうでなきゃ、千佐みたいな小物はすぐさま逃げ出すだろ? 安全な殻の中に」
安全な殻の中……つまりは不登校。
うん。というよりは千佐さんの性格考えたら、むしろよくここまで耐えてたな……っていう思いが強い。うちなんて一ヶ月しか持たなかったんだから。
だから、今よりも厳しい環境になっちゃったら、たぶんもう……
そうなっちゃわない為には、今はもう比企谷のこれから話す言葉に縋るしかない。
ごめん比企谷。結局はあんた頼りになっちゃうけど、千佐さんを救ってあげて……!
そして……比企谷は満を持して口を開く。
「じゃあその二つをどうこなすかだが…………幸運にもここには上手い具合にいいカードが一枚ある」
……いいカード? この場に居る誰もが口々にそう呟く。
「……千佐」
「……はいっ」
「これは別に強制でもなんでもない。お前が好きに選べ。…………お前さ、生徒会に入んねぇ?」
「…………へっ?」
うち達の頭の中で、千佐さんの間の抜けた声にエコーが掛かる。
こいつなに言ってんの……? と、比企谷の言葉の意味が理解出来ずにしばらく固まり続ける部室内だけど……
「は、はぁぁぁ!? ちょ、なに言ってるんですか先輩! わたしそんな話聞いてないですけどー!」
その中でいち早く反応したこの人物が大声で喚いてくれたおかげで、ようやく戻って来られました。
「そりゃいま初めて言ったし」
「いやいやそーゆー事じゃなくってですねー、先輩の言い草だと、千佐ちゃんを生徒会に押し付けるって事ですよねー? 勝手にわたしを先輩のカードにしないでもらえます? ……ハッ!? もしかしていま口説いてますか!? お前は常に俺の懐の中にある大切なカードだ、お前を生かせるのはこの世で俺だけだぜって言ってますか確かにわたしが生き生きするのは先輩の前だけだしいつでも先輩の懐に入る覚悟も出来てますけど出来ればわたしの事は使わないでずっと大切にしといてもらいたいですごめんなさい」
……一色さん、あんたなに言ってんのよ……ハァハァ息切らせて、どさくさ紛れにとんでもないこと言わないでくんない?
比企谷以外はみんなしっかり内容聞いちゃってるからね?
……ちょっと? ちゃんと雪ノ下さんが下げちゃった温度を上げときなさいよ……?
「……ん! んん! ま、まぁそれはともかくとして、わたし奉仕部員じゃないんですから、先に代表者のわたしにお伺いを立てておくのが、社会人としての常識なんじゃないですかねー」
「いや、社会人じゃねぇし。そもそもお前いつも部員面してるじゃねーか」
「そうだよ一色さん。あんたさっきうちに「ここではわたしの方が先輩ですし?」とかドヤ顔で言ってたじゃん」
「ぐぬぬっ」
一色さんの言動がツッコみどころ多過ぎて思わず比企谷に加勢しちゃったけど、ホントはうちだって比企谷にツッコみたい気持ちでいっぱいだったりする。
……だってまさか、いきなり生徒会とか出て来るとか思わなかったし……
「あ、あのさ、なんでいきなり生徒会なわけ……?」
「おう、そりゃアレだ。生徒会は目立ちたがり屋な生徒会長のおかげで、今や学校での知名度が抜群だからな。秋になったら小町も生徒会に入るし、一年生の間では生徒会イコール有名人の巣窟だろ? そこに見た目が目立つ千佐が入ってみろ。瞬く間にこいつも有名人の仲間入りだ」
「……うん」
「そして一年の間ではA組は女王グループのクラスなわけだが、そんなクラスから突然生徒会に出入りする女子が現れたら周りはどう思う? まず間違いなく“あの子は女王の犬じゃない”と思うだろう。なにせ生徒会には有名人の一色も小町も居るんだ。一番目立ちたい女王が、犬にそんな真似を許すはずがないからな」
成る程……それで千佐さんは学年中に“A組の子じゃない”と知らしめられるわけだ。
「そして何より『今や学校で雪ノ下先輩や三浦先輩、葉山先輩と並ぶ程の有名人になった一色先輩に可愛がられるわたし♪』という立場と、『学年の人気者の小町ちゃんと仲良しなわたし♪』という立場を得られれば、三浦クラスの女王様ならまだしも、劣化三浦でしかないそいつには手が出せない。一色はまだ二年。在学期間もまだまだ長いしな。これでクラスでハブられてるなんていう小っちゃい惨めさとはおさらばだろ」
……最初はあまりにも突拍子が無さ過ぎて意味が分かんなかった生徒会入りも、こうして聞くと非常に理に適ってる。てか、もうこれ以外無い気さえしてきた。
……でもこれじゃ……
「……あたしが、生徒会に……!」
始めは茫然としていた千佐さんも、比企谷の説明を聞いて俄然色めきたつ。
どうやら有名人の一色さんと小町ちゃんというブランド力に惹かれまくってるみたい。
……やっぱそうか。これじゃ、奉仕部の理念に反するんじゃないの……?
