相模南の奉仕活動日誌   作:ぶーちゃん☆

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vol.5 千佐早智は彼女の声に耳を傾ける

 

 

 

 まだ陽が落ちるまでにはいくばくかの刻を要するこの時間帯、あたしは校舎から伸びる日陰に隠れた中庭のベンチでひとり座っている。

 わけが分からないままあの先輩に部室から連れ出され、ちょっと中庭のベンチで待っててもらえるかなと、あたしだけが先にこの場所へと寄越されたのだ。

 

 やっと惨めな学校生活とサヨナラ出来ると意気込んでいた、ほんの数十分前のあたしからしたら、現在の事態と絶望感は本当に想定外だ。

 なんであたしは救けを求めて赴いた場所であんなに責められて、そしてこんな所でひとりで座ってるんだろう……もう意味分かんないよ……

 

 

 ──やっぱり……ダメなのかな──

 

 

 いくら日陰とはいえ、やっぱり真夏の戸外はどうしようもなく暑い。

 そんなうだるような暑さの中、ようやく掴めた蜘蛛の糸を残酷にも目の前で切られてしまったかのような絶望感に打ち拉がれていると、不意に背筋までゾクッとするほどにとても冷たい何かが頬に触れ、あたしはつい変な声を出してしまう。

 

「ひあっ!?」

 

「あはは、お待たせ。これ飲んで」

 

 ……それは、あたしをこんな所に招いた先輩が右手に持つ一本の缶ジュースだった。

 どうやら、相模……? 先輩は、ジュースを買うためにあたしを先に行かせたみたい。

 

「……あ……その」

 

「ありゃ、レモンティーだめだった?」

 

「い、いえ……! 好きです……あ、ありがとうございます」

 

 ぺこぺこと頭を下げて、恐る恐る缶ジュースを受け取る。

 ……なんか、久し振りだなぁ。やっぱなんかいいな……こういうのって。

 

 友達どころか面識無しの先輩だけど、それでもあたしは、今の状況に全くそぐわないそんな感想を抱いてしまった。

 

 そっか良かったー、と笑ってあたしの隣に座った相模先輩は、自分用に買ってきたジュースの缶をプシュっと開けてごくごくと飲み始める。でもすぐさま顔を歪めると、この人は信じられない悪態を吐いた。

 

「……うっわ! ホント何度飲んでも無理だわコレ……マジで甘過ぎだっつーのよ、バカじゃないの……?」

 

 いえいえ先輩! じゃあなんでそんなの買ってきたんですか!? 間違えて押しちゃったのかな……?

 

「……あ、あの」

 

 よっぽどそうツッコもうかと思ったんだけど、最上級生でもあり、クラスのトップグループの中心でもありそうなこの先輩にそんなツッコみが出来るわけもなく、あたしはそれ以外のいま一番聞きたい事のみを訊ねることにした。

 

「えっと……なんであたしを呼び出したん……です……かね……」

 

「んっと、あ……ごめんね? いきなり呼び出されるとか意味分かんないよね? ……改めまして、うちは三のCの相模南です、よろしくね」

 

「あ! はい……よ、よろしくお願いします……」

 

 にっこりと微笑んだ相模先輩に、あたしはついドキッとしてしまった。

 ……誰かに微笑みを向けられたのなんて、一体いつぶりだろ……そんな他愛のない事でこんなにも嬉しくなっちゃうなんて、あたしはよっぽど“誰か”との触れ合いに飢えてたんだなって……今更ながらに思ってしまう。

 

「んとね、なんで千佐さんを呼んだのかというとね? それはうちが千佐さんに聞いて欲しい事があるから。……でもそれはあんま人が多いとこで好き好んで話したいような内容でもないから、こうして千佐さんひとりに来てもらったってわけ」

 

「……そう、ですか」

 

 ……あたしに聞いて欲しい事? でも、あんまり人には聞かれたくない事?