ただ安全な場所と安全な地位を与えてあげただけ。このままじゃ、文化祭で奉仕部に依頼したうちとおんなじように、ただ増長して調子に乗って、そして自滅していっちゃうんじゃないの……?
「だーかーらー、勝手に話を進めないでもらえませんかねー。言っときますけど、わたし今のところ千佐ちゃんにいい印象がないんですよねー。なのでわたしを通さないで勝手に押し付けられても困るんですけど」
そんな中、やはり生徒会長は未だ納得がいかない様子でゴネている。
まぁ? そりゃ確かに一色さんに取っては好ましく思えない後輩を押し付けられることになるわけだから、気持ちは分かんなくもないけど…………でも、一色さんて、好き嫌いで困ってる後輩を簡単に見捨てちゃうような、こんな薄情な子だったっけ……
色めき立ってた千佐さんも、一色さんの言葉に畏縮してしまった。
「まぁ待て一色、まだ話はこれで終わりじゃない。……なぁ千佐、勘違いされちゃ困るんだが、別にお前が生徒会に入ったって、無条件で一色や小町を味方に付けられるわけじゃない。味方に出来るかどうかはお前次第だ」
「……え……?」
「見ての通り、一色はお前にあまりいい感情を抱いてないし、このままじゃ一色に懐いている小町だってお前の味方にはならないだろう。そもそも小町はこう見えてリスクリターンに定評のある俺の妹だしな。今のお前を見て、わざわざ身を削ってまで仲良くしてやろうだなんて考えないだろうしな。ちなみに俺はお前に生徒会に入ったらどうだ? とは提案はしたが、一色と小町に千佐と仲良くなってやれと無理強いするつもりはさらさらない」
ここにきての突然のちゃぶ台返しっぷりに、千佐さんは愕然とする。
期待させといて叩き落とすとか、こいつどんだけSなのよ。
そしてこいつはさらに冷ややかな表情で千佐さんを谷底に突き落とす。
「このままで行けば、生徒会に出入りはしても、お前は生徒会でもつま弾き者だ。そして生徒会でつま弾きという事は、お前はクラスで余計立場が悪くなる。なにせ女王の存在を無視して生徒会に入ったのに、なんの後ろ楯も得られないんだ、当然だよな。有名人の一色と小町に嫌われてるって事で、下手したらクラスどころか学年中、学校中でもハブられっかもな」
「そん……な」
比企谷のあまりにも非情な言葉に、千佐さんは今にも崩れ落ちそうなほど狼狽えている。
……比企谷、いくらなんでもこれは酷すぎじゃない……?
「……だがな」
そんなうなだれる千佐さんを見やり、比企谷はさらに言葉を紡ぐ。その表情は、先ほどまでとは打って変わってどこか優しげに。
「身内としての贔屓目なしに、一色と小町は信頼に足る奴らだぞ。一生懸命頑張る奴には等しく平等だ。たとえ今のままの千佐に好感情は無くても、お前が頑張って、お前が努力してる姿を目一杯見せ付けてやれば、こいつらは確実にお前の味方になってくれる」
「……えへへ、身内……っ」なんてぽしょっと呟き、頬を染めてニマニマする一色さんを羨ましいな〜……なんて気持ちで眺めつつ思う。
──そっか、比企谷はこれが狙いだったんだ。
飢えた人に魚を与えるんじゃなくて、魚の捕り方を教える奉仕部。
雪ノ下さんに一喝された時のお前のままじゃ救われないけど、お前が自分で魚を捕る努力をすれば、いくらでも救われるんだぞって……
「とまぁこういうわけだが、どうだ一色。準奉仕部員として、協力してくれるか?」
「ハッ!? ……ん、んん! はぁぁ……まったくー。ホント相変わらずズルいですよね、この人は……。しょーがないですねー、ここは先輩のデレに免じて、また乗せられてあげます♪ ……でも、協力してあげる代わりに、それなりの埋め合わせをしてもらいますからね!」
「……デレてねーよ。ま、お手柔らかにな……」
……もしかして、一色さんが妙にゴネてたのって、これが狙いだったのかな。
こうして千佐さんに成り行きに甘えさせない流れを作る為に、わざと悪役をやってたの……?
……そっか、やっぱり一色さんって……うちが思ってるよりもずっと素敵な子…………あ。
前言撤回。この女、今ペロッと舌だしやがった。
……こいつっ……ゴネ得で比企谷の“埋め合わせ”狙いかぁ!
絶対「埋め合わせするって約束しましたよね? 言質は取れてますけどー」とか言って比企谷をデートに連れ出す気でしょ!? やっぱマジでムカつくわーこいつ……!
「さて、生徒会長の許可は得られたわけだが……どうする、要はお前次第だ。リスクはでかいが、得られる物はそれ以上にでかい」
と、うちが腹立つあざとい後輩の計算高さにイライラしている間に、話し合いはついに佳境を迎える。
どうやら千佐さんは、比企谷が提示した有益とリスクの間で、心が揺れ動いているよう。
普通に考えたらもう生徒会に入る一択しかないはずなんだけど、やはり大きすぎるリスクに足が竦んでいるみたい。
「……あ、あたし……あたしはっ……」
──そりゃそうだよね。今までそうやって生きてきた自分を変えるのって、相当の覚悟と自信がなきゃ、一歩足を踏み出せないよ……
その踏み出しを失敗したら大きすぎるリスクが待ってるんだから尚更だ。簡単に答えなんて出せないよね。
……とても不安そうな目でうちを見つめてくる千佐さん。
よし……! ここはうちが千佐さんの背中を押してあげなきゃ! 大丈夫だよって。 うちでさえ変われたんだから、千佐さんだってちゃんと変われるよって。
うちも協力するから、一緒に頑張ろうよ! って。
「千佐さ……」
「さっき言ったが本当の勝負はクラス替えだぞ? どうだ? 有名人を味方に付けて上手くお前がマジョリティの中心になれたのなら、今ならクラス替え時に、お前をハブってた連中を逆にハブり返して仕返しができるアフターサービス付きだ」
「あたし生徒会に入りますっ!!」
…………。
比企谷と千佐さんの小悪党なニヤリ顔を見つめ、奉仕部部室は若干の不安と溜め息と苦笑いに包まれる。
……あ、あはは、これはやっぱ更正が必要かもしんない。たぶんまた雪ノ下さんからの“お話”があると思うから、覚悟しときなさいよ?
こうして、あれだけ厄介な依頼かと思われていたうちの初めての奉仕活動は、なんとなんと、たったの一日で解決? してしまったのだった!
うち、なにもしてないんだけど……
続く
今回もありがとうございました!スミマセン、思いのほか更新が開いてしまいました(--;)
というわけで相模南の奉仕活動、これにて一件落着となります!
次回、この依頼の総括としてこの日の下校を挟み、ついにこのSSの本編(お宅訪問)に入ります。
ようやくさがみんの奉仕活動☆(意味深)の始まりです(>ω・)
ではではまた次回ですーノシ