 

 なんの話なんだろうと先輩からの次の言葉を待っていると、相模先輩はおもむろにポケットからスマホを取り出し、なにやら操作を始めた。

 

「……んー、……やっぱ、あんま見せたいもんじゃないなぁ……。でもま、しゃーないかー…………」

 

 そうボソボソと呟きながら次から次へと画面をフリックしていく相模先輩。

 なにをそんなに見せたくないと言うのだろう……? そしてそんなにも見せたくもないモノを、なんであたしに見せようとするんだろう……?

 

「……あった。……はい、これ」

 

 幾度かのフリックのあと、相模先輩はあたしにスマホを差し出してきた。そのスマホの画面には一枚の写真が写し出されている。

 それは人物写真でも風景写真でもない、ただ、一つの机が写っているだけの写真……

 

「……っ」

 

「……さっきさ、雪ノ下さんが言ってたでしょ、最近似たような案件があったばかりだって。……あれって、うちの事なの」

 

 あたしはスマホに写し出された痛々しい写真に視線を向けつつ、思わずゴクリと咽喉を鳴らしてしまった。

 

『きんもっ』『ヘタレ』『卑怯者』『よく学校これんね、あんた』

 

 見ているだけで胸が苦しくなるような……目を背けたくなるような文字の刃の数々が、その机にはこれでもかというくらいに刻まれていた。

 

 目を逸らしたい、でもどうしても目を逸らせないという相反する思いがぶつかり合う中、こっそりと相模先輩の表情を盗み見ると、とても辛そうな顔で……、でもそれなのにその写真からは目を背けず、じっと見つめていた。

 

「うちね、ほんのひと月前くらいまで不登校だったんだよね。クラス替え当日には早くも嘲笑の的になってハブられて、そして……こんな感じで軽い虐めにも発展しちゃってさ」

 

 ……信じられない。この人が虐めに……?

 ちょっと強気そうな切れ長の目と明るいショートカットのこの垢抜けた先輩は、およそ虐め被害者なんかには見えない。

 

 いや……かなり自分に自信があるあたしだって被害者なわけだし、一概にはそんなこと言えないか。

 

「まぁ……ハブられたのも虐められたのも自業自得だから、別にこれ書いた人たちを恨んだりとかはしてないんだけどね。……だって、たぶん立場が違えば、昔のうちならこれ書いてた側だと思うし」

 

「……自業、自得?」

 

 なによ自業自得って……あのオマケもそんなこと言ってたけど、虐めなんて虐めをしてる方が一方的に悪いに決まってるじゃん……!

 

「……そ。うちね、去年の文化祭と体育祭の実行委員長やったんだけど……まぁ一年の千佐さんは知らないだろうけど、二年生以上だとうちってこう見えて結構有名人なんだよね。……悪い意味で」

 

 悪い意味で有名人……? この人が……?

 

「……うちさぁ、一年のトキはクラスで一番派手なグループで中心だったんだー。ゆいちゃん……ああ、由比ヶ浜結衣ちゃんね。そのゆいちゃんと二人で中心張ってたの。……それがめっちゃ気持ち良くてめっちゃステータスで、二年に上がってからも同じように優越感の中に居られるとって、そう思ってた」

 

 ……え? なんかそれって、最近どこかで聞いたばっかりなんだけど……

 

「でもね、そうはならなかった。なにせ二年になったらクラスメイトには優美子ちゃん……三浦さんが居たから。雪ノ下とかゆいちゃんの事も知ってたみたいだし、うちの事は知らなくても、さすがに三浦さんは知ってるでしょ?」

 

「……はい、有名ですから」

 

「だよねー。……んで、その優美子ちゃんはうちじゃなくてゆいちゃんを選んでね、気が付いたらうちはクラスで二番目のグループ。あー、ぶっちゃけ超くやしかったー!」

 

「……」

 

「ずっと悔しくて嫉ましくて……だからうちは失ったステータスを回復する為に、自分の器には見合わないブランドに手を出したの」

 

「……それが、実行委員長……なんですか?」

 

「そっ」

 

 

 ……どうしよう、相模先輩の気持ちが凄く分かる。

 ……あ、だからか。だからさっきオマケの人が言ってたんだ、去年の相模先輩に似てるとかなんとか……

 

「でぇ、結果は散々! なーんにも出来なくて大失敗して大ダメージ受けて……うち、責任放り出して逃げ出しちゃった。……で、うちはそのとき救けだしてくれた人に罪を被せたの。そいつを悪者にしちゃえば、うちは責任を追及されないから。ホント……超最低……!」

 

 あははー、と笑いながら話す相模先輩だけど……その笑顔は後悔に満ちている。

 

「体育祭でもボロボロでね? でもそのあともクラスでは普通に過ごせてたから、お花畑なうちは知らなかったんだけど、その頃からうちは学年で『勘違いのヘタレ女』ってバカにされて陰口たたかれてたみたい。……で、クラスが替わった途端にこの有様」

 

 そう言ってスマホに写る机を指差す先輩の表情を見る事が出来ない。

 ……なによそれ……まるであたしの未来を見てるみたいじゃん……

 

「ヘタレな勘違い女はメンタルが超弱いから、たったのひと月でそこからまた逃げ出して、それからはなにが楽しくて生きてんのかも分かんない引きこもりの毎日が、ほんのひと月前まで続いてたってわけ。ホンっト情けないけど、すごい自業自得でしょ?」

 

 

 

 ……なんにも言えない。言葉が出ない。

 

『“そうなってしまった原因”を理解はしていながらも、それでもなお他者にのみ責任を求め、尚且つそれを第三者になんとかしてもらって、自身はなにもせず考えも改めず、また人気者になりたいと泣き付いてくるだけの人間』

 

 調子に乗ってウザがられてハブられたくせして、全てを他人のせいにしてたあたしの胸に、今の相模先輩の言葉と、さっきの雪ノ下先輩の言葉が突き刺さるから。

 ……でも、聞かなくちゃ。この先輩の過去があたしの未来なら、なんでこの人は今こんなに笑顔で居られるのかを。

 

「……じゃあ……なんでですか……? そんな目に合ったのに、なんで相模先輩は、今こうして学校に来られてるんですか……?」

 

「うん、それはね、手を差し伸べてもらえたから。色んな人に。うちを裏切ったと思ってた人たちに。うちが勝手に嫉んで勝手に避けてた人たちに。……そして、あいつに……」

 

「……あいつ?」

 

「ん。あいつ。……さっき話したでしょ? 文化祭でうちを救けてくれたのに、そいつに罪を被せたって。……そいつは、うちのせいで一時期は学校一の嫌われ者になっちゃってね? あとあと聞いたら、そんときは結構キツかったんだって。だからうちの事なんて大嫌いなはずなのに……それなのにあいつは、仕事だからって言ってまたうちを救けてくれたのよ。マジでバカだよね」

 

 ……そんな事があったんだ……

 あれ? でもなんかついさっき聞かなかったっけ? その学校一の嫌われ者ってワード……

 

 

『学校一の嫌われ者、がっこういちのきらわれものー、にだけは言われたくないんですけど』

 

『それ絶対こいつをディスる風に見せかけて、またうちをネチネチと責めてきてんでしょ……!』

 

 

「……あ」

 

 

 ……え、嘘……マジで……?

 

「……も、もしかしてその人って……」

 

 そう訊ねたあたしに、相模先輩は『よくぞ聞いてくれました!』とばかりに頬を弛ます。

 

「そ。奉仕部のあいつ。さっき千佐さんが軽く見てた、あの腐った目の超暗そうな奴」

 

 

 

 そう言って、ほんのり頬を染めてにひっと笑う相模先輩は、とてもとても綺麗だった。

 

 

 

続く

 







今回もありがとうございました!結局オリキャラ視点にしちゃいましたー(・ω・)


そして次回、さがみんが惚気てさっちーが落ちます笑


